殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

お稲荷ショック

2011年12月31日 19時56分51秒 | みりこんぐらし
               「干支(えと)キューピー」

かわゆいでしょ?

これ、瓶詰めのマヨネーズ。

この子達は、来年用の辰キューピーちゃん。





半年ほど前、友人が近くの町に、エステの店を出した。

彼女は小熊のぬいぐるみのような子で、愛称はこぐちゃんである。

つまるところ、細い部分が無いという意味。

10才年下の彼女は心優しい人柄で、私も好きだが

顧客も技術やサービスより、その人柄を慕って集まっている様子だ。


顧客の中で、開店以来ダントツのワーストワンは

無職のハイミス、Aさんだと言う。

こぐちゃんは最初、ちょっと変わり者のお客さんだとは思いつつ

Aさんの自慢話や、霊関係の不思議話を愛想良く聞いていた。


訪れるたび、Aさんの話は進化していった。

アドバイスと称して、店のインテリアや仕事の仕方

子供の育て方や旦那への接し方を厳しく批判し始め

果ては「あんたの子供は自閉症だ」と言われたそうである。


Aさんは、最初からこうだったのではないらしい。

こぐちゃんがいちいち感心したり驚いたりするため

どんどん勘違いしていったと思われる。

無防備な純粋は、こぐちゃんの大きな魅力であるが

極端に会話に飢えた者にとっては、毒となるのかもしれない。


「おととい来た時は“この店は東の結界が崩れているから、私が張ってあげる”

 と言って、何かうめきながら、東に手をかざすの。

 それでね“私をこの店のアドバイザーにしたら、すべての因縁から救われる”

 とか言い出して“謝礼は月10万でいい、来たお客さんの人生相談に

 1回5千円で乗ってあげる”ってマジで言うのよ」

当惑したこぐちゃんは、昨日、私に連絡してきた。

そして今朝、私はこぐちゃんの店に行ったのだった。


ここまで聞いて、すでに大喜びの私。

「笑い事じゃないわよ…本当に参ってるんだから」

こぐちゃんは、口をとがらせる。

「“そんな余裕は無いです”と言ったら、目ぇつり上げて

 “よくもこの私に向かってそんなことが言えたもんだ”って、怒るのなんのって。

 “あなたを救ってあげようとする私の真心が、わからないのか”って」

漫才より、よっぽど面白い。


「簡単にあきらめそうにないし、遠隔操作で人の魂を

 自由にできるようになったと言って、私にも手をかざすの。

 信じてはないけど、本当に操つられたら恐いし…」

こぐちゃんは、目に涙まで溜めている。

人に遠隔操作するより、一番近所にあるおのれの腐った魂を

どうにかすれば良いものを。


「みりこんさん、どうしたらいい?」

    「私に聞かれても…」

「会ってもらえない?」

    「嫌だよ、気色の悪い。

     会ってどうすんのよ。

     あんた変だから、もう来るなって言えばいいの?」

「それだと逆襲が恐い」

    「じゃあ、商売と割り切るのね」

「それも無理…」

この根性無しが!と言いたいところだけど

二人きりの所でツラツラと気味の悪いことを言われ続けたら

確かに恐いかもよ。


    「その人、キツネか何か憑いてるんじゃないの?

     近くにさ~、ほったらかしのお稲荷さんでもあって

     呼ばれてるんじゃない?」

…まったくのあてずっぽう発言だった。

顧客を切るかどうかは、経営者のこぐちゃんが決めることで

人に相談することではない。

面倒くさがりの私の思惑としては、これで茶化して終わる手はずになっていた。


しかしこぐちゃんの顔は、サッと蒼白になった。

無言で立ち上がり、店の奥へ向かう。

ガタコトと、天井まで積み上げた荷物を動かすと、ドアが現われた。


ドアの先には、厨房がある。

厨房スペースは大家の物置になっており

こぐちゃんは、この部屋を除いた店舗だけを借りていたのだった。


そこにあるではないか…お稲荷さんが。

見事にひからびた榊(さかき)をオブジェに

ホコリをかぶったお稲荷さんが祀られている。

こぐちゃんは震える手でそれを指さし、ぽろぽろと涙をこぼした。


これは困ったことになった…と思い、私は深く反省した。

    「い…今のはね、冗談だったのよ。

     ここは大家さんのテリトリーだから、ね、あんたには関係無いのよ。

     ささ、ドアを閉めて…はい、荷物を積みましょうね~」


急いでドアをふさぐ私に、こぐちゃんは言った。

「みりこんさんっ!

