殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…ゴーヤ騒動記・6

2024年06月06日 10時37分28秒 | シリーズ・現場はいま…

事務員のアイジンガー・ゼットが次男に話した内容から

ピカチューが河野常務に怒られたことを知った我々は

第二アキバ計画の終焉を知った。

アキバ一味には、もうちょっと頑張って欲しかった。

人を罠にはめるつもりなら、途中でうまくいかなかった場合に備えて

次の手を用意しておくのが悪人の常識ではないのか。

不甲斐ない奴らだ。

 

さて、常務に怒られたピカチューは急におとなしくなった。

相棒のアイジンガー・ゼットもバッチリ疑われていることだし

しばらくの間、静かにせねばなるまい。

 

そこで彼が思い出したのは、第一アキバ計画。

F工業を訪問してF社長に会い、F工業がやっているうちの仕事に

T興業も混ぜると伝える件だ。

F社長が承諾すれば、徐々にT興業の割合を増やしていき

最終的にはT興業に切り替える計画である。

 

常務に怒られてからさほど日をおかず、彼はF社長に連絡を取った。

F工業へ行くことは常務に止められたので、もちろん内緒だ。

今のうちにやりたいことをやっておかなければ

監視の目が厳しくなった場合、身動きが取れなくなる。

そのため、原点に戻って行動してみたと思われる。

 

原点に戻ると言えば聞こえはいいが

T興業と天秤にかけることでF社長を焦らせて

接待の酒をせしめるのが彼の目的であろう。

アキバ社長に覚えさせられた蜜の味を

F社長からもいただくつもりなのだ。

 

「明日ならいい」

F社長の承諾を得たので、ピカチューは電話をかけた翌日

いそいそと出かけて行った。

 

F工業の本社事務所へ行くには、片道1時間ほどかかる。

出かけたピカチューが帰って来たのは、3時間後。

夫は1時間ほど話ができたのかと思ったが、違っていた。

来客中ということで、1時間待たされたそうだ。

 

1時間後にF社長が現れ

名刺交換をして挨拶を済ませたら、面会は1分で終了。

ピカチューは何も言い出せず、すごすごと帰ったらしい。

F社長の方が10才ぐらい年下だが、貫禄負けしたと思われる。

すでに夫とピカチューは、ほとんど口をきかなくなっているが

この時ばかりはブツブツ言ったそうだ。

 

後で、F社長から次男に連絡があった。

「ギャンギャン言うちゃろう思よったけど

相手するのが馬鹿らしゅうなったけん、待たせたった」

だそう。

放置の刑…ギャンギャン言われるより厳しいかも。

以後のピカチューはますますおとなしくなり

今のところは静かな日々を過ごしている。

 

さて、常務に疑われたことを気にするアイジンガー・ゼットは

どうしているか。

お待たせしました…ここでタイトルにあるゴーヤの登場。

 

5月のある日、彼女は事務所の窓の外周りに

ゴーヤの苗を植えなすった。

まだ常務に疑われる前で、ピカチューともラブラブだった頃だ。

 

「植物のカーテンで事務所の光熱費を節約する」

それが彼女の主張。

公務員試験に受かったら、の話だが

彼女は理科の教員免許を持っているのだ。

何回受けても落ちるので、教師の道は諦めたらしく

事務所で理科を実践するらしい。

 

アイジンガー・ゼットは4本の苗と4個の大きな植木鉢

土に肥料にゴーヤのツルを這わせるネットなど

ゴーヤ栽培一式を買い込み、植えたという。

もちろん、それらの代金は会社の経費。

アイジンガー・ゼットにねだられたピカチューが

会社の小口現金から、出金を許可したのだった。

 

「塩まいて枯らしちゃるんじゃ!」

次男は息巻いている。

事務所を我が物のように扱うアイジンガー・ゼットのやり方に

怒りを覚えているのだ。

 

愛人体質の女って、こういうことをよくやる。

勤務先に私物を置いたり、趣味を押し付けたりで

自分の物のように振る舞うのだ。

動物本能の強い人間が無意識に行う一種のマーキングである。

自腹を切るならまだしも

人の金でやろうとするのもこの人種の特徴で

そのような習性が他者の不快を招く場合も、ままあることだ。

 

「およし」

私は次男に言った。

「何で?やっちゃあいけんの?」

不満そうな次男。

「いけん…塩は残る」

「……」

 

ええか?よう聞けよ?…

私は不思議そうな顔の次男に向け、ゆっくりと話すのだった。

「イタズラは、バレんようにするけん面白いんじゃ。

塩は白いのが残るけん、誰かがやったのはバレバレじゃん。

ブサイクなこと、したらいけん」

「じゃあ、どうしたらええん?」

「塩水」

「その手があったか!」

 

会社の前は海なので、海水ならたっぷりある…

しかし潮位によっては、汲みあげるのにバケツとロープが必要になる…

大げさなことをしたら人目につく可能性が高まるため

もっとコンパクトに行うのだ…

私はそう説明しつつ、台所にある食塩とカラのペットボトル

そして小さいペットボトルの口から

塩と水をスムーズに入れるためのジョウゴを渡す。

 

「あんた、ここまでタチ悪い人間じゃったんか…」

細い目を丸くして、呆然と私を見る次男。

「あんた、知らんかったんか」

「知らんかった」

「昔の子供は皆、こんなモンよ。

今どきの子供はイジメはよう知っとるが、イタズラは知らんけんね」

「そうなんか…」

「ささ、お水を入れてシェイク、シェイク」

二人で楽しく塩水作成だ。

 

「母さんは、いっつも人に意地悪したらいけんて言うじゃん。

何で今回は協力してくれるん?」

次男は私に問うた。

「昔から、会社に実の成る植物を植えたらいけん言われとるんよ。

商売人じゃない人は、それを知らん。

温暖化対策が流行って、窓にゴーヤ植える会社が増えたけど

たいてい売り上げ下がっとるか、無くなっとるはずじゃ」

「あ、そういえば…」

「光熱費が上がったら、節約もええかもしれんけど

家と会社は違うんじゃ。

それ以上の利益を上げてやる、いう気概を持たんと

会社は落ち目になるもんよ。

ゴーヤの世話するいうて、時間潰すし

そういうヤツは寒うなってグチャグチャになったのを

放っとくのもお決まり。

一旦枯れたら、ツルが硬うなって後始末が大変じゃけん

皆、見て見んフリよ。

あんた、ゴーヤがブラブラしとる会社見て、どう思う?」

「貧乏くさい思う。

それから、暇なんじゃの…て思う」

「じゃろ?

貧乏と暇は商売の敵じゃ。

そんな会社を誰が盛り立ててくれようか。

雇われとる身で、そういうことをやるのはいけん」

「ようわかった…行ってくるわ」

次男は濃い塩水の入ったペットボトルを握り

誰もいない会社へ行った。

 

翌朝、ゴーヤの苗は見事にしなびていたという。

しかしアイジンガー・ゼットは諦めない。

またゴーヤの苗を買って来て、同じ植木鉢に植えた。

が、塩水をたっぷり含んだ土では、やはり育つ前にしなびてしまう。

現在も彼女は、それを繰り返している。

もう4回目だ。

 

苗の代金がもったいないって?

なんの、我が子と一緒にやるイタズラの楽しさ

そしてゴーヤのお陰で色々教える機会を得た喜びは

プライスレス。

理科の先生なんだから、せいぜいお気張りやす。

あれ?そういえばずいぶん昔

夫と不倫した長男の副担任ジュンコも理科の教師だったわ。

何の因果かしらねぇ…フフ!

《完》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・5

2024年06月04日 10時11分39秒 | シリーズ・現場はいま…

B社へサンプルを持ち込む際、ピカチューが夫に同行を求めたら

それはアキバ産業とB社の仕掛けた罠…

そう判断した私は、ピカチューの予定に気をつけるよう

そして我が家の3人のうち、誰が誘われても絶対に行かないよう

夫と息子たちに言った。

君子じゃなくても、危うきには近寄らないに限る。

 

我々はまんじりともせず、ピカチューが動くのを待った…

と言いたいところだが、彼は翌朝、早くも動いた。

「B社へ行く時、一緒に来てもらえん?」

夫にそう言ったのだ。

わかりやす!

 

サンプルを使って試験をする際、重機が必要になる…

B社は重機は貸すけど人員はそっちで用意するよう言っているので

こちらがオペレーターをやることになる…

自分には難しいので、一緒に来て重機を操作して欲しい…

それが夫を誘う理由だった。

 

お誘いを受けた時の夫の対応は

みりこん家恒例の家族会議で打ち合わせ済み。

「ワシは行かん」

まず、即座に断る。

何で?何で?…ピカチューは執拗に問い続けるだろう。

そこで言うのだ。

「常務に行けと言われたら、行く」

 

常務がB社の話を知ったら、絶対にピカチューを止める。

今のところ止められてないということは

毎日、報告義務のある予定表にも

サンプル持ち込みの件を入力してないということである。

だから常務は何も知らない。

第二アキバ計画を成功させるために秘密にしているのか

それともB社の仕事獲得を自分一人の手柄にしたくて

ギリギリまで黙っているつもりなのかは謎だが、どうでもいい。

 

ところでB社に関わったら、なぜ常務に止められるのか。

うちとB社との因縁を、彼は身をもって知っているからだ。

 

常務とB社長は建設協会の役員同士という関係で

昔から懇意だった。

若かったB社長を気にかけ、何かと世話をしたのも常務だ。

やがて、うちが本社と合併すると、常務は自らB社に営業をかけた。

我々は無理だと言ったが、常務は

「B社長がワシを粗末に扱うはずが無い」

そう言って自信満々に乗り込んだものである。

 

が、うちの名前を出した途端、B社長は烈火のごとく怒り出し

けんもほろろに追い返した。

あまりの剣幕に驚いた常務は、夫から事情を聞いて納得。

可愛がってきたB社長が自分に牙をむいた不快もあり

以後、B社は存在しないものとして

完全無視の方針を取ってきたのだった。

 

 

さて、夫は打ち合わせ通りピカチューの誘いを断り続けた。

依然として誘うからには、B社のことを常務にまだ言ってない…

我々はそれを確認しながら日を送った。

 

そのうち、B社にサンプルを持ち込む前日が訪れた。

第二アキバ計画には、夫の参加が不可欠。

夫がのこのこB社へ行った既成事実が無ければ

彼がK商事の仕事を奪おうとした筋書きは成立しない。

アキバ社長にハッパをかけられたし、B社長も待っているし

ピカチューは何としても夫を連れて行かなければならないのだ。

 

その日もしつこく誘うピカチューに、夫は言った。

「シゲを連れて行け」

これ、我が家基準では賞賛に値する機転である。

夫にはシゲちゃんという手があったのだ。

3年前、夫の重機アシスタントとして雇ったものの

アシストするのは夫の方で、未だ一人前には遠いシゲちゃん。

彼にはこういう時こそ、役に立ってもらおうではないか。

 

そして当日、ピカチューは渋りながらも

シゲちゃんを連れてB社へ行った。

夫が行かないのだから、仕方がないではないか。

これでK商事の仕事を奪おうとしたのは

夫でなくピカチューということになるのだが

彼はそこまで気づけるタマではない。

 

知らない会社へ連れて行かれることになったシゲちゃんは

緊張していたが、いつになく頑張ったようで

つつがなく任務を終えた。

そしてB社はその日のうちに

「サンプルを使ってみたが合わなかった」

ということで、ピカチューに断ってきた。

B社長とアキバ社長は、さぞ失望したことだろう。

 

