殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

お別れ会

2015年04月30日 08時54分23秒 | みりこんぐらし
『私の名前はおふじ…家族の皆さんから、そう呼ばれています』



先日、隣のおじさんのお別れ会があった。

この2月、義父アツシの葬式の晩に急死した92才のおじさんだ。


おじさん一家は、この辺りでは珍しいクリスチャン。

遺体はすぐに隣の市にある教会に運ばれ、そのまま荼毘に付された。

故人が密葬を希望していたという話だが、うちの葬式があったばかりなので

気を使って連チャンをはばかったのかもしれなかった。


密葬は終えたものの、社長に会頭、理事に参与、相談役…

全てに「元」がつくが、おじさんの肩書きはたくさんあり

密葬では収まりがつかない状況になっていた。

同じ頃、亡くなったおじさんが息子さんの夢枕に立って、こう言ったという。

「やっぱり賑やかな方が良かった」


そういえば親父は賑やかなことが好きだった…

息子さんは思い出し、何人かの人に相談した。

そこで各方面の有志が発起人となり、お別れ会を行う運びとなったので

近隣住民である我々も出席することにした。

当日、近所のおばさん2人と義母ヨシコを車に乗せ、4人で会場に赴く。


お別れ会ではおじさんの息子を始め、有志代表と友人代表

合計3人の挨拶があったが

3人とも口を揃えて強調したのは、おじさんの強運だ。

その強運で戦争を生き抜き、出世し、重病からも生還したと言う。


強運話のラストを飾るのは、決まって昨年の事件。

昨年の節分の日、家の前の川へ車ごとダイブし

車は大破したが本人は無傷だった逸話である。


3人はこの出来事をそれぞれに表現した。

「神のご加護」「天が救った」「まだ生きるカードが残されていた」

聞きながら、私はひそかにつぶやく。

「おじさんを救ったのは奥寺君よ!」


奥寺君は水回りの修理屋さんだ。

家のどこかが壊れると、すぐに飛んで来てくれる。

優しくて頼りになる30代のイケメンだ。

あのダイブ事件の日、彼は我が家のバスタブを交換していた。


奥寺君が外に停めた車へ道具を取りに出たのと

おじさんがアクセルとブレーキを踏み間違えて川へ落ちたのは

ほぼ同時だった。

顔も美しいが心も美しく、その上身も軽い奥寺君は

きつい傾斜をスルスルと降りて、頭から川へ突っ込んでいる車にたどり着き

おじさんを運転席から後部座席へと移動させた。

運転席に座ったままだと、浸水して溺れるからだ。

奥寺君は危険をかえりみず、レスキュー隊が来るまでおじさんのそばに居た。

彼の功績が無視されて、何となく腹立たしい私であった。


とはいえ、超高齢ドライバーだったおじさん。

その危険な運転ぶりから、いずれ車で事件を起こすのは明らかだった。

他人を事故に巻き込まずに済んだのだから、おじさんはやはり強運の人と言えよう。



さて、11時に始まったお別れ会が終わるとお昼どき。

「せっかくおめかしをして出て来たから、このまま帰りたくない」

ヨシコと、同行した82才と77才のおばさん2人が言うので

どこかで食事をすることになった。


後期高齢者との外食は、何を食べるかよりも、まず椅子席が第一条件。

たいてい足に問題を抱えており、座敷に座るのは困難だからである。

そこで全席椅子保証の洋食屋へ予約を入れる。

私の地元の子がやっている店だ。


その日のランチコースは、桜鯛とイベリコ豚。