 私、あの人にもらった物、全部捨てる!」

結界女が描いて、店に飾るように強要された、へたくそな水彩画…

霊気を注入したというクッションやぬいぐるみ…

魔除けと称した手作りのおまもり…その他ガラクタが色々。

どれも粗末に扱えばタタると言われ、しぶしぶ店に置いた物である。


    「あれはどうしたと聞かれたら、どうするつもり?」
    
「雰囲気が合わないから飾れないって、はっきり言う。

 自分の店だもんね…自分で守らなきゃいけない気になってきた」

    「おお、頼もしいじゃん。

     もしかして、お稲荷ショック?」

「うん、お稲荷ショック、大きい」

    「頑張れ」

「うん、頑張る」


私はそれらのガラクタを引き受けて、持ち帰った。

泣かせた責任を感じて、これくらいはしてやろうと思ったのだ。

こぐちゃんは、とても喜んだ。


家に帰り、これから会社にお鏡餅を持って行くと言う夫に

何の説明も無く押しつける。

「なんじゃ、これ…なんか、邪悪なものを感じる」

なかなかの感性ではないか。

人間の女の邪悪は感じないのに、こういうのはわかるらしい。


こうして私の今年は終了した。

楽しい1年であった。




本年もお世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

皆様に幸せな一年が訪れますように。
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たのぼう

2011年12月24日 15時11分01秒 | みりこんぐらし
               『うれしくてたまらない』

クリスマスプレゼントに、手作りのランチョンマットと

またまた登場…アクリル毛糸の食器洗いをもろうた。

手編みなので、買ったのと違って凝ってるわぁ。

世の中には、器用な人がいるのねえ。





今年ほど、忘年会の重要性を痛感したことは無い。

メンバーは、4月に敗北した選挙以来、毎月遊んでいる

お馴染み50代のラン子、60代、70代、そして私…

それに60代と70代のご主人である。

月に一度集まっては、暗くなるまで遊ぶ我々女どもを

ご主人達がいつもうらやましがっていると聞いて

先日、急きょ忘年会を設定した。


このご主人達は、妻の集まりに、ただ混ざりたがっているわけではない。

彼らは選挙運動のあった2ヶ月間、雨の日も風の日も

頭を下げながら市内をくまなく回った、一番の功労者なのだ。


気まぐれで時折参加した人は、あと2~3人いる。

我々女性も、告示が近付いてからは回ったが

最初から最後までずっと続けたのは、この2人だけだった。

しかも無償である。


人数が必要な、重要かつ重労働には人手が無く

少ない仕事を順番に分け合うパソコン入力の内気部門と

茶をすすりつつタムロする自称接待部門だけが

掃いて捨てるほど転がっていた選挙であった。

そしてまた、なぜかその人達だけが優遇される選挙でもあった。


引きこもりなのに、来てくれた…

悩みがあるのに、手伝ってくれた…

対話が苦手なのに、電話に出てくれた…

教育関係者の選挙では、商売柄“小さな頑張り”を称賛するあまり

他の者がないがしろになりやすい。


短い期限で勝敗がはっきりする選挙において

小さな頑張り組の人数割合だけが増えるのは、危険だ。

選挙事務所が、弱者を気遣う腫れ物サロンになってしまい

実際に票を拾う者に遠慮や不満が生じて

一人、また一人と志気が下がるからである。


どんなに素晴らしい理想を掲げようとも、まず勝たなければ

政治で弱者に手をさしのべることはできない。

