殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ウグイス日記・秘策の巻

2014年11月30日 10時26分24秒 | 選挙うぐいす日記
5日目の夜、私は師匠に必ず会える秘策を入手していた。

友人からの業務連絡だ。


「平日の2時半から3時半頃まで、こまどり公園に

ママ友がたくさん集まっているそうよ。

幼稚園帰りの子供を遊ばせてるんだって。

平日といったら、もう明日の金曜日しか無いじゃない。

行ってみて!」

各地域に散らばった協力者からもたらされる様々な情報が

地元在住のウグイスの強みだ。


この話をナミ様の前で、候補に伝えてある。

行くのは3時と決めた。

2時半から3時半と限定されれば

未到着や早帰りのママ友を見越して

誰でも中間の3時に行くものだ。


ナミ様から情報が漏れており

さらに師匠が私の予想通りの人物であれば

必ずノコノコやって来るはず。

誰にも内緒の秘密のゲームだ。


そして午後3時。

こまどり公園に到着すると…

いたよ、いました、師匠ご一行様が!

先に来て、若いママ達の間を回っている。

「かかった!」

ひそかにガッツポーズをする私であった。


こっちに気がついて両手を激しく振りながら

ぜい肉を揺らして飛び跳ねる、大仏様が一体。

それが師匠である。


ああ、師匠!

私が間違っておりました。

腐ったココロネで、あなた様をザンネンと申し上げましたが

ザンネンどころではありません。

超越しておられます。

南無阿弥陀仏。


順番待ちのために周辺を回って、再びこまどり公園へ。

お帰りのご挨拶をなさっておられる大仏、いや師匠…

60超えの年齢にふさわしく、順調に衰えた声帯を音源に

豊富な脂肪で圧迫された各器官を通過して絞り出される

まろやかなテノール。


「…ヘタですね…」

これをつぶやいたのは私ではない。

候補だ。


「キタヤマが、シタヤマに聞こえるでしょ。

基礎ができてない」

これを言ったのも私ではない。

候補である。


「ありゃあ、人前に出ちゃいけませんな…」

重ねて潔白を主張するが、そう言ったのも私ではない。

おとなしい、ドライバーの爺さんだ。

師匠、終わった!


やがて候補同士は、近づいて話をしている。

師匠も来て、ナミ様に激励のお言葉でも

おかけになるかと思っていたら

距離を置いたまま、遠くから手を振り続けておられる。

どうやら近づきたくないらしい。

それはいいけど、手を振る時は指を閉じてね、師匠。


「師匠は県北で、すごく人気があるんです。

名物ウグイスさん、名物ウグイスさんって呼ばれて

有名なんです」

ナミ様は師匠に応えて手を振りながら、誇らしげに説明する。

先ほど、男達の発言を聞いてしまった弟子は

師匠の汚名を挽回しようと懸命なのである。


「キワモノのゆるキャラは、名物になるもんよ。

せんとくん、フナッシー…女房が妬けない人気者」

「そ…そんな…」

当惑するナミ様。


候補同士の話も終わり、師匠の選挙カーは動き出した。

「やらないの?師匠と弟子ごっこ」

「え?」

「師匠に頑張ってる姿をお見せして

感動とか緊張とか味わうんじゃないの?

後で青春だのへったくれだの、電話で盛り上がる方針なんでしょ?」

「ええ~?どうしよう、どうしよう」

「早くしないと行っちゃうよ」


ナミ様は意を決し、先に立ち去る師匠の選挙カーに向けて

涙声のエールを送る。

師匠もこちらにエールを送りながら離れて行く。

どうやら私は「ハートだけ乙女劇団」演じる

「師匠と愛弟子物語」のクライマックスシーンを

鑑賞することができたらしい。

ああ、もったいなや、ありがたや。

アーメン!
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ウグイス日記・指示の巻

2014年11月28日 07時35分41秒 | 選挙うぐいす日記

選挙選は6日目となった。

朝、出勤したら候補が言う。

「ネエさん、ネエさん、師匠から◯岡さんへ

声を低くするようにと指示があったそうなんです」


ナミ様も言う。

「昨日、私の声が師匠に聞こえたらしいんです。

キーが高すぎると言われました。

もっと下げて、落ち着かないとダメって」

しゃべらなくても怒られ、しゃべっても怒られ

美人というのは、ホンマに大変そうだ。

「下げていいですよね?

