殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…秋祭編・9

2021年09月30日 10時59分11秒 | シリーズ・現場はいま…
夫の親友、田辺君からもらった仕事を担当した永井部長と藤村は

さっそく連れ立って、ご挨拶に出向く。

さっそくも何も、挨拶しかできない二人であった。


挨拶なら、ここはまず仕事を振ってくれた田辺君の会社へ行くのが

通常のスジというものであろう。

しかし、彼の会社を飛ばすつもりなんだから行くわけにはいかない。

先に田辺君に会ってしまったら、彼から仕事をもらったと認めることになり

上下関係が締結してしまうからである。


よって二人はまず、発注元であるA社の広島支社を訪問した。

担当者に挨拶を済ませ、永井部長がおもむろに直取引を切り出すと

相手は言った。

「帰れ」

二人はけんもほろろに追い出され、撃沈。


しかし、これでメゲる二人ではない。

果敢にも次の作戦を実行に移す。

今度は九州の土建会社、B社である。

B社の広島支店を訪問し、やはり担当者に直取引を打診。

担当者は激怒し、その剣幕に驚いた二人は逃げ帰った。


彼らにとっては、これで終わるはずだった。

けれどもそうはいかない。

B社の怒りはすさまじかった。


それもそのはず、B社の本社は九州小倉。

小倉生まれの玄海育ち…口も荒いが気も荒い…

古風な鉄火肌を歌にも唄われた、色々な意味で何かと威勢のいい地域だ。

小倉に暮らす人々の皆がそうだというわけではないが

そこで土建会社を営むからには

古風な鉄火肌と無関係ではない可能性を鑑みる必要があった。

小倉、土建、田辺君とくれば任侠と、彼らは最初に気づくべきだったのである。


広島支店から話を聞いたB社は、本社に抗議の電話をかけ

永井部長と藤村を小倉に寄こせと言ってきた。

本社は関わり合いになりたくないので、行けと言う。

二人は窮地に立たされた。


相手は怒っているとはいえ、そう無体なことをするわけではない。

二人で小倉へ行き、謝罪すれば済んだはずだった。

しかし、ここで永井部長が迷走を始める。

つてを頼り、小倉在住のある人物を紹介してもらった。

あくまで永井レベルの範疇だが、その人物は小倉で顔役という。

彼はB社に行く時、その人に付き添ってもらおうと考えたのだ。


準備を整えた永井部長は藤村を連れ、現地で顔役とやらと落ち合う。

付き添いを頼んだ目的は心細いからか、謝罪を円滑にしたいからか

顔役の威力でB社をねじ伏せるためなのか、我々にはわからないが

3人でB社に向かった。


顔役は、何の役にも立たなかった。

B社の課長だか部長だかに…社長や取締役はこんなしょうもない面会に出てこない…

3人並べてしこたま怒鳴られ、取りつく島も無いまま

すごすごと帰るしかなかった。


「変なヤツを連れてきた」ということで、B社はさらに怒り心頭。

無関係の人間を連れて行ったのが、裏目に出たようだ。

ただではおかない…本社に乗り込む…

B社は言い出し、永井部長と藤村は震え上がった。


二人の行動は初動から逐一、田辺君に伝わっている。

そして田辺君は、そのまま夫に伝えていた。

我々はその内容から、二人がB社に遊ばれているとわかった。

コモノ二人のために、わざわざ時間と交通費を使って来るわけがない。

しかし彼らは違う。

自分たちは大物だと思い込んでいるので

B社の言葉を額面どおりに受け止め、夜も眠れないに違いない。


溺れる者はワラをもつかむ…

ピンチの永井部長は、この時点でひらめいた。

「そうだ!田辺君がいる!」

田辺君に頼んでB社に取りなしてもらい、このピンチを切り抜けるのだ。


どのツラ下げて、と言いたいところだが、それが永井部長である。

彼は田辺君に連絡した。

「B社へ挨拶に行ったら、会話の食い違いで機嫌をそこねてしまった。

君が間に入って、話をつけてもらえないだろうか」

ものは言いようである。


ここで田辺君、遊ぶ。

「話は聞いています。

B社を怒らせると怖いですよ」

「そこを何とか…」

「無理です」

田辺君は冷たく電話を切った。


万事休すの永井部長、ここで藤村に言った。

「田辺にもう一回、頼んでみたらどう?

藤村さんと親しいようだから、助けてもらったら?」

自分が滅茶苦茶にしておいて、危なくなったらそっと部外者になりきり

取り残された者をなぐさめる側に回る…

これは彼の持ち技の一つである。

永井部長はこの技で全てを藤村に押しつけ、逃げたのだった。


永井部長とニコイチだろうが、自分だけが取り残されようが

とにかく藤村は田辺君に会って、何とかしてもらわなければならない。

藤村は田辺君に連絡を取った。


以下は田辺君から夫へ、夫から私への又聞きであり

そして私は上品!な女性であるから、良くない言葉遣いに慣れていない!ため

多少リアリティに欠けるかもしれないが再現してみよう。


「藤村ぁ!ようもワシに電話できたのぅ!」

「そ…それは…」

「ワシに恥かかしやがって、タダで済む思よんか!ワレ!