しかしヨシコは牛がいいと言うので、ステーキに変えてもらう。

おばさんAは入れ歯の都合で硬い物は食べられないと言うので

柔らかいメニューを別に作ってもらう。

おばさんBはご飯が硬いと言うので、パンも出してもらう。


その後も「店が狭い」「内装が白だから目が疲れる」

「前に娘が連れて行ってくれた、どこそこは良かった」

などとかしましい。

悪気ではなく、年を取ると、ふと心をよぎったことが

大音量でそのまま口に出てしまうのだ。

実にスリリング。

幹事の精神衛生上、後期高齢者を連れて行くのは

気心の知れた、偏屈でない店主の店が望ましい。


帰り道、2人のおばさんは言う。

「みりこんちゃんに連れて来てもらわなければ

こんなハイカラなお店、知らないままだったわ!ありがとう」

「楽しかった!スカッとしたわ!」

好き勝手を言っていたが、まんざらでもなかったらしい。



帰宅後。

「あの人達、ワガママだから疲れた」

自分のことは棚に上げ、ヨシコはそう言って寝込んだ。

おばさんAはその日、娘さんを呼んで外食する予定だったのを忘れており

えらく怒られたと言いに来た。

おばさんBは、帰ったら病気療養中のご主人の体調が悪くなっていたそうで

時間のかかるコース料理がいけなかったと言いたげであった。

不用意に老人を連れ出すと、タタるらしい。


そして3人共、口を揃えて言う。

「また連れて行ってね!」

私はニコニコとうなづきながら

今度誰か亡くなって、もしも密葬で、万一お別れ会があったらね…

と思うのだった。
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ヅラデビュー

2015年04月23日 10時01分11秒 | みりこんぐらし
女性用のカツラがブームである。

スッポリかぶるんじゃなくて、頭頂部に乗せる小さいやつ。

テレビをつけると、しょっちゅうコマーシャルをやっている。


不況が長引き、男性用のカツラは頭打ちだ。

生活するのが大変なので、あっても無くても命に別条の無い物は売り上げが落ちる。

そこでメーカーは考えた。

加齢で髪の毛の量とコシが減少し、ツムジの周辺がぺちゃんこになる女性…

つまりお年を召したほとんどの女性へと販路を拡大。


全カツラは値段のわりに不自然なため

変化を嫌う習性のある高齢女性には抵抗が強い。

だが、ヘソクリで買いやすい部分カツラなら

ヒョイと頭のてっぺんに乗せるだけで確実に若返る。

「ツムジぺちゃんこ左右割れ・根元白髪の地肌見え」

この“老婆の印”が、一発でかき消える寸法だ。


衣装や化粧に投資し、あるか無きかの効果を期待して苦心するよりも

スタイリングの手間がはぶける上、半永久的に使用できるとなれば

女性の心は動く。

その半永久が、残り時間が少ないことによって

生じるものでもかまわない。

残り時間が少ないからこそ、若く美しくいたいのが女性だ。


カツラメーカーは、競って一流女優を起用し

高齢女性を洗脳すべく、ガンガンCMを流す。

野際陽子と松坂慶子のアートネイチャーVS高橋恵子のアデランス。

ゴージャスなカツラ合戦をうっとりと眺める私である。


20年くらい前だったろうか。

テレビでは、芸能人による社交ダンスバトルが盛んだった。

最初は芸人中心のスポ根バラエティで火が付き

やがて有名ダンス教師と一流女優がペアを組んだコンテストに進化していった。

中でも松坂慶子のうまさは格別で、賞を総なめにしたあかつきに

司会進行役となった。