今、候補に話したら、ネエさんの判断待ちと言われました」


下げていいもなにも、キーを上下自在に操る実力なんぞ

ナミ様にありゃしない。

「下げろ」というのは得意技を封じることであり

言うなれば「黙ってろ」に等しいお言葉である。


師匠、この時点で完全に私を敵に回した。

お勉強も、ウグイス年齢も、コース漏洩もかまわない。

練習発言もけっこう。

だが、よその選挙に口を出すのはダメじゃ。


私は師匠の焦りを感じた。

ナミ様がよその陣営で感化され

ウグイスとして、人間として、目覚めてしまうのが怖いのだ。

そこで、まだナミ様が自分の言いつけを聞くかどうか

確かめたいのだ。


「6日目に落ち着いて、どうすんのよ」

「でも師匠が…」

「あ、あんたの師匠、声が低いんだ」

「え…」

「あそこの候補はマイク持たないから

6日もやりゃあ疲れてきて、ますます低くなったんだ。

自分が低いから、ナミ様の声を下げて調節したいんだ」


「今下げちゃ、いかんでしょ」

候補が言い、私も言った。

「いかんでしょ。

いたいけなソプラノがこの子の持ち味でしょ。

ニワトリが首しめられるぐらいで、いいでしょ」


「じゃ、民主主義にのっとった多数決により

師匠の言うこと聞いちゃいけません」

候補に言い渡され、ナミ様は泣きそうな顔をした。

「大丈夫よ。

また電話で怒られたって、今日だけじゃん。

明日には終わるんだから。

ここでは師匠の選挙でなく、候補の選挙をしてちょうだい」


ナミ様には私の手垢をつけないまま、師匠の手元に返すつもりでいた。

面倒臭いからだ。

何を言ったって師匠に筒抜けで、彼女のウンチクが増えるだけ。

それを後進の育成に使うならまだしも

知ったかぶって小出しに授け、またナミ様みたいな

「永遠のシモベ」を増やすだけなのだ。


姉御肌を装い、ダメ出しの連続で素質や自立心をツブし

奴隷化させて、錆びた我が身を輝かせるための小道具にしてしまう。

それでも「いい人」と慕ってもらうには、たまにおごってやったり

手作りの煮物なんかタッパーに詰めて持たせ「第二の母」を演出。

そういう女性、よくいる。

若者や経験値の低い人間なら、すぐ餌付けされて

インスタントに「いい人」誕生だ。

ついでにここで、師匠・太め説も誕生。


何が師匠じゃ。

何が弟子じゃ。

手垢つけまくっちゃる!

ということで、私はナミ様に真実を教えることにした。


「選車を見に行こう」

ナミ様を屋外に連れ出す。

「スピーカーを見たまえ」

「…はい」

ナミ様は素直に、選挙カーのてっぺんにあるスピーカーを見上げる。


「このスピーカーは、4年前に作られた新型。

前に2連結、後ろに2連結の合計4台だ。

近年、スピーカー付きの選挙専用車をレンタルする候補が増えてはいるが

田舎の市議選では、車だけ借りて

スピーカーとマイクは自前の候補が大半である」

「はい…」

「師匠の候補は古参の議員。

十何年か前の初戦であつらえたため、スピーカーも旧式のアサガオ型だ。

丸くて大きいから、前後に1個ずつしか置けない。

合計2台では、当然のことながら性能が悪い。

だが候補は構わないのだ。

ウグイスが使うだけで、自分に直接的な不都合は無いからだ。


スピーカーの古さに目をつぶる候補が、マイクだけ新調するわけがない。

だからマイクも古い。

風などの雑音はよく拾うが、声は割れやすく、地味な仕上がりだ。

よってウグイスの負担は大きくなり、疲れるのは当たり前なのだ。


我々の声がよく通り、終盤まで高音を維持する体力が残っているのは

決して才能なんかではない。

高性能のスピーカーとマイクを与えられているからなのだよ。

ウグイスが最初にやるのは、選車の装備のチェックである。

旧式であれば、技術と体力が問われると覚悟することだ。


だが師匠はスピーカーの差に気づかず、他者の声を下げるという

稚拙な操作を企てた。

頭の構造はガキ大将以下だ。

人の選挙で勘違い…よその舞台で猿芝居…

この惨状をバカと呼ぶ以外に、どのような表現ができるのか

ぜひうかがいたい」

リーガル・ハイのコミカドケンスケを真似て、私はまくしたてる。


茫然とたたずむナミ様の横で、候補が「クロい!」と爆笑している。

いくら30代の若さがウリとはいえ、候補も疲れの出る頃だ。

士気が高まったところで出発さ。


今日は、必ず師匠に会える秘策というのを用意した。

向こうが近づかないなら、引き寄せるまでだ。

楽しみな1日が始まった。


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ウグイス日記・練習の巻

2014年11月25日 16時17分33秒 | 選挙うぐいす日記
5日目の朝のことである。

選挙事務所に出勤すると、ナミ様が駆け寄って来て

こう宣言なされた。

「私、今日から頑張ります!」

じゃあ昨日までは何だったんでございましょう…

そうたずねたいのは山々だが、大人げないので言わない。


「昨日の夜、師匠から、ちっともしゃべってないじゃないの!

