殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

夜泣きそば

2016年05月30日 22時55分45秒 | みりこんぐらし
毎週土曜日の夜。

「チャラリ~ラリ‥」

チャルメラの音が近づき

我が家の門前に軽ワゴン車が横付けされる。

ラーメンの移動屋台だ。


毎週、うちの前を通過しているのは

前から知っていた。

しかし、外へ走り出てまで

ラーメンを食べたい情熱はなかった。

しかしこの3月、土曜の夜なのに

珍しく家にいた次男が呼び止め

家族で食べて以来、毎週の行事となった。


20年くらい前にも、屋台のラーメン屋は来ていた。

いなせなおじさんが作る

トンコツ醤油味のこってりしたラーメンは

子供達の大好物だったが

おじさんはじきに身体を壊して辞めてしまった。


今度のラーメンは醤油味で、あっさりしている。

一杯600円也。

店を出して成功しそうなほどではないが

家まで来てくれるのであれば、喜ばしい。


この移動屋台「大統領」の主は

爽やかで礼儀正しい若者だ。

いくら家まで来てくれるといっても

気味の悪いオヤジでは

毎週お目にかかるとなると鬱陶しい。

見た目は大事である。


私はすぐラーメンに飽きたが

夫と子供達は違う。

土曜日の夜は必ず誰かが遊びに出かけており

全員が揃った日は一度も無いため

彼らにとってラーメン屋台の来訪は

いまだに心躍る祭り扱いだ。


この祭りに、先月から隣のおばさんが参加。

83才のおばさんは、一昨年ご主人を亡くして

一人暮らしだ。

車で1時間余りの土地に住む息子さんと娘さんは

おじさんの危篤から、死後数ヶ月までは

それぞれが夫婦で競うように来ていたが

近頃はすっかり足が遠のいた。


おばさんの説明によれば

急な昇進で多忙になった‥などの

もっともな理由がある。

しかし残念ながら、来なくなった時期と

遺産分配の終了時期は一致する。


寂しくなったおばさんは、よくうちへ来るようになった。

上品で優しい人だが、話が長い。

おばさんと庭先で話した後、義母ヨシコは

疲れて寝込むようになった。


人間、年を取ると、話を聞いてうなづくだけでも

くたびれるらしい。

おばさんもヨシコも

ちやほやしてもらいたいタイプで

性格が合わないのも疲労の一因である。


じきにヨシコは、おばさんが来ると

急いで部屋へ逃げ込み

「パス!」

と叫ぶようになった。

よって、私が応対し始めたが

私は彼女と相性が合うらしく

さほど苦痛を感じなかった。



そんなある日、うちにラーメンの屋台が

停まるのを見たおばさんはおっしゃった。

「私もいただいてみたいわ」


そこでおばさんの分も買い、隣に届けた。

その時、自分のラーメンも買って持ち込み

2人で食べた。

おばさんはたいそう喜んで、来週も‥と言う。

こうして毎週土曜の夜は

隣でラーメンを食べる習慣が始まった。


が、ラーメンだけではすまない。

おばさんの長い話もセットで付く。

内容は主に、大家族へ嫁いで苦労した話。

「子供達は嫌がって聞いてくれないから

言えないの」

早い話、私は子供の代用品だ。


おばさんはラーメンが伸びるのも気にせず

涙を流して話し続ける。

悲しくて泣いているのか

目下、彼女が罹患中の目の病気

加齢性黄斑変性が原因なのかは定かでない。

夜鳴きそばならぬ、夜泣きそば。


そのうち私は、昼間も電話で呼ばれるようになった。

暇な時はできるだけ行ってお茶を飲み、話を聞く。

お茶は、コーヒー、紅茶、抹茶の中から

好きな物を選ぶシステム。

どれも本格的でうまい。

それぞれに合うお菓子も豊富だ。


現在、苦難の昭和絵巻はほぼ終了し

おばさんの子供時代の苦労話を経て

親の代の明治絵巻に突入している。

絵巻が進むにつれ

おばさんはだんだん元気になってきた。


ついでに、おばさんから解放されたヨシコも

元気になってきた。

最初、傲慢にもボランティア気分だった私は

何か飲みたくなったら隣へ行くようになった。

今のところは、これで丸く収まっている。
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事業計画

2016年05月20日 14時18分48秒 | みりこんぐらし
《近所のおうちに実ったサクランボ。

小さいけど味はバツグン》



5年ごとに更新される本社の事業計画が

この春、発表された。

4年前に合併し、グループの末席を汚す我が社は

目標が何百億だろうと、戦略がどっちを向こうと

誰が昇進しようと興味を持たなかった。


しかし事業計画の片隅には、我が社の行く末も

含まれていた。

計画では3年後、我が社は本社から切り離されて

独立するらしい。

そこで、バカを理由にして面倒な事務処理を

本社経理部に丸投げしていた私は

どうやら真面目に仕事をしないといけないらしい。

つまり我が社では、他の者は今まで通りで

私だけが忙しくなるらしい。


が、物事には必ず表と裏がある。

特に会社の事業計画なんてのは

厳かな仮面の下に、色々隠れているものだ。

その裏事情で言えば、3年後に予定された独立は

事業計画のうちの一つ、人事が原因。

3年後という数字は、我が社との合併を推進した

河野常務の引退時期と重なる。


