殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

若妻会

2014年05月20日 11時49分01秒 | みりこんぐらし
義母ヨシコのご近所さん、こはぎちゃんを覚えておいでだろうか。

隔週の月曜日に我が家を訪れては

午前中から夕方までを過ごす、90才のおばあちゃんだ。

このこはぎちゃんが、近頃ヤバい。


周辺では、認知症疑惑がささやかれている。

「来たら最後、夕方まで帰らない」

そう訴える家々が、続出しているのだ。

うちだけではなかったらしい。


先日のこはぎデー、ヨシコは病院の検査に出かけた。

そこへこはぎちゃんから電話。

「これからお邪魔してもいいかしら」

ヨシコの留守を伝える私に、こはぎちゃんは言った。

「でも、あなたはいるんでしょ?いいわ、行きます」

ガチャリと電話は切られた。


ほどなくやって来たこはぎちゃんは

いつものようにドラ焼き5つ入りの小箱をくれた。

一人息子が単身赴任先で買ってくるものだ。

これを手土産に、あちこち行っているらしい。


息子さんの心配りのこれも、訪問先ではすこぶる不評である。

なぜならうち以外は、未亡人の一人暮らし。

「同じ甘いものばっかり、ありがた迷惑」

と言うのだ。

未亡人の一人暮らしは、健康志向なのだ。


認知症疑惑とはいえ、こはぎちゃんは

煙たい旦那のいない、つまり長居しやすい家をしっかり選んでいる。

「寂しいだろうから行ってあげる」

「こっちも気を使っている」

夫を見送り、一人で果敢に生きる女性達は

こういう感情に敏感である。

その人達の神経を逆なでしていることなど

こはぎちゃんや息子さんは、知るよしもない。


以後数時間に渡り、私はこはぎちゃんの相手をすることに。

「近頃、小じわが出たみたいなの」

「うちの裏のご主人は、生前、私を狙っていたのよ」

不毛過ぎるおしゃべりが、延々と続く。

ヨシコの苦労が身にしみる。


こはぎちゃんの目は、以前と変わっていた。

光を失い、黒くて小さいふし穴みたいになっている。

彼女もいよいよ、デンジャラ・ストリートの一員か。


午後になって、やっとヨシコが帰って来た時は

留守番をさせられた仔犬のような気持ちで

飛びつきたかった。

こはぎちゃんを見てぶったまげるヨシコに押し付け

さっさと逃げる。

その夜、ただでさえ減少傾向の水分を

すっかり抜き取られたようになり、グッタリした。

私は言いたい。

「息子さん!ドラ焼き5つじゃ合わねえっす!」



さて、前日の“こはぎ疲れ”も癒えぬ翌日は

ヨシコの年寄りの友達、通称ヨリトモが

うちに集まって女子会だい。


いつでもおしっこが漏れてしまう、尿漏れのおチヨ

どこでも太ももあらわにインスリン注射を打つ、インスリンのおタツ

不眠症で精神安定剤を暴飲する、バランスのおシマ

一日の大半をトイレ通いに費やす我が姑、かわやのおヨシ

ヨリトモ軍団は、以上のアラエイティ4名で構成されていたが

最近、新メンバー加入。

“骨肉のおトミ”である。


おトミは昔から、おチヨ、おシマ、おヨシとは仲良しだったが

インスリンのおタツとソリが合わなかった。

どっちもズケズケ言うタイプなので、喧嘩になるからだ。

しかし、近年勃発した嫁姑問題に悩むおトミが

幾分おとなしくなったため、両者は歩み寄りを見せていた。


おトミの骨肉は、昨年

自分の娘に家を買い与えたことから始まった。

片時も手元から離さずに可愛がったあげく

無職のハイミスとなった娘の老後を案じる親心だった。


この一卵性母子と25年間同居した嫁は、この時点でキレた。

おトミ夫妻と娘は突然、嫁からこう言い渡される。

「3人の食事は、もう作りません。

