殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

しょせんその程度

2014年08月30日 10時34分52秒 | みりこんぐらし
本社の経理部長、ダイちゃんの信仰を知った4月以降

我々が彼の宗教勧誘に辟易しているのはご存知の通りだ。

家族で同じ道を歩む幸せ…

教えに沿った、清らかで愛情あふれる暮らし…

そこに豊かさと安心の世界が訪れるとダイちゃんは言う。

聞きながら、我々はひそかに思うのだった。

「知らぬは親ばかり」。


2月のことであった。

次男は、ダイちゃんの息子さんのスマホを預けられた。

パスワードを忘れてアプリが取り込めなくなったそうで

ダイちゃんに解明を頼まれたのだ。


あれこれいじっているうちに現れたのは

当時中3だった息子さんが取り込んだ、おびただしいエロ動画。

しかもガキのくせして、シロウトではない。

SM、年増、近親相姦ばっかり。

清らかどころか、倒錯じゃねえか。

入試に落ちるはずじゃわい。



さて、7月中旬のことであった。

これといった用事の無い日に、ダイちゃんは我が社を訪れた。

とても困っている様子だ。


「30人ほどで泊まれる、海辺の宿を探しているんだ」

ダイちゃんは我々に言った。

幹事になったのをすっかり忘れていて

毎年恒例の一泊旅行が10日後に迫ってしまったと言う。


頭がいいはずのダイちゃんは、この頃、よく物忘れをする。

仕事が多忙なのもあるが、私は信仰の副作用ではないかと思っている。


「毎年、海辺でやるんだ。

みんな、新鮮な魚を食べるのを楽しみにしていてね。

いつもは小さい民宿だけど

今年は期待してくれと言ってしまったから

急いで探したけど、夏休みでしょ。

30人となると、難しいんだよ。

この近くに、どこか無いかな?」


我々はダイちゃんのピンチに心から同情した。

宗教の勧誘は憎たらしいが、仕事と友好の面では割り切っているのだ。


「任せてください」

地元住民の我々には、コネのある宿泊施設が何軒かあった。

魚がおいしくて、綺麗で楽しめて、あんまり高くない所…

的は、夫の親戚が勤める島の観光ホテルに絞られた。

「海を眺められる露天風呂なんか、どうですかね?」

ダイちゃんは大喜びだ。

「海を見ながら露天風呂!いいねえ!」


さっそく夫が親戚のノブ君に電話する。

個室は予約でいっぱいだけど、大部屋3つなら大丈夫と言う。

こんな時のために、隠し部屋があると聞いていた。

倹約家のダイちゃんの意思を汲み、大部屋割引の上

さらに格安にしてもらう。

夫の上役ということで、料理も何品かサービスしてくれるそうだ。


激しく喜び、メンバーの一人に電話するダイちゃん。

もちろん自分が探したような口ぶりである。

ダイちゃんの役に立てた夫も、嬉しそうだ。


ところが、電話の相手は同年代のおばさん。

ダイちゃんの真剣さから、仕事関係の集まりだと思っていたが

違ったみたい。

電話から「高ぁい!」という叫びも聞こえる。


電話を終えたダイちゃん、こともなげに言う。

「1万円超えたら難しいんだって。

もう少し下げてもらえない?

