殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

異星人・外伝

2014年03月08日 17時24分55秒 | 異星人
先日、同級生のユリちゃんと遊んだ。

嫁ぎ先が市外なのでしょっちゅうは会えないが

数ヶ月に一度は行き来している。


彼女の話は以前書いたことがある。

子供の頃からおっとりした美人で、パパが私達の中学で先生をしていた。


高校受験の時、他者の故意によって受験票を紛失した私は

受験当日、高校に着いてからユリパパに言い、引率の彼をぶったまげさせた。

ユリパパは一言も責めず、受験票に代わる紙を入手して

「大丈夫だからね」と渡してくれた。

世の中、たいていのことはどうにかなるもんだと知った最初であった。


先生はそのことを誰にも言わなかったので、うちの親はおろか

一緒に同じ高校を受験した娘のユリちゃんも知らなかった。

誰も知らないもんだから、話にのぼることもなく

そのまますっかり忘れて40年近く経過。

数年前、突然思い出した時にはユリパパはとうに亡くなっていた。


先生のお墓はうちの実家と同じ墓地にあるので

通る時にいつも挨拶していたが

その出来事を思い出してからは、遅ればせながらお礼も言っている…

そんな話をしたら、ユリちゃんが言った。

「実は中学の時、私も辛い目に遭ったのよ。

思い出すと、今でも悲しくなるの」


中2の3学期、“ユリちゃんが、ある男子をデートに誘う過激な内容の手紙”

なるものが、校内で発見されたというのだ。

どんな経緯を辿ったかは不明だが、とにかく手紙は

最終的にユリパパの手元に回ってきた。


娘の字でないことはわかっている。

だが娘が差出人になっているラブレターを

教師として目の当たりにする父の衝撃は、計り知れないものがあっただろう。


また、ユリパパはお寺の僧侶でもあった。

教師と生徒の父娘が同じ学校に通いながら、人の道、仏の心を説く暮らし…

日々細心の注意を払い、厳格かつ慎重に生活してきた彼らにとって

最低最悪の事態であったと想像するのは容易だ。

ユリちゃんは「スキがあるからだ!」「やられるほうにも問題がある!」

などと、両親からさんざん怒られた。


何日の何時にどこそこで待っています…手紙はそう結ばれていた。

家族会議の結果、その日のその時間、町内にいてはいけないということになり

ママに連れられて、遠い街へ出かけたそうだ。

以後もユリ家最大の汚点として、長年に渡り小言を言われ続けたという。


そうなのだ…昔は、悪いことをする者も悪いが

されるほうにも落ち度があるとして、攻めを受けることも多かった。

新種の悪人が生まれ始めていることなんて、多くの大人はまだ知らなかったし

気づいたとしても認めようとしなかった。

心配や仕事が増えるからである。


「今まで、誰にも言えなかったの」

ユリちゃんの瞳はうるむ。

私は問うた。

「誰のしわざか、わかったの?」

「今でもわからないのよ…犯人も理由もわからないって本当に怖いのよ」


それ、ピンクの便箋だった?…私はたずねた。

「忘れもしない、薄いピンクだったわ」

「字は?」

「定規を使ってわざとカクカクした字を書いてて

誰の筆跡か、父もわからなかったみたい」


私は断言した。

「Kよ!間違いない!」

悪魔の申し子、同級生男子のK…ここでもお馴染みの、ヤツである。

詳しくはカテゴリー「異星人」を見てちょ。


私は中2の3学期、確かに見、そして聞いたのだ。

Kは私の目の前で、ピンクの便箋をヒラヒラさせながら

誰に言うともなくほざいておった。

「これを使って、誰を泣かしてやろうかな~」

岩みたいにゴツゴツしたKの人相風体と、便箋の淡いピンク色とのコントラストが

なんともヒワイで不気味な印象だったので、よく憶えているのだ。


当時、Kのターゲットは可愛い子に限定されていた。

女子なら誰でもよかった小学生時代とは、明らかに違う。

生意気にも、おのれの好みで選別なんぞするようになりやがったのだ。


顔が可愛くないおかげで長らく安全圏にいたため、危険察知の勘が鈍り

ヤツがもうじき転校することも知って、すっかり安心していた私は

その便箋で何をしようが知ったこっちゃなかった。

学校を去るにあたり、最後の置き土産計画を企てていることなど

みじんも考えなかったのだ。


本当にその便箋でユリちゃんが被害に遭ったのかどうか

今となっては確認するスベもない。

だが、ここまでアコギなことをするのはK以外にはいない。

ヤツは、おそらく妹の持ち物であろうビンクの便箋を使い

それをやられたら一番困る相手を入念に選び抜いたのだ。

そして転校するその日まで、父と娘をひそかに観察して楽しんでいたのだ。

それがKである。


「やっちゃいけないことをやるのがあいつよ!