話は飛ぶようだが、その数日後

次男はアイジンガー・ゼットから相談を持ちかけられた。

「私、常務さんから疑われてるみたいなの。

私が板野さん(ピカチュー)を裏で操ってるって」

「何で」

「板野さんが常務さんに怒られて、そう言われたんだって」

「ほ〜ん…」

「常務さんに、違うって言ってくれないかな」

「ホンマのことじゃないん」

「私が?私はあの人たちとは無関係よ!」

「わしゃ知らん」

“あの人たちとは無関係”という発言で

すでにグルだと自白しているようなものだが

本人はお気づきでないご様子。

 

常務に怒られたピカチューは

アイジンガー・ゼットにそのままを伝えたのだ。

核心を突かれ、相当うろたえたと思われる。

恋愛経験の少ない爺さんは、罪深いものだ。

相手を危険にさらさないという大前提を知らないもんで

自分が危なくなると簡単に女を売る。

 

ともあれ、この“相談”でわかるのは

ピカチューがB社の件をとうとう常務に話したということ。

その内容は仕事のことではなく

夫の非協力的態度についての告げ口だったのは想像に容易い。

夫を連れて行かなかった不守備をアキバ社長とB社長に責められ

怒りのぶつけどころが無かったのだろう。

 

ピカチューは、夫の職務怠慢を告発するにあたり

B社にサンプルを持ち込むことになった経緯を

説明する必要が出てくる。

飛び込み営業で話をつけたと言っても

あのピカチューでは信じてはもらえないだろうから

アキバ産業の紹介だと正直に言うしかあるまい。

商売仇から怨恨の相手へのあり得ない紹介ルートを聞いた常務は

ピカチューが二社から踊らされていることを察知したのだ。

その流れで、中継役のアイジンガー・ゼットが浮上したと思われる。

 

とはいえ、常務が何らかの対処をするとは期待してない。

上に立つ者は難しいのだ。

ピカチューを配属させたのも、アイジンガー・ゼットの正社員登用も

最終的には常務の決済。

それをいちいち処分していたら、常務自身が人選能力を問われる。

ピカチューを所長代理に降格させたばかりだし

これ以上を望むのは贅沢というもの。

ただ、知ってくれているだけで満足だ。

この状況を楽しむ方が、我々にはお似合いである。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・4

2024年06月02日 16時55分01秒 | シリーズ・現場はいま…

事務所のホワイトボードにB社の文字があったと聞いて

アキバ産業の新たな陰謀を察知した私だった。

選挙の恨みで義父との取引を切っただけは飽き足らず

メインバンクに手を回し

義父の会社と取引をしないように命じたB社長と義父アツシは

もちろん絶交。

二人のオジさんは憎しみ合ったまま生涯を終え

父親の言い分しか聞いてないB氏の息子もまた

我々一家を憎み続けて現在に至っている。

 

そのB社にうちのサンプルを納入するとは

そのサンプルで試験的に製品を製造してみて

問題が無いようであれば価格交渉の上、うちから納品させる…

つまり継続的にうちの商品を買ってくれるということだ。

父親に背いた罪で我々を憎み続けたまま

社長を引き継いだ現在のB社長が、ウンと言うわけがない。

つまり、あり得ないことが起きようとしているのだ。

この不自然に、心は騒いだ。

 

「どのサンプルを持って行くか、調べるわ」

やはり尋常でない雰囲気を感じ取っている息子たちは、言った。

B社は、製造材料のほとんどをアキバ産業に納入させている。

それなのに、うちの商品サンプルを所望するとなると

アキバ産業の仕事がわずかでも減るということではないか。

アキバ社長は取引を継続するために

B社長のお古の車を買って乗るほど一連托生の子分に甘んじているのだ。

たとえ一種類だけの商品でも、みすみす譲るわけがない。

しかも宿敵の我が社へ。

あまりにもおかしい状況であった。

 

サンプルの商品名は、すぐに判明した。

午後になると事務所のホワイトボードに

ピカチューの字で商品名が書き添えてあったからだ。

「◯A◯!」

商品名を確認した次男は、ぶったまげたという。

 

「おおごとじゃ!」

早めに仕事が終わって帰宅した次男は、少々おどけて言った。

「◯A◯は、先月からK商事が納品しょうる!」

アキバ産業の兄社長にきついお灸をすえた、その筋の親玉

あのK商事のことである。

 

次男の話によると、この商品は特殊で

アキバ産業には仕入れのルートが無い。

よって、これだけは別の会社から仕入れていたそうだ。 

しかし価格交渉の決裂なのか

B社長が例によって忠誠心を試したくなり

何らかの要求をして断られたのかは不明なものの

とにかくB社はその会社を切り

先月、新たにK商事と契約を結んだという。

 

この話を教えてくれたのは、昔、アツシの会社に勤めていたO君。

転々と仕事を変えるうちに50代も半ばを過ぎて就職が難しくなり

泣く子も黙るK商事に拾われた彼は

今でも時々、次男と電話でおしゃべりをしているのだ。

 

隣の市内に住むO君は、住まいがB社に近いという理由により

問題の商品“◯A◯”をB社へ納入する専任要員として

K商事に雇われた。

そのために新車のダンプを買ってもらった…

O君は先月、嬉しそうに語っていたそうだ。

 

B社へ納品するためにダンプの新調までしたK商事を差し置いて

うちが同じ商品のサンプルを持ち込むということは

K商事の仕事を奪おうとしていると思われても仕方がない。

「ワシらの誰かが連れ去られるかもしれん」

息子たちは笑いながら、そう言って盛り上がっていた。

 

というのもアツシの会社だった頃は、K商事と取引があった。

我々夫婦も何度か、豪奢な事務所へお邪魔したことがある。

行きがかり上、まだ小さかった子供を連れて行ったこともあり

K商事の人々は優しくしてくれたが、普段うるさい子供たちは

妙におとなしくて行儀が良かった。

 

ついでに話せば、今の本社と合併話が持ち上がるのとほぼ同時期

親切なことにK商事も合併の話を持ちかけてくれた。

スリルとサスペンスに目をつぶり、開き直って染まれば

もしや我々は安泰だったかもしれない。

大手のK商事と手を組めば、アキバ産業と組むT興業や

町内の同業者で企業舎弟のC産業よりも

そっちの世界ではずっと格上になるため、楽ちんだと思う。

しかし緊張感は必要になる。

あの夫や息子たちが粗相をしない保証は無いため

丁重に辞退した経緯があった。

 

ともあれピカチューとB社が繋がったところへ

K商事が絡むとなると、コトの次第を早めに見極め

対処を考えなければ。

そのためには慎重に行きたいところだが、結論は一瞬で出た。

考えつくのは、一つしか無いからだ。

 

その考えによると、B社長はK商事と取引を始めたことを後悔している。

離れた市外にあるK商事の素性を知らないまま、契約したのだろう。

アキバ社長はそれを知って止めたが、もう遅い。

冷徹と評判のB社長でも自分から切ることはできず

取引相手に色々と要求して忠誠を誓わせるどころか、逆になりそう。

 

子分のアキバ社長は、親分のお役に立つために考えた。

そして、この名案に行き着く。

「そうだ!隣のヒロシ社とK商事を戦わせよう!」

彼は、うちとK商事の古い付き合いを知らないようだ。

 

その内容とは、K商事が納入している商品をうちが狙い

B社にサンプルを持ち込んだことにする。

獲得したばかりの仕事を奪われそうになったK商事は当然、怒る。

チャラリ〜♩抗争勃発。

夫は、アキバ兄のように連れ去られるという算段。

 

これが大ごとになれば、B社がK商事を切るもっともな理由になる。

しかし、大ごとにならなくても大丈夫。

B社長は「何も知らなかった」と言ってピカチューと夫のせいにし

今まで通りK商事と取引を続ければ、無かったことと同じだ。

むしろシロウトよりも義理を立てるK商事は

何事も無ければ良い取引先である。

 

そして夫は、アキバ兄のように使い物にならなくなって会社を去り

残るはアキバの傀儡に成り下がったピカチュー。

こうなりゃ、彼らの思い通りだ。

自分の手を汚さず、人を操って目的を遂げるという

アキバ社長の思考回路はわかっている。

 

以上のことを帰って来た夫に話したら

フフ…と笑っていたのはさておき

この仮説が事実だと証明する方法が、一つだけある

B社にサンプルを持って行く時

ピカチューが夫に同行を求めるか否かだ。

彼が一人で行けば、我々の杞憂。

普段、一緒に行動しない夫に何らかの理由をつけて

B社へ連れて行こうとすればビンゴである。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・3

2024年05月30日 10時25分07秒 | シリーズ・現場はいま…

兄社長が使い物にならなくなったため

急きょ新社長に就任した現在のアキバ社長。

後になって、わざわざ反社系のT興業と組んだのは

当時の恐怖体験が作用しているのかもしれない。

すでに目をつけられてしまった身の上としては

仕事をする限り、終生小さくなって暮らすか

または、いっそのこと別の反社に近づいて

御守り代わりになってもらいつつ

似たような振る舞いで横柄に暮らすか。

この二つしか方法は無いのである。

 

御守り代わりとは、危険防止のアイテムという意味。

あの世界の方々には複雑な人間関係が存在していて

以前、同じ職場?にいた人たちが、あちこちに散らばって起業?し

本店と支店のような関係を築いているものだ。

その関係性を熟知する人物が近くにいれば

何かある前に予防できたり

何かあっても上の者同士で話をつけられる場合があるので

危険を回避できる可能性が高まるというわけ。

 

さて、仕事を増やしたいのは山々だが

F工業を敵に回したら、もしかして自分の会社が危ないかも…

それを悟ったT興業がピカチューを止めたので

アキバ計画は頓挫したかに見えた。

F工業の訪問を河野常務に止められたこともあって

ピカチューもおとなしくなり、静かな日が1週間ほど続いた。

 

けれどもその静けさは、次なるアキバ計画の前触れに過ぎなかった。

アキバ計画には、第二弾があったのだ。

「ピカチューが事務所のホワイトボードに

“B社サンプル持ち込み”いうて書いとる」

ある日、次男が私に言い、続いて帰宅した長男も同じことを言った。

 

B社…その社名が我が社の予定表に記されることは

絶対に無いはずだった。

しかもサンプル持ち込みとは、こちらの商品をB社に持って行き

品質を確認してもらうこと。

つまり、うちとB社が一緒に仕事をする可能性を示している。

息子たちはこれに違和感を感じた様子で、私も同じ気持ちだった。

 

B社のことは何年か前

『行いと運命』という記事で触れたことがある。

亡き義父アツシとB社の先代社長、B氏は若い頃からの友人だ。

 

やがて、それぞれが起業。

アツシはB社から、仕事をもらうようになった。

多くの土地を所有していたB氏は

バブル期の土地高騰をうまく利用して会社を急成長させ

アツシにとってB社は、メインの取引先となった。

その縁で、B夫妻は我々夫婦が結婚した時の媒酌人を務めた。

 

しかしやがて、ある選挙が二人を分つ。

一騎打ちの選挙でアツシは前回と同じ現職を

B氏は新人を支援することになったのだ。

仕事をあげているんだから…という理由で

B氏はアツシに寝返りを要請。

しかしアツシは頑固に拒否。

選挙結果は、B氏の支援する新人候補が勝った。

 

その翌朝、アツシはB社に呼ばれて取引停止を言い渡された。

B氏の言うことを聞かなかった報復である。

アツシの会社を切っても、B社は困らなかった。

取引停止になったその日、次の業者が納品を開始したからだ。

その業者というのが、隣のアキバ産業。

B社とアキバ産業は水面下で手を組み、選挙期間中には

すでにアツシを切る準備が整っていたのである。

 