それからチェックアウトの後、10時から昼まで別室を借りて

会議がしたいんだ。

実はこの会議がメインでね。

30人が入れる部屋を、できれば無料で貸してもらえないかな?」


またノブ君に電話する夫。

料金は、これ以上無理ということだった。

会議室の方は、掃除時間なので難しい様子だが、何とかしてくれた。


私はすでにキレていた。

有名人もお忍びで訪れる、この辺りでは上等の部類の観光ホテルを

値切った上に会議室までタダで貸せという図々しさ。

それでもまだ迷うバカたれぶり。

これは、例の教団に違いない。

旅の恥はかき捨てと言うけど、旅する前から大恥じゃないか。


ダイちゃんはあちこちに電話をしていたが、その日は結論が出なかった。

「帰って煮詰めるから、仮押さえをしといてもらえないかな?」


「アパートじゃあるまいし!」

語気を荒げる私を横目に、お人好しの夫はその旨をまた電話し

やはり仮押さえのシステムは無いと言われる。

でもノブ君は優しいので

「大丈夫、予約はもう入らないと思うから、決まったら連絡してね」

と言った。

恥知らずの夫も、さすがに恥ずかしいと思ったらしく

「後はホテルと直接話してください」

と電話番号を教え、この件は我々の手を離れた。


一週間後、今度はダイちゃん、仕事で我が社を訪れた。

「ホテルはどうなりましたか?」

例の一泊旅行が3日後に迫っていたので、夫がたずねる。


「ああ、あれは断ったんだよ。

1万円越えたらきついと言う人が多くて。

結局、毎年泊まる民宿になった。

小さい民宿なら、チェックアウトがうるさくないからね」


紹介したお客が、変な宗教団体だった…

これはノブ君と我々にとって、非常に恥ずかしいことである。

会議なんかじゃなくて、絶対お祈りをするんだ。

仲介したあげくに断られる残念なんか、目じゃない。

我々はそっと胸をなでおろすのだった。


「宗教の集まりだったんですか?」

確信している我々ではあるが、一応たずねる。

「そうだよ、毎年夏に観光を兼ねて、あちこちから幹部が集まるんだ。

君達とも、いずれ一緒に参加したいな」


チャンスとばかりに、私は言う。

「宿泊費が1万円超えたら困るなんて、信じられな~い!

これやってたら、金持ちになれるんじゃなかったんですかぁ?」

「倹約は大事だから…」

ダイちゃんはちょっと困ったように答える。


「年に一回の旅行すら倹約して、どこにお金使うんです?

献金ですか?」

「そういうわけじゃないけど…」

「地元の人間使って、難しい要求して、高いからダメでした。

教団の人は二度と来ることは無いから平気でしょうけど

地元で生活する人間は、ゴメンじゃすまないですよ」

「商売って、そんなもんじゃないかな?

ホテルではよくあることだと思うよ。

30人だから、向こうにとっても悪い条件じゃない。

お客の要望に応えられるかどうかの力量の話で…」


マ…マジか…。

私はひそかに、そして激しく立腹した。


「私達は商人の子供です。

お金が惜しければ、同じ商人に迷惑をかけてまで旅行には行きません」

「僕達が泊まった所は浄化されて繁栄するから

ホテルにもいいんだよ。

入信したら、その辺りのことがよくわかると思うよ」

「ヒー!そういう考え、一番嫌!