簡単に人に言えないような、とんでもないことを選んでやるのよ!

人の涙と生き血が、あいつの栄養よ!」


私はそこで初めて、中2の音楽忘れ物事件をユリちゃんに話す。

Kは転校する直前、音楽室に置いてある忘れ物ノートに細工をして

私を忘れ物女王に仕立て上げたので、音楽の成績が下がった。

先生に抗議したが、やはりユリパパ同様

「そういうことをされる我が身を振り返れ」という趣旨の言葉を返された。

意気消沈した私に、ヤツは言った。

「どう?俺の置き土産」


それを話すと、ユリちゃんも打ち明けた。

成人した後、ひょっこりKから季節の便りが届いたので

何も知らないユリちゃんは、以来ヤツと何年も文通していたことをだ。


そうさ、ヤツは筆マメなのだ。

人を地獄の底に突き落としておきながら、素知らぬ顔で接触を求める。

過去に犯した悪行三昧は、ヤツにとって懐かしい思い出にすぎない。

その極悪は、来年の定年を案じつつ、国を護る某機関にいる。

人間は苦しめても、国は護れるらしい。


ユリちゃんは、文通なんかしていた自分のお人好しを悔やみつつも

犯人がKだと知って納得がいったようだ。

「知らない誰かに陥れられたわけじゃないのね!

ありがとう!ずっと抱えていたものが消えて、楽になったわ」

置き土産の仲間同士と知った我々は

お互いにもっと早く話していればと残念がりながらも

より一層厚い友情を誓うのだった。


ユリちゃんは笑顔で帰って行った。

が、私は悔しかった。

Kの便箋ヒラヒラを見た時、何か起きるかもしれないと周囲に言いまくり

注意を促すべきだったのだ。

それが後でも先でもユリパパの耳にチラリとでも入っていれば

ユリちゃんは40年も悲しみを抱え続けなくてすんだかもしれない。


ユリパパ先生!ごめんなさい!

私はおしゃべりなのに、こんな大事なことはしゃべりませんでした!

今度先生のお墓に行ったら、そう言おう。
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予定・Ⅱ

2010年12月31日 13時03分44秒 | 異星人



Kには、夜7時に千賀子の店へ行けと伝えてある。

ホイホイと嬉しそうであった。

「またキンキラキンのついた制服着て来るんじゃないのか」

参加者からは、この声しきり。

Kが初めて同窓会に来た正月、わざわざ制服で現われた。

あの衝撃は、誰しも忘れられない。

が、セーター姿だったので、ちょっと残念。


シンプルに輝く頭、オイリーなお肌

レイバン型の遠近両用メガネが、ナウでヤングなフィーリング。

帰省、帰省と言いながら、手ぶらで来るのも彼らしい。

「みりこん、なんか体がゴツくなったな…昔は細かったのにな」

などと近付いて来て、背中を触る。

ゾ~!


嫌われる人間というのは、おしなべてこんなこと言う。

話題が貧困なので、太った痩せたを会話のとっかかりにする。

キャー!セクハラよ!なんて言わない。

ますます喜ばせるだけだ。

    「あんたも、さらに薄くなったな!昔は髪もあったのにな!」

普段、本人の努力ではどうしようもないことは

面と向かって言わない主義だが、今日は言って、一座の失笑を買う。


千賀子は手足の包帯姿もなんのその、張り切ってKにガンガン飲ませる。

総勢8人の宴会は、Kだけが盛り上がっていた。


気の進まぬ集まりではあっても

男子が唯一聞きたいのは、国防の情勢である。

例のごとく、大げさに話を振っておいては「国家機密だから…」

などと得意げにもったいぶるはずが、今回は触れたがらない。

配置転換で移動になったとだけ言うので、皆もそれ以上聞かなかった。

左遷…どうやらそれは、K王国の国家機密であるらしい。


九州に住む年上妻が編んだというセーターを自慢しいしい

いかにできた立派な妻かを延々と語る。

おまえらも見習え…とまで言う。

「単身赴任先から、同級生の女子に電話しまくっている」と

その立派な妻に教えてやったら、どんなに気持ちがいいだろう。

家族を悲しませたくないから、我慢してやっているのだ。


今年、母親を老人施設に入れたのも、彼にはこたえている。

母親は、ずっと四国で一人暮らしをしていたが

ボケ始めたので、そのまま四国の施設に入れたそうだ。

「何もわからずに、また家へ帰るつもりでいるんだ…。

 オフクロを残して一人で帰る時、悲しくて、悲しくて…」

母親をあわれみ、涙ぐむK。


「奧さん、九州でしょ?なんで四国の施設?

