その3ヶ月後、ヨシコの友人、骨肉のおトミもご主人を亡くした。
以来、ヨシコとおトミは、以前より頻繁に行き来するようになった。
ヨシコの年寄りの友達‥人呼んでヨリトモは5人いたが
尿漏れのおチヨが認知症、インスリンのおタツは糖尿病の悪化で脱落。
不眠症で精神安定剤を常用するバランスのおシマも
ご主人の癌発覚を理由に参加しなくなったため
2人になったというのもある。
おトミは、同居する嫁に口をきいてもらえない。
嫁の教育が実り、成人した孫たちもおトミを透明人間として扱う。
骨肉の原因はおトミの娘‥嫁から見れば旦那の妹‥
つまり小姑だ。
おトミの娘は、父親の経営する会社から給料をもらいながら
両親のおそば去らずを営業してきた。
うちの義姉カンジワ・ルイーゼの未婚バージョンだけど
同じ鬼千匹でも、既婚と未婚じゃ大きく違う。
既婚の場合は顔を合わせなくて済む時間が持てるが、未婚だと常駐。
可愛い娘をそばに置くのは当たり前(親はそのつもり)‥
親子でじっとり、ねっとり、コソコソ(嫁にはそう見える)‥
これが24時間、30年以上続いたあげくの骨肉であった。
ご主人がいなくなると、おトミは骨肉生活がこたえるようになった。
「家にいたら気が狂いそうになる」
おトミはそう言い、ヨシコを誘い出しては食事に行くようになったが
80を越えたおトミの運転は危うい。
そこで去年からおトミの娘、つまり骨肉の中心人物
聖子ちゃんが、お出かけの運転手を買って出るようになった。
父親の死後、聖子ちゃんの兄が社長を引き継いだが
フタを開けてみると負債が大変なことになっていたので
実働していない聖子ちゃんは解雇された。
この措置の黒幕が、骨肉の兄嫁であることは想像に容易い。
その後、聖子ちゃんはよそへパートに出るようになった。
週に2回、聖子ちゃんが休みの日はおトミから電話がかかる。
3人で遊びに行こうというのだ。
両親の庇護のもと、外界を知らずに年ふりた聖子ちゃんは
美人でしっかり者だが、きつ〜いお方。
おトミはいつも叱られているという。
「母娘2人だけだと、トミ子さんが怒られてかわいそう」
ヨシコはそう言って、誘われるままに同行していた。
私はこの習慣を喜んでいた。
嫁が一番嬉しいのは、姑の留守。
留守の内容は問わない。
遊びでも入院でも、何でもいい。
数時間でも何日でも、なんなら永遠でもいい。
いなくなればいいとは言わないが、嫁にも深呼吸が必要。
週に2回、お昼前からには夕方まで
ヨシコを連れ出してくれるおトミ母娘に、心から感謝する私であった。
が、ヨシコ、だんだん行きたがらなくなった。
外食と一口に言うけど、彼女たちの行程はハードらしい。
ドライブがてら、市外で食事の後は
ショッピングセンターやホームセンターを複数ハシゴ。
各店内の徘徊はもとより、何度も繰り返す車の乗り降りや
駐車場から店までの距離は弱った足腰にこたえると言う。
軽自動車なので、長時間乗るのも辛いそうだ。
体力の問題に加え、お金の問題もヨシコを苦しめていた。
世話好きで親切な聖子ちゃんは、ヨシコの洋服を見立ててくれる。
買った物を見ると、彼女が目利きであることは私にもわかる。
さりげなく流行を取り入れた上質な物ばかりを
セールをうまく利用して選んでいるのはさすが。
とはいえ、お一人様の年金で服ばっかり買うわけにはいかないのも事実。
そして、いくら素敵なお洋服でも
老人の体型と生活習慣に合わなければ無駄遣いであった。
例えば、今流行りのコーディガンと呼ばれる長いカーディガン。
背筋を伸ばしてちゃんと立てる人なら、それはオシャレなんだけど
背が低くて背中が曲がり始めた81才のヨシコが着ると、ほぼ寝巻き。
足に絡んだら危険だ。
しかし、センスに自信を持っている聖子ちゃんの押しは強い。
連れて来てもらっている負い目があるので、ヨシコは拒否できないのだった。
お金の問題はもう一つあった。
3人で食事をする時、お会計が明朗でないとヨシコは打ち明ける。
おトミと聖子ちゃんは食欲があり、お高い物をたくさん召し上がるが
ヨシコは入れ歯の関係で、食べられる物が限定されている。
この差が還元されていないらしい。
例えばある日は、おトミと聖子ちゃんがステーキセットで
ヨシコはスパゲティ。
誰が何を食べようと、聖子ちゃんは人数で割った金額を徴収する。
損得とは違う何かが、ヨシコの心に引っかかってしまうらしい。
ガソリン代を手伝うつもり‥
自分に言い聞かせてみるが、結局のところ
そうまでしてお出かけに付き合う必要性は発見できず
かといって残り少なくなった、生きている友達を失いたくもなく
複雑な心境を私に吐露するヨシコ。
複雑が苦手な彼女は、ともすれば腰痛を言い訳にして
お誘いを断ることが増えていった。
姑の留守が減るのは、嫁にとって死活問題。
「我慢しなさい」
「誘ってもらえるうちが花よ」
そう言って尻を叩く私に、ヨシコは訴える。
「一回、一緒に来てみてよ!そしたらわかると思う」
そこで、おトミ母娘のお出かけに参加することを決めた私。
実際に体験することで、あわよくば解決の糸口が見つかるかもしれない‥
そう考えたからであった。
《続く》