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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

続報・現場はいま…8

2020年09月30日 08時35分04秒 | シリーズ・現場はいま…
日曜日の朝も早よからチャーターを呼んで、何やら仕事をさせていた藤村。

日当の4万円に、早朝出勤の手当も付けたことだろう。

どこの会社から何台呼んで、何の仕事をさせたのか

我々には知るよしもない。

今回は本社とスーパーゼネコンとの直接契約だったので

我が社でなく、営業所の仕事として回ってきたからだ。

つまり本社から降ろされた重要な仕事なので

我々のようなよそ者には任せられないということ。


こういうことは以前からたびたびあったが

夫の高齢化で実権が藤村へと移って以来

この手の仕事は全て営業所の管理下となり

藤村が一人で担当するようになった。

我々は面倒臭い公共工事と

やり口の汚いスーパーゼネコンを避けられて安堵しているが

本社営業部と藤村は、さも凄い仕事のように崇めたてまつり

もったいぶって取り組んでいる。


そういうわけで各種の伝票や請求書の類は

藤村が通勤の道すがら本社へ届けている。

会社のパソコンに売り上げを入力することも無いため

我々には何もわからず、藤村の秘密に関する物証を得ることはできない。


こうして迎えた連休2日目の月曜日。

夫は時々事務所へ来る猫に、エサをやりに行った。

去年だか一昨年だか、近所で飼われている猫が来るようになったのだ。

猫嫌いの夫だったが、この猫と過ごすうちに好きになり

蟹だの海老だのが入ったエサを買い与えている。

休みが続くと、合間で様子を見に行くのが習慣になっていたが

そうなる前の大昔から雨の日、風の日、休日、そして夜間も

会社の見回りは夫の大切なライフワークである。


たまにあるのだ。

天災被害や泥棒だけでなく、自殺が。

周辺に工場はあるが民家は無いので、夜は真っ暗。

これから死のうとする人には、目の前に広がる海しか見えないので

車でのダイビングには絶好のポイントに思えるらしい。

が、たいていは、暗くて見えなかった岸壁の車止めに阻まれるため

過去の成功例は2件のみである。



話を戻して、時間は午前5時。

その日も藤村が来る場合に備え、夫は出くわさないように気を使ったつもり。

それは秘密を持つ者への配慮であり、自分の身を守るためでもあった。


猫は来ていなかったので、夫はエサを置いて帰ろうとした。

そこへ藤村が到着。

夫を見て、ぶったまげていたという。


が、そもそも休みだから誰も来ないという発想は、失敗だ。

夫は何十年も、ここに通い続けてきた。

間で短期間、よそのおネエちゃんと駆け落ちしたり

同棲の真似事をしてみたりもあったが

夫にとって会社は自分の命であり、魂のような存在。

息子たちも赤ん坊の頃から慣れ親しんだ、心の故郷である。

合併して自分たちの物でなくなっても、愛着は変わらない。

藤村に、そこまで考える能力も人情も無いのは百も承知だが

ここで夫や息子たちに秘密を持とうなんて、詰めが甘過ぎる。


藤村はしどろもどろで「様子を見に来た」

という趣旨の説明をしかけたが

夫は「じゃあ、帰るわ」と言って会社を出た。

そして午後、我々夫婦は再び見物に行った。

今日はチャーターを呼んでない。

しかし黒石はまた来ていて、神田さんも出勤している。

神田さんのBMWが駐車されており、彼女のダンプが無かったからだ。

これで三馬鹿トリオの揃い踏み。


黒石に続いて神田さんも、ついに藤村の片棒を担がされた模様。

入社して日が浅いので、自分が何をやらされているかなんて

知らないのだ。

フフ…とほくそ笑む我々。


この状況を見てわかったことは、やはり我々が思っていた通り

伝票を切らない納品。

今までチャーターを呼びまくったので、支払いがかさんでいるため

本社に犯行がバレる恐れが濃厚になってきた。

そこで、月給制の社員を使うしかない。

しかし頼める人間は限られている。

というか、神田さんしかいない。

他の社員では、伝票を切らないことに気づかれてしまうからだ。


が、ここで問題が一つ出てくる。

トリオの中に、積込みのできる者がいないことだ。

夫、息子、社員ならできるが、藤村には無理だし神田さんも無理。

黒石のことは知らないが、彼が重機を操れるのであれば

各支社や支店で引っ張りダコのはずなので

藤村の子分に甘んじる必要は無い。

だから黒石も無理。

3人寄れば文殊の知恵というけど

バカは何人寄ったって、バカの集団でしかない。


会社で積込みができないとなると

まず仕入れ先へ行って商品を仕入れ、そこで積み込んでもらったら

その足で納品する方法しか無い。

このやり方は、普段でも時々行っている。

納品先までのルートや燃費を考えて

そうした方が効率良く運搬できる場合である。


だが、今回の現場には合わない。

仕入れ先は市を二つ三つまたぐ、遠方の山奥にあるからだ。

休日に無理を言って、開けてもらったと思われる。

仕入れ先は隣市にも一軒あるが、そこは夫の親友であり藤村の天敵

田辺君の勤務先。

秘密の漏洩は必至なので、行けない。


よってこの作業は、一旦山奥村へ走って商品を仕入れ

再び沿岸部のこちらへ戻って、納品しなければならない。

だから前日の午前6時、会社に複数のチャーターがいたのだ。

仕入れ先へ着くのが8時、戻って納品するのが10時。

一往復に4時間かかるため、出発を早めなければ回数がこなせない。

会社には同じ商品が山とあるにもかかわらず

それを横目に、はるばる仕入れの旅に出る…

いっそ清々しい効率の悪さは、さすが藤村だ。


息子たちがそれぞれ言うには、翌日の連休最終日も

同じメンバーで同じことが行われていた様子である。

我々は実家の母とドライブに出かけたので、知らない。

藤村のやっていることがわかったので満足し、興味は無くなった。


あとは、藤村が闇納品した品物の数量をザッと計算。

その仕入れ値にチャーター料金をプラスして

藤村がこの3日で出した損害額を算出する。

支払いは本社が行うので、それがナンボだろうと

我々の関知するところではない。

小物の藤村が与える損害なんぞ、たかが知れている。

それに本社は藤村を信じて雇い、好きで給料を払っているのだから

我々が本社の財布を心配するのは傲慢というものだ。


しかし金額を把握することで

彼がこれをどう誤魔化すのかを眺める楽しみが増す。

なにしろ、今月末は決算である。

日数は残されていない。

《続く》
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続報・現場はいま…7

2020年09月28日 21時19分29秒 | シリーズ・現場はいま…
藤村の凡ミスによる夫の受難を

本人や息子たちから詳しく聞いた私は、ううっと涙が出そうになった。

この仕事に携わる者であれば、いくら慣れているとはいえ

1日で通算3桁にのぼる積込み回数が尋常でないのはわかる。

大袈裟に言えば、前人未到。

その壮絶を乗り越えた夫に感動したのだ。

昔の夫であれば、途中で投げ出したはずである。

「この子も社会人として成長したなぁ」

そんな親心みたいなものだ。


さて、翌日の日曜日からは連休なので

夫は3日間、ヤツと顔を合わせなくて済む喜びに浸っていた。

しかし午前6時、長男から電話が…。

彼はこの日、船で海釣りに出かけたのだが

沖へ出るには会社の前を通るしかない。

その時、会社の方をふと見たら、藤村を発見したという。


それを聞いた私は、つい期待してしまった。

神田さんと密会するんじゃないの?…

神田さんが情にほだされ、朝早く待ち合わせて

おデートとか…。


だが、よっぽどのことでなければ

親に電話をしない長男は真剣である。