 そんなに立派な奧さんなら、普通、近くの施設へ呼び寄せようとか

 言うんじゃない?」

モンちゃんが無邪気にたずねる。

仕事をしながら、姑の施設に通うモンちゃんにとっては、素朴な疑問であろう。

モンちゃん、グッジョブ!


「それとこれとは、別なんじゃ!」

Kはムキになって叫ぶ。

痛い所であるらしかった。

左遷と母親…今回の帰省に絡む執拗さは、そのあたりから来ているようだ。 


その夜は、フィギュアスケートの女子ショートプログラムが放送されていた。

皆、Kそっちのけでテレビに夢中になる。

放送が終わると同時に、おひらき。


私はウタゲの幹事として、挨拶をする。

「え~、これで被害者の会を終わります。

 子供の頃にさんざんいじめ抜いておいて

 今さら懐かしがられても、こっちはいい迷惑でございます。

 お集まりくださった皆様のご支援、ご協力、心より厚く御礼申し上げます」

皆は笑う。

Kも笑う。


拍手がおさまったところで、モトジメが穏やかに言った。

「K、次に帰る時は、黙って帰れよ」

一同、酔っているとはいえ、凍りつく。

「おまえの希望は叶えて、義理は果たした。

 おまえも同窓会の一員として、最低限の礼儀は守れ。

 同窓会名簿を悪用するな。

 淋しくて電話するんなら、オレら男子にしてこい」 


「アハハ!ごめん、ごめん!

 今日はみんなに会えて、嬉しかったよ」

取りつくろっているのではない。

真実、どこまでも明るいKなのであった。


そのまま店の奥の民宿に泊まるKは、我々を見送りながら言った。

「みりこん、楽しかったよ!また電話するからな!」

一同は呆然と立ちすくむ。


だめだ、こりゃ…モトジメがつぶやいた。

「チエちゃんとよっちゃんのために、おまえが犠牲になれ」

    「ギャ~!」

しかし、ありがたさのほうが勝っていた。

今夜は私がお布施をもらった。


解散する前に、外でちょこっと来月の相談をする。

家族ぐるみの一泊旅行に行くのだ。

皆、とても楽しみにしている。

こういうのが、まっとうな“予定”というものであろう。


                    完


本年もお世話になり、ありがとうございました。

来年もよろしくお願い致します。

皆様にとって、幸多き1年でありますように。
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予定・Ⅰ

2010年12月29日 16時50分39秒 | 異星人
同級生のK…彼のことは、以前書いた。

中学の時に転校して行った、大変ないじめっ子である。

もし詳しくお知りになりたい方がいらしたら

カテゴリー“異星人”を見てちょ。


行方不明のままで良かったものを

25年の歳月を経て、同窓会の幹事が彼を捜し出してしまった。

以来、同窓会に入って名簿を入手した彼は、うちへ電話をしてくるようになり

暗に男女をほのめかすような態度をとり始めた。

あのツルツル頭の中で、私は、ヤツに恋する人妻になっているのだ。


三つ子の魂百まで…若ハゲの乱暴者が

国を護(まも)る某機関という閉ざされた環境の中で

おのれを振り返ることもなく、生きてしまった。

しかも単身赴任中…もう誰にも止められない。


しばらく連絡が無かったが、今月になって、また電話がかかり始めた。

「25日に墓参りで帰省することにしたから、連絡をくれ」

と、留守電に何回もダミ声で入っている。

メールも来る、郵便も来る。

無視。


そんなある日、同級生のチエちゃんから電話があった。

チエちゃんは、我が同級生のマドンナ的存在。

お寺に生まれ、お寺に嫁ぐように躾けられ、お寺に嫁いだ。

子供の頃から、なんだか悟ってる美女である。


「K君が、みりこんちゃんと連絡が取れないって

 なんかワケありみたいな言い方してたよ」

ギャー!やられた!…これが嫌だったのだ。

 
   「ヤツ、日本語、通じないんだよ…」

「わかるよ…」

刺激したんだろう…などと、非難めいて言われるかと思ったが

チエちゃんは意外にもそう言った。


「実は私も、時々K君から電話やメールがあるのよ」

    「ええ~?!」

「あの人、どんどん勘違いしていくの…危ない性格だわ。
 
 社交辞令を素通りできない人っているけど、彼の場合はもう、病気ね」

そうであった…美しく生まれた女は、それだけで人生ご優待である。

反面その美貌ゆえに、男の勘違いや迷惑を山ほど越えているので

症状の比較ができる。


転居を知らせるハガキに

“お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください”

