お前んとこの亭主は最近どうなんだ?
そう思う人がいるかどうかは知らないが、一応したためておこう。
殿は相変わらず青春を謳歌しておられる。
今の相手は、企業向けの保険や年金の営業ウーマン
チワコじゃ。
殿は加齢によって狩りに出る意欲が薄れ
近年はもっぱら獲物が向こうから近づくのを待つ
ワナ方式を採用している。
私は会社訪問で訪れたチワコさんに会ったことがある。
パンフレットに押したゴム印で、名前も知っていた。
まだ2人が懇意になる前だったが
ザンネンの派手好き、頑張っても漂ってしまうチープ感は
いかにも夫の好物であった。
裸の付き合いに進展したのを暴露した犯人は、ケータイである。
夫は昨年、親会社から携帯電話を支給された。
使い慣れない機種がアダとなり
スピーカーのスイッチを押したままだったのさ。
「もしもし~」
「あ、どうも毎度~」
「チワね~、今日は寄る所があるから、ちょっと遅れるかもですぅ」
「その件につきましてはですね、後ほど調べて折り返します」
「ウフ、グフフ」
「ではでは失礼します」
噛み合わない会話でごまかしたつもりが、丸聞こえだったわけよ。
思い返せば最初の相手は看護師「マユミ」
次は女教師「ジュンコ」その次は未亡人「イクコ」だった。
ここまではまあ、よくある一般的な名前といえよう。
その後もしばらく、そこそこの一般的を保つが
やがてヘルパー「ツルコ」あたりから
相手の名前が風変わりになってきた。
名前を知らないまま終わったのもいるが
「トサエ」「サダヨ」ときて、今度は「チワコ」。
夫が高齢化すると、相手も自然に高齢化するだろうから
オールディーなお名前が増加するのは自然だとは思うが
トサエ、好きだよ…(全国トサエ協会の皆さん、すいません)
サダヨ、愛してるよ…(全国サダヨ組合の皆さん、すいません)
チワコ、結婚しよう…(全国チワコ連盟の皆さん、すいません)
これでは盛り上がりそうにないような気が…。
よって、乱心とはほど遠いヨコシマライフを送る夫である。
ちなみにチワコさんはバツイチで
岡山県に置いて来た18才の息子さんがいるらしい。
どうして知っているかというと
会社の引き出しにあった履歴書を見たからである。
他人の履歴書は、我が社の引き出しに常時何通か存在している。
夫は時々、就職の口利きをするのだ。
それは夫が世話好きだからではない。
ある大企業の人事部長に、ちょっとしたコネがあるからだ。
仕事の内容は昼夜交代制の工員だが
本社が東京にあるため、給与賞与が東京価格で
福利厚生も充実している。
同じ危険できついなら、あそこへ…
そう言われる、工員界憧れの職場なのだ。
どんなコネかというと、話は夫の父アツシにさかのぼる。
アツシがマンモス墓地造成のホラ話を信じ
幾度となく大金を騙し取られた話は前に書いたことがある。
その詐欺師の娘ムコが人事部長なのだ。
表向きは、単に親しいということになっている。
しかし本当は、舅の悪事を公にされたくないため
何かと便宜を図ってくれるのだった。
人気の職場なので滅多に空きは出ないが
空きそうという情報は夫にもたらされる。
そんな時、夫は仕事を探す人に声をかけて履歴書を出させる。
過去に何度か成功例はあるものの
この数年、就職に困っている男は中高年ばかりだ。
「もっと若い人を」と言われ、多くは履歴書の段階で断られる。
その履歴書は夫に返却される。
就職活動をしたことが無い夫は、本人に落選の旨は伝えるが
履歴書を返す慣例は知らず、取り返しに来る人もいない。
すぐに捨ててしまうのもはばかられ
こうして履歴書は机の引き出しに貯まっていき
私は頃合いを見て廃棄する。
先日、新しい履歴書が1通増えていた。
「廃棄の頃合いを見る」という大義名分のもと
個人情報を盗み見る楽しさよ。
それがこの18才の坊っちゃまのものであった。
姓は違うけど、細い釣り目と四角い顔は
どう見てもチワコの息子以外のナニモノでもない。
履歴書が引き出しにあるということは