私達は8時に夕飯を食べますから、そちらは6時に済ませてください」


一つの台所を二家族が、時間差で使用する日々が始まった。

板挟みの長男は気を使って

6時におトミ達と夕食を共にし、8時に妻とも食べるようになった。

よって肥満いちじるしく、健康診断の数値も深刻だという。


同じ屋根の下で、口もきかない…

80才を過ぎて、初めて味わう緊張感に

おトミはすっかり参っていた。

愚痴をこぼそうにも、めぼしい者は墓の中。

そこで、ヨリトモ軍団に入団したのだった。


うちの応接間で、賑やかなヨリトモ軍団の宴が始まる。

「一緒に食べましょうよ」

と誘われ、私も仲間に入る。


この集まりが、本当は「若妻会」という名前だと

その時初めて聞いた。

「昔は私達も若妻だったのよぉ~!」

「今は古妻」

「あ~ら、やもめの私は妻も卒業したわ」

アハハ、オホホ…笑いさざめく、元若妻達。


会話がはずむ、笑い合える、この普通が嬉しい。

前日のこはぎ疲れを、若妻会に解毒してもらった。

毒をもって毒を制すか。
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腹の色

2014年05月12日 10時19分46秒 | 検索キーワードシリーズ
どんな言葉で検索して、うっかりこのブログへ来ちゃったか…

それが検索キーワード。

久々に、検索キーワードについて好き勝手を言ってみよう。

しばらくほっぽらかしている間に、浮世の呼び名は

検索キーワードのキーが無くなって、検索ワードになっているようだが

細かいことは気にしない。


「中高年夫のスナック通いをやめさせる方法おしえて」

女房妬くほど亭主モテもせず…

と言いたいところだけど、他に大きな問題が無いからこそ

日々の不満が重く大きく膨らむメカニズムはわかります。


止めるとなお行く。

嘘をついてまで行く。

そんなに楽しいのかと思ってしまう。

私をさしおいて旦那だけ面白おかしいのは許せない。

かさむ出費も気にかかる。

浮気と似ていますね。


誰が悪いのでもない。

引っ張られて、連れて行かれるんです。

どなたに?

お酒や酒場やオネエちゃんが好きだった、今は亡き人々にですよ。

魅入られたんです。


ご主人の身内を思い起こしてごらんなさい。

そういうことが大好きで、家族を泣かせたあげく

気の毒と形容される最期を迎えた故人がいらっしゃるはずです。


その人だけでなく、酒場には

同じような方々がウロウロしていらっしゃいます。

好き勝手をしておいて、悔いは無いだろうと思いがちですが

本当は無念だったんです。

本当はやり直したいんです。

同じ低級な素質と心根を持つ、ご主人の身体を借りてね。

あんまりかけ離れた人間じゃ臨場感が無いし

低い所から高い所にいる人に取り憑くのは

法律?的に無理なんですよ。


ともあれ、こっちの世界に長くいると、だんだんスレてきます。

やり直したいの半分、飲み足りない分を補充したいの半分

タチの悪いのになると、同じ最期を迎えるのを期待するのもいます。

無念組合の仲間を増やして、自分だけじゃないと安心したいからです。

これこそが、低級と呼ばれる所以(ゆえん)です。


どうです?そう考えると、多少は気が楽になりませんか?

え?ますます不安になった?


殺虫剤のように明瞭な解決法はありませんが

とりあえず、まず近い所から…

前出の身内の方を思い浮かべ、そんな困ったクンでも

長所や楽しい思い出はいくつかあるでしょうから

時々家族で話したり、たまに一人で思い出してあげてください。

常時考える必要はありません。

考え過ぎはいけません。

ご主人が徐々に落ち着いてくるようであれば、当たりです。


え?そんな人、知らないって?