と印刷してあったとしたら、Kは、本当に立ち寄るようなヤツなのだ。

同じ思いの人間がいた…私は心から嬉しかった。


「K君、よっちゃんにも電話してるみたいよ。

 モテて困るみたいなこと言ってて、気持ち悪かったわ。

 彼女も嫌な思いをしてると思う」

よっちゃんも、かわいいモテ子だった。

Kめ…自分の容貌は棚に上げて

相手をきっちり選んでいるのが憎々しいではないか。


多くの男がそうであるように、Kも、ええとこ育ちの美人が好みなのだ。

本来はこういうのと、どうにかなりたい。

しかし、チエちゃんもよっちゃんも地元在住者ではない。

赴任先の関東から、自宅の九州へ帰省する途中

年に1度は、生まれ故郷へ墓参りに寄るK。

その際に何かと便利な、地元在住の露払いを所望しているのだ。


男子に連絡すればいいものを、女子に行くのがヤツなのだ。

男子が快く歓迎してくれる自信が無いのだと思う。

ブラブラして暇そうな地元女子は、私だけ…ザコで妥協というわけである。


Kは、年々執拗になってきている。

適当なウソで逃げるのは、もうやめだ。

次にKからかかってきた電話に、私は出た。


「何べん電話しても、おりゃせん…何しとったんじゃ」

偉そうに言いやがる。

「オレが帰る日の予定を立てといてくれ」

    「何が予定じゃ」

「25日、空けとけ言うんじゃ…予定ぐらい立てられようが」

    「年末のクソ忙しい時に、何であんたのモリをせんとならんのじゃ!」

「そんなこと言うなよ…久しぶりに会えるんじゃん」

    「やかましい!人に迷惑かけるな!」

「とにかく、予定を立てといてくれや」

…ハゲの耳に念仏。


ヤツの“予定”の意味は、わかっている。

足に使ったあげく、うちへタダで泊めて欲しいのだ。

はっきり言わないところが、憎たらしい。

はっきり言われても、憎たらしいが。


もちろん、そんなバカなことはしない。

しかし今回は、我が家を探してでも来る予感というか、確信があった。

やっぱり病気なんだと思うことにする。

嫌なヤツと歯ぎしりするより、病気と思えば気が楽だ。


予定、予定と言うんだから、予定を立ててやろうじゃないの。

卑怯な私は、先日お好み焼きのイベントを手伝った千賀子に連絡した。

幸運なことに千賀子の店は、Kの親戚や墓のすぐ近所なのだ。

25日は彼女の民宿に泊まる“予定”を立ててやり

とにかくうちへ来るのだけは、回避するつもり。


千賀子はイベントから3日後、交通事故に遭ったが

25日なら、なんとか復帰できそうだと言う。

お布施が効いたのか

「帰省の度に、うちで飲ませて泊まらせる習慣にすれば、お互いにいいでしょ」

と言うから、頼もしいではないか。


千賀子へのお礼の気持ちで、いっそ人数を集めてみようかという気になる。

千賀子と私だけより、人数がいたほうが心強いのも、もちろんあった。

なにしろ相手は病人なんだから

ケガ人の千賀子と、Kの使用人に堕ちた私だけでは、心もとないではないか。


モトジメと呼ばれる同窓会のリーダーに電話して、事情を説明し

メールの一斉送信を使わせてほしいと頼んでみる。

これで何人かは応じてくれるはずだ。


「おまえ、帰っておいで~とか、適当なこと言ったんじゃろが」

    「口が裂けても言うもんか…チエちゃんも、困っとるんじゃ」

姑息な私は、マドンナ・チエの名を出した。

「チエちゃんが?」

    「よっちゃんもじゃ」

「よっちゃんも?…いかんなあ…よっしゃ!あいつに言うたるわい」

ということで、急遽「K様歓迎の夕べ」が開催される運びとなる。


モトジメの呼びかけで、男子4人が参加してくれることになった。
   
Kに会いたい者はいない。

心優しい有志達は、チエちゃんとよっちゃんを守るために、万障繰り合わせたのだ。

これでもうひとつ“予定”が立った。


男子が4人も集まれば、もう上等であろう。

ヤツのために、女子まで集めてサービスしてやらんでもいい。

新たな犠牲者が出てもいけないので、女子には連絡しなかった。

千賀子と私、それに嫌がるモンちゃんを拉致して、問題の25日を迎えた。


                   続く
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わかってください・Ⅲ

2009年02月03日 10時58分06秒 | 異星人
         「みりこん、放浪の旅に憧れるの図」


「気持ちは嬉しいけど…俺、家族がいるしな…。

 割り切ったつきあいじゃイヤだろ?」

    なんじゃ~?!これは求愛に苦悩する男のセリフ!!

