日曜日の朝も早よからチャーターを呼んで、何やら仕事をさせていた藤村。
日当の4万円に、早朝出勤の手当も付けたことだろう。
どこの会社から何台呼んで、何の仕事をさせたのか
我々には知るよしもない。
今回は本社とスーパーゼネコンとの直接契約だったので
我が社でなく、営業所の仕事として回ってきたからだ。
つまり本社から降ろされた重要な仕事なので
我々のようなよそ者には任せられないということ。
こういうことは以前からたびたびあったが
夫の高齢化で実権が藤村へと移って以来
この手の仕事は全て営業所の管理下となり
藤村が一人で担当するようになった。
我々は面倒臭い公共工事と
やり口の汚いスーパーゼネコンを避けられて安堵しているが
本社営業部と藤村は、さも凄い仕事のように崇めたてまつり
もったいぶって取り組んでいる。
そういうわけで各種の伝票や請求書の類は
藤村が通勤の道すがら本社へ届けている。
会社のパソコンに売り上げを入力することも無いため
我々には何もわからず、藤村の秘密に関する物証を得ることはできない。
こうして迎えた連休2日目の月曜日。
夫は時々事務所へ来る猫に、エサをやりに行った。
去年だか一昨年だか、近所で飼われている猫が来るようになったのだ。
猫嫌いの夫だったが、この猫と過ごすうちに好きになり
蟹だの海老だのが入ったエサを買い与えている。
休みが続くと、合間で様子を見に行くのが習慣になっていたが
そうなる前の大昔から雨の日、風の日、休日、そして夜間も
会社の見回りは夫の大切なライフワークである。
たまにあるのだ。
天災被害や泥棒だけでなく、自殺が。
周辺に工場はあるが民家は無いので、夜は真っ暗。
これから死のうとする人には、目の前に広がる海しか見えないので
車でのダイビングには絶好のポイントに思えるらしい。
が、たいていは、暗くて見えなかった岸壁の車止めに阻まれるため
過去の成功例は2件のみである。
話を戻して、時間は午前5時。
その日も藤村が来る場合に備え、夫は出くわさないように気を使ったつもり。
それは秘密を持つ者への配慮であり、自分の身を守るためでもあった。
猫は来ていなかったので、夫はエサを置いて帰ろうとした。
そこへ藤村が到着。
夫を見て、ぶったまげていたという。
が、そもそも休みだから誰も来ないという発想は、失敗だ。
夫は何十年も、ここに通い続けてきた。
間で短期間、よそのおネエちゃんと駆け落ちしたり
同棲の真似事をしてみたりもあったが
夫にとって会社は自分の命であり、魂のような存在。
息子たちも赤ん坊の頃から慣れ親しんだ、心の故郷である。
合併して自分たちの物でなくなっても、愛着は変わらない。
藤村に、そこまで考える能力も人情も無いのは百も承知だが
ここで夫や息子たちに秘密を持とうなんて、詰めが甘過ぎる。
藤村はしどろもどろで「様子を見に来た」
という趣旨の説明をしかけたが
夫は「じゃあ、帰るわ」と言って会社を出た。
そして午後、我々夫婦は再び見物に行った。
今日はチャーターを呼んでない。
しかし黒石はまた来ていて、神田さんも出勤している。
神田さんのBMWが駐車されており、彼女のダンプが無かったからだ。
これで三馬鹿トリオの揃い踏み。
黒石に続いて神田さんも、ついに藤村の片棒を担がされた模様。
入社して日が浅いので、自分が何をやらされているかなんて
知らないのだ。
フフ…とほくそ笑む我々。
この状況を見てわかったことは、やはり我々が思っていた通り
伝票を切らない納品。
今までチャーターを呼びまくったので、支払いがかさんでいるため
本社に犯行がバレる恐れが濃厚になってきた。
そこで、月給制の社員を使うしかない。
しかし頼める人間は限られている。
というか、神田さんしかいない。
他の社員では、伝票を切らないことに気づかれてしまうからだ。
が、ここで問題が一つ出てくる。
トリオの中に、積込みのできる者がいないことだ。
夫、息子、社員ならできるが、藤村には無理だし神田さんも無理。
黒石のことは知らないが、彼が重機を操れるのであれば
各支社や支店で引っ張りダコのはずなので
