殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

危険な人々

2012年04月25日 14時24分58秒 | みりこんぐらし
                「裏庭の菊桃、満開」



義母ヨシコは、二個目の胃癌の内視鏡手術を終えて、先週退院した。

先月入院した時と違い、今度はちょっと危険だった。


ヨシコは、今回の入院をひどく嫌がっていた。

それでもけなげに

「4月だと、3階の窓から桜が見えるわね。

 前の入院で仲良くなった誰それさんにも会えるし…」

などと言って、心を奮い立たせている様子であった。


ところが行ってびっくり。

主に手術を受ける人が入院する3階病棟は

季節外れのインフルエンザが流行して、閉鎖になっていた。

ヨシコは否応なく、桜も新しいお友達も見えない

4階の整形リハビリ病棟へ入れられる。


手術の前日、私はヨシコに言った。

    「明日はお義姉さんが付き添ってくれるそうよ」

ヨシコは首を振った。

    「私も来ようか?」

ヨシコは嬉しそうに大きくうなづいた。


これは、かなり珍しい現象である。

娘さえいればオールOKの今までとは、違っていた。

ヨシコは、我が身に起きる危険を察知していたのかもしれない。


手術の当日、夫の姉カンジワ・ルイーゼと私

それに心配して駆けつけた叔母の3人は、午後から病院に詰めた。

癌とはいえ、手術は内科外来の内視鏡検査室で行われる。

その医療行為は、手術でなく「治療」と呼ばれ

外来患者のいなくなった夕方近く

胃カメラ検査をする簡易ベッドの上で、手軽にやる。


我々は、検査室の前の長椅子に座って

おしゃべりしながら手術が終わるのを待った。

しかし10分後、異変が起きる。

「ヨシコさ~ん!動かないで~!」

「じっとして~!」

「危ない!」


手術室と違い、ドア一枚へだてただけの検査室なので、中の声が筒抜けだ。

「何事だろう…」と腰を浮かせる叔母と私を尻目に

ルイーゼ、空手で習ったという柔軟体操をしている。

この平常心…さすがだ。


1時間後、ヨシコは意識不明で検査室から運び出された。

医師の説明によると、病巣はきれいに取り去ったが

何の原因か、意識をもうろうとさせる麻酔の効きが悪く

暴れ始めたので鎮静剤を打ったら、容体が急変したそうだ。


そのまま4階の病室へ戻るが、なにしろリハビリ病棟。

術前術後のケアに手厚い3階と違い

ヨシコのベッドには酸素吸入や、天井から点滴をぶら下げる

備え付けの設備すら無かった。


看護師も、日頃が老人のリハビリ患者相手なので

優しいが、緊急対応には慣れていない。

入院した時、実際に

「私達、内視鏡手術の患者さんは初めてなんです。

 ヨシコさんのほうが詳しいでしょうから、教えてくださいね」

と言われて、おいおい…とつぶやいたのを思い出した。


数名の看護師が、機器の設置などハード面の対応に追われている最中

ヨシコは苦しみながら、胃液や胆汁を激しく嘔吐し始めた。

意識が無いので、強い酸性の体液が気管に入ったら厄介だ。

私は差し出がましいかとも思ったが、こいつらに任せちゃおけんとも思い

五十肩もなんのその、医師が駆けつけるまで

ヨシコを抱き起こすようにして、膿盆で吐しゃ物を受け続けた。


その間ルイーゼは、やはり足を拡げてのびのびと柔軟体操。

状況がわからないのか、母親のピンチを認めたくないのかは不明だが

これがルイーゼ…やはり、さすがだ。


やがて落ち着いたヨシコは、意識の無いまましきりにうわごとを言う。

「みりこんちゃん、ごはんは食べたの?