   「いや、違うって!」

「ま、俺くらいになると、飲み屋のお姉ちゃんにもよく相談されるけどな」

       あかん…完全に酔っとる…。

       ボーゼンとして口ごもる私…。

「お前の気持ちはわかってたよ。前にDVD、送ってくれたじゃん」


そうさ…ああ、そうさ。

悪いのは私。

市内を美しく撮ったDVDが発売されたことを話すと

欲しがったので、送りましたともっ。

お返しは無かったけどねっ。


    「あ~!こんな誤解されるんなら、送らなきゃよかった!」

それをどう聞いたらこうなるのか…。

「え?旦那なんかより、あんたのほうがよかった?…ハハ、お前なぁ…」

鼻息も荒く、そうのたまうヤツ。          

         ギャー!!!もうダメじゃ!!

     「うるさいっ!お前にお前って言われとうないわいっ!」


見た目のハンディと、出会いの少なさからか

ヤツは結婚が遅く、奥さんはかなり年上。

閉鎖された男の職場に何十年…ヤツはこういうのには慣れていない。


こちとら海千山千の、腐りきった古女房。

少々の色話、シモ話に、そよりとも揺れる神経は持ち合わせてないが

ヤツは新婚に毛が生えて、ちょっっぴり浮ついた気持ちも芽生え始めた結婚初期。


男と生まれたからには、色めいた思い出のひとつやふたつ

作ってから死にたいのはわかる。

しかし、ヤツの青春の思い出になるのはイヤ。

私にだって、選ぶ権利があるというものじゃ。

このまま無視して、ほとぼりが冷めるのを待とう…。

私に出来ることは、それしかなかった。


その後、何度かメールや電話があったけど、無視。

でも、うっかり非通知の電話に出てしまった。

「今度休暇を取ったから、オヤジの墓参りに、そっちへ行こうと思ってるんだ」

非通知なんぞ使いおってからに、平然と話すヤツ。

健在の母親は他県の人だが、父親はこちらの出身なので、墓があるのだ。


        「行けば」

「飛行機だから、着いたら空港まで迎えに来てよ」

        「お断りします!」

「俺がお前の気持ちに応えてやれないからって、そう気を悪くするなよ」

        「違うって言ってるだろっ!

         しかもお前って言うな!」

「ハハハ。じゃあ、出発する頃電話入れるから」


     それって、もしかして…迎えに行って、墓参りに連れてって

     懐かしい場所へ案内して、夜はホテルまで送れってこと?

     しかもあわよくば思い出作りっ?

            ギャー!!!ざけんなよ!!


      「ちょっ…ちょっと!私行かないからね!」

「なんで~?あてにしてるのに。いいじゃん」

      「なんで私がそんなことしないといけないのよっ!

       他の男子に頼みなさいよ」

「みんな仕事じゃん。働いてないの、お前くらいじゃん」

      「だから、お前言うな!