あの怠け者の藤村が、休みにはるばる広島市内から来るのもおかしいけど

チャーターしたダンプが数台、出入りして

普通に仕事をしているのはおかしいと言う。

そう言われてみれば、変。

藤村が人目をしのんで、何かをやっているのは間違いない。


昼過ぎにバドミントンから帰った夫に、このことを伝えたら

「ほっとけ」

と即答した。

「かかわらん方がええ」

静かな口ぶりから、これはやはり危険なのだとわかった。

下手に知ってしまったら、危ないらしい。

気づいていたにもかかわらず、報告を怠った罪を問われる…

夫はそう言いたいようだ。


一般的には、藤村がやっている内容を知ったからといって

短絡的にそうなることはあり得ない。

しかし本社と合併して9年、我々はこの危険と隣り合わせで生きてきた。

前任の松木氏も現在の藤村も、本社が直営する営業所の人間。

いわば本妻の子供だ。

そして我々は、本社と合併した子会社の人間。

いわば合併を推進した、河野常務の連れ子。

本社というお父さんは大らかで、どちらもちゃんと育ててくれる。

しかし何かあった場合、連れ子より実子を信じる習性は

折々で痛感してきた。


どんな会社でも究極の場面になると、そういうものだ。

私の生い立ちが継子でなければ、この習性はわかりにくいだろう。

ことに嘘つきの実子、松木氏や藤村が相手では

数々のピンチに対応することができず

とうに切り捨てられていたと自負している。

切り捨てられるのは構わないが、一寸の虫にも五分の魂。

あいつらに着せられる汚名のオマケはいらない。



やがて、長男が釣りから帰って来た。

沖から戻る時も、藤村はまだ会社にいたという。

「絶対、おかしいけん!行ってみた方がええよ」

長男に言われ、我々夫婦は夕方になって見物に出かけた。


チャーターは帰ったらしく、駐車場には乗用車が2台。

1台は藤村の社用車で、もう1台はよその支社で働く30代の男

黒石のプライベート・カー。

彼は営業職ではないので、社用車を与えられてない。

だから自力で来るしかない。

この黒石は、忙しい時に「」の名目で来ていた

藤村お気に入りの丁稚(でっち)である。


こうなりゃもう、完全におかしい。

母体が同じとはいえ、別の支社の社員を呼んで

誰もいない休日、事務所に詰める不思議…

この不思議から連想するものといったら、二つしか無い。

藤村と黒石はホモ…

でなければ、藤村はやはり何かを隠蔽する必要にかられ

黒石に手伝わせているのだ。


なぜ黒石か。

顔すらよく知らない彼の噂は以前から

遠く離れた我々の耳にも届いていた。

チクリと呼ばれていて、社内の嫌われ者という内容。

つまり藤村とは同類だからか、親子ほどの年齢差を超えて

最近この2人は急速に仲良くなった。


お山の大将、藤村は、黒石を自分の後継者と勝手に決め

黒石は黒石で、いち社員として終わるより

ジョボくても肩書きが付く方が良いと踏んだのであろう。

この考えは一応、妄想の域を出てないが

おバカさんの野心とは、おしなべてこの程度のレベルである。

この2人、今は野心という絆で結ばれていても

ひとたび仲がこじれると、お互いにチクリだから

泥仕合になればさぞ見ものだろう。


で、我々は藤村の疑惑をあばくために何かをしたか。

いや、何も。

そのまま帰った。

彼が何をしたって、こっちに火の粉が飛ばなければいい。

知らなかった…これが一番安全である。


藤村がいったい何をしているのか、我々には見当がついていた。

地方に飛ばされたスーパーゼネコンの現場監督は

たいていタチが悪いとお話ししたが

オイル漏れの件で、現場監督にしこたま怒られた藤村は

ペナルティとして、ある密約をさせられたに違いない。

その密約とは商品の伝票を切らず、無料で納入することだ。


これは正しいことではないものの、いちがいに不正とは言えない。

数量が少なければ、サービスの一環で済む。

ただ、上に相談して許可を得るという段階を踏まずに

相手の言いなりになって大量に納入したのが発覚すると

不正になる。

藤村は絶対に後者だ。


不正だからといって、告発なんかしない。

正義感に燃えるほど、我々は純真ではない。

また、告発された本社も困るだろう。

裏リベートや中抜きなど、正真正銘の不正に

心当たりのある重鎮がたくさんいるからだ。

驚くことはない。

会社とは、どこでもそういうものだ。


しかし藤村がどこまでアホなのかは、ぜひ見たい。

我々は、明日以降の藤村に期待を寄せた。

今日と同じことが続くのか、あるいは今日だけなのかで

彼の秘密がどの程度のものか、わかる。

秘密は、重いほど楽しい。

《続く》
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続報・現場はいま…6

2020年09月26日 08時39分32秒 | シリーズ・現場はいま…
縦10センチ、横20センチの

ハングル文字で書かれた禁煙プレートを事務所の壁に貼り、ご満悦の藤村。

夫は衝撃から立ち直り、プレートを指差してたずねた。

「藤村さん、この国の人?」


藤村はうなづいてから、昔、親と一緒に帰化して日本国籍になったと答えた。

あちらの人の多くは、自分が帰化していると言うものだ。

実はそうでない場合が多いので信用できないが

とりあえず藤村は帰化を強調した。


「入社の時、ノーマークだったん?」

夫は素朴な疑問を投げかける。

「新卒採用と違って、中途採用は提出物がユルい。

戸籍謄本がいらんし、誰にも聞かれんかったし」

「でも、このプレートはマズいんじゃないの?」

「何で?どこが?」

藤村があんまり不思議そうに問うので

夫は自分の方が間違っているような錯覚にとらわれたという。

しかし言うべきことは言わなければならないと思い直して

さらに言った。

「本社が半島資本と誤解されたら、社長が困るじゃろう」


経営者にとって、資本の出処は大切だ。

資本が国外、特に南北にかかわらず隣国と勘違いされた場合

納税を免れていると思われてしまう。

高い税金を払いながら営業する日本の企業からは

同じ苦しみを分かち合う仲間ではないと思われて、相手にされなくなる。

マウントを取ったつもりの会社を

祖国の色に染めたい気持ちはわからないでもないが

こうした配慮に欠けるのがザンネンなところであり、嫌われる原因だ。


藤村は、意味がわからないといった様子で

「本社でも禁煙を推奨しとる」

とうそぶき、話題をすり替えようとした。

都合が悪くなるとやる、彼らお決まりの手だ。

これに対抗する語彙を持ち合わせない夫は、追求をやめるしかなかった。


河野常務が見たら、激怒して引っ剥がすだろう…

夫はその楽しみに期待する方針に切り替え

我々もまた、そっちの方が面白いので待つことにした。

来客の中には「ここも国際的になったな」と

藤村にあてこする者もいたが、皆、異様な雰囲気を感じ取るのか

タバコは吸わず、早めに帰るようになった。

夫の客を撃退したい藤村の思惑は、ひとまず達成されたといえよう。


で、肝心の常務だが、未だハングルのプレートを見ていない。

盆前に腰の手術を受け、入院しているからだ。

予後は悪く、現在も入院中で、復帰できるかどうかも怪しくなってきた。

復帰しても、以前のような勢いは無さそう。

藤村は、お目付役の常務がいないことに乗じて数々の暴挙をはたらき

せっせと自身の王国作りをしているのだった。


その一方で色々な人に向け、力無くつぶやくことを忘れない。

「常務は大丈夫かなあ。

万一のことがあったら、どうしよう。

世話になってるから心配」

これを生来の二面性ととらえるか、計算づくの芝居ととらえるかは自由だが

かの民族における大きな特徴であることは確かだ。


ともあれ藤村の本来の国籍が判明したことで、私は安堵した。

ヤツが何かやらかすたびに、いちいち驚いたり呆れる必要が

完全に無くなったからだ。

全部“民族性”でカタがつけば