 向いのコンビニで何か買っておいで」

「隣りにお寿司の店があるから」

自分の命が危ないのに、私の夕食を心配し続けるのだ。

母親というのは、ありがたいものである。


そこで私は、急に心配になる。

ヨシコは、こういう美しいうわごとが言える。

でも私なら、何を言い出すかわからんぞ。

麻酔なんかされたら、そっちの意味で危険だわ…。

ああ、健康第一…。

翌日ヨシコに聞いたら、何も覚えてないと言った。


ヨシコは、日を追うごとに元気になっていった。

10日間の入院中、義父アツシは

自分の入院している病院から、2回外泊許可を取って家に帰った。

手がかかるので、頼むから病院でじっとしていてくれ…と言いたいが

術後の危険な状態を知って「心配だから、見舞いたい」

と言われれば、むげに拒否はできない。


しかし病院を出たアツシは、行き先をヨシコの病院でなく、家と指定。

家に帰ると、そのまま横になって、しれっとテレビを見ていた。

やられた…と思うが、後の祭。


だまされたままではシャクなので

翌日車椅子に乗せて、ヨシコの元へ連行する。

「みんなが忙しいと言うから、昨日は来られなかった」

なんて、ヨシコにしゃあしゃあと言い訳しているではないか。

アツシは、どこまでもアツシなのであった。


かくしてヨシコは退院し、再び自宅療養中。

私は相変わらず、おさんどんと庭掃除をしながら

家のガラクタの処分にいそしんでいる。


余談だが、ヨシコは手術も含め、10日で5回胃カメラを飲んだ。

夫はそのうち3回、たまたま胃カメラ検査をする時に

私と一緒にヨシコを見舞っていた。


検査をする内科外来には、夫の昔の不倫相手E子がいる。

夫は毎回、いつの間にかどこかへ消え

検査が終わって病室へ戻ったら、フラリと現われた。


E子と顔を合わせたくなくて、意識的に中座するのか

本能で危険を感知し、無意識に消えてしまうのか

3回とも偶然なのかは、不明である。

解明する気も無い。

ギャラリーをゾロゾロと引き連れ、励まされながら検査室に向かいたいヨシコは

その都度、一人減っているのが不満そうであった。
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心配くんと不安ちゃん

