のっけからビロウな話で恐縮だが、今、我が家は
入院中の義父アツシのお尻問題で盛り上がっている。
頭はハッキリしており、口も立ち、食欲旺盛なアツシだが
首から下は順調に衰えている。
杖の使い方をマスターしないうちに、自力では完全に歩けなくなった。
そこで歩行器を使う。
赤ちゃん用のかわいらしいそれではなく
胸くらいの高さの枠に、もたれかかって歩く形のものだ。
茶色とベージュで、かわいくも何ともない。
病院では、長い時間をかけてベッドから起き上がり
この歩行器につかまって、よろよろとトイレに行く。
しかし、アツシには敵がいた。
トイレのすぐ前の部屋に入院している90才くらいのお婆ちゃんだ。
古い病院なので、歩行器や車椅子ごと入れる身障者用のトイレは
各病棟に1つずつしか無い。
カラカラ…アツシが歩行器で近付く音が聞こえると
そのお婆ちゃんは、必ずササッと身障者用トイレに走る。
少々ボケてはいるが、足は丈夫なのだ。
丈夫なんだから一般トイレでいいようなもんだが
お婆ちゃんはどうしても、1つしか無いトイレがいいらしい。
いつもアツシのほうを向いてニヤリと笑い
先にトイレを独占するのだった。
「ああっ!」
食欲と便意のバランスが取れないアツシは
病院で処方された下剤を服用している。
先を越されると間に合わず、そこらに“ブツ”をまき散らす羽目に陥る。
「ババァめ…」
アツシは、そのお婆ちゃんを心から憎んでいた。
トイレの奪い合いに疲れ、お婆ちゃんをどこか別の部屋に移してくれるよう
病院に懇願したが、思うようにはいかないのが集団生活。
お婆ちゃんはそのままで、アツシの部屋に簡易トイレがやってきた。
簡易トイレは、金属パイプの枠の中央に
小ぶりな洋式トイレが乗っかった形状である。
自由に移動できるよう、床につく部分には小さなタイヤが四個ついている。
我々はこのトイレに「アツシ・カー」と名前をつけた。
このアツシ・カーをベッドの脇に置き
「会社のほうはどうなっている?ちゃんと報告しろ」
と、貫禄を見せるアツシであった。
“どうなっているも何も、あんたのおかげで、えらいこっちゃ!”
が正しい報告であるが、動けない病人に言ってもしかたがない。
「まあ、例の件は順調に進んでますよ」
くらいにとどめておく。
しばらくアツシ・カーの世話になっていたアツシだが
わがままな彼としては、やはり面白くない。
「そうだ、家にしょっちゅう帰ればいいんだ」
という結論に達する。
毎週土曜日の朝から月曜日の昼まで、外泊許可を取って自宅に帰り
合間で歯医者だ、犬に会いたいだ、来客だ、と外出許可を取る。
しばらくこの状態が続いたものの
先日、とうとう病院からストップがかかった。
「月のうち半分は自宅に帰っている計算になるので、県から指導が来た」
ということで、アツシの外泊は月に3回と決められてしまった。
やはり面白くないアツシ。
しかし、我々家族はその指導を歓迎した。
アツシは、例のお婆ちゃんのせいで間に合わないと信じ込んでいるが
実際には、家でも“間に合わん”のだ。
たいてい真夜中に、それは起きる。
二階で眠る我らの鼻を、強烈な臭気が襲う。
嫁の私は、汚れ物の洗濯はするものの
散らばった“ブツ”の後始末だけは、まだ免除されている。
アツシの性格上、若い者にこれを見られるのは
死ぬよりつらかろうというヨシコの配慮からだ。
よって臭気に耐えて息をひそめ
翌朝は、何事も無かったかのように振る舞う我らであった。
他人が後始末をしてくれる病院では恥じらうアツシだったが
家では違う。
「おい…おい…」
とヨシコを起こし
「見ろ!今日はよう出たぞ!」
と、威張るのだそうだ。
アツシに“事件”があった翌朝は、ヨシコの戦いの報告に耳を傾ける。
後始末を免除されているのだから
せめてフン闘の様子を聞くぐらいはしてやりたい。
「えらそうに!