死者は無関心が一番つらいんですよ。

つらいから、ご主人がメッセンジャーにさせられるのです。


以上は私のうわごとですから、信じないように。

ご自分を責めないでいただきたいという主旨だけ

ご理解いただければ幸いです。




「古参パートの腹黒さ もう誰も信じられない」

古参のパートは腹黒いもんです。

腹黒いから続けられるのです、私のように。


ギリギリまで削減された人員の分、これでもかと増える仕事。

社保厚生年金が欲しければ馬車馬に

扶養のままでいいなら、時間内は目一杯

どっちにしても働けということです。

信じられる天使のような人だと、今のような雇用制度の中では

働き過ぎと気の使い過ぎで病気になってしまうから、続けられません。


もっとも、心美しい天使は

外で修行する必要が無いので、たいてい家にいます。

たまに働く天使もいますが、おっとりして要領が悪いため

下界の職場ではあんまり役に立ちません。

動かないのに心だけきれいってのも、案外持て余すものです。

給料だけは皆と同じにもらうわけですから

信じる前に腹が立ちます。


誰も信じられない…それが正解なのです。

給料をもらいながら、その上誰か信じたいなんて甘いのです。

お金を手にした上に、お友達まで欲しがるのは贅沢なのです。

なあに、人の腹の色なんか考えても同じですよ。

みんな似たり寄ったりの色です。


大丈夫。

そんな職場は、人が続きません。

人が続かないので、後輩は自然に増えていきます。

後輩が増えるということは、働きやすくなるということです。


人間は年を取るにつれ、あちこち痛くなってくるし

眠りも浅くなるし、気力体力の回復が遅くなります。

それでも多くの人が定年まで働けるのは

熟練や要領もありますが、隠れた要因は後輩が多いところにあります。

無意識に自分のやる仕事を選び

しんどい仕事はごくナチュラルに後輩へ振れるからです。

若いモンと同じことをしていたら、死んじゃいますよ。

年取ってからの転職がきついのは、後輩がいないからです。


以上を踏まえ、信じられる人の出現を待つより

先に人から信じてもらえるようになりましょう。

「あの人に任せておけば大丈夫」

「あの人なら必ず何とかしてくれる」

そう信じてもらえる人になれば、信じられる相手は自然に出てきます。


何の参考にもならないでしょうが

私の友人ラン子の話をさせていただきましょう。

美白化粧品による白斑症問題があった頃

一人の同僚がニコニコしながら言いました。

「ラン子さん、まだ大丈夫?」


意味がわからないラン子に、その同僚は続けます。

「あなた、おしゃれで綺麗にしているから

きっと発病するに違いないと思って、みんなで心配しているのよ」

癌経験者のラン子には、発病という単語が深く突き刺さりました。

腹黒界にも上級者はいるようです。


あ、検索キーワード2つで、こんなに長くなっちゃった。

じゃ、この辺で。

ご健闘をお祈りいたします。
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当惑・5

2014年05月07日 21時51分06秒 | みりこんぐらし
「あのおばさん、アオい」

「うん、アオい」

帰り道、子供達は言う。


「ダイちゃん、また言ってくるだろうなぁ」

「世話になってるけど、こればっかりはなぁ」

「困った困ったこまどり姉妹」


「案ずるな」

私は言う。

「100円貯金が貯まるまでに、1年ちょっとかかる計算になる。

まだ貯まりませんと言っておけばいい。

どうにもならなくなったら、パパを渡そう」

夫は運転しながら「無理!」と叫ぶ。


「無理だって」

「案ずるな」

私は再び言う。

「うちらは確かに困ってるけど

逆に言うと、うちらはダイちゃんの秘密を握っとるんじゃ。

そう無体なことはできない」


「秘密を知るオレらを何が何でも入れたがる気がするけど」

「案ずるな」

私は三たび言う。

「こういう時のために、別の道を準備中じゃ」


親会社に身をゆだねた今の安定が