これから本社行って、お前らがやったこと全部言うたろうか!」

「それだけは勘弁してください…」

「なら、今すぐ来い!話はそれからじゃ!」


藤村は、真っ青な顔で田辺君の会社に駆けつけた。

「よう来たのぅ。

ほんでお前ら、どげぇな落とし前つけるつもりか聞かしてもらおうか」

「お…落とし前…」

「こうなる覚悟でワシに喧嘩売ったんじゃろうが!」

「そんなつもりは…飛ばしを言い出したのは永井部長なんです!

僕はただ付いて行っただけで…」

藤村はしくしくと泣き出し、これまでの経緯と

永井部長に見捨てられた哀れな身の上を告白するのだった。


「それがどしたんじゃ!今さら逃げられんど!

永井もまとめて、広島におられんようにしちゃろうか!」

「許してください!許してください!この通りです!」

藤村は田辺君に土下座した。

その場所は、田辺君の勤める会社の事務所だ。

好奇の目で見守る周囲の社員にも、藤村はその姿をさらすこととなった。


この業界、噂だけは早い。

特に人の不幸にまつわることは早い。

早晩、一部始終が近辺の同業者に伝わるだろう。

今後の藤村は、どこへ行っても笑い者確定。

飛ばしの悪癖も知れ渡り、彼らを相手にする者はいなくなる。

田辺君の狙いは、そこにあった。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・8

2021年09月28日 11時12分03秒 | シリーズ・現場はいま…
常用と呼ばれる出仕事に行きたくない佐藤君が泣きつく先は

密かに内通している藤村しかいないと思われた。

自分のハーレムを作ると豪語して、50を過ぎてもヤンキーやってる女を入社させ

その女にパワハラとセクハラで労働基準監督署に訴えられたあげく

我が社に併設されている本社営業所の所長を解任された、藤村のことである。


なにしろ佐藤君はピンチなのだ。

自己評価が異様に高く、夢と現実の区別がつかなくて

嘘八百が日常会話の藤村を信じるしかないではないか。

「この会社は近々、俺のものになると決められている」

「本社もここも、俺の営業力で持っている」

鰯の頭も信心から…

ヤツの大言造語を信じさえすれば、ピンチはチャンスに変わる。


佐藤君と藤村は、50代終盤の同世代。

転職を繰り返してきた半生も、複数回の離婚を経て今は独り身の境遇も同じ。

無職の時代が長くて年金をあてにできず、老後の不安が大きいことも同じ。

そして同胞だ。

数々の共通点が絆に発展しても、不思議はない。

佐藤君はこの絆で何とか助けてもらいたいだろうが

藤村も現在、ピンチの渦中にいた。



話は今月初旬にさかのぼる。

同業の会社で営業マンをしている夫の親友、田辺君が仕事をくれた。

かなり大きな仕事で、発注元は全国ネットの大企業、A社。

それを受注した元請けは、九州に本社のある土建会社、B社。

B社と懇意な田辺君は、B社の下請けとして参加することになったが

田辺君の会社だけで間に合うかどうかわからない。

彼は無理をして独り占めせず、他社と分け合って次に繋げる主義なので

一緒にやろうと夫に声をかけてくれたのだ。


夫はこの話を承諾したが、うちでこなせるのは商品とダンプの調達だけ。

コンクリート関係や土木工事の仕事は畑違いなので

そっちが専門の本社に振ることになる。

田辺君はそれを承知の上で、夫が本社から尊重されるよう

いつも心を砕いてくれるのだった。


夫は、この本社向けの仕事を藤村に振った。

このような時には、本社営業部の誰かに連絡することになっているからだ。

仕事が発生した際の第一報は、営業に携わる者にとって貴重である。

連絡を受けた者がそのまま担当して営業成績に加算されたり

本人の手に余るようであれば、親しい上司に伝えて恩を売れるからだ。


合併して間もない頃は、本社から言われた通り松木氏に伝えていたが

彼はわけがわからないまま、知ったかぶりをして突っ走るので失敗が多かった。

だから夫はそのうち、営業部唯一の若手であり

かつマトモな野島君に第一報を伝えるようになった。


責任を持ってきちんと仕事をこなす彼の営業成績は上がり

取締役の覚えもめでたくなって、前途は明るいと思われた。

しかし営業部はそうはいかない。

永井営業部長を始め、彼が目立つと自分の無能が明るみに出るので困る者がいた。

足を引っ張られるようになった野島君は数年前、嫌気がさして転職してしまった。


以後は、野島君を可愛がっていた佐久間課長に振っていた。

この人も優秀な好人物だったが、永井部長と長らく敵対していたので

じきによその会社に引き抜かれて退職した。

だから営業部には、性根の腐った昼あんどんしか残っていない。

もはや誰に振っても同じなので、この仕事は松木氏に伝えられるはずだが

彼は今、入院中。

そこで夫は松木氏の前任者、藤村に連絡したのだった。


夫から話を聞いた藤村は、大喜びしたという。

営業所長の肩書きを外され、ヒラになって本社に戻ってからは

所在なく県内をドライブして過ごしている彼のことだ。

仕事を獲得して行く所ができたのと

このところ心酔している田辺君がくれた仕事ということで

舞い上がるのは無理もなかった。