相手の言動に頭をひねらなくていいので時短になる。

夫もこの認定により、精神的にかなり楽になった様子で

表情が明るくなった。



話を仕事に戻そう。

オイル漏れのアクシデントのため

現場では漏れたオイルの後始末が行われるので

商品の搬入は翌日の金曜日から改めてやり直すことになった。

その金曜日には、始業前に現場監督以下数名が事務所を訪れ

全車両の運転手を集めて2時間ほど、注意と安全講習が行われた。

それが終わって仕事にかかったが、その日は何事もなく終わった。


オイル漏れと翌朝の安全講習で、工事は遅れが出ている。

そこで土曜日は、休日返上で仕事をすることに決まった。

そこまではいい。

普通だ。

しかし、ここからが藤村。

遅れを取り戻そうと、たくさんのチャーターを呼んだ。


通常なら、彼がそんなに集められるはずはないが

土曜日なので、たいていの会社は休み。

予定が入っていないため、運転手もダンプも空いている。

藤村は休日手当を多めに付けると言って、集められるだけ集めた。

高い手当が付き、しかも交通量が少ない土曜日で

現場は燃料を食わない近距離と聞けば、話は人から人へ伝わって

各地から20台のダンプが集まった。


初めての大漁に、藤村は大喜び。

しかし彼は、肝心なことを忘れていた。

商品の積込みをする重機オペレーターが、夫1人しかいないということを。

そして、もっと肝心なことも忘れていた。

積込みをする会社も荷を下ろす現場も、さほど広くないということを。


藤村は前日の倍のダンプを集めてピストン輸送すれば

遅れを取り戻せると思い込んでいた。

けれどもそれは、シロウトの浅はかさ。

単純計算で何とかなる世界ではないのだ。


今回の現場は、会社と近い。

次々に出ては次々に戻って来るため

会社の敷地とその周辺は積込みの順番を待つダンプで渋滞し

現場でも荷下ろしの順番を待つダンプで渋滞した。

2倍のダンプを集めたって、待ち時間が長くなってモタつくだけ。

必要な商品の数量だけでなく、現場までの距離と往復時間

大型ダンプを受け入れて送り出すスペースの限界や

積込みにかかる時間を考えて、発注するチャーターの台数を決めなければ

仕事がはかどるどころか、かえって遅れてしまう。


そして最も重要なのは、利益だ。

チャーターの日当は、1台につき4万円。

日当を支払う方は、商品を効率良く搬送させて

それ以上の利益を出さなければ赤字になる。

滅多やたらと呼び集めても、効率が悪ければ利益は出ないし

日当を惜しんで少な過ぎても、数字が上がらないので利益は出ない。

台数の決定こそが、利益を生む鍵だ。

けれどもそれには、知識と経験が不可欠。

藤村のようなシロウトが、勘やフィーリングでこなせる芸当ではない。


今回の現場の場合、チャーターは7台が妥当。

7台を効率良く動かせば、こと足りる。

前日の10台でも多過ぎるが

チャーターの支払いは本社がまとめて行うので、藤村は無関心だ。

彼のように「何台集めた!」なんて達成感に浸るのは、愚の骨頂である。


いつものことながら、藤村の失策によって被害を受けたのは夫。

1日中、食事もできずトイレにも行かず、ひたすら積込みに励む羽目となる。

予期せぬ状況に、藤村はオロオロするばかりだ。

彼には免許が無いので、何の役にも立たない。

しかし免許があったところで、何の役にも立たない。


夫が鬼の形相をしているのを見た息子たちは

それぞれダンプを降りて交代すると申し出た。

しかし積込みのスピードでは誰も夫にかなわないため

何の解決にもならず、手をこまねくしかなかった。


そして夕方、前代未聞の積込み回数をカウントして、夫は解放された。

藤村は恐がって、夫に近づかない。

だから珍しく夫の方から近づいて言った。

「何か言うことがあろうが」

藤村はきょとんとして、返した。

「お疲れ様でした」


ここは普通、謝るところだろうが

失敗してもギリギリまで部外者を装う根性だけは見上げたものだ。

夫は頭にきて言った。

「この次、おんなじことしやがったら、ただじゃおかんど。

ワシはいつ辞めてもええ。

じゃが、お前も無傷じゃあ済まさんけんの」

すいません…すいません…と、蝿のように両手を擦り合わせる藤村だった。

《続く》
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続報・現場はいま…5

2020年09月24日 08時53分21秒 | シリーズ・現場はいま…
現場監督から、呼び出しを受けた藤村。

夫の話では、呼び出しを要請する電話の段階で

かなり怒られた様子だったそう。


それもそのはず、現場監督はオイル漏れを起こした運転手に

すぐに場外への退去、つまり帰ることを命令したが

運転手は帰らず、現場の中にある別の場所に移動して

自分の会社の上司に連絡を取った。

この行為によって、オイル漏れが2ヶ所になっただけでなく

後の方は大きい痕跡を残したからだ。


公共工事やチャーターに慣れていない運転手の中には

たまにこういう人がいる。

現場の人に帰れと言われても、それは自分の上司からの命令ではないので

本当に帰っていいのかどうか、判断を迷うのだ。


なぜ迷うかというと、日当の問題があるから。

午前の早い時間に帰って修理に入ったとして

自分の日当はどうなるのかが心配なのだ。

命令されるままに場外へ出てしまったら、再び入場するのは無理そうな雰囲気。

上司にたずねて、その辺をきっちりしてもらわなければ

気分的に落ち着かない。

そこで連絡を取ろうと別の場所へ移動して、さらなるドツボにはまる。


周囲にかける迷惑より、自分の日当が気にかかる…

この手の人物は点検や整備、つまりダンプのメンテナンスに無頓着なもの。

だから次男はチャーターを呼ぶ時に、こういう人物を避ける。

日頃から一緒にあちこちを駆け回り、苦楽を共にする人々でなければ

信用しないのだ。


また、次男はチャーターと一緒に働くことで

運転手の人柄と、それぞれが乗るダンプのコンディションを把握している。

運転手の性質や経験値といったソフト面に加え

ダンプの車種、型式、年式はもとより、性能と排気量…つまりパワーランクや

過去の故障歴、現在の状態といったハード面を考慮して

それぞれに向いた現場へ振り分けるためには必要な情報だ。

次男が優秀だからそうしているのではなく、これが配車の常識である。


この常識が無ければ、配車はただの博打になる。

うまく行くも行かぬも人任せ、運任せでは

現場に穴を開けたり、取引先に迷惑をかけることが前提となり

今回のような予期せぬアクシデントに右往左往して、信用は失墜する。

現場を知らず、知ろうともせず、そもそも大型免許を持たない藤村に

できる仕事ではないのだった。



「行きとうない…」

長い電話を終えた藤村は、真っ青な顔でつぶやいた後で夫にたずねた。

「代わりに行ってもらえんかな…」

夫は黙って首を振った。

ストップさせられたダンプが、次々と会社へ戻って来始めており

夫は彼らから伝票を受け取ったり

突然、仕事が終了してしまった彼らを別の現場へ行かせたり

希望者は帰らせたりといった、事後の対応で慌しかったのもあるが

絶対に尻ぬぐいをするものか…という決意もあった。

藤村は、ションボリと現場に向かった。


そして2時間後、戻ってきた藤村は事務所へ入るなり

「クッソ〜!」

と叫ぶ。

よっぽど酷いことを言われたらしい。


激昂した藤村は

「こんなもん!」

と言いながら、夫が机の上に重ねていた伝票の束をつかんで二つに破り

クシャクシャにしてゴミ箱に捨てた。

1回の納品で終わった、問題の現場の伝票である。


「何しよんね!バカタレが!」

夫は立ち上がって怒った。

夫が逆上するのを初めて見、怒鳴り声を初めて聞いた藤村は

驚いて固まったという。


「伝票は金じゃ。

相手のサインが入ったこの伝票が、金に変わるんじゃ。

あんたは今、札束を破って捨てたんで?