もっと練習しなさい!って叱られました」

ナミ様はおっしゃる。

「師匠と会ってないのに、何でしゃべってないってわかるの?」

「あの…弟子の人達が乗った選車とは何度か会っているので

そっちから情報が入ってて…」


そこへ候補が苦笑まじりに続ける。

「さっき、僕にも電話がありました。

うちの◯岡をもっとしゃべらせてくださいと。

でないと修行に出した意味が無いそうです」


この時点で、私の立てた「師匠ザンネン説」は

仮説から確信へと変わった。

「人が命がけでやってるイクサで、練習かい。

ここで練習して、本番はいつじゃ?衆議院か?」


「いえ…あの…師匠は私のためを思って…」

けなげに師匠をかばうナミ様。

「忙しい候補にまでわざわざ電話するなんて、アホとしか思えん」


尊敬してやまない師匠をアホと言われ、奮起したのか

それともこの話題を終わらせたいのか、ナミ様は言うのだった。

「とにかく私、頑張りますから!」


その言葉通り、ナミ様は頑張った。

耐久時間が10分から15分に伸びた。

ナミ様のように、まだ喉から声を出している段階のウグイスにとって

この5分はかなり頑張っている。

よっぽど師匠が怖いのだろう。


だが、チームの先輩達が乗った選挙カーが近づくと

怯えてマイクをこっちへ渡す。

長持ちしない理由は、ここにもあるらしかった。

私は先輩達の声を知らないので気がつかなかったが

ナミ様は遠い声でも敏感に聞き取っているのだ。


先輩の乗った選挙カーは4台ある。

他にも何台か、師匠の息がかかったウグイスがいた。

しばらく進むと、すぐにどれかの車に近づく。

ナミ様は、それらにいちいち怯えていたのだった。


「やっておかないと、告げ口されるんでしょ?

それが嫌なんでしょ?」

「そうなんですけど…緊張してしまって…今はちょっと心の準備が…」

「やれ!」

ナミ様は渋々マイクを持ち直す。


「行け!やってやれ!負けんな!よっしゃ!いいぞ!」

横で言ってやると、リポビタンDより効くようだ。

「みりこんさんが励ましてくれたので、先輩の前でもできました!」

嬉しそうに言うのが可愛らしいではないか。


「こんなに楽しくて、いいんでしょうか?」

ナミ様は何度も私に問いかけるのだった。

「いつもは、あと何日って、早く終わるように祈ってばかりですけど

ここは、もうすぐ終わっちゃうのがもったいない…」


ナミ様はこの仕事について

「厳しくて険しい道」「叱られるのが仕事」「毎日が修行」

と言うけど、それは多分ナミ様が

師匠や先輩達にいじめられているのだ。

何でいじめられるか…可愛いからだ。

どこへ行っても師匠や他の弟子をさしおいて、チヤホヤされるからだ。


それに師匠、取引先に問題あり。

戦歴を聞くに、嫌われ者の選挙が多い。

ヒステリー、勘違い、無能の三拍子が揃っている議員だ。

そういう人は秘書がコロコロ変わるので、すぐわかる。

事務所も選車の中も雰囲気が悪く、ウグイスにも当たり散らす。

そりゃきつい、つらい、しんどいの三拍子だ。


ともあれ、選挙戦は今日を入れてあと3日しかない。

人の選挙を練習と言い切れる、すごい師匠に会えないまま

終わらせるわけにはいかん。

師匠ザンネン説を確信しているからこそ、この目で見たいぞ!


楽しみにしていたが、5日目も会えずじまい。

ありえん。

コースが漏れているのは、もはや確実となった。

ナミ様が活動の合間でメールをやり取りしている相手は、師匠ということだ。


選挙はできるだけ、よその選挙カーが行ってない地域に行く方が

効率が良い。

ブッキングすれば、しらじらしいエールを送り合わなければならないし

狭い道で離合する羽目になったら、大きな時間のロス。

停車中や離合中は、静かにしていないといけないからだ。

せっかく行った場所へ後から別の候補が来るのも、なにげに残念なもの。

たとえ1台でも、よそとは会いたくないのが本音だ。


別の候補が回るコースを知っていれば、少なくとも

その選挙カーとの遭遇は避けられる。

候補同士が懇意とはいえ、見栄えの良い若者のこちらと

アラ70のハゲたおじいちゃんのあちらとでは、意識しないわけがない。

だから師匠は避ける。


しかしこうまで会わないとなると、電話でチャチャを入れる暇はあっても

心配なはずのナミ様が独り立ちされたお姿を

一目見たい親心は無いらしい。

戦略というより、私を避けているような気すらしてくるではないか。

この分だと、師匠を目撃できないまま終わってしまうわ!

