殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

うぐいす日記・⑤

2011年04月27日 17時17分36秒 | 選挙うぐいす日記
その夜、美香子は私に言った。

「あの…私、あんなこと言って…」

    「いいのよ、私も厳しく言って、ごめんなさいね」

「いえ、そうじゃなくて私、候補の娘さんに誤解されてると思うんです。

 私はみりこんさんのやり方がのんきと言いたかっただけで

 娘さんのしゃべりをのんきと言ったんじゃないって

 ちゃんと説明しておいて欲しいんです」

    「大丈夫…さやかちゃんは、そんなこと気にする子じゃないよ」

「いえ、勝ったら私、次もやるつもりなので

 はっきりしてもらわないと、私が困るんです」

心配しなくても、候補の娘は最初からあんたのこと大嫌いだよ。


敗戦を知ると、美香子は悔しそうに言った。

「みりこんさんに遠慮して、私の実力が発揮できなかったから…

 申し訳なかったですぅ」

苦笑以外に何ができようか。


さて、美香子と引き離す目的でお手振りに回し

そのまま後続車に居着いたラン子。

春の選挙は初めてで、鼻炎のために息が続かず

そもそもうぐいすは無理だったのだ。


ラン子には、計画があった。

当選したら今の不本意な勤めを辞め、候補の秘書めいた仕事をする夢である。

候補の都合はまったく加味されていないのが、大胆といえば大胆。


この計画、消耗軍団を始め多くのライバルがいたため

ラン子は気が気ではない。

「あなたから候補に、それとなく推薦してもらえないかな…」

再三言われたが、そんなこっぱずかしいこと、言えるわけがない。

    「親しい所で働くと、何かあった時につらいよ」

と濁す私に、ラン子は不満げであった。


実のところ、誰よりも私にライバル心を燃やしているのは

表向きは腹心を装うラン子だ。

過去2回、同じ候補の選挙で共に戦った時に

薄々感じてはいたものの、今回はさらに進化していた。

気分で美香子に当たるのもラン子だったが

陰で美香子をたきつけ、周囲にあること無いことふれ回って

火に油を注ぐのもラン子だった。


美香子が「降ろして」と泣いた時は、あれほど忌み嫌っていた消耗軍団に

「みりこんさんはヒステリーだから、美香子さんがかわいそう。

 彼女のケアをお願いね」

とほざいておった。

そして周囲には、尾ひれをつけてしゃべりまくったあげく

「うぐいすの気性が激しいから、フォローが大変」とおっしゃる。

私には「全部カバーしておきました!」

さすが年を食っている分、立ち回りがうまい。


そうしておきながら、一人暮らしの彼女が甘えられるのは、私のところだ。

毎晩10時を回ると、うちへ電話がかかる。

「私はああもした、こうもした…でも誰もわかってくれない」

   「知り合いが多いのは、何よりの戦力じゃん…頼りにしてるのよ」

「そうよね!私がいなきゃね!でもね、あの人ったらね…」

こんな会話が延々と、日付が変わるまで続く。


声と家事のために、5時起きの身にはこたえる。

しかし、冷たく突き放すことはできない。

ラン子、数年前から精神を病んで通院中である。

このことは誰も知らない。


ミニスカートをつきあったカオルさんは

ラン子と後続車に乗って、この状況に気づいた。

「みりこんさんに電話しないと眠れないとか言ってましたけど

 お手振りがうぐいすに毎晩電話って、ちょっと非常識じゃないですか?