そこへ出演したのが高橋恵子。

彼女のダンスのうまさも群を抜いていた。

しかし、いつも出演者に優しく話しかける松坂慶子が

素晴らしいダンスを披露した高橋恵子だけには、なぜか一言も声をかけなかった。

立ち位置もその時だけ離れており、間にアナウンサーを挟んだ。

番組中、大女優2人は徹頭徹尾、視線を合わせることが無かった。

「この2人は仲が悪い…」

私はそう感じてほくそ笑んだものだ。


よってアートネイチャーVSアデランスの戦いが

私には大女優同士の戦いに見える。

松坂慶子と高橋恵子が本当に仲が悪いかどうか

真偽は定かではないが、そう見た方がより楽しめる。



先月、うちの義母ヨシコもとうとう部分カツラに手を出す。

以前からCMに注目していたので、いずれ買うだろうと思っていた。

隣町のスーパーで、3万円也。

最近はいろんなメーカーが真似をして、安く販売するようになったのだ。


買ったはいいが、乗っけて人前に出る勇気が無い。

鏡の前で、練習に明け暮れる日々。

「お父さんの四十九日に…」

デビューの日取りを決めていたものの、当日は勇気が出ず見送る。


髪の毛の分量がまだ多いヨシコは、さほど危機的状況ではない。

それでもヅラを乗せると、確かに若々しく見える。

それはツヤによる効果である。

ヅラに控えめなツヤがあるので、装着すると髪全体にツヤが出たように見えるのだ。

家で白髪染めを繰り返したあげく、バサバサの繊維と化した髪が

ヅラと同化してみずみずしさを取り戻したように見えてしまう。


追加の効果として、ヅラによって頭頂部が多少盛り上がるため

加齢による下垂で正方形になった顔の輪郭が

目の錯覚で元の丸顔に見え、印象がぐっとあかぬける。

ハンバーグより一回り大きい程度のヅラで、こんなにも変わるのに驚いた。


しかし、そこはやはり類似品。

ヅラ一筋の本家より安い分、生え際の不自然さは否めない。

ヨシコを躊躇させるのは、この点であった。


四十九日の法要と会食は日曜日に済ませたが、本当の四十九日は同じ週の木曜日だ。

その日、近所で不幸があった。

義父アツシの葬式の晩に亡くなった隣のおじさん92才に続き

今度は隣の隣のおじさん91才。

老人だらけのデンジャラ・ストリート、本当に何でもありなのだ。


ヨシコはこの葬式で、ヅラを装着すると決める。

入手して1ヶ月、ついにデビューの日を迎えたのであった。


出棺を待つ間、近所の奥様方がえらく盛り上がっていると思ったら

ヨシコがヅラを披露していた。

頭髪に関しては皆さん似た状況であるから、興味しんしんだ。

ヨシコ、自分のヅラをはずして、次々と人の頭に乗せてやっている。

帽子かっ!


この葬儀場のことは、前にも書いた。

葬式が終わるやいなや、霊柩車のお見送りのためという理由で

参列者は全員、強制的に建物の外へ出される。

親族だけでしみじみと行う最後のお別れが済むまで

参列者は吹きさらしの屋外で、長い間待たされるのだ。

待ち時間は、親族のしみじみ度に比例する。

暑かろうと寒かろうと、この方針は変わらない。

依頼主に優しく、参列者に厳しい葬儀場なのである。


春とは名ばかり、その日は雨と強風でことのほか寒かった。

後期高齢者にとっては、まさに八甲田山の状況だが

ヅラ談義に夢中のおばあちゃん達はキャッキャと楽しそうである。

ヅラは彼女達の体温維持に貢献したといえよう。
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チラシ知育

