殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

良い子だった…

2012年10月21日 14時02分05秒 | みりこんぐらし
             「奧さ~ん、目線くださ~い」

     「何ですの?今、主人を食べてるところなので、忙しいんですよ」




夫の家と、昔からつきあいのある武田さんという家がある。

夫の両親と武田夫妻は同年代。

結婚、出産、起業がほぼ同時期で

夫婦それぞれの性格や背格好を始め、何かと類似点が多い。

両家とも、一時の栄華を味わった後、次第に勢いを失っていったが

武田家はバブル期に賢く立ち回ったため、下り坂がゆるやかである。


時は移り、両家の夫妻は、病気の老人となった。

ご主人のほうが重症なのも、同じだ。

会社を受け継いだ息子さんと、そのお嫁さんが彼らの面倒を見ている。

息子さん夫婦と会う機会はあまり無いが

“ツワモノどもが夢の跡”を片付ける身の上として

以前から、お互いにひそかな親近感を持っているように思う。


遠方から嫁いだお嫁さんは、立派な資格を持ちながら

家庭にとどまって、家事や義理親の介護を献身的にこなす。

しょっちゅう実家を訪れる旦那の妹2人や、近所に住む親戚にもまれながら

優秀なお子様たちを育てた。

なにしろ賢い女性であるから、みだりに愚痴をこぼさない。

爪のアカでもいただきたいものだ…と、いつも感心していた。


その賢いお嫁さんが、ある日、姑のお使いで我が家を訪れた。

義母ヨシコと、玄関で何やら話し込んでいる。

…と思ったら、私が呼ばれた。

「聞いてあげて」

ヨシコはそっけなく言うと、あっさり居間へ引っ込んだ。


賢い嫁、ユリエさんのお話は、こうである。

姑が持病を理由に何もしない…

一日中テレビを見るか、食べるだけ…

言動がおかしい時もあり、このままではボケるのではないかと心配…

私は義父の介護や家事で忙しいので、料理の一品でも作ってくれれば

ボケ防止にもなって、助かるのだが…

姑に助言してもらえないだろうか…。


ヨシコが席を立った理由がわかった。

ヨシコと全く同じではないか。

そりゃ、耳が痛かろう。


賢いとはいえ、ユリエさんもやはり生身の人間だった。

姑にも自分にも良い、発展的な提案をしているように聞こえるが

単に、グータラ姑に腹を立てているだけであった。


手遅れならどうしようもないが、本当に、口ほどに、心から

親がボケるかもしれないと心配であれば

おそば去らずで、はべるよりも、思い切って若い者が家を出て

老夫婦だけにするのがベストだと、近頃つくづく思う。

「自分がしっかりしなければ…」という気迫と、遠慮の無い自由は

何よりもボケ防止になるのではなかろうか。


夫の実家での生活も長くなってきたし、私も年を取ったしで

ヨシコの心中が、なんとなく理解できるようになってきた。

ヨシコはヨシコで、あれでも気を遣っているのだ。


多くの老人は、若い者に甘えるというより

何をどこまでしたらいいか、わからないのだと思う。

こちらも逐一言わないし、向こうもわからないので

手を出さないほうが平和…という結論に達するのは、無理もないことだ。

人が何を求めているかがピンとわかる感性の持ち主で

痒いところに手が届き、引くところは引けるような人ならば

いくつになっても、社会の宝として生き生きと立ち働いているか

惜しまれつつ、とうに亡くなっている。


他人ならではの感覚だと思うが

ヨシコは楽しいのだろうか…これが最近の私のテーマである。

そこで何ができるわけでもないのだが、近頃は料理の味付けや庭の手入れなど

できるだけヨシコに意見を求め、頼るようにしている。

人は頼られると力が湧くものらしく、こころなしか元気が出たようだ。

とても良い子!の私である。


さて、ヨシコとタッチ交代した私は、言った。

    「何をおっしゃる、うさぎさん。

     おばさんが本当に料理を作り始めたら、困るのはユリエさんよ」

「なぜですか?」

    「元々家事が好きじゃないから、しないのよ。

     料理なんか、お腹が空かないと作りゃしないわよ。

     夕方の忙しい時間にのこのこ出て来て

     豆か干し大根ちょろっと煮て、やった、やったと大いばり。

     その後で本格的にごはん作るのって、案外忙しいのよ」

経験者は、語るのであった。

気まぐれで中途半端に介入されるのって、一人でやるより消耗激しいんだぞ。


    「日本の台所って、女2人が同時に動ける構造ではないのよ。

     大昔のディスコのバンプ踊りじゃあるまいし

     毎日肩と肩、腰と腰、触れ合いながら、やれる?」

「え…」

    「おばさんの立ってない場所を探して

     おばさんの使ってない道具を探して

     一挙一動、隙間産業よ」

「そんな…」

    「たくさんできたら、娘一家を呼ぶとか言い出すよ。

     あんた、届けてちょうだいとか」

「困ります…」

    「やるよ…年寄りは、やる」

プルプル…と素早く首を振るユリエさんであった。


    「一時的なこらしめや矯正を望んだら、苦しくなるばっかりよ。

     考えてごらんなさい…家事をさせる方法を考えるより

     ボケたらどこへ入れようかを考えるほうが

     簡単で気持ちがいいでしょ」


ユリエさんは笑顔で帰って行き、私は良かった、と思った。

ユリエさんの所は、舅が入院していないので

姑とダブルで面倒を見なければならない。

お互いに頑張りましょうね、とえらそうに言って見送ったけれども

彼女の負担は私の2倍。

細い肩が、痛々しかった。


…と思っていたら、その数日後、義父アツシに退院の話が出た。

彼が入院してから、はや1年になる。

いくら身体が衰えていても、意識があり、ボケてもいない場合

延長を重ねても、1年がリミットらしい。

「一時的な退院になるでしょうが、家庭介護の方向で考えてみてください」

と主治医に言われ、ヨシコは複雑な心境を吐露した。

夫の退院は嬉しいが、それには我々子供世代の献身が前提となるからだ。


   「絶対反対!断固拒否!」

私は叫んだ。

“良い子”はどこへ行ったのだろう。

 お~い。    
コメント (19)
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