というのも藤村、こっちで営業所長をしていた頃は田辺君を天敵と定めていたが

本社に戻って以降は急に田辺君を営業の師と仰ぎ始め、頻繁に連絡を取るようになった。

自分が一から営業するより、田辺君に近づいておこぼれを狙う方が

仕事を得る確率が高いと踏んだのだ。

そんな彼なりの営業努力が実ったのだから、嬉しくないはずがない。

目の付けどころはいいんだが、任侠系男子の田辺君が

藤村の変わり身を快く思うはずもなく、適当にあしらわれている。


さて、仕事をもらった藤村は、さっそく上司の永井営業部長に報告。

永井部長が取締役会議で声も高らかに発表し、この仕事は永井部長と藤村に任された。

が、ここで永井部長の悪癖が出る。

「元請けのB社と下請けの田辺の会社を飛ばして

うちが発注元のA社から直に受注できないか」

彼はそう考えるようになった。


これは業界で言うところの、“飛ばし”という行為。

今回のケースでは、間に入っている九州のB社と田辺君の会社を飛び越えて

発注元の大手A社と交渉し、A社から直接仕事をもらうことである。

飛ばすつもりの二社より低い工費を提示するなり、接待漬けにするなり

方法は何でもいいから発注元に近づき、中間にいるB社と田辺君の会社を排除するのだ。

発注元と懇意になって直の取引ができれば利益が上がり、今後の仕事に発展が見込める。


とても良い案だが、大きな問題が一つ。

じゃあB社と田辺君の会社はどうなる?というもの。

飛ばしは、非常に卑怯な行為とされる禁じ手だ。

これをやる会社は信用を失い、業界で相手にされなくなる。


それを知ってか知らずか、永井部長は何かというと飛ばしを口にする。

飛ばしは本社において、伝説のお家芸だからだ。

20年以上前の話になるが、本社は一度、倒産しそうになったことがある。

その時、河野常務ら営業畑の取締役は、禁断の飛ばしを連発した。

人に恨まれる汚れ役を買って出て劇的に売り上げを伸ばし、本社を立て直したのだ。

けれどもそのために潰れた会社や、資金が回らなくなって本社に吸収された会社もある。

本社は、“乗っ取り屋”と陰口を叩かれるようになった。


やがて本社が持ち直すと、常務たちは飛ばしをやめた。

こんな手口がいつまでも続かないことを知っているからだ。

乗っ取りで増えた子会社によって本社は大所帯になり、年商は飛躍的に増加した。

子会社には建設系だけでなく、様々な職種がある。

本社は全てをまとめて総合商社を名乗るようになり

乗っ取り専門の土建屋は、幾分か上品な路線へとシフトチェンジしたのだった。


この過去は武勇伝として、本社で語り継がれている。

永井部長は、それをぜひ踏襲してみたい。

ただ憧れているのだ。


そんな彼は今までにも、何回か飛ばしをやろうとしたことがある。

しかし、こういう実験をうちの仕事でやってみたがるのが迷惑なところ。

永井部長にとって我が社は、弱々しい転校生の扱いなので、何をやってもいいらしい。

彼の無能が功を奏し、チャレンジはことごとく未遂に終わったが

我々はかなり恥ずかしかった。


それを今回もやろうというのだ。

しかも田辺君が振ってくれた仕事である。

永井部長にとっては単なるチャレンジだが

田辺君を敵に回すことになるとは考えていないらしい。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・7

2021年09月25日 09時41分32秒 | シリーズ・現場はいま…
佐藤君とヒロミには常用が有効…

そう考えた私は、息子たちに手順を説明した。

な〜に、簡単だから、塩の効かないうちの子でもできる。


ちょうど我が社の決算は、今月末。

来期の方針を社内で発表するにはベストタイミングだ。

息子たちは朝のミーティングで、皆に軽〜く告げればいい。

「来期はちょっと暇になりそうなんで、積極的に常用を取るように本社から言われた」


本社からは何のお達しもないが、自分たちで決めたと言ったら面倒くさい。

アレらにとって都合の悪いことを発案した人間が目の前にいるとなると

何とかして阻止するために子供っぽい抵抗を続ける。

軽い頭をふり絞って考えた児童劇を見せられるのは、くたびれるじゃないか。

だから、アレらのよく知らない本社のせいにする。


これを聞いたヒロミは、必ず叫ぶだろう。

「え〜?!」

それから、騒ぎ始める。

「私は入ったばっかりじゃのに、できんわ〜!」


ここで、兄弟のどちらかが明るく返す。

「みんなに指示ができるほどのベテランなんじゃけん、大丈夫よ」

「……」

ヒロミは次の言葉が出なくなる。

ヒロミが黙ったら、今度は佐藤君が得意げに言うはずだ。

「僕はオートマだから、常用は無理」


大事なのはここからじゃ…私は息子たちに言う。

「佐藤君が車を言い訳にしだしたら、絶対取り合わずに

サッと切り上げて解散するんよ。

それから後は常用について何を聞かれても、一切しゃべったらいけん」


「えっ?」

常用をちらつかせ、二人をビビらせてお灸をすえる…

てっきりそう思っていた息子たちに、私の言葉は意外だった様子。

「甘いわ。

よう覚えとき。

戦いの基本は、敵を情報から隔離することよ」