       私はダメだよ。忙しいんだから」

「辞めたって言ってたじゃん」

      「もう働くんだよっ!」

「へぇ~。どこ?」

      「さ…沢竜二劇団…」

とっさにその名前が出てしまった。

沢さん、ごめんなさい…。


失業した人を募集して、劇団の雑用の仕事を与えてくれるという。

「給料はそんなに出せないが

 雨露をしのぎ、食事にも困らない、仕事が見つかれば離れてもいい」

テレビでそう話している座長を見て、間もない時だった。

 
私は放浪に憧れるところがあって

旅から旅、最期は見知らぬ土地で一人息絶える…なんてのが理想なのだ。

寅さんに出てくるリリー…山頭火…

旅に病んで、夢は荒野を駆け巡る…芭蕉…なんちゃって。


劇団に入れてもらうには、困っている人が対象らしいので

困っている部分を探している時にヤツからの電話を取ってしまったのだ。


「何?それ?」

      「た…旅芝居にくっついて全国を回るのさ。

       だから、もう家にはいない!ガチャン!」


天の助けか、ヤツの所属する職場は

ニュースになるほどのゴタゴタが続いている。

今回も深刻。

おそらく休暇どころではなくなるだろう。


思えば一昨年、ヤツが赴任してからずっと災難続き。

そのつらさゆえ、よこしまな感情が私に向けられたことは明白だ。

要は、誰でもいいのさ。

私の胸を木枯らしが吹き抜ける。     


                 完
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わかってください・Ⅱ

2009年01月31日 18時59分26秒 | 異星人
          「みりこん、いっそ仕事人になりたいの図」


それから25年が経過。

40代となった私たち同級生は

3年に一度開かれる小学校の同窓会に出席した。


ザワザワ…ホテルの宴会場の入り口が騒がしくなった。

招待した先生たちが、皆、立ち上がっている。

男子たちに囲まれて、近づいて来た男…。


「ギャー!!」

女子の悲鳴があちこちで上がった。

ヤツだったのだ。

坊主頭も、顔も、まったく変わっていない。

心地よいほろ酔い気分は、一気に醒め果てる。


幹事がマイクを取って紹介。

「今年から、転校して行った人を捜して声をかけました~!」

        おのれ、余計なことを…


挨拶を促され、ヤツはおもむろに着ていたコートを脱いだ。

「ああっ!!」 

一同、驚愕の声。

某…国を守る機関の制服を着ていたのだ。


「皆さん、お久しぶりです。僕は今、こういう商売をしています」

その勝ち誇ったような顔!

「多忙なため、こんな格好で駆けつけてしまいました」

        見せたくてわざわざ着て来たくせに!

それは式服と思われた。

金のラインが何本も入っているところを見ると、相当出世しているみたい。 

それにしても、この違和感!

まるでヒトラー…。


「皆さんとの楽しい思い出を忘れたことはありませんでした」

    お前には楽しくても、うちらには血塗られた地獄の黙示録…

「皆さんの住む日本を守るために、頑張ります」

     やかましい!人をさんざん危険にさらしといて

     国なんか守っていらんわいっ!


私たちはすぐさま幹事を捕まえて口々に抗議。

「ちょっと!あんた!なんであんなの呼んだのよっ!」

「一生恨むからねっ!」

「正月から見たくないわよっ!」


「なんで~?みんな喜ぶと思ったのに~」

幹事の男子は胸ぐらをつかまれて、オロオロした。

「捜すの、けっこう大変だったんだよ。人から人へ聞いて…。

 そしたらすごいエラい人になっててさぁ、彼に電話つながるまでに

 秘書を二人通過するんだよ…」

もういい、来たものはしょうがない…幹事を解放した私たち女子は

収容所へ連行された捕虜のように、自然に大きなひとかたまりになった。


ヤツは先生たちのテーブルに落ち着いたので、ひと安心。

先生は代わる代わるヤツの手を握り、涙をぬぐう。

そりゃあそうでしょう。

さんざん手を焼いた生徒が、故郷に錦を飾った理想的なケース。

教師みょうりに尽きるというものざます。

そう…彼ら教師は、結果が命。

教え子のわかりやすい出世は、教師のステイタス。


「なんで制服着てるのぉ~?あざといわ~」(おかよさんふう)

「うわ!あの姿、声、全部いや!」

「私、怖い。もう帰りたい」

大人になったんだから、さすがに何もされないだろうと思ったが

子供の頃からひどい目に遭わされてきた我々は

もう同窓会を楽しむことはできなかった。


ヤツから年賀状が届き始めたのは、翌年からだった。

      「ギャー!」

そう…同窓会に入会している者には、全員の住所と電話番号が書かれた

同窓会名簿が届く決まりである。

だからあの時、ヤツを捜してまで入会させた幹事に詰め寄った。

我々は皆、あの名前を見るのも、ヤツに自分のを見られるのもイヤなんじゃ。


しかしながら、年の割りにはまだ幼い子供の名前や写真

子煩悩丸出しの手書きの一文を見ると、ヤツも人の子…という気がしないでもない。

ヤツがしたような残酷な仕打ちを、もしもヤツの子供たちが受けたら

どんな気持ちになるかしら?な~んて、思ったりもしたが

一応礼儀として、私も年賀状を返した。

それが大人の対応だと思ったから。


以来、儀礼的に年賀状の交換だけが数年続く。

そして去年、単身赴任中だという内容の年賀状が届いた。

携帯にメールがくるようになったのは、それからだ。

名簿にアドレスを載せるようになったのだ。


メールなら、さほど苦もなく対応ができた。

ヤツのメールは

「今、新聞やテレビでお騒がせしていますが…」で始まることが多く

      お前が騒がせてるんじゃないだろっ!

      お前の持ち物かっ!

と心の内で突っ込みながらも、私もつい合わせて

「大変そうですね」などと返す。

そうすると決まって

「国家機密ですので、この話はそれくらいで…」

      お前が振った話だろっ!      

      じゃあ最初から言うなよっ!