2015年04月13日 22時20分07秒 | みりこんぐらし
『写真はイメージです』



朝のワイドショーで「チラシ知育」というのをやっていた。

新聞と一緒に届くチラシを利用して、小さい子供の教育をするそうだ。

この教育を勧める人によれば、チラシは教育の宝庫で

そのメリットは安い所らしい。


例えばスーパーのチラシ。

買い物ごっこで、値段を足したり引いたりの算数

表示してある産地を日本地図と照らし合わせて社会

旬の野菜を探して理科…。

チラシ1枚で、いくらでも教育できるというわけだ。


チラシを使った教育なら、うちでもやってきた。

「今日は全品ポイント5倍の日。

派手に広告してるけど、全体的に見て品物はあんまり安くしてない。

ポイントが多く付く日は、裏があるのじゃ」

「ズルい~」

「それが商売というものじゃ。

ポイントで釣ってたくさん買うように仕向ける店と

ポイントを貯めて金券が出るのを喜ぶ客

売る方も買う方も笑顔になるのが商売じゃ」

わたしゃ、こんなことばっかり言ってきた。

そうか…同じチラシを使うなら、算数や社会をやればよかったんだ。

すでに手遅れ。


数日前にもやった。

毎週土曜日は、いつも利用する生協ストアのチラシが出る。

会社の帰り道にあるのと、客が少ないのでレジで並ぶことが無いため

買い物が早いところがお気に入りの理由だ。

子供達は、このチラシを私が楽しみにしているのを知っているので

ハイ、と渡してくれる。


「どうして生協ストアの広告が好きなの?

字だけで写真が無いのに」

彼らが問う。

「写真が無いから好きなんじゃ」

私は2人の前に、別のスーパーの華やかなチラシを広げる。


「この写真を見てごらん。

すみっこに小さく書いてあるじゃろ?

“写真はイメージです”って」

「ほんとだ!あっ!こっちにも…てか、全部に書いてあるじゃん」

「だから嫌なんじゃ。

イメージばっかりじゃあ、見ても仕方がない。

大事な想像力は、別のことに使いたい」

「それで生協ストアが好きなんだね」

「生協ストアは客も品数も少ないけど、真実がある」

「愛してるんだね、生協ストアを」

「うん」



チラシといえば最近、我が町を騒がせている怪文書がある。

表向きは市役所勤務の一職員が

上司の悪行を見るに見かねて暴露した告発文ということになっているが

噂では厄介な団体が作成して、ばらまいているという話だ。


厄介な団体さんも法律の改定で、近頃は活動しにくくなったようで

取り締まりが緩やかな思想的団体へと住み替えを始めた。

個人攻撃のチラシ配布は、寄付集めの一端である。


ターゲットになるのは、スネにちょこっと傷のある人。

その傷は、膨らましたり尾ひれをつけやすい種類のものが望ましい。

最も肝心なのは、ターゲットが金を持っていることである。


先日、そのコピーを入手した。

A4用紙の裏と表に、細かい字でびっしり書かれた長文だ。

私は家族一同に読み聞かせ、知育。


「市政に影響力のある皆様へ」

が、最初の一行でキレる。

「けしからん!

字が小さ過ぎる!