絶対にやりたくない常用の二文字を聞いて、アレらの頭の中は疑問でいっぱいになる。

誰が言い出したのか…いつから行かされるのか…自分たちも行かされるのか…。

逆に言えば、アレらはそれほど常用を恐れているのだ。


納品仕事は、終わった者から帰れる。

だからアレらは行き先や商品、往復回数を勝手に変更して

自分たちだけは少しでも早く終業できるように画策していた。

一方、常用はビッチリ8時間拘束。

帰りが遅くなるし、気も使う。

現場によってはフィニッシャーと呼ばれる特殊車両をダンプの荷台に噛ませ

双方が呼吸を合わせて進むなんていう、技術と経験が無ければ困難な作業もあり

ちゃんとできなければ相手に怒鳴られる。

そりゃ、嫌だろう。


が、アレらが最も恐れるのは、行った先の現場で以前の職場の同僚と遭遇すること。

転職を繰り返してきた、似た者同士の二人にとってはこれが一番恐ろしい。

働く先々で、不義理を重ねているからだ。


佐藤君は忙しい時に限って急に持病の頭痛が出て、仕事に穴を空ける習慣に加え

社内をもませる腕前にかけては一目置かれている。

ヒロミもまた、仕事が忙しい時に限って急に母親が体調を崩し

仕事に穴を空ける習慣は、クラッチ名人の称号と共に有名である。

どちらもこれで会社に居られなくなり、転職を余儀なくされたことは

二人がそれぞれ入社した際に周囲からさんざん聞かされた。


それでも我々は気にしなかった。

入れてしまった者を単なる噂で辞めさせることはできないので

気にするわけにはいかなかったと言う方が正しい。

むしろ佐藤君の器用とヒロミの明るさを愛で

あちこちに顔向けできない彼らを守ってきたつもりだった。


ことに佐藤君の場合は深刻だ。

彼は以前、任侠系の同業者の会社で働いていた。

そこの社長は夫の友人で、コモノの佐藤君を気にも留めていないが

血の気の多い社員は違う。

だから辞めさせたければ、その会社と共有する常用仕事を組めば一発よ。

あえてそれをしないのは、そこまで腹を立ててないからだ。

ここに来て我々が常用の二文字を出したのは、彼が身の安全というぬるま湯に慣れ

調子に乗ってしまったからである。


ともあれ、人は嫌なことを回避するために、何でもいいから一つでも多くの情報が欲しくなる。

得た情報を並べ、どうすればいいかを考えることができるからだ。

常用の恐怖に怯えるアレらとて、例外ではない。

たとえ良い案が浮かばなくても、考えているというだけで安心するのである。


その情報が入手できなければ、想像するしかない。

けれどもデータが乏しい状態での想像は、妄想に過ぎない。

情報を与えずに孤立させると、妄想は日増しに膨らむものだ。

誰だかわからない本社の言い出しっぺを恨んでみたり

常用が始まるまでに辞めようかと考えてみたり

あれでも自分たちには適用されないかもと楽観してみたり、アレらの感情は揺れ続ける。


が、必死で考えているうち、必ずヒロミにひらめきが訪れる。

佐藤君はオートマだから常用に行けないと、いつも言っている…

今回も皆の前で言った…

じゃあ佐藤君のオートマと、常用仕様に架装してある自分の車を交換したら

自分だけは常用に行かなくて済むのではないか…。

ヒロミは佐藤君に、車を交換してくれとせがむようになる。

絶対にそうなる。


さあ、どうする佐藤君。

愛のために車を交換するのか。

ヒロミの頼みを冷たく断るのか。

我々には眺める楽しみができたというものだ。


佐藤君が渋々交換したら、彼は常用に行かなければならず

交換を断れば、ヒロミを見捨てることになる。

「守ってくれるって言ったじゃんか!」

「自分に付いたら得するって言ったじゃんか!」

幼稚なヒロミは、彼を執拗に責め続けるはずだ。

楽しいわけがない。


しばらくは交換をテーマにゴタゴタするがいい。

これが仲間割れでなくて、何なのだ。

うまくいけば、片方は辞めるかもしれない。

辞めなくても多少はおとなしくなるはず。

目立ってしまったら、常用に指名されるからだ。

だから息子には、あらかじめ言わせてある。

「みんなに指示ができるほどベテランなんじゃけん、大丈夫よ」

これにはヒロミだけでなく、裏で操る佐藤君もドッキリするに違いない。


ただし車両の交換は、アレらが思っているほど自由ではない。

取引先を始め、各方面への登録をやり直す作業が生じるので

夫の同意と本社の許可が必要だ。

社員の一存で車を交換する権利など、はなから無いのだ。


暴言の応酬で対決するなんて、子供のやること。

大人は、お互いの存在が邪魔になる小さな火種をまき

仲間割れを誘発させて自滅を促す。

誰が仕組んだのか…いや、仕組まれたことすら永遠にわからない。

みりこん流、自滅の刃である。



そしてつい先日、この作戦は実行された。

アレらはものの見事に、予定通りの言動をしたという。

「本社の誰が決めた?あの人?この人?」

「いつから始まる?来週?再来週?」

などの質問責めを経て、今は交換問題まで来ている様子。

「佐藤さんと車を換えたら、私は常用に行かんでええよね?」

ヒロミは息子たちに何度もたずねるそうだ。