残念な結果に終わったのであろう。
今度は若すぎたか。
昔であれば、とりあえず夫をののしり、厚かましい母親を憎み
ついでにこの坊っちゃまの前途を呪いまくっただろう。
だが、そんな熱い季節は通り過ぎてしまった。
加齢によるスタミナの減少や慣れもあるが
それ以上にあるのは、夫へのねぎらいの気持ちである。
老人だから…病人だから…
全部息子に任せてあります…
会社がいよいよ危なくなった時、両親はそう言って逃げた。
あれほど可愛がっていた我が子を
土壇場で銀行や債権者に売ったのだ。
夫はその変わり身に打ちひしがれた。
取り替えのきく妻子を裏切り続け
唯一無二の親を信頼してきた夫は
最後、その親に裏切られたのだ。
誰もそんな結末は望んでいなかった。
やろうと思ってやったことではなかった。
人の気持ちを考える想像力が、少し足りなかっただけ。
守りたい愛情より、助かりたい欲が少し多かっただけ。
因果応報は、そこに下る。
しかし因果応報というのは、天罰ではない。
親の不始末で窮地に陥り、その親に逃げられ
逃げた親の介護があるという気の毒な環境でなければ
救援船が来なかったのも確かだ。
人が望むのは、老いの詰め腹よりも
若い世代を救う達成感である。
これも因果応報の一つであろう。
ともあれ安全を確認すると
親は我が子を売ったことを忘れて寄りかかる。
売られた子供は汗水流して彼らに尽くす。
売られたり頼られたり、忙しそうだが
初めて味わう理不尽と闘うその姿は、時に美しいとすら思う。
ヨコシマ人の無心は、稀少ゆえに清らかな輝きを放つ。
こんなに頑張っているんだもん…時に現実から目をそらせ
大ボラと小自慢が吐ける場所の一つや二つ、あってもいいじゃないか。
長年に渡って色に蝕まれた心身は
もはや逃げ場が無ければ生きてゆけないのだ。
逆説的に言うと、逃げ場さえ与えておけばナンボでも働く。
私は明るい老後のために、親で足腰を痛めるわけにはいかんのだ。
逃げ場もなかなかいい仕事をしてくれる。
そう思う人がいるかどうかは知らないが、一応したためておこう。
殿は相変わらず青春を謳歌しておられる。
今の相手は、企業向けの保険や年金の営業ウーマン
チワコじゃ。
殿は加齢によって狩りに出る意欲が薄れ
近年はもっぱら獲物が向こうから近づくのを待つ
ワナ方式を採用している。
私は会社訪問で訪れたチワコさんに会ったことがある。
パンフレットに押したゴム印で、名前も知っていた。
まだ2人が懇意になる前だったが
ザンネンの派手好き、頑張っても漂ってしまうチープ感は
いかにも夫の好物であった。
裸の付き合いに進展したのを暴露した犯人は、ケータイである。
夫は昨年、親会社から携帯電話を支給された。
使い慣れない機種がアダとなり
スピーカーのスイッチを押したままだったのさ。
「もしもし~」
「あ、どうも毎度~」
「チワね~、今日は寄る所があるから、ちょっと遅れるかもですぅ」
「その件につきましてはですね、後ほど調べて折り返します」
「ウフ、グフフ」
「ではでは失礼します」
噛み合わない会話でごまかしたつもりが、丸聞こえだったわけよ。
思い返せば最初の相手は看護師「マユミ」
次は女教師「ジュンコ」その次は未亡人「イクコ」だった。
ここまではまあ、よくある一般的な名前といえよう。
その後もしばらく、そこそこの一般的を保つが
やがてヘルパー「ツルコ」あたりから
相手の名前が風変わりになってきた。
名前を知らないまま終わったのもいるが
「トサエ」「サダヨ」ときて、今度は「チワコ」。
夫が高齢化すると、相手も自然に高齢化するだろうから
オールディーなお名前が増加するのは自然だとは思うが
トサエ、好きだよ…(全国トサエ協会の皆さん、すいません)
サダヨ、愛してるよ…(全国サダヨ組合の皆さん、すいません)
チワコ、結婚しよう…(全国チワコ連盟の皆さん、すいません)
これでは盛り上がりそうにないような気が…。
よって、乱心とはほど遠いヨコシマライフを送る夫である。