それを肌で知る者は、悲壮な思いで歩み続ける。

ご主人2人にも、腹に据えかねることが多々あったようで

これは一席設けるしか無いだろう、ということになった。


彼らは年上なのに、決して威張らない。

娘くらいの年齢の私にも、友達として接する。

明るくてユーモアがあり、おしゃれで、とても若く見える。

まことに気持ちの良いお爺さん達だ。

こんな人達なので、負け戦の話題も、愚痴ではなく笑い話にしてしまう。

時の経つのも忘れて、ワイワイキャッキャと騒ぎっぱなしであった。


面白くないのがラン子さん。

自分がいかに貢献したか…の話題に持って行こうと、何度も果敢にトライする。

「私がああしたらね、あの人がこう言ってくれて…」

「あの時、私が強気で止めたから良かったけど、もし私がいなかったら…」


だが残念なことに、独りよがりの小自慢は

フルスピードで走る爆笑列車の搭乗キップにはならない。

ことごとく「ふーん」「へー」で軽く受け流されてしまうので

しまいには「娘が買物に連れて行ってくれない」と、しくしく泣き出した。

泣き上戸ではない。

下戸のラン子は、このところの寒さで情緒不安定になっているのだ。


60代夫が、びっくりして私に叫ぶ。

「みりこんさん、あんた、こんな自分勝手な女とよくつきあえるな!」

    「あ~ら、私、振り回されるの好きよ」


座は、ラン子がいかにわがままかという話題で、さらに盛り上がる。

    「こないだはさ、家に幽霊が出るって

     自分が幽霊みたいな声で夜中に電話かけてくるからさ

     塩でもまいとけって言ったのよ」

「ギャハハ」

    「ほんとに幽霊がいたら、溶けて水になるから

     よく見とけって言ったらさ

     水になったらどうすりゃいいんだって、泣くのよ」

「ワハハ」

    「水になったら電話しろって言ったら、それきり電話が無かったわ」

「で、水になった?」

ラン子は「恐くて、まいてない!」と、さらに泣いた。


60代が、真面目な顔をして問う。

「みりこんさん…幽霊がいたら、塩が水になるって本当なの?」

    「知らん」

「ギャハハハ!」

ラン子、話題がやっと自分に向けられたので、満足そうな様子である。


楽しい忘年会…“たのぼう(みりこん語)”も終わりに近付いた。

「私達だけ飲んで、ごめんね」

皆、送迎係を引き受けた私に申しわけながる。

    「なんの、わたしゃ年々飲み方が上達してね

     最近じゃ飲まなくても酔えるようになったのよ~」

おばんのオヤジギャグに、手を打って喜ぶ一同。


「長いこと生きてるけど、こんなに楽しい忘年会は初めてだよ。

 僕達の選挙は、これでやっと終わりました。

 皆さん、本当にありがとう」

2人の男性は、女性陣に深々と頭を下げる。

同じメンバーで楽しい新年会…“たのしん(みりこん語)”の約束をして

お開きとなった。


飲まなくても酔えるのは、本当。

酒を飲んでも酔わないんだから、別に飲まなくてもいいのではないかと

前からちょくちょく思っていたが、自分で言って、はっきりした。

私は酒豪ではなく、年から年中酔っぱらいだったのだ。

新たな発見であった。
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心配性

2011年12月17日 18時24分33秒 | みりこんぐらし
               『お助け3レンジャー』


“サッと・ブルー”

網戸がサッときれいになる道具…彼の本名は“網戸ビックリーン”。


“おしゃ・レッド”

おしゃれなタワシ…半透明の部分に洗剤を入れることもできる。


“ピカ・オレンジ”