 あの人も一応はうぐいすなんだから、わかってるでしょうに」

    「あはは!大丈夫よ」


しかしその夜、カオルさんは、ラン子を家まで送ると言って連れ去った。

ファミレスで遅くまで話し込んだそうで、その日は電話がかからなかった。

多くを語らないカオルさんの気配りが、心底ありがたかった。


選挙後、ラン子の体調は劇的に改善された。

別の持病の血液検査も、結果は良好だと言う。

「就職はおじゃんになったけど、人と触れ合ったのが良かったみたい!」

ラン子はとても喜んでいた。

調子の悪い人は、選挙の手伝いをするといいのかもしれない。

効き過ぎる恐れもあるけど、刺激だけは豊富だ。


戦い終わって日が暮れて…

私のうぐいすとしての喜びは、何だろう…と考えてみる。

もちろん、路上で受ける声援は嬉しい。

だが、候補の気持ちが高揚する言葉を探りながら言い

それで候補が燃えるのは、もっと嬉しい。


言葉がヒットすると、候補の右肩がグッと張るのが後部座席から見える。

着火を感じる瞬間だ。

助手席の候補はハンドマイクを取り、強気な言葉と声を出す。

それがさらに嬉しい。

自分が発したセリフを演説で使ってくれたりすると、なお嬉しい。

拍手も賞賛もいらない。

ギャラは欲しい。


余談だが、今回のギャラは3人とも同額である。

「私、お手振りだったのに、みりこんさんと同じなんて悪いわぁ~!」

ラン子はしきりに強調しながら、かなり満足げあった。

差をつけるとうるさいからだ…と私は思い

ラン子はラン子で、自分の働きが評価されたと思っている。

私達は、平和にウフフと微笑み合う。


最終日の夜、活動が終わって握手やハグの騒ぎがおさまると

体の不自由な見知らぬ老人が、ヨロヨロと私に近付いてきた。

手を取ってソファーに座らせると、彼は静かに言った。

「私には、これが人生最後の選挙になると思います。

 天女さんの名調子、存分に聞かせてもらいましたぞ」

「んまっ!天女だなんて…照れちゃいますわ!オ~ホホホ!」


このたびの選挙で、私に与えられた称号は「鬼」

昨年の市議選では「夜叉」、その前は「悪魔」だった。

フッフッフ…我が住民票、地底から天へ移動。

しかしいずれにしても、人類ではないらしい。


                 とりあえず完
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うぐいす日記・④

2011年04月22日 09時51分59秒 | 選挙うぐいす日記
     「気がつけば、春も過ぎ去ろうとしていました…我が家から見える山」



「明日から休んでください」

美香子に言って、候補はその場を立ち去った。

早い話、もう来るなということである。

美香子は泣き出した。


「やると決めたんだから、最後までやりたいんです!ウワ~ン!」

    「じゃ来れば?」

「いいんですかね…候補、怒らないですかね…」

今度はしゃくりあげながら、気弱にそう言う。

   「知らん顔して座ってればいいわよ」

「それじゃ困るんです。

 候補をちゃんと説得してください。

 私は一生懸命なんだって、言ってください」

言わねぇよ…一生懸命と子供を天秤にかけたって、候補は迷わず子供を取る。


翌朝、私はこのことをすっかり忘れていた。

候補と美香子は覚えていただろうが

候補はいつもと同じく穏やかな微笑みのポーカーフェイスだし

美香子も平然としていた。

しかしその後、候補が美香子と口をきくことは二度と無かった。


この時点から、奇人美香子はますますおかしくなる。

元々美香子の物欲しげで横柄なうぐいすの型は

この候補に合わなかったが、さらにバージョンアップされた。


寝た子を連れた母、危険な仕事中の人、自転車の老人、対立候補の演説中…

どんな状況でも見境なく、大声で執拗に割り入る。

「○○がやってまいりました!○○がご挨拶です!

 こんにちは!こんにちは!こ~ん~に~ち~は~!」


いたたまれず、身をよじる候補…止める私…

「おっしゃることがわかりませんがっ!」反論する美香子…。

反応して欲しければ「こんにちは!」と何十回呼びかけるより

「お騒がせいたします、ごめんなさい」と優しく言って目を合わせれば

たいていの人はにっこりと手を振ってくれるものだ。


繁華街や住宅街、支援者の多い地域にさしかかると

候補の気持ちを察した運転手の事務局長が

「みりこん姐さん、一丁盛り上げて!」と言う。

暗に、美香子と代われと言っているのだ。

対立候補の地盤や事務所前も同じく。

美香子の舞台は、山奥や移動中の国道へと狭められていく。


対立候補の地盤では、自信が無いのか、反応が薄いからか

一切やろうとしないので平和だが

繁華街や支援者の多い地域は、美香子が最もやりたい場所である。

頬をふくらませて不満をあらわにしていたが

そのうち街頭演説で張り切るようになった。


候補の後ろをついて回り、なぜか自分まで握手をして歩く。

候補の妻と間違えられ、キャッキャと狂ったように喜ぶ美香子。

「まぎらわしい行動は慎んで!」

そのたび、すでに完全なお手振りへと回ってしまったラン子に

グサリとやられているが、美香子はめげない。


候補、自身の美人妻と美香子を間違えられるのが嫌なのか

駆け足で距離を取る。

はた目には、やる気が感じられて、いいぞ!