ちなみにチワコさんはバツイチで
岡山県に置いて来た18才の息子さんがいるらしい。
どうして知っているかというと
会社の引き出しにあった履歴書を見たからである。
他人の履歴書は、我が社の引き出しに常時何通か存在している。
夫は時々、就職の口利きをするのだ。
それは夫が世話好きだからではない。
ある大企業の人事部長に、ちょっとしたコネがあるからだ。
仕事の内容は昼夜交代制の工員だが
本社が東京にあるため、給与賞与が東京価格で
福利厚生も充実している。
同じ危険できついなら、あそこへ…
そう言われる、工員界憧れの職場なのだ。
どんなコネかというと、話は夫の父アツシにさかのぼる。
アツシがマンモス墓地造成のホラ話を信じ
幾度となく大金を騙し取られた話は前に書いたことがある。
その詐欺師の娘ムコが人事部長なのだ。
表向きは、単に親しいということになっている。
しかし本当は、舅の悪事を公にされたくないため
何かと便宜を図ってくれるのだった。
人気の職場なので滅多に空きは出ないが
空きそうという情報は夫にもたらされる。
そんな時、夫は仕事を探す人に声をかけて履歴書を出させる。
過去に何度か成功例はあるものの
この数年、就職に困っている男は中高年ばかりだ。
「もっと若い人を」と言われ、多くは履歴書の段階で断られる。
その履歴書は夫に返却される。
就職活動をしたことが無い夫は、本人に落選の旨は伝えるが
履歴書を返す慣例は知らず、取り返しに来る人もいない。
すぐに捨ててしまうのもはばかられ
こうして履歴書は机の引き出しに貯まっていき
私は頃合いを見て廃棄する。
先日、新しい履歴書が1通増えていた。
「廃棄の頃合いを見る」という大義名分のもと
個人情報を盗み見る楽しさよ。
それがこの18才の坊っちゃまのものであった。
姓は違うけど、細い釣り目と四角い顔は
どう見てもチワコの息子以外のナニモノでもない。
履歴書が引き出しにあるということは
残念な結果に終わったのであろう。
今度は若すぎたか。
昔であれば、とりあえず夫をののしり、厚かましい母親を憎み
ついでにこの坊っちゃまの前途を呪いまくっただろう。
だが、そんな熱い季節は通り過ぎてしまった。
加齢によるスタミナの減少や慣れもあるが
それ以上にあるのは、夫へのねぎらいの気持ちである。
老人だから…病人だから…
全部息子に任せてあります…
会社がいよいよ危なくなった時、両親はそう言って逃げた。
あれほど可愛がっていた我が子を
土壇場で銀行や債権者に売ったのだ。
夫はその変わり身に打ちひしがれた。
取り替えのきく妻子を裏切り続け
唯一無二の親を信頼してきた夫は
最後、その親に裏切られたのだ。
誰もそんな結末は望んでいなかった。
やろうと思ってやったことではなかった。
人の気持ちを考える想像力が、少し足りなかっただけ。
守りたい愛情より、助かりたい欲が少し多かっただけ。
因果応報は、そこに下る。
しかし因果応報というのは、天罰ではない。
親の不始末で窮地に陥り、その親に逃げられ
逃げた親の介護があるという気の毒な環境でなければ
救援船が来なかったのも確かだ。
人が望むのは、老いの詰め腹よりも
若い世代を救う達成感である。
これも因果応報の一つであろう。
ともあれ安全を確認すると
親は我が子を売ったことを忘れて寄りかかる。
売られた子供は汗水流して彼らに尽くす。
売られたり頼られたり、忙しそうだが
初めて味わう理不尽と闘うその姿は、時に美しいとすら思う。
ヨコシマ人の無心は、稀少ゆえに清らかな輝きを放つ。
こんなに頑張っているんだもん…時に現実から目をそらせ
大ボラと小自慢が吐ける場所の一つや二つ、あってもいいじゃないか。
長年に渡って色に蝕まれた心身は
もはや逃げ場が無ければ生きてゆけないのだ。
逆説的に言うと、逃げ場さえ与えておけばナンボでも働く。
私は明るい老後のために、親で足腰を痛めるわけにはいかんのだ。
逃げ場もなかなかいい仕事をしてくれる。