「干支(えと)キューピー」
かわゆいでしょ?
これ、瓶詰めのマヨネーズ。
この子達は、来年用の辰キューピーちゃん。
半年ほど前、友人が近くの町に、エステの店を出した。
彼女は小熊のぬいぐるみのような子で、愛称はこぐちゃんである。
つまるところ、細い部分が無いという意味。
10才年下の彼女は心優しい人柄で、私も好きだが
顧客も技術やサービスより、その人柄を慕って集まっている様子だ。
顧客の中で、開店以来ダントツのワーストワンは
無職のハイミス、Aさんだと言う。
こぐちゃんは最初、ちょっと変わり者のお客さんだとは思いつつ
Aさんの自慢話や、霊関係の不思議話を愛想良く聞いていた。
訪れるたび、Aさんの話は進化していった。
アドバイスと称して、店のインテリアや仕事の仕方
子供の育て方や旦那への接し方を厳しく批判し始め
果ては「あんたの子供は自閉症だ」と言われたそうである。
Aさんは、最初からこうだったのではないらしい。
こぐちゃんがいちいち感心したり驚いたりするため
どんどん勘違いしていったと思われる。
無防備な純粋は、こぐちゃんの大きな魅力であるが
極端に会話に飢えた者にとっては、毒となるのかもしれない。
「おととい来た時は“この店は東の結界が崩れているから、私が張ってあげる”
と言って、何かうめきながら、東に手をかざすの。
それでね“私をこの店のアドバイザーにしたら、すべての因縁から救われる”
とか言い出して“謝礼は月10万でいい、来たお客さんの人生相談に
1回5千円で乗ってあげる”ってマジで言うのよ」
当惑したこぐちゃんは、昨日、私に連絡してきた。
そして今朝、私はこぐちゃんの店に行ったのだった。
ここまで聞いて、すでに大喜びの私。
「笑い事じゃないわよ…本当に参ってるんだから」
こぐちゃんは、口をとがらせる。
「“そんな余裕は無いです”と言ったら、目ぇつり上げて
“よくもこの私に向かってそんなことが言えたもんだ”って、怒るのなんのって。
“あなたを救ってあげようとする私の真心が、わからないのか”って」
漫才より、よっぽど面白い。
「簡単にあきらめそうにないし、遠隔操作で人の魂を
自由にできるようになったと言って、私にも手をかざすの。
信じてはないけど、本当に操つられたら恐いし…」
こぐちゃんは、目に涙まで溜めている。
人に遠隔操作するより、一番近所にあるおのれの腐った魂を
どうにかすれば良いものを。
「みりこんさん、どうしたらいい?」
「私に聞かれても…」
「会ってもらえない?」
「嫌だよ、気色の悪い。
会ってどうすんのよ。
あんた変だから、もう来るなって言えばいいの?」
「それだと逆襲が恐い」
「じゃあ、商売と割り切るのね」
「それも無理…」
この根性無しが!と言いたいところだけど
二人きりの所でツラツラと気味の悪いことを言われ続けたら
確かに恐いかもよ。
「その人、キツネか何か憑いてるんじゃないの?
近くにさ~、ほったらかしのお稲荷さんでもあって
呼ばれてるんじゃない?」
…まったくのあてずっぽう発言だった。
顧客を切るかどうかは、経営者のこぐちゃんが決めることで
人に相談することではない。
面倒くさがりの私の思惑としては、これで茶化して終わる手はずになっていた。
しかしこぐちゃんの顔は、サッと蒼白になった。
無言で立ち上がり、店の奥へ向かう。
ガタコトと、天井まで積み上げた荷物を動かすと、ドアが現われた。
ドアの先には、厨房がある。
厨房スペースは大家の物置になっており
こぐちゃんは、この部屋を除いた店舗だけを借りていたのだった。
そこにあるではないか…お稲荷さんが。
見事にひからびた榊(さかき)をオブジェに
ホコリをかぶったお稲荷さんが祀られている。
こぐちゃんは震える手でそれを指さし、ぽろぽろと涙をこぼした。
これは困ったことになった…と思い、私は深く反省した。
「い…今のはね、冗談だったのよ。
ここは大家さんのテリトリーだから、ね、あんたには関係無いのよ。
ささ、ドアを閉めて…はい、荷物を積みましょうね~」
急いでドアをふさぐ私に、こぐちゃんは言った。
「みりこんさんっ!
私、あの人にもらった物、全部捨てる!」
結界女が描いて、店に飾るように強要された、へたくそな水彩画…
霊気を注入したというクッションやぬいぐるみ…
魔除けと称した手作りのおまもり…その他ガラクタが色々。
どれも粗末に扱えばタタると言われ、しぶしぶ店に置いた物である。
「あれはどうしたと聞かれたら、どうするつもり?」
「雰囲気が合わないから飾れないって、はっきり言う。
自分の店だもんね…自分で守らなきゃいけない気になってきた」
「おお、頼もしいじゃん。
もしかして、お稲荷ショック?」
「うん、お稲荷ショック、大きい」
「頑張れ」
「うん、頑張る」
私はそれらのガラクタを引き受けて、持ち帰った。
泣かせた責任を感じて、これくらいはしてやろうと思ったのだ。
こぐちゃんは、とても喜んだ。
家に帰り、これから会社にお鏡餅を持って行くと言う夫に
何の説明も無く押しつける。
「なんじゃ、これ…なんか、邪悪なものを感じる」
なかなかの感性ではないか。
人間の女の邪悪は感じないのに、こういうのはわかるらしい。
こうして私の今年は終了した。
楽しい1年であった。
本年もお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様に幸せな一年が訪れますように。
かわゆいでしょ?