ともあれ勝手な指示は止み、会社は本来のペースを取り戻した。

二人の恋の行方はまだわからないが、ずい分おとなしくなったのは確か。

とはいえ、ゲスは諦めが悪いものだ。

諦めが悪いからゲスなのだ。

この調子で行くと、アレらに残された最後の切り札は藤村。

佐藤君と内通している藤村に言いつけ、何とかしてもらうことだ。


例えば常用を推進した憎っくき人物が誰かを調べて、嘆願してもらう。

嘆願が無理な相手であれば、嘘でも何でもいい…

夫の落ち度を密告して会社を滅茶苦茶にする。

うまくいけば来期どころではなくなり、常用も自然消滅だ。


が、本社に常用を言い出した人物はいないので、藤村がいくら調べても出てこない。

それに藤村は今、下っ端の佐藤君のお悩み相談に乗るどころではないのだ。

とある一件によって、彼の身は危険にさらされていた。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・6

2021年09月23日 10時27分41秒 | シリーズ・現場はいま…
シュウちゃんの排除計画が失敗に終わると、佐藤君は心も新たに振り出しへと戻った。

ヒロミと組んで勝手に仕事の段取りを決めてしまうようになっていたのが

ますますひどくなったのだ。

佐藤君が絵を描き、ヒロミがそれを皆に指示するのは

二人が一刻も早く終業するためのものだった。


「次、どこそこ行って」

「今日はもう、みんな終わりね」

ヒロミはアホなので深く考えもせず 、佐藤君に言われた通りを嬉々として無線で発表。

つい半年前に入った女から、何でえらそうに指示されなければならないのだ…

皆は当然気に入らない。

しかし、ヒロミは意に介さず。

夫や息子たちとは、私を介して昔から知り合いなので

自分にはその権利があると思い込んでいるらしい。

知り合いを入れた弊害の、最悪パターンである。


二人の暴走を止めればいいじゃないか…簡単なことだ…

そうよ、誰でもそう思う。

が、これには運転手の習性が関係している。

安全走行が最優先なので、運転中に細かいことを考えたくないし

無線で議論もしたくない。

誰かが先に笛を吹いたら羊の群れのごとく、ついそれに従ってしまうのだ。

あちこちの会社で様々な車両の運転手をしてきた佐藤君は

長い経験から、誰よりも真っ先に指示を出せば

思い通りになりやすいことを知っていた。


一方、アレらによって、物理的な問題も生じていた。

佐藤君とヒロミが話し合って決めた勝手な指示に

一番迷惑しているのは積込みをする夫だ。


次の行き先を勝手に変更されると、積込む商品が変わる。

商品は取引先ごとに違うし、数種類の商品を同じ取引先に納入することもあり

相手の在庫の状態によって、必要な商品が変わるのは日常的なことだ。

商品が違えば、積込みをする重機の待機場所も、ダンプが停まる位置もそれぞれ違う。

慣れた夫はこなしているが、これは勘違いによるアクシデントを誘発する危険な行為。


しかしアレらは積込みができないので、そんなことは知らない。

早めに切り上げて帰りたい一心だ。

行き先の距離や納入商品によって帰社時間が変わるため

お構いなしのやりたい放題である。


その夫もまた、経営者の習性によって二人の暴走を止められなかった。

経営者は、利益を出さなければならない。

その日の出荷量や明日以降の出荷量をかんがみて

ダンプをどう動かしたら純益が高いかを考える。

そこへ、はやばやと勝手な指示を出されたら

切れるとは言い難い頭と重たい口では追いつけず、ケセラセラの性分も相まって

とりあえず今日のところはこのまま…と流される。

夫にとっては不承不承でも、結果的にはアレらの指示に従うことになってしまうのだ。

佐藤君は、そんな夫の性格を熟知していた。


夫が切れ者であれば、合併の憂き目を見て

冷や飯を食う羽目になっていないのはともかく

そのような状況の中、女だからと気を使って我慢してきた。

だが、そろそろどうにかせんといけん、ということになった。


というのも、ヒロミが“休みたガール”なのは入社前から聞いていたが

ここへ来ても同じ。

母親の病気を理由に、忙しい日を選んでポツポツと休むようになった。

休むのはかまわないが、なにしろ調子に乗っているため

先日、大きな勘違いを一発ぶちかましてくれた。

「私、明日休むから、〇〇産業のチャーター呼んで」


彼女は何も知らないから臆面もなく言えるのだが、経営者側にとってはトンデモ発言。

もちろん、急に休むのも褒められたものではない。

しかし、休む自分の代わりに他社からチャーターを呼べというのは

従業員として許されない行為だ。


なぜならチャーターを呼ぶと、1台につき1日4万円の支払いが発生する。

それを支払うのは会社だ。

ヒロミはチャーターを呼びさえすれば自分は自由に休めると勘違いしているが

チャーターを呼ぶ呼ばないは会社が決めることで、ヒロミには関係ない。

会社の支払いをあてにするのは、泥棒に匹敵する越権行為なのである。


ヒロミは今月で入社半年なので、来月からは有給休暇が発生する。

有休が取れるようになると、休む日が増えるのは決定事項。

ヒロミが払うのであればナンボでも呼んでやるが、そうではないのだから

