アキバ社長とT社長、そしてピカチュー…
三者の利益が一致しそうな新しい作戦を予測し
待ち構えていた先日、F社長から次男に電話があった。
「板野に会わん言うたけど、やっぱり会うことにしたけん」
彼は続ける。
「昨日、岩倉から詳しい話を聞いた。
あいつ、親父さん(夫のこと)の机を片付けとったそうじゃないか」
岩倉というのはF工業の運転手で、F社長の腹心。
彼はその前日、うちへ仕事に入ったが、わりと暇な日だったので
夫と話をしたらしい。
その会話の中で、夫が机のことをしゃべったという。
机のこととは
ピカチューとの口論で辞めると言い出した夫が
月曜日に出社したら、自分の机が片付けられていた件だ。
その時の夫は、あんまり気にしてない様子に見えた。
しかし、無口な夫がわざわざ岩倉君に話したところをみると
本当はショックだったみたい。
そして岩倉君も、会社に帰って社長に話したぐらいだから
机の件を重大事項ととらえたのだろう。
「ワシはこういうことが、いっちゃん好かんのよ。
親父さんで持っとる会社いうのが、何でわからんのかのぅ。
昨日の晩は腹が立って寝られんかった。
板野と会うて、礼儀教えとうなったわ」
ピカチューとの面会を断り続けていたF社長だが
机事件の話を聞いた途端、彼に会いたくなったのだ。
今回のことで私が一番腹を立てたのが、この机事件だった。
辞める者の机を片付けて何が悪い…
人が聞いたらこれで済む。
もちろん罪にはならないし、几帳面だと思われるかもしれない。
が、実際にやられた者にしかわからない、この悔しさ、無念。
巧妙な軽作業から滲み出る女々しさや卑怯は
怒りを通り越して寒気がする。
相手の心にうごめく激しい嫉妬が、強い不快感をもたらすのだ。
F社長も同じ感覚を持ち合わせているとなると
彼にも似たような体験があるのかもしれない。
気持ちをわかってくれる人がいて、胸がすいた。
F社長はなおも続ける。
「あいつがワシに会いたがる、いうたら配車のことに決まっとる。
うちを切ってK興業を入れたいんじゃろ。
その前にK興業と天秤かけるフリして、接待して欲しいんじゃ。
話は一応聞いてやるけど、死に金は使いとうないけん
接待はせんよ」
F社長も我々と同じことを考えたらしい。
「酒乱ですから、飲まさんでええです。
生意気なこと言うたら、好きにしてください」
次男は言った。
「どうなっても、許せの」
「全てお任せします」
ということで、F社長はピカチューと連休明けに会うこととなった。
彼は以前、山陰の仕事で永井営業部長に迷惑をかけられ
立て替えたお金も踏み倒されたが、逃げ回る永井部長を哀れに思い
その時は矛を収めた。
しかし今回、またもやF社長を巻き込んだのだから
眠れる獅子を起こしたも同様。
それらの怒りもピカチューに向けられるのは、決定事項だ。
彼にお任せしておこう。
さて、F社長に会えるのがよっぽど嬉しかったのか
ピカチューはその翌日、一度は諦めたアキバ産業との共同仕入れの件を
退院直後の河野常務に提案した。
ただし、共同仕入れなんてのをダイレクトに伝えたら
激怒されるのは必至なので、今回は内容を少し修正してきた。
その内容とは…
うちとアキバ産業が共通して扱っている数種類の商品の中で
1種類だけをアキバ産業の分も一緒に仕入れてもらえないか…
船から揚げた商品は、そちらの敷地へ一緒に置いてもらい
商品の運搬は各社がそれぞれ行う…
商品を置かせてもらう形になるアキバ産業は
月々の場所代をうちへ支払う…。
つまり「場所代を払うから、一緒に仕入れてよ。
運ぶのは自分でやるからさ」と言いながら
アキバ産業やK興業が、うちへ自由に出入りできる基盤を作る…
共同仕入れと配車をさりげなくミックスしつつ、いささかソフトに変えた案だ。
ピカチューにそんな知恵は無いので、あとの二人が考えたと思う。
が、努力もむなしく、ピカチューは常務に怒られた。
「場所代がナンボのもんじゃ!ちったぁ算数の勉強せえ!
何で隣の分まで仕入れてやらんにゃいけんのね!
ダンプだらけになるじゃないか!
おまえが交通整理するんか!」
この話を教えてくれたのは、常務の甥。
彼は息子たちの釣り仲間。
伯父さんのコネで、本社勤務をしている。
ともあれアキバ一味のアイデアには、残念ながら穴がある。
彼らだけに都合が良く、こちらにはメリットが無いからである。
わずかな場所代と引き換えに、隣の仕入れまで引き受けたら
こっちはいい笑いものだ。
しかも、うちとアキバ産業が同じような仕入れ値なら
このような案は出てこない。
うちの方がずいぶん安く仕入れていると知っているから
差額で場所代を払うと言い出せるのだ。
うちがアキバ産業より安く仕入れられるのは、当たり前である。
アキバ産業は自社の分だけを仕入れているが
こちらは本社の傘下である多くのグループ会社の中から
同じ商品が必要な支社の分をまとめて大量に仕入れる。
しかも支払いが早くて確実となれば
業者は末永く付き合いたいので値を下げるというわけだ。
その安い仕入れ値には、常務の交渉術が少なからず影響している。
中でもアキバ産業が一緒に仕入れて欲しいと言った商品は
比較的、燃料費のかかる取引先に納入するので
利幅を取るために値を叩きまくった。
そうして仕入れた大事な商品を
いとも簡単に一緒に仕入れて欲しいと言えるのはなぜか。
こちらの仕入れ値を知っているからではないか。
常務は必ず、それに気づくだろう。
彼はアイジンガー・ゼットの裏を知らないので
ピカチューを疑うはずだ。
そっちは常務にお任せしておこう。
《続く》