藤村の子分に甘んじる必要は無い。
だから黒石も無理。
3人寄れば文殊の知恵というけど
バカは何人寄ったって、バカの集団でしかない。
会社で積込みができないとなると
まず仕入れ先へ行って商品を仕入れ、そこで積み込んでもらったら
その足で納品する方法しか無い。
このやり方は、普段でも時々行っている。
納品先までのルートや燃費を考えて
そうした方が効率良く運搬できる場合である。
だが、今回の現場には合わない。
仕入れ先は市を二つ三つまたぐ、遠方の山奥にあるからだ。
休日に無理を言って、開けてもらったと思われる。
仕入れ先は隣市にも一軒あるが、そこは夫の親友であり藤村の天敵
田辺君の勤務先。
秘密の漏洩は必至なので、行けない。
よってこの作業は、一旦山奥村へ走って商品を仕入れ
再び沿岸部のこちらへ戻って、納品しなければならない。
だから前日の午前6時、会社に複数のチャーターがいたのだ。
仕入れ先へ着くのが8時、戻って納品するのが10時。
一往復に4時間かかるため、出発を早めなければ回数がこなせない。
会社には同じ商品が山とあるにもかかわらず
それを横目に、はるばる仕入れの旅に出る…
いっそ清々しい効率の悪さは、さすが藤村だ。
息子たちがそれぞれ言うには、翌日の連休最終日も
同じメンバーで同じことが行われていた様子である。
我々は実家の母とドライブに出かけたので、知らない。
藤村のやっていることがわかったので満足し、興味は無くなった。
あとは、藤村が闇納品した品物の数量をザッと計算。
その仕入れ値にチャーター料金をプラスして
藤村がこの3日で出した損害額を算出する。
支払いは本社が行うので、それがナンボだろうと
我々の関知するところではない。
小物の藤村が与える損害なんぞ、たかが知れている。
それに本社は藤村を信じて雇い、好きで給料を払っているのだから
我々が本社の財布を心配するのは傲慢というものだ。
しかし金額を把握することで
彼がこれをどう誤魔化すのかを眺める楽しみが増す。
なにしろ、今月末は決算である。
日数は残されていない。
《続く》
日当の4万円に、早朝出勤の手当も付けたことだろう。
どこの会社から何台呼んで、何の仕事をさせたのか
我々には知るよしもない。
今回は本社とスーパーゼネコンとの直接契約だったので
我が社でなく、営業所の仕事として回ってきたからだ。
つまり本社から降ろされた重要な仕事なので
我々のようなよそ者には任せられないということ。
こういうことは以前からたびたびあったが
夫の高齢化で実権が藤村へと移って以来
この手の仕事は全て営業所の管理下となり
藤村が一人で担当するようになった。
我々は面倒臭い公共工事と
やり口の汚いスーパーゼネコンを避けられて安堵しているが
本社営業部と藤村は、さも凄い仕事のように崇めたてまつり
もったいぶって取り組んでいる。
そういうわけで各種の伝票や請求書の類は
藤村が通勤の道すがら本社へ届けている。
会社のパソコンに売り上げを入力することも無いため
我々には何もわからず、藤村の秘密に関する物証を得ることはできない。
こうして迎えた連休2日目の月曜日。
夫は時々事務所へ来る猫に、エサをやりに行った。
去年だか一昨年だか、近所で飼われている猫が来るようになったのだ。
猫嫌いの夫だったが、この猫と過ごすうちに好きになり
蟹だの海老だのが入ったエサを買い与えている。
休みが続くと、合間で様子を見に行くのが習慣になっていたが
そうなる前の大昔から雨の日、風の日、休日、そして夜間も
会社の見回りは夫の大切なライフワークである。
たまにあるのだ。
天災被害や泥棒だけでなく、自殺が。
周辺に工場はあるが民家は無いので、夜は真っ暗。
これから死のうとする人には、目の前に広がる海しか見えないので
車でのダイビングには絶好のポイントに思えるらしい。
が、たいていは、暗くて見えなかった岸壁の車止めに阻まれるため
過去の成功例は2件のみである。
話を戻して、時間は午前5時。
その日も藤村が来る場合に備え、夫は出くわさないように気を使ったつもり。