それを執拗に追跡する美香子。

「おお、追っかけとる、追っかけとる」

ながめて楽しむ私。


美香子の家の前を通っても、子供達は顔を出さなくなった。

出るなと言われたようだ。

振り返ると、母親へのサインだろう、小さな手が二つ

カーテンから遠慮がちにのぞいている。

君達も頑張れよ…ひそかに思う私であった。


最終日の前日、候補が所用で選挙カーを降りた。

今回はうぐいすが3人いて、出番の少なかった候補の娘が

助手席で身内のお願いをするためにマイクを握る。


この娘、幼げでかわいらしい声をしており、胸がキュンとする。

巷の人々も同じ気持ちになるようで、あちこちから人が飛び出してくる。

お目にかけるに値する美女であるから

合間合間で紹介するこっちも、やり手婆の気分だ。


いい心持ちで興行…いや巡回していると、美香子がいきなりワッと泣き出した。

気兼ねな候補がいないので、蓄積した感情が噴出したと思われる。

娘とはいえ、今は候補の身代わり…失礼なことである。


「私、もう無理です!降ろしてください!こんなんじゃ、勝てない!」

   「何を言うておる」

「私、この選挙、必死なんですよ!」

   「あら、みんな必死よ」

「私、選挙が始まるまで、頑張って家を回ったんですよ!」

   「私も回ったし、みんなも回ったよ。

    あなたが2週間お休みしていた時も、ずっと回ってたよ。

    美香子さんだけじゃないの…みんな頑張ったんだよ」


都合が悪くなると、話題を変える。

「私の選挙は、こんなにのんきじゃないっ!

 もっと私達うぐいすが、投票を呼びかけたり

 お願いをしないといけないんじゃないんですかっ?」

   「あなたの選挙じゃないわよ。

    うぐいすは、我を忘れたらいけないの。

    私らが10人束になっても、本人や身内にはかなわないんだからね」

「私は、勝ちたいんです!

 いつも違うとか待てばっかりで、私の戦略を止められて!

 私の実力に、みりこんさんはヤキモチ妬いてるんじゃないんですかっ?!

 ウワ~ン!」


相手にするのも恥ずかしい。

一部始終を聞いていた娘も、びっくりして泣き出した。

   「いい声になってるから、このまま頑張って」

「はい!さやか、負けません!うっうっ…」


「姐さん…鬼じゃ…」

運転手の事務局長が鼻声でつぶやく。

鬼…その言葉は、最上級の敬意と受け取ろうではないか。

     「4分のロス、事務局長なら取り戻せるわね」

気を効かせて車を停めた事務局長をうながす。

「よっしゃ!行くでぇ!」

この男、ちゃらんぽらんだが、要所要所で熱いハートを見せるのだ。


マジで泣く娘の声は、ますます人心をつかみ

家から出てくる人々は、涙を浮かべて選挙カーを取り囲む。

娘と事務局長と美香子…それぞれ別の理由で泣く3人と

次の戦略を考える私を乗せて、選挙カーは走り続ける。

               
                     続く  
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うぐいす日記・③

2011年04月19日 11時34分20秒 | 選挙うぐいす日記
“うぐいすは、和を尊重する。

 車内はもとより事務所全体の和を図るため、最大限の努力をする。

 言うまでもなく、うぐいす同士の和は最も大切である”

