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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…愛媛騒動・6

2025年04月14日 10時19分58秒 | シリーズ・現場はいま…
愛媛の初仕事から無事に帰って来た次男は

黒石君の口からピカチューの仕打ちが拡散されるのを

楽しみにしていた。

「ピカチューの仕打ちを言いふらしてやる!」

黒石君が自ら、そう宣言したからだ。


しかしそれより早く、翌日には納品先から連絡があった。

「納品先を新居浜工場から、松山空港へ変更してもらえないか。

工場と違って、空港はシートがいらないのでお互いに安全だから」

という内容。

彼らは粉塵よりも、シートを掛けて高速を走られる方が

よっぽど危険と認識したらしい。

ピカチューより彼らの方が、ずいぶん賢かったということだ。


何かあったら我々だけでなく

シートを望んだ彼らにも責任が及ぶのは常識である。

しかし紹介してくれた森本君の手前、断るわけにもいかず

お情けでシートのいらない納品先を当てがってくれたというのが

実際のところだと推測した。


新居浜より松山の方が、多少遠くなる。

けれどもダンプ乗りにとって、距離は関係ない。

鬼門だったシートがいらなくなったことに、社員一同は喜んだ。


翌週になり、松山へ行く日が来た。

初めての場所へ一番に行くのが好きな次男は

今回も率先して名乗りを上げている。

シートが不要になったので、まず彼が単独で行って味見をし

次回は別の運転手に目的地までの安全なルートや

空港特有の複雑な搬入手順を教えるため、助手席に乗って同行するのだ。

そしてその次は次男から教えられた運転手が、別の運転手に同行。

こうして順番にペアを組んで行けば、いずれは一周回って

全員が一人で行けるようになるというわけ。

「一人だから弁当がいい」と言うので、作った。


さて、商品を積み込んで、一路松山空港を目指した次男。

目的地の松山空港は、かの有名な道後温泉の方角なので

道が開けていてわかりやすいと思っていたら、そうじゃなかったらしい。

携帯のGoogleマップを頼りに走っていたが

途中で道に迷い、狭い道路に入ってしまった。

万事休す。


そんな非常事態のさなか、ピカチューから電話が。

「道がわからんかったら、ワシに聞いてええぞ」


というのも、ちょうどこの日から

うちのダンプたちにGPSが搭載されてしまった。

業界では何年も前から、車両にGPSを付けることが推奨されてきた。

これをダンプに付けたら、事務所に居ても画面を見れば

ダンプがどこに居るかがわかるのだ。

GPSを製造販売する会社は、そりゃ儲かるだろうよ。


このGPS、表向きはアクシデントの迅速な対応その他

業務を円滑に行うための装置ということになっている。

一方、運転手にとっては、おサボりを見張って自由と尊厳を奪う手錠。

そして事務所の椅子を温める怠け者にとっては、暇潰しのオモチャ。
 
つまりGPSは、それぞれの立場によって用途の変わる厄介な物体…

我々はそう思っているので、搭載を反対し続けてきた。

しかしいよいよ業界の常識になってきて 

本社グループ全体にも行き渡りつつあるため、ついに抵抗を諦めた経緯がある。


ともあれ暇にあかせて画面を眺め

次男がルートを探して迷走しているのを知ったピカチューは

嬉しげに電話をしてきたのだった。


「あんたに指図されんでも、ワシャどんなことをしてでも行く!

何もわからんのに、余計なことすな!」

キレる次男。

興味本位でGPSを覗き、助けを求めていないにもかかわらず

暇潰しに運転中の者へ電話をする…

これこそ、我々の懸念する事態であった。

GPSもけっこうだが、こんな非常識な人間が会社にいるんだから

事故の元じゃないか。


次男の剣幕にビビッたピカチュー、今度は例の事務員ノゾミに

電話をさせた。

「なかなか着かないみたいですね〜」

次男が困っているのが面白いのか、笑いながら言ったそうだ。

それがどんなに残酷な行為か、ヤツらは知らない。

よその会社はいざ知らず、うちにはこんなのがいるから

GPSには反対してきたのだ。


「やかましい!かけてくるな!」

次男は怒鳴って電話を切り、やがて無事に松山空港へ辿り着いた。

家に帰って来た時は、本当にホッとしたものだ。


「迷ったお陰で、一番安全なルートがわかった」

前向き発言をする次男だが

ピカチューとノゾミの行為には、今でも腹を立てている。

しかし新たな怒りのお陰で、シートの恨みは吹っ飛んだみたい。

良かったのか、悪かったのか。

以上、現場から中継でした。




うちの庭に立つ、しだれない枝垂れ桜。

今年はやる気が出たのか、ちょっと枝垂れています。

《完》
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現場はいま…愛媛騒動・5

2025年04月12日 13時26分56秒 | シリーズ・現場はいま…
翌朝、出勤した次男はピカチューに告げた。

「愛媛行きの前に念書を作るけん、サインしてもらえますか」

「念書?」

「シートが飛んで事故したら、保険が出んことは言いましたよね。

だから板野さん(ピカチューのこと)に

損害賠償を引き受けてもらう念書ですよ」

「えっ?」

「今日、司法書士の事務所へ行って

書類を作って来るんで、署名と印鑑よろしく」

「ま、待て、何でワシが…?」

「シートの命令責任があるけん」

「いや、シートは向こうが希望したんじゃし…」

「言いなりになったんですよね。

で、危険を承知で僕らにやらせようとしとる。

だから裁判で有効な念書が欲しいんですワ」

固まって黙り込むピカチュー。


「サイン、できんですか」

「…できんのぅ」

予測通りだ。


「じゃあ、事故の可能性が大きいのを知りながら

僕らに行けぇと言ったんですね?」

「……」

「危険がはっきりしたんで、こっちの意見を聞いてもらいます」

次男は打ち合わせ通り、シートの掛け方の指示を撤回することと

助手を付けることの二つを要求。

ピカチューは、即座に呑んだ。


予想を上回るビビりように気を良くした次男は

助手に付ける第三者を自ら指名。

うちから車で40分ほどの支店に勤務するアラフォー男子、黒石君だ。


彼は過去に、藤村の子分として暗躍していた。

藤村が夫や息子たちを追い払ったあかつきには

ヤツと一緒にうちの会社を運営する心づもりで

休日になると、うちの3tダンプにこっそり乗っては

運転の練習をしていたものである。


何でわざわざ、印象の良くない人物を指名するかって? 

本当にロクなのはいないから、誰でもいいのだ。

同じ誰でもいいなら、加齢臭漂う爺さんより

一日中、横に乗せても苦にならないパッパラパーの方がマシ。

さらにシート掛けの重労働に耐えられる、次男と同年代の若手で

手伝わせても心が痛まない人物という条件のもと

栄えある助手には黒石君が選ばれた。


永井営業部長の許可を得れば、他の支店から助手を借りる行為は

こちらでできる。

相手が大企業なので、彼はホイホイと許可してくれるだろう。

しかしそれでは、ピカチューの存在が隠れてしまう。

ピカチューが依頼する形で、黒石君を引っ張り出すことが肝心だ。


ついでに次男は自分と黒石君、二人分の昼食代を出せと

ピカチューに要求。

彼は、この要求もあっさり呑んだ。



こうして迎えた当日、黒石君は朝早く会社にやって来た。

ドライブ気分でルンルンの黒石君を助手席に乗せたら

まず商品を積みに出発だ。


到着したら積み込みの前に、ピカチューが買ったバカでかいシートを

ダンプの荷台全体に広げる作業が待っている。

次男が考えた安全策は、こうだ。

まずカラの荷台全体にシートをカーペットのように広げ

その上に商品を積み込む。

積み込みが終わったら、荷台の両側に垂れ下がっているシートの余りを

荷台の上から引っ張り上げて商品に被せ、上から包み込む。

そしてシートの耳を縫い合わせるように縛るというものだ。


この方法なら、シートの上に載せた約9tの商品が重石になるため

風圧で飛ぶアクシデントは避けられる。

ただし総重量40キロのシートで

風呂敷のように商品を包むのは大変な労力。

そのために助手が必要なのだった。


黒石君は早くもこの作業で、フラフラになった。

大型ダンプの荷台が3メートルあることなんて知らなかった彼は

ダンプに付いている数段のハシゴをつたって

荷台に乗り移ること自体、恐怖だったらしい。

その高い所に立つだけでなく、重たいシートを引っ張り上げる作業は

彼の心身のキャパを大きく超えていたようである。


ぐったりした黒石君を乗せ、次男は愛媛県新居浜までひた走った。

「ダンプをナメてました…」

道中、黒石君は何度もつぶやいたという。

「あんな高い所から落ちたら、◯にますよ。

こんなことをさせる板野さんは、おかしい」

「いっつもおかしいよ」

「マジ…?」


問題のシートは荷台でおとなしくしていたので

車は予定の午後1時より少し早めに到着、納品も無事に終わった。

シートを掛けて欲しいと希望した相手は

こんなに大掛かりになるとは思っていなかったらしい。

「粉塵防止の建前があるので、一応言いはしたけど

ここまでしなくてよかったのに。

何も知らなくて申し訳ないことをしました」

そう言ったそうだ。


さて納品が終わったら、再び荷台に上がって

シートを畳む作業が待っている。

また黒石君に手伝わせようとしたが、彼のダメージは大きく

気の毒に思った向こうの人たちも手伝ってくれたという。

帰り道は黒石君とサービスエリアで昼ご飯を食べ

二人はすっかり仲良くなって帰って来た。

《続く》
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現場はいま…愛媛騒動・4

2025年04月11日 16時45分09秒 | シリーズ・現場はいま…
シートの問題に文句を言うばっかりで

いっこうに解決策を見出せない息子たち。

ウチら夫婦の子なんだから、賢くないのはわかっているけど

このまま愚痴を言いながら

4月1日の初日を迎えるつもりだとしたら

あまりにも不甲斐ないではないか。


時は3月26日、早くしなければ間に合わない。

私は、依然としてピカチューとの交渉を続ける次男に

一発で事態が変わるであろう策を授けた。

「念書、巻けや」


「念書?」

次男は細い目を見開いて問い返す。

「Sさんとこへ行って

“シートが原因で起きた事故の全責任は、私個人が負います”

