兄嫁であり親友のサキちゃんが、自分の母親と姑の世話に奔走し
ご主人、つまりトキちゃんのお兄さんまで病気になって
壮絶な日々を送っていること…
トキちゃんはサキちゃんに申し訳なくて
楽しいことを自粛し、息を潜めるように暮らしていること…
トキちゃんから近況を聞かされた私は、二人の苦しみに胸を痛めつつも
自身の持論の生き証人を得た喜びにほくそ笑む。
私の持論、それは…
“美人は自分の手を汚さない”というやつである。
トキちゃんはすでに定年退職、一人娘も結婚して久しい。
舅と姑は介護施設に入居中なので
まだ働いているご主人と二人、悠々自適の生活だ。
有り余る暇を持ちながら、楽しいことを自粛するのはつらいだろうが
その暇を使って自分のお母さんだけでも引き受けたら
サキちゃんはずいぶんと楽になるではないか。
サキちゃんを気遣うなら、楽しいことを自粛するより
彼女の重荷を一つ、担いであげる方が合理的だと思うのだが。
そのことをやんわりと、トキちゃんにたずねてみた。
これは彼女へのアドバイスなんてもんじゃなく
あくまで持論が正しいかどうか、データを集めるためだ。
案の定、美人は言った。
「私が手を出したら、サキちゃんが余計な気を遣うと思うの。
母がサキちゃんの世話を嫌がってると受け止めて、傷つくかもしれない。
それが怖いから、うかつに手を出せないのよ」
確かにサキちゃんは、強い責任感と自己犠牲の精神を持つ。
重荷を手放して楽になることを自分自身が許せない、しんどい性質なのだ。
だから中高生時代の私は、トキちゃんとは仲が良かったものの
サキちゃんとはあまり接触が無かった。
真面目な世話好きが、しんどいからだ。
さても美人というのは概ね、若い時から何でも周りがやってくれたので
サキちゃんが生きやすいように、うまく立ち回るスキルが無い。
あらかじめ用意した言い訳をあれこれと述べて
自分の手を汚すことを全力で避けようとする。
言い訳に耳を傾けてもらえ、その言い訳を通してもらえる…
それが美人というものだ。
一方、ジャイアンのママタイプという面で
サキちゃんと同類の私は、彼女の気持ちがよくわかる。
こういう強そうなタイプは、何かと損な役が回って来やすい上に
言い訳を聞いてもらえない。
だけどジャイアンのママは
「言い訳して逃げるくらいなら、私がやったる!」
と思ってしまう。
結果、荷物を目一杯担いでしまうんだけど
途中で誰かが「代わろうか?」と言ったら
「その気があるんなら、もっと早く言え!」
と思って腹が立つ。
それと同時に、今担いでいる重い荷物のどれかを取ったら
重心が変化して担ぎにくくなるのを心配してしまう。
さらに同時に、一つを誰かに代わってもらったら
全部代わってもらいたくなる。
それは無理とわかっているだけに、かえって自分がつらくなるので
「いいよ、自分がやる」と言ってしまうのだ。
まこと損な性分である。
さて、話は戻って悩めるトキちゃん。
彼女は私と会うようになってから、変わった。
私が彼女を変えたなんて、おこがましいことを言うつもりは無い。
私を媒体に同級生のマミちゃんやモンちゃんを始め
色々な人に会うようになったので、封印していた明るい性格が戻ってきたのだ。
中でもピアノ教師の堀江先生と知り合ったことは
トキちゃんに大きな変化をもたらした。
70才の堀江さんは東京の音大でピアノ科を専攻した後
東京で芸術家の男性と結婚生活を送りながら演奏活動をしていたが
20年前にご主人が他界。
こちらの実家へ戻って来てピアノ教室を始めた。
しかし少子化で生徒は減り、今やゼロ。
自宅でピアノを教えてきた人に厚生年金があるはずもなく
堀江さんは介護施設やホテルでアルバイトをしている。
こういうことをあけすけに話すのが、堀江さんの良い所。
ご本人も飄々とした飾り気の無い人だ。
芸は身を助くというけど、場合によっちゃあてにならんかも…
私は思ったものだが、トキちゃんはその堀江さんに初対面で惹かれた。
なんと、堀江さんにピアノを習いたいと言い出したのである。
一度も習い事をしたことが無いので
定年退職したら何か楽器をやってみたいと、長年思っていたのだそう。
そりゃ新しい収入源だから、堀江さんは大喜び。
私も他人事だから、無責任に勧めた。
60の手習いならぬ65の手習いは、さっそく翌週から始まり
今、1ヶ月半ぐらいが経過。
トキちゃんに様子を聞いたら
「続かないかも…」
返事が心もとない。
週に一度のレッスンは、堀江さんの人生絵巻を傾聴するのが主体で
ピアノの方はついでなので、あんまりピンとこないんだそう。
年取って何かを習うって、何を習うかも大事だけど
あんまり一流過ぎる人の中には、変わったお方もいらっしゃる。
誰に習うかは、もっと大事かも。
トキちゃんにピアノを勧めて、申し訳なかったと思っている。
《完》
なんかわかります。
やりたいけどできない
やったら迷惑っつて言うけど
決して
やりたくない
とは言わないんですよ!
そして損するほうには絶対行かない。
損なほうに行く私達は
あの人ずるいよね
あの人卑怯よね
と言われるのを恐れるというより、
自分で自分がずるいほうにいるのが我慢できない。じゃないですか?
そしてヘトヘトになるまでやって「あそこまでやる必要なかった」と思う。でもやらなかったらやらなかったで後悔するんですよね。
それ言ったら敵ができるから。
で、誰かが損な役を引き受けるまで待つ。
美人は待ってもらえるから。
しおやさんも損な方へ行くタイプ?
そうなんですよ〜…
できない言い訳を考えて口にする自分が嫌。
ずるい方に回る自分が我慢できない。
私の場合、優しく待ってもらえない人生を送ってきたから
冷や飯が癖になってる。
で、ヘトヘトになるまでやっちゃって
あそこまでやる必要は無かったと思う。
わかる〜!
でもやらなかった後悔よりマシだと思ってしまう。
生まれつきの役割分担って、あるのかしらね。
誰もが認める美人であれば、少数なので許せますが
勘違いしてる言い訳大魔王がけっこういて
何もしないし、できないのに口だけ出す。
そんなのはゴミ認定しています。