商売するモンが、絶対やったらいけんことよ」

夫は藤村に言い聞かせつつ、ゴミ箱から伝票を拾い

セロハンテープで貼り合わせた。


それを呆然と眺めていた藤村だったが、落ち着いたのか

やがてボソリと言った。

「ありがとうございます」

何に対しての礼なのか、夫にはわからず呆然とするしかなかった。


それを聞いた私は、不器用な夫が

はたして伝票をきちんと貼り合わせることができたかどうかを案じつつ

大笑いして言った。

「礼を言われても、ほだされたらいかんで。

あいつには、そげなところがあるんじゃ。

周りがびっくりして、それ以上は何も言えんのよ。

その隙に逃げて、また別の悪さをするんよ」


わかっとる…夫は言った。

「おまえの言う、民族性の違いじゃろ?」

ほうよ…私は答え、夫と息子たちに

この民族性の違いをもっと詳しく教えなければと思うのだった。


藤村はもしかして、メイド・イン・ジャパンじゃないかも…

そう思い始めたのは、52才で本社に中途採用された彼が

こちらへ赴任して間もない頃だった。

早くも大手企業の言いなりになって接待に明け暮れていた彼は

10何人分だったか、夫に焼肉屋の予約を頼んだ。

しかし前日になって、急に接待の相手が別の食べ物を要求したという理由で

キャンセルさせられたことがあった。


塩の効かない田舎者が、大手を相手に太鼓持ちの真似をすると

こうしてバカにされて遊ばれることが、ままあるものだ。

藤村がそんなことすら知らずに

いっぱしの営業をしているつもりなのはともかく

彼があまりに平然としていたため、夫も私も驚きが先に立って

しばし怒りの感情を忘れた。


以後は仕事であんまり無茶苦茶をするのと

信じ難い厚かましさから、常識の無い人間と認識してきた。

しかし細い三白眼などの外見から、ふと感じるものがあったのは確かだ。

身の程を知らない権力欲や、見てきたようにつく嘘

根拠のない逆恨みなども、私の知る人々に酷似している。


ただ、姓名からの判断ができなかった。

かの国が好む文字が使われていないからだ。

よって結論は保留していたが、対応はその方面の人々への策に切り替え

この方面では初心者の家族にも講習を重ねてきた。

日々の講習によって夫や息子たちは

彼の言動に振り回されなくなったと自負している。


そしてこの夏、夫が年金エイジを迎え

それを機に人事権と配車権を始めとする数々の権限が藤村に移行した。

これですっかり社長気取りになった彼は、事務所を禁煙にすると言い出した。

藤村も夫も、来客の大半も喫煙者だが

彼にはそうしなければならない理由があった。


タバコが身体に悪いのは誰でも知っている。

しかし、どこもかしこも禁煙となった昨今

自由に喫煙できる事務所は、来客にとってのオアシスだった。

このオアシスに愛煙家が集うことで

仕事の話がまとまることが多いため、あえて喫煙所として解放していた。

我々の業界は、いまだ昭和が息づいているのだ。


藤村は、この来客が気に入らない。

夫の客は、彼を相手にしないからだ。

来客に長居をさせないため、わざとそうするのだと

藤村は夫にはっきり言い

用意していた禁煙のプレートを壁に貼り付けた。


夫は、何も言わなかった。

なぜなら、そのプレートに書かれた文字が日本語ではなかったからだ。

ハングル文字の下に、小さく日本語で禁煙と書いてある。

あんまりびっくりして、何も言えなかったのだった。

《続く》
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続報・現場はいま…4

2020年09月22日 08時32分58秒 | シリーズ・現場はいま…
配車権が藤村に移行したことで、我々夫婦には心配が増えたか。

否、楽になった。

これは意外だったので、脱力した。


夫は最初から「楽になる」と言っていたが、私は心配していたのだ。

藤村が無茶をするのは決定事項…

幼児に車の運転をさせるのと同様、大変なことになるのは目に見えている。

各方面に頭を下げて、後始末に奔走するのは致し方ないとしても

恩ある社長や河野常務に申し訳が立たない。

社の内外において、失った信用を取り戻すには年月を要するが

63才の夫に残された年月は少ない。

間に合うだろうか、という心配である。


しかしフタを開けてみれば、それは杞憂であった。

藤村が配車を行うとは、すなわち藤村が会社の実権を握ること。

つまりは全責任を藤村が負うことになるからである。

会社というのはどこでもそうだが

働く人それぞれの立場に与えられた権限と

その権限に付いて回る責任との両輪で運営される。

配車権という、我々の業界では重く扱われる権限を手にした藤村には

その権限と同じ重量の責任が生じるのだ。


今までは夫と次男に配車権があったため

何か不都合があれば、責任は夫にかかった。

藤村の方も、それを理由に自分の失敗を夫のせいにしては

無関係を装ってうまくすり抜けてきた。

しかし、今度は藤村が責任を取る番だ。

永井部長の許可を得て、公に配車を握ったのだから

もう言い逃れはできない。

我々はただ、成り行きを眺めていればいいのだった。


こうして意気揚々と、配車を始めた藤村。

社内の配車はあまり変化が無いため、当面は何とかなるものの

外注の方は初心者だ。

さしあたって彼にできることといえば、うちの次男に揉み手すり手で

チャーターを依頼する会社の電話番号を教えてもらうことだった。


とはいえ藤村は過去に一度、やはり配車がやりたいと言い出して

勝手にやり始めたことがある。

とある会社と、専属チャーターの密約をしたからだ。

つまり接待漬けのあげく、業者と癒着したのだった。


けれども相手の方がウワテだった。

最初は順調だったが、繁忙期に入ってたくさんのチャーターが必要になった時

いつものように翌日の台数を伝えたら、「明日は無理」と断られる。

それでは仕事をこなせないので、当然「どうしても」と頼む。

すると相手は、「チャーター料金を上げてくれたら、そっちへ回してもいい」

と言い、藤村は相手の言い値に従った。

会社が払うのだから、藤村のフトコロはいたまない。

彼にとっては、会社の利益よりも癒着を隠す方が大事なのだった。


これを何度か繰り返し、その会社に支払うチャーター料金は

法外の高値になっていった。

気づいた河野常務は激怒して、相手と話をつけ

藤村にはその会社との接触禁止を申し渡す。

初犯ということで、藤村にこれといったおとがめは無かった。


つまり藤村はチャーターといえば、そのずる賢い会社しか知らず

そこがダメとなると他にあてがない。

次男のネットワークを使うしかないのだった。


しかしこれも、早々に行き詰まる。

発注する相手が、ことごとく電話に出てくれなくなったのだ。

「いかにも仕事をくれてやる、みたいな口ぶりが腹立たしい」

「接待は無いのかと言われた」、「口のきき方が横柄」

「ドタキャンされた」、「ドタキャンしたり、やっぱり来てと言ったり

振り回されて、こちらの予定が立たない」

これらが次男に届いた、電話に出ない理由である。


手堅い業者から相手にされなくなった藤村は

それでも果敢にチャーターをかき集めて乗り切った。

県外や離島の業者、評判が悪くて仕事にあぶれている業者だ。

それらも遠過ぎたり、藤村と喧嘩になったりで

だんだん来なくなりつつあった。


アマゾネス計画の夢が破れたのは、そんな時だ。

しかし藤村は、いつまでも悲しみに打ちひしがれてはいられない。

週末の4連休を控え、発注元は国

元請けはスーパーゼネコンの仕事が始まる。


藤村は、スーパーゼネコンが相手だと緊張する。

大手を相手に仕事をするのが誇らしくて舞い上がり

ソワソワと落ち着かない。


我々もスーパーゼネコンが相手だと、別の意味で緊張する。

大手は安全基準が厳しいだけでなく

現場監督の人間性に問題ありのケースが多いからだ。

せっかく大手に就職したのに、年古りて監督の肩書きを手土産に

中央からこんな田舎へ飛ばされた人物といったら、そんなもの。

我々のような地元業者をあからさまに見下げるだけでなく

工事を安く上げて認められ、中央へ返り咲きたい一心なのか

工期が終了するまで下品に値下げをねだる。

これが原因で地方へ飛ばされたのだろうと

こちらが納得してしまうような勘違いも多く

トラブルが付きものだからである。


しかし今回からは、何が起きても藤村の責任だ。

夫はリラックスしており、私もそれを感じてホッとした。


こうして初日の木曜日が訪れる。

社内の少ないダンプは

エントリーが間に合わなかった神田さんを除いて総動員。

藤村のかき集めたチャーターも10台ほど来て

現場への納入が開始された。


けれども一発目で、早くも問題発生。

オイル漏れである。

な〜んだ、オイル漏れ?