みたいな内容の書面を作ってもろうて

それにピカチューのサインと印鑑もらうんよ。

それ持って、またSさんとこへ行って公正証書にしてもらい」


Sさんというのは、町内の司法書士。

亡き義父とはライオンズクラブの仲間だったので

まんざら知らない人ではない。

ただの念書でも司法書士に持ち込めば

裁判で効力を発揮する公的な書類にしてくれる。

個人間で交わす念書の場合、3万円前後でやってくれるはずだ。

ところで私の言った“巻く”という言葉の意味は、その作業を指す。

あんまり上品な表現じゃないので、覚えなくて大丈夫。


「サインするかのぅ」

「安全に自信があるけん、あんたらを行かせようとしとるんじゃん。

サインできん、言うのは通らんで」

「そうか」

「サインをようせんかったら、危険を知っとることがはっきりする。

そしたら本社に抗議できるじゃろ」

「あんた、悪魔?」

「今知ったことか」


本社と合併したダンプ関連の会社は、後にも先にもうちだけだ。

つまり本社営業部は大型ダンプのことを知らず、知ろうともせず

軽トラの大きいのだと思い込んでいる。

だからルートを慎重に選ぶ必要があることや、積荷の負荷など

軽トラとは全く違う特性を無視して、妙な仕事を押し付けてきた。

他社が危険を理由に蹴った仕事をコジキのように拾っては

「獲った、獲った」と喜び、得意満面でうちに振って

危ない橋を渡ることを強制してきたのだ。


昼あんどんの藤村しかり、今のピカチューしかり

そのような仕事によって

我々が危険にさらされるのを待ち望んでいるのがありありとわかる。

私の提案した念書という手は

いざという時に使うつもりで何年も温めていた案だったが

そのいざという時が、来たと思ったのである。


藤村は国籍の違いから、漢字の読み書きが苦手なので

念書の内容を理解できるかどうかが不明だったのはともかく

こんな大袈裟なこと、誰だってやりたくない。

気に入らないことがあると、すぐ告訴だ裁判だと

やりもしないのに騒ぎ立てる人々を

むしろ冷ややかな目で眺めてきた私だ。

しかし能力的に理屈が通用しない相手となると

どこかでガツンと一発、叩いておかなければ自分たちの身は守れない。

仕事で念書が登場するなんて、とんでもない会社であることは確かだ。


余談になるが、本社の回し者、第1号だった松木氏だけは

職を転々としていた一時期、観光バスの運転手をした経験がある。

大型車を多少は知っていたので、話せばわかってくれた。

嘘つきで意地悪な人だったが、その点だけは長所だった。

その松木氏、2〜3年前から患っている肺癌により

休養と復帰を繰り返していたが、この3月で完全に退職した。


ともあれ念書を突きつけても

ピカチューがサインしないのはわかっている。

ただ、無知な男なのでビビるのは確実。

お得意の「ワシが、ワシが」が止まった隙に

こちらの要望を差し込む作戦だ。


「大事なのはここからよ。

“サインできんのなら、危険が証明されたことになるけん

こっちの要望も聞いて”と言いんさい。

念書を巻かれんで済むんなら、たいていの要求は呑むはずじゃ。

ほんで、こう言い。

“シートを掛けるのが嫌で、言うとるんじゃない。

どうしても掛けんといけんのなら、仕事じゃけん、やる。

でも掛け方は、こっちが妥協できるやり方をさせてもらう”」


そうなのだ。

ピカチューはシートを掛けるという危険行為だけでなく

掛け方にも、しろうと考えで指示を出していた。

走っていたら絶対に飛ぶ、一番危ないやり方である。


私は続けた。

「もう一つ。

“あのシートは一人じゃあ重た過ぎるけん、助手が欲しい”

と言いんさい。

あんたが抜けて愛媛に行ったら、他の運転手は手一杯じゃん。

よその支店から、誰か暇なのを回せって言うんよ」

「え〜?ロクなのおらんじゃん…」

「コトを大きくするための証人よ。

一日かけて愛媛まで付き合える人間いうたら

仕事はせんのに口数だけ多いと決まっとる。

行楽気分で、喜んで来るわいね。

そいつに手伝わして、しんどい体験をしてもろうたら

二度と行きたいとは言わんし、周りにも愚痴を言いまくる。

でも行くたびに助手がいるとなったら

みんな行きとうないけん、支店同士がなすり合いするようになる。

ピカチューの危険度が、自動的に拡散されるわ」


「わかった!明日、言う!」

久しぶりに見た、次男の笑顔だった。

《続く》
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現場はいま…愛媛騒動・3

2025年04月08日 08時18分56秒 | シリーズ・現場はいま…
ピカチューが愛媛の取引先と交わした幾つかの約束で

最も運転手を困らせたのは、シートの問題であった。

ダンプの積荷にシートを被せる危険性はお話ししたが

運転手が案じるのは、シートが原因で事故が起こった場合

ダンプに掛けている損害保険が出ないという事実だった。


風圧で荷台から飛んだシートは、車両からの落下物という扱いになる。

落下物は不可抗力ではなく、運転手個人の落ち度とみなされるため

保険は使えないのだ。

するとどうなるか。

損害額がいくらになろうと

落下させた運転手が個人で賠償責任を負うことになる。

つまり運転手が道路に物を落とし、それが事故に繋がったら

とりあえず逮捕、それから一生を棒に振る羽目になるというわけだ。


事故の程度によって金額が折り合えば

本社が賠償金を支払ってくれるかもしれないが

「ありがとう」で済むとは思えない。

会社に居づらくなるだろうし、莫大な返済が始まるかもしれず

いずれにしても人生が悪い方へ激変するのは明白である。


車両安全管理者の次男は、運転手を代表して

何度もピカチューの説得を試みた。

だが、舞い上がったピカチューは聞き入れない。

「もう、向こうと約束したんだから、シートを使うしかない」

とうそぶき、しまいには

「シートをかけるのが面倒くさいから反対するんだろう」

と決めつける始末。


困った次男は言った。

「向こうとの調整を僕にさせて。

ちゃんと話し合って、話をつけるけん」

しかし、本社肝入りの仕事を任せられている錯覚に酔うピカチューが

ウンと言うわけがない。

「ダメじゃダメじゃ!