未来永劫続くとは、最初から思っていない。

ダイちゃんが宗教の話を初めてした4月某日

我々夫婦は一つの潮時を感じたものであった。

一本の木に寄りかかり、傷めた羽を休める期間は終わったのだ。


自営業において、メシの種を一本に絞ることの危うさは

義父アツシの会社の廃業騒ぎで骨身に沁みていた。

20数年前、アツシは取引先を一部上場企業の一社に絞った。

つかの間の羨望と安泰を得た後

相手側の責任者交代や経営方針の変化、ライバルの出現で

見る見る先細りになったのを目の前で見てきたのだ。

他の取引先を小口と軽んじてきたため

減った売り上げを補填できるような話は訪れなかった。


アツシは、その企業に取り入って仕事を得たのではない。

郊外に万坪単位の工業用地を買って地方工場を誘致し

大家として、材料供給を一手に引き受けた。

大口の株主にもなった。

つまり最初は対等な立場であった。

それでもこうなってしまうのだ。

一本化は自分の首を締める…我々は肝に銘じていた。


とはいえ頭の悪い我々は

安易な独立や、華麗なる転身なんか狙わない。

現状維持のまま、いろんな話にちょっと絡んでおけば

あとは賢い人達がどうにかしてくれる。

そうやって日頃から、選択肢を増やす活動をしてきた。


今、メシの種の中から一つの芽が育とうとしている。

その発芽の数日後、ダイちゃんの秘密を知った。

発芽と引き換えに、家族みんなが大好きだった

あのダイちゃんから卒業する事態が起きたように思う。


メシの芽から、どんな花が咲くのかはまだわからない。

本社が喜ぶ規模に育ったら、話を振って恩を返すもよし

それほどでもなければ、家族4人のうちの誰かが行くもよし

途中で枯れてもかまわない。

元々、失うものは何も無いのだ。


「だから、ここしか生きる道が無いなんて思って

自分を追い詰めないように。

いい?明日から、おじいちゃんは危篤よ。

おばあちゃんも具合が悪くなるの。

だから私達は、ダイちゃんに呼び出されても行けない。

わかったね?」

そう言う私の顔をまじまじと見て、子供達はつぶやくのであった。

「クロい…」。

《完》
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当惑・4

2014年05月06日 20時12分27秒 | みりこんぐらし
川崎さんの夫への質問はなおも続く。

今度はテーブルの下からパネルが出てきた。

天国、中間、地獄と書かれ

それぞれに0から100までの目盛りがある。

「お父さんは、今どの位置にいると思ってますか?」


夫、迷わず地獄の一番下にある0の目盛りを指差す。

さっきウケたので、また調子に乗ったのだ。

しかし長時間じっと座って動けない今の苦しみは

彼にとって、まさに地獄ともいえよう。


「つらいんですね?ね?」

川崎さんは満足そうである。

「この苦しみから、抜け出したいんですよね?」

夫が心底抜け出したいのは、この部屋であろう。


「あ…いや…その…僕は…」

夫は撤回を試みたが、張り切った川崎さんの言葉に

かき消されてしまった。

「この信仰を始めると決心すれば、それだけで魂が30段階上がります。

ゲタを履かせてもらうと、天国が近づきますよ」


それを聞いて、プッと笑いそうになった私を

川崎さんは見逃さなかった。

「ゲタ、面白かったですか?」

「いやぁ…魂がたとえ30段階上がったとしても

やっぱり同じ地獄の30丁目で

地獄には変わりないと思っただけです」


川崎さんは、ちょっとムッとしたらしい。

「奥さんに、きついこと言っていいですか?」

とおたずねになる。

「どうぞ」

「夫婦というのは絶対に、同じ場所に居るものなんですよ。

ご主人が地獄に居るとおっしゃる限り、奥さんも地獄の住人なんです」

「ああ、そうですか」

「親が地獄だったら、子供も地獄なんですよ。

地獄から抜け出して、地上天国に導いてあげたいと思いませんか?

お子さんから不幸を取り除いてあげたいと思いませんか?

親御さんのことで、大変だったんですよね?

