義母ヨシコのご近所さん、こはぎちゃんを覚えておいでだろうか。
隔週の月曜日に我が家を訪れては
午前中から夕方までを過ごす、90才のおばあちゃんだ。
このこはぎちゃんが、近頃ヤバい。
周辺では、認知症疑惑がささやかれている。
「来たら最後、夕方まで帰らない」
そう訴える家々が、続出しているのだ。
うちだけではなかったらしい。
先日のこはぎデー、ヨシコは病院の検査に出かけた。
そこへこはぎちゃんから電話。
「これからお邪魔してもいいかしら」
ヨシコの留守を伝える私に、こはぎちゃんは言った。
「でも、あなたはいるんでしょ?いいわ、行きます」
ガチャリと電話は切られた。
ほどなくやって来たこはぎちゃんは
いつものようにドラ焼き5つ入りの小箱をくれた。
一人息子が単身赴任先で買ってくるものだ。
これを手土産に、あちこち行っているらしい。
息子さんの心配りのこれも、訪問先ではすこぶる不評である。
なぜならうち以外は、未亡人の一人暮らし。
「同じ甘いものばっかり、ありがた迷惑」
と言うのだ。
未亡人の一人暮らしは、健康志向なのだ。
認知症疑惑とはいえ、こはぎちゃんは
煙たい旦那のいない、つまり長居しやすい家をしっかり選んでいる。
「寂しいだろうから行ってあげる」
「こっちも気を使っている」
夫を見送り、一人で果敢に生きる女性達は
こういう感情に敏感である。
その人達の神経を逆なでしていることなど
こはぎちゃんや息子さんは、知るよしもない。
以後数時間に渡り、私はこはぎちゃんの相手をすることに。
「近頃、小じわが出たみたいなの」
「うちの裏のご主人は、生前、私を狙っていたのよ」
不毛過ぎるおしゃべりが、延々と続く。
ヨシコの苦労が身にしみる。
こはぎちゃんの目は、以前と変わっていた。
光を失い、黒くて小さいふし穴みたいになっている。
彼女もいよいよ、デンジャラ・ストリートの一員か。
午後になって、やっとヨシコが帰って来た時は
留守番をさせられた仔犬のような気持ちで
飛びつきたかった。
こはぎちゃんを見てぶったまげるヨシコに押し付け
さっさと逃げる。
その夜、ただでさえ減少傾向の水分を
すっかり抜き取られたようになり、グッタリした。
私は言いたい。
「息子さん!ドラ焼き5つじゃ合わねえっす!」
さて、前日の“こはぎ疲れ”も癒えぬ翌日は
ヨシコの年寄りの友達、通称ヨリトモが
うちに集まって女子会だい。
いつでもおしっこが漏れてしまう、尿漏れのおチヨ
どこでも太ももあらわにインスリン注射を打つ、インスリンのおタツ
不眠症で精神安定剤を暴飲する、バランスのおシマ
一日の大半をトイレ通いに費やす我が姑、かわやのおヨシ
ヨリトモ軍団は、以上のアラエイティ4名で構成されていたが
最近、新メンバー加入。
“骨肉のおトミ”である。
おトミは昔から、おチヨ、おシマ、おヨシとは仲良しだったが
インスリンのおタツとソリが合わなかった。
どっちもズケズケ言うタイプなので、喧嘩になるからだ。
しかし、近年勃発した嫁姑問題に悩むおトミが
幾分おとなしくなったため、両者は歩み寄りを見せていた。
おトミの骨肉は、昨年
自分の娘に家を買い与えたことから始まった。
片時も手元から離さずに可愛がったあげく
無職のハイミスとなった娘の老後を案じる親心だった。
この一卵性母子と25年間同居した嫁は、この時点でキレた。
おトミ夫妻と娘は突然、嫁からこう言い渡される。
「3人の食事は、もう作りません。
私達は8時に夕飯を食べますから、そちらは6時に済ませてください」
一つの台所を二家族が、時間差で使用する日々が始まった。
板挟みの長男は気を使って
6時におトミ達と夕食を共にし、8時に妻とも食べるようになった。
よって肥満いちじるしく、健康診断の数値も深刻だという。
同じ屋根の下で、口もきかない…
80才を過ぎて、初めて味わう緊張感に
おトミはすっかり参っていた。
愚痴をこぼそうにも、めぼしい者は墓の中。
そこで、ヨリトモ軍団に入団したのだった。
うちの応接間で、賑やかなヨリトモ軍団の宴が始まる。
「一緒に食べましょうよ」
と誘われ、私も仲間に入る。
この集まりが、本当は「若妻会」という名前だと
その時初めて聞いた。
「昔は私達も若妻だったのよぉ~!」
「今は古妻」
「あ~ら、やもめの私は妻も卒業したわ」
アハハ、オホホ…笑いさざめく、元若妻達。
会話がはずむ、笑い合える、この普通が嬉しい。
前日のこはぎ疲れを、若妻会に解毒してもらった。