この仕事はワシでないとできんのじゃ!」

立場を脅かされる危機感を覚えたピカチューは

うるさい次男を諦めさせようと

勝手にシートを発注して取り寄せてしまった。


運転する者の身になって考えることができない彼は

自分が農作業で使う軽トラのシートの親玉みたいなのを選んだが

届いたそれは異様に大きくて重たい。

例えるなら手土産用の風呂敷が必要な場面に

運動会のテントを使おうとするようなものだ。


問題のシートを計量したら、40キロあった。

次男が再三に渡って「飛ぶ、飛ぶ」と言うので、ピカチューにすれば

「じゃあ重たいシートを買えば飛ばないだろう」

と思ったらしい。

やはり彼の住む世界に、風圧は存在しないようだ。


問題は他にもあった。

ピカチューは、そのシートをダンプに縛りつけるロープも買ったが

洗濯物を干すような細い木綿製という心もとなさ。

「シートが高かったから、ロープは安いのにした」

経費の節約をした気になって、得意満面のピカチュー。


シートとロープを見て愕然とする社員を横目に

ピカチューは素知らぬ顔で続ける。

「上げ下ろしは重機ですればよかろう」

それを広げて商品に被せるのは人間なんだが

ピカチューの世界にはマッチョしかいないと思われる。


基本、自分以外はどうなってもかまわず、むしろ何かあって

どうかなるのを楽しみに待っている様子のピカチュー。

絶望した次男は、河野常務に言いつける手を考えた。


しかし常務が次男の話に「もっともだ」と納得し

ご丁寧にピカチューを止めてくれるかどうかは、わからない。

このようなことで病人の常務をわずらわせるのも悪いし

「一回、行ってみぃ」

もしもそう言われたら行くしかなくなるので

博打はしない方がいいという結論に達した。


万策ならぬ一策が尽きた次男は、転職まで考えるようになった。

夫にはこういう時こそ

ピカチューにガミガミ言ってもらいたいところだが

この問題が持ち上がった当初から、我関せずを通している。

口論になると、口の重たい夫に勝ち目が無いのもあったが

「どんなに無茶な命令でも、まず一回やらなければ反論ができない」

という彼の信条もあった。


本社と合併して14年が経つ。

我々が、何かやる前に反論したって

「やりたくないから、ケチをつけている」

としか思ってもらえない…

夫はこの14年で、そのことを思い知っているのだ。


私も連日、息子たちからシートの愚痴を聞かされてウンザリよ。

けれどもやはり、考えは夫と同じ。

何を言っても悪い方にしか受け取ってもらえないのは

継子道50有余年の私の方が身に染みている。


しかし夫と違うのは、この窮地の切り抜け方を知っている点。

だがらあえてあれこれ言わず、息子たちがどう対処するかを眺めていたが

アレらは文句を言うだけで、解決できそうにない。


3月も残り少なくなってきた。

愛媛の仕事が始まるのは4月1日なので、さすがに私も焦る。

一発目に愛媛へ行くのは次男と、すでに決まっていた。

危険な現場や初めての現場は他人でなく

ゴメンで済むうちの子を行かせると決めてある。

しかし無知なピカチューのせいで

大事な我が子をみすみす地獄へ突き落とすわけにはいかない。

そろそろ何か言うことにした。

《続く》
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現場はいま…愛媛騒動・2

2025年04月07日 08時40分27秒 | シリーズ・現場はいま…
会社の向かいにある大企業の工場長、森本君がくれた愛媛の仕事。

夫はピカチューを飛び越えて、永井部長に連絡した。


その電話の前に森本君と細かい打ち合わせをしたところ

週に1回か2回程度、1台が愛媛まで1往復する不定期の仕事で

利益薄どころか、ほぼ徒労とわかったので

夫としては森本君の誠意に応えたい一方

永井部長が断ってくれるかもしれないという淡い期待も生まれていた。

本社が断れば、森本君にはゴメンで済むからだ。


はたして永井部長の反応は、大喜びの大乗り気。

利益が見込めないのは、彼もさすがにわかっている。

けれども四国進出は一時期、本社の念願だった。

四国を制すると、大阪を始め関西への足がかりになるからだ。


そこで何年前だったか、愛媛県に四国営業所を開設し

現地の船主を関西進出の橋渡しとして雇った。

しかし、あの懐かしき昼あんどん藤村が

その海千山千の船主に騙され、大阪進出の白日夢を見せられて大損害を被る。

そうこうしていたらコロナが流行、県境を超えての移動ができなくなり

四国営業所は閉鎖された苦い過去がある。


言うなれば愛媛は、本社にとって負け戦の古戦場。

本社としては、リベンジしたいところだ。

しかも今回は大手企業が絡んでいる。

永井部長は利益よりも、取引実績を取った。


補足するが、彼らが大手企業を意識するのはなぜか。

建設業に携わる中小企業にとって

一部上場企業、特に財閥系の会社との取引はステイタスだからだ。

「どこそこと取引があります」

営業活動で相手にそれを言うと、ネームバリューがあるので信用されやすい。

また、その会社からの支払いで振り出される手形も魅力的だ。

例えるなら、ポケモンカードの強いやつをゲットするようなものなのである。


さて、夫から話を聞き、即座に仕事を受けると決めた永井部長は

夫の隣で鼻毛を抜くピカチューに電話をかけ、愛媛の納入先との調整を指示した。

結局ピカチューに話が行くんだから

最初から彼に言えばいいようなものだが、夫にしたら日頃の復讐らしい。


永井部長直々の命令に張り切ったピカチューは、社員一同に伝達。

「今度、◯◯社から愛媛の仕事が入った。

取引先が大手だから、皆、頑張るように」

皆はこの話を知っていたので、舞い上がっているのはピカチューだけ。

人がもらい、上からの指示で取り組むにもかかわらず

自分が獲った仕事のように威張る彼の姿を見て、ほくそ笑む夫。

「フフ、バ〜カで」

連絡の順番を変えた自分の措置に、満足していた。


しかしその喜びも束の間、ピカチューの暴走が始まった。

ダンプのことを何も知らないのと、初めて関わる大手の威厳にひるんだ彼は

全て向こうの言いなりになった。


相手もダンプのことは知らないので、最初に自分たちの要望を言う。

「粉塵(ふんじん)防止のために

商品をシートで覆って運搬してもらいたいのですが」

森本パパのように、爆発事故で◯人が出るような工場なので

その爆発を引き起こす一因となる粉塵は、彼らにとって目の敵だ。

小麦粉でさえ、舞い散ると爆発の危険性があるのだから

神経質になるのは当然である。

安全確保のため、粉塵防止のシートを被せて欲しいと望むのは

ごく常識的なことだ。


しかし、ダンプの積荷にシートを被せて走行するのは自◯行為。

この世には、風圧というものが存在するからである。


荷台にシートを被せたダンプが、高速を走ったらどうなるか。

ものすごい風圧によって、シートはまず吹き飛ぶ。

ええもう、どんなに頑丈なヒモで厳重に縛りつけようと

風圧の威力にはかなわない。

奇跡が起きない限り、シートは絶対に飛ぶ。

飛んだらどうなるか。

後続車、あるいはあらぬ方向へ飛んで行って、大惨事は必至である。


顧客の要望と、こちらの都合を丹念にすり合わせ

お互いに安全で納得できる取引に持ち込むのが調整というものだ。

しかしピカチューにその能力があるはずもなく

ただ相手の言いなりになることしかできない。


「構内で待機する時は、ダンプのエンジンを切ってください」

「はい、わかりました」

「納品は午後1時までにお願いします」

「はい、わかりました」

ピカチューは徹頭徹尾この調子で

ダンプを知らない相手が繰り出す夢のような要望を全て受け入れた。


待機中にエンジンを切るのは、そりゃ理想だ。

現に運輸業界では、地球温暖化防止や構内の安全を考慮し

待機中のエンジンカットが推奨されている。

しかしそれは、建前だ。

真夏はどうなる。

運転手が熱中症になってしまうではないか。


納品は午後1時までと言うが、それは無茶以外のなにものでもない。

朝はまず小一時間かかる施設へ行き、何十分かをかけて商品を積み込む。

積荷にシートをかけるとなると、さらに数十分。

その施設はしまなみ海道とは真逆の方向なので

今度は小一時間かけ、改めて尾道のしまなみ海道へ向かう。

渋滞が無く、全てがスムーズに行ったとしても

この時点ですでに11時を回っている。

残り2時間弱でしまなみ海道の橋を幾つか渡り終え

ローカル道路へ降りて数十キロ先の愛媛県は新居浜市まで到達するのは

まず不可能である。


早出をすれば解決する問題ではない。

積荷は公共施設で積み込むため、朝8時にならないと施設が開かない。

ピカチューが相手と交わした約束はことごとく

魔法でも使わなければ実現不能の内容であった。

《続く》
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現場はいま…愛媛騒動・1

2025年04月05日 14時10分22秒 | シリーズ・現場はいま…
「僕はもうじき定年で、嘱託になります。

肩書きが無くなると発言権も失うだろうから

この仕事が置き土産になると思います」

そう言って、とある仕事を振ってくれたのは

会社の向かいの工場に勤めている森本君。

そこは、東京に本社のある財閥系一部上場企業の地方工場。

そして彼は責任者だ。


夫が本社に拾われたことによって

義父の会社が倒産を免れた話は再三してきたが

森本君の勤める会社が取引先だったことも

本社がうちを救済してくれた理由の一つである。

財閥系一部上場企業という格式高い取引先は

当時、土建業から総合商社への転身を図っていた本社にとって

喉から手が出るほど欲しいものだったからだ。

ここを取引先に持っているからこそ、夫は67才になった今も

雇ってもらえていると言っても過言ではない。


森本君は高校生の時分から、四つ年上の夫と仲がいい。

伊達こきの彼らは洋服を買う店が同じだったことから

客同士として知り合ったが、彼のお姉さんが夫の同級生だとわかり

さらに親しくなった。

そして彼は、私と同じ高校の2年後輩。

歌のうまい同級生サヨちゃんの弟と同級生だったので

4人でおしゃべりしたことも何度かあった。


やがて森本君は向かいの会社に就職し、順調に昇進していった。

元々賢くて人当たりが良かったので、当然といえば当然だが

出世にあたって一番の後押しになったのは

彼の亡き父親だと認識している。

彼のお父さんも同じ会社に勤めていたが

中年期に工場で発生した事故により、亡くなったのだ。

功労者であり、尊い犠牲者の息子として

森本君の就職と昇進は約束されたようなもの。

昔はそんな風潮だった。


肩書きが上がって権限が増えてくると

森本君は何かと便宜を図ってくれるようになった。

義父の会社が倒産しかけ、本社との合併話が持ち上がった時も

影になり日向になり、多くのサポートをしてくれたものだ。


「ぜひとも本社との直取引を…」

財閥系一部上場企業が大好物の本社は、うちとの合併前も後も

森本君にさんざんアピールを繰り返したが、彼は首を縦に振らなかった。

「ヒロシさんを通してください」

そう言って我々のボスである河野常務すら、にべもなく跳ねつけ

彼の会社の仕事には夫が不可欠であることを強調。

その振る舞いは、夫の存在価値を高める援護射撃となり

「助けると言って近づいて、全部奪ったら切り捨てる」

という本社の方針をひっくり返した。


一番欲しい取引先を奪えないのだから

切り捨てるわけにいかないまま十数年が経ち

業界では乗っ取り屋と陰口をたたかれる本社に乗っ取られなかったのは

今やうちだけになった。

森本君という守護神がいたからだ。

その恩義は生涯、忘れられるものではない。


さて説明が長くなったが、その彼が“置き土産”と称して仕事を振ってくれた。

ありがたいことである。

が、問題は仕事の内容。

行き先は、愛媛県だ。

つまりものすごく遠いので、運転手は一日に一往復しかできないため

利益がほとんど無い。


こっちにいれば、別の取引先を何往復もして

日に何万円かの利益を上げることができるが

まる一日かけて四国へ渡るとなると

本来上がるはずの利益を捨てることになる。

利益だけを考えたら、気持ちは嬉しいけど、困ったな…というのが本音。


しかし商品の納入先も、やはり同じ企業の支社なので

考え方と対応の仕方によっては四国進出…

つまり取引拡大の可能性を含んだ大仕事になる。

森本君も、それを見込んで振ってくれたらしい。


ただ、発展の方向へ向かうのは、ものすごく大変だ。

何しろうちには、アホが服を着たピカチューがいる。

本社の営業部も、あの悪名高い永井営業部長を始めとする逆精鋭揃い。

それらと戦いながら、うまく動かすなんて夫には無理である。


森本君から話を聞いた夫は、愛媛の仕事を快諾した。

「森本がくれた仕事じゃけん、やるしかない」

夫はその夜、私にそう語った。


とりあえず夫がやるべきことは、本社サイドにこの話を伝えること。

地元業者とやる地元周辺の仕事であれば、こちらの単独でできるが

相手が大手、しかも県外となると種々の手続きや経費がかかるので

通常は事務所に居るピカチューに話し

彼から本社の営業部に伝える手順になっている。


しかし夫は横に座るピカチューを無視して、本社の永井部長に連絡した。

もはや夫とピカチューの仲は最悪で、口もきかない。

最初にピカチューの耳に入れたら

ヤツが自分が獲得した仕事だと勘違いして威張り散らすのは明白。

夫には、それが我慢できないのだ。

永井部長に言ってもロクなことになりそうもないが

夫にとっては、ピカチューよりマシらしい。

《続く》
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現場はいま…ゴーヤ騒動記・6

2024年06月06日 10時37分28秒 | シリーズ・現場はいま…

事務員のアイジンガー・ゼットが次男に話した内容から

ピカチューが河野常務に怒られたことを知った我々は

第二アキバ計画の終焉を知った。

アキバ一味には、もうちょっと頑張って欲しかった。

人を罠にはめるつもりなら、途中でうまくいかなかった場合に備えて

次の手を用意しておくのが悪人の常識ではないのか。

不甲斐ない奴らだ。

 

さて、常務に怒られたピカチューは急におとなしくなった。

相棒のアイジンガー・ゼットもバッチリ疑われていることだし

しばらくの間、静かにせねばなるまい。

 

そこで彼が思い出したのは、第一アキバ計画。

F工業を訪問してF社長に会い、F工業がやっているうちの仕事に

T興業も混ぜると伝える件だ。

F社長が承諾すれば、徐々にT興業の割合を増やしていき

最終的にはT興業に切り替える計画である。

 

常務に怒られてからさほど日をおかず、彼はF社長に連絡を取った。

F工業へ行くことは常務に止められたので、もちろん内緒だ。

今のうちにやりたいことをやっておかなければ

監視の目が厳しくなった場合、身動きが取れなくなる。

そのため、原点に戻って行動してみたと思われる。

 

原点に戻ると言えば聞こえはいいが

T興業と天秤にかけることでF社長を焦らせて

接待の酒をせしめるのが彼の目的であろう。

アキバ社長に覚えさせられた蜜の味を

F社長からもいただくつもりなのだ。

 

「明日ならいい」

F社長の承諾を得たので、ピカチューは電話をかけた翌日

いそいそと出かけて行った。

 

F工業の本社事務所へ行くには、片道1時間ほどかかる。

出かけたピカチューが帰って来たのは、3時間後。

夫は1時間ほど話ができたのかと思ったが、違っていた。

来客中ということで、1時間待たされたそうだ。

 