私はこれまでそう考え、可能な限り実行してきたつもりだが、今回は通用せず。

連日選挙カーで繰り広げられた、数々のショボい出来事こそ

この選挙のすべてを物語っていたと言えよう。


まずは消耗軍団ご推薦のうぐいす、美香子。

30代後半の彼女は、戦歴2回。

この子は告示の数日前、皆で揃いのジャンパーを着て

町をお願いに歩くイベントに参加した。

そして対立候補の事務所前まで来た時

消耗夫人と2人でうっかり通行人に手を振り、お辞儀をした。


「人の事務所の前で、何やってんだ!」

何をやろうと本当は自由だが、気の立っている者を刺激すると厄介だ。

相手陣営の人々は2人を取り囲み、一触即発の事態となった。

女の物知らずということで、その場は収まったものの

夜になって相手の支援者がこちらの事務所に怒鳴り込んで来て、モメたのだった。


こちとら気の小さい男ばかりの陣営であるから

告示日まで、揃いのジャンパーは着ずに活動することが決められた。

「私達は度胸があるから、囲まれてもひるまずに文句言ったけどね!」

悪びれるどころか、はしゃいで武勇伝にしたがる美香子と消耗夫人。

小さなことが発端で志気を下げ、活動に支障をきたすのがわからないのだ。


この一件で美香子は、かなり危なっかしい女と判明し

彼女のうぐいす計画は、私の関知しないところで、かき消えた。

しかし美香子が事務局長と候補夫妻に泣きついて、収まりがつかなくなり

シブシブうぐいす部隊に加えることになった。

泣いて勝つというやつである。


告示直前の打ち合わせでは、開口一番

「私はプロに習ってますから!」と挑戦的だ。

うぐいすって最初はたいてい、座席の横にプロが座っている。

その場所で「続けたい、うまくなりたい」と思うものなのだ。

それを座ったと言うか、習ったと言うか、表現の違いだけである。

まことのプロの教えを受けたなら

「落選と違反失職の選挙しか知りませんが、乗っていいでしょうか?」

とへりくだるのが、正しい挨拶であろう。


美香子がプロとあがめる婆さんは、昨年の市議選で

「せいぜい頑張ってくださ~い」と感じの悪いコールを連発していた

年寄り臭い鼻声の、自称プロである。

消耗軍団は最初「プロを雇え」と主張していた。

美香子の手引きで、この婆さんも参戦する手はずになっていたのだ。

軍団の期待を一身に背負って臨んだものの、クビになりかけ

どうにか復活を遂げた今、美香子が意地になるのも無理はない。


この後、美香子は

「サンバイザーは?ハチマキはするんですか?」

などと、つまらぬことばかり質問する。

せめて形だけでも、陣営の特徴や候補の政策をたずねてほしいものだ。


さらに問題は見た目。

好感度が命のうぐいす稼業…地味や不細工という世界ではなく、突き抜けている。

我が夫は彼女を見て

「人がいないと言ってたが、出稼ぎの中○人まで使ってるのか?」と聞いた。

なんて失礼な…中○人は、もっと美しいぞ!


初日にやってもらったら、とりあえずマニュアルどおりにこなしているレベル。

   「美香子さん、上手だわ~!」

とほめると

「あんまりうまいんで、びっくりしたでしょ」

冗談かと思ったら、真剣である。

あんた、おつむは大丈夫か?


可もなく不可もなく、ついでに声のハリもなく

昭和の古くさいセリフに、通らないハスキーボイス…

興奮してすぐ外気を吸い込むので30分以上持たず…あ、つい本音が…。

時折候補の名前を間違えるのは、ご愛敬ということにしておこう。

過去2回の経験は、いずれも同じ候補であったから、無理もないのだ。


もう1人のうぐいす、ラン子は私より3才年上。

戦歴は美香子と同じ、この候補だけの2回だ。

美しく気配りがあり、度胸が据わっている。

技術はともかく、この町の生えぬけで知り合いが多いのが

ラン子最大の長所であった。


ラン子は運転免許が無いので、通行車の誘導ができない弱点があるが

それをカバーして余りある票を持っている。

車関係は私が交代したり、横でセリフをつぶやいていた。

美香子はそれをバカにして、鼻で笑った。

たしなめたが、手遅れ…ここから美香子とラン子のいがみ合いが始まった。

一本気なラン子と、自信満々の美香子…この2人が

仲良くできるはずは無かったのだ。


「ここは、あんたがやってたオレ様事業主とは違うのよっ!

 上から目線のしゃべりは、よしてちょうだい!」

「ほらほら!いきなり大声で叫ぶから、お年寄りがびっくりしてるじゃないの!