毒をもって毒を制すか。
隔週の月曜日に我が家を訪れては
午前中から夕方までを過ごす、90才のおばあちゃんだ。
このこはぎちゃんが、近頃ヤバい。
周辺では、認知症疑惑がささやかれている。
「来たら最後、夕方まで帰らない」
そう訴える家々が、続出しているのだ。
うちだけではなかったらしい。
先日のこはぎデー、ヨシコは病院の検査に出かけた。
そこへこはぎちゃんから電話。
「これからお邪魔してもいいかしら」
ヨシコの留守を伝える私に、こはぎちゃんは言った。
「でも、あなたはいるんでしょ?いいわ、行きます」
ガチャリと電話は切られた。
ほどなくやって来たこはぎちゃんは
いつものようにドラ焼き5つ入りの小箱をくれた。
一人息子が単身赴任先で買ってくるものだ。
これを手土産に、あちこち行っているらしい。
息子さんの心配りのこれも、訪問先ではすこぶる不評である。
なぜならうち以外は、未亡人の一人暮らし。
「同じ甘いものばっかり、ありがた迷惑」
と言うのだ。
未亡人の一人暮らしは、健康志向なのだ。
認知症疑惑とはいえ、こはぎちゃんは
煙たい旦那のいない、つまり長居しやすい家をしっかり選んでいる。
「寂しいだろうから行ってあげる」
「こっちも気を使っている」
夫を見送り、一人で果敢に生きる女性達は
こういう感情に敏感である。
その人達の神経を逆なでしていることなど
こはぎちゃんや息子さんは、知るよしもない。
以後数時間に渡り、私はこはぎちゃんの相手をすることに。
「近頃、小じわが出たみたいなの」
「うちの裏のご主人は、生前、私を狙っていたのよ」
不毛過ぎるおしゃべりが、延々と続く。
ヨシコの苦労が身にしみる。
こはぎちゃんの目は、以前と変わっていた。
光を失い、黒くて小さいふし穴みたいになっている。
彼女もいよいよ、デンジャラ・ストリートの一員か。
午後になって、やっとヨシコが帰って来た時は
留守番をさせられた仔犬のような気持ちで
飛びつきたかった。
こはぎちゃんを見てぶったまげるヨシコに押し付け
さっさと逃げる。
その夜、ただでさえ減少傾向の水分を
すっかり抜き取られたようになり、グッタリした。
私は言いたい。
「息子さん!ドラ焼き5つじゃ合わねえっす!」
さて、前日の“こはぎ疲れ”も癒えぬ翌日は
ヨシコの年寄りの友達、通称ヨリトモが
うちに集まって女子会だい。
いつでもおしっこが漏れてしまう、尿漏れのおチヨ
どこでも太ももあらわにインスリン注射を打つ、インスリンのおタツ
不眠症で精神安定剤を暴飲する、バランスのおシマ
一日の大半をトイレ通いに費やす我が姑、かわやのおヨシ
ヨリトモ軍団は、以上のアラエイティ4名で構成されていたが
最近、新メンバー加入。
“骨肉のおトミ”である。
おトミは昔から、おチヨ、おシマ、おヨシとは仲良しだったが
インスリンのおタツとソリが合わなかった。
どっちもズケズケ言うタイプなので、喧嘩になるからだ。
しかし、近年勃発した嫁姑問題に悩むおトミが
幾分おとなしくなったため、両者は歩み寄りを見せていた。
おトミの骨肉は、昨年
自分の娘に家を買い与えたことから始まった。
片時も手元から離さずに可愛がったあげく
無職のハイミスとなった娘の老後を案じる親心だった。
この一卵性母子と25年間同居した嫁は、この時点でキレた。
おトミ夫妻と娘は突然、嫁からこう言い渡される。
「3人の食事は、もう作りません。
私達は8時に夕飯を食べますから、そちらは6時に済ませてください」
一つの台所を二家族が、時間差で使用する日々が始まった。
板挟みの長男は気を使って
6時におトミ達と夕食を共にし、8時に妻とも食べるようになった。
よって肥満いちじるしく、健康診断の数値も深刻だという。
同じ屋根の下で、口もきかない…
80才を過ぎて、初めて味わう緊張感に
おトミはすっかり参っていた。
愚痴をこぼそうにも、めぼしい者は墓の中。
そこで、ヨリトモ軍団に入団したのだった。
うちの応接間で、賑やかなヨリトモ軍団の宴が始まる。
「一緒に食べましょうよ」
と誘われ、私も仲間に入る。
この集まりが、本当は「若妻会」という名前だと
その時初めて聞いた。
「昔は私達も若妻だったのよぉ~!」
「今は古妻」
「あ~ら、やもめの私は妻も卒業したわ」
アハハ、オホホ…笑いさざめく、元若妻達。
会話がはずむ、笑い合える、この普通が嬉しい。
前日のこはぎ疲れを、若妻会に解毒してもらった。
毒をもって毒を制すか。