1時間後にF社長が現れ

名刺交換をして挨拶を済ませたら、面会は1分で終了。

ピカチューは何も言い出せず、すごすごと帰ったらしい。

F社長の方が10才ぐらい年下だが、貫禄負けしたと思われる。

すでに夫とピカチューは、ほとんど口をきかなくなっているが

この時ばかりはブツブツ言ったそうだ。

 

後で、F社長から次男に連絡があった。

「ギャンギャン言うちゃろう思よったけど

相手するのが馬鹿らしゅうなったけん、待たせたった」

だそう。

放置の刑…ギャンギャン言われるより厳しいかも。

以後のピカチューはますますおとなしくなり

今のところは静かな日々を過ごしている。

 

さて、常務に疑われたことを気にするアイジンガー・ゼットは

どうしているか。

お待たせしました…ここでタイトルにあるゴーヤの登場。

 

5月のある日、彼女は事務所の窓の外周りに

ゴーヤの苗を植えなすった。

まだ常務に疑われる前で、ピカチューともラブラブだった頃だ。

 

「植物のカーテンで事務所の光熱費を節約する」

それが彼女の主張。

公務員試験に受かったら、の話だが

彼女は理科の教員免許を持っているのだ。

何回受けても落ちるので、教師の道は諦めたらしく

事務所で理科を実践するらしい。

 

アイジンガー・ゼットは4本の苗と4個の大きな植木鉢

土に肥料にゴーヤのツルを這わせるネットなど

ゴーヤ栽培一式を買い込み、植えたという。

もちろん、それらの代金は会社の経費。

アイジンガー・ゼットにねだられたピカチューが

会社の小口現金から、出金を許可したのだった。

 

「塩まいて枯らしちゃるんじゃ!」

次男は息巻いている。

事務所を我が物のように扱うアイジンガー・ゼットのやり方に

怒りを覚えているのだ。

 

愛人体質の女って、こういうことをよくやる。

勤務先に私物を置いたり、趣味を押し付けたりで

自分の物のように振る舞うのだ。

動物本能の強い人間が無意識に行う一種のマーキングである。

自腹を切るならまだしも

人の金でやろうとするのもこの人種の特徴で

そのような習性が他者の不快を招く場合も、ままあることだ。

 

「およし」

私は次男に言った。

「何で?やっちゃあいけんの?」

不満そうな次男。

「いけん…塩は残る」

「……」

 

ええか?よう聞けよ?…

私は不思議そうな顔の次男に向け、ゆっくりと話すのだった。

「イタズラは、バレんようにするけん面白いんじゃ。

塩は白いのが残るけん、誰かがやったのはバレバレじゃん。

ブサイクなこと、したらいけん」

「じゃあ、どうしたらええん?」

「塩水」

「その手があったか!」

 

会社の前は海なので、海水ならたっぷりある…

しかし潮位によっては、汲みあげるのにバケツとロープが必要になる…

大げさなことをしたら人目につく可能性が高まるため

もっとコンパクトに行うのだ…

私はそう説明しつつ、台所にある食塩とカラのペットボトル

そして小さいペットボトルの口から

塩と水をスムーズに入れるためのジョウゴを渡す。

 

「あんた、ここまでタチ悪い人間じゃったんか…」

細い目を丸くして、呆然と私を見る次男。

「あんた、知らんかったんか」

「知らんかった」

「昔の子供は皆、こんなモンよ。

今どきの子供はイジメはよう知っとるが、イタズラは知らんけんね」

「そうなんか…」

「ささ、お水を入れてシェイク、シェイク」

二人で楽しく塩水作成だ。

 

「母さんは、いっつも人に意地悪したらいけんて言うじゃん。

何で今回は協力してくれるん?」

次男は私に問うた。

「昔から、会社に実の成る植物を植えたらいけん言われとるんよ。

商売人じゃない人は、それを知らん。

温暖化対策が流行って、窓にゴーヤ植える会社が増えたけど

たいてい売り上げ下がっとるか、無くなっとるはずじゃ」

「あ、そういえば…」

「光熱費が上がったら、節約もええかもしれんけど

家と会社は違うんじゃ。

それ以上の利益を上げてやる、いう気概を持たんと

会社は落ち目になるもんよ。

ゴーヤの世話するいうて、時間潰すし

そういうヤツは寒うなってグチャグチャになったのを

放っとくのもお決まり。

一旦枯れたら、ツルが硬うなって後始末が大変じゃけん

皆、見て見んフリよ。

あんた、ゴーヤがブラブラしとる会社見て、どう思う?」

「貧乏くさい思う。

それから、暇なんじゃの…て思う」

「じゃろ?

貧乏と暇は商売の敵じゃ。

そんな会社を誰が盛り立ててくれようか。

雇われとる身で、そういうことをやるのはいけん」

「ようわかった…行ってくるわ」

次男は濃い塩水の入ったペットボトルを握り

誰もいない会社へ行った。

 

翌朝、ゴーヤの苗は見事にしなびていたという。

しかしアイジンガー・ゼットは諦めない。

またゴーヤの苗を買って来て、同じ植木鉢に植えた。

が、塩水をたっぷり含んだ土では、やはり育つ前にしなびてしまう。

現在も彼女は、それを繰り返している。

もう4回目だ。

 

苗の代金がもったいないって?

なんの、我が子と一緒にやるイタズラの楽しさ

そしてゴーヤのお陰で色々教える機会を得た喜びは

プライスレス。

理科の先生なんだから、せいぜいお気張りやす。

あれ?そういえばずいぶん昔

夫と不倫した長男の副担任ジュンコも理科の教師だったわ。

何の因果かしらねぇ…フフ!

《完》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・5

2024年06月04日 10時11分39秒 | シリーズ・現場はいま…

B社へサンプルを持ち込む際、ピカチューが夫に同行を求めたら

それはアキバ産業とB社の仕掛けた罠…

そう判断した私は、ピカチューの予定に気をつけるよう

そして我が家の3人のうち、誰が誘われても絶対に行かないよう

夫と息子たちに言った。

君子じゃなくても、危うきには近寄らないに限る。

 

我々はまんじりともせず、ピカチューが動くのを待った…

と言いたいところだが、彼は翌朝、早くも動いた。

「B社へ行く時、一緒に来てもらえん?」

夫にそう言ったのだ。

わかりやす!

 

サンプルを使って試験をする際、重機が必要になる…

B社は重機は貸すけど人員はそっちで用意するよう言っているので

こちらがオペレーターをやることになる…

自分には難しいので、一緒に来て重機を操作して欲しい…

それが夫を誘う理由だった。

 

お誘いを受けた時の夫の対応は

みりこん家恒例の家族会議で打ち合わせ済み。

「ワシは行かん」

まず、即座に断る。

何で?何で?…ピカチューは執拗に問い続けるだろう。

そこで言うのだ。

「常務に行けと言われたら、行く」

 

常務がB社の話を知ったら、絶対にピカチューを止める。

今のところ止められてないということは

毎日、報告義務のある予定表にも

サンプル持ち込みの件を入力してないということである。

だから常務は何も知らない。

第二アキバ計画を成功させるために秘密にしているのか

それともB社の仕事獲得を自分一人の手柄にしたくて

ギリギリまで黙っているつもりなのかは謎だが、どうでもいい。

 

ところでB社に関わったら、なぜ常務に止められるのか。

うちとB社との因縁を、彼は身をもって知っているからだ。

 

常務とB社長は建設協会の役員同士という関係で

昔から懇意だった。

若かったB社長を気にかけ、何かと世話をしたのも常務だ。

やがて、うちが本社と合併すると、常務は自らB社に営業をかけた。

我々は無理だと言ったが、常務は

「B社長がワシを粗末に扱うはずが無い」

そう言って自信満々に乗り込んだものである。

 

が、うちの名前を出した途端、B社長は烈火のごとく怒り出し

けんもほろろに追い返した。

あまりの剣幕に驚いた常務は、夫から事情を聞いて納得。

可愛がってきたB社長が自分に牙をむいた不快もあり

以後、B社は存在しないものとして

完全無視の方針を取ってきたのだった。

 

 

さて、夫は打ち合わせ通りピカチューの誘いを断り続けた。

依然として誘うからには、B社のことを常務にまだ言ってない…

我々はそれを確認しながら日を送った。

 

そのうち、B社にサンプルを持ち込む前日が訪れた。

第二アキバ計画には、夫の参加が不可欠。

夫がのこのこB社へ行った既成事実が無ければ

彼がK商事の仕事を奪おうとした筋書きは成立しない。

アキバ社長にハッパをかけられたし、B社長も待っているし

ピカチューは何としても夫を連れて行かなければならないのだ。

 

その日もしつこく誘うピカチューに、夫は言った。

「シゲを連れて行け」

これ、我が家基準では賞賛に値する機転である。

夫にはシゲちゃんという手があったのだ。

3年前、夫の重機アシスタントとして雇ったものの

アシストするのは夫の方で、未だ一人前には遠いシゲちゃん。

彼にはこういう時こそ、役に立ってもらおうではないか。

 

そして当日、ピカチューは渋りながらも

シゲちゃんを連れてB社へ行った。

夫が行かないのだから、仕方がないではないか。

これでK商事の仕事を奪おうとしたのは

夫でなくピカチューということになるのだが

彼はそこまで気づけるタマではない。

 

知らない会社へ連れて行かれることになったシゲちゃんは

緊張していたが、いつになく頑張ったようで

つつがなく任務を終えた。

そしてB社はその日のうちに

「サンプルを使ってみたが合わなかった」

ということで、ピカチューに断ってきた。

B社長とアキバ社長は、さぞ失望したことだろう。

 

話は飛ぶようだが、その数日後

次男はアイジンガー・ゼットから相談を持ちかけられた。

「私、常務さんから疑われてるみたいなの。

私が板野さん(ピカチュー)を裏で操ってるって」

「何で」

「板野さんが常務さんに怒られて、そう言われたんだって」

「ほ〜ん…」

「常務さんに、違うって言ってくれないかな」

「ホンマのことじゃないん」

「私が?私はあの人たちとは無関係よ!」

「わしゃ知らん」

“あの人たちとは無関係”という発言で

すでにグルだと自白しているようなものだが

本人はお気づきでないご様子。

 

常務に怒られたピカチューは

アイジンガー・ゼットにそのままを伝えたのだ。

核心を突かれ、相当うろたえたと思われる。

恋愛経験の少ない爺さんは、罪深いものだ。

相手を危険にさらさないという大前提を知らないもんで

自分が危なくなると簡単に女を売る。

 