今何とかしておかないと、これ、代々続きますよ」

代々も何も、まだ嫁も孫もいないんだから

続くかどうかもわからないのだが

川崎さん、どうしても我々が不幸でないと困るらしい。


ま、不幸といえば不幸かもしれない。

よそのおばさんに不幸と決めつけられ

気の進まないことをやれと責め立てられるんだから

地上天国どころか、地上地獄だ。

その地獄を人に与えているとはみじんも思わず

正しい行いと信じていることこそ、地獄の鬼の所業であろう。


「親の失敗や介護が、不幸とは思いません。

そのおかげで○○部長(ダイちゃんのこと)とも

お会いできましたし、充分幸せと思っているんですが」

「それは本当の幸せを知らないからですよ。

絶対安心の地上天国を知れば

自分がいかに不幸で愚かだったかに気がつきます。

同じ一生なら、幸せの道を歩きたいと思いませんか?」

「さあ…なにしろ愚かなので…」


夫は脂汗も出尽くし、顔色が蒼ざめて息が荒くなっている。

彼の地獄も限界に達していた。

子供達も退屈そうなので、私は勝手にクロージングに入る。

「今日はいいお話を聞かせていただいて、ありがとうごさいました。

こちらにうかがったことで

◯◯部長(ダイちゃんのこと)のご厚情に対する義理は

はたしたつもりです。

足りないと言われれば、信仰以外の忠誠で

お返ししていきたいと思います」


「いや、僕は足りないなんて、思ってないよ」

ダイちゃん、ここで初めて口を開く。

「幸せになってもらいたいんだ」


「ぶっちゃけ、いくらかかるんです?」

私は彼らに問うた。

そこでまた長々と説明があり、結局のところ

入信するには1人数万円、家族4人で10数万円かかるという話だ。

それで永代込みではなく、やはり寄付や献金が

年がら年中必要らしい。


「お金がありません」

「大丈夫です。

思い切って出したら、どこからか必ず戻ってきます」

「戻る前に飢え死にしたら、どうするんです?」

「じゃあ1日100円ずつ貯めたら?

努力していればおチカラがはたらいて、早く貯まりますよ」

川崎さんはあわれみの目で私を見た。

今度は不幸の上に、貧乏の称号もつけてくれたようだ。


「病気の母が1人で待っていますので、これで失礼させていただきます」

この常套手段を使用して、立ち上がる我々。

「お金が貯まって、またここでお会いできるのを楽しみにしていますよ」

とりあえずここで解放され、ほうほうのていで逃げ帰った。


《続く》
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当惑・3

2014年05月05日 16時50分31秒 | みりこんぐらし
宗教施設へ赴く日がきた。

出がけにヤエさんから電話があり

さっき、姑さんが転んで骨折したので

行けなくなったと言うではないか。


私はその報告を喜び、さっそくダイちゃんに電話をする。

「だから今日は行きません」

するとダイちゃん、こともなげにおっしゃる。

「じゃあ今日は4人だね!」

「いや…ヤエさんが行けなくなったので私達も行かないと…」

「もう準備してるから来てよ、頼むよ」

許されませんか…やっぱり。


ダイちゃんははっきり言わなかったが

誰か行かないと、顔が立たない状況らしい。

ヨシコさん…あんたも骨一本、どうですか?