 うちの候補は、こういうことを一番嫌がるのよ!」

この陣営での経験を武器に、逆襲するラン子。

後部座席にうぐいす3人は無理があると判明したので

美香子とラン子を交代で、後続車のお手振りに回すことにする。


2日目の夜、選挙カーは美香子の家の前を通った。

5才と8才の彼女の娘が、窓から手を振っている。

美香子は我が子に晴れ姿?を見せたくて、張り切っていた。

「おうちには、2人だけですか?」

候補がたずねた。

「はい!主人は単身赴任中なので、毎日2人でお留守番してます!」


事務所に帰ると、候補が美香子に優しく言った。

「明日から、休んでください」

美香子、顔に“ガ~ン!”と文字が浮き出るくらいに驚愕している。

ラン子の喜ぶまいことか。


「おうちにお子さん2人だけでは、心配です。

 大事なお子さんに我慢をさせてまで、お手伝いいただかなくて結構です。

 どうかそばにいてあげてください」

教育関係出身の候補は、自分のために子供が犠牲になるのがつらいのであった。


                  続く
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うぐいす日記・②

2011年04月15日 11時00分38秒 | 選挙うぐいす日記
《4月7日》

私はうぐいすとして、痛恨のミスをしたという思いがある。

昨年秋にやった若い市議、Yクンのことだ。

夢と希望に満ちており、暮らしやすい市にするんだと燃えていた。


しかし若さというのは、時に哀しいものである。

予想外の上位当選をした途端、人が変わったという話は聞いていた。

今回の県議戦では、ダミーとして白いタスキをかけ

選挙カーの助手席に乗り込んで、マイクでしゃべっていたのだ。


このタスキに書かれた名前は、対立候補のものなのか、Yクンの自前か

はっきりと判別はできなかった。

しかし助手席で、名前入りの白いタスキをかけてしゃべっていれば

知らない人は候補者だと思うだろう。

別人のタスキをかけるほどのおばかさんではないと、信じたい。


候補になりすましたダミーを乗せて、選挙カーを走らせている間に

本物が別行動をすれば、確かに効率は良い。

効率は良いが、有権者をだますことに変わりはない。


誰を応援しようと自由だ。

しかし公人として、やってはいけないことはある。

選挙カーには乗っても、タスキまでかけちゃいかん。

それをあえてすることで、媚び、忠誠を誓う。

魂を売った、恥ずかしい行為である。

元国会議員秘書の彼が、それを知らないはずは無い。

秘書時代からのつきあいで、断れなかったかもしれないが、残念なことである。


Yクンだけでなく、彼と同期でトップ当選した新人市議も

同じくタスキをかけて、ダミー役をやっていた。

この行為を立場の弱い新人市議に望む対立候補の人格も、およそわかるというもの。


Yクン、すれ違う時に、私を見て下を向く。

顔が合わせられないなら、やるなっちゅうんじゃ。

今後は、市議の監視活動をしようと心に誓う。

自分の失敗の後始末だ。


夜の活動終了直前、事務所前で、対立候補の選挙カーとすれ違う。

双方のうぐいす、しおらしく「ご健闘をお祈りいたします」と言った後は

息継ぎ無しでガンガン言い合う。

負けん気と肺活量が問われる女の勝負だ。


興味の無い人にはうるさいだけの、これが“選挙の華”と呼ばれる

うぐいす合戦である。

出迎えに出ていた人々は、大喜び。

タイミング良くサービスができて、良かったと思った。


《4月8日》

「あっちの選車はどんどん回って、街頭もじゃんじゃんやっている。

 こっちは動きが鈍い」

男達が声を荒げて、激しく言い争っている。


こちらの動きが鈍く見えるのは、当たり前だ。

対立候補は政党の公認をもらっているので、活動の幅が広がる。

党の街宣車も応援に入るし、選挙カーをよそで走らせながら

別の場所で演説ができるのだ。


今になって口喧嘩を仕掛けるのは、負けた場合の保険である。

「あれほど言ったのに、聞かなかったから」と、うそぶいていればいいからだ。

興奮してうるさく言うのは、最近になって顔を出し始めた人ばかり。

告示前には「忙しくて、どうにもならない」と来ず

選挙戦が始まった途端、毎日来られるのは不思議だ。


《4月9日》

最終日。