ともあれ、この“相談”でわかるのは

ピカチューがB社の件をとうとう常務に話したということ。

その内容は仕事のことではなく

夫の非協力的態度についての告げ口だったのは想像に容易い。

夫を連れて行かなかった不守備をアキバ社長とB社長に責められ

怒りのぶつけどころが無かったのだろう。

 

ピカチューは、夫の職務怠慢を告発するにあたり

B社にサンプルを持ち込むことになった経緯を

説明する必要が出てくる。

飛び込み営業で話をつけたと言っても

あのピカチューでは信じてはもらえないだろうから

アキバ産業の紹介だと正直に言うしかあるまい。

商売仇から怨恨の相手へのあり得ない紹介ルートを聞いた常務は

ピカチューが二社から踊らされていることを察知したのだ。

その流れで、中継役のアイジンガー・ゼットが浮上したと思われる。

 

とはいえ、常務が何らかの対処をするとは期待してない。

上に立つ者は難しいのだ。

ピカチューを配属させたのも、アイジンガー・ゼットの正社員登用も

最終的には常務の決済。

それをいちいち処分していたら、常務自身が人選能力を問われる。

ピカチューを所長代理に降格させたばかりだし

これ以上を望むのは贅沢というもの。

ただ、知ってくれているだけで満足だ。

この状況を楽しむ方が、我々にはお似合いである。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・4

2024年06月02日 16時55分01秒 | シリーズ・現場はいま…

事務所のホワイトボードにB社の文字があったと聞いて

アキバ産業の新たな陰謀を察知した私だった。

選挙の恨みで義父との取引を切っただけは飽き足らず

メインバンクに手を回し

義父の会社と取引をしないように命じたB社長と義父アツシは

もちろん絶交。

二人のオジさんは憎しみ合ったまま生涯を終え

父親の言い分しか聞いてないB氏の息子もまた

我々一家を憎み続けて現在に至っている。

 

そのB社にうちのサンプルを納入するとは

そのサンプルで試験的に製品を製造してみて

問題が無いようであれば価格交渉の上、うちから納品させる…

つまり継続的にうちの商品を買ってくれるということだ。

父親に背いた罪で我々を憎み続けたまま

社長を引き継いだ現在のB社長が、ウンと言うわけがない。

つまり、あり得ないことが起きようとしているのだ。

この不自然に、心は騒いだ。

 

「どのサンプルを持って行くか、調べるわ」

やはり尋常でない雰囲気を感じ取っている息子たちは、言った。

B社は、製造材料のほとんどをアキバ産業に納入させている。

それなのに、うちの商品サンプルを所望するとなると

アキバ産業の仕事がわずかでも減るということではないか。

アキバ社長は取引を継続するために

B社長のお古の車を買って乗るほど一連托生の子分に甘んじているのだ。

たとえ一種類だけの商品でも、みすみす譲るわけがない。

しかも宿敵の我が社へ。

あまりにもおかしい状況であった。

 

サンプルの商品名は、すぐに判明した。

午後になると事務所のホワイトボードに

ピカチューの字で商品名が書き添えてあったからだ。

「◯A◯!」

商品名を確認した次男は、ぶったまげたという。

 

「おおごとじゃ!」

早めに仕事が終わって帰宅した次男は、少々おどけて言った。

「◯A◯は、先月からK商事が納品しょうる!」

アキバ産業の兄社長にきついお灸をすえた、その筋の親玉

あのK商事のことである。

 

次男の話によると、この商品は特殊で

アキバ産業には仕入れのルートが無い。

よって、これだけは別の会社から仕入れていたそうだ。 

しかし価格交渉の決裂なのか

B社長が例によって忠誠心を試したくなり

何らかの要求をして断られたのかは不明なものの

とにかくB社はその会社を切り

先月、新たにK商事と契約を結んだという。

 

この話を教えてくれたのは、昔、アツシの会社に勤めていたO君。

転々と仕事を変えるうちに50代も半ばを過ぎて就職が難しくなり

泣く子も黙るK商事に拾われた彼は

今でも時々、次男と電話でおしゃべりをしているのだ。

 

隣の市内に住むO君は、住まいがB社に近いという理由により

問題の商品“◯A◯”をB社へ納入する専任要員として

K商事に雇われた。

そのために新車のダンプを買ってもらった…

O君は先月、嬉しそうに語っていたそうだ。

 

B社へ納品するためにダンプの新調までしたK商事を差し置いて

うちが同じ商品のサンプルを持ち込むということは

K商事の仕事を奪おうとしていると思われても仕方がない。

「ワシらの誰かが連れ去られるかもしれん」

息子たちは笑いながら、そう言って盛り上がっていた。

 

というのもアツシの会社だった頃は、K商事と取引があった。

我々夫婦も何度か、豪奢な事務所へお邪魔したことがある。

行きがかり上、まだ小さかった子供を連れて行ったこともあり

K商事の人々は優しくしてくれたが、普段うるさい子供たちは

妙におとなしくて行儀が良かった。

 

ついでに話せば、今の本社と合併話が持ち上がるのとほぼ同時期

親切なことにK商事も合併の話を持ちかけてくれた。

スリルとサスペンスに目をつぶり、開き直って染まれば

もしや我々は安泰だったかもしれない。

大手のK商事と手を組めば、アキバ産業と組むT興業や

町内の同業者で企業舎弟のC産業よりも

そっちの世界ではずっと格上になるため、楽ちんだと思う。

しかし緊張感は必要になる。

あの夫や息子たちが粗相をしない保証は無いため

丁重に辞退した経緯があった。

 

ともあれピカチューとB社が繋がったところへ

K商事が絡むとなると、コトの次第を早めに見極め

対処を考えなければ。

そのためには慎重に行きたいところだが、結論は一瞬で出た。

考えつくのは、一つしか無いからだ。

 

その考えによると、B社長はK商事と取引を始めたことを後悔している。

離れた市外にあるK商事の素性を知らないまま、契約したのだろう。

アキバ社長はそれを知って止めたが、もう遅い。

冷徹と評判のB社長でも自分から切ることはできず

取引相手に色々と要求して忠誠を誓わせるどころか、逆になりそう。

 

子分のアキバ社長は、親分のお役に立つために考えた。

そして、この名案に行き着く。

「そうだ!隣のヒロシ社とK商事を戦わせよう!」

彼は、うちとK商事の古い付き合いを知らないようだ。

 

その内容とは、K商事が納入している商品をうちが狙い

B社にサンプルを持ち込んだことにする。

獲得したばかりの仕事を奪われそうになったK商事は当然、怒る。

チャラリ〜♩抗争勃発。

夫は、アキバ兄のように連れ去られるという算段。

 

これが大ごとになれば、B社がK商事を切るもっともな理由になる。

しかし、大ごとにならなくても大丈夫。

B社長は「何も知らなかった」と言ってピカチューと夫のせいにし

今まで通りK商事と取引を続ければ、無かったことと同じだ。

むしろシロウトよりも義理を立てるK商事は

何事も無ければ良い取引先である。

 

そして夫は、アキバ兄のように使い物にならなくなって会社を去り

残るはアキバの傀儡に成り下がったピカチュー。

こうなりゃ、彼らの思い通りだ。

自分の手を汚さず、人を操って目的を遂げるという

アキバ社長の思考回路はわかっている。

 

以上のことを帰って来た夫に話したら

フフ…と笑っていたのはさておき

この仮説が事実だと証明する方法が、一つだけある

B社にサンプルを持って行く時

ピカチューが夫に同行を求めるか否かだ。

彼が一人で行けば、我々の杞憂。

普段、一緒に行動しない夫に何らかの理由をつけて

B社へ連れて行こうとすればビンゴである。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・3

2024年05月30日 10時25分07秒 | シリーズ・現場はいま…

兄社長が使い物にならなくなったため

急きょ新社長に就任した現在のアキバ社長。

後になって、わざわざ反社系のT興業と組んだのは

当時の恐怖体験が作用しているのかもしれない。

すでに目をつけられてしまった身の上としては

仕事をする限り、終生小さくなって暮らすか

または、いっそのこと別の反社に近づいて

御守り代わりになってもらいつつ

似たような振る舞いで横柄に暮らすか。

この二つしか方法は無いのである。

 

御守り代わりとは、危険防止のアイテムという意味。

あの世界の方々には複雑な人間関係が存在していて

以前、同じ職場?にいた人たちが、あちこちに散らばって起業?し

本店と支店のような関係を築いているものだ。

その関係性を熟知する人物が近くにいれば

何かある前に予防できたり

何かあっても上の者同士で話をつけられる場合があるので

危険を回避できる可能性が高まるというわけ。

 

さて、仕事を増やしたいのは山々だが

F工業を敵に回したら、もしかして自分の会社が危ないかも…

それを悟ったT興業がピカチューを止めたので

アキバ計画は頓挫したかに見えた。

F工業の訪問を河野常務に止められたこともあって

ピカチューもおとなしくなり、静かな日が1週間ほど続いた。

 

けれどもその静けさは、次なるアキバ計画の前触れに過ぎなかった。

アキバ計画には、第二弾があったのだ。

「ピカチューが事務所のホワイトボードに

“B社サンプル持ち込み”いうて書いとる」

ある日、次男が私に言い、続いて帰宅した長男も同じことを言った。

 

B社…その社名が我が社の予定表に記されることは

絶対に無いはずだった。

しかもサンプル持ち込みとは、こちらの商品をB社に持って行き

品質を確認してもらうこと。

つまり、うちとB社が一緒に仕事をする可能性を示している。

息子たちはこれに違和感を感じた様子で、私も同じ気持ちだった。

 

B社のことは何年か前

『行いと運命』という記事で触れたことがある。

亡き義父アツシとB社の先代社長、B氏は若い頃からの友人だ。

 

やがて、それぞれが起業。

アツシはB社から、仕事をもらうようになった。

多くの土地を所有していたB氏は

バブル期の土地高騰をうまく利用して会社を急成長させ

アツシにとってB社は、メインの取引先となった。

その縁で、B夫妻は我々夫婦が結婚した時の媒酌人を務めた。

 

しかしやがて、ある選挙が二人を分つ。

一騎打ちの選挙でアツシは前回と同じ現職を

B氏は新人を支援することになったのだ。

仕事をあげているんだから…という理由で

B氏はアツシに寝返りを要請。

しかしアツシは頑固に拒否。

選挙結果は、B氏の支援する新人候補が勝った。

 

その翌朝、アツシはB社に呼ばれて取引停止を言い渡された。

B氏の言うことを聞かなかった報復である。

アツシの会社を切っても、B社は困らなかった。

取引停止になったその日、次の業者が納品を開始したからだ。

その業者というのが、隣のアキバ産業。

B社とアキバ産業は水面下で手を組み、選挙期間中には

すでにアツシを切る準備が整っていたのである。

 