彼の引退は、我が社との合併直後に買収した

生コン会社の業績不振が影響している。

元々潰れそうな所を周囲の反対を押し切って

河野常務が買い叩いたのだが

営業のできない営業課長、松木氏を工場長に据えたことで

さらなる経営悪化を招いた。

河野常務はこの責任を取り

兼任していた営業本部長を辞任した上で

3年後の引退を公言した。


常務は60代半ばなので、いつ引退してもかまわない。

老後は奥さんと、南の国で暮らす計画も進めている。

しかし唯一の心残りは、我々のことであった。


自分が引退したら、我々を見守ることができない‥

情に厚い彼は、それを心配するのだった。

先で何かあった時に切られるより

早めに独立の準備をした方が安全という理由で

我が社の舵は、独立の方向へ向けられた。


これにもまた裏がある。

先で何かあった時、というのは

庇護者である河野常務がいなくなったら

先で何かを理由にして、切られる可能性が高いことを

示していると見て間違いない。

これぐらいは読めなければ

商売なんかしていられないのだ。


とはいえ、あくまで計画。

3年後にどうなるかなんて、わかりゃしない。

この4年、親分の河野常務に

付いていけばいい安らぎも知ったが

親分と本社営業部はセットであることも知った。

我々の業界を知らない彼らが

手柄欲しさにしゃしゃり出て

結局嫌われ、振り出しに戻るサイクルは

後始末の手間がかかってしょうがない。


だから我々としては、独立しようがしまいが

どっちでもいいのが本音だ。

投げやりではない。

今起きていることを最善と考える方が

回り回って正しいからである。



さて事業計画によると

河野常務が退いた営業本部長に

これまた営業のできない営業部長、永井氏が就任。

これで永井部長は、河野常務の引退で空くはずの

取締役常務のポストに向け、大きく前進した。

めぼしい人材がいないため、仕方ないのだ。


永井部長の昇進でワリを食ったのが

経理部長のダイちゃん、というのがもっぱらの噂。

次期常務とささやかれて久しいが

永井部長に持って行かれ

昇進よりも、3年後の定年退職の方が早そうである。


しかし、これにも裏がある。

本社の男性社員は、山ほどの年寄りと

若者2人で構成されている。

40代は社長と永井部長だけで

30代の社員が一人もいない。

この現象は、ダイちゃんがライフワークとしている

カルト宗教への勧誘がもたらしたと思われる。


この10年来、歴代の若い新人は

ダイちゃんに勧誘されては退職する繰り返しで

中年層の人材が全く育っていない。

これは、本社に残っている2人の若者から聞いた。

この2人の若者は

ダイちゃんとは働く階が違う環境にあり

さらに前任者から、この件について

引き継ぎがされていたという幸運を

持ち合わせていたために生き残っている。


あとは、ダイちゃんが勧誘しなかった人ばかり。

反応が怖い上役。

先が短いので入信させる甲斐のない老人。

宗教をしていなかった頃から一緒だったので

今さら言い出しにくい同年代。

秘密を知られたら危ない、永井部長のような

性格の悪い後輩。


人材の墓場は、ダイちゃんがこしらえたものであり

これに薄々勘づいているであろう上層部が

究極の選択でボンクラの永井部長を選び

密かにダイちゃんの飼い殺しを決めたのは

彼の自業自得といえよう。


この決定で、やる気の無くなったダイちゃんは

我々にも冷淡になった。

いつまで経っても入信しない我々への

ペナルティのつもりか

今までサービスでやってくれていた事務処理も

やらなくなった。

それで私は、ますます仕事が増えた。


いずれこうなることは、勧誘された時から

わかっていたので、本社の若者の協力は

確保してある。

「ダイちゃん被害者の会」の会員同士として

親身にサポートしてくれるので助かっている。


私は忙しくなりはしたが、変な宗教に入れられるより

忙しい方がよっぽどマシだ。

思えば「あの時よりマシ」「あの頃ほどではない」

私の半生は、こればっかりで来たように思う。

事業計画どころではないが

行き当たりばったりの方が面白いのは事実だ。
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浦公英

2016年05月13日 06時59分47秒 | みりこんぐらし
「これ、読める?」

『浦公英』

長男がチラシの裏に、こう書いて見せた。


「あんた、この漢字が読めないの?」

私は長男の脳みそを案じた。

この男も36才、認知症にはまだ早いけど

何が起こるかわからないのがこの世だ。


「じゃあ、読んでごらんよ」

そこで私は自信満々に叫んだ。

「うら・きみひで!」


目を見開き、沈黙する長男。

「誰?新しい友達?」

そうたずねると、彼は吹き出した。

「何よっ!

うらきみひで君が、どうしたってのよ!」


笑う長男に、私は質問を変更。

「それとも‥中国人?」

さらに激しく笑う長男。

「何がおかしいのよっ!」


長男の説明によると、スマホのゲームに

「モンスト」ってのがあって

浦公英は、そこに出てくるキャラクターらしいわ。

しかも浦公英、タンポポと読むんだって。


信じらんない。

浦公英をどう読んだら

タンポポになるっていうのよ。

うら・きみひでじゃないのかよっ!