両親はB氏の傲慢とアキバ産業のずるさを憎んだが

私はアキバ産業の方がアツシより賢かっただけだと思った。

メインの取引先を失ったのは、選挙バカのアツシの自業自得だ…。

 

しかし、アツシに成り代わって

B社と親密になったアキバ産業のその後を見るにつけ

あの選挙はB氏と決別する良い機会だったと考えを改めた。

なぜって、B氏が通勤に使う車が古くなると

相場よりかなり高い現金でアキバ産業に買い取らせ

自分は新車を買う。

そしてB氏に買わされたお古の車は、アキバの先代社長が乗るのだ。

それがB氏の求める忠誠の証であり、お小遣いであった。

 

選挙が無ければ、そのうちアツシも

B氏のお古を高く買い取って乗ることを強要されただろう。

彼の性格からして、即座に拒否するのは間違いない。

いくら仕事をもらっているからといって

高いお金を出して人の中古車を買い、それに乗るのは私だって嫌だ。

遅かれ早かれ、アツシとB氏は決別する運命だったように思う。

 

やがてB氏もアキバの先代も亡くなり

会社はそれぞれの子供に引き継がれた。

B社は私と同年代の息子が社長に就任したが

父親に倣って今のアキバ社長に同じことを強要している。

 

が、誰だって中古車に、相場より高い現金を出すのは惜しい。

会社が落ち目になってからは、死活問題だ。

そこでアキバ社長は考えた。

「別の誰かに同じことをすれば

B社長に払う現金が用意できるじゃないか」

 

人間、切羽詰まると名案が浮かぶものである。

彼がターゲットに選んだのは、スギヤマ工業の専務。

弟分ということで、B社長がアキバ社長に売りつけた古い車を

やはり相場より高い現金で買い取らせ、乗らせるのだ。

魂を売った彼らには、自分の好きな車に乗る権利さえ無い。

 

ちなみにスギヤマ工業の専務は

うちの事務員アイジンガー・ゼットの亭主。

アキバ社長もスギヤマ専務も、嬉しげにB氏のお古に乗っている。

ついでに話すと、次男がわずか1年の新婚生活を送ったアパートは

アイジンガー・ゼット夫婦の近所だと聞いていた。

次男は離婚後もそのアパートで寝起きしているが

先日、用事でそこを訪れる機会があった。

 

すると、車1台がやっと通れる道路を挟んだ真向かいに

古ぼけた平屋があり、駐車場には見覚えのある古いジープが。

次男のアパートとアイジンガー・ゼットが住んでいる

アキバ産業の社宅は本当にお向かいだったのね。

そしてその平屋は、アキバ産業が本社事務所として使用している

古い建物の裏庭にあった。

本当にアキバ産業と仲良しなのね。

 

ともあれ第二アキバ計画の開始を感知した私は

取り急ぎ、その全容究明に取りかかるのだった。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・2

2024年05月28日 13時58分23秒 | シリーズ・現場はいま…

ピカチューを使ってF工業を排除し

代わりにT興業のダンプをうちへ入れる…

T興業は持ち前のコワモテを発揮して社内を揉ませ

夫や息子たちを始めとする社員を一掃、ジワジワと会社を衰退させる…

やがて、うちは消滅、アキバ産業が本社の子会社に成り代わり

T興業も安泰…

これが、アキバ計画である。

この業界で、切羽詰まっている者が考えることは皆同じなのだ。

自力での解決が困難となれば、諦めて倒産するか

あるや無しやの仁義を捨てて、誰かの食いぶちを奪うしか道は無い。

 

厳密に言えば、我々のように大手と合併する手段もあるが

これは自分から売り込んでどうにかできるものではない。

向こうが言い出してくれて初めて実現するので、レアケースだろう。

本社の物好きと河野常務の憐れみ深さによって合併に至ったが

今や競合他社が成り代わりたがる道を

十年以上前に選択した自分の判断に満足している。

 

だからアキバ計画を知っても、腹は立たない。

以前の我々と同じように大変だろうから、同情すらする。

ただ、アキバ社長は、いつも誰かとグルになる。

50も半ばを過ぎたというのに、未だに一人で勝負できないんだなぁ…

などと、若い頃から見知っている整った風貌の彼を

おぼろげに思い浮かべる程度である。

 

ともあれ、ピカチューがF工業に会うのを止めたT興業の判断は

正しかったと思う。

それは、平和のためではない。

ピカチューがF社長と会っていたら、T興業は危なかった。

 

ピカチューがアポを取りたがっている…

このことを次男から聞いたF社長は、瞬時にアキバ計画を見抜いた。

ピカチューと喧嘩した夫が辞めると言って帰った後

彼が夫の机を片付けていた…

あの“机事件”に怒り心頭のF社長だったが

その時、次男には、こうも言っていたのだ。

「うちを切ってT興業を入れるんなら、M物産の仕事、取っちゃろ」

 

M物産とは、F工業とT興業の中間に位置する大手の会社。

つまりT興業にも近いが、F工業にも近い場所にある。

そしてT興業にとってM物産は、最大の取引先。

T興業のT社長はアキバ社長と仲良しではあるものの

仕事の方はM物産がメインである。

大口で美味しい仕事なので、まずそっちを優先し

M物産から呼ばれずに余った1台か、たまに2台を

アキバ産業へ行かせているのだ。

 

太客が一本だけというのは、経営者にとって非常に怖い。

向こうの都合や気まぐれで切られたら、会社は一巻の終わりだからだ。

確実な顧客を増やしたいT興業がアキバ計画に乗るのは

当然といえば当然である。

 

その、T興業にとって命綱であるM物産の仕事を

F社長は奪うと言っているのだ。

だって今回の場合、うちへ入っているF工業の仕事を

先に取ろうとしたのはT興業。

ここで我々の業界の掟、「取ったら取り返していい」がまかり通る。

F工業にも近く、大口で美味しい仕事を振ってくれるM物産は

ぜひとも欲しいところだ。

 

F工業にとってのアキバ計画は

「うちの仕事を奪うなんざ、とんでもないヤツだ!プンプン!」

と怒って終わることではない。

M物産の仕事を正々堂々と奪える、絶好の理由になる。

そのために、うちの仕事を先にT興業に奪わせる手も

あるということだ。

 

F工業が去ってT興業が入って来たら

厄介なことになる恐れはあるものの、その期間は短いだろう。

M物産の仕事を奪われたT興業は早晩

二度目の倒産を迎えることになるからである。

 

我々の業界では、たまにこの手が使われる。

目の前にエサをぶら下げて、相手が食いつくのを待ち

エサが取られたら、報復と称して相手のエサを取るという高度な手口だ。

今回のエサは、うちということになるけど

たいしたエサでもなし、F社長の役に立つなら全然かまわない。

信頼し合う同志と仕事ができるのは

変な輩から変な計画を立てられたり、足をすくわれたりの不快を

大きく超越する喜びである。

 

エサをぶら下げて先に取らせ、報復に出る手口は

20年近く前、我々も見たことがある。

この手に引っかかったのは、他でもないアキバ産業だ。

 

当時の社長は今の社長のお兄さんで

次男の現社長は専務だった時代である。

亡き父親の後を継いで社長に就任したばかりの兄社長は張り切り

あちこちに顔を出しては、単価を下げて取引を持ちかけるという

アキバのお家芸を炸裂させていた。

 

常々申し上げているように

我々の業界にはカタギとクロウトが混在する。

この世界で生きていくならば、まず業界の歴史を学び

違いを見分ける選球眼を養うことが不可欠だ。

しかし兄社長は、チャレンジャーであった。

どこの取引先であろうと分け隔てなく、果敢にアタック。

その噂は、危険な行為として業界に広まっていた。

 

やがて兄社長のチャレンジ精神は

絶対に誰も手を出さない聖域にも及んだ。

同業者では県内で一、二を争う大手、かつ“その筋”の親玉として

戦後の復興時から業界に君臨してきた会社、K商事である。

お兄さん社長は、このK商事の取引先であるD総業へ行き

「K商事より単価を下げるので、うちと付き合って欲しい」

と申し込んだのだ。

 

するとD総業は、いとも簡単にOKした。

喜んだ兄社長は後日、契約を詰めるために再びD総業を訪問。

その時には、K商事のスリリングな方々が多勢でお待ちだった。

そう、D総業は最初から乗り換える気など無かった。

見境いの無いアホがいるということで

K商事と共に兄社長をからかったのである。

 

K商事の縄張りを荒らした兄社長はスリリングな方々に連れ去られ

スリルを味わったそうだ。

以後、兄社長はちょっとおかしくなってしまい

弟が社長を交代して現在に至っている。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・1

2024年05月26日 16時37分04秒 | シリーズ・現場はいま…

我々のお目付役、ピカチューが

F工業のF社長とゴールデン・ウィーク明けに会う…

このことは前回のシリーズでお話しした。

 

改めてご説明するが、彼は隣の商売仇、アキバ産業と癒着している。

そこで、うちと一緒に仕事をするF工業との契約を切り

アキバ産業と仲良しの反社系会社

T興業を招き入れるための準備として、F社長と面談したがっていた。

酒好きの彼は契約を切る前に

F工業とT興業を天秤にかけるそぶりを見せ

F社長から酒の接待を受けるつもりでいた。

 

彼に契約を切ったり結んだり

天秤にかけて接待をさせる権限があるのか…

そう問われれば、無い。

所長から所長代理に降格した現在は、ますます無い。

しかし彼は、あると思い込んでいる。

隣とT興業、そしてうちの事務員アイジンガー・ゼットにそそのかされ

すっかり勘違いしているのだった。

 

ピカチューは連休明けの5月7日、F社長に電話をして

会う日を決めるはずだった。

しかし結論から言うと、彼がF社長に電話をかけることは無く

当然ながら二人の面会も泡と消えた。

うちの夫を辞めさせようとした件で腹を立てているF社長が

ピカチューと会ったら面白いことになると思っていたが、残念である。

期待してくださった皆様、すみませんでした。

 

さて、F社長とピカチューの面会が立ち消えた理由は二つある。

一つは、河野常務に止められたから。

 

松木氏に始まり、藤村、ピカチュー…

本社から回された歴代のお目付役は

毎日のスケジュールを入力する義務がある。

それを本社に居る河野常務がチェックするのだが

彼らお目付役は、このスケジュール入力作業が苦手。

何もわからなくて一日中ブラブラするしかないのに

毎日、何かをやるフリをしなければならないのだから

いくら嘘つきとはいえ、さすがにつらい。

しかもいい加減なことを書くと、ガンガン追求される。

彼らは、それを心底恐れていた。

 

肝の小さい者なら誰でも、この恐怖から逃れたい。

常務の叱咤は、それほど厳しいものらしい。

我ら一家は義父アツシの怒号に慣れているため

常務が優しく感じられるが、この環境が初めての者は

頭がおかしくなる級の恐ろしさのようだ。

 

そのおかしくなった頭で、やがて考えつくのは

夫を追い出して成り代わること。

子会社の責任者である夫に、スケジュールの報告義務は無い。

本社直轄の営業所長と、子会社のトップを兼任すれば

何となく忙しそうな雰囲気になり

報告義務から解放されると思うらしい。

 

夫が本社からスケジュール管理をされてないのは

取引先の管理と入荷出荷の調整を行いながら

ダンプ輸送にまつわる各種の管理をこなしつつ

重機での積込み作業をしているから。

一日中、用事があるのは明らかなため

わざわざ報告するまでもないというわけ。

 

しかし彼らには、それがわかってない。

長年の経験と勘だけで仕事をこなす夫が悠長に見え

恐怖から逃れたい一心で、夫の排除に血道を上げるようになる。

彼らお目付役がおかしくなるのには

この恐怖心も大いに影響しているのだ。

 