両親はB氏の傲慢とアキバ産業のずるさを憎んだが

私はアキバ産業の方がアツシより賢かっただけだと思った。

メインの取引先を失ったのは、選挙バカのアツシの自業自得だ…。

 

しかし、アツシに成り代わって

B社と親密になったアキバ産業のその後を見るにつけ

あの選挙はB氏と決別する良い機会だったと考えを改めた。

なぜって、B氏が通勤に使う車が古くなると

相場よりかなり高い現金でアキバ産業に買い取らせ

自分は新車を買う。

そしてB氏に買わされたお古の車は、アキバの先代社長が乗るのだ。

それがB氏の求める忠誠の証であり、お小遣いであった。

 

選挙が無ければ、そのうちアツシも

B氏のお古を高く買い取って乗ることを強要されただろう。

彼の性格からして、即座に拒否するのは間違いない。

いくら仕事をもらっているからといって

高いお金を出して人の中古車を買い、それに乗るのは私だって嫌だ。

遅かれ早かれ、アツシとB氏は決別する運命だったように思う。

 

やがてB氏もアキバの先代も亡くなり

会社はそれぞれの子供に引き継がれた。

B社は私と同年代の息子が社長に就任したが

父親に倣って今のアキバ社長に同じことを強要している。

 

が、誰だって中古車に、相場より高い現金を出すのは惜しい。

会社が落ち目になってからは、死活問題だ。

そこでアキバ社長は考えた。

「別の誰かに同じことをすれば

B社長に払う現金が用意できるじゃないか」

 

人間、切羽詰まると名案が浮かぶものである。

彼がターゲットに選んだのは、スギヤマ工業の専務。

弟分ということで、B社長がアキバ社長に売りつけた古い車を

やはり相場より高い現金で買い取らせ、乗らせるのだ。

魂を売った彼らには、自分の好きな車に乗る権利さえ無い。

 

ちなみにスギヤマ工業の専務は

うちの事務員アイジンガー・ゼットの亭主。

アキバ社長もスギヤマ専務も、嬉しげにB氏のお古に乗っている。

ついでに話すと、次男がわずか1年の新婚生活を送ったアパートは

アイジンガー・ゼット夫婦の近所だと聞いていた。

次男は離婚後もそのアパートで寝起きしているが

先日、用事でそこを訪れる機会があった。

 

すると、車1台がやっと通れる道路を挟んだ真向かいに

古ぼけた平屋があり、駐車場には見覚えのある古いジープが。

次男のアパートとアイジンガー・ゼットが住んでいる

アキバ産業の社宅は本当にお向かいだったのね。

そしてその平屋は、アキバ産業が本社事務所として使用している

古い建物の裏庭にあった。

本当にアキバ産業と仲良しなのね。

 

ともあれ第二アキバ計画の開始を感知した私は

取り急ぎ、その全容究明に取りかかるのだった。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・2

2024年05月28日 13時58分23秒 | シリーズ・現場はいま…

ピカチューを使ってF工業を排除し

代わりにT興業のダンプをうちへ入れる…

T興業は持ち前のコワモテを発揮して社内を揉ませ

夫や息子たちを始めとする社員を一掃、ジワジワと会社を衰退させる…

やがて、うちは消滅、アキバ産業が本社の子会社に成り代わり

T興業も安泰…

これが、アキバ計画である。

この業界で、切羽詰まっている者が考えることは皆同じなのだ。

自力での解決が困難となれば、諦めて倒産するか

あるや無しやの仁義を捨てて、誰かの食いぶちを奪うしか道は無い。

 

厳密に言えば、我々のように大手と合併する手段もあるが

これは自分から売り込んでどうにかできるものではない。

向こうが言い出してくれて初めて実現するので、レアケースだろう。

本社の物好きと河野常務の憐れみ深さによって合併に至ったが

今や競合他社が成り代わりたがる道を

十年以上前に選択した自分の判断に満足している。

 

だからアキバ計画を知っても、腹は立たない。

以前の我々と同じように大変だろうから、同情すらする。

ただ、アキバ社長は、いつも誰かとグルになる。

50も半ばを過ぎたというのに、未だに一人で勝負できないんだなぁ…

などと、若い頃から見知っている整った風貌の彼を

おぼろげに思い浮かべる程度である。

 

ともあれ、ピカチューがF工業に会うのを止めたT興業の判断は

正しかったと思う。

それは、平和のためではない。

ピカチューがF社長と会っていたら、T興業は危なかった。

 

ピカチューがアポを取りたがっている…

このことを次男から聞いたF社長は、瞬時にアキバ計画を見抜いた。

ピカチューと喧嘩した夫が辞めると言って帰った後

彼が夫の机を片付けていた…

あの“机事件”に怒り心頭のF社長だったが

その時、次男には、こうも言っていたのだ。

「うちを切ってT興業を入れるんなら、M物産の仕事、取っちゃろ」

 

M物産とは、F工業とT興業の中間に位置する大手の会社。

つまりT興業にも近いが、F工業にも近い場所にある。

そしてT興業にとってM物産は、最大の取引先。

T興業のT社長はアキバ社長と仲良しではあるものの

仕事の方はM物産がメインである。

大口で美味しい仕事なので、まずそっちを優先し

M物産から呼ばれずに余った1台か、たまに2台を

アキバ産業へ行かせているのだ。

 

太客が一本だけというのは、経営者にとって非常に怖い。

向こうの都合や気まぐれで切られたら、会社は一巻の終わりだからだ。

確実な顧客を増やしたいT興業がアキバ計画に乗るのは

当然といえば当然である。

 

その、T興業にとって命綱であるM物産の仕事を

F社長は奪うと言っているのだ。

だって今回の場合、うちへ入っているF工業の仕事を

先に取ろうとしたのはT興業。

ここで我々の業界の掟、「取ったら取り返していい」がまかり通る。

F工業にも近く、大口で美味しい仕事を振ってくれるM物産は

ぜひとも欲しいところだ。

 

F工業にとってのアキバ計画は

「うちの仕事を奪うなんざ、とんでもないヤツだ!プンプン!」

と怒って終わることではない。

M物産の仕事を正々堂々と奪える、絶好の理由になる。

そのために、うちの仕事を先にT興業に奪わせる手も

あるということだ。

 

F工業が去ってT興業が入って来たら

厄介なことになる恐れはあるものの、その期間は短いだろう。

M物産の仕事を奪われたT興業は早晩

二度目の倒産を迎えることになるからである。

 

我々の業界では、たまにこの手が使われる。

目の前にエサをぶら下げて、相手が食いつくのを待ち

エサが取られたら、報復と称して相手のエサを取るという高度な手口だ。

今回のエサは、うちということになるけど

たいしたエサでもなし、F社長の役に立つなら全然かまわない。

信頼し合う同志と仕事ができるのは

変な輩から変な計画を立てられたり、足をすくわれたりの不快を

大きく超越する喜びである。

 

エサをぶら下げて先に取らせ、報復に出る手口は

20年近く前、我々も見たことがある。

この手に引っかかったのは、他でもないアキバ産業だ。

 

当時の社長は今の社長のお兄さんで

次男の現社長は専務だった時代である。

亡き父親の後を継いで社長に就任したばかりの兄社長は張り切り

あちこちに顔を出しては、単価を下げて取引を持ちかけるという

アキバのお家芸を炸裂させていた。

 

常々申し上げているように

我々の業界にはカタギとクロウトが混在する。

この世界で生きていくならば、まず業界の歴史を学び

違いを見分ける選球眼を養うことが不可欠だ。

しかし兄社長は、チャレンジャーであった。

どこの取引先であろうと分け隔てなく、果敢にアタック。

その噂は、危険な行為として業界に広まっていた。

 

やがて兄社長のチャレンジ精神は

絶対に誰も手を出さない聖域にも及んだ。

同業者では県内で一、二を争う大手、かつ“その筋”の親玉として

戦後の復興時から業界に君臨してきた会社、K商事である。

お兄さん社長は、このK商事の取引先であるD総業へ行き

「K商事より単価を下げるので、うちと付き合って欲しい」

と申し込んだのだ。

 

するとD総業は、いとも簡単にOKした。

喜んだ兄社長は後日、契約を詰めるために再びD総業を訪問。

その時には、K商事のスリリングな方々が多勢でお待ちだった。

そう、D総業は最初から乗り換える気など無かった。

見境いの無いアホがいるということで

K商事と共に兄社長をからかったのである。

 

K商事の縄張りを荒らした兄社長はスリリングな方々に連れ去られ

スリルを味わったそうだ。

以後、兄社長はちょっとおかしくなってしまい

弟が社長を交代して現在に至っている。

《続く》

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現場はいま…ゴーヤ騒動記・1

2024年05月26日 16時37分04秒 | シリーズ・現場はいま…

我々のお目付役、ピカチューが

F工業のF社長とゴールデン・ウィーク明けに会う…

このことは前回のシリーズでお話しした。

 

改めてご説明するが、彼は隣の商売仇、アキバ産業と癒着している。

そこで、うちと一緒に仕事をするF工業との契約を切り

アキバ産業と仲良しの反社系会社

T興業を招き入れるための準備として、F社長と面談したがっていた。

酒好きの彼は契約を切る前に

F工業とT興業を天秤にかけるそぶりを見せ

F社長から酒の接待を受けるつもりでいた。

 

彼に契約を切ったり結んだり

天秤にかけて接待をさせる権限があるのか…

そう問われれば、無い。

所長から所長代理に降格した現在は、ますます無い。

しかし彼は、あると思い込んでいる。

隣とT興業、そしてうちの事務員アイジンガー・ゼットにそそのかされ

すっかり勘違いしているのだった。

 

ピカチューは連休明けの5月7日、F社長に電話をして

会う日を決めるはずだった。

しかし結論から言うと、彼がF社長に電話をかけることは無く

当然ながら二人の面会も泡と消えた。

うちの夫を辞めさせようとした件で腹を立てているF社長が

ピカチューと会ったら面白いことになると思っていたが、残念である。

期待してくださった皆様、すみませんでした。

 

さて、F社長とピカチューの面会が立ち消えた理由は二つある。

一つは、河野常務に止められたから。

 

松木氏に始まり、藤村、ピカチュー…

本社から回された歴代のお目付役は

毎日のスケジュールを入力する義務がある。

それを本社に居る河野常務がチェックするのだが

彼らお目付役は、このスケジュール入力作業が苦手。

何もわからなくて一日中ブラブラするしかないのに

毎日、何かをやるフリをしなければならないのだから

いくら嘘つきとはいえ、さすがにつらい。

しかもいい加減なことを書くと、ガンガン追求される。

彼らは、それを心底恐れていた。

 