事務所の人々は「いよいよみりこん劇場が始まる」と口々に言った。

「これに最初にだまされたのが、あの旦那さんだよ」

と、わけ知り顔で勝手なことを言う者もいる。

何とでも言うてくれぃ。


夜、活動が終わって事務所へ到着し、握手とハグの嵐。

あんまりハグしたくないおかたとも、手を広げられたら拒否できないのは

いつも少々つらい。


《4月10日》

投票日。

昼過ぎから選挙事務所の電話番をするが、1本もかかってこない。

寄せてくる波みたいな、空気の勢いを感じない。

悪い予感的中か。


負けた後の片付けはつらいものだ。

明るいうちに、事務所内をできるだけ片付けて

夜の結果待ちのために、会場セッティングをしておく。


候補敗戦の弁「負けて悔いなし!」

対立候補の地盤の、驚異的な投票率に負けた。

ここを崩せなかったのが、敗因のひとつである。


こちらの市内での得票数は勝っていたのを知ると

皆、たいそう喜んで拍手した。

対立候補も、公認をもらっておきながらこの結果であれば

今後はそう勝手なことはできないだろう。

小さいとはいえ、一石を投じられたのではないかと思いたい。

雨の日も雪の日も、地道に家々を回り続けた人達だって、わずかだがちゃんといた。

その功績に報いることができず、私も責任を感じている。


そしてもしも勝っていたら、候補一家は

消耗軍団に生涯つきまとわれる羽目になっていただろう。

「勝たせてやった」と一生言われ、生き血を吸われ続けるのも

なかなかつらそうだ。


彼女達だけではない…この陣営には、自立していない者が多すぎた。

当選のあかつきには、あわよくば秘書に…事務員に…就職の世話を…

選挙につまらぬ下心を持つ個人は、どこにもでいるが

今回は、その種の人間の割合が圧倒的に多かった。


彼らが持っているのは、票ではなく

微量のギブによって得る豪勢なテイクへの期待のみ。

早めにセーブしないと、やがて真面目な支援者の数を大きく超えてしまう。

バランスは大事だ。


ああしていれば…こうしておけば…後になって、皆ゴチャゴチャ言う。

口先だけで行動しなかった者ほど、その声は大きい。

   「候補は負けたのではありません。

    恥ずかしくない得票数を得た、次点ですからね。

    あちらが無事、任期を全うできるかどうかは、誰にもわからないのです」

私はそう述べる。

我ながら、負け惜しみもいいところだが

一生懸命やった人達に対しては、この言葉が一番のなぐさめになると思う。

    「0.1%の可能性に賭けるのです!」

候補が演説する際の口癖であった。


Yクンのことといい、勝っても負けても、それが本当に良かったか悪かったか

今の時点ではわからない。

目先の結果の、その先を見届けるのも、選挙戦に関わった者の使命だと思っている。


                   続く
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うぐいす日記・①

2011年04月11日 14時03分12秒 | 選挙うぐいす日記
負けちゃった。

しかし悔いは無い。

これ以上は1ミリも上乗せできないほど頑張ったら、清々しさだけが残る。


《4月1日》

出陣式の最中、1人の老人が意識を失って倒れる。

ちょうど候補が話していて、まさにこれから盛り上がろうとしている時であった。


救急車を呼び、出陣式は中断。

この1ヶ月で、消耗軍団とすっかり仲良しになり

おしゃべりするために日参していた、お調子者の爺さんである。

「ちっ…」

冷酷な司会者の私は、ひそかにいまいましく思いながら、体裁をつくろう。


幸い爺さんは、たいしたことは無かった。

救急車を待つ間、事務所に寄付した我が家のソファーが

病人を寝かせるのに役立ったことは、僥倖であった。


《4月2日》

選挙掲示板に貼られたうちの候補のポスターが、1枚はがされていた。

警察に連絡して、一応形式的な捜査が行われた。
    

《4月3日》

カオルさんという40代の女性がいる。

彼女は毎朝、事務所の前で手を振っていた。

トレードマークがフリフリのスカート。

そのいで立ちについて、苦情の電話が何度も入ったという。


“右端に立ってる女をどうにかしろ!選挙だぞ!チャラチャラするな!”

“あんな女を外に立たせるなら、票はやらんぞ!”