それは秘密を持つ者への配慮であり、自分の身を守るためでもあった。
猫は来ていなかったので、夫はエサを置いて帰ろうとした。
そこへ藤村が到着。
夫を見て、ぶったまげていたという。
が、そもそも休みだから誰も来ないという発想は、失敗だ。
夫は何十年も、ここに通い続けてきた。
間で短期間、よそのおネエちゃんと駆け落ちしたり
同棲の真似事をしてみたりもあったが
夫にとって会社は自分の命であり、魂のような存在。
息子たちも赤ん坊の頃から慣れ親しんだ、心の故郷である。
合併して自分たちの物でなくなっても、愛着は変わらない。
藤村に、そこまで考える能力も人情も無いのは百も承知だが
ここで夫や息子たちに秘密を持とうなんて、詰めが甘過ぎる。
藤村はしどろもどろで「様子を見に来た」
という趣旨の説明をしかけたが
夫は「じゃあ、帰るわ」と言って会社を出た。
そして午後、我々夫婦は再び見物に行った。
今日はチャーターを呼んでない。
しかし黒石はまた来ていて、神田さんも出勤している。
神田さんのBMWが駐車されており、彼女のダンプが無かったからだ。
これで三馬鹿トリオの揃い踏み。
黒石に続いて神田さんも、ついに藤村の片棒を担がされた模様。
入社して日が浅いので、自分が何をやらされているかなんて
知らないのだ。
フフ…とほくそ笑む我々。
この状況を見てわかったことは、やはり我々が思っていた通り
伝票を切らない納品。
今までチャーターを呼びまくったので、支払いがかさんでいるため
本社に犯行がバレる恐れが濃厚になってきた。
そこで、月給制の社員を使うしかない。
しかし頼める人間は限られている。
というか、神田さんしかいない。
他の社員では、伝票を切らないことに気づかれてしまうからだ。
が、ここで問題が一つ出てくる。
トリオの中に、積込みのできる者がいないことだ。
夫、息子、社員ならできるが、藤村には無理だし神田さんも無理。
黒石のことは知らないが、彼が重機を操れるのであれば
各支社や支店で引っ張りダコのはずなので
藤村の子分に甘んじる必要は無い。
だから黒石も無理。
3人寄れば文殊の知恵というけど
バカは何人寄ったって、バカの集団でしかない。
会社で積込みができないとなると
まず仕入れ先へ行って商品を仕入れ、そこで積み込んでもらったら
その足で納品する方法しか無い。
このやり方は、普段でも時々行っている。
納品先までのルートや燃費を考えて
そうした方が効率良く運搬できる場合である。
だが、今回の現場には合わない。
仕入れ先は市を二つ三つまたぐ、遠方の山奥にあるからだ。
休日に無理を言って、開けてもらったと思われる。
仕入れ先は隣市にも一軒あるが、そこは夫の親友であり藤村の天敵
田辺君の勤務先。
秘密の漏洩は必至なので、行けない。
よってこの作業は、一旦山奥村へ走って商品を仕入れ
再び沿岸部のこちらへ戻って、納品しなければならない。
だから前日の午前6時、会社に複数のチャーターがいたのだ。
仕入れ先へ着くのが8時、戻って納品するのが10時。
一往復に4時間かかるため、出発を早めなければ回数がこなせない。
会社には同じ商品が山とあるにもかかわらず
それを横目に、はるばる仕入れの旅に出る…
いっそ清々しい効率の悪さは、さすが藤村だ。
息子たちがそれぞれ言うには、翌日の連休最終日も
同じメンバーで同じことが行われていた様子である。
我々は実家の母とドライブに出かけたので、知らない。
藤村のやっていることがわかったので満足し、興味は無くなった。
あとは、藤村が闇納品した品物の数量をザッと計算。
その仕入れ値にチャーター料金をプラスして
藤村がこの3日で出した損害額を算出する。
支払いは本社が行うので、それがナンボだろうと
我々の関知するところではない。
小物の藤村が与える損害なんぞ、たかが知れている。
それに本社は藤村を信じて雇い、好きで給料を払っているのだから
我々が本社の財布を心配するのは傲慢というものだ。
しかし金額を把握することで
彼がこれをどう誤魔化すのかを眺める楽しみが増す。
なにしろ、今月末は決算である。
日数は残されていない。
《続く》