しばし待ってみたが、義母ヨシコに骨折の気配は無さそうなので

仕方なく4人で出かけた。


若いという理由で、逃げようと思えば逃げられるものを

休みを棒に振って付いて来る息子達がけなげであった。

申し訳ないと言うと、彼らは真面目な顔で答えるのだった。

「今日は逃げられたとしても、また言ってくるのはわかってる。

ダイちゃんと仕事をする限り、逃げきれない。

これも営業」


営業営業と言いながら、高速で1時間、施設に到着。

我々の仏頂面とは反対に

ダイちゃんは満面の笑みで待っていた。

宗教臭のしない近代的な建物は

ものすごくお金がかかっていそう。

つまり献金や寄付金の類いが、かなりいりそう。


言われるまま、一通り儀式をこなす。

真面目くさってお経みたいなのを唱え

風変わりなお辞儀を繰り返すダイちゃんや教団の人達を見て

子供達はプッ…クスクス…と小さく笑う。

これ、とか言いながら、やはりニヤつく私であった。


儀式が終わると、ダイちゃんに案内されて個室へ移動。

そこには川崎さんと名乗る、私よりちょっと年上の

ごく普通のご婦人が待っていた。

「勉強して試験を受けて、資格を取った人しか

話はできない決まりなんだ。

家内もその資格を持っているんだよ」

事前に説明された通り、ダイちゃんは何も言わない。


川崎さん、本人的にはユーモアを交え

宗教の由来や教祖の人となりをお話してくださるが

そもそも乗り気でなく、事故に近い経緯で

ここに来た我々の反応は、今ひとつであった。


ずっと宗教活動だけしてきた女性って、社会的経験値が低い。

世間でもまれた経験は少ないのに、情報と理屈だけは日々取り込むので

知ったかぶりの頭でっかちという印象はぬぐえない。

「私はママ友に仲間はずれにされたことがあって…」

「父が早く亡くなったので、祖母に育てられて苦労しました」

なんて言われたって、それが何か?としか思えないじゃないか。


今は亡き教祖に代わって、教団を引き継いだ娘さんが

世界ナントカ平和会議に出席された時のお写真とやらを

得意そうに見せてくださるが、ナントカ会議のメンバーより

教祖のお嬢様の高そうな着物と帯のほうに着目する私。

世襲制なのはオイシイから…

うちの子や社員が必死で働くからこそ手にできる貴重な金で

この女を飾ってやらんでもええわい。


我々の無反応に困った川崎さん、今度は質問形式に切り替える。

「皆さんの一番怖いものって何ですか?

私は泥水が怖いんですよ。

前世では田んぼに埋まって死んだのかもしれません」

川崎さんはそう言う。

あんたの前世なんか知るか。

じゃあ蛾が怖い私は、モスラに襲われて死んだんだろうよ。


一番怖いもの…この質問は夫に振られた。

夫、無言で私を指差す。

爆笑する我ら一家。


しかし川崎さんは、このような反応はお初だったらしい。

しばしうろたえた後、おもむろにこう述べた。

「大丈夫です。

この信仰を始めれは、本当の幸せが手に入りますよ。

家長であるお父さんが決心すれば、家族が幸せになれるんです」

家族の幸せなんか考えたこともない男に

そんなことを言ったって無駄だ。


川崎さんの無駄球はなおも続く。

さっきの指差しで、彼女の興味をそそってしまった夫は

集中攻撃を受ける羽目となったのだ。


そのうちダラダラと脂汗をかき始める夫。

川崎さんはそれを見て「先祖が喜んでいる」と言うが

それは違う。

長時間じっとしていることが、夫には拷問なのであった。

《続く》
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当惑・2

2014年05月04日 19時26分45秒 | みりこんぐらし
ダイちゃんの話によると、この新興宗教には

最初、奥さんが入信した。

それを苦々しく思っていたが

会社の罪事件の際、気が弱って集まりに参加してみた。

すると問題がたちどころに解決し

以来、子供達も含めた家族ぐるみで

熱心な信者になったそうだ。

「黙っているつもりだったけど

一緒に同じ道を歩みたい気持ちが強くなった」

とおっしゃる。


ダイちゃんの本当の姿を知った我々は

とりあえず当惑していた。

しかしこれまで抱いていた疑問が、一気に解消したのも確かだ。

墓参りや宗教の話に食いつく…

我々と知り合う直前、軽い脳梗塞になったそうだが

薬を飲むのを見たことがない…

電話した時、どこか広いホールのような場所に居るらしく

彼の声にエコーがかかることがたびたびある…

そんな疑問だ。


最大の疑問は、愚痴や悪口を一切言わないところや

都合や忙しさで機嫌や口調が変わらないところで

その紳士的な態度は、我々の尊敬を集めていた。

だがこれらは、そうしようと決めても

なかなかできるものではない。

ダイちゃんに元々備わる人格なのか。

それともバックに何か理由が隠されているのか。

家族で幾度となく推理と議論を重ね

最終的にはバック説に落ち着くのを繰り返していた。

なるほど、バックはこれだったのか。


食事に行った時なんか、段差でスッと手を添えてくれたり

ドアを開けてくれたりするのは

レディファーストなんかじゃなかったのねっ!

宗教活動で大人数が集まった時、仲間の老人にするのと同じ

イタワリだったのねっ!