ご存知、アクリル毛糸の食器洗い…シャンデリアやガラス製品を洗うのに便利。







病院の厨房に勤めていた頃の同僚とは、今でも集まって食事をしている。

その中の一人、綱吉とは、幼稚園から中学まで同級生だ。

知らずに入ったら、彼女が先輩として働いていた。

その数ヶ月前に離婚して関西から戻り、就職していたのだった。

綱吉というのは、飼い犬をこよなく愛する彼女のニックネームである。


綱吉は昨年、上司の定年退職によって、非常勤から公務員に昇進した。

今や、押しも押されぬ調理員のトップである。

当初は「部下が…下のモンが…」と何につけ連発し

「人の上に立つと、気苦労も多くて…」と

嬉しそうに溜息をつくのがお決まりだった。


“人の上に立つ”って、とても恥ずかしいフレーズ。

真に人の上に立つべくして立つ者は「組織は人なり」とわかっているので

そういうことは、あんまり言わないものだ。

適性の無い者ほど、気負って連発する。


同席している同僚達は、そのたびに必然的に彼女のシモベということになり

かつ、彼女の気苦労のタネということになる。

憮然としたり、こちらに目配せをするが、それを眺めるのも面白い。

内情を知る部外者という立場の私は、彼女達の話の聞き役に適していると思う。

こっちはこっちで、その相変わらずぶりをおおいに笑わせてもらう。

利害関係が一致していると言えよう。


「私にもいよいよ運が向いてきたわ!」

と張り切っていた綱吉だが、最近はどうも雲行きが怪しい。

見るたびに痩せてきたし、顔色も良くない。


前途洋々だったはずの綱吉の未来に、暗雲が立ちこめ始めたのは

この夏からだ。

厨房に就職して3日で辞めた人が、直後に自殺した事件が発端である。


その訃報を耳にしたのは、偶然である。

たまたま同級生の集まりがあり、綱吉も私も出席した。

その席で「おととい、同級生の○○さんの妹さんが亡くなった」

という話を聞いたのだった。

元々精神的な持病で苦しんでいたという。


亡くなった妹と、つい先日厨房を辞めた女性が同一人物だったので

綱吉は驚愕し

「人の上に立つ者として、責任を問われるかもしれない」

と、自ら進んで気に病んだ。


その場に居た我々は、なにやらうっすらと自慢めいた響きを感じながらも

「因果関係は無い」となぐさめたものだ。

が、ずっと責任、責任と言ってたら、本当に心配になってくるようで

しばらくの間、綱吉は気の晴れない日々を送っていた。


しかしその心配は、ほどなく別の方面へと向かう。

その人の代わりとして入った人に、手を焼くことになったからだ。

何か精神的な病気だったらしく、つまみ食いが半端でなかったという。

完成した食事だけでなく、材料や患者の食べ残しにも手を付ける。

注意すると、目の前で見られていても

「やっていません」と言い張り、しまいにはワッと泣き出すのだそうだ。


食べられて、数が不足するのも困るけど、患者の食べ残しは危険だ。

MRSAといって、抗生物質の効かない感染症に感染する恐れがある。

広がらなければ院内感染の扱いにはならないが、単発の発症は日常茶飯事。

抵抗力の無い老人や乳児に多いというけど

その他の者は安全という保障は無い。

調理人が感染すれば、拡大は必至である。

綱吉、今度は厨房存続の危機を心配するようになった。


次にやったらクビ…という約束までこぎつけた翌日

その人は砂糖をスプーンですくって、パクパク食べた。

怒ったら「砂糖は調味料で食べ物じゃないから、つまみ食いではない!」

と逆ギレされたという。

こんなおちゃめな話が聞けるのだ。

綱吉の愚痴や勘違いくらい、何であろう。


「じゃあ塩も食べてみろ」くらい言ってやればいいのに

思い詰めていた綱吉は、その足で人事課に駆け込んだという。

「あの人を辞めさせないなら、私が辞めます」

と人事課で泣き、砂糖女は退職の運びとなった。


綱吉は最初、病院上層部が

自分の主張を聞き入れてくれたことに満足していた。

しかし上層部は、この出来事をイジメと受け取ったようで

それ以来、他の職員から何となく疎外されているような気がすると言う。

やっと“人の上に立つ気苦労”というものを実感し始めた模様。


先日は、綱吉が「折り入って頼みがある」と言うので会った。

「新しい受付けの女が生意気なの。

 病院のご意見箱に、あの女の悪口書いて入れて欲しいのよ」

冗談かと思ったら、大真面目。


   「嫌よ」

「ツンケンして、本当にひどい女なんだから!

 こないだもね、インフルエンザの予防接種の申込用紙もらいに行って

 10枚くださいと言ったら“10人もいるんですか?嘘でしょ?”  

 って、笑うのよ。

 バカにしてるんだわ!」

バカだから、バカにされるんだ…とも言えず

    「大変ねえ」

と他人事でねぎらう。 


愚かだとか、底意だと言うのは簡単だ。

しかし、この愚かや底意によって、落ち着く職場ってあると思う。

なまじ上司が人格者であったなら、部下もやる気や実力を問われてしまうからだ。

上司も部下も、お互いに自分から目をそむけ

つまらぬことで騒いでいれば、とりあえずの平和は保てる。

それにしても、こう心配が多くては毎日さぞしんどかろうと思うが

心労ですっかり細くなった綱吉のウエストは、うらやましい。
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高速獅子