写真は、会社の玄関に咲いている花。

昔、会社が義父アツシのものだった頃

義母ヨシコと夫の姉カンジワ・ルイーゼが

2人で植えた。

あの人達も、あの頃がハナだったわねえ。


当時はこじんまりと咲いていたんだけど

この4年‥

つまりアツシや彼女達の管轄を離れてから

急に勢力を拡大して

じゅうたんみたいに広がった。

春から晩秋まで次々と咲き続けて

終わった花は、タンポポと同じ

丸い綿毛になって飛んでいく。


名前を知らないから、私がつけたわ。

「パート・フラワー」よ。

朝9時にきっちり咲いて

夕方4時にきっちり花びらを閉じるんだもん。

このネーミング、なかなか気に入ってるの。
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芸問題

2016年05月09日 20時09分37秒 | みりこんぐらし
二戦二敗。

思い返せば3年前の甥と、先日の姪

どちらの結婚式でも私は敗者に甘んじた。

めでたくも苦々しい。

うれしくも腹が立つ。

これが私にとっての敗北である。



結婚披露宴では、新郎の友人が芸をすることがある。

たいてい羽目を外した、芸とは呼びがたいもので

年配者には不評なことが多い。


3年前にあった、甥の披露宴でも行われた。

甥の友人が5人出てくるなり

上半身を脱ぎ捨てて踊りだす。

それぞれのお腹には一文字ずつ

絵の具で大きく字が書いてある。

5人並ぶと「○○不動産」。

新婦の父親が個人で経営している会社の名前だ。


私は情けなかった。

養子に行くわけでもなく

甥が継ぐわけでもないのに

女の親の会社を持ち上げてどうする。


それを眺めて大喜びの父親を囲み

「◯◯不動産、バンザ~イ!」と叫んで

卑屈に媚びる新郎の友人達。

拍手喝采の妹家族。

バカにされているのがわからないのか。

うちらの業界だったら

ひともんちゃく起きるところだ。


つまらぬ裸踊りで

間接的にワシらの家をおとしめた

奴らの罪は深い。

ナメられて喜ぶ、無知で自虐の家だと

関係者の面前で証明しおったのだ。


いずれ夫婦に波風が立った時

こういうことが少なからず影響する。

波風を体験し続けて30有余年

自称・波風研究家の私が言うんだから間違いない。

ああ、腹が立つ。


腹が立つといえば、会場の後ろには

ガラス張りの、なんちゃって調理室があった。

「皆様、後方のシェフにご注目ください」

アナウンスがあり、照明が落とされる。


そのシェフとやら、ガラスの向こうで肉を焼いている様子。

この人が、何か芸を見せてくれるらしい。

と、彼がフライパンにブランデーらしき液体を落とす。

バッと炎が立ちのぼる。

「おおっ!」

歓声が上がり、拍手が起きる。


照明は元に戻されたが、私はまだ待っていた。

何が始まるのかとワクワクしながら

一人、後ろのガラスを凝視。

前の方で誰かの歌が始まったが

そんなモンにかまっちゃいられない。

これからシェフが何かするというじゃないか。


見せたかったのはフライパンの火で

それはもう終わったと理解するまで

さらに数分を要した。

「おばちゃん、もう終わったんだよ」

近くの席に座っていた、顔見知りの甥の友人から

声をかけられて知った。


焼いている肉に酒をかけたら火が出るのは

当たり前のことではないのか。

ナメてるんじゃないのか。

それとも、付いて行けない私が悪いのか。

苦い敗北であった。



さて、先日の姪の披露宴でも

新郎の友人による芸は行われた。

ゾロゾロと出てきて

三代目だか四代目だかの歌を歌い、踊る。


バラバラで見苦しいが

甥の時のように、物知らずな秀才による

屈折した芸ではなく

こっちはヤンキーなので無邪気だ。

低レベルの戦いではあるが

罪の無さにおいて、ヤンキーを支持したい。

少なくとも裸よりマシである。


この披露宴では、着席した途端に敗北を知った。

母は、下の妹一家と大テーブルに。

妹は息子と嫁と、生まれて間もない孫

別れた旦那シュンの甥と姪

つまり仲良しのお気に入りをコレクションして

やはり大テーブルに。

我々一家4人だけ、ポツンと離れ小島の

小さいテーブルだ。


会場の都合ではない。

それは明らかな隔離だった。

妹の性格からして、始末に困る我々4人を

他の者から引き離したのは明白である。


妹にとって我々は、昔から危険な存在だった。

自分の子供や親戚の前で

妙なことをしゃべられたら困るのだ。


妙なこととは、我ら一家の公用語‥

お下品語に、お下劣語。

頭脳明晰で繊細なお子様達には

刺激が強すぎるという理由からである。


それから、妹夫婦の昔話も厳禁。

特に、妹の子供時代の成績と

別れた旦那シュンが出た大学名は

トップシークレットである。

お子様達を絶望させることなく

可能性を伸ばすためだそうだ。


禁句はその場で直接、または思い出した時に

電話で厳しく指導され

年々、増加の一途をたどった。

今や何がダメで何がOKなのか

妹も私もわからなくなっている。

そのため、かえって危険が増してきた。


今回は不動産王の令嬢(イヤミです)

つまり息子の嫁もいるので、妹は気が気じゃないはず。

そこで未然に接触を防ぐという

最良の安全策が採用された模様。


そんなに邪魔なら呼んでくれなきゃいいんだけど

シワい妹が、大口集金の機会を見逃すはずがない。

危険人物として隔離されたことより

テーブルがやたら小さくて

身動きできない不自由を強いられたため

終始、苦々しさにさいなまれた我々。

こうして二戦二敗の記録は樹立されたのである。
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野良猫問題