とはいえ、我々にも打算はある。

信仰の絆は、強くて深いものだ。

ハイと従えば、次期取締役が決まっているダイちゃんの

より一層手厚い保護の元、安楽な余生が送れよう。

共に働く子供達の未来も安泰である。


だが、信仰は我々一家に一番向いてない行為である。

群れる、集まる、話を聞く…

この三拍子が揃っているじゃないか。

しかも徒党を組んで歩むその道は

暫定、正しい道と相場は決まっている。

夫に正しい道なんか歩かせたら、死んでしまうぞ。


無理…嫌…カンベンして…

家族4人、顔を見合わせてアイコンタクトを取っているところへ

「こんにちは~!」と友人のヤエさん登場。

その朝、ちらし寿司を作ると連絡があったので

できあがったら会社に届けてと頼んでいたのだ。


天の助け…私はダイちゃんにヤエさんを紹介した。

このままダイちゃんが帰る4時まで引き止めて

さっきの宗教話をうやむやにするつもり。


その時である。

ヤエさんは放置していた胆石が肥大して

癌に移行する可能性があると病院で言われ

落ち込んでいると嘆いた。

姑さんの介護で、手術を先延ばしにしていた口惜しさに

涙まで浮かべているではないか。

こんな時に寿司なんか作らなくていいようなもんだが

作っちゃうのがヤエさんなのである。


ヤエさんの話を聞いたダイちゃん、燃える。

我々の戸惑いをよそに、2人は宗教話で盛り上がった。

お腹の石が消えるとまで言われたヤエさんは

「ぜひお話が聞きたい!」と言い出し

その週末、教団の施設に行くことを決めてしまった。

「1人じゃかわいそうだから、君達が連れて来てあげてね。

詳しいことはまた連絡するから」

ダイちゃんはそう言い残して帰って行った。


かわいそうも何も、ヤエさんの実家は問題の宗教施設の先にあり

その辺りの地理には詳しい。

愛車をかっ飛ばしてどこへでも行くアクティブな女性なのだ。

しかし変なモンだったら、ヤエさんを止めないといけない。

見届けなくては…やはり我々は行くしかないのだった。


「母さんがヤエさんを紹介なんかするからだ」

家に帰って、男どもに責められる私。

「案ずるな。

いざとなったらヤエさんをあてがって、うちらは逃げるんじゃ!」

苦しまぎれにうそぶく、卑怯者の私であった。

《続く》

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当惑・1

2014年05月03日 11時34分09秒 | みりこんぐらし
ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか?

私はシルバー介護ウィークです。

暇にあかせて、最近起きた問題を連続ものにしてみました。

空いたお時間にでもごらんいたたければ幸いでございます。




我々の会社の面倒を見てくれている本社の経理部長

ダイちゃんとの付き合いもはや2年。

我々夫婦の頭脳として、息子達の兄貴分として

心地よい関係が続いていた。


この心地よさは、月に数回しか会わないことと

ダイちゃんの人類愛によるところが大きい。

彼の細やかな配慮に感謝しつつ

馴れ合いにならないようセーブするのが

我々なりの誠意だと思っている。


先日、いつものように我々一家と談笑していたダイちゃんは言った。

「僕は昔、会社の罪を一人でかぶったことがあってね。

親の失敗をかぶったみんなを見ていると

その時が思い出されて、とても他人事とは思えないんだ」


ダイちゃんは罪の内容を言わなかったが

我々もこの業界は長い。

会社の罪とは、談合や賄賂に関するものだと思われる。

昔は必要悪としてまかり通っていた、これらの裏工作が

ある時を境に法律で禁止された。

綺麗事だけでは立ち行かない建設業界に

この新しい常識が浸透するまでの端境期(はざかいき)において

ダイちゃんのような目に遭った人が多勢いたものだ。

彼が異例の出世を遂げたのは

この事件の論功行賞だと腑に落ちると同時に

それであんなに親身になってくれたんだ…

と感動する我々であった。


「みんなとは、仕事だけじゃなくて一生付き合っていきたい。

幸せになってもらいたいんだ」

ダイちゃんはこうも言い、ますます感動した我々は

口々に賛同の意を伝えたものだ。


しかしそれは墓穴であった。

この安易な賛同は、この後ダイちゃんから発せられる

衝撃発言のプロローグとなる。


「だから幸せになるために、僕のやってる信仰を一緒にしない?」

ひんえ~!

さっきまでの感動は吹っ飛び、我々家族は息を飲んだ。

ドン引きというのはこの状態を言うのかも、と考えながら

さほど大きくもない目を見開き、ダイちゃんを凝視する私であった。


《続く》


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