7日の朝も、“恐怖”が発動した。

河野常務から、ピカチューに着信だ。

「おまえ、今日の仕事は電話1本だけか!」

“F工業、F社長に電話でアポ”

ピカチューは事務所のホワイトボードに書き込んだように

スケジュール報告にも同じことを入力したらしい。

 

「F工業に何の用事ね」

「挨拶に…」

「何の挨拶ね」

「社長に挨拶がまだだったので…」

「はあ?1年も経ってからや」

「はい…向こうの都合が合えば今日、行くつもりで…」

「行かんでええ。

ガソリンと時間の無駄じゃ」

 

こうしてF工業訪問は泡と消えた。

「で、今日は何するんね」

その後、ピカチューが常務がらネチネチと突っ込まれたのは

言うまでもない。

 

F社長との面会が未遂に終わったもう一つの理由…

それはF工業を切ってT興業をうちへ入れるアキバ計画に

肝心のT興業が、待ったをかけたことである。

 

我々ギャラリーとしては

鳶(とび)職由来の伝統的任侠系、F工業と

背後が反社系組織のT興業との対決を見たいところだが

現実はもっと地味。

これはひとえに、両社の規模の違いなのだ。

かたや多角経営のかたわらダンプ数十台を所有し

県の内外に幅広い顧客を持つF工業。

かたや計画的とはいえ、一度倒産した過去を持ち

数台のダンプで細々と営業するT興業とでは

社会的信用や資金力に大きな差がある。

 

F工業を切ってT興業を入れると言ったら柔らかく聞こえるが

我々の業界でそれは、T興業がF工業に喧嘩を売るということだ。

実際に仕事を盗った盗られたに至らずとも

ピカチューがF社長と会って本題に触れた瞬間から

両社は敵同士になる。

天秤にかけられたF工業は、絶対にT興業を許さない。

業界の体面上、許してはならないのだ。

それがこの業界のワイルドな所である。

 

よその仕事を盗ろうとした時から

仕返しも邪魔もOKの長い戦いが始まり

何だかんだ言っても最終的には資金力のある方が勝って

弱い方が潰されるものだ。

仲間と夢を語っているうちは良くても

いざ実行に移すとなると、T興業がひるむのも無理は無かった。

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・11

2024年05月04日 16時50分03秒 | シリーズ・現場はいま…

酔ったピカチューが、次男に電話をかけてから約1ヶ月。

当事者の次男はもとより

長男も、父親と弟が受けた仕打ちに怒り狂っていたが

第三者のF社長が介入したことによって落ち着いた。

 

私も悟っているわけではないが

彼らは私以上に、まだ人間がわかってないため

狂った凡人がいかに厄介な存在かを知らない。

ピカチューの狂気を正面から受け止め

彼らが暴言や暴力に及ぶと損なので

その兆候が無くなったことにホッとしている。

 

同時に私の持論、“共通の敵は結束を深める”に沿って

兄弟二人が団結するようになったのは非常にありがたい。

会社のことはどうにかなるが、兄弟仲だけは

親が何を言おうとどうにもならないので

むしろピカチューに礼を言いたいくらいだ。

 

夫は感情を口に出さないので、怒りの度合いがわからない。

だから先日、たずねてみた。

「松木氏と藤村とピカチューの中で、一番厄介なのは誰?」

夫は間髪入れず断言した。

「ピカチュー」

だとよ。

 

松木氏と藤村は夫とあまり口をきかず

自分の思い通りにやって自分でコケていた。

しかしピカチューは、どんな小さなことにも食いつき

根掘り葉掘り聞きたがる。

それがアキバ社長の命令であることは察しがついているが

しつこくて鬱陶しいそうだ。

 

そんな彼を夫は、「どちて坊や」と呼んでいる。

どちて坊やとは、一休さんのアニメに登場したキャラクター。

何でも「どちて?どちて?」と大人につきまとって聞きたがる

鬱陶しい幼児である。

 

 

こうしてピカチューの乱は、我々の中では終わろうとしている。

また面白い動きがあればご報告することにして

思い返せば夫を排除して自分が成り代わろうとした者は

松木氏や藤村、ピカチューだけではない。

トップバッターは、夫の姉カンジワ・ルイーゼだ。

 

彼女の野望はただ一つ、父親の後を継ぐ女社長。

シチュエーションは違えど告げ口、罠、嘘など

松木氏、藤村、ピカチューとそっくりなやり口は

義父の会社が危なくなるまで30年近く続いた。

 

暗黒の30年は、長かった。

それに比べれば松木氏、藤村、ピカチューのトリオなんて

どうってことない。

身内より他人の方が気楽だ。

家じゃ顔を合わせなくて済むし、夫も彼らもトシなので先が見えている。

 

そして夫とルイーゼの争いは血を分けた姉弟ゆえの

どうしようもない問題と思っていたが

他人でも同じだったとわかり、気が楽になった。

自分が座りたい椅子に何の努力もしないで座る夫が

目障りになるという、単純明快な話だったのだ。

 

ルイーゼに始まり、松木氏、藤村、再び松木氏

そしてピカチューと、4人のリレーはほぼ途切れることが無かった。

どうしてこうも次々と、夫を邪魔にする人間が現れるのか。

そういう人を4人見てきた私には

人の野心を刺激する素質が夫にあるとしか思えない。

誰でも持っている欲が、夫に近づくことで刺激され

そこに暇が加わると、野心が一気に開花するのではなかろうか。

 

だって夫を見ていると、「これじゃあな…」と思うことが満載。

はっきり言えば“落ち度の帝王”、それが彼である。

趣味のバドミントンで出会ったブサイクに騙され

事務員として会社に入れたら商売仇の愛人だったところなど

落ち度の帝王ぶりを象徴しているではないか。

のほほんとしている夫を見ていたら

簡単に交代できるような気がするだろうし

むしろ自分が交代した方がいいんじゃないかと

思ってしまうのだろう。

 

しかし、夫と交代したい人々を観察した場合

「こいつでは絶対無理」と断言できるのも事実。

夫が陰で、それほど高度な仕事をしているというわけではない。

創業者直系の男子でなければ、業界で相手にされない…

それだけ。

その身の上に甘える落ち度の帝王と

業界の掟を覆したい身の程知らず…

この二者によって、会社のゴタゴタは織りなされていくのである。

 

ところでF社長との面会を連休明けに控え

上機嫌だったピカチュー。

自分とこの裏山で採れたタケノコを何本か持って来て

得意げだったという。

運転手のヒロミとアイジンガー・ゼットが持ち帰ったそうだが

現物を見た息子たちに言わせると

「あれはタケノコじゃなくて、竹!」

だそう。

 

ピカチューがくれるといったら、そんなものだ。

昨年の着任直後、自分の作っている米を買って欲しいと言い出したが

誰も買わなかったので、気の毒になった次男が30キロ買った。

自分が米を買うことで、新しく来たピカチューとのコミュニケーションが

円滑になれば、と思ったのだ。

 

翌日、ピカチューは米と一緒に

お礼だと言って玉ねぎを5個、持って来た。

可愛いとこ、あるじゃん…と思ったのも束の間

ポリ袋に入れられた玉ねぎは、5個全部が腐っていて異臭を放った。

米は不味かった。

 

うがった考えの好きな私は、思うのだ。

ちょっと親切にしてやると、それを逆手に取る人間がいる。

自分の言うことをきく子分だと思ってしまう、危ないヤツだ。

ピカチューは、その人種だったのかもしれないと。

 

そのピカチュー、5月に入ってから急に元気が無くなったらしい。

94才のお母さんが◯にそうなんだって。

「心臓が弱っているので

いつでも連絡が取れるようにしておいてください」

病院からそう言われたと、涙目で夫に話したそう。

敵に泣き言を言う、それもピカチューなのだ。

 

「94才なら、もうええじゃないか」

夫は答えたそうだが、ここで私の指導が入る。

「“そういう話は事務員か隣に聞いてもらえ”

って、ついでに言うんよ」

「わかった、次はそうする」

夫は言ったが、次があるかどうかは定かでない。

《完》

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現場はいま…ピカチューの乱・10

2024年04月29日 08時50分28秒 | シリーズ・現場はいま…

アキバ社長とT社長、そしてピカチュー…

三者の利益が一致しそうな新しい作戦を予測し

待ち構えていた先日、F社長から次男に電話があった。

「板野に会わん言うたけど、やっぱり会うことにしたけん」

彼は続ける。

「昨日、岩倉から詳しい話を聞いた。

あいつ、親父さん(夫のこと)の机を片付けとったそうじゃないか」

 

岩倉というのはF工業の運転手で、F社長の腹心。

彼はその前日、うちへ仕事に入ったが、わりと暇な日だったので

夫と話をしたらしい。

その会話の中で、夫が机のことをしゃべったという。

机のこととは

ピカチューとの口論で辞めると言い出した夫が

月曜日に出社したら、自分の机が片付けられていた件だ。

 

その時の夫は、あんまり気にしてない様子に見えた。

しかし、無口な夫がわざわざ岩倉君に話したところをみると

本当はショックだったみたい。

そして岩倉君も、会社に帰って社長に話したぐらいだから

机の件を重大事項ととらえたのだろう。

 

「ワシはこういうことが、いっちゃん好かんのよ。

親父さんで持っとる会社いうのが、何でわからんのかのぅ。

昨日の晩は腹が立って寝られんかった。

板野と会うて、礼儀教えとうなったわ」

ピカチューとの面会を断り続けていたF社長だが

机事件の話を聞いた途端、彼に会いたくなったのだ。

 

今回のことで私が一番腹を立てたのが、この机事件だった。

辞める者の机を片付けて何が悪い…

人が聞いたらこれで済む。

もちろん罪にはならないし、几帳面だと思われるかもしれない。

が、実際にやられた者にしかわからない、この悔しさ、無念。

巧妙な軽作業から滲み出る女々しさや卑怯は

怒りを通り越して寒気がする。

相手の心にうごめく激しい嫉妬が、強い不快感をもたらすのだ。

 

F社長も同じ感覚を持ち合わせているとなると

彼にも似たような体験があるのかもしれない。

気持ちをわかってくれる人がいて、胸がすいた。

 

F社長はなおも続ける。

「あいつがワシに会いたがる、いうたら配車のことに決まっとる。

うちを切ってK興業を入れたいんじゃろ。

その前にK興業と天秤かけるフリして、接待して欲しいんじゃ。

話は一応聞いてやるけど、死に金は使いとうないけん

接待はせんよ」

F社長も我々と同じことを考えたらしい。

 

「酒乱ですから、飲まさんでええです。

生意気なこと言うたら、好きにしてください」

次男は言った。

「どうなっても、許せの」

「全てお任せします」

 

ということで、F社長はピカチューと連休明けに会うこととなった。

彼は以前、山陰の仕事で永井営業部長に迷惑をかけられ

立て替えたお金も踏み倒されたが、逃げ回る永井部長を哀れに思い

その時は矛を収めた。

しかし今回、またもやF社長を巻き込んだのだから

眠れる獅子を起こしたも同様。

それらの怒りもピカチューに向けられるのは、決定事項だ。

彼にお任せしておこう。

 

 

さて、F社長に会えるのがよっぽど嬉しかったのか

ピカチューはその翌日、一度は諦めたアキバ産業との共同仕入れの件を

退院直後の河野常務に提案した。

ただし、共同仕入れなんてのをダイレクトに伝えたら

激怒されるのは必至なので、今回は内容を少し修正してきた。

 

その内容とは…

うちとアキバ産業が共通して扱っている数種類の商品の中で

1種類だけをアキバ産業の分も一緒に仕入れてもらえないか…

船から揚げた商品は、そちらの敷地へ一緒に置いてもらい

商品の運搬は各社がそれぞれ行う…

商品を置かせてもらう形になるアキバ産業は

月々の場所代をうちへ支払う…。

 

つまり「場所代を払うから、一緒に仕入れてよ。

運ぶのは自分でやるからさ」と言いながら

アキバ産業やK興業が、うちへ自由に出入りできる基盤を作る…

共同仕入れと配車をさりげなくミックスしつつ、いささかソフトに変えた案だ。

ピカチューにそんな知恵は無いので、あとの二人が考えたと思う。

 

が、努力もむなしく、ピカチューは常務に怒られた。

「場所代がナンボのもんじゃ!ちったぁ算数の勉強せえ!