このまま勘違いを続けさせるわけにはいかない。

そこで、どうにかせんといけん…ということになったのだ。


とはいえ、相手は愚か女子。

きついことを言えば泣きやがるだろうし、佐藤君にそそのかされ

神田さんの時のようにパワハラ問題に発展するかもしれない。

行き詰まった息子たちから、相談を受けたのは私。

我が家の相談員としては、またもや教育を授けることになった。


あの二人をギャフンと言わせ、あわよくば辞める方向へ持ち込む良い方法はないのか…

息巻く兄弟。

「待て待て、焦っちゃいかん」

私は彼らを制するのだった。

「ええか、よう聞けよ。

二人いっぺんに片付けようとするけん、難しゅうなるんじゃ。

あんたらも、そろそろ持久戦を覚えてもええ頃よ。

段階を踏んでみ。

辞めさせることばっかり考えずに、まず仲間割れさせることを考えんさい」

「…どうやって?」

兄弟は顔を見合わせる兄弟に、私は満を辞して言う。

「常用(じょうよう)じゃ」


「その手があったか!」

途端に元気になる二人。

常用とは1日8時間、運転手とダンプをセットでよその会社に貸し出す仕事。

よそからうちへ来てもらうのをチャーター、うちからよそへ出向くのを常用と呼ぶ。


会社はここしばらく、企業に商品を供給する納品仕事が多かったため

常用仕事のほとんどを断っていた。

なぜ断るかというと、4万円と上限が決まっている常用よりも

商品を販売する納品の方が段違いに儲かるからだ。

しかし納品は波があり、仕事のある時は猫の手も借りたいほどだが

無いときゃサッパリの相手任せ。

そんな時は、ダンプを常用に出す。

会社に放置しておくより、たとえ1台4万円でも売り上げが上がるからである。


拘束時間が長くて技術が問われる常用は

納品仕事より精神的、肉体的にきついので苦手な者もいれば

いつもと違う景色の中で働く常用を好む次男のようなのもいる。

佐藤君は前者の台頭だ。


彼は自分のダンプがオートマチックだからという理由で、常用には頑として行かない。

オートマチックに常用ができないわけではないが、そう言い張るのと

頭痛を理由に常用をすっぽかす癖があるので、無理強いはしてこなかった。


ヒロミの方は、まだ一度も常用をさせていない。

知らない所で初めての仕事をするのは本人も怖かろうし

何より相手に迷惑がかかるからだ。

慣れてきたらおいおいに教える予定だったが、入社してもう半年。

ウォーミングアップは十分だろう。


「そろそろ、常用を経験してもええ頃合いよ」

私は兄弟に話すのだった。

この常用が、なぜ佐藤君とヒロミの仲間割れを引き起こすか。

それは次回でご説明させていただこう。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・5

2021年09月21日 09時09分06秒 | シリーズ・現場はいま…
翌日、次男はタイヤメーカーの担当者に事情を話し

急で悪いが、今日中に佐藤君が外したタイヤを他のダンプに付け換えて欲しいと頼んだ。

相手は驚き、必ず行くと言った。

メーカーとしては、中古のタイヤの横流しが横行すると業界全体の売り上げに響く。

しかも、それが元で事故でも起きたら信用問題に発展する恐れがある。

悪さをしたのが誰であれ、「どこのメーカーのタイヤだった」

と話題にのぼるのは避けられない。

それはメーカーにとって、大きなイメージダウンなのだ。


さて夕方、メーカーの技術者と廃タイヤの引き取り担当者を近くに待機させ

佐藤君とヒロミが連れ立って帰ったのを確認してから、タイヤの消滅作業は開始された。

10本のタイヤは、次々と他のダンプに装着されていく。

佐藤君は人の金でポイポイ換えても平気だが、皆は違う。

はやばやと新品に換えるようなことはせず

既存のタイヤを地道に並べ換えて、ミゾが少しでも長持ちするように努力している。

それが運転手の常識だ。

皆のタイヤより、佐藤君の古タイヤの方が状態がいいため

交換した者は喜ぶのだった。

佐藤君の悪を嘆くより、このような人材に恵まれたことを感謝したいものである。


彼らのダンプから外した本当に古いタイヤは引き取られ、タイヤは消えた。

メーカーは今後、社員が単独でタイヤを注文しても受注せず

整備管理者の次男を通すことを約束した。


次の朝、タイヤが消えているのを知った佐藤君だが、無反応を通した。

これは予想通り。

こっそり売るつもりだったタイヤが無くなっていると、騒ぐわけにはいかないだろう。

けれども内心は穏やかでなかったようで、他の社員にこぼしたという。

「親子で組んで裏をかかれた」

とんでもない言いがかりである。

泥棒を企てながら、未遂に終わったらこのありさま。

さすが佐藤君だ。


彼がやろうとしたことは、金額が少ないとはいえ窃盗だ。

会社の倉庫からタイヤを消したのは

佐藤君を泥棒にしないために選んだ最善の措置だったと思う。

彼は儲け話を邪魔されたとしか思えないだろうが

我々にすれば、それは慈悲であった。


とはいえ、彼の悔しさはわかる。

焼肉が中止となり、ヒロミを新居に招くプランも

長男を味方に引き入れる企ても、おじゃん。