おおかたの人は、一笑するかもしれない。

我々も別の現場であれば、それほど気に留めない。


しかし今回の現場は違った。

スーパーゼネコンと国が絡むと、やたら規則が厳しくなるが

今回は火気厳禁の場所なので特に厳しく

事前の安全講習は当たり前で、ダンプの年式まで

購入後何年以内と指定されている。

古いダンプがオイル漏れや燃料漏れを起こしたり

金属劣化で火花が出たりなんかしたら

大惨事につながる恐れがあるため、最初からハネるのだ。

新しいダンプが揃わない業者は

このような公共工事に参入しづらい時代になったといえよう。


藤村はこの工事のために、チャーターを寄せ集め、かき集めて

どうにか台数を揃えたが

その中に1台、年式の古いダンプが混ざっていた。

この古いダンプが、燃料漏れを起こしたのだった。


オイル漏れは地面に黒い油溜まりができ、証拠として残るので

言い逃れは不可能。

台数を集めるのに必死で、年式の規定を忘れたのが敗因である。

全車両はストップさせられ、安全基準を守らなかった罪により

藤村は現場に呼び出された。

《続く》
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続報・現場はいま…3

2020年09月20日 07時34分59秒 | シリーズ・現場はいま…
女性ばかりの別会社を作るアマゾネス計画を

会議で却下された藤村。

辞めると言ってふてくされたのはその日だけで、翌日はケロリ。

夫は彼が本気ではなかったことをしきりに残念がった。


夢破れて以降、藤村は社内でお山の大将を気取るようになった。

もう、それしか無いのだ。

手始めに、他の支社から自分の仲良しを会社に招くようになった。

比較的若手の中途採用者数人が、毎日1人か2人ずつ交代で訪れる。

彼らは藤村を慕って来るのではない。

藤村に呼んでもらい、順番にサボりに来るのだ。


ちょうど忙しい時期で、藤村は「」という名目を付け

大っぴらに彼らを動員する。

とは、安全基準の厳しい取引先へ納入する際に行う雑用。

会社の入り口で待ち構え

出入りするダンプのタイヤに付着した汚れをホースで洗い流す軽作業だ。


何もしない藤村がやればいいのだが、なにしろ自称トップだから

足を洗うなんてことはしない。

そこでゲス仲間を呼ぶ。

が、として呼ばれた彼らも、何もしない。

事務所にタムロして、一日中おしゃべりをしている。

忙しいからと呼ばれたことにすれば

自分の勤める会社を留守にできるのだから、普段の仕事ぶりも推して知るべし。

いなくても誰も困らない、会社のお荷物たちである。


給料泥棒のゲスどもに好き勝手をされ、夫の心中はいかばかりかと思うが

彼らは夫のことをよく知らないのだから仕方がない。

藤村の大風呂敷を信じ込み

お情けで働かせてもらっている年寄りと思い込んでいるのだ。


息子たちはその光景を見るにつけ、小舅のごとく歯がゆがったが

夫と私はそれぞれの思惑から、「辛抱せい」と言った。

夫は野生の勘だか希望的観測だかによって藤村の没落を確信しており

私の方は息子たちに、世の不条理をしっかり見せたいからだ。


一方、神田さんは入社してちょうど1ヶ月。

ここにきて、彼女にもできる初心者向けの仕事がぷっつり途切れた。

忙しい時は邪魔になるので、藤村が事務所でおもりだ。

彼女もタムロ仲間とお茶を飲んだり、おしゃべりをして過ごしている。


彼女はしばらく前から、藤村をボスと定めた様子だった。

ヤツにくっついていれば優遇され、遊ばせてくれるのだから

今はそれでいいだろうが、56才の藤村が定年エイジになったら

どうなるかわからない。

藤村と遊び呆けた彼女を、うちの息子たちは覚えている。

あまり賢い選択とはいえない。


しかも彼女は知らず知らず、夫を敵に回した。

「ヒロシさんにいじめられている」

藤村に、そう言いつけたのだ。

訴えの内容は、口をきいてくれない、私だけ商品の積込みをしてくれない…

というものである。

彼女もまた「トップはこの俺」と豪語する藤村の大風呂敷を信じているため

自分と同僚であるはずのヒロシさんが、なぜ親切でないのかを悩んでいるのだ。


夫が神田さんに冷淡なのは、意地悪ではない。

単に自分の女ではないからである。

自分のもの、あるいは先で自分のものになる可能性があれば

チヤホヤするだろうが

神田さんを大嫌いな藤村の所有物と認識する夫は

彼女と親しむ必要性を感じない。

浮気者とは、そういう生き物である。


また、神田さんにだけ商品の積込みをしないのは夫のせいではなく

神田さんが下手くそだからである。

積込みをするにはバックをして、重機オペレーターの懐へ

しっかりと入り込まなければならない。

この作業はドライバーと、オペレーターをする夫の双方に

あ・うんの呼吸が必要で、そうしなければ危険なのだが

神田さんは経験が無いため、呼吸が合わせられない。

彼女が今まで働いてきた会社とは畑違いなので、やり方が全く違うのだが

その違いにすら気づいていないのだった。


夫は彼女が入り込むまで待つ。

積込みの現場ではオペレーターが優先で

ドライバーはオペレーターが作業しやすいように合わせるのが常識。

また、そうしなければ危険なので待つ。


しかし神田さんは、夫が合わせてくれるのを待つ。

夫の方も、彼女の間違いを指摘してやればいいようなものだが

呼吸というのは口で説明してわかるものではなく

ましてや藤村のおもちゃに手取り足取り教える情熱は無いので待つ。

結果、「積込みをしてくれない」ということになる。


神田さんの訴えを聞いた藤村は、現場を知らない。

だから神田さんの前で、ふんぞり返って注意した。

夫が面白いはずがない。

この一件は居合わせた息子たちが藤村に説明し

神田さんに少しずつ教えると言って終わったが

夫は金輪際、神田さんを許しはしないだろう。



さて、年金エイジになった夫から藤村へ

人事権が移行したことはたびたびお話しした。

有頂天になった藤村は、これを機に様々な権限を欲しがるようになり

本社にかけ合っては奪っていった。

こうして彼に移った権限の一つに、配車権がある。

社内の誰をどの現場へ行かせるかを決めるのが配車の仕事だ。

また、忙しい時はチャーターといって

よその会社から1日ナンボで応援に来てもらうことがある。

どの会社から何台雇うかを決めるのも配車だ。


この配車は社内の分を夫が、チャーターの方は次男がやっていた。

信用や利益に直接影響するため、仕事を熟知していなければ難しく

配車を握る者が会社を握ると言っても過言ではないため

藤村が以前から、一番欲しがっていた権限だった。

配車を掌握していなければ、業界では一人前として扱われないからだ。


トップでございと威張って見せても

誰がどこの仕事に出ているのか、どこから何台呼んでいるのかを知らなければ

収支の計算ができない。

明日はどんな仕事があって、誰を行かせるのか、チャーターを呼ぶのか

明後日は、来週は、来月は…といった、先の予定もわからない。

それはドレスを着てワラぞうりを履いているのと同じで

威張れば威張るほど鼻で笑われてしまう。

配車を握っていないのにトップと名乗る行為は、非常にカッコ悪いのだ。


藤村は本社営業部の永井部長にねだり、配車を自分のものにしてもらった。

河野常務なら許可しなかったと思うが

入院中なので、こちらの仕事を何も知らない永井部長が代理を務めている。

藤村はその隙に、念願を叶えたのだった。


藤村に配車を取られたら、会社が滅茶苦茶になるのはわかっていた。

しかし夫はもう、あらがう気持ちを捨てていた。

「とことんまでやって、自滅したらええんじゃ」

吐き捨てるように言うのを聞きながら、私もその瞬間を見たいと思った。

《続く》
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続報・現場はいま…2

2020年09月17日 12時51分21秒 | シリーズ・現場はいま…
藤村のアマゾネス計画は、なかなか大胆な構想だ。

この計画は、48才バツイチ孫ありの女性運転手

神田さんを入社させた盆明けから、藤村の脳内で急速に進み始めた。


彼のプランをお聞かせしよう。

まず車で30分余りの隣市にある、船着場を兼ねた資材置き場を借りる。

そこへ事務所を置いて、女性ばかりを集めた別会社を作る。

仕事の内容は、特定の取引先へ納入する商品の運搬に限定する。

特定の取引先とは、広い幹線道路を往復して荷下ろしをするだけの

単純作業で済む所である。

言うなれば道幅が狭かったり、アップダウンの激しい難所も無く

他社と連携を取りながら作業を進める必要も無く

現場の要望に応じる運転技術がいらないため

女性でもこなせるというのが大前提なのだった。


ユルい仕事なので、賃金は最初から低く設定。

女性を雇うことで人件費を抑えるには

給与形態が他の支社支店と異なってしまう。

そのために別会社を作る必要があるというのが、藤村の主張だ。


人のふんどしで相撲を取ろうとする彼が、人件費に言及するのは

経費節減の見地からではない。

本社は25年ほど前、倒産の危機に見舞われた。

河野常務ら取締役の奔走で危機を脱出した後

自衛策として新入社員の募集を減らし、教育にかかる経費を抑えるかたわら

安く雇える中高年の中途採用を推進してきた経緯がある。

この習慣が今も続いているために

ゲスまみれの会社になってしまったのはさておき

人件費へのこだわりは本社にとって長年のテーマ。

何につけ上層部の口にのぼるため、それを日頃から聞きかじっている藤村は

単なる受け売りで人件費にこだわって見せるに過ぎない。


人件費を抑えるという名目で、女性ばかりの会社を作り

彼はそこでトップに収まる…これがアマゾネス計画の概要である。

何も知らない女性を集めれば、彼の乏しい知識と経験が活かされると

本気で思っている様子なのが憐れだ。


ところでアマゾネスといったら昔の映画では、女でも男並みの戦闘をする集団。

弓を引くのに胸が邪魔になるからと

片方のお乳を惜しげもなく切り落とすような、すごい女たちだ。

しかし藤村のアマゾネスは、女だったら何でもいいらしい。


それはともかく、彼のアイデアには大きな穴がある。

そもそも商品の運搬のみに限定された、ユルい仕事をさせてくれる取引先は

3軒しか無い。

しかも毎日納品があるわけではなく

相手からの注文を待つだけで、繁忙期も無い。

いわば需要の少ない、終わりかけた会社なのだ。


それらへ納品するために、敷地を借りて別会社を作り

大型車を用意してアマゾネスとやらを車の数だけ囲うのは

はなから無理というものである。

小さい女の子が「大きくなったら歌手になりたい」と夢見るよりも

成功の確率は低い。


ちなみにこのうちの1軒は、7月まで神田さんが勤めていた会社。

前に納品していた会社が手を引いたため

表向きは棚からぼた餅で、藤村が仕事を獲得したことになっている。

入社以来、営業できない歴5年の藤村は

この幸運によって自信を持ち、いちだんと横柄になった。

が、前の会社がなぜ手を引いたのかを

彼は考えようとしない。

理由は一つ、儲からないからである。


それでも藤村の展望は、明るい。

自分が営業を頑張って、3軒の会社に活気を取り戻し

注文がどんどん入るようにするつもりだと言う。

本気なのか、うわごとなのか、わからないが

どっちにしてもマトモではない。

さすが、自営の会社を2軒つぶした男は違う。


ともあれ藤村の荒唐無稽なプランには、神田さんの存在が大きく影響していた。

まず隣市に借りようとしている船着場を兼ねた資材置き場。

神田さんの住まいは、その近くだ。

つまり、そこに会社ができれば神田さんはとても助かる。

藤村は神田さんの通勤に配慮して、この敷地に目をつけたのだった。


次に女性運転手ばかりの会社を作るにあたり

必要になってくるのは、当然ながら女性。

だが、人材集めに不自由は無い。

神田さんが先月までアルバイトをしていた会社には、女性のバイト仲間が数人いた。

正社員で迎えられたばかりか、新車をあてがわれた神田さんを

皆はうらやんでいて、こちらに転職したがっているそうだ。


現に藤村は先日、神田さんに頼まれて、そのうちの一人と面接を済ませている。

次に新車を購入する時は、その人を入れるという怪しげな約束をしたそうだ。

面接というより、紹介デートに近い。


私もそうだし、夫の愛人たちもそうだったのでわかるが

女というのは厚かましい生き物である。

怖いわ、嫌いよと口では言っても、自分の言うことを聞いてくれるとなると

どこまでも増長して要求が増えていく。

が、しょせんは女の浅知恵。

事態はとんでもない方角へ迷走するものだ。


とまあ、このように着々と進行中のアマゾネス計画。

大丈夫なのかって?