何で隣の分まで仕入れてやらんにゃいけんのね!

ダンプだらけになるじゃないか!

おまえが交通整理するんか!」

この話を教えてくれたのは、常務の甥。

彼は息子たちの釣り仲間。

伯父さんのコネで、本社勤務をしている。

 

ともあれアキバ一味のアイデアには、残念ながら穴がある。

彼らだけに都合が良く、こちらにはメリットが無いからである。

わずかな場所代と引き換えに、隣の仕入れまで引き受けたら

こっちはいい笑いものだ。

しかも、うちとアキバ産業が同じような仕入れ値なら

このような案は出てこない。

うちの方がずいぶん安く仕入れていると知っているから

差額で場所代を払うと言い出せるのだ。

 

うちがアキバ産業より安く仕入れられるのは、当たり前である。

アキバ産業は自社の分だけを仕入れているが

こちらは本社の傘下である多くのグループ会社の中から

同じ商品が必要な支社の分をまとめて大量に仕入れる。

しかも支払いが早くて確実となれば

業者は末永く付き合いたいので値を下げるというわけだ。

 

その安い仕入れ値には、常務の交渉術が少なからず影響している。

中でもアキバ産業が一緒に仕入れて欲しいと言った商品は

比較的、燃料費のかかる取引先に納入するので

利幅を取るために値を叩きまくった。

 

そうして仕入れた大事な商品を

いとも簡単に一緒に仕入れて欲しいと言えるのはなぜか。

こちらの仕入れ値を知っているからではないか。

常務は必ず、それに気づくだろう。

彼はアイジンガー・ゼットの裏を知らないので

ピカチューを疑うはずだ。

そっちは常務にお任せしておこう。

 

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・9

2024年04月25日 14時44分09秒 | シリーズ・現場はいま…

夫が思い通りに退職しなかったので

アキバ社長と善後策を話し合うため

連日のアキバ詣でを続けるピカチュー。

はたして彼らは、新たな一手を思いついたようである。

 

その気配は、F工業の社長からもたらされた。

F工業のことは、ここでも何度か話題にしたが

うちよりずっと多くのダンプを所有する大手で

お互いにダンプのチャーターをし合っている仕事仲間だ。

50代の社長はやり手で、他にも手広く事業を展開しており

こちらに何かあると助けてくれる

漢気が服を着ているような人物である。

 

数日前のこと、そのF社長から次男に電話があった。

「板野ってヤツが、N建設の社長を通して

ワシに会いたい言ようるんじゃけど、何が目的かの?」

 

ピカチューが着任してまる1年、今まで無視を貫きながら

ここにきて急に会いたがる謎もさることながら

彼に会いたければ次男に頼めば済むことなのに

無関係のN建設を間に挟んで連絡をしてくるのはおかしい…

F社長がピカチューのアポイントをいぶかしむのは、無理もなかった。

 

ちなみにN建設は市外の建設会社で、うちとの付き合いは全く無い。

そしてF工業とN建設は一緒に仕事をすることも多く

社長同士はとても親しい間柄。

そしてピカチューは以前、生コン会社に居た時

N建設の社長と顔見知りだったという関係性である。

 

つまりピカチューは

急にF工業の社長とお近づきになる必要にかられた。

しかし次男を介して会うのは都合が悪いらしく

F社長と親しいN建設の社長に連絡を取ってもらうことにした…

ということだ。

 

「回りくどいことされるの嫌じゃけん、断ってええかの?」

ピカチューの人となりを見抜いた様子のF社長に

次男はここしばらくで起きた出来事をかいつまんで話した。

「わかった、断るわ。

ワシ、これでも忙しい身じゃけんのぅ。

バカの相手をしてやる時間は無いんじゃ」

F社長は笑った。

 

 

ピカチューとアキバ産業が何を考えているか…

ここでピンとこなければ、建設業界で生きては行けない。

我々の脳裏に、まず共通して浮かんだのは

アキバ産業とピカチューが企てていた共同仕入れの作戦が消え

新しい作戦に変更したということである。

共同仕入れのことを河野常務に言って

ピカチューが怒られるのを楽しみにしていたというのに

残念じゃわ。

夫の退職騒動で常務に怒られたので、言えなくなったのかも。

 

では、新たな作戦とは何か…

この業界の人間なら、誰でもわかる。

仕入れの次に狙うのは、配車以外に無い。

安く仕入れることも大事だが

利益を左右する配車も同じく大事。

仕入れと配車、この二つを押さえておけば

たいていのことはどうにかなるのが、この業界なのだ。

 

配車といえば、心当たりは大いにあった。

隣市に、K興業という同業者がいる。

興業という名前でうっすらとおわかりのように

長年、反社組織の企業舎弟というプロフィールを活用し

仕事を獲得してきた会社だ。

そのため、うちとの付き合いは全く無い。

 

K興業は、10年ほど前に計画倒産して以降

社名だけを変更して同じ仕事を続けていたが

いつの頃からか、隣のアキバ産業へ

ダンプのチャーター仕事で入るようになった。

K興業のK社長とアキバ社長はここ数年

仲良しこよしのベッタリである。

 

一方、ピカチューもK興業の専務と同級生だそうな。

裏社会の人と親しいことを自慢するコモノが時々いるものだが

ピカチューも、それがご自慢で仕方がない。

 

K興業は小規模の会社なので

アキバ産業の衰退に連動して、近頃は景気が悪い。

よってK社長もアキバ社長も

お互いに厳しい現状打破と、事業拡大を熱望している。

そこで考えつくことは、誰でも同じだと思う。

「隣に入り込めないか?」

 

K興業がうちとチャーター契約を結べば、K社長は仕事が増えて嬉しい。

アキバ産業はK興業がうちへ入り、持ち前のヤカラ臭を漂わせて

邪魔者を辞めさせてくれたら嬉しい。

そうなったらピカチューは、ご自慢の同級生に顔が立つだけでなく

邪魔者が消えて自分の天下になるので嬉しい。

 

K興業の活躍により、うちの運転手が減ったら

アキバ産業とK興業からすぐ補充できる。

一旦退職させて、募集に応募させればいい。

うちはアキバ産業やK興業より給料がいいので

両社の運転手は喜んで就職し直すだろう。

 

こうして内部から侵食を進め

「隣を淘汰して、アキバ産業が成り代わる」

この目的を難なく達成…そう考えているのが手に取るようにわかる。

うち以外のみんなが嬉しくなっちゃう作戦といったら

これしか無いので間違いない。

 

しかし、そのためにはハードルが一つ。

F工業だ。

ピカチューがいきなり

「あんたら、手を引いてちょうだい」

なんて言ったら血の雨が降るのが、この業界。

無知なピカチューでも、それくらいはわかるはずだ。

 

だからまず、F社長に挨拶と言って近づく。

そして親しくなったら、K興業のダンプも1台か2台

入らせてくれと言う。

F工業がすんなり了解すれば、最初はわずかな台数でも

だんだんK興業のダンプを増やしていって、最終的にF工業を切る。

F社長が拒否したら口論し、とっても怒ったということで

やっぱり切る。

ピカチューでもできそうなことといったら、その程度だ。

 

が、K興業がうちへ入る目は無いように思う。

ピカチューの前任、松木氏が入社して間もない頃だった。

K社長から「入らせて欲しい」と頼まれ

張り切って河野常務に言ったところ、メチャクチャ怒られた前例がある。

 

それまで瓦屋のアルバイトだったのが、急に営業所長になり

肩書きの付いた名刺を誰かれなく嬉しげに配り歩いたので

つけ込まれたのだ。

難しい所とわざわざ取引するな…というのが常務の意見だった。

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・8

2024年04月22日 13時06分49秒 | シリーズ・現場はいま…

河野常務の介入により、夫の退職騒動はひとまずおさまった。

そしてピカチューは、相変わらずアキバ産業へ出入りしている。

退職騒動以降、その頻度はいちだんと増え

今やほぼ毎日、入り浸っていると言った方が正しい。

目の上のタンコブが辞め損ねたので

アキバ社長と前後策を話し合っているのだろう。

 

我々は、それでいいと思っている。

常務には、あえて何も言ってない。

アキバ産業のことは、常務を始めとする本社と

本社直営の営業所長ピカチューの二者が検討する案件であり

我々子会社の仕事とは無関係なので放置しておく。

何事も、出過ぎは良くない。

 

よって常務は、ピカチューが何を企んでいるかを知らない。

知ったら怒り狂って、アキバ産業への出入りを止めるだろう。

なぜって共同仕入れと言えば聞こえは良いが、要は

「あんたとこの信用と金で、うちの商品も一緒に仕入れてよ。

うちが使った分は、後で払うからさ。

二軒分をまとめて仕入れたら、あんたとこも値をたたけて

安くなるでしょ?」

そのようなムシのいい話なのだ。

 

ピカチューがまだ無事で、アキバ産業へ通っているということは

共同仕入れの件を常務にまだ伝えてないということになる。

無知な彼もさすがに躊躇しているのか

それとも酒の接待をもっと受けたくて焦らしているのかは不明だが

ピカチューの口から直接言わせ

どうなるかを眺める方が面白いではないか。

 

我々の悠長ぶりは以前、似た流れを経験しているからである。

ピカチューの前任者だった昼あんどんセクハラ男、あの藤村も

アキバ産業に取り込まれようとしていた。

銀行管理になったのが、ちょうどその頃という符号から

アキバ社長の焦りがわかるというものだ。

 

アホの藤村はすぐに引っかかり、アキバの事務所に通い始めた。

が、2ヶ月もしないうちに、自分が入社させた女運転手から

労基に訴えられて左遷されたので、その時は未遂に終わった。

 

藤村が去った後、別の支社へ飛ばされていた松木氏が再び返り咲いたが

アキバ産業は彼に手を出さなかった。

出せなかったのだ。

返り咲いてほどなく、松木氏は肺癌が見つかり

休みがちになったからである。

 

これらの失敗があるので、今回アキバ社長は満を持して

スパイを送り込むという手の込んだ作戦に出たと思われる。

そのドラマチックかつ古典的な手段ときたら、ゾクゾクしちゃうわ。

しかもスパイは新規採用でなく、彼の愛人…

つまり在庫だぞ。

経費節約にもほどがある。

 

その在庫に引っかかったのが夫、そしてピカチュー。

ついでに言うと本社の窓際、ダイちゃんも引っかかった。

入れ食いじゃねぇか。

 

これがせめて美人ならまだしも

つり目でエラの張った、色黒のガリガリ。

蜘蛛(クモ)みたいな四十女だ。

こんな見るも無惨な不細工をなぜ?と思うが

アキバ社長の好みは細けりゃいいらしく、これでイケると踏んだらしい。

そしてその目論見は、見事に当たった。

 

ところでアイジンガー・ゼットだが

この4月16日をもって正社員となった。

給料の締め日が15日なので、16日からなのだ。

彼女を正社員にする運動は昨年、ダイちゃんによって開始され

今年に入ってピカチューも運動に参加。

二人の強力な推しで、アイジンガー・ゼットは

アルバイトから正社員へ昇進の運びとなった。

 

腹が立たないのかって?