タイヤを売る約束をしたU君にも、合わせる顔が無いだろう。


一方でうちの男どもは、佐藤君の悪だくみを防いだ達成感に酔っていた。

その先のことは、もちろん考えてない。

佐藤君が自身の行いを恥じて退職するとは思ってないが

「これで少しはおとなしくなるだろう」

などと話しているではないか。

甘いんじゃ。


よって私は、息子たちの“教育”に着手。

「ホンマの勝負はこれからよ」

夫はもう手遅れだろうから放置して、若い方にテコ入れするのだ。

その内容は、以下である。


今回は事前に情報を得られたので、ひとまず我々の作戦勝ちという格好になった。

しかし作戦勝ちもなにも、経営者と社員がぶつかれば

権限を多く持つ経営者が有利に決まっている。

メーカーを急きょ予約無しで呼びつけ、残業でタイヤ交換をさせるなど

いち社員にできることではない。

経営者、つまり金を支払う立場だからメーカーは頼みを聞いてくれるのだ。

よって勝ちと呼べる状況ではないため、ここは喜ぶシーンではない。

むしろ、佐藤君をここまでのさばらせてしまったことを反省するのが先だ。


佐藤君がのさばった原因は、彼が元々図々しいのもあるが

引き金は、あんたらの兄弟喧嘩にある。

彼は兄弟の間をコウモリのように往来し、いいように扱っているうちに

野心が芽生えたのだ。


会社で反目し合う兄弟は見苦しく、周りも気を使う。

気を使いながら、こいつらは頭が良くないと誰もが思う。

愚かな兄弟を排除して、自分が成り代わろうと考える者が出現しても不思議ではない。

過ぎたことを言ってもしょうがないが

悪いのは佐藤君だけではないことを肝に銘じ

兄弟の反目中も黙って見守ってくれた他の社員に感謝の念を忘れず

今後、起きるであろう諸問題に取り組んでもらいたい。


そう、これで終わりではない。

恥をかかされた佐藤君が、このまま大人しく引き下がるわけがないのだ。

必ず次がある。

ぬか喜びして油断すると、アレが何かやらかすたびに驚き慌て

それから対処を考えたのでは出遅れる。

しょせんコモノのすること、たかが知れているとはいえ

あんたらはまだ、それがどんなものかを知らない。

やらかしそうな数々のパターンを事前に予想して

そうなったらこうする…ああ言われたらこう切り返す…

といった練習をしておくことだ。


恋する男は気が大きくなる。

女の前でええカッコがしたくなるものだ。

特に相手が同じ仕事をする女となると

自分の頭がいいところや、権力があるところを誇示したくなって

信じ難い大胆をやってしまうのが男という生き物だ。

そして、その習性はゲスほど強烈である。

藤村を見てきたのだから、わかっているはずだ。


…などということを私は話すのだった。

男は長話を聞くのが苦手だし、耳の痛いことも言うので

彼らが質問してきた時や聞く耳を持った時を選び

短く切り上げながら何回にも渡って伝える。


佐藤君が次にやりそうなことを息子たちに想像させ

それについての切り返しや対応には時間をかけた。

実はこれが一番大切。

「辞めろ」、「いらん」、「ぶっ飛ばす」などの基本的な禁句を始め

パワハラに引っかからない言い回しを叩き込むのだ。


が、時間的な余裕はあんまり無い。

私がしたり顔で講釈をタレている間に

次の悪事の芽が出てくるかもしれないではないか。

佐藤君の次の出方を待ちながら、我々母子は話し合いを続けた。


そんな中、佐藤君の“次”が開始される。

73才の現役社員、シュウちゃんの悪口を頻繁に言い出したのだ。

ダンプに付けている別の部品を闇で売る…

本社に嘘を訴えて同情を買い、味方につける…

夫、あるいは息子たちを仕事上、何らかの形で陥れる…

などの事柄を想定していたが、やはりコモノ、ショボかった。


シュウちゃんをターゲットにした理由は、わかる。

これは悪事が発覚した人間が無意識にやる、習性のようなものだ。

自分から目をそらさせるべく、周囲にいる別の人間の悪口を急に言い出す。

その内容は、年寄りだから反応が遅いだの

運転が危なっかしいので迷惑だの、つまらぬことだ。

対象がシュウちゃんになったのは、佐藤君よりも入社が遅いのと

老人なのでバカにしているのと、年令が年令のため

悪口に耐えながら働く意味を見出せなくなって辞める可能性があるからだ。


これでシュウちゃんが辞めれば、しめたもの。

人がいないので、佐藤君の勤続は守られる。

裏を返せば佐藤君は、タイヤの件でかなりの危機感を持ったと思われる。

しかし佐藤君の努力もむなしく、天然種のシュウちゃんには馬耳東風。

焦った佐藤君は、夫の前でシュウちゃんの悪口を言った。


「もうやめい!人のことが言えるんか!」

夫は珍しく激怒。

佐藤君は以後、夫を避けるようになった。


ちなみに夫が怒ったのは、社内の和を考えてのことではない。

シュウちゃんが毎年、義父アツシの命日とお盆にお供え物をくれるからにすぎない。

お悔やみも香典も無かった盗人の社員より

親の命日を覚えてくれている社員の方が百倍可愛いのは人情である。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・4