ひそかに焦る私だった。
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ウグイス日記・師匠の巻

2014年11月20日 19時25分52秒 | 選挙うぐいす日記
選挙活動の合間、ナミ様が話すところによると

彼女は長い間、県内の都市部で結婚生活を送っていたが

子供ができないのが原因で何年か前に離婚したそうだ。

ウグイスの仕事に出会ったのは4年前。

やり甲斐や仲間の温かさに感動し、これを一生の仕事に決めたという。


その時世話になったのが、ナミ様が師匠とあがめる

ウグイスチームの親方であった。

60代の師匠は、弟子と呼ばれる10人前後のウグイスを束ねて

個人的なチームを作っている。

自身もベテランのウグイスとして活躍しながら

弟子達にも仕事を振ってくれるのだそうだ。


ナミ様は弟子の一人となり、ウグイス修行を始めた。

今はまだ、旗持ちやお手振りが主な仕事だという。

選挙の回数は自活できるほど多くないので

やがてこちらの市内にある実家に戻ったナミ様は

招集がかかれば選挙に参加しながら

いつか師匠のようになりたいと夢見る日々である。



さて、今回の市議選はプロのウグイスが多数参加している。

地元在住のアマチュアウグイスは高齢化や就職で激減しており

今や珍獣となってしまったのだ。

ナミ様の話によれば、師匠を始め、弟子のウグイス達も

市内4箇所の陣営に2人ずつ散らばって活動しているという。


ナミ様を含めた師匠のチームは

昨年の市長選で初当選した市長に雇われた。

市長はこの市議選で、ウグイス不足に悩む配下の市議達に

師匠のチームをあてがったというわけだ。


うちの候補も、その市長の配下として市長選を手伝った。

そしてナミ様に目をつけ、市議選の予約をした。

見た目と声の美しさ、性格の良さと共に、決め手になったのは

市内在住のナミ様と家族に投票権があることだと察する。



師匠は、初めて単独行動をするナミ様を心配し

毎晩、電話でアドバイスをくださるという。

「今日はどんなことがあった?」

「事務所にはどんな人が出入りしてる?」

「そっちの雰囲気はどう?」

「明日はどこを回る?」

ナミ様は、師匠の思いやりをありがたがっている。

しかし私は申し上げたい。

「師匠、それ、アドバイスじゃなくて質問ですからっ!」


ナミ様からあれこれ聞き出してどうするか。

選挙中、候補や陣営が票の次に気にするのは、ライバル達の情報である。

知ってどうなるものでもないが、知るとけっこう盛り上がる。

各陣営に送り込んだ配下から情報を集め、自分の所で公開すれば

師匠は一躍、情報通になれる計算だ。

「よその陣営のことまで全部知っている、すご腕のウグイス」

として、あがめたてまつられるであろう。

ナミ様は師匠のことを「優しくて、うまくて、とにかくすごい人」

と言うけど、どうだろうねえ。


実のところ、私はこの師匠とやらを最初から怪しんでいる。

「お勉強」という名のパクリ行為や

「ウグイス年齢」という名の常習的年齢詐称の薄汚い手口もだけど

4日目まで、師匠が乗る選挙カーとすれ違ったことが一度も無いからだ。

狭い市内を20台近い選挙カーが回るのに

特定の候補と1回も出会わないのは珍しい。

選挙カーの回るコースが漏れていると考える方が、自然だろう。

候補はそれに気づいて、ナミ様のことを「くノ一」と呼ぶのかもしれない。


市議選程度でコースが漏れたって、どうってことはない。

師匠の付いた候補と、こっちの候補は同じ会派だ。

当選後も仲良くやっていくだろう。

しかし大きい選挙や一騎打ち、当落スレスレだと

みんなピリピリしているのでスパイと誤解される。

袋叩きになることは無かろうが

誰かに気づかれたら、嫌われて仕事が減る。

今後も続けるつもりのナミ様にとっては、死活問題だ。


まあ、他人のことよ。

師匠、師匠と慕っているのに、水をさすこともあるまい。

私はうごめく老婆心をしまい込むのだった。


私が師匠を怪しむ理由は、もう一つ。

初日に、ナミ様のウグイスぶりをほめた。

「ほめられたのなんて、初めてです!

嬉しい…ありがとうございます…」

ナミ様は感激して涙を浮かべた。


長持ちしないとはいえ、声と発音の美しさは際立っており

人目を引く美貌とくりゃ、充分賞賛に値する。

4年もやってて、1回もほめられないのはおかしい。

「私はドジでヘタだから、いつも叱られてばっかりなんです」

ナミ様はしょんぼりと言うが、もしかしてしゃべれないのは

叱られ続けて萎縮しているからではないのか。


私の黒い心には一つの仮説が浮上していた。

「師匠ザンネン説」である。

この師匠、見た目も実力も、ザンネンに違いない。

心配とか育てるなどと言いながら、そばで目を光らせ

上に伸びれば芽を摘み、前に出れば踏み倒す。

その一方で、利用できる時にはしっかり利用する。

こんなチンピラは、ザンネンと相場は決まっている。


しかも今回の仕事は、弟子のナミ様だけに

1年前から予約が入っていた。

市内在住で投票権があるとはいえ、ナミ様だけが選ばれて

師匠もチームも無視された。

曲がりなりにも師匠と呼ばれるからには

相当ショッキングな出来事ではなかろうか。

ザンネンの嫉妬は激しいからのぅ。

わたしゃ夫の浮気で、そういう女をさんざん見ておるからのぅ。


この大胆な仮説を打ち出したからには、合否を確認したいではないか。

コースが漏れているらしいので、出くわす可能性が少ないとはいえ

いつかは師匠と対面してみたい私だった。
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ウグイス日記・業界の巻

