『いただきものの抹茶大福に付いていた…付録?
指輪のような可愛い水引(みずひき)に、萌え~!』
先週、同級生の涼子ちゃんがうちへ来た。
数年ぶりの再会だった。
何で来たかというと、2月に他界した義父アツシのお悔やみである。
涼子ちゃんは私の同級生でもあるが、アツシのゴルフ仲間の娘でもあるのだ。
彼女一家と夫一家の交流の歴史は半世紀を越えており
アツシ夫婦との付き合いは、私より涼子ちゃんの方がずっと長い。
小学4年の時、彼女のお父さんがゴルフでホールインワンを出した。
私と数名の友達は彼女に誘われ、その祝賀会でリコーダーの合奏をした。
曲目は「荒城の月」。
盛況だった宴会は一気に盛り下がった。
涼子ちゃんの両親だけが喜び、あとの何十人かは
完全無視で飲み食いに夢中だ。
選曲に問題があったことを棚に上げ
「こういう失礼な大人もいるんだ…」と苦々しく思った。
結婚してから知ったが、呼ばれたお客の中にアツシ夫婦も居たそうだ。
私と彼らの縁は、この時から始まっていたような気がする。
さて、涼子ちゃんが今までアツシの死を知らなかったのは
母親を介護していたからである。
10年前にお父さんが亡くなると、お母さんの認知症が始まった。
当初は母親と同居する兄夫婦が面倒を見ていたが
3年で音を上げたため、独身で身軽な涼子ちゃんが介護することになったのだ。
彼女は当時、ハワイで暮らしていた。
20代で何を血迷ったか、我々の同級生の一人
大酒飲みのろくでなしと結婚し
さんざん苦労したあげくに30代で離婚後
できた彼氏があちらで事業を始めたため、同行したのだった。
涼子ちゃんは大金持ちの娘で、垢抜けのした美人。
しかも性格が良く、語学が堪能である。
それなりの男が出入りする職場に勤めたからこそ生まれた出会いであり
外国で何か不都合が起きても
親の後ろ盾があるからこその冒険だったのも忘れ
ついでに彼氏が妻帯者というのも忘れて
我々同級生一同は、ろくでなしに泣かされた涼子ちゃんが
幸せをつかんだと喜んだものだ。
母親のために男と別れ、悲壮な決意で帰国した涼子ちゃんと
「今まで好き勝手をしたんだから、今度は頑張ってもらおう」
言動の端々にそんな態度がにじみ出る兄夫婦。
双方の意識差は、埋めようが無かった。
お母さんと涼子ちゃんは次第に家族や親戚から孤立していき
並行して同級生との交流も絶えた。
そして6年が経過した昨年、涼子ちゃんは母親を連れて実家を出た。
2人は市外の介護付きマンションで生活していたが
先月、涼子ちゃんは無理がたたって左手首を疲労骨折した。
それでも片手で頑張っていて、お風呂でお母さんを取り落とし
腰を骨折させてしまった。
それまで母親の施設入所を断り続けた彼女だったが
この一件であきらめがついたと言う。
入所手続きのため、音信が途絶えていた兄夫婦に連絡を取った。
その電話でアツシの死を初めて知り
お母さんが施設に入るやいなや、飛んで来たという経緯である。
久しぶりに見る涼子ちゃんは、7年の介護でくたびれてはいたが
相変わらず美しかった。
女とか年齢とか、細かいことを超越したカッコいい美だ。
長い髪を垂らしたその姿は、歌手の高橋真梨子にそっくり。
55才でロングヘアを垂らして違和感が無いのは
よほどの水準でなければ不可能である。
私なんて、アツシの葬式に着物を着るつもりで伸ばしていたが
垂らすとさらし首みたいになるので、絶対できなかった。
その涼子ちゃん、お悔やみもそこそこに
義母ヨシコと、毎日実家に来る娘のカンジワ・ルイーゼを前に
壮絶な介護秘話を語る。
「ちょっと代わろうか?なんて言葉、ゼロ!
何かあると、任せていたのにと言われる。
私を介護の機械としか思っていないのよ!」
どこの家もそうだけど、介護そのものより
身内の態度が彼女を傷つけていたようだ。
「去年、家を出てからお兄ちゃんは一回も会いに来なかったのよ!
たまには親の顔ぐらい見に来たら?って、ずっと腹が立ってたわよ。
でもね、おばちゃん、私はある日思ったの。
気まぐれで来られて、来た来たと言われても腹が立つわって。
座ってるだけなら、来ない方がずっといいって考えたら
楽になったのよ。
だって何もしない人の顔なんか、見たくもないじゃない?」
涼子ちゃんの勢いは止まらない。
「お供えだけど、お菓子食べる?おいしいのがあるのよ」
話題を変えようと腰を上げるヨシコを制して、涼子ちゃんは言った。
「いいえ!聞いて!おばちゃん!
今日は話させて!
お母さんの介護が終わって、初めて人に話すの。
ここで止めたら、私はおかしくなってしまうわ!」
シブシブ座るヨシコ。
「来たら来たで、お茶を出すのも湯のみを洗うのも私じゃない。
何もしない人の飲んだ湯のみを洗うって、すごくみじめだと思うの」
「オホホ…湯のみぐらいでそんなに…」
ヨシコの言葉をさえぎり、涼子ちゃんは続ける。
「だって、おばちゃんもおじちゃんの介護で経験あるでしょ?
介護って、どうしても家にこもるじゃない。
家の中の些細なことに敏感になるのよ。
介護の大変さには耐えられても、湯のみ一つで簡単に折れるのよ!」
湯のみにこだわる涼子ちゃん。
「わかるわ~」
しみじみうなづく私。
「毎日が崖っぷちだと神経が研ぎ澄まされて
何気ないちっちゃい物で人の心がわかっちゃうの。
バカにされてるとか、いいように利用されてるとかね。
介護そのものより、これを思い知るのが地獄」
「うん、うん」
激しく同意する私。
「だからといって、じゃあ湯のみを洗って帰りゃいいのかって
そういう問題でもないのよ。
それくらいで、やった気になってもらっちゃ困るわよ」
「いやはや、まったく、まったく」
拍手する私。
ここでルイーゼ、急に用があると言い出し、そそくさと帰る。
いつもより1時間早い退出であった。
針のムシロにとり残されたヨシコは、明らかに緊張していた。
相槌を打つ私が、自分の家のことをしゃべりはしないかと
気が気でないのが手に取るようにわかる。
2時間後…
「ああ!話したらスッとした!聞いてくれてありがとう!」
涼子ちゃんは明るい顔で椅子から立ち上がった。
来客が帰る時は門まで見送りに出るのがヨシコの習慣だが
その日は疲れたのか不機嫌なのか、部屋でさよならを言った。
以来、ルイーゼの使った湯のみやコーヒーカップ、皿なんかを
ヨシコが率先して洗うようになったのは、涼子効果であろうか。