肝の小さい者なら誰でも、この恐怖から逃れたい。

常務の叱咤は、それほど厳しいものらしい。

我ら一家は義父アツシの怒号に慣れているため

常務が優しく感じられるが、この環境が初めての者は

頭がおかしくなる級の恐ろしさのようだ。

 

そのおかしくなった頭で、やがて考えつくのは

夫を追い出して成り代わること。

子会社の責任者である夫に、スケジュールの報告義務は無い。

本社直轄の営業所長と、子会社のトップを兼任すれば

何となく忙しそうな雰囲気になり

報告義務から解放されると思うらしい。

 

夫が本社からスケジュール管理をされてないのは

取引先の管理と入荷出荷の調整を行いながら

ダンプ輸送にまつわる各種の管理をこなしつつ

重機での積込み作業をしているから。

一日中、用事があるのは明らかなため

わざわざ報告するまでもないというわけ。

 

しかし彼らには、それがわかってない。

長年の経験と勘だけで仕事をこなす夫が悠長に見え

恐怖から逃れたい一心で、夫の排除に血道を上げるようになる。

彼らお目付役がおかしくなるのには

この恐怖心も大いに影響しているのだ。

 

7日の朝も、“恐怖”が発動した。

河野常務から、ピカチューに着信だ。

「おまえ、今日の仕事は電話1本だけか!」

“F工業、F社長に電話でアポ”

ピカチューは事務所のホワイトボードに書き込んだように

スケジュール報告にも同じことを入力したらしい。

 

「F工業に何の用事ね」

「挨拶に…」

「何の挨拶ね」

「社長に挨拶がまだだったので…」

「はあ?1年も経ってからや」

「はい…向こうの都合が合えば今日、行くつもりで…」

「行かんでええ。

ガソリンと時間の無駄じゃ」

 

こうしてF工業訪問は泡と消えた。

「で、今日は何するんね」

その後、ピカチューが常務がらネチネチと突っ込まれたのは

言うまでもない。

 

F社長との面会が未遂に終わったもう一つの理由…

それはF工業を切ってT興業をうちへ入れるアキバ計画に

肝心のT興業が、待ったをかけたことである。

 

我々ギャラリーとしては

鳶(とび)職由来の伝統的任侠系、F工業と

背後が反社系組織のT興業との対決を見たいところだが

現実はもっと地味。

これはひとえに、両社の規模の違いなのだ。

かたや多角経営のかたわらダンプ数十台を所有し

県の内外に幅広い顧客を持つF工業。

かたや計画的とはいえ、一度倒産した過去を持ち

数台のダンプで細々と営業するT興業とでは

社会的信用や資金力に大きな差がある。

 

F工業を切ってT興業を入れると言ったら柔らかく聞こえるが

我々の業界でそれは、T興業がF工業に喧嘩を売るということだ。

実際に仕事を盗った盗られたに至らずとも

ピカチューがF社長と会って本題に触れた瞬間から

両社は敵同士になる。

天秤にかけられたF工業は、絶対にT興業を許さない。

業界の体面上、許してはならないのだ。

それがこの業界のワイルドな所である。

 

よその仕事を盗ろうとした時から

仕返しも邪魔もOKの長い戦いが始まり

何だかんだ言っても最終的には資金力のある方が勝って

弱い方が潰されるものだ。

仲間と夢を語っているうちは良くても

いざ実行に移すとなると、T興業がひるむのも無理は無かった。

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・11

2024年05月04日 16時50分03秒 | シリーズ・現場はいま…

酔ったピカチューが、次男に電話をかけてから約1ヶ月。

当事者の次男はもとより

長男も、父親と弟が受けた仕打ちに怒り狂っていたが

第三者のF社長が介入したことによって落ち着いた。

 

私も悟っているわけではないが

彼らは私以上に、まだ人間がわかってないため

狂った凡人がいかに厄介な存在かを知らない。

ピカチューの狂気を正面から受け止め

彼らが暴言や暴力に及ぶと損なので

その兆候が無くなったことにホッとしている。

 

同時に私の持論、“共通の敵は結束を深める”に沿って

兄弟二人が団結するようになったのは非常にありがたい。

会社のことはどうにかなるが、兄弟仲だけは

親が何を言おうとどうにもならないので

むしろピカチューに礼を言いたいくらいだ。

 

夫は感情を口に出さないので、怒りの度合いがわからない。

だから先日、たずねてみた。

「松木氏と藤村とピカチューの中で、一番厄介なのは誰?」

夫は間髪入れず断言した。

「ピカチュー」

だとよ。

 

松木氏と藤村は夫とあまり口をきかず

自分の思い通りにやって自分でコケていた。

しかしピカチューは、どんな小さなことにも食いつき

根掘り葉掘り聞きたがる。

それがアキバ社長の命令であることは察しがついているが

しつこくて鬱陶しいそうだ。

 

そんな彼を夫は、「どちて坊や」と呼んでいる。

どちて坊やとは、一休さんのアニメに登場したキャラクター。

何でも「どちて?どちて?」と大人につきまとって聞きたがる

鬱陶しい幼児である。

 

 

こうしてピカチューの乱は、我々の中では終わろうとしている。

また面白い動きがあればご報告することにして

思い返せば夫を排除して自分が成り代わろうとした者は

松木氏や藤村、ピカチューだけではない。

トップバッターは、夫の姉カンジワ・ルイーゼだ。

 

彼女の野望はただ一つ、父親の後を継ぐ女社長。

シチュエーションは違えど告げ口、罠、嘘など

松木氏、藤村、ピカチューとそっくりなやり口は

義父の会社が危なくなるまで30年近く続いた。

 

暗黒の30年は、長かった。

それに比べれば松木氏、藤村、ピカチューのトリオなんて

どうってことない。

身内より他人の方が気楽だ。

家じゃ顔を合わせなくて済むし、夫も彼らもトシなので先が見えている。

 

そして夫とルイーゼの争いは血を分けた姉弟ゆえの

どうしようもない問題と思っていたが

他人でも同じだったとわかり、気が楽になった。

自分が座りたい椅子に何の努力もしないで座る夫が

目障りになるという、単純明快な話だったのだ。

 

ルイーゼに始まり、松木氏、藤村、再び松木氏

そしてピカチューと、4人のリレーはほぼ途切れることが無かった。

どうしてこうも次々と、夫を邪魔にする人間が現れるのか。

そういう人を4人見てきた私には

人の野心を刺激する素質が夫にあるとしか思えない。

誰でも持っている欲が、夫に近づくことで刺激され

そこに暇が加わると、野心が一気に開花するのではなかろうか。

 

だって夫を見ていると、「これじゃあな…」と思うことが満載。

はっきり言えば“落ち度の帝王”、それが彼である。

趣味のバドミントンで出会ったブサイクに騙され

事務員として会社に入れたら商売仇の愛人だったところなど

落ち度の帝王ぶりを象徴しているではないか。

のほほんとしている夫を見ていたら

簡単に交代できるような気がするだろうし

むしろ自分が交代した方がいいんじゃないかと

思ってしまうのだろう。

 

しかし、夫と交代したい人々を観察した場合

「こいつでは絶対無理」と断言できるのも事実。

夫が陰で、それほど高度な仕事をしているというわけではない。

創業者直系の男子でなければ、業界で相手にされない…

それだけ。

その身の上に甘える落ち度の帝王と

業界の掟を覆したい身の程知らず…

この二者によって、会社のゴタゴタは織りなされていくのである。

 

ところでF社長との面会を連休明けに控え

上機嫌だったピカチュー。

自分とこの裏山で採れたタケノコを何本か持って来て

得意げだったという。

運転手のヒロミとアイジンガー・ゼットが持ち帰ったそうだが

現物を見た息子たちに言わせると

「あれはタケノコじゃなくて、竹!」

だそう。

 

ピカチューがくれるといったら、そんなものだ。

昨年の着任直後、自分の作っている米を買って欲しいと言い出したが

誰も買わなかったので、気の毒になった次男が30キロ買った。

自分が米を買うことで、新しく来たピカチューとのコミュニケーションが

円滑になれば、と思ったのだ。

 

翌日、ピカチューは米と一緒に

お礼だと言って玉ねぎを5個、持って来た。

可愛いとこ、あるじゃん…と思ったのも束の間

ポリ袋に入れられた玉ねぎは、5個全部が腐っていて異臭を放った。

米は不味かった。

 

うがった考えの好きな私は、思うのだ。

ちょっと親切にしてやると、それを逆手に取る人間がいる。

自分の言うことをきく子分だと思ってしまう、危ないヤツだ。

ピカチューは、その人種だったのかもしれないと。

 

そのピカチュー、5月に入ってから急に元気が無くなったらしい。

94才のお母さんが◯にそうなんだって。

「心臓が弱っているので

いつでも連絡が取れるようにしておいてください」

病院からそう言われたと、涙目で夫に話したそう。

敵に泣き言を言う、それもピカチューなのだ。

 

「94才なら、もうええじゃないか」

夫は答えたそうだが、ここで私の指導が入る。

「“そういう話は事務員か隣に聞いてもらえ”

って、ついでに言うんよ」

「わかった、次はそうする」

夫は言ったが、次があるかどうかは定かでない。

《完》

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現場はいま…ピカチューの乱・10

2024年04月29日 08時50分28秒 | シリーズ・現場はいま…

アキバ社長とT社長、そしてピカチュー…

三者の利益が一致しそうな新しい作戦を予測し

待ち構えていた先日、F社長から次男に電話があった。

「板野に会わん言うたけど、やっぱり会うことにしたけん」

彼は続ける。

「昨日、岩倉から詳しい話を聞いた。

あいつ、親父さん(夫のこと)の机を片付けとったそうじゃないか」

 

岩倉というのはF工業の運転手で、F社長の腹心。

彼はその前日、うちへ仕事に入ったが、わりと暇な日だったので

夫と話をしたらしい。

その会話の中で、夫が机のことをしゃべったという。

机のこととは

ピカチューとの口論で辞めると言い出した夫が

月曜日に出社したら、自分の机が片付けられていた件だ。

 

その時の夫は、あんまり気にしてない様子に見えた。

しかし、無口な夫がわざわざ岩倉君に話したところをみると

本当はショックだったみたい。

そして岩倉君も、会社に帰って社長に話したぐらいだから

机の件を重大事項ととらえたのだろう。

 

「ワシはこういうことが、いっちゃん好かんのよ。

親父さんで持っとる会社いうのが、何でわからんのかのぅ。

昨日の晩は腹が立って寝られんかった。

板野と会うて、礼儀教えとうなったわ」

ピカチューとの面会を断り続けていたF社長だが

机事件の話を聞いた途端、彼に会いたくなったのだ。

 