2014年11月18日 11時19分16秒 | 選挙うぐいす日記
2日目に現れた暴漢は、以前からたびたびトラブルを起こしていたそうで

住所氏名はすぐに判明した。

我々は選挙活動の合間に再び警察署に呼ばれ

10枚の顔写真の中から男を当てるクイズをした後

調書の清書に立ち会った。


10人の男性の写真は免許証のものと思われる。

問題の男らしき写真は、幼さの残る10代のものらしく

私の見た30代半ばの男だと、はっきり断言できない。

免許はもう流してしまって、最近の写真が無かったようだ。


先に写真クイズをやった候補やナミ様から

「7番」と聞いていたので、7番と答えた。

署を出て、一刻も早く街宣活動に戻らなければならない。

グズグズ考えている暇は無いのだ。

民主主義を守るとは、時間をロスすることらしい。


男は3日目に、別の選挙カーのウグイスからマイクを奪ったそうだが

じきに返したので、警察沙汰にはならなかった。

彼が蹴ったこちらの車に傷は無く、ナミ様が男のツバを浴びた程度で

大きな被害が無いため、今回の事件は本人への厳重注意で終わった。



選挙戦は中盤に入った。

ナミ様は相変わらず、リポビタンDとのど飴、お勉強がお友達。

しかも暴漢事件のショックにより、お声が出にくいときたもんだ。


二期目は大きく票が減るというジンクスに備え

万を辞してお迎えした、プロのはずのナミ様に

候補は「くノ一」というニックネームを付けた。

その由来が、古式ゆかしいヘアスタイルからなのか

静かに潜伏する様子を指してのことなのかは知らない。


「そのうち隠し手裏剣が出るでしょう」

候補はそう言って笑うのだった。

ナミ様の実力発揮を気長に待つという意味なのか

候補のいつもの毒舌なのかは知らない。


10分しか持たなくても、ウルトラマンの3分よりマシ。

貴重な10分を有効活用するには…

そんなことを考えながらの興行も、また一興。

わたしゃ、長持ちだけがウリでござんす。

あとさきナンボでもしゃべりまっせ!



そもそもプロとアマの違いは何ぞや。

私にもよくわからない。

資格がいらないし、段や級も無いのであいまいだ。

プロと名乗るメリットは、ウグイス本人に

いささかのハクがつくことであろう。


他に仕事を持たず、選挙があればすぐに駆けつける体制を保つのもプロだろうし

技術的に優れた人や、多くの選挙をこなした経験豊富な人もプロと呼ぶ。

痩せても枯れてもウグイス稼業だけで食べている人もプロだし

ナミ様のように、組織から派遣されるシステムによってプロと呼ばれる場合もある。

ともあれ自分がプロと言い張ればプロになれる自称の世界…

それがウグイス業界である。


私は正真正銘のアマチュア。

滅多にやらない、ウグイスで食べていない

組織に属さない単身など、アマの条件を満たしている。


しかも私は仕事を選り好みする、最低のウグイスだ。

遠いのは嫌、長いのも嫌、暑いのも寒いのも嫌。

お金のために、誰かれなく政界へ送る手伝いをするのも嫌。

依頼があったらどこへでも駆けつけ

どのような人物であろうと全力で応援するのがプロだろうから、ほど遠い。


しかし最大の理由は、ウグイスの収入による税金を

納めていないからである。

たまにしかやらないので当たり前ではあるが

この定義だと、プロを名乗る人の大半はアマチュアになると思う。


税金が登場したついでに書いておくが、ウグイスやドライバーのギャラは

税金から出ている。

日当の上限は、1人1日につき1万5千円までと決まっている。


人件費を始め、選挙カーのレンタル料やガソリン代、選挙事務所の家賃

看板、ポスターなどの制作費、選挙期間中の食材費に至るまで税金だ。

それらの諸経費は通常、立候補者が立て替えておき

選挙後、諸経費の申告書と領収を選挙管理委員会に提出する。

経費には項目別に上限があり、選管で認められれば

約1ヶ月後に税金からバックされる。

ただし得票数が規定に満たなかった立候補者は

選管に預けた供託金を没収されると共に、諸経費も戻らない。


勝手に立候補したんだから、自腹でやれば?

多くの人がそう思うだろう。

しかしそれだと、金持ちしか議員になれない。

投票権と同じく、有権者に立候補の権利があるのが民主主義である。

人は消費税や自動車税など、財布から出るのが見える税金に注目しがちだが

選挙にも莫大な税金が使われているのだ。


資金不足の立候補者は、諸経費がバックされるのを待って

人件費を支払うこともある。

しかしウグイスのギャラぐらいは用意して選挙に臨むのが

一応の常識とされている。


資金が潤沢な立候補者は、あらかじめ秘書や選挙ブローカー

または後援会長などに、まとまったお金を渡して全てを任せる。

タチの悪いブローカーだと、ギャラが安いことがある。

奥さんが全部握って、米一粒にも目を光らせる所もある。

そんな取り巻きしかいない候補は、たいてい3期目あたりで落選したり

欲を出して上を狙い、やはり失敗して政界から去ることが多い。


つまりウグイスは、税金でさえずる。

私がライバル心や嫉妬などの

個人的感情を優先するウグイスを軽蔑するのは

ひとえにギャラの出処に対する敬意からだ。


その点、ナミ様は非常に謙虚で穏やか。

協調性はウグイスにとって、一番大切な才能である。
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ウグイス日記・暴漢の巻