大丈夫。

彼の野望を実現させるためには

まず、本社の営業会議で構想を話さなければならない。

自腹でなく、本社の資金をあてにするんだから当たり前だ。

それから却下なり審議なりが行われる。

実現の可能性は、ゼロ以外に無い。


藤村が社長や取締役の前で、この大バカあんぽんたん計画を話すだろうか…

我々の興味は、ひとえにそこだった。

自分一人で夢を温めるのは自由だが、議案として発表するとなると

人格を疑われること間違いなし。


我々家族は、賭けをした。

負けた者がケーキを買うのだ。

しかし皆が発表する方に賭けたので、賭けにはならなかった。


毎週月曜日の午前7時から行われる営業会議で

今週、藤村は満を辞してアマゾネス計画の議案を提出したそうだ。

プレゼンを行うまでもなく、大怒られしたという。

やっぱり彼は期待を裏切らない。


取締役の面々は、死ねと言わんばかりの剣幕。

河野常務が入院中でなかったら、はっきり言ったに違いない。

そこへ社長がやんわり言った。

「藤村さん、そういうことは退職して、ご自分でやってください」


これが一番こたえたらしく、会議を終えて出社した藤村は

夫に経緯を話した後で力なく言った。

「ワシ、もう辞める…」

夫が密かに、そして非常に喜んだのは言うまでもない。


「借金はどうするん?」

夫はたずねた。

藤村は認知症の母親が作った借金を返すために

会社の福利厚生部門から500万円、借りているのだ。

「さっき本社で、退職金と借金の残りを調べてもらってきた。

何とか相殺できそう」

けっこう本気モードだと、夫は思ったそうだ。

が、藤村の言うことがあてにならないのは、すでにわかっている。

そう言ったハシから神田さんのダンプに乗り込み、出かけて行った。


さてこの日から、2人は仕出し弁当を取ることになっている。

カップルで外食ばかりだと、お互いにお金が続かないからだ。

「朝は辞める辞める言いよったのに、昼は2人で嬉しげに弁当食いよる」

昼休憩で帰宅した夫は、残念そうに報告。

私は満足のいく報告内容に、気を良くして言った。

「今度辞める言うた時は、神田さんも連れて行けって言うんよ」

わかった…夫はうなづくのだった。

《続く》
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続報・現場はいま…

2020年09月14日 09時02分58秒 | シリーズ・現場はいま…
昼あんどん藤村と、女性新人運転手の神田さん…

今はこの2人が面白くてたまらない。


藤村が、入社したばかりの神田さんに行った

新人研修という名のドライブは8月末で終了。

神田さんが乗る新車が届くと

うちの次男が本当の新人研修を担当することになった。


「やっと解放された!」

神田さんが次男に言ったところまでは、お話しした。

乗用車という密室で、バカデカい藤村と2週間も過ごした神田さんに

私は心から同情したものだ。


しかし同情ばかりしてはいられない。

「女はコウモリじゃけんね。

あの人がナンボ藤村の悪口言うても

あんたも釣られて言うたらいけんよ」

言質を取られる可能性から、私は次男に釘を刺したものだ。

男の補助が無ければ成立しない仕事と知りながら

女にしては給料が高いという待遇に釣られて

男の世界に入った甘ったれが、正確な情報を中継するわけがない。

相手に合わせ、言うことがその場その場で変化するのは決定事項。


後から、いくら怖かった、嫌だったと言ったところで

3日や4日でなく半月もの間、藤村に付き歩いた事実は変わらない。

本当に口で言うほど辛ければ、おぼこい娘じゃないんだから

途中で辞意を表明するなり、誰かに訴えるなりして潔白を証明し

身の安全を確保するのが常識である。

それをしなかったのは、ひとえに楽だから。

半月も遊び歩いて、給料が出るかどうか心配にもならない…

このような人間が、口で会社の和を乱すのだ。


が、次男の方が警戒心は強かった。

「あの人がこないだまで勤めとった会社

離婚した旦那も行きようるんよ。

しかもバイトじゃけん、どうしても辞められんかったわけじゃないんよ。

バイトじゃったのに車はBMWじゃし、男がおる以外に考えられん。

男がおるのに別れた旦那と一緒に仕事するって、おかしいじゃん。

普通の神経じゃないのは知っとるけん」

次男の発言に安堵すると同時に

前の会社でバリバリやっていたという藤村の前宣伝に反し

神田さんの保険証が社保でなく、国保だった謎も解けたのだった。


次男と神田さんは親しくなるまでもなく、新人研修はわずか1日で終了。

神田さんの筋が良いのでも、次男の教え方が良いのでもない。

藤村が、神田さんの助手席に乗って指導すると言い出したからだ。


大型免許を持っていない藤村が、何を指導するのかは謎だが

これだけはわかっている。

入院中の河野常務は手術後の経過が悪く、退院はまだ先になりそうだ。

藤村は新人にかまけ、自分の本業である営業をしなくて済んだ日々を

さらに引き伸ばすつもりである。


元々ろくに仕事をしなかった、いや、できなかった藤村にとって

神田さんは絶好のおもちゃ。

藤村は1日中、神田さんの助手席に乗って仕事に付いて行くようになった。


夫は、「2人が会社にいない方がいい」と

藤村の実技指導を歓迎する口ぶりだ。

本当に喜んでいるのかどうかは知らない。

思えば昔は、愛人の女運転手を連れて挨拶回りをしたり

新人教育と称して助手席に乗り込み

延々とドライブを続けるのは夫の仕事だった。

いや、少なくとも夫は仕事だと思っていた。


その頃は父親の威光がまだ強かったため

社内を含む世間は、陰で笑いながらもそれを許した。

当時の夫と現在の藤村が同じ精神レベルなのはともかく

前の記事でもお話ししたが、このような無茶は夫の専売特許だった。

それなのに時代は下り、事情が変わった今は

雇われの身である藤村が同じことを再現している。

自分の特許を他人に奪われ、それを毎日見せつけられるのは

さぞ嫌なものだろう。


加えて63才の夫は、年金生活に向けての助走期間。

藤村の勘違いを正し、会社をしっかり運営しようという

本能的な感覚を自ら抑制している様子だ。

この感覚を呼び覚ましたところで、しんどいのは夫だけ。

藤村には馬耳東風だ。


なぜなら我が社は、二つの顏を持つ。

前身が義父の会社だった本業と、合併した本社の出先機関である営業所

この二つである。

藤村は本社から派遣された営業所の責任者で、夫は本業の方の責任者。

つまりよく言われる「船頭が二人」の状態。


藤村の前任、松木氏もそうであったように、本社雇用の彼らは

良いことは自分の実力、悪いことは夫のせいと

二つの顏を巧妙に使い分ける。

夫は合併以来、この使い分けと闘ってきたと言っても過言ではないが

ボンボン育ちで親の会社にしか就職したことがなく

人生の大半を女道楽に費やした世間知らずの夫が

転職を繰り返すことで嘘と芝居を磨いた彼らに

太刀打ちできるわけがなかった。


老齢期に入ったことで藤村に人事権が移り

続いて8月に年金受給の申し込みを済ませた夫は

明らかにやる気を無くした。

そしてこの闘いから身を引き、全面的に藤村に任せると決めた。

会社をつつがなく運営したい夫と

権力のみに固執する藤村がぶつかるから大変なのだ。

全部を藤村に任せ、彼のやりたいようにやらせてみると言う。

そう言ったら、多少聞こえはいいものの

取引先との交渉を始め、事故、ミス、不行き届きなど

今後、会社で起きる問題は藤村が全責任を負い