市政に影響力のある人なんて、年寄りばっかりなのに

老眼対策ゼロ!」


気を取り直して、再び読み進める。

内容は、市役所勤務のとあるえらいさんが

とっても悪いと言いたいらしい。


「けしからん!」

私は再びキレる。

「私服を肥やし…じゃなくて私腹だろう。

告発文と明言するからには、凡ミスは許されない!」


告発文は、職権を乱用して私服、いや私腹を肥やしているというえらいさんの

女性関係も糾弾している。

『女癖の悪い害虫』

『身近な女性に魔の手を伸ばし、毒牙にかけてきた』

『多くの女性を食い物にした不倫の常習犯』

このくだりで、私はまたもや「けしからん!」と叫ぶ。

「このキャッチコピーは、パパの専売特許だ!」


えらいさんも実名だが、毒牙にかかったという相手の名前も

実名で3人書いてあった。

そのうちの1人は、仕事の関係で知っている。

毒牙をポキンと折りそうなおばちゃんだ。


この実名がミソ。

真偽はどうでもいいのだ。

大変な迷惑がかかるのは明らかなので

ターゲットから“寄付”の集金がしやすい。


「けしからん!」

私は四たび叫ぶ。

「3人ぐらいで何が常習犯だ!パパを見ろ!」

家族一同、夫を見てうなづく。


「うちでは普通のことが、よその人だと脅迫になるんだね」

子供達は感慨深げに言う。

「その差は、金、地位、名誉など

失う物を持つ人間と持たない人間の差だ」

うつむく夫を尻目に、句読点の打ち方や改行の仕方を校正し

その日のチラシ知育は終了した。
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縁の使用法

2015年04月07日 20時23分30秒 | みりこんぐらし
『今年の桜をどうぞ』

家の前の桜です…今はもう散り始めています。




先月のことになるが、夫婦で本社へ挨拶に行った。

義父アツシの葬儀で、色々と心配りをしてくれたお礼のためである。


社長と歓談し、帰ろうとしたところへ

経理部長のダイちゃんが追いかけてきた。

「帰り道、駅の近くまで乗せてってよ」

銀行へ行くそうだ。

その前に、忘れ物を取りに自宅へ寄りたいと言うダイちゃんを車に乗せ

会社から徒歩3分のダイちゃん宅に向かう。

勤務先の近くに住むのが究極のエコだと主張する

節約家の彼にふさわしい距離である。


田舎から1時間以上かけて出て来た我々は、都会の地理にうとい。

ダイちゃんに案内されて、会社から出てすぐの角を曲がり

道の脇に車を停めた。

「すぐ戻るから、ここで待ってて」

家へ走るダイちゃんを見送るついでに周囲を見回して

あっ!と声をあげる私。


目の前は小さな公園だ。

遊具やベンチのある今どきの公園ではない。

こじんまりした敷地に古い鳥居や石碑のたたずむ、慰霊的なスペース。

そのためなのか、開発の手がつけにくかったらしく

マンションや店が立ち並ぶ都会の一角で

その場所だけが取り残されたように存在していた。


私がつい声をあげたのは、この公園に見覚えがあったからだ。

今から44年前、母親が亡くなった小6の時に

祖父に連れられて確かに訪れた。

その公園の入り口に、祖父と祖母、母が暮らした家があったからである。


「お母さんはここで生まれて、育ったんだよ」

今は道路になっているが、当時はまだ残っていた家の前で

一人娘を失ったばかりの祖父は懐かしそうに言うのだった。

しかし私はうわの空。

「家の前の公園で、丑の刻参りをした女の人がいてね…」

母から生前聞いたことがあり、どの木にワラ人形を打ちつけたのだろうと

興味しんしんであった。


つまり本社と母の生まれた家は、道一本をへだてたご近所さん。

同じ市内の同じ区というのは知っていたが、ここまで近いのは知らなかった。


その公園の名は「三田公園(仮名)」

入り口にそう書いてあった。

その昔、町のために頑張った三田さんという人の功績を讃えて

名付けられたらしい。


ここにも偶然が存在した。

この「三田」は、義父アツシが20代前半の頃

6才違いの兄と2人で興した最初の会社と同じ名前である。

社名の三田は、その時に尽力してくれた人の名字をもらったという。


始めた鉄工関係の会社は、大変うまくいった。

しかしうまくいっただけに、やがて兄夫婦に奪われる。

骨肉の争いを嫌ったアツシは三田を離れ、再び別の会社を作った。

それが50年続いて3年前に廃業した、建設資材の会社である。

最初に作った会社、三田は、今でも兄の娘夫婦が経営している。


母がオギャアと生まれた場所と、我々を救済してくれた会社が隣組でも