ごていねいに“!”まで書き入れたメモを本人に渡したのは

消耗軍団のメンバー、常子であった。


常子は以前から、何かにつけカオルさんに意地悪だった。

性格の良いカオルさんは、候補夫妻に信頼されており

事務所のアイドル的存在なのが気にくわないようだ。


「こういう電話を受ける私の身にもなってください!」

そう言って常子に渡されたメモを見て、涙にくれるカオルさん。

それをニヤニヤしながらながめる消耗軍団。


私は「右端」の一言に引っかかっていた。

彼女が立っていたのは、道路側からだと、どう見ても左端である。

カオルさんの立ち位置を右端と言えるのは、背後の事務所から見た場合だけ。

常子の自作自演ではないのか。


私はカオルさんに「明日もその格好で来なさい」と言い

翌朝ヒラヒラのミニスカートをはいて行った。

そしてカオルさんと一緒に、選挙カーの出発まで事務所の前に立つ。

もちろん選挙カーに乗る時の、パンツとスニーカーは持参している。


カオルさんは「ありがとう」と泣いた。

とんでもごぜぇやせん。

市内に親類縁者がやたらと多い彼女…

つまらぬ嫉妬に負けて、意気消沈してもらっては票が減る。


51才の醜いミニスカ姿に恐れをなしたのか

苦情電話とやらはそれっきりとなり、常子は私を避け始めた。

やっぱり常子の芝居だった。

ただでさえ見苦しくて暗いのに、嫉妬心まで強いなんて

まったく煮ても焼いても食えない女どもだ。


《4月4日》

運転手である事務局長のスパイ説が浮上し、事務所が落ち着かない。

運転手として、選挙カーを山奥ばかりに連れて行き

その間に対立候補が大票田の市街地を攻めているというのだ。


事務局長は以前、対立候補を熱心に支援する市議の会社に勤めていた。

その市議に頼まれ、候補の同級生という立場を利用して

陣営にもぐり込んだという噂が、まことしやかに広がり続けていた。


確かに最初のうちは、山奥へ行くことが多かった。

選挙は川上から…という昔からのセオリーもあるにはあるが

事務局長は市内北部の出身なので、単に山が得意なだけらしい。

候補が街頭演説をしている時や休憩時間、メールに忙しい姿も

多くの人に見られており、対立候補の陣営に連絡を入れているのではないかと

疑われていた。


事務局長は、この選挙ですっかりいい仲になった

消耗軍団の清美とメールしているのだ。

その証拠に、清美が後続車に乗って付いて来た昨日は

一度もメールをしなかった。


人を雇ったことのある人はわかると思うが

何年も前に辞めた社員に頭を下げて、スパイを頼むことなど、ありえない。

社員には社員の意地があろうが、社長には社長の意地があるものだ。


候補と事務局長は厚い友情で結ばれ、候補はのびのびと活動している。

つまらぬ噂に踊らされて、この関係に水をさすことは、はばかられた。

そもそも事務局長は、スパイができるほど賢くはない。


そんなことをしゃべれるはずもなく

陣営には「とにかく選車を信じてくれ」と言うしかない。

事務局長をほめたりそやしたりしながら、やんわりと山間部に背を向けさせる。


《4月5日》

選挙カー脱輪。

レッカー車を待つ間に、なんとタイミングの悪いことか

対立候補の選挙カーが通りかかる。


候補はすでに後続車で、次の予定地へ向かわせていたので

残った者を選挙カーの前にズラリと並べて、傾いた車を隠し

ヘラヘラと手を振る。

心配して出てきた近隣住民の同情を買い、投票を頼んだのは言うまでもない。


《4月6日》

夜8時に選挙事務所に戻ったら、夫が私を迎えに来ていた。

「あれじゃ絶対に勝てん。

 早めに喧嘩別れでもして、引いたほうがいい。

 いつもゴタゴタしてるんだから、口実はいくらでもあるだろう。

 奇跡は起きないぞ」

帰ってから、真剣な顔で言う。

10分ほど待っている間に、おおかたのことはわかったと言う。

選挙カーの運転手歴28年のこの男、私よりよっぽど選挙に詳しいのだ。


負け戦なのは、私もわかっている。

もちろん絶対に勝つつもりでやっているが、長年の経験は正直だ。

たとえ負けるとしても、1票でも多く取りたいという思いだけはある。

         

                   続く
コメント (28)
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