今後、あの女もボーナスをもらうのは憎たらしいけど

私のお金で払うわけじゃないし、他は全然。

日頃、言っているだろう。

私は事務員としての彼女を気に入っている。

他県の出身、嫌われ者で地元に友だちがいない…

これは雇う側にとって、垂涎のプロフィールだ。

 

うちは家族と仕事がごっちゃになった会社なので

そこいらのおばさんを入れて、家のことや社員のことを

地元でベラベラしゃべられるほど迷惑なことは無い。

筒抜けなのは、隣のアキバ産業だけ…

範囲が限定されている安心感は大きい。

 

けれども我々は、心がけの良くない人々が

一時の幸運をつかんでは転落していったさまを見てきた。

嘘と芝居で本社の信頼を得、こちらでの営業所長に加えて

大阪支店の支店長という肩書きをもらって有頂天だった藤村は

労基に訴えられるという予想外の事態で左遷されたし

同じく嘘と芝居でデキる男を装ってきた松木氏は

藤村の左遷後、営業所長より一つ上の

次長という肩書きをもらって返り咲いたが

すぐ病気になって、結局は退職した。

 

そしてピカチューは、登りはしないものの

何やら勘違いをして威張り散らしたあげく

所長代理への格下げが決まった。

アイジンガー・ゼットの正社員登用という幸運も

あんまり手放しで喜べるものではないような気がするのだ。

 

一方、息子たちは正社員の件が、かなり気に入らない様子。

16日の朝礼で、ピカチューがアイジンガー・ゼットを皆の前に立たせ

社員昇格を発表しようとしたので、長男と次男は事務所を出たという。

 

このことを本人たちから聞いた私は、言った。

「バカじゃね!祝ってあげんさいや」

「親父を陥れたヤツじゃん!」

「スパイを正社員にして、狂っとる!」

二人は不満そうだ。

 

何を子供じみたこと言うとるん…

私はたたみかける。

「一緒に働く仲間じゃけん、こういう時は拍手して

お祝いを言うてあげるもんよ」

「ええ〜?無理!」

「満面の笑顔でパチパチしてあげて

“おめでとう!これからも情報漏洩に励んでくださいね!”

これが大人っちゅうもんじゃん。

それを話の途中で出るとは…あんたら、ホンマに私の子か?」

 

同じ日、ピカチューも所長から、所長代理へと降格になった。

それについて、ピカチューからの発表は無かったそうだ。

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・7

2024年04月17日 15時09分15秒 | シリーズ・現場はいま…

夫が出社したら、自分の机の上や引き出しが片付けられていた…

これを聞いて、非常に腹を立てた私。

ピカチューめ、まだ退職願いも提出していないうちから

何ていやらしいことをするのだ。

夫や息子たちの暴力を回避するだの何だのと言った私だが

自分がやられたら、絶対にカッとなってピカチューを殴っている。

 

ともあれ夫は、打ち合わせ通りのセリフを言った。

「続けることになったけん、鍵と携帯、返して。

どっちかがおらんようになるまで、いがみ合おうで」

それを聞いたピカチューは青くなり、沈黙したまま動かなくなった。

 

「はよ返せや」

夫が催促すると、ピカチューはシブシブ事務所の外へ。

どこへ行くのかと思って見ていたら

ノロノロと歩いて駐車場に停めた自分の社用車へ向かう。

そして車の中から携帯を取り出すと

またノロノロと事務所に戻って夫に渡した。

そのダラけた仕草に、夫は殴ってやろうかと思ったそうだ。

 

こうして携帯は返ってきた。

しかし鍵の方は、今無いとおっしゃる。

夫が土曜日に置いて帰った鍵はその日のうちに

アイジンガー・ゼットに渡されていたのだ。

彼女が出勤する9時にならないと、鍵は返せない…

ピカチューは言うのだった。

 

事務所の鍵はセキュリティーの観点から、スペアキーが高価。

よって鍵を持っているのは

ピカチュー、夫、長男、次男の4人だったが

ピカチューのやつ、これからはアイジンガー・ゼットを

自由に事務所へ出入りさせるつもりだったらしい。

 

渡すピカチューもピカチューだが

受け取るアイジンガー・ゼットも相当なタマだ。

とはいえ去年、彼女を入社させた時点から

セキュリティーどころの騒ぎではない。

鍵の権威は地に落ちたというところよ。

 

そんなわけで、私はこの話を聞いて大笑いした。

しかし夫は、マジでピカチューを◯してやろうかと思ったそうだ。

◯すんならアイジンガー・ゼットもだろうと思うが

夫の怒りはピカチューに一点集中。

自分のカノジョと錯覚した女には、甘いものだ。

 

腹を立てた夫がピカチューの襟首に手を伸ばそうとした瞬間

さっき取り返したばかりの携帯が鳴った。

河野常務からだ。

この着信で、夫は警察沙汰にならずに済み

ピカチューの方は寿命が伸びたというわけ。

 

「おお、ヒロシ!携帯は戻ったんじゃの!」

「はい、お陰様で」

「そこに板野はおるか?」

「います」

「ちょっと代われ」

夫はピカチューに、自分の携帯を渡した。

 

電話を代わったピカチュー、最初のうちはのんきに挨拶などしていたが

すぐに事務所の外へ走り出たという。

「怒られるところをワシに見られとうなかったんじゃろう」

夫は言った。

恥も外聞も無いことをしておきながら、そういうのは恥ずかしいらしい。

 

長い電話が終わり、事務所に戻ってきたピカチューは

さっきよりもっと青い顔になり、黙って携帯を差し出した。

「常務が代われって」

夫が電話に出ると、常務は言った。

「板野は所長代理に降格じゃ。

社用車も取り上げる。

これでまだ生意気なことしやがったら、飛ばすけんの」

夫の喜ぶまいことか。

 

常務は同じ電話で、ピカチューに言った内容も話した。

「ヒロシを辞めさせる、いうことは

ヒロシが持っとる◯◯社や⬜︎⬜︎建設(財閥系一部上場企業)

の売上げを捨てることで。

変な形で追い出したら、取引は終わるど。

あんたは、減った分の売上げをカバーできるんか」

数字にシビアな常務らしい正論である。

売上げのことを言われると

営業未経験のピカチューはグウの音も出なかっただろう。

 

夫は、親がいじめっ子を叱ってくれたように思っているが

実際は違うと思う。

常務にしてみれば、自分は入院して動けない時期で

会社は年度末から年度始めにかけての微妙な時期だ。

ピカチューは仮にも所長でありながら

いつもより慎重になるどころか、自分の留守を狙ったように

職権を超えてクビ切りをやろうとした。

時期と立場をわきまえず、出過ぎた真似をしたピカチューに

常務は怒っているのだ。

 

ちなみに常務は、アイジンガー・ゼットの素性を知らない。

そしてこちらも、病人に余計なことを吹き込む気は無い。

アイジンガー・ゼットがアキバ社長の愛人でも

こちらの会社の情報がダダ漏れでも

ピカチューが誘惑されても、それらは犯罪ではないからだ。

アキバ産業との積年の確執は、我々の個人的な問題であって

本社には関係無いのである。

 

そしてまた、情報がダダ漏れでも

業務に支障が起きないのが、この仕事最大の長所。

特許も秘法も存在しない、ただ運転手という人材だけが宝の

いたってオープンな商売である。

その宝たちを引き抜かれたら?

そんな心配はいらない。

うちより給料の安いアキバ産業へ動くわけがない。

仮に動いたとしても、うちには順番待ちが数人いる。

 

だから彼らがあれこれ画策したければ、存分にやってみればいい。

何ができるか、私はぜひ見たい。

そのたびにゴタゴタは起きるだろうが

一番悪いのはアイジンガー・ゼットを入社させた夫なので

身から出たサビと思って耐えればいいのだ。

 

さて、夫が常務と話している間に、アイジンガー・ゼットが出勤。

ピカチューに言われて鍵を返した。

それをピカチューが夫に返して、一件落着だ。

それにしても彼女、この日はいつもより30分も早い出勤だったらしい。

辞めたと思ってルンルンで来たら夫がいたので

びっくりしたことだろう。

 

その後のピカチューだが、シュンとしていたのはその日だけで

翌日の火曜日からは平常運転。

社内では相変わらず見当違いの指示を出して迷惑がられながら

アキバ産業の事務所へ出入りしている。

 

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・6

2024年04月13日 10時08分45秒 | シリーズ・現場はいま…

運命の月曜日、4月1日の朝になった。

前夜、河野常務に辞めるなと言われて上機嫌の夫。

「少なくともあと3年、70才まではワシが辞めさせん。

それでも辞める言うんなら、ワシが納得する理由を持って来い」

そう言われた夫は、常務がピカチューより自分を選んでくれたと

心底喜んでいるのだ。

 

常務は確かに情に厚く、夫を可愛がっているが

「八掛け半額二割引き」が口癖。

何か買う時は、まず八割に値切り

相手が応じると、その値段を半額にしろと交渉し

最後に二割引きを要求するという、悪どい値切り方を指すものである。

 

実際にはそこまで値切るなんて不可能だが

転んでもタダでは起きない彼の習性を鑑みると

“あと3年”という期間は、去年、夫が試験を受けて更新した

産業廃棄物取扱免許に関係していると思う。

5年ごとの更新なので、70才を過ぎたらまた更新だ。

その時、夫がまだ使い物になっていればいい。

しかし、そうでない場合は名義変更を余儀なくされる。

常務はその手間と経費のことも考慮して

現状維持を望んでいるのかもしれない。

 

ともあれ4日1日といえば、慌ただしい年度末が終わり

新年度が始まる特別な日。

建設業界にとって、年度末から年度始めのこの時期は

前年度の売上げと利益がはっきり出て

新年度の目標や戦略が発表される大切な期間だ。

もちろん本社も同じ…というより

神経質に見えるくらい敏感になってこの時期を過ごす。

 

実のところ、今回の件で私が最も注目していたのはこれなのだ。

ピカチューは新年度を

新しい環境で迎えるつもりだったのではなかろうか。

邪魔な夫を排除し、アキバ産業と共に新たなスタートを切りたくて

急いでいたのではないか。

夫が自分から辞めると言い出したのは、計算外の喜びだったかもしれない。

 

しかし一方で、私はピカチューを買いかぶっているのかもしれない…

とも思う。

彼の頭からは時期的な要素が抜けていて

たまたま衝動的にやったとしたら。

このような魔の期間に妙なことをやらかし

永井営業部長が飛んで来る事態を引き起こせば

本社の神経を逆なでする。

ピカチューが切に願う安泰から、全力で逆走しているようなものである。

だとすれば、彼はこちらが思う以上のおバカさんだ。

 

さて、夫はスキップでもしそうな明るさで、7時過ぎに家を出た。

いつもなら、まだ誰も出勤してない6時過ぎに出勤するのが習慣だが

ピカチューに鍵を渡したので事務所の中に入れないため

遅い出勤である。

 

息子たちも鍵を持っているが、あえて借りなかった。

「どうせならピカチューと対面するまで

退職勧告された身の上を大袈裟に演じておけ」

私の助言によるものである。

今後、事態が悪化した場合に備えるためだ。

 

もしもこの問題がもっと大きく発展した場合

「鍵が無いので、いつもより1時間遅く出社しました」

そう主張すれば、ピカチューが権限を無視して退職勧告をし

さらに鍵や携帯まで取り上げた横暴を印象付けられるではないか。

たいしたことではないが、このような小さな事実の積み重ねが

身を守ることだってある。

 