2012年04月09日 21時00分24秒 | みりこんぐらし
                「鹿が好き」

       この季節になると、道に落ちているんですよ…鹿のツノ。




長らくお休みさせていただきました。

留守中も来てくださっていた皆様、本当にありがとうございます。



さて、義母ヨシコは3月中旬に無事退院して自宅療養の後

本日二度目の入院をした。

二個ある胃癌のうち、急ぐほうの一個を内視鏡で切除し

今回は、残る一個の手術をする。


前回退院した時、午前中に病院を出たヨシコは

迎えに来た夫の姉カンジワ・ルイーゼと共に

自宅と反対方向の遠い町へ向かい、食事や買物を楽しんで夕方帰還した。

「内視鏡手術とは、すごいもんだ…そんなに元気なら大丈夫だろう」

ということで、一応用心のために長男を残し、我々夫婦は自宅へ帰った。


翌朝電話をしたら「病人を放って帰った」と、たいそう機嫌が悪い。

反省した我々は、その日から実家へ泊まることにした。


以来ヨシコは、一人になるのをひどく嫌がるようになった。

病人が一人を不安がるのは自然なことかもしれないが

ヨシコの場合、他に理由がある。

「不安、不安」と言い続けておれば、女中が泊まり込みで家事をしてくれる。

この女中、無給の上に生活費まで出してくれるお人好しだ。

女中の名は、みりこんという。

そういうわけで、みりこん女中は家に帰れなくなった。


ヨシコにはもう一つ、不安な理由がある。

入院中の義父アツシが勝手に外泊許可を取って

透析の合間を縫い、週に二度三度と帰宅するからだ。

一人で歩くことも、着替えることもできないアツシの帰宅は

実際には病身のヨシコのいらだちと義務を増やし、回復を遅らせるだけだった。

アツシの帰宅中は昼夜を問わず、常に男か

男並みの力を誇るみりこん女中が待機していなければ

ヨシコはおちおち寝てもいられないのであった。


アツシのほうは「ヨシコが心配、心配」と、やたら連発する。

急に夫婦愛に目覚めた…と言いたいが、実はそうではない。

アツシの入院生活も、はや5ヶ月…とにかく帰りたくてしかたがないのだ。

心配、心配と言っておれば、家族の誰かが迎えに来て

連れて帰ってくれる。

アツシはそれに味をしめたのであった。


妻が自分の外泊を歓迎しないので、アツシは「歯が痛い」と言い出した。

歯医者を口実に外出許可を取り、そのまま事後承諾で外泊に持ち込む寸法だ。

アツシのこの試みは、最初の1回だけ成功し、後はうやむやになった。

透析患者は薬の関係で、気軽に歯科治療ができない。

容体急変の恐れがあるため、治療後はすぐ病院へ帰ることを義務づけられて以来

なぜかアツシの歯は、痛まなくなったようである。


ヨシコが「お父さん、お父さん」と追いかけていた頃には

振り向きもしないで逃げ回り

自分が動けなくなったら、今度は「ヨシコ、ヨシコ」と追いかけ回す。

死ぬまで歯車の噛み合わない夫婦は多い。



今回、ヨシコの入院で起きた大きな変化は

ルイーゼと少々仲良くなったことである。

親が刻一刻と死に向かって歩み始めると、さすがのルイーゼも心細くなるようで

彼女と私は、このたび初めてお互いの携帯番号を交換した。

そういうことは生涯起きないと思っていたが

世は無常…起きる時には起きるらしい。


ルイーゼだけでなく、刻一刻と死に向かって歩み始めたご当人達も

やはりいろいろ考え始めたようだ。

ここにきて、身辺整理を始めたいと言い出した。

完全に自力では不可能になってから

「やる、やる」と言い始めるのが、彼ららしいところ。

アツシは「会社の経営から引退したい」と言い

ヨシコは「家を片付けたい」と言った。


夫と私は驚愕し、顔を見合わせた。

何に驚いたか。

彼らの英断にではない。

病床で死を待つアツシが

まだ会社を経営していたつもりだった錯覚に…である。

ヨシコが半世紀かけてため込んだ、おびただしいガラクタや荷物を

二人で片付けさせられる恐怖に…である。


会社のほうは、どうにでもなる。

すでに甘い汁など一滴も出ない、ひからびたゾウキン状の会社を見放し

新しく別会社を立ち上げる計画は、すでに以前からひそかに進めている。

失敗しても、つぶれても、かまわない。

何をしてでも生きて行くし、法律というものがあるので、必ずケリがつく。

が、家のほうは無法地帯。

裏庭や倉庫や納戸、押し入れに戸棚…恐ろしいことになっている。


きれい好きには二通りある。

家の内外、どこもかしこも美しいのと

家をきれいに保つために、舞台裏は大変なことになっているのと、だ。

はい、もちろん後者。


我々は1年の計画を立てて、とにかく捨てまくることにした。

任せると言いながら、捨てようとすると

「それは高かった」

「いらないんじゃなくて、取っておいただけ」

止めるヨシコ。

    「今はガラクタ!」

ヨシコの悲鳴をBGMに、ガシャンと捨てるのはけっこう快感だ。


「それはステンレスなのよ」

    「そう、プラチナじゃない!」

「この人形は誰それさんがくれたもので…」

    「もう死んだ!」

家事の合間に、捨てまくっている。


ところで、ヨシコの入院する病院へ勤務している

夫の昔の浮気相手、E子。

あれほど親しげにすり寄ってきたものの、一度も病室をのぞかない。

彼女は外来勤務なので、当たり前といえば当たり前だが

ひとこと言わせてもらおう。

「この役立たずが!」。
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