若い頃は、さんざん前のシモで人を苦しめて
役に立たなくなったら、今度は後ろのシモで苦しめる…」
ヨシコのつぶやきに、吹き出す私であった。
入院中の義父アツシのお尻問題で盛り上がっている。
頭はハッキリしており、口も立ち、食欲旺盛なアツシだが
首から下は順調に衰えている。
杖の使い方をマスターしないうちに、自力では完全に歩けなくなった。
そこで歩行器を使う。
赤ちゃん用のかわいらしいそれではなく
胸くらいの高さの枠に、もたれかかって歩く形のものだ。
茶色とベージュで、かわいくも何ともない。
病院では、長い時間をかけてベッドから起き上がり
この歩行器につかまって、よろよろとトイレに行く。
しかし、アツシには敵がいた。
トイレのすぐ前の部屋に入院している90才くらいのお婆ちゃんだ。
古い病院なので、歩行器や車椅子ごと入れる身障者用のトイレは
各病棟に1つずつしか無い。
カラカラ…アツシが歩行器で近付く音が聞こえると
そのお婆ちゃんは、必ずササッと身障者用トイレに走る。
少々ボケてはいるが、足は丈夫なのだ。
丈夫なんだから一般トイレでいいようなもんだが
お婆ちゃんはどうしても、1つしか無いトイレがいいらしい。
いつもアツシのほうを向いてニヤリと笑い
先にトイレを独占するのだった。
「ああっ!」
食欲と便意のバランスが取れないアツシは
病院で処方された下剤を服用している。
先を越されると間に合わず、そこらに“ブツ”をまき散らす羽目に陥る。
「ババァめ…」
アツシは、そのお婆ちゃんを心から憎んでいた。
トイレの奪い合いに疲れ、お婆ちゃんをどこか別の部屋に移してくれるよう
病院に懇願したが、思うようにはいかないのが集団生活。
お婆ちゃんはそのままで、アツシの部屋に簡易トイレがやってきた。
簡易トイレは、金属パイプの枠の中央に
小ぶりな洋式トイレが乗っかった形状である。
自由に移動できるよう、床につく部分には小さなタイヤが四個ついている。
我々はこのトイレに「アツシ・カー」と名前をつけた。
このアツシ・カーをベッドの脇に置き
「会社のほうはどうなっている?ちゃんと報告しろ」
と、貫禄を見せるアツシであった。
“どうなっているも何も、あんたのおかげで、えらいこっちゃ!”
が正しい報告であるが、動けない病人に言ってもしかたがない。
「まあ、例の件は順調に進んでますよ」
くらいにとどめておく。
しばらくアツシ・カーの世話になっていたアツシだが
わがままな彼としては、やはり面白くない。
「そうだ、家にしょっちゅう帰ればいいんだ」
という結論に達する。
毎週土曜日の朝から月曜日の昼まで、外泊許可を取って自宅に帰り
合間で歯医者だ、犬に会いたいだ、来客だ、と外出許可を取る。
しばらくこの状態が続いたものの
先日、とうとう病院からストップがかかった。
「月のうち半分は自宅に帰っている計算になるので、県から指導が来た」
ということで、アツシの外泊は月に3回と決められてしまった。
やはり面白くないアツシ。
しかし、我々家族はその指導を歓迎した。
アツシは、例のお婆ちゃんのせいで間に合わないと信じ込んでいるが
実際には、家でも“間に合わん”のだ。
たいてい真夜中に、それは起きる。
二階で眠る我らの鼻を、強烈な臭気が襲う。
嫁の私は、汚れ物の洗濯はするものの
散らばった“ブツ”の後始末だけは、まだ免除されている。
アツシの性格上、若い者にこれを見られるのは
死ぬよりつらかろうというヨシコの配慮からだ。
よって臭気に耐えて息をひそめ
翌朝は、何事も無かったかのように振る舞う我らであった。
他人が後始末をしてくれる病院では恥じらうアツシだったが
家では違う。
「おい…おい…」
とヨシコを起こし
「見ろ!今日はよう出たぞ!」
と、威張るのだそうだ。
アツシに“事件”があった翌朝は、ヨシコの戦いの報告に耳を傾ける。
後始末を免除されているのだから
せめてフン闘の様子を聞くぐらいはしてやりたい。
「えらそうに!
若い頃は、さんざん前のシモで人を苦しめて
役に立たなくなったら、今度は後ろのシモで苦しめる…」
ヨシコのつぶやきに、吹き出す私であった。