そして息子たちは、夫の子供である前にいち社員。

子供から借りた鍵を使って事務所に入るのは、賢い行動ではない。

敵が辞めたと思い込み、ルンルンで出勤した彼は

夫を見て衝撃を受けるであろう。

逆上して不法侵入だの何だのと騒いだら

夫はもとより、息子たちも冷静を保てるかどうか。

 

私が懸念するのは、暴力沙汰よ。

何はともあれ暴力は、分が悪くなるので回避したいではないか。

ピカチューが本当に狙っているのは、これかもしれないのだ。

程度に関係なく、少しでも手を出したらヤツの思うツボである。

 

やがて出勤から1時間後、夫から私の携帯に着信が。

夫が電話をかけてきたということは

ピカチューから無事に携帯を取り返したことを意味する。

復帰はうまくいったらしい。

 

事務所に座っていたピカチューは

夫の顔を見て、やはり驚いていたという。

「母さんの言うた通りをヤツに言うたら、赤い顔が青になったわ」

夫は弾んだ声だ。

 

「ピカチューの顔見たら、最初に何て言おうか」

出がけに夫は私に問うた。

「続けることになったけん、鍵と携帯、返して。

どっちかがおらんようになるまで、いがみ合おうで」

だからこのセリフを教え、復唱させた。

“いがみ合おうで”…

それがこのセリフのキモ。

あれこれ言わせようとしたって、夫には無理だ。

言葉尻を捉えられても応戦できないため

言いやすくてインパクトの強い言葉を選んだ。

この7文字で、お前を絶対に許さないという決意は伝わるはずだ。

 

他に助言したことといったら

こっちが戦闘的になったら向こうも意固地になる…

肩の力を抜いて普通に接するように…

このセリフ以外のことは何も言うな…

ぐらいか。

もちろん、河野常務からの電話のこともだ。

とにかく情報を与えないことが、肝心。

なぜ?なぜ?とつまらぬ空想をして、苦しめばいいのだ。

 

以下は、夫が私に話した一部始終である。

…事務所に入ると、ピカチューが座っていた。

夫を見て驚いたが、夫はもっと驚いた。

自分の机の上に置いてあった物が、片付けられていたからだ。

引き出しの中の物も全て出され、床の段ボールに投げ込まれていて

机は最初から誰も使ってないみたいに綺麗だったという。

私なら、ここでピカチューをぶん殴っていること請け合い。

が、夫の神経は違うようで、驚きはしたものの

私ほどの激しい怒りは感じなかったそうだ。

 