これ、瓶詰めのマヨネーズ。
この子達は、来年用の辰キューピーちゃん。
半年ほど前、友人が近くの町に、エステの店を出した。
彼女は小熊のぬいぐるみのような子で、愛称はこぐちゃんである。
つまるところ、細い部分が無いという意味。
10才年下の彼女は心優しい人柄で、私も好きだが
顧客も技術やサービスより、その人柄を慕って集まっている様子だ。
顧客の中で、開店以来ダントツのワーストワンは
無職のハイミス、Aさんだと言う。
こぐちゃんは最初、ちょっと変わり者のお客さんだとは思いつつ
Aさんの自慢話や、霊関係の不思議話を愛想良く聞いていた。
訪れるたび、Aさんの話は進化していった。
アドバイスと称して、店のインテリアや仕事の仕方
子供の育て方や旦那への接し方を厳しく批判し始め
果ては「あんたの子供は自閉症だ」と言われたそうである。
Aさんは、最初からこうだったのではないらしい。
こぐちゃんがいちいち感心したり驚いたりするため
どんどん勘違いしていったと思われる。
無防備な純粋は、こぐちゃんの大きな魅力であるが
極端に会話に飢えた者にとっては、毒となるのかもしれない。
「おととい来た時は“この店は東の結界が崩れているから、私が張ってあげる”
と言って、何かうめきながら、東に手をかざすの。
それでね“私をこの店のアドバイザーにしたら、すべての因縁から救われる”
とか言い出して“謝礼は月10万でいい、来たお客さんの人生相談に
1回5千円で乗ってあげる”ってマジで言うのよ」
当惑したこぐちゃんは、昨日、私に連絡してきた。
そして今朝、私はこぐちゃんの店に行ったのだった。
ここまで聞いて、すでに大喜びの私。
「笑い事じゃないわよ…本当に参ってるんだから」
こぐちゃんは、口をとがらせる。
「“そんな余裕は無いです”と言ったら、目ぇつり上げて
“よくもこの私に向かってそんなことが言えたもんだ”って、怒るのなんのって。
“あなたを救ってあげようとする私の真心が、わからないのか”って」
漫才より、よっぽど面白い。
「簡単にあきらめそうにないし、遠隔操作で人の魂を
自由にできるようになったと言って、私にも手をかざすの。
信じてはないけど、本当に操つられたら恐いし…」
こぐちゃんは、目に涙まで溜めている。
人に遠隔操作するより、一番近所にあるおのれの腐った魂を
どうにかすれば良いものを。
「みりこんさん、どうしたらいい?」
「私に聞かれても…」
「会ってもらえない?」
「嫌だよ、気色の悪い。
会ってどうすんのよ。
あんた変だから、もう来るなって言えばいいの?」
「それだと逆襲が恐い」
「じゃあ、商売と割り切るのね」
「それも無理…」
この根性無しが!と言いたいところだけど
二人きりの所でツラツラと気味の悪いことを言われ続けたら
確かに恐いかもよ。
「その人、キツネか何か憑いてるんじゃないの?
近くにさ~、ほったらかしのお稲荷さんでもあって
呼ばれてるんじゃない?」
…まったくのあてずっぽう発言だった。
顧客を切るかどうかは、経営者のこぐちゃんが決めることで
人に相談することではない。
面倒くさがりの私の思惑としては、これで茶化して終わる手はずになっていた。
しかしこぐちゃんの顔は、サッと蒼白になった。
無言で立ち上がり、店の奥へ向かう。
ガタコトと、天井まで積み上げた荷物を動かすと、ドアが現われた。
ドアの先には、厨房がある。
厨房スペースは大家の物置になっており
こぐちゃんは、この部屋を除いた店舗だけを借りていたのだった。
そこにあるではないか…お稲荷さんが。
見事にひからびた榊(さかき)をオブジェに
ホコリをかぶったお稲荷さんが祀られている。
こぐちゃんは震える手でそれを指さし、ぽろぽろと涙をこぼした。
これは困ったことになった…と思い、私は深く反省した。
「い…今のはね、冗談だったのよ。
ここは大家さんのテリトリーだから、ね、あんたには関係無いのよ。
ささ、ドアを閉めて…はい、荷物を積みましょうね~」
急いでドアをふさぐ私に、こぐちゃんは言った。
「みりこんさんっ!
私、あの人にもらった物、全部捨てる!」
結界女が描いて、店に飾るように強要された、へたくそな水彩画…
霊気を注入したというクッションやぬいぐるみ…
魔除けと称した手作りのおまもり…その他ガラクタが色々。
どれも粗末に扱えばタタると言われ、しぶしぶ店に置いた物である。
「あれはどうしたと聞かれたら、どうするつもり?」
「雰囲気が合わないから飾れないって、はっきり言う。
自分の店だもんね…自分で守らなきゃいけない気になってきた」
「おお、頼もしいじゃん。
もしかして、お稲荷ショック?」
「うん、お稲荷ショック、大きい」
「頑張れ」
「うん、頑張る」
私はそれらのガラクタを引き受けて、持ち帰った。
泣かせた責任を感じて、これくらいはしてやろうと思ったのだ。
こぐちゃんは、とても喜んだ。
家に帰り、これから会社にお鏡餅を持って行くと言う夫に
何の説明も無く押しつける。
「なんじゃ、これ…なんか、邪悪なものを感じる」
なかなかの感性ではないか。
人間の女の邪悪は感じないのに、こういうのはわかるらしい。
こうして私の今年は終了した。
楽しい1年であった。
本年もお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様に幸せな一年が訪れますように。