絶対入信しません。

あきらめてください」

たじろぐダイちゃん。

妻に仇を討ってもらい、ニヤつく夫。


浄化されて繁栄するならば、毎年泊まるという民宿はどうなのだ…

直前の予約にも関わらず、夏休み最初の土日に

30人の予約が受けられる状況で、繁栄と言えるのか…

これを追求しようと思ったところへダイちゃんの携帯が鳴った。


ダイちゃんの携帯は本当によく鳴る。

3つ持っているし、仕事も宗教も幹部なので連絡は頻繁だが

着信を活用して話を終わらせたり進めたりする技術はさすがだ。

今回は、着信をきっかけに終わらせた。


以来、入信の勧誘は控えめになり、集まりの誘いが中心になった。

どっちにしてもウザいのに変わりはない。
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盆休み

2014年08月28日 10時29分33秒 | みりこんぐらし
本社の経理部長ダイちゃんからの宗教勧誘は、依然として続いている。

少し前に、はっきり断った。

でもああいう人はどこまでもプラス思考だから、メゲない。

時々週末の予定を聞きたがるところを見ると、まだあきらめてない。


うっかり「ヒマ」なんて口走ろうものなら、大変だ。

集まりに誘われる。

常に「チチキトク」ということにして

のらりくらりとかわし続ける我々一家である。


「願いが叶って、幸せになれるんだよ!」

ダイちゃんは言うけど、彼の息子さんは

この春、高校受験に失敗した。

それはいいとして、滑り止めで受けた私立へ入学したが

よりによってその高校は我が夫の出身校だ。


「みんな健康で長生きできるんだよ!」

これまたダイちゃんは言うけど、彼は2年前に軽いとはいえ脳梗塞になり

今は骨盤に水が溜まって治療中。

これで健康と言えるかどうか、はなはだ疑問である。

我々はますますガードを固くするのであった。



お盆の直前、ダイちゃんからショッキングなニュースを聞いた。

ダイちゃん直属の部下であるハッシー君が、急に退職することになったという。


ハッシー君は20代後半。

税理士その他、数々の資格を持つ秀才で

将来はダイちゃんのポストを引き継ぐ予定の、本社希望の星である。


我が社の経理は元々、このハッシー君が担当する予定だった。

しかし途中からダイちゃんがやると言い出し

ハッシー君はサポートに回った。

このような経緯で、我々はハッシー君と顔見知りである。

家族は皆、ダイちゃんも好きだったが

素朴で心の美しいハッシー君も好きだった。


ダイちゃんの信仰が明らかになり、勧誘されるようになっても

我々にはハッシー君がいてくれた。

いざとなったら一家で辞める覚悟はあるが

ダイちゃんのボスである河野常務に頼んで

担当をハッシー君に戻してもらう手段が残っていたからだ。

我々ののらりくらりは、その余裕から来ていた。


そのハッシー君が辞める!

選択肢を一つ失った衝撃は大きかったが

それ以上に大きかったのは、希望に燃えていたハッシー君が

突然辞める不可解であった。


退職理由は、北陸にある実家の家業を継ぐというもっともらしいものだ。

しかしハッシー君は、ここに骨を埋めるつもりだと私に語っていた。

後妻の連れ子で実家に居場所が無いことも、とつとつと話した。

その彼が、すでに家業に従事している2人の兄をさしおいて

家業を継ぐとはよっぽどのことである。


そのよっぽどが北陸地方で起きたと考えるより

ダイちゃんから宗教の勧誘があったと考える方が自然であろう。

それが我々一家の推測である。


優しいダイちゃんのことだから、独身で一人暮らしの部下を

たびたび飲食に誘ったであろう。

すっかりなついた部下に魔の手が伸びるのは、時間の問題だ。


ダイちゃんは突然の退職を不思議がり、残念がるが

もしや彼は我々と同じ経験をしたのではないか。

隣で机を並べる上司に誘われて、拒否できないハッシー君の苦しみは

いかばかりであったか。

「とうとう犠牲者が出た…」

勝手な憶測ながら、我々はそうささやき合うのだった。



ハッシー君の退職を伝えた同じ日

ダイちゃんは我々のお盆の予定をたずねた。

「お盆の間はずっと、父が外泊で帰ります」

冷ややかに答える私。


「1日だけ空けられないかな?

入信してない人も参加できるイベントがあるんだよ。

お父さんは、連れて帰って置いとくだけなんでしょ?」

何やら盛大なイベントらしく、いつもにも増して執拗なダイちゃん。

危篤でありながら外泊できる矛盾も、いぶかしんでいる様子だ。


「いいえ…」

この時初めて、私は彼に現実を話した。

介護タクシーがサジを投げた、見事な全身不随ぶり…

首から上が無事なだけで、あとは死人と同様なこと…

食事や着替えを始め、一挙一動全てに人手が必要なこと…

床ずれが痛むため、しょっちゅう身体の向きや

介護クッションの位置を換える必要があること…

それでも病人は静かなのでまだマシ…

一番手がかかるのは、旦那の帰宅で興奮する母親の方…。


次男であり、夫婦で信仰ざんまいのダイちゃんは

親の介護なんかしたことないので

病人がどんなに家に帰りたがるか知らない。

役に立たないギャラリーほど口で騒ぐ、わずらわしさも知らない。


帰っている間はどんなに大変でも、病院へ戻る時に声を振り絞って

「ありがとう」と言われたら涙が浮かび

「またすぐ帰るのよ!」と叫んでしまう嫁の心模様なんか

夢にも知りはしないのだ。

教団でナンカ拝むより、こっちの方がよっぽど修行になるぞ。



「じゃあ、空いたら連絡して」

説明にたいした興味を示さず、ダイちゃんはそう言って帰った。

空いたって、連絡するものか。

実はアツシが帰るのは、盆休み最後の土日だ。

我々は休暇を満喫するもんね~!