2014年11月14日 07時58分14秒 | 選挙うぐいす日記
2日目の午後のこと。

田舎道の真ん中に、暴漢あらわる。

正面から歩いて来た若い男が、いきなり通せんぼをして選挙カーを止めた。

候補もドライバーも素通りして、やって来たのは右後部座席に座る

ナミ様のお窓。


「今ワーワー騒いでいたのはお前か!」

あかん。

完全に目がイッとる。


「お前か!」

男は車窓から顔を突っ込み、ツバを飛ばしながら大声でナミ様に聞いた。

質問するまでもないと思う。

たまたまお仕事中のナミ様に、まっしぐらだったんだから。

多分、タイプだったのだ。


程度の差こそあれ、似たようなことは毎回起きる。

別の候補や政党の熱狂的な支持者によるパフォーマンスだったり

変わり者のヒステリーだったり、大きな音が苦手だったり、色々だ。

たいてい騒音の元であるウグイスをターゲットにするが

常軌を逸しているとはいえ、自分より弱そうな者や

美しい者をちゃんと選んでいる。


窓際で固まるナミ様をこっちに引き寄せ、窓を閉めようとしたら

窓枠に手をかけやがった。

車を止めたら何をするか予想がつかないのと、男の安全のために

ドライバーは最徐行で前進を続ける。


30代の候補に高齢の支持者。

それが我が陣営の特色だ。

選挙カーの運転も、じい様達が1日3交代で行う。

選車ドライバーとして、度胸も技術も

4年前より格段に進歩していることを嬉しく思う。


窓枠をつかんだまま「お前か!お前か!」と叫ぶ男と

一緒に進む珍道中が始まった。

選挙中は何がどう尾ひれをつけるかわからない。

ちょうど別の選挙事務所の前だったため

男の素性がはっきりしないうちは、安易に反撃するわけにはいかないのだ。

30代半ばらしきこの男、けっこう可愛い顔なのに

残念だなあと思いながらの道ゆき。


10メートルほど進んだが、男は離れない。

候補が「やめてください!選挙妨害で訴えますよ!」

と言ったら車のドアを蹴って手を離したので、一気に走り去る。

男のツバを至近距離でたっぷり浴び、汚ながるナミ様を横目に

「ババアでよかった…不細工でよかった…」

心から思う私であった。


候補は怒り心頭で、警察に通報した。

選挙妨害は、民主主義を否定する立派な犯罪なのだ。

午後一番で起きたこの事件により、選挙カーの一座は

警察署で事情聴取ということになった。


候補とドライバーとナミ様は現場検証のため、刑事と一緒に現場へ戻る。

私は指紋採取の証人をおおせつかり、選挙カーと共に警察署へ残った。


警官兼鑑識のお兄さんは、優しく説明しながら

指紋採取やDNA採取をやって見せてくれた。

指紋採取は刑事ドラマでお馴染み。

直径6~7センチの丸いグレーの毛皮に細い棒が付いている道具で

問題の箇所にポンポンと粉をまぶす。

次に黒い台紙から透明なフィルムをはがし

粉をまぶした箇所に貼り付けて採取する。


DNA採取は、和紙のような白い繊維を使い捨てのピンセットでつまみ

小瓶に入った透明な液体に漬けて、手の脂が残っている辺りを拭くのだ。

科捜研の女、いや、男みたいであった。


証拠品である指紋やDNAには

「立会人(りっかいにん)」という証人が必要。

立会人は、証拠品を入れた袋の一つ一つに捺印しなければならない。

これら証拠品の所有権を放棄しますという誓約書みたいな紙にも

捺印の必要がある。

図らずも立会人となったこちとら、急なことで印鑑なんか持っていない。

代わりに左手の人差し指で黒いスタンプを押す。

かくして私の指紋は、警察のコレクションに取り込まれた。


事件関係者として調書を作成するにあたり

警官兼鑑識のお兄さんの口から意外な数字を耳にする。

「◯岡ナミさん“52才”と街宣活動中、被疑者が現れ

両手を広げて選挙カーを止めた…最初はこれで合ってますね?」

彼は私に確認した。

「◯岡さんの年齢が違っています。

あの人は47才です」

私はきっぱりと言った。


そこはさすがの日本警察。

「じゃあ訂正しておきましょうね」

その時は、さらりと流したお兄さん。

個人情報の保護だと気づいたのは、その後のことだった。


何も知らなかった私は、事務所で合流したナミ様に年齢のことを話す。

「あなたの年が違ってたから、47才って言っておいたわよ。

52才だなんて、失礼しちゃうわよね」


するとナミ様、落ち着かないご様子。

「あの…ウグイス年齢というのがあって…

私達のグループでは…ウグイス年齢を使うことになっていて…」

「はあ?」


つまりナミ様が所属するプロの組織では、常習的に年齢を若く偽っており

それをウグイス年齢と呼んでいるそうだ。

ウグイスのエントリーは名前と年齢の申告だけなので支障は無く

若い方が依頼主も喜ぶという。

しかし警察の事情聴取で生年月日が必要になり

ナミ様はウグイス年齢でなく人間年齢を言ったのだった。

私が調書を訂正したと聞いて、自分が罪に問われないかと心配になったらしい。


ナミ様、本当に52才だったわけよ。

47才でもびっくりしたのに、もっと年くってたわけよ。

ガビーン!たった2コ下!