という具合に、口では言い表せない感じの悪さは健在。


私は、男女を問わず故郷を離れている同級生たちに

しょっちゅうこちらの様子や同級生の消息などを

メールで面白おかしく伝えたり、名物を送り合ったりしている。

いつの間にか、ヤツもその一人のように錯覚してしまい、つい同じようにした。

いつまでも生きていられるわけじゃなし、過去の恨みは忘れよう…

という奇特~な気持ちもあった。


それに気を良くしたらしく、たまに夜、電話がかかるようになった。

ヤツは一人で淋しいので暇つぶしだろうが、こっちには家族がいる。

「電話は遠慮してほしい」と言うと

「なぜ?後ろめたいことをしているわけじゃないのに」

そうじゃなくて…と繰り返し説明してもわからないので

「亭主が浮気者だから、つまらんことで落ち度を作りたくねえんだよっ!」

という心の声が、うっかり口に出てしまった。


証拠を握られた浮気者というのは

あらぬことで、相手を同じ位置へ引きずり降ろそうとする。

稚拙な手を使って、戦意喪失に持ち込む可能性は充分ある。

戦う気、言い争う気はすでにないが

そんなことになって脱力することだけは、精神衛生上、避けなければ。

しかも、好きな男ならまだしも

ヤツとの電話がそのネタになるのは絶対にいや~~!!


ヤツは、しばしの沈黙の後、こう言い放ちやがった。

「そうか…。なんて言ったらいいか…。

 俺にだけ秘密を打ち明けてくれたんだな…」

       ち、ちがう…!!

「そこまで意識してくれてるなんて、なんだかうれしいよ」

       オー!ノー!