2016年05月04日 09時30分19秒 | みりこんぐらし
「注意一秒、怪我一生」

姪から結婚式の招待状が届いた時

我々家族はそううなづき合ったものだ。


姪は、あわて者でも乱暴者でもなく

身体機能にも問題はない。

明るくておしゃれな、かわいい女の子だ。

道端の野良猫を見て涙を浮かべる

優しい心の持ち主でもある。

が、重篤なドジ。


最初にそれを知ったのは

5才の時に連れて行ったボウリングだ。

彼女の投げたボールが飛び跳ね

隣のレーンのピンを倒した。


隣の人とボウリング場の人に謝る私を横目に

テヘペロの姪、泰然と微笑む妹。

ボールの描いたあらぬ角度の跳躍と共に

この光景は、衝撃として残った。


以来、たびたび似たような場面に出くわすが

幼稚園教諭の妹には確固たる教育方針があり

娘の所業をドジに分類しない。

だから姪は、自分がドジだとは夢にも思わずに

伸び伸びと育った。

その姪が看護師になったと聞いて

我々はふるえ上がったものだ。


姪と一番最近会ったのは、3年前。

彼女の兄の結婚式である。

その頃、彼女は大学生で、遠くに住んでいたため

何年も会っていなかった。

大人っぽくなっているのに驚いた私は

明らかに油断していた。


披露宴でお酌をして回る母親の後ろにくっついて

中身の入ったビール瓶の首を

指で2本ずつ挟み、高々と持ち歩く姪。

途中で補充しなくていいように‥

母親思いの彼女らしい心遣いである。

しかし、仲居の経験がある私は悪い予感がした。


合計4本のビールを指に挟んで歩き回るのは

やはり無謀だった。

やがて4本のうち1本が、ストンと抜け落ちる。


人の胸の高さから、縦に落下したビールが

どんな運命を辿るかはお察しの通りだ。

瓶は粉々に砕けて飛び散り、中身は勢いよく大放出。

文字通りの大惨事である。


それを何で、私の席でやるか。

たまたま顔を別の方向に向けていたので

ビールのしぶきが散っただけで済んだが

妹達の方を向いていたら、絶対ケガ人になっていた。

姪はいつものようにテヘペロ。

妹も平然と、私の所で良かったという口ぶりである。

道端の野良猫より、私の方がよっぽどかわいそうだ。


こんな姪なので、油断は禁物。

結婚式の出席にあたり

気をつけるに越したことはない‥

と思っていたら、実家の母だけ招待状が届かない。

姪のドジは、依然として健在だったのか。


挙式まで1ヶ月を切ったので

思い余った母が妹に問い合わせたところ

「兄弟や祖父母などの近親者には

招待状を出さなくていいと

式場の人に言われたから出してない」

という返事だった。


兄の結婚の時は届いた前例があるため

釈然としなかったが、苦情を言って水を差すのは

はばかられる。

姪の嫁ぎ先は県外なので

あちらの習慣なのかもしれないと

無理矢理思うことにした我々であった。


このような心境で迎えた当日が、心浮き立つはずはない。