オギャアの家の前の公園がアツシの最初の会社と同じ名前でも

言わばただの偶然だ。

しかし半世紀以上も生きていると、偶然という現象は存在しないことが

だんだんわかってくるものだ。

「全ては縁で繋がっている」

時折出くわす偶然は、そのことをそっと教えるサインのように思える。


私の縁に対する考え方は、以前と今とで異なる。

振り返れば、半分以上が絶望と悲嘆で占められる我が半生。

しかし面白くない時ほど高揚するネタが欲しくなるもので

取るに足らぬ偶然を見つけては

どこかで聞きかじった“縁”という言葉に格上げし

やたらありがたがって喜び、寿(ことほ)いでいた。

あの心境は、ザンネンな自分でも何かに見守られ、導かれていることを

確かめたかったのだと思う。


もしやあのまま進んでいれば、目を細めて知ったらしくうなづきながら

何でもかんでも「ご縁」で片付けようとする

線香臭いおばさんになっていた気配、濃厚。

それも楽そうで、いいかもしれない。

だがしかし…中年になって、縁の量産はヤバいと痛感する出来事があった。

同級生のA子が職場の同僚にだまされ、多額の借金を背負わされたのだ。


A子をだましたのは、当時52才のおばさんだった。

勤めていた工場に、問題のおばさんが入社したのだ。

本人の弁によると死んだ母親にそっくりで、雷に打たれたような衝撃だったという。

それに加え、母親の死んだ年令と

出会った時のおばさんの年令が同じという符合は、彼女をとりこにした。


A子はマザコンではない。

高一の時に30代の男と駆け落ちし

音信不通でいる間に母親が急死した背景がある。

15才の子供を家から連れ出す30男なんて、およそ知れている。

待っていたのは貧乏くらいのものだ。

日々後悔にさいなまれる彼女は、死んだ母親を必要以上に恋い慕い

そこへ似た人が現れて、飛びついたのだった。


そんなある日、A子はおばさんを連れてうちへ来た。

お披露目ついでに、おばさんの売る下着を勧める目的もあった。

「ね!お母ちゃんにそっくりでしょ!」

この出会いを縁と呼んで見つめ合う2人を前に、私は返答に困った。

だってチリチリパーマの太ったおばさんなんて、どこにでもいるじゃないか。


おばさんが言うには、パート勤めと下着販売は世を忍ぶ仮の姿で

本当は全国消費者金融協会の調査員なのだそうだ。

あちこちのサラ金を回って実際にお金を借り

接客態度や違法貸付の有無を調査する仕事を手伝って欲しい…

報酬は借りた金額の8%、つまり借りれば借りるほど報酬は上がる…

毎月の返済は協会が責任を持って行うから心配ない…

成績によっては、正式な調査員として推薦できる…。

A子はこの詐欺にまんまと引っかかり

「縁に導かれて出会った、この世の母」と慕うおばさんに

いい所を見せようと張り切って借りまくった。


何ヶ月か経つとサラ金からの催促が激しくなり

だまされたと気づいた頃には

被害者がたくさん出てきて刑事事件になった。

おばさんは逮捕されたが、被害者が自分の名前でした借金はそのままだ。


何で知っているかというと、サラ金に追われるA子が

私に借金を申し込むために打ち明けたからである。

中学の時、私をさんざんいじめたA子の頼みなんぞ聞くものか。

その後、彼女がどうなったかは知らない。


この一件以来、縁に関しては慎重になる。

縁を連発するA子と詐欺女のねっとりした光景に、嫌気がさしたのだ。

以後、私にとって縁とはヤバい扱いであるから

偶然も符合も早めに打ち消した。


しかし40年、50年と人間をやっていれば

前に出会ったあの人が…

前に起きたあの出来事が…

ずっと後になって自分の運命に影響する事態をたくさん経験する。

その現象は年を追うごとに増えて

もはや我が人生は、縁を否定したら説明がつかなくなった。


そこで再び、縁を受け入れるようになるが

私も年を食って多少は練れたのか、縁の見分けがつくようになっていた。

出くわした偶然が縁のサインである時

大仰な驚きや興奮は無く、淡々と爽やかな印象が残る。


それを感じるのは、余計なことをウジウジ考えていない時。

老い先短くなってウジウジする暇が惜しくなったのと

人を見る目ができてウジウジ考える必要が無くなったため

近年はますます増加してきた。


優しい風、澄んだ水のような、さらりとした縁を感じると

「このまま歩いて行けばいいんだよ」

そうささやかれているような気がする。

よって縁は、道しるべとして活用している。
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