だがその計画もむなしく、盆休み初日に隣のおじさんが亡くなった。

認知症で、去年包丁を振り回して暴れたおじさんだ。

お悔やみ、お通夜、葬儀で我が家のお盆は終わった。


おじさんは8月初旬に危篤となり、方々から家族が集合して待機していた。

みんな飼い犬を連れて来て家の内外に放置し、病院に詰める。

慣れない所へ置き去りにされた犬達は、落ち着かないのでものすごくうるさい。


窓を閉め切っていても、あまり効果は無い。

ムツゴロウさんちの隣に住んでいるような気分だ。

義母ヨシコは血圧が上がって寝込んだ。


特にひどいのは、息子さんのビーグル。

つながれた場所は、不幸にもうちに面した庭だ。

鳴くや吠えるの段階ではない。

ギョエー!という断末魔の絶叫が、大音量で休みなく続くのだ。

一日中叫んで、喉のほうは大丈夫なんだろうかと心配になってくる。


一応犬を飼っているため、お互い様としてひたすら我慢する我々。

我慢はするが、悪口は言う。

「息子さん、いい所へお勤めだそうだけど

ペットホテルに払う金を惜しむようじゃマユツバね!」

「常識が無いのよ、常識が!」


5日目あたりにはキレた。

「もう、毒まんじゅうしか無い」

私はヨシコに言う。

「何を入れたらよかろうか」

ヨシコも乗る。


黒い計画を練っていたところへ、おじさんの訃報が入った。

おじさんが亡くなる=葬式が終わったら犬が帰る。

我々はささやかな悲しみと同時に

騒音地獄から解放されるメドが立った大きな喜びを感じた。


葬儀の翌朝、ビーグル君はとうとう声が枯れた。

ケホンケホンと咳き込むように鳴いている。

犬も声枯れするらしい。
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エネルギー問題

2014年08月23日 13時17分20秒 | みりこんぐらし
両親の病気をきっかけに、夫の実家で暮らし始めて2年半。

たびたび故障する電磁調理器は、悩みのタネであった。


先日故障した時、いつも来る修理の人はサラリと言った。

「発売後10年で部品の製造をやめるので、もう直せません」。


老人世帯が電化に踏み切る最もポピュラーな理由は

料理の火の消し忘れだと思う。

うちの義母ヨシコもそれで、何度も火事になりかけた。

そこでオール電化にして13年、電磁調理器はついに寿命を迎えたのだ。


電化にしたから、もう安心…多くの人はそう考える。

しかし思わぬ落とし穴があったのだ。

老人の余命と電化の寿命は、必ずしも合致しないことである。


電化は買い換えが高くつく。

修理の人が言うには、電磁調理器は今のと同じレベルだと35万

ランクを落とせば20万。

もしもローンにする場合、75才以上だと審査が通らないので

子供や孫が保証人になる必要があるそうだ。


給湯器の方も、設置後10年経ったあたりから時々故障する。

そのうちこっちも新調することになりそう。

10年ごとに財布が火事では、ちっとも安心じゃないぞ。


10年経ったらゼニを出せ…

ゼニが無ければ子孫を差し出せ…

おのれ越後屋!