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・5

2024年04月12日 08時54分49秒 | シリーズ・現場はいま…

夫を身限ったアイジンガー・ゼットと

その背後にいるアキバ社長の動きは早かった。

アイジンガー・ゼットがピカチューをアキバ社長に会わせ

酒を飲ませて親交を深める。

そして昼間は会社で、アイジンガー・ゼットの大サービス。

ピカチューに、遅い青春が訪れた。


さらに想像を働かせるなら

ピカチューはアイジンガー・ゼットと恋人気分かもしれない。

恋は、弱い男を強くする。

強くするというより、怖いものを無くすと表現した方が的確だろう。

冴えないおじさんにとって、不倫は人生の夢。

アイジンガー・ゼットの存在は、手ぶらで向かうはずだった冥土への

土産になるかもしれない希望の光である。


だからピカチューは、夫に「辞めろ」と吠えることができたのだ。

常識で考えて、64才の男が二つ年上の先輩に向かって

「辞めろ」とは、なかなか言えるものではない。

恋の力はすごいのだ。

恋の好きな夫と暮らしてきた私には、よくわかる。


「次は家庭裁判所で会おうで!」

太古の昔、駆け落ちした夫は、女の前で私に吠えた。

鬼のように眉毛を釣り上げ、肩をいからせて自身を鼓舞しながら

本当の敵…快楽に逃避する己の心には目を背けたまま

比較的言いやすい相手を選んで牙を向ける。

女に義理立てしようと必死に虚勢を張った、あの時の夫と

今のピカチューは同じ症状だ。


アイジンガー・ゼットはピカチューに、夫のことを何か訴えたかもしれない。

「弄ばれて捨てられた」、「セクハラを受けている」だったら面白いんだが

あるいは「高待遇と聞いて入社したのに、全然違って騙された」

みたいなことだ。


男には、かわいそうに思う女を守りたい本能がある。

彼はアイジンガー・ゼットを守るために

夫を排除しようと決意したのだ。

でなければピカチューがあのような暴言を吐いて

夫に喧嘩を売ることは難しい。

口で言うのは簡単だが、いざやるとなると

パワハラのリスクや、夫のいなくなった会社を一人で切り盛りする無茶

夫に付いて辞めるであろう、うちの息子たちを始めとする運転手

それらを考えると、なかなかできるものではない。


特に運転手は深刻。

夫と一緒に辞めるのが、うちの息子2人だけだったとしても

ダンプが2台が止まる。

次を募集して応募を待ち、面接、採用

広島市内にある関係機関での運転講習と適正検査

それから助手席に乗せてオリエンテーション

各取引先への運転者及び車両登録…

これらを経て再び稼働するまで、早くても十日はかかる。


その間、2台分の売上げはゼロ。

月間売上げはガクンと下がり

車両を遊ばせるのが嫌いな本社からは大目玉。

その原因を作ったピカチューは早晩、進退を問われる羽目になる。

夫を追い出すことだけに血道を上げ

自分の首を絞めていることすらわからない…

ピカチューがいかに無知か、わかるというものだ。


そんなことはつゆ知らず、ピカチューは

お隣さんとの業務提携に障害となっている夫を辞めさせ

会社を自分の天下にすることに夢中だ。

夫を排除したら、さっそくお隣さんと組んでMOREタダ酒。

同時にアイジンガー・ゼットも手中に収める。

はたから見ると、“騙されたバカ”にしか見えないのが残念なところよ。


彼を動かした原動力は、老いらくの恋。

私はこの結論に達した。

全て想像と言えばそれまでだが、これで間違いないと断言できる。


私はこのシリーズの3で、こう申し上げた。

『このようなとんでもない出来事の裏には

必ず別の真実が隠れていることを知った。

そして別の真実とは、思わず「へ?」と聞き返してしまうような

意外かつ軽薄な内容であることも知った。

その「へ?」を探してやろうではないか』

…結果、「へ?」は、ここに発見できた次第である。



さて、夫がピカチューと喧嘩をした土曜日に戻ろう。

全容を把握した私は、ピカチューに復讐する目標をあきらめた。

だってアイジンガー・ゼットに鼻毛を抜かれ

会社に入れたのは他でもない夫である。

そもそもの原因を作ったのは夫なんだから

そこを追求されたら返す言葉が無い。

ピカチューの暴挙ばかりを責めるわけにいかないではないか。


夫にそれを言うと、「そこなんよ…」と、あっさり同意する。

他人事か。

何だか面倒くさくなったので

ジタバタしないで河野常務のお沙汰を待つことにした。


翌日の日曜日、夫は朝から手持ち無沙汰だ。

日曜だろうと祝祭日だろうと、彼は早朝、必ず会社へ行き

誰もいない事務所で一人の時間を過ごすのが休日のルーティーン。

けれどもこの日は、それができない。

ピカチューに事務所の鍵を渡してしまったからだ。

彼に夫の鍵や携帯電話を奪う権限は無いというのに

それをあえてやるピカチュー…やっぱり恋の力はすごい。


会社へ行けず、携帯も鳴らず

所在なく庭石に腰掛けて、犬とたわむれるしかない夫。

バドミントンで痛めている足も辛そうよ。

不細工な女にのぼせて会社に入れたことを少しは悔やめ。


日曜日の夜になった。

「明日の朝、一回会社へ行ってシゲちゃん(夫の重機アシスタント)に

まだやらせてない積込みを教えとくわ」

夫は力無く言った。


取引先によっては、特殊な積み方がある。

シゲちゃんの実力では危ないので、教えてないことが幾つかあった。

「シゲちゃんが一回で覚えるとは思えんけど」

「辞めるんじゃけん、仕方がない」


そんなことを話していた20時半、家の電話が鳴る。

たまたま夫が出たら、河野常務からだった。

「ヒロシ、携帯が全然繋がらんじゃないか!どしたんね!」

常務の声は大きいので、途切れ途切れにおよその内容が聞こえる。


「僕の携帯は板野さんが持ってます」

「なんでじゃ!」

「辞めるように言われたんで、事務所の鍵と一緒に渡しました」

「なに〜?!」


河野常務と夫は、しばらく話していた。

後で夫が話すには、河野常務は「絶対に辞めるな」と言ったそうだ。

息子たちにも辞めてはいけないと伝えるように…

退院したら真っ先にそっちへ行く…

自分の入院中に、こんなことをしでかした板野は許さない…。


電話の後、夫はケロリと明るくなった。

「常務が辞めるな言うけん、辞められんのぅ」

嬉しそうにつぶやいている。

さっきまでシュンとしていたのに、ゲンキンなもんだ。

「今回のことで、ようわかった。

自分から先に、辞める言うもんじゃないのぅ」

いつになく反省めいたことを口にする夫。

それはいいから、短気を起こして

病床の常務をわずらわせたことを反省しろよ。

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・4

2024年04月10日 14時50分20秒 | シリーズ・現場はいま…
さて、ここまでのいきさつを一旦整理してみよう。

少々複雑な内容になってしまったので、これはご覧くださる皆さまへの配慮…

と申し上げていい子ぶりたいところだが

お話ししている私自身が混乱しそうなので、おさらいのつもりである。

前記事と重複するが、お付き合い願いたい。


3月29日の夕方、酔ったピカチューが次男に電話をかけて暴言を吐いた。

内容は、「自分の言うことを聞かない」というもの。

その様子を目の前で見た夫は腹を立て

翌朝ピカチューに、酔って電話をしたことを抗議した。

夫の予定ではこれで終わるはずだったが、ピカチューは激しい抵抗を見せ

二人は言い争いになった。


「ワシの言うことが聞けんのなら辞めぇ!」

ピカチューが放った予想外の強気発言に、夫は逆上。

「辞めたるわい!」

そう言って事務所の鍵と携帯を置き、その日は休みを取っていたので

そのまま家に帰った。


二人のやり取りを事務所の外で聞いていた次男は

取り急ぎ、直属上司の河野常務に連絡。

入院中で動けない常務は、本社から永井営業部長を差し向け

ピカチューと次男から事情聴取をさせた。

しかしピカチューは「酔っていたので忘れた」を繰り返し

酒を飲んで電話をした行為しか認めなかったため

事情聴取はウヤムヤのまま終わった。


辞めると断言し、怒り心頭で家に帰って来た夫だが

その後、激しく後悔しているのが見て取れた。

この何十年、会社が好き、仕事が好きで生きて来た夫が

腹立ちまぎれに辞めて、大丈夫だろうか…

しかも相手は、たかだかピカチュー…

あんなコモノのために、夫の40年余りに渡る歴史を途絶えさせていいのか…

明るく振る舞ってはいるものの、内心は意気消沈している夫を見て

私は思うのだった。


このまま辞めるのであれば、仕方がない。

薄い味噌汁をすすり、漬物をおかずに不死身の義母を養って生きて行こう。

嫌だけど。

しかし、運命がこれを許すだろうか。

これまで何があっても、夫は必ず誰かのサポートによって生き残ってきたのだ。

夫は必ず会社に残る…私には確信があった。


残るとすれば、問題が。

だって、私がピカチューなら絶対言うもんね。

「てめぇ、吐いたツバ飲むんか」

男がこれを言われたら、ものすごく辛いと思う。

これをピカチューに言わせないためには

今後どう立ち回るかを考えておかなければならない。


しかし、それを考えるには

ピカチューが豹変した原因を究明しておく必要があった。

酔って突然、次男に電話をかけたのはなぜか。

煙たいはずの夫に「辞めろ」とまで言えた、その原動力は何なのか。

ピカチューの身に一体何が起きたのかを知らなければ、彼の次の行動が読めない。


次男からこの件を聞いた常務は、永井営業部長の報告を待って

近日中に必ず夫に連絡を取るはずだ。

その時、夫が冷静を欠いて、きちんとした受け答えをしなければ

非はピカチューにありながら、喧嘩両成敗になってしまう可能性がある。

もちろん常務は夫の味方ではあるが

ピカチューが前任の松木氏や藤村のように嘘八百を並べる恐れはゼロではない。

手術を控えた常務に1ミリの疑惑も残さないよう努め

安心してもらうためには、取り急ぎ夫と真実を共有し

善後策を話し合っておくに越したことは無いのだ。


ピカチューの粗野な言動が不可解なのは、夫が何かを隠しているから…

私にはそう思えた。

夫が隠すといったら、女のことしか無い。

アイジンガー・ゼットが、裏で何かやらかしているのは確実だ。

「ピカチューが突然変わったのと、アキバ産業は関係があるか」

私はこの一つだけを問い、女のことではない質問に安心した夫は

ピカチューがアキバ産業との共同仕入れを言い出し

自分が拒絶したことをしゃべった。

次男への電話も、夫に辞めろと言ったのも、これが原因だった。


ピカチューは自分の計画を却下した夫と

アキバ産業に近づかない方がいいと言う次男を恨んでいたのだ。

愚かな人間はうまくいかないことがあると

誰かを憎むことしかできないものである。


このことから私は、アイジンガー・ゼットが夫を見限り

ピカチューに乗り換えたと判断。

その瞬間には、心当たりがあった。

時は2月初旬、3年に1回の巡回監査があった日のこと。

おカミの天下り機関から人が来て、労働基準に違反してないか

タコメーターの管理はしっかりされているか

書類は正しく記入されているか

アルコールチェックはちゃんとやっているか、などを細かく調べるのだ。


この時、対応のために、本社から元経理部長のダイちゃんが来た。

彼は合併以来ずっとこの検査に立ち会って慣れているのもあるが

前の事務員、推定体重100キロ超のトトロから

今のアイジンガー・ゼットに代わって以来

何やかんやと理由をつけてしょっちゅう来るようになり

監査当日も朝から張り切ってやって来たそうだ。

アイジンガー・ゼットはお世辞にも美人とは言い難いが

愛人をやるぐらいだから、男あしらいがうまいのかもしれない。


やがて監査官が到着した時、ダイちゃんは夫に言った。

「ヒロシさんは、出て行ってくれる?」

そう言われれば、事務所の外へ出るしかない。

中には二人の監査官と、こちら側の立会人として

ダイちゃん、ピカチュー、そしてアイジンガー・ゼットが残った。


昼休みに帰って来るなり、このことを私に言ったぐらいだから

夫はかなりショックだったらしい。

監査は楽しい時間ではないが、今まではずっと立ち会ってきた。

それが今回はピカチューとアイジンガー・ゼットが残され

自分だけ追い出されたんだから、戦力外通告と同じだ。

こちらでは新米のピカチューと

錯覚とはいえ一時は自分のカノジョと思っていたアイジンガー・ゼットの前で

夫のプライドはズタズタになったのである。


ダイちゃんは、我々が彼の信仰する宗教への入信を断って以来

夫や息子たちに手厳しい。

彼はお気に入りのアイジンガー・ゼットの前で

夫に冷たく命令して見せたかったのだと思う。

初めての監査で緊張するピカチューにも、ええカッコがしたかったと思う。

社内での宗教勧誘が原因で左遷され

窓際になったダイちゃんが威張れる場といったら

事情を知らないアレらの前だけなのだ。


「面倒くさい監査から逃げられて、良かったじゃんか」

ダイちゃんの仕打ちに傷ついている夫を慰めたのはともかく

ピカチューが夫より上だと勘違いしたのも

アイジンガー・ゼットが夫を見限ってピカチューに乗り換えたのも

この時からと見て間違いない。

ピカチューとアイジンガー・ゼットがラブラブになったのも

ピカチューがアキバ産業へ出入りし始めたのも、同じ2ヶ月前なんだから

誰でもわかるというものだ。

アキバ社長とアイジンガー・ゼットは、この時を境にターゲットを変更したのである。


《続く》
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現場はいま…ピカチューの乱・3

2024年04月09日 11時12分03秒 | シリーズ・現場はいま…

家の前の桜も満開。


ピカチューの不可解な豹変は

夫が肝心なことを隠して説明しているから…

その肝心なこととは、私には口が裂けても言えない唯一の事柄…

すなわち女絡み…

女といえば事務員のノゾミ、通称アイジンガー・ゼット…

あいつが絡んでいるに違いない…

ここまでは確信した。


ピカチューの暴走を止めるには、夫が隠している事実を把握する必要がある。

今さら、夫の秘密を知りたいわけではない。

実はどうでもいい。

しかし事実を引き出して正しい判断をしなければ

夫は後悔したまま会社を去ることになる。

ピカチューの思い通りにはさせない。


会社の件に限らず、過去にこういうことは何度もあった。

肝心なことを言わずに

起きたこと、やられたことばかりを訴える夫に翻弄され

鼻息も荒く彼を守ろうとした若き日の私。

そのために恥もかいたし、敵も作った。

ずっと後になって、何も知らなかったのは自分だけだとわかり

情けない思いをしたものである。


それら数々の経験から、このようなとんでもない出来事の裏には

必ず別の真実が隠れていることを知った。

そして別の真実とは、思わず「へ?」と聞き返してしまうような

意外かつ軽薄な内容であることも知った。

その「へ?」を探してやろうではないか。


さて、どうやってしゃべらせるか。

夫婦の話し合いと言ったら聞こえはいいが、実際には尋問が始まった。

とはいえ、尋問はこれだけ。

「ピカチューが突然変わったのと、アキバ産業は関係があるか」

というもの。


すでにお話ししているが、アキバ産業とは

我が社の隣にある同業のライバル会社で、双方の先代から仲が悪かった。

義父の会社が倒産しそうになった時は債権者に混じり

無関係のアキバ産業の現社長もなぜか会社へ乗り込んで来たそうで

その場に夫と居合わせた長男は、社長のあの嬉しそうな顔を思い出すと

今でも腹が立つと言う。


ちなみにうちの事務員ノゾミ、通称アイジンガー・ゼットは

そのアキバ社長の愛人。

昨年の春、うちの情報欲しさに夫を騙して入社した経緯がある。

ヤツの名前を出すと夫が警戒して時間がかかるため

ここは広く、アキバ産業と言っておくのだ。


私の質問に、夫は少し考えてから言った。

「そういえば先週、アキバと共同で商品を仕入れたい…

いうて寝言を言いやがった」

「ほほぅ…」

「本社に提案する言うけん

ワシは絶対ダメじゃ、アキバと組むのは許さん言うた。

あれから不貞腐れとったかも」


はい、これで全容がわかりましたけん。

ピカチューが何度も言った「言うことを聞かない」とは

アキバ産業との共同仕入れを提案し、夫が突っぱねた件だったらしい。



2ヶ月ほど前から、ピカチューがアキバ産業に接近している話を

息子たちから聞くことがあった。

挨拶だの単価の話だのと理由をつけては、社長と頻繁に会っているという。

それについては、次男が何度も忠告した。

「アキバには、あんまり近づかん方がええよ」


10数年前、義父の会社が危なくなった時には

債権者と一緒に来て見物していたアキバ社長だが

数年前から、彼の会社は経営不振で銀行管理に陥っている。

銀行管理とは、その会社に事業資金を貸している銀行が

経営に介入することだ。


銀行がその面倒くさいことをやる目的は

会社の利益の中から、貸した金を一番に回収するためである。

借入金の額が多くなり、返済が滞り始めたので

回収不能になる危険性が高いからだ。


ひとたび銀行管理になると、宝くじに当たったり

画期的な商法を編み出すなど、よっぽどのラッキーが訪れなければ

その状態から抜け出すのは難しい。

抜け出せなければ、何もかも銀行に絞り取られ

まる裸になって倒産するのがお決まりのコース。

アキバ産業の台所事情は、かなり苦しいはずだ。


次男はそのことを踏まえ、無知なピカチューが

銀行管理になっている会社に出入りするのは営業上、危ないと思って止めていた。

落ち目の会社に近づいたらロクなことにならないのは

自分の家が落ち目だったので知っているからだ。


そしてそれ以上に本社は、銀行管理の会社…

つまり、いわく付きの相手と交流するのを嫌悪する。

次男はピカチューが怒られると思い、親切心で止めたのだが

ピカチューの方は

「自分の動きを封じようとしている」

そう受け止めて、次男に反感を持ち始めたと想像するのは容易だ。

それが3月29日の夕方にかかった、酔っ払い電話の真相。

気の小さいピカチューが、呑んだ勢いでやりそうなことである。



ではここに、アイジンガー・ゼットがどう絡んでいるのか。

ピカチューがアキバ産業へ頻繁に出入りしている話と同時に

息子たちから聞かされていたのは

2月あたりから、ピカチューとアイジンガー・ゼットが

仲良しラブラブになったという話だ。

「二人でどっか行くことがあるし、事務所でもベッタリでキモ!」


話を聞く限り、二人のラブラブが始まった時期と

ピカチューがアキバに近づいた時期は、ほぼ一致している。

これでわかるのは、アイジンガー・ゼットが夫を見限り

ターゲットをピカチューに変えたということである。


アキバ社長は50代半ば、その息子は20代後半。

息子は数年前、後継者として父親の会社に入った。

このまま銀行管理に甘んじていると、息子が継承するのは会社でなく

数億の大借金になってしまう。

人の親なら誰でも焦るはずだ。


そこで昨年、起死回生を目指し

アイジンガー・ゼットをうちの事務員として投入。

取引先や単価を把握して仕事の横取りを企て、売上げ増を目論んだが

うまくいかないまま、いたずらに月日は過ぎるばかり。


アキバ社長とアイジンガー・ゼットは、作戦を変更することにした。

夫ではラチがあかないので、何も知らないピカチューに乗り換えたのだ。

ピカチューは自分で営業をかけたつもりだろうが

実際にはアイジンガー・ゼットの御膳立てで

アキバ社長から酒の接待を受けたと思われる。


大酒飲みには酒が効く。

ピカチューほどの飲んだくれであれば

酒さえ飲ませたら何でも言うことを聞くようになる。

そして会社では毎日、アイジンガー・ゼットの優しい接待が…。

営業の経験が無く、今まで島で地味に生きて来たピカチューは気づいた。

「アキバと仲良くしたら、天国じゃん!」

こうして彼は、アキバ一味に取り込まれていったと考えて間違いない。


頃合いを見て、アキバ社長は本題に入る。

「お宅とうちが共同で商品を大量購入すれば

仕入れ値を安くたたけて、お互いに良いじゃないですか。

隣同士なんだから、仲良くしましょうよ」

手柄を立てて本社に認められたいピカチューはこの話に飛びつき

必ず実現すると約束した。


しかしアキバ社長の本当の目的は共同仕入れでなく、本社からの出資。

業務提携だの何だのと言って取り入り、契約を結んでしまえばこっちのもの。

本社の出資で銀行管理を脱出したあかつきには

隣のヒロシ社をどうにかして潰し、アキバが生き残るという甘〜い算段よ。

ピカチューも舐められたものだ。

しかしこれが、アキバ産業なのだ。

だから近づいてはいけないのである。

《続く》
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