2011年12月09日 07時24分36秒 | みりこんぐらし
先日、同級生マミちゃんの母上が亡くなった。

通夜と葬儀は、町内にある大手冠婚葬祭チェーンの葬儀場で

しめやかに執り行なわれるということであった。


その葬儀場は今年できたばかりで、私は行くのが初めてだった。

遺体を入浴させる機械があるとか

接待係や駐車場係は社員がやってくれるので

ご近所など他人の手をわずらわせなくてすむ…というのは聞いていた。

その代わり、料金はかなり高いというのも聞いていた。


老いた親もいることだし、私とて、いつお世話になるかわからない。

長患いの後は風呂に入れてもらいたいし

人に迷惑をかけなくていいのは魅力的だ。

町に昔からある家族経営の葬儀社とどう違うのか

一度見ておきたいと思っていた。


会場が新しくて広いのと、遺族を「マミ様」「アキラ様」と

下の名前で親しげに呼ぶ以外は、あまり大差は無いように思える。

帳場はご近所がやっているし、故人は入浴後に亡くなったそうなので

風呂の出番も無かったようだ。


変わっていると言えば、通夜が終わりに近付いた時

「明日の葬儀にも、ぜひご列席ください」と何度も言うところだろうか。

葬儀社作成の原稿と丸わかりの、喪主の挨拶でも言う。

司会者も言う。

お坊さんも言う。

帰り際には、見送りのスタッフも口々に言う。

明日も来たら、そんなにいいことがあるのか?と思ってしまうほどだ。


だからというわけではないが、翌日の葬儀にも行った。

あっさりしていた通夜と違って、葬儀はもりだくさんな内容だ。


喪主の挨拶が終わると、会場の照明が落とされた。

亡くなったお母様に宛てたお嬢様のお手紙を

盛り上げBGMに乗せて、司会者が情感たっぷりに朗読。


あちこちですすり泣きが聞こえ始めたところで

祭壇の横に大きな幕がするすると降りてきた。

故人在りし日のDVDを鑑賞するのだ。


マミちゃんの母上は、日舞のお師匠さんだった。

“平成20年度おさらい会”というタイトルと共に

映し出された静止画像は、まことに美しい舞台姿である。

故人は80才を越えているというのに、娘役で何の遜色も無い。

長年芸で鍛えた人は、さすが、アゴのラインが違う。

女が若く見える最大の秘訣は、顔の下半分の輪郭なのである。


問題は、ここで起こった。

機械がうまく作動しないらしく、なかなか始まらない。

映像が大きくなったり小さくなったり、点いたり消えたり

試行錯誤の繰り返しを眺めながら、長い間待った。


やがて「連獅子(れんじし)」を踊るシーンが上映可能となる。

歌舞伎でお馴染みの、赤いロン毛と白いロン毛の

獅子に見立てた二人の踊り手が、動きを合わせて頭をくるくる回すやつだ。

実力、立場、ともに高次元でないと舞えない、格の高い踊りである。


    「おおっ!」

私は思わず声をもらした。

早送りになっとる!