「うちの選挙事務所では、嘘はダメですよ」

候補は厳しく言った。

「嘘じゃなくて、ウグイス年齢で…」

ナミ様はおっしゃるが、47も52も

オバンに代わりないと思うのは、私だけだろうか。

正しい年齢を言って、若いと驚かれる方が

嬉しいんじゃないかと思うのは、私が揺るぎないオバンだからだろうか。


「何がウグイス年齢じゃ!

同じ嘘なら、いっそ30代って言いなさいよ」

そう言うと、ナミ様は大真面目に首を振るのだった。

「あんまり若く言うと、会話でばれるんです。

テレビや歌の話題が合わないので、5才が限界なんです」


「このことは黙っていてください」

候補と私に哀願するナミ様。

嘘つきなのを黙っていて欲しいのか

それとも52才の人間年齢を黙っていて欲しいのか

ちゃんと確認する気力は起きなかった。


暴漢さえ出なければ…

警察沙汰にならなければ…

絶対にばれないはずであった。

げに偶然とは恐ろしい。
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ウグイス日記・お勉強の巻

2014年11月11日 21時41分09秒 | 選挙うぐいす日記
プロのウグイス、ナミ様は、出陣式の司会や第一声は未経験だそうだ。

早い話が初心者ということである。

したがってそれらのお役目は、センエツながらアマチュアの私がやらせていただく。


その後、前座として1時間ほど町を流し、いよいよプロのナミ様に交代。

ナミ様、顔も可愛いが、声もバツグンに可愛い。

細めで高音の、胸キュンボイスである。

「いいわね!うっとりしちゃう!」

私は候補に耳打ちする。

なにしろ見た目も可愛いので、人…特に男性がのぞき込むのだ。


「でしょう?