「式場の人が死ね言うたら死ぬんか」

などと毒づく夫や息子達と、時間も場所も

我々からの又聞きでしか知らない母を連れ

3時間かけて現地に乗り込んだ一行。


「出足がこれだから、絶対何かしでかす‥」

と思っていたが、その心配は杞憂に終わる。

何しろ姪は花嫁、やることは着替えぐらいで

ボールを投げたりビールを運ばないから安全だ。


その代わりに、過去最高のドジを見たような気がする。

すでにお話ししたが、お婿さんが

妹の別れた亭主、シュンにそっくりだった。


しかもこの婿、27才にしてヤンキーときた。

結婚衣装を着ても複数のピアスをはずさないあたり

ヤンキーの証明である。

姪は道端の野良猫に

涙を浮かべるだけでは物足りず

拾っちゃった模様。


その件に動揺したためか、結婚式も披露宴も

何かしらける。

何かおかしい。


かわいい姪の幸せを手放しで喜べない私は

そこまで冷酷な人間だったのか‥

首をひねっていたところ

父親譲りの人たらしの術で

式場の中年カメラマンと親しくなった次男が

そのカメラマンから解答を引き出した。


「長いことやっているが、こんな結婚式は初めて」

彼は断言したそうだ。

客層が悪く、ダラダラして締まりが無いので

いい写真が撮れないという。

友達の割合が多過ぎるらしい。


それもそのはず、席次表を見ると

親族以外はほとんど新郎新婦の友人。

あとは先輩と同僚が少々で、主賓や上司はいない。

呼びたい人だけ呼んだらしい。


新郎がヤンキーなので、友達もみんなヤンキーだ。

頭を片方だけ剃り上げたのや

ゲゲゲの鬼太郎みたいなのばっかり。

そいつらが群れてやりたい放題なので

そりゃダラダラして締まりはない。


女の子がみんな同じ服装なのも

カメラマン泣かせらしい。

そう聞いてよく見ると、新婦の友人に着物やドレスは皆無。

1人だけベージュがいたが、あとの何十人かは全員

紺のワンピースに白いボレロのしまむらモード。

もはや制服だ。


さらに全員が編み込みの髪に

模造真珠を5、6粒、一列に並べた髪飾り。

新郎の妹も同じ格好なので、どれが誰だかわらない。

おまけに新婦のお色直しも紺のドレス。

そりゃカメラマンとしては泣きたかろう。


新郎の両親は、我々と同年代の気さくな印象だった。

しかしカメラマンにとって、旦那がモーニング

女房が普通のスーツなのは前代未聞だそうで

「撮りようがないけど撮るしかない」

と嘆いていたという。


その悪い客層の中に、自分達も入っているのを忘れ

珍しい話に喜ぶ我々。

ともあれこの高揚感の無さは

冷酷が原因ではないと判明し、ホッとする私だった。

「リサ(姪の名前)の次の結婚式は、わしゃパスする」

まだ披露宴の最中だというのに、気の早い夫の弁である。
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