夫は尻拭いに一切の手を貸さないということである。


一方、会社のキモである人事権を得て有頂天の藤村は

全部を任せると言われて、ますますいい気になった。

折も折、河野常務が入院。

お目付役が不在となり、自由を得た藤村は早速

女性運転手の神田さんを入れた。

彼が以前から豪語していた野望、『アマゾネス(古!)計画』

という名のハーレム作りへの第一歩であった。

《続く》
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手抜き料理・ぶっかけそうめん

2020年09月09日 08時23分48秒 | 手抜き料理
先週の暑い日、同級生の友人ユリちゃんの実家のお寺で

また料理を作った。

この日は予定していなかったが

直前になってユリちゃんから電話があったのだ。


「ねえ…私から電話って、悪い予感がしな…い?」

遠慮がちに切り出すユリちゃんに、私は答える。

「OK、いつ?」

二つ返事どころではない。

結局行くなら、もったいぶることはないじゃないか。


「ええっ?」

驚くユリちゃん。

「一人で行くよ」

「本当に?!」

ユリちゃんはしばらく信じられない様子で

本当?本当?を繰り返してから、日程やおよその人数を伝えた。


平日のその日は、10月に開催する行事の準備。

10人程度が集まって、花飾りを作成するそうだ。

いつもはテイクアウトのお好み焼きかコンビニ弁当だが

マンネリ感はぬぐえず

かといって仲良し同級生の5人会に依頼するのも大袈裟に思え

もしかして私に頼めないかと思案していたそうだ。



電話が終わると、私はさっそく献立を考えた。

今回は、ユリちゃんの切実な希望を取り入れなければならない。

切実な希望とは「暑くても喉を通るもの」。

それから「前回のような献立ではないもの」。

はっきりとは言わないが、つまり前回けいちゃんが決めた

揚げ物オンパレードの献立では季節柄、喉を通らないと言いたいらしい。

檀家からクレームが出て板挟みになったようだ。

「お手伝いしてくださるのは、本当にありがたいんだけど…」

言葉を濁すユリちゃんは、つらそうだった。


確かに前回の施餓鬼供養で、けいちゃんが考えたトンカツ、海老フライ

フライドポテト、ウインナーで構成される「ミックスフライ」は

完全に的外れだった。

そこへレモンで爽やかさを加味したとはいえ

ササミの揚げ物に、トドメが熱々の炊き込みご飯。

エアコンの無い広間で食べるには、高齢者でなくても厳しい献立である。

ユリちゃんは暑い時期にふさわしく

かつ高齢者に喜ばれる料理を切望していた。


それを聞いた私は、深く反省。

けいちゃんの考えた献立を

角が立たないように修正する努力を怠ったからだ。

せっかくやる気になってくれてるんだから、任せよう…

そう言ったら聞こえは良いが

実際は生真面目なけいちゃんの機嫌を損ねたら厄介だし

やんわり修正するのは神経を使うしで面倒なため、丸投げにした。

その結果、けいちゃんが食べたい物を並べるうちに迷走したのが

前回の献立である。


こうなることを予測しながらも

手を打たなかった自分の横着を反省しつつ

今回考えたメインは、ぶっかけそうめん。

冷やしとろろ蕎麦か、山口名物の瓦蕎麦(かわらそば)にしたかったが

蕎麦アレルギーが1名いるそうなので断念した。


それから先日、息子の友人が届けてくれた日本海産の剣先イカで

和風の煮物。

もらい物なのでイカが少なかったため

大根、厚揚げ、冷凍サヤインゲンでカサ増しをもくろむ。


あとは、もらい物のジャガイモと買ったタラコで、タラモサラダ。

淡いピンクが可愛いのと

老人はタラモサラダなんて知るまい、フッフッフ…という下心で採用。

献立というのは、みんなが好く料理ばかりでは成立しない。

目新しいものや癖のあるものを一、二品入れて脇を固め

主役を引き立てることが大事だ。


タラモサラダは簡単。

ジャガイモを皮ごとラップに包み

レンジで柔らかくなるまでチンしたら、皮をむいて潰す。

そこへたっぷりのマヨネーズ、たっぷりのタラコ

塩コショウ少々、薄口醤油か麺つゆ少々を入れてマゼマゼしたら

できあがり。

スプーンで丸く形を整えて器に盛り

上から細く切った味付け海苔をたっぷり振りかけたら

いちだんと美味しくなる。


それから以前、『手抜き料理・ナス』で紹介した

ユリちゃんの兄嫁さん直伝のナス・バンジャン。

前回の揚げ物オンパレードを見た、参加者のおばあちゃんが数人

ゲンナリした表情でヒソヒソ話をしていたからだ。

「今日はナス、無いんかね?」

兄嫁さんのナス・バンジャンは、皆が待ち焦がれる人気料理。

レシピは入手しているので、それを作れば絶対に喜ばれる。


デザートには、もらい物の梨を持って行く。

これで決まり。


とはいえ、これで全部決まったわけではない。

ユリちゃん夫婦と兄嫁さん一家の晩ご飯を作るのが

もはや恒例となっている。

そしてその晩ご飯は、夕方まで残るお客に持ち帰らせる目的もあるので

昼と同じく10人前ほど作る必要がある。


ただでさえ昼ごはんを作ってくたびれたあげく

晩の用意までしていたら、正直ヘトヘトになる。

しかも晩ご飯は、何でもいいわけではない。

偏食の多いユリちゃん夫婦とその姪が食べられる料理で

なおかつ、お客がテイクアウトできる物…

つまり汁物や麺類でない物が求められる。


これはユリちゃんの甘えであり、悪習慣だと思う。

以前この要求を聞いたけいちゃんは密かに、そしてかなり腹を立てた。

「甘え過ぎやわ!」

もっともなことだ。

マミちゃんもいい顔はしなかったが、彼女が作るわけではないので

しょせん他人事。

洗い物担当で倹約家のモンちゃんは

自分の持ち帰る料理が増えるのを見越して歓迎ムードだった。

イラっとするこの気持ちは、実際に手を下す者にしかわからないだろう。


しかし両親はすでに亡く、たった一人の兄にも先立たれ

旦那との夫婦仲も険悪なユリちゃんが甘えられる相手は

兄嫁さんしかいない。

その兄嫁さんの健康がすぐれないとなれば

私がやるしかないじゃないの。

ユリちゃんのお母さんなら、笑顔でやるはず。

だから私もやるまでよ。


で、晩ご飯は牛丼にした。

牛丼の具はジップロックに入れ

ごはんはパックに別盛りで、ちゃんと紅生姜も付ける。

これ一品しか作らない。

ええカッコして頑張り過ぎると、次が続かないから。



そして迎えた当日。

イカの煮物、タラモサラダ、ナス・バンジャンは

朝、家で完成させた。

ぶっかけそうめんのトッピングに使うオクラや干し椎茸の甘煮

錦糸卵など、熱を加える物も家で仕上げる。

エアコンの無いお寺の台所は、相変わらず灼熱地獄。

お寺で火を使うのは、そうめんを茹でる時だけと誓って

おおかたを家で済ませた。


『ぶっかけそうめん』

作る方も食べる方も、普通のそうめんより気軽なので採用した。

①好みの味に仕上げた麺つゆを冷やしておく

②味噌汁を入れる汁椀を人数分用意して、お盆に並べておく

③そうめんを半分に折って茹で、ザルにあけて水で冷やしながら洗う

…今回は汁椀を使うので、そうめんも折ってコンパクトにすると

盛り付けやすく、食べやすい…

④ザルのそうめんを上から何度か手で押して、水気を絞り出す

…これでそうめんがしっかりして、シコシコした食感になる…

⑤水切りしたそうめんを手早く汁椀に取り分ける

…水気が少ないので、すぐに固まってしまうから…

⑥ミョウガ、オクラ、干し椎茸煮、錦糸卵、カマボコ、ネギなど