私の耳には悪徳商人の陰謀に聞こえるのであった。


まあ、向こうも商売だから仕方がない。

非があるとすれば、電化を選んだこっちだ(イヤミです)。

まだ生命があって、まだ台所を使うこっちなのだ(皮肉です)。


「この際、お母さんに買ってあげて親孝行したら?」

修理の人は明るく言う。

ひそかにチッと思う私。


思い起こせばこの調理器、4~5年前からよく故障していた。

我々が来て酷使するようになると、さらに調子が悪くなった。

手元不如意で交換時期を逃しておきながら

故障するたびに私が壊したと言いたげなヨシコ。

彼女の感覚では親孝行なんかじゃなく、弁償の世界なのだ。


これまでにも、古い電化製品や道具が劣化して寿命を迎えるたびに

破損の汚名を着せられ、弁償を繰り返してきた。

人から搾取して肥え太る…悪代官並みである。

ゼニの惜しさと悔しさに、結論は先送りとなった。


直らないけど出張料金だけはしっかり払わされ

私は意地になって、ピーピー鳴っては止まる瀕死の調理器を使い続ける。

しかし数日後、落雷により周辺一帯が停電になった。

停電はすぐに復旧したものの、電磁調理器はますます調子が悪くなった。


さらに不幸は続く。

落雷から3日後の未明。

クーラーが止まったので目が覚めたら、停電だった。

電力会社に電話して見てもらったところ

電磁調理器の故障による漏電で、安全装置が作動したのが原因。

落雷のショックがトドメを刺したというところか。

調理器は停電を置き土産にして、完全におダブツとなった。


いよいよ私にとって屈辱の瞬間が訪れた。

みすみす越後屋と悪代官の思うツボになるのは悔しいが

料理ができなくて困るのは他の誰でもない、私なのだ。


たまたまその日は、月に一度の請求書作成日だったので

とりあえず朝から会社へ行く。

「帰ったら越後屋に電話して、それから…」

仕事をしながら、電磁調理器買い換えの段取りを考える。


食事時間がまちまちの家族5人の腹を満たし

入院中の義父アツシに弁当を作る身の上としては

新しいのが届くまで外食ですませましょう、というわけにはいかないのだ。

つまらぬ意地で自分の首を絞めるとは、このことだ。


そこへひょっこり、ガス会社の友人登場。

夫の野球部の後輩で、会社の給湯器の点検を兼ねて時々寄る。


その瞬間まで頭の中は電気一色の私だったが

親しい顔を見た途端、口走った。

「うちのエネルギー問題を何とかしてよ」

電化に押され気味のガス関係者、その喜ぶまいことか。

話はバタバタと決まり、その日のうちに電化から足を洗うこととなった。


ガス台は、電磁調理器の半額だ。

ガス回帰の決断に免じて、すごく安くしてくれると言う。

ホームセンターで買えは安いのがあるが

死亡した電磁調理器を抜き取った跡へ、文字通り取って付けたような

みじめったらしい風景は気が滅入るので

彼のお勧めの品を取り付けてもらった。


電力会社への手続きも代行してくれると言う。

電化をやめると深夜電力の優遇は無くなるが

当然ながらガスごひいきである彼に言わせれば

たいしたこっちゃないという話。

そんなことより、弁償の屈辱を回避する新エネルギーを発見した興奮に

有頂天の私であった。


かくしてSIセンサー付きガラストップのコンロが

我が家にやって来た。

焦げつかないのと、真ん中だけ激しく煮えるという

温度の偏りが無いのに驚いた。

キーンという耳鳴りも無い。

台所で携帯電話を使っても音声が途切れない。


電化は、あまり料理をしないおうちには向いているかもしれないけど

流行らない定食屋状態の我が家には向かなかったようだ。

我が家のエネルギー問題は、こうして解決したのだった。
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第2こすず道