みりこんさんのシャープな声と、彼女のソフトな声のコントラストが

僕には合うと思ってスカウトしたんですよ」

候補も満足そうだ。


ただし初心者なので、10分以上持たないのがネック。

すぐに「お願いします」とマイクをこっちに押し付け

あとはリポビタンDを暴飲、のど飴を暴食。

ナミ様10分、私1時間のアンバランスな交代制だ。


思うにリポビタンDは、初心者のウグイスにとって心の支えなのかもしれない。

飲んでさえいれば、一生懸命やってると思い込むことができて

安心するらしい。

疲れたから飲むのではなく、疲れているという意思表示のために飲む。

こういうウグイス、よくいるのだ。


ちょこっとしゃべってはゴソゴソ、グビグビ。

1日1ダースは軽い。

横でみりこんという名の意地の悪いウグイスが

「せめて働いてから飲めよ」と思っていることなど、知るよしもない。


人のゼニで買い与てくれるから、ガンガン飲めるのだ。

自腹でそれをやってみろ…いつもそう思う。

身体に良くないと思っているので、私は飲まない。

飲まなければできないのであれば、私はやらない。

また、飲めばどうにかなるような仕事ではない。


のど飴の方も、似たような事情である。

のど飴ナメナメ中は、それを口実にしゃべらなくてすむからだ。

飴が溶けて無くなるまでは、安全が確保される。

しつこいようだが、こういうウグイス、よくいるのだ。


プロで初心者のナミ様には、リポビタンDとのど飴の他に

もう一つ必須アイテムがある。

お勉強道具である。


「旗持ちやビラ配りが主で、ウグイスはあまりやってないんです。

色々お勉強させてください」

そう謙虚にのたまい、バッグからおもむろに取りいだしたるは

ボイスレコーダー。

これで私の仕事を録音し、お勉強させていただくのだという。

大きなメモ帳もお持ちでござる。

ボイスレコーダーで録音しいしい、メモ帳に書き留める。

お勉強している間は、しゃべらなくて済むというわけだ。


私は問いたかった。

お勉強はいいけど、それをいつ生かすんじゃ?と。


いやいや、わかっている。

ウグイスが一番欲しいのは、人のセリフである。

よそのウグイスと組んだ時は、そのチャンスを生かして

一つでも多くのセリフを集めたいのだ。

惰性やテープレコーダーの印象を与えると、仕事が来なくなる。

ネタ切れは、ウグイスにとって怖いものなのだ。


ボイスレコーダーもメモ帳も、後で組織の親方に捧げ

皆さんでご検証なさるであろう。

ナミ様は、そのために送り込まれたと言っても過言ではない。

自分で考えるより、人のをパクった方が楽だもんね。


でもこれ、おそらく一般的には危険な行為だと思う。

相手によってはスパイ行為とみなされ

悪くすればぶっ飛ばされそうな気がする。


もしもウグイス仲間のラン子だったら、猿にタマネギ…

メモ帳をバリバリに破り

ボイスレコーダーを外に投げるのは間違いなし。

そしてナミ様はボコボコにされると思う。

これをお勉強と称して初心者にやらせる組織

お勉強と信じて疑わないナミ様

なんだか宗教に似ている。


私は平気。

どうぞ、次の選挙で使ってちょうだい。

使えればの話だが。

候補が毒矢と呼ぶ私のセリフを使って、嫌われるがいい。

滑舌を駆使するややこしいセリフで、舌を噛むがいい。

フッフッフ。
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ウグイス日記・アンチエイジングの巻

2014年11月09日 12時45分17秒 | 選挙うぐいす日記
今回の選挙は市議選。

応援する候補は、4年前に初当選したY君である。


この3年、ウグイスから足を洗ったつもりで

依頼はお断りしていた。

朝から晩までワイワイ言うのが、年齢的にきつくなったのもあるが

夫の両親の病気もあった。

私が最も懸念したのは、活動中の葬式である。

迷惑をかけるし、縁起が悪いではないか。


しかし最近、親は死なないことがわかった。

いずれは死ぬだろうが、今じゃない。

彼らの常套句「死ぬかもしれない」に

だまされた気がする私であった。


そこへちょうど、Y君二期目の選挙が訪れた。

Y君は4年前から頼んでいたと言うが、覚えていない。

それはともかく、私は「やる」とうなづいた。


ウグイスと家事の両立に自信は無い。

しかし偶然とは恐ろしいもので

選挙戦最初の3日間、夫と次男は本社の社員旅行で台湾に行く。

洗濯物の多さと食べる量ではトップ1と2の二名が

日本からいなくなるのだ。

「ハワイかヨーロッパしか行きたくない」

身勝手な理由で旅行を拒否した長男に、ばあちゃんと家事を託し

あとはおでんやシチューで切り抜けることにして

私は若武者のイクサに参戦することにしたのだった。



さて今回はもう一人、プロのウグイスが加わるという。

昨年の市長選で候補が目をつけ、予約したという話だ。

名前も顔も知らないが、とりあえず

一人でやった前回よりは楽そうである。


初の対面は選挙戦初日。

「顔合わせなんか時間の無駄。

誰とでもうまくやるから大丈夫」

という私の意向で、顔合わせは行わなかったからである。


とはいえ当日の朝、私は少し迷った。

荷物の問題である。

私がウグイスを行うにあたり、欠かせないものがある。

手袋と毛布は誰でも知る必需品だが

それに加えて、硬めの座布団2枚とクッションが必要なのだ。


座布団は、座高を上げるためである。

車の後部座席は、身体が沈むように作られている。

常に沈下に反発し、のり上がって手を振っていたのでは

体力の消耗が激しい。

車の窓枠で、30分もしないうちに脇の下がズタズタになってしまう。

クッションは背もたれに使う。

正しい姿勢を保ち、左右どっちを向こうと

食後であろうと疲れようと

常に同じコンディションの発声ができるように

位置を変えながら調整するためだ。

いかに楽をするかをテーマに考案した、私オリジナルの苦肉の策である。


これをプロ様がご存知かどうか。

オリジナルと思っているのは私だけで

プロ様の間では常識かもしれないではないか。

ご存知なければ、2人分持ち込ませていただく。

だがご存知で持参されていれば、失礼な上にただの大荷物。

私の迷いはここにあった。


一応持って行って、必要なければ自分の車に置いておこうと決め

いざ選挙事務所へ赴いた。

事務所の人達と4年ぶりの再会を喜ぶ。

皆さんご存命で、ホッとした私である。


やがてプロ様がお出まし。

とても可愛い人だ。

パッと見、推定年齢30代半ば。

若かりし頃、ウグイスをしていたというステージママのお母様も

送迎係として同伴していた。

高齢者中心の事務所が一気に華やぐ。


すぐに母子の手荷物を見たが、バッグ一つである。

はい、全てわかりました。

ということで、自己紹介をすませると

私は自分の大荷物を選挙カーに持ち込んで

2人分の巣作りをさせていただく。


推定年齢30代半ばのプロ様に、恐れながら…と

巣のご説明をさせていただき、目を丸くして驚く彼女を座らせて

調整させていただく。

「すごく楽ですね!知りませんでした!」

いたくお喜びになられるプロ様。

顔が可愛い上に、とても素直なのだ。

候補が気に入ったのは、この素直であろう。


しかし私はもっと驚いていた。

私も人間稼業は長いので、人の年齢はだいたい当たる。

しかしこの人だけは、全くの見当違いだった。

だって、47才というではないか。

たまげたのなんのって。

若作りというのでなく、本当に若く見えるのだ。

子供っぽいのでもなく、ちゃんとおしゃれなのだ。

歩くアンチエイジングだ。

47才と言われれば、お母様の高齢にも納得できる。


どうしてこんなに若く見えるのか…

これから始まる選挙戦より、そっちの方が大事なくらい

私は考えるのだった。

小柄、細身、色白は、まず王道として欠かせない。

おメメパッチリ、ふっくらした唇、際立つアゴのラインも必需品である。


このお方はそれに加え、髪型のワザがあった。

目まで垂らした前髪と、時代劇のお姫様みたいな横の髪のカットで

顔の大部分を隠蔽しているのだ。

さらに丹念なヘアカラーと徹底的なストレートパーマも

彼女のアンチエイジングを助演している。

最も重要なのは、親の保護が強いお嬢様である点と

謙虚で清らかな性格によるものであろう。


歩くアンチエイジング、ナミ様と私の一週間は

こうして始まったのであった。
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