連獅子を早送りで見たら、どれほどユーモラスか

わかってもらえるだろうか。

ギャグだぞ。

まるで、タチの悪いカラクリ人形を見ている気分だ。

一同ざわめきつつ、しばし高速の連獅子を鑑賞。


明日の葬儀に来い来いと、しつこく誘っていたのはこのためだったのか…

私は意地悪く思う。

さっきまであれだけベラベラとしゃべりまくっていた司会者が

この時だけは貝のように押し黙っているのも不気味。


ま、気持ちはわかるけどね。

うっかり「失礼しました」なんて言えば

機械を操作した人に恥をかかせることになるもんね。

家族経営の葬儀社とは違って、みんな他人同士だもんね。

今日の葬式より、今後の自分達の人間関係のほうが大事よね。


やがて機械が直り、別の美しい踊りが、通常の速度で上映された。

ホッとしたような、連獅子をまだ見たかったような気持ちになった。


この後、列席者は最後のお別れをすると、遺族を残して外へ誘導される。

霊柩車のお見送りだそうで、寒空の中をさんざん待たされる。

「ここはおかしい…」「真夏だったら…雪だったら…」

そんなささやきも聞こえる。


このあたりで、私はやっと気づいた。

ここは、プログラムとプログラムの幕間が長いのだ。

プログラムがたくさんあるので、当然幕間も数多く存在する。

親切なのに、どこか感じが悪い…

丁寧なのに、なぜかムカつく…

いんぎん無礼の刑を受けているような気分は

持ち場同士の連携が取れていないために起こるトロさだと判明。

速かったのは、獅子だけかい。


20分後、水入らずで最後のお別れをすませた遺族が出てきたら

また挨拶…棺桶に花束贈呈…と続く。

火葬場へ向かう霊柩車をお見送りした後は

次々と車寄せに入って来る遺族の車やバスを一台ずつお見送り。

我が葬儀列席史上最長記録・2時間36分をマークして、やっと解放された。

風呂に入れてもらわなくていいから

ここで葬式をするのはやめておこうと決めた。
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おば服

2011年12月01日 16時55分02秒 | みりこんぐらし
車で40分ほどの町に、お気に入りの洋服の店がある。

昨年初めて行って以来、すっかりはまっている。


最初は、知人である橋川夫人の買物につき合う目的であった。

10才年上の橋川夫人は、優しくて気のいい人だが

着るものは、決して私の好みではなかった。


加齢で問題の生じた胸と腹

及び尻まわりの隠蔽(いんぺい)が大前提なので

ダボッとした長めの上衣は、必須アイテム。

小柄でずんぐりの体型に長い上着を着れば、もっさり感満載。


隠す安心と楽ちんを入手するために、メリハリとバランスを犠牲にしたので

救済措置として、引き締まって見える色合いが最重要課題となる。

よって、必然的に黒や紺などの暗色系。

それを意味不明の柄や織りで「渋い」「地味派手」などと表現してお茶を濁す。

あとは申しわけ程度のレースや刺繍による手芸的要素

大きめのボタンなどで、わずかに残るおしゃれ心を救済。


試着室から何を着て出ても「似合う」と言われ

色やデザインを少し変えれば「冒険」とたたえられる、オバン製造工場。

夫人に「行きつけの店があるの」と言われ

その方面の店であろうよ…と、気が重かった。


ところが行ってびっくり。

橋川夫人御用達のもっさりルックもあるが

ゴージャス系、キュート系、よそ行き(古いか)、普段着…

様々なジャンルの洋服が、コーナー別になっていた。


私の好きな装飾過剰のゴテゴテ系も、わんさか。

シンプルも好きだけど、この年になると

かなり上質な素材でなければ、みじめったらしくなる。

着て楽しいのは、ゴテゴテだ。

サイズが豊富なので、大柄な私でも選べる楽しさが充分味わえ

価格も手頃である。


さらに着てびっくり。

型紙が中高年専用らしい。

ものすごく楽で、しかも心なしか細く見える。


平均的とされる体型を参考に、作りたい洋服を作り

その服着たさに人が合わせる“若服”。

タイムリミットが迫っており、新調そのものがおしゃれ行為となるため

細かいことはさほど問わない“婆服”。

踏みとどまるか、あきらめるか、瀬戸際の“おば服”。


踏みとどまりたい人には、優れた英知でウィークポイントを隠蔽工作してくれ

あきらめた人を優しく包む…それがおば服。

そう、ここは“おば服専門店”なのであった。


さて先日、同級生の親友モンちゃんと、この店に行った。

正月に控えた同窓会で着る物が欲しいと言うので、案内したのだった。

細っこいモンちゃんは、サイズ的には若服が着られる。

少年のような体型に、ジーンズやコットン素材の服がよく似合うが

顔の方には、そろそろ限界が忍び寄っている。


普段はどうでもいいけど、ここぞという時には

装飾の多いソフトな印象の服を着て、顔から目線をそらしてもいい頃だ。

本体の劣化を包装紙で補うという名目で

おば服ワールドへひきずり込もうとたくらむ私がいた。


モンちゃんの服選びに興じていたら、3人いる中高年の店員の中で

一番若手の店員と、高校の話になった。

出身校が我々と同じとわかり、モンちゃんと私と店員は喜び合う。

さらに同い年とわかり、また3人でキャッキャと手を取り合って喜び合う。


しかしこの時点で、偶然を喜び合うのはどうもおかしいと気づく3人。

同じ学校で同い年のことを、もしかしたら世間では

同級生と呼ぶのではないのか。


「あの、もしかして…モンちゃん?」

店員は問うた。

「そうよ…あれ?小川さん?!」

モンちゃんは、変わり果てた私と違い

髪型や体重など、高校時代の面影を多くとどめているので

わかりやすかったようだ。


この2人、2年と3年で同じクラスだったそう。

私は同じクラスになったことはないけど

そう言われれば、つり気味の大きな目に見おぼえがある。

電車で4駅離れた町から、通っていた子だ。


モンちゃんを連れて行かなければ、一生知らなかったかもしれない。

爽やかな驚きに、興奮冷めやらぬモンちゃんと私であった。
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