2014年08月18日 14時41分30秒 | みりこんぐらし
結婚して以来、毎日実家に帰って来る夫の姉カンジワ・ルイーゼ。

またの名をこすず。

夫の浮気でギクシャクする我々夫婦に油を注ぎ、両親を焚きつけ

経理を任されていた父親の会社を滅亡に導いた、素晴らしいお姉様だ。


数年前のこと。

隣の市に、一本の道路が開通した。

何年もかけて山を切り開き、ようやく完成した立派な道路だ。


図らずもそれは、隣の市の山間部に位置するルイーゼの嫁ぎ先から

実家までの距離を半分に縮めた。

これによってルイーゼの通勤時間は、大幅に短縮されたのである。


予期せぬ優遇に、私は地団駄を踏んだものだ。

しかし、一つの教訓を得たのも確かである。

陰でブーブー言いながら我慢と葛藤にあえぎ

表向きは建前の平静を装う“二心(ふたごころ)”より

「実家に帰りたい!」という“一心”の方が優遇対象となる…

2より1の方が強いという法則である。


人の苦しみや迷惑なんか、関係ない。

シンプル・イズ・ストロング。

教訓を得た記念として、その奇跡のルートに

「こすず道」と名付けた経緯は以前記事にした。


それから3年、父親の会社に見切りをつけたルイーゼは

隣町の老人ホームで給食調理員として働き始めた。

婚家と実家の中間地点に、その職場はある。

こすず道を通って通勤しているが

町はずれの崖の上というヘンピな場所の上

道路が整備されておらず、離合困難の悪路が延々と続く。

早朝勤務もきつかろうが、通勤はなおきつそうだった。


老人ホームで働き始めて3年目の今年

ルイーゼは調理師免許を取得すると意気込んでいる。

私の持っている調理師免許とは違う、もっと難しい特別な免許だと

義母ヨシコはライバル心むき出しで言い張る。

普通より難しい特別な調理師免許なんて

フグの免許ぐらいしか聞いたことが無いが

母娘でそう思い込んでいるのだから、そういうことにしておく。


こうして頑張っているルイーゼに、またもやでっかいプレゼントが届いた。

つい先日、こすず道を降りてすぐの所から老人ホームの手前まで

やっぱり山を切り開いて、数年に渡る大工事が行われ

新しい道路が開通したのだ。

ルイーゼは最初に開通した「第1こすず道」と

このたび開通した「第2こすず道」で

通勤時間の大幅な短縮と快適を手にしたのである。



道路族のはしくれである我が社も、この工事の材料供給に少し関与したが

まさかこういうことになるとは、開通するまで考えもしなかった。

「俺達はあいつのために働いたのか!」

夫と子供達の悔しがるまいことか。


「まあまあ」

私は彼らをなだめるのだった。

第1こすず道だけでなく、第2こすず道までが開通したことを受け

私は一つの予測を立てた。

第3こすず道の構想である。


ルイーゼは仕事の帰りに、必ず実家へ来る。

職場からまっすぐ自分の家に帰るのであれば

第2こすず道と第1こすず道を通ってすんなり帰れるが

逆方向の実家へ向かう道は、いまだ整備されていない。

山越えの離合困難な道が数キロ続く。


この調子で行けば、ルイーゼが実家へ向かうための

新道が建設される可能性は高い。

第1、第2と同じように、これまで不便を強いられた少数の住民のため

何も無かった所へトンネルを掘ったり、架橋をすえたりの大工事が行われ

ゼロから道路が作られるかもしれないじゃないか。


「第3こすず道は、山の切削から取りに行くのよ!」

私は家族にゲキを飛ばすのであった。

思えば第1の時は、会社が青息吐息だったのでそれどころではなく

蚊帳の外だった。

第2の時は廃業作業に追われている最中で

しっかり食い込む余裕が無かった。

次はアタマを取るつもりになっているから、我ながらおめでたい。


「あの女の運に頼るほど落ちぶれるつもりは無い」

と、この発想は家族からすこぶる不評である。

このタイプの工事は、労だけ多くて実入りが少ないのも業界では常識だ。

しかし当たるも八卦、当たらぬも八卦。

ルイーゼの強運がどこまでのものか