好みのトッピングをそうめんの上に乗せる

…汁椀は小さいので、トッピングも小さめに切っておくと上品…

⑦冷やした麺つゆをかける

以上


夏も終わりだし、ぶっかけそうめんなんて

みんな知っているだろうから特記するほどでもないのだが

そうめんは手で押して水切りをすると、断然おいしくなるので紹介した。

寒くなったら、にゅうめんでお試しくだされ。


それから、もっとご紹介したいのは麺つゆ。

通販のダシパックで有名なメーカー、久原本家が出している

『久原・あごだしつゆ』という名前の紺色の紙容器に入った麺つゆが

私は今のところ一番おいしいと思っている。


このあたりでは、どのスーパーにも並んでいて

値段は500mlで500円と高めだが

4倍希釈なので、普通の麺つゆと大差は無い。

これが出回るようになって以来

ずっと買っていた、ここの通販のダシパックをあまり買わなくなった。

だって、この味が出したくて高いダシパックを買っていたんだもん。



さて、家で作った物が多かったので、現地では時間が余った。

だからタラモサラダのトッピング用に持って行った味付け海苔で

小さい一口おにぎりをたくさん作った。

おにぎりは、ぶっかけそうめんと相性が良いのだ。


ナス・バンジャンはもちろん、ぶっかけそうめんも

タラモサラダもイカの煮物も好評でホッとしたが

一番人気は、この一口おにぎりだったような気がする。

なんだか複雑な気分よ。
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続・現場はいま…

2020年09月05日 10時12分23秒 | シリーズ・現場はいま…
盆明けから入社した女性運転手、神田さんの新人教育は

8月末をもって、ひとまず終了した。

新人教育とは、昼あんどん藤村の方便。

彼の運転する乗用車で

県内各所に点在する支社、支店、営業所を訪問し

挨拶回りという名のドライブをすることだ。

彼らは行く先々で怪しまれたが、表立って言及する者はいなかった。


訪問先は支社と営業所が同居している所もあるため

そうたくさんあるわけではない。

ランチを挟んで少しずつ回ったところで

10日もすれば終わってしまう。

すると今度は行き先を取引先にシフトチェンジして

やはり県内各所を回るのだった。


やってることは同じ挨拶回りだが

我々家族にとっては迷惑以外のなにものでもない。

社内で笑い者になるのは藤村の自由だ。

皆、彼がおかしいのはわかっている。

しかし外部となると、みっともないではないか。

こんなバカを置く会社と取引して、大丈夫だろうか…

私が取引先でも疑いを持つ。


が、その心配は杞憂に終わる。

彼は、うちのキモである大手3社を避け

普段、暇つぶしに出入りしている会社

つまり、商売にはならないが気安い…

そういう所にばかり行くのだった。


今後、神田さんも仕事で出入りすることになる3社に

なぜ行かないかというと、どの会社も藤村には冷淡だから。

彼は、行き先をちゃんと選んでいたと言えよう。


しかし気安い所を選別したにもかかわらず

相手の反応は手厳しいものだった。

「カノジョを会社に入れて遊び回って、いいご身分だな」

気安かったはずの1社でそう言われ、藤村は大いに傷ついた模様。


「カノジョじゃないし、挨拶に行っただけなのに誤解されている」

藤村は、うちの長男にぼやいたという。

しかし、誤解しているのは藤村のほうだ。

藤村は、身体がデカ過ぎる。

身長180センチの夫と息子を見慣れている私でも

彼を見ると、縦横共に大きいのを実感する。


その巨漢に、彼のまとう退廃的な雰囲気が合わさって

一人で立っていても違和感があるのに、女連れともなると

年老いて悪の道に走った元プロレスラーとその情婦…

そう思わない者を探すほうが難しいだろう。

「誰だって、カノジョと思うでしょ」

長男が返すと、藤村は黙ったそうだ。


こんなバカを雇って、会社は大丈夫なのか?

そんな疑問が湧くかもしれない。

が、大丈夫だ。

近年は本社にもグループ会社にも、ちゃんとした人がいなくなり

転職を繰り返したあげくに流れ着いたゲスばかりになった。

安く雇えるゲス親父を増やし過ぎたから

ちゃんとした人がいなくなったともいえる。


つまり同じ穴のムジナばかりなので

藤村が妙なことをしでかすのは、むしろ歓迎されている。

自分の無能が目立たなくなるからである。

あとは本社の資金力にお任せ。

初老の彼らは、定年まで勤めることができればそれでいい。

それから先のことに、興味は無いのだ。


本社グループ初の女性運転手ということで

本社のみならず、あちこちのグループ会社で働くオヤジどもが

何かを届けるだの、あの話はどうなっただのと

無理に理由を作っては次々と神田さんを見物に来るのも

ゲスの証明であろう。

彼女が挨拶に行った際、外出していて会えなかった人々だ。

しかし悲しいかな、はるばるやって来ても

彼女は藤村とドライブ中のことが多く、たいていは会えないのだった。


実は私もまだ会っていない。

コロナ禍に乗じて在宅ワークをしているので

会社へは行かないままだ。


息子たちの密告によると、ある日、終業まで時間が空いた藤村は

神田さんにパソコンを教えていたそうだ。

「あの女に事務をやらせるつもりか!」

いろめき立つ息子たちに、私は教えてやった。

「密着するためよ」

スケベは、女性にパソコンやゴルフを教えたがるものだ。

頬を寄せたり、手や身体を触ってもセクハラ認定されにくいからだ。

「あんたらも、気ぃつけんさいね。

そんなつもりは無くても、第三者が見たらイヤらしく見えるもんよ」

なるほど…と納得する彼らであった。



以後も藤村は神田さんを連れて、果敢に挨拶回りを続けた。

しかし全部回りきらないうちに9月に入り

神田さんの乗るダンプが納車の運びとなったため

ランデブーは終わった。



新車が届くと藤村の指名で、神田さんの新人教育は

うちの次男が引き継ぐことになった。

それは次男が新人教育をするにふさわしい

優秀な人材だからではない。

藤村は大型免許を持っていないので

手取り足取り指導したくてもできないのだ。

そしてうちの長男は、私の性質である辛辣を受け継いでいるため

藤村は彼が苦手。

だから次男を選んだ。

それだけのことである。


納車日には本社から永井営業部長とその部下数名と

なぜか別便で、ダイちゃんまで来たそうだ。

永井部長は、入院している河野常務の名代という

もっともらしい理由を掲げていたが、部下を連れて来るほどのものか。

ダイちゃんも、新車の車検証をコピーして持ち帰るという

ファックスの存在を無視した苦しげな理由で訪れたそうだが

皆、スケベ心で神田さんを見に来たのは明白である。

河野常務がいないうちに、自由を満喫する所存らしい。


ともあれスケベ一同に見送られ

次男と一緒に新車へ乗り込んだ神田さんは

開口一番、こう言ったそうだ。

「やっと解放された!」

何気にさわったり、手をつなごうとしたり

いやらしいことを言う藤村が、嫌でならなかったという。

「2人っきりで車の中にいたら怖いし、気持ち悪くて」


中肉中背、あるいは小柄な女性であれば

巨大な藤村に押し倒されたら勝ち目はない。

さぞ怖かっただろう。

無駄に大きい藤村と半月もドライブを続けた神田さんが

気の毒になった。
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