                  続く
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わかってください・Ⅰ

2009年01月30日 10時10分41秒 | 異星人
映画「マトリックス」に出てくる、いかつい丸坊主のおっさんを想像してちょ。

浮かばない人は、昔のプロレスラー「ストロング金剛」をどうぞ。

…ますますわからんか…じゃあ、モアイ像が海坊主なった感じでよろしく。


そいつは同級生男子。

出会いは5才の時。

町には保育園と幼稚園があった。

人形劇の催しがあり、我々幼稚園の子も保育園で見ることになった。


保育園へと続く、ひと気のない山道に、そいつは立っていた。

「幼稚園の子は来るな!保育園の子しか見たらいかん!」

棒きれを片手に通せんぼ。

この世の理不尽を初めて知った日。


やがて小学校入学…おりやがったんだ、こいつが。

以来中学2年まで、学年女子全員は恐怖と戦慄の日々を送ることになるんじゃ。


乱暴者とか、いじめっ子とか、そんな生やさしいもんじゃない。

体が大きく、口が立ち、運動神経がずば抜けているので

やることの予測がつかない上に言い訳がうまく、逃げ足の早いことといったら。

血も涙もないジャイアン、または悪魔が憑依した両津勘吉との半生の幕開け…。


トイレをのぞいたり、ランドセルや靴を川に投げ込んだり

持ち物を破壊、投石、遊具から突き落とすなんて、ごく日常。

男子には何もしない(男には弱いらしい)。

上級生にも何もしない(縦の関係には弱いらしい)。

下級生にも何もしない(妹がいたから)。

とにかくターゲットは同学年女子。


保健室送りや病院送りは常識、ヘタすりゃ命に関わりそうなこともたくさんあった。

家庭科が始まった頃は、みんなビビッてたね。

なぜって、針とハサミがあるっしょ。

針でブスッと刺されたり、髪や服を切られた子、多発。

私は逃げ足が早かったから、体に針の穴はあかなかったけどね。


ヤツに乱暴されることを怖れ

当時はこんな単語すらなかった「不登校」もあった。

団結して、新学期から同じクラスにしないでほしいと

学校に集団直訴をしたお母さんたちもいた。


しかし、教師たちの彼に対する考えは違った。

親子に付き添って謝罪に同行したり、家庭訪問を繰り返すうちに

歴代の先生たちは、いつも彼を擁護する側に回った。

先生の前で、ヤツは「ワンパクだけど根はいい子」を演じていたからじゃ。

それに、今ならわかる。

多分ヤツの家は、運動神経以上に、ずば抜けたスーパー貧乏だったと。


飲んだくれで仕事の続かない父親と、内職に精を出す母親

絵に描いたような光景に、教師が聖職魂を揺さぶられたと想像するのは容易だ。

どんなに糾弾されようとも、ヤツは庇護された。

昔は、苦しむ被害者を救済するよりも、加害者を更正させるという

目に見える努力が尊ばれたもんよ。


我々児童とて、手をこまねいて為すがままに翻弄されていたわけではない。

親や教師があてにならんなら、自己防衛しかない。

命と学用品を守るため、絶対一人で行動しない、接近してきたら大声を出す

登下校時には、ヤツと時間が一致しないようにずらす…

などの自衛策をとった。

ヤツを消す計画まで練って、おおいに盛り上がった。

同級生女子の結束の強さは、この時に生まれた。


4年生の時、クラス委員を選出する場で、担任が力説した。

「ワンパクな人ほど、本当はリーダーに向いているんです」

新しい一面を引き出すつもりだったのか、暗にヤツに投票するよう根回し。

昔の子供は単純だ。

ヤツは満場一致で委員になりおった。


「お母ちゃんに票の数を教えてあげるんだよ」

夕焼けの教室…担任の言葉に頬を紅潮させ、教室を飛び出すヤツ。

いいシーンだ…児童小説なら。


我々にも打算はあった。

これで安全な生活が送れるなら、票のひとつやふたつ、安いものだ。

しかし、それは自信に満ちた独裁者を誕生させたに過ぎなかった。

しょせんは田舎の小学生…

満場一致というのは、ヤツも自分に投票していたからこそ成立することを

みんな忘れていた。


中学になり、ヤツが興味を示す相手が特定されてきたことに気付く。

家で集めたゴキブリを女子の背中に突っ込み、それを上から叩きつぶす…

ライターご持参の上、教科書を燃やす…

テスト直前に鉛筆を全部折り、さらにシャーペンの芯を抜かれる…

こういう物質的被害を受けるのは、美人と決まっていた。

中学あたりになると、美醜の差がはっきりしてくる。

この時ばかりは、美人に生まれなくて良かった…と心から安堵したものさ。


美人でない私は、完全に解放されたか…といえば、そうでもない。

家が商売をしている子には、口での攻撃が待っていた。

家業をねじ曲げた言葉で、それはそれは執拗にはやしたてるのだ。

肉屋の娘なら「牛殺し」、お寺の娘は「死神」、私は「汚職屋」ね。


まあそのくらいなら、どうってことはない。

商売人の娘というのは、どこか肝がすわっているところがあって

「また言ってら~」と聞き流す。

ゴキブリや鉛筆に比べれば天国じゃわい。

ヤツの家庭環境から発生する、性や経済への歪んだコンプレックスが

起因しているということも、その頃になると薄々気付き始めていた。


中学2年の3学期、しかし私は痛恨の一撃を打ち込まれることに…。

通知表の音楽が、生まれて初めて5段階評価の「4」になったんじゃ。

ピアノを心の友とし、ピッコロとフルートを愛し

この3年生からは、ブラスバンドの部長になることが決まっていた。

勉強は苦手でも、音楽だけはトップというよりどころがあった。

できれば音楽に関わる仕事に就きたいという野望もあった。

そのために、音楽の成績は重要なわけよ。

ガラガラ…あ、これ、積み重ねた自信が崩れる音ね。


「なんで4なんですか?」

担任であり、音楽教師であり、ブラスバンド顧問のところへ抗議に走る。

「しかたがないでしょう。こう忘れ物が多くては…」

忘れ物などしたことは無かった。

この教師は生活態度に厳しいタイプだったので、ことさら注意していた。


日頃は音楽室の壁にぶら下げてある、自己申告制の忘れ物ノートを見せられる。

○月○日…リコーダー、○日…ノート、○日…リコーダー…。

私は音楽の時間に、毎回忘れ物をしたことになっていた。

そりゃもう丹念に、びっしりと書き込まれているではないか。

ページをめくると、前の月も、その前も…。


「何で一言聞いてくれなかったんですか?

 誰かがやったんです!私じゃありません!」

先生は三人目の子供を生んだばかりだった。

そんなこと、いちいち本人に確かめているヒマはないのだ。

「人のせいにしないの!仮に誰かがやったとしても

 そういうことをされる自分の日常を振り返りなさい!」

とにかく…と先生はろう人形のような目つきで言った。

「今回4だったから次は6というわけにはいかないのよ」

一度つけてしまった成績に文句を言われては困るというわけよ。


職員室でのこのやりとりを、ニヤニヤしながらのぞいていた者がいる。

ヤツだ。

待ち構えたように近寄って来て、小声で言った。

「…どう?俺の置きミヤゲ」


ヤツは、今学期限りで転校が決まっていた。

父親が病気になったので、一家で母親の故郷へ行くのだ。

それを知った時、我々は狂喜乱舞した。

完全にうかれていた。

最後の最後まで気を抜くべきではなかったのだ。

ヤツはヤツなのだ…。

今さらヤツを責めて、騒ぎを大きくしたって、成績は戻らない。

いつも5の私が4になったと話を広めるだけだ…。

これ、中2なりの打算ね。


ともあれ、ヤツはいなくなった。

これは正真正銘の僥倖であった。


                     続く
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