今回のことで私が一番腹を立てたのが、この机事件だった。

辞める者の机を片付けて何が悪い…

人が聞いたらこれで済む。

もちろん罪にはならないし、几帳面だと思われるかもしれない。

が、実際にやられた者にしかわからない、この悔しさ、無念。

巧妙な軽作業から滲み出る女々しさや卑怯は

怒りを通り越して寒気がする。

相手の心にうごめく激しい嫉妬が、強い不快感をもたらすのだ。

 

F社長も同じ感覚を持ち合わせているとなると

彼にも似たような体験があるのかもしれない。

気持ちをわかってくれる人がいて、胸がすいた。

 

F社長はなおも続ける。

「あいつがワシに会いたがる、いうたら配車のことに決まっとる。

うちを切ってK興業を入れたいんじゃろ。

その前にK興業と天秤かけるフリして、接待して欲しいんじゃ。

話は一応聞いてやるけど、死に金は使いとうないけん

接待はせんよ」

F社長も我々と同じことを考えたらしい。

 

「酒乱ですから、飲まさんでええです。

生意気なこと言うたら、好きにしてください」

次男は言った。

「どうなっても、許せの」

「全てお任せします」

 

ということで、F社長はピカチューと連休明けに会うこととなった。

彼は以前、山陰の仕事で永井営業部長に迷惑をかけられ

立て替えたお金も踏み倒されたが、逃げ回る永井部長を哀れに思い

その時は矛を収めた。

しかし今回、またもやF社長を巻き込んだのだから

眠れる獅子を起こしたも同様。

それらの怒りもピカチューに向けられるのは、決定事項だ。

彼にお任せしておこう。

 

 

さて、F社長に会えるのがよっぽど嬉しかったのか

ピカチューはその翌日、一度は諦めたアキバ産業との共同仕入れの件を

退院直後の河野常務に提案した。

ただし、共同仕入れなんてのをダイレクトに伝えたら

激怒されるのは必至なので、今回は内容を少し修正してきた。

 

その内容とは…

うちとアキバ産業が共通して扱っている数種類の商品の中で

1種類だけをアキバ産業の分も一緒に仕入れてもらえないか…

船から揚げた商品は、そちらの敷地へ一緒に置いてもらい

商品の運搬は各社がそれぞれ行う…

商品を置かせてもらう形になるアキバ産業は

月々の場所代をうちへ支払う…。

 

つまり「場所代を払うから、一緒に仕入れてよ。

運ぶのは自分でやるからさ」と言いながら

アキバ産業やK興業が、うちへ自由に出入りできる基盤を作る…

共同仕入れと配車をさりげなくミックスしつつ、いささかソフトに変えた案だ。

ピカチューにそんな知恵は無いので、あとの二人が考えたと思う。

 

が、努力もむなしく、ピカチューは常務に怒られた。

「場所代がナンボのもんじゃ!ちったぁ算数の勉強せえ!

何で隣の分まで仕入れてやらんにゃいけんのね!

ダンプだらけになるじゃないか!

おまえが交通整理するんか!」

この話を教えてくれたのは、常務の甥。

彼は息子たちの釣り仲間。

伯父さんのコネで、本社勤務をしている。

 

ともあれアキバ一味のアイデアには、残念ながら穴がある。

彼らだけに都合が良く、こちらにはメリットが無いからである。

わずかな場所代と引き換えに、隣の仕入れまで引き受けたら

こっちはいい笑いものだ。

しかも、うちとアキバ産業が同じような仕入れ値なら

このような案は出てこない。

うちの方がずいぶん安く仕入れていると知っているから

差額で場所代を払うと言い出せるのだ。

 

うちがアキバ産業より安く仕入れられるのは、当たり前である。

アキバ産業は自社の分だけを仕入れているが

こちらは本社の傘下である多くのグループ会社の中から

同じ商品が必要な支社の分をまとめて大量に仕入れる。

しかも支払いが早くて確実となれば

業者は末永く付き合いたいので値を下げるというわけだ。

 

その安い仕入れ値には、常務の交渉術が少なからず影響している。

中でもアキバ産業が一緒に仕入れて欲しいと言った商品は

比較的、燃料費のかかる取引先に納入するので

利幅を取るために値を叩きまくった。

 

そうして仕入れた大事な商品を

いとも簡単に一緒に仕入れて欲しいと言えるのはなぜか。

こちらの仕入れ値を知っているからではないか。

常務は必ず、それに気づくだろう。

彼はアイジンガー・ゼットの裏を知らないので

ピカチューを疑うはずだ。

そっちは常務にお任せしておこう。

 

《続く》

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現場はいま…ピカチューの乱・9

2024年04月25日 14時44分09秒 | シリーズ・現場はいま…

夫が思い通りに退職しなかったので

アキバ社長と善後策を話し合うため

連日のアキバ詣でを続けるピカチュー。

はたして彼らは、新たな一手を思いついたようである。

 

その気配は、F工業の社長からもたらされた。

F工業のことは、ここでも何度か話題にしたが

うちよりずっと多くのダンプを所有する大手で

お互いにダンプのチャーターをし合っている仕事仲間だ。

50代の社長はやり手で、他にも手広く事業を展開しており

こちらに何かあると助けてくれる

漢気が服を着ているような人物である。

 

数日前のこと、そのF社長から次男に電話があった。

「板野ってヤツが、N建設の社長を通して

ワシに会いたい言ようるんじゃけど、何が目的かの?」

 

ピカチューが着任してまる1年、今まで無視を貫きながら

ここにきて急に会いたがる謎もさることながら

彼に会いたければ次男に頼めば済むことなのに

無関係のN建設を間に挟んで連絡をしてくるのはおかしい…

F社長がピカチューのアポイントをいぶかしむのは、無理もなかった。

 

ちなみにN建設は市外の建設会社で、うちとの付き合いは全く無い。

そしてF工業とN建設は一緒に仕事をすることも多く

社長同士はとても親しい間柄。

そしてピカチューは以前、生コン会社に居た時

N建設の社長と顔見知りだったという関係性である。

 

つまりピカチューは

急にF工業の社長とお近づきになる必要にかられた。

しかし次男を介して会うのは都合が悪いらしく

F社長と親しいN建設の社長に連絡を取ってもらうことにした…

ということだ。

 

「回りくどいことされるの嫌じゃけん、断ってええかの?」

ピカチューの人となりを見抜いた様子のF社長に

次男はここしばらくで起きた出来事をかいつまんで話した。

「わかった、断るわ。

ワシ、これでも忙しい身じゃけんのぅ。

バカの相手をしてやる時間は無いんじゃ」

F社長は笑った。

 

 

ピカチューとアキバ産業が何を考えているか…

ここでピンとこなければ、建設業界で生きては行けない。

我々の脳裏に、まず共通して浮かんだのは

アキバ産業とピカチューが企てていた共同仕入れの作戦が消え

新しい作戦に変更したということである。

共同仕入れのことを河野常務に言って

ピカチューが怒られるのを楽しみにしていたというのに

残念じゃわ。

夫の退職騒動で常務に怒られたので、言えなくなったのかも。

 

では、新たな作戦とは何か…

この業界の人間なら、誰でもわかる。

仕入れの次に狙うのは、配車以外に無い。

安く仕入れることも大事だが

利益を左右する配車も同じく大事。

仕入れと配車、この二つを押さえておけば

たいていのことはどうにかなるのが、この業界なのだ。

 

配車といえば、心当たりは大いにあった。

隣市に、K興業という同業者がいる。

興業という名前でうっすらとおわかりのように

長年、反社組織の企業舎弟というプロフィールを活用し

仕事を獲得してきた会社だ。

そのため、うちとの付き合いは全く無い。

 

K興業は、10年ほど前に計画倒産して以降

社名だけを変更して同じ仕事を続けていたが

いつの頃からか、隣のアキバ産業へ

ダンプのチャーター仕事で入るようになった。

K興業のK社長とアキバ社長はここ数年

仲良しこよしのベッタリである。

 

一方、ピカチューもK興業の専務と同級生だそうな。

裏社会の人と親しいことを自慢するコモノが時々いるものだが

ピカチューも、それがご自慢で仕方がない。

 

K興業は小規模の会社なので

アキバ産業の衰退に連動して、近頃は景気が悪い。

よってK社長もアキバ社長も

お互いに厳しい現状打破と、事業拡大を熱望している。

そこで考えつくことは、誰でも同じだと思う。

「隣に入り込めないか?」

 

K興業がうちとチャーター契約を結べば、K社長は仕事が増えて嬉しい。

アキバ産業はK興業がうちへ入り、持ち前のヤカラ臭を漂わせて

邪魔者を辞めさせてくれたら嬉しい。

そうなったらピカチューは、ご自慢の同級生に顔が立つだけでなく

邪魔者が消えて自分の天下になるので嬉しい。

 

K興業の活躍により、うちの運転手が減ったら

アキバ産業とK興業からすぐ補充できる。

一旦退職させて、募集に応募させればいい。

うちはアキバ産業やK興業より給料がいいので

両社の運転手は喜んで就職し直すだろう。

 

こうして内部から侵食を進め

「隣を淘汰して、アキバ産業が成り代わる」

この目的を難なく達成…そう考えているのが手に取るようにわかる。

うち以外のみんなが嬉しくなっちゃう作戦といったら

これしか無いので間違いない。

 

しかし、そのためにはハードルが一つ。

F工業だ。

ピカチューがいきなり

「あんたら、手を引いてちょうだい」

なんて言ったら血の雨が降るのが、この業界。

無知なピカチューでも、それくらいはわかるはずだ。

 

だからまず、F社長に挨拶と言って近づく。

そして親しくなったら、K興業のダンプも1台か2台

入らせてくれと言う。

F工業がすんなり了解すれば、最初はわずかな台数でも

だんだんK興業のダンプを増やしていって、最終的にF工業を切る。

F社長が拒否したら口論し、とっても怒ったということで

やっぱり切る。

ピカチューでもできそうなことといったら、その程度だ。

 

が、K興業がうちへ入る目は無いように思う。

ピカチューの前任、松木氏が入社して間もない頃だった。

K社長から「入らせて欲しい」と頼まれ

張り切って河野常務に言ったところ、メチャクチャ怒られた前例がある。

 

それまで瓦屋のアルバイトだったのが、急に営業所長になり

肩書きの付いた名刺を誰かれなく嬉しげに配り歩いたので

つけ込まれたのだ。

難しい所とわざわざ取引するな…というのが常務の意見だった。

《続く》

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