2021年09月19日 09時26分19秒 | シリーズ・現場はいま…
まだ使えるダンプのタイヤを独断で新品に換えた佐藤君に

夫は何も言わなかった。

こちらの担当を外された藤村と今だに内通を続け

ヤツのやり方をなぞって会社の運営や配車に口を出し、危なくなったら

「僕は〇〇支社の人間だから」

という理由で逃げる彼に、夫はほとほと嫌気がさしているのだ。


佐藤君は別の支社の社員で、こちらへは出向中の身の上だが

元はこっちの社員だった。

9年前、無職で困っていた彼に同情した息子たちが、本社に頼んで入社させたのだ。

けれどもズル休みで現場に穴を開けることが続いたため、3年前に別の支社へ飛ばした。

そして去年の12月、神田さんが辞めて彼女のダンプが空いたので

藤村の推薦により、佐藤君は急きょ呼び戻されたのだった。


しかし彼の籍は、飛ばされた支社のまま。

所属が違うので給料形態も違い、こちらの社員より佐藤君の方が少しばかり高給だ。

それは「細かい男だから、ちょっとでも下がると絶望するかも」

という河野常務の情けによる措置である。

しかし彼は、自分がこちらよりも歴史が古くて規模の大きい支社から来ていることを誇り

「自分の方が偉い」、「来てやっている」

という勘違いを続けている。

夫が彼を毛嫌いするのは、こういうところだ。


ともあれ佐藤君のダンプから外された古いタイヤは

佐藤君の意向でメーカーに引き取ってもらわず、会社に残された。

状態の良い古タイヤは、倉庫に保管しておくことがある。

パンクの応急処置や、もっとミゾの無い他のダンプのタイヤと交換したりと

使い道があるため、運転手が吟味した上でたまに残すのだ。

佐藤君があえてタイヤを残したのもそのため…夫も皆もそう思っていた。


しかし、違ったようだ。

佐藤君はタイヤが傷まないうちに新しい物と交換し

まだ使えるタイヤを個人持ちのU君に安く売るつもりで残した。

U君がタイヤを履き換える日程の都合がつくまで、会社で保管するつもりだったのだ。


バブル期、個人持ちは儲かったので雨後のタケノコのごとく増えたが

燃料などの必需品や修理代が高騰した現在はやって行けなくなり、激減した。

個人持ちに転向し、妻子を養いながら家まで建てたU君も例外ではない。

40代といえば、家のローンと子供の教育費が重なる時期。

ダンプ1台でそれを賄うのは、かなりしんどいと思う。

給油、修理、車検と並んで、頑張れば頑張るだけ磨耗してしまうタイヤも

家計を圧迫しているのは間違いない。


そんなU君に、状態のいい中古のタイヤを安く売ってやると言えば飛びつく。

その売値はおそらく1本3千円、10本で3万円あたりだろう。

U君は年間のタイヤ代がかなり浮いて嬉しいし、売る方も現金で小遣いが入るので嬉しい。

ウィンウィンの、ある意味名案というやつだ。


これがいけないというのが、おバカさんにはわからない。

タイヤは新しかろうが古かろうが、会社の金で買ったものなので所有権は会社にある。

会社の所有物であるタイヤを部外者のU君に販売するのは、立派な犯罪だ。


それでも売るだけなら、まだマシである。

しかしU君は、そのタイヤを自分のダンプに履かせて仕事をする。

中古なんだから長持ちしないのは明らかだが

以前勤めていた会社の古タイヤを闇で安く買おうなんて人間は、基本的にケチ。

3万の元を取ろうと、ツルツルになっても無理をして走るものだ。


問題は、事故が起きた場合。

原因が磨耗したタイヤということになると

それがいつ購入されたものか、U君は帳簿や税金の申告書を調査される。

しかし、しつこいようだが社員と結託して

以前勤めていた会社の古タイヤを闇で安く買おうなんて人間は、すぐ人のせいにする。

そうなれば佐藤君だけでなく、こっちまで火の粉が飛んでくるじゃないか。


夫は本社から管理不行き届き、悪くすれば共謀の汚名を着せられて

一人で責任を負わされ、解雇で落着となるだろう。

それを運命と諦めるのも人生かもしれないが

みすみす佐藤君やU君なんかのために晩節を汚されるのは、あまりに残念ではないか。


そして、さらなる問題も控えている。

佐藤君が、U君にタイヤを売ったお金で買った肉を長男に食べさせようとしたことだ。

長男が彼に誘われてノコノコ行くような食いしん坊であれば

利益を共有したということになり、知らず知らずに横領の共犯にされてしまう。

そうなると今後、長男は佐藤君のすることに文句が言えなくなる恐れも出てくる。

これこそが、佐藤君の狙いではないのか。


我々一家はこの件について、いつもより真剣に家族会議を行った。

真剣ではあったが、結論はすぐに出た。

今のところ、まだ古タイヤは会社の倉庫にある。

明日、佐藤君がいつものように早く帰った夕方

メーカーを呼んでタイヤを他のダンプに付け換えてもらい

10本をバラバラにして無くしてしまおうという、いたってシンプルな案だ。


窃盗だ横領だと騒いで、コトを荒だてるのは簡単である。

古タイヤ10本にこっそり目印をつけておき

U君がそれを自分のダンプに履かせたのを見計らって

「盗まれた」と警察に届ければいい。

だが我々は、そこまでするほど腹を立ててはいないのだ。

タイヤについては、もっと大物がいたからである。

30年以上前、やはりU君のように自分でダンプを買って自営する個人持ちで

義父の会社に専属で来ていた人だ。


義父の会社は、専属契約を結んだ個人持ちのタイヤを会社の名義で買ってやり

その代金は月々の個人持ちへの支払いから、一括または分割で差し引いた。

会社はタイヤメーカーと契約しているため、個人で買うより多少は安いからだ。

しかしその人は慣れてくると、自分のタイヤを会社の名前で買いながら

義父にはそれを申告しなくなった。

つまり自分でなく、会社の購入品にしたのだ。


それを自分のダンプに履かせるだけなら、まだ可愛げがある。

一回うまくいったらどんどん大胆になるもので

彼は新しいタイヤを次々に買い、それを他の個人持ちに安く売って儲けるようになった。

ものすごく忙しくて、ものすごく