山師の気分で眺めるのはけっこう面白い。

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グッバイ・四人組

2014年08月15日 09時01分54秒 | みりこんぐらし
ひところ人気のあったアメリカのドラマ「S・A・T・C」。

セレブでファッショナブルな4人の中年女性が織りなす

ゴージャスな友情物語だ。


我ら4人の地味な集まりに、そう名付けてはや8年が経過した。

セレブでもなく、ファッショナブルであるはずもなく

中年という共通点をよすがに、S・A・T・Cを名乗る厚かましさ。

その中年も高年になりかけ、残る共通点は人数のみと成り果てた。


メンバーは、病院の厨房で同じ釜のメシを食った者で構成されている。

同い年のA子、5才年上のB子、一回り年上のC子。

A子とB子はまだ現役、C子と私はすでに退職済みだ。


この集まりが行われることは滅多に無い。

せいぜい年に2回がいいとこ。

会うのはたいてい夜だが

まず不規則な勤務の現役A子とB子の2人が揃いにくい。

2人とも当日が午後勤務でなく

翌朝ゆっくりできる日程となると難しいのだ。


退職したC子と私にも、病老の親がいる。

C子は両親2人の介護なので

外に出て丸々数時間を過ごすのが難しい。

やっと親族に頼んで出て来ても、手に負えずドタキャンになったり

電話で呼び戻される。

現役2人も介護の必要な親がおり、似たようなものなので

集まりは滅多に行われないことになる。


先日、C子に自由が訪れた。

父親が亡くなり、母親が施設に入ったからだ。

1人自由がきくようになると、日程が合わせやすくなる。

1年ぶりの集合だ。


しかし楽しみにしていたその日、現役のB子が来られなくなった。

前日まで働いていたのに、仕事中に倒れたのだ。

末期癌だった。

卵巣から肺に転移し、呼吸困難になって入院した。


年に2回、病院で行われる検診を6月に受けたばかりだった。

3月にも呼吸が苦しくなったので検査をしてもらったら

気管支炎と診断されていた。

我々の働いた病院は、やっぱりヤブだった。



やっと会えるようになったら、1人が欠ける。

人生ってこんなもんさ…とは思うが、その「こんなもん」は

時に残酷だ。


ショックだとか言いながら嘆き悲しむには

我々はもう年を取り過ぎた。

家族や知人の死に出会う回数が増すにつれ

それは明日の自分かもしれないとわかってくる。

「今は誰にも会いたくない」

B子の希望を尊重し、ただ静かに現実を受け止める。


我々3人はB子の奇跡的回復を祈りつつ

自分がそうなった時のために、お互いの要望を知っておき

それぞれの家族に伝える役目をしようと決める。

見舞いの希望の有無や延命治療の有無

葬式のスタイル、墓や法事のことなどだ。



その伝達が行われたのは、食事をすませて寄ったマックカフェ。

ケーキを注文したら、3人それぞれの皿に

ジャムとチョコレートで簡単な絵が描かれていた。

A子には星、C子には花、私にはハートの絵。

こんな夜だから、ちょっとしたサービスが心にしみて

喜ぶオバン達。


「お客様のご要望を取り入れて、色々やらせていただいてるんです」

マックカフェの綺麗なオネエちゃんが、にこやかにのたまう。

ここには2回しか来たこと無いけど

カフェはハンバーガーの売り場よりべっぴん揃いである。

「何かご要望がありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」


「ご要望…?」

私の悪い癖が始まった。

オネエちゃんの手を取り

「息子の嫁に来てちょ」。


S(そんなこと言われても)・A(あたしゃ)・T(当惑)・C(シティしまうわ)

といった表情のオネエちゃん。

若者の尊い犠牲の元、オバンの夜は更けていくのであった。
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洗濯と認知症・3

2014年08月03日 11時04分07秒 | みりこんぐらし
お嫁さん達の話から怨念を取り除き

情報として並べるうちに、私はふと思った。

「よそのおばあちゃんも、嫁を怖がっているのではなかろうか」。


これは元々、私が義母ヨシコに感じていたものだ。

経営不振で会社を閉じ、我々夫婦の援助で暮らし始めた頃である。

高飛車と強引の波間にのぞく怯えは

不本意な晩年を迎えた無念と、手元不如意の心細さから来る

恐怖だろうと思っていた。


けれども後になってわかった。

ヨシコがそれ以上に恐れていたのは、私だった。

ヨシコは、娘カンジワ・ルイーゼの行いに

私が触れはしないかと恐れていたのだ。

その意外性に、少なからず驚いた。


30年に渡って会社を牛耳ったルイーゼが

危なくなると寝たきりの父親とアホの弟に

全部押し付けて逃げたことかと、最初は思っていた。

が、これも違った。

むしろ、決断の早い娘を賞賛する口ぶりであった。


資金繰りに困ったルイーゼが、両親の個人資産をつぎ込んだ結果

我々が文無しの老い二人を面倒見る羽目になった…

ヨシコは、この展開に触れられるのを恐れていたのだった。

ヨシコから遠回しにそれを聞いて

そんな思いもよらぬことで怯えていたのかと、また驚いた。


おばあちゃん達は、こっちの想像とは異なる別方向のことで

苦んでいるのではないか。

私はそう思い、洗濯経由認知症の道をたどるおばあちゃん達に

お金の問題を当てはめてみたところ、やはりあった。

そしてその影には必ず、不肖の子供が存在していた。

貧富にかかわらず、どこの家にもお金の問題はあるし

困った子供だっているものだが

条件の符合に気を良くした私は、この路線で研究を進めることにした。


不肖…それはたいてい、おばあちゃんが昔から

特に目をかけ期待してきた子供だ。

そのせいかどうかは知らないが、身の程知らずの変わり者…

もとい、上昇志向の個性的なお子様が多い。


母親の年が年なので、お子様も中高年。

この中高年が、やらかす。

事業や遊興で借金を作ったり、浮気相手と結婚するために

妻の言いなりの慰謝料を払おうとしたり

仕事でヘマをやって訴訟が起きたり、各家庭さまざまである。


おばあちゃんは不肖に泣き付かれ、肩代わりや援助をする。

やがて家族に知られ、すったもんだになる。

他人の気楽さと冷静さを武器に、実質的な消火作業を行うのは

おばあちゃんと同居する長男の嫁であることが多い。


しかし当面の消火を終えた後も、ゴタゴタは続くようになる。

不肖の一件で家族の本音が噴出し、なにかとモメやすくなるのだ。


おばあちゃんにとってつらいのは、ゴタゴタではない。

我が子の恥を、嫁に知られたことだ。

いつ、嫁にこのことを持ち出され、なじられるかと気が気でなくなり

嫁を怖がるようになる。

お金の減った心細さが、恐怖をより濃厚にする。

不肖に投じたお金は、家族が知っている金額よりずっと多いのだ。


この恐怖の度合いは、これまでおばあちゃんが

嫁に対して行ってきた言動と見事に比例する。

よって残念ながら、ほとんどの場合ものすご~く怖い。

そりゃもう、肝試しどころじゃない。

これが俗に言う生き地獄である。

たった一人でやって来た、人様の大事な娘に与えたのと同じ環境が

おばあちゃんに与えられるのだ。


外へ出れば金がいる、家で動けば嫌われる。

嫁のスリッパの音に耳をすませながら

テレビをながめつつ、空想の恐怖に怯える。

おばあちゃんの行動半径は、こうして狭まっていく。


限られた範囲の中で、ローコスト、ローリスクかつセーフティな洗濯に

行き着く確率は高い。

半ば必然的に到達したとはいえ

そこに活路を見いだすおばあちゃんは

認知症どころか、本当は頭がいいのではなかろうか。



一方、姑と長く暮らしたお嫁さんというのは

真面目で善良な人が多い。

「あんたの子供はろくでもない」などと子供っぽいことを言って

おばあちゃんを傷つけたりはしない。

後で後悔して、自己嫌悪に陥るのはわかっているからだ。


姑とはいえ、子を持つ母親同士の連帯感もある。

自分の我慢を見て育った我が子が

みんな立派な大人に成長しているかといえば、案外そうでもなく

あからさまにあざけることはできない。

まさかおばあちゃんが自分を怖がっているなんて夢にも思わず

誰も手を出さない火中の栗を拾うような気持ちで、一生懸命世話をする。


が、やればやるほど、おばあちゃんは他の身内を追い求め

嫁は報われないむなしさを噛みしめる。

「ほらほら、早く」「どうするの?え?こっち?」

早口で叱咤されながら、仏頂面であれこれやってくれるよりも

たまに来て何もしない人にかけられる猫なで声や

下心のある微笑みの方が、おばあちゃんにはよっぽどありがたい。

おばあちゃんのポイントカードは、こなす仕事量にはポイントがつかない。

優しい声かけに、10倍ポイントが付くシステムだ。


嫁は、そんなシステムなんて知るよしもない。

ただ一言「ありがとう」や「ごめんね」を聞きたいために

頑張り続けるが、怖がるおばあちゃんから

その言葉はなかなか聞けない。


疲れ果てた嫁は、やがて即効性のある呪文を思いつく。

「認知症かも」。

腹が立っても、病気と思えば許せる。

おばあちゃんはおかしい、と言っていれば胸がすく。


嫁は、おばあちゃんを許したいのだ

本当は優しくしたいのだ。

でも過去の仕打ちを思い出して悶々とするうちに

自分も姑も年老いてしまった。

ケリをつけるには、もう認知症のカードしか残されていない。


病気だった…そういえば前からおかしかった…

嫁はそのカードを使って、できる限り古い過去までさかのぼり

おばあちゃんを許したい。

それは、おばあちゃんに優しくできない自分を許すことでもあった。


期待に応えるつもりは無かろうが

おばあちゃんはやがて、正真正銘の認知症になっていく。

生き地獄より、いさぎよくそっちを選んだのかもしれない。


《結論》

嫁とは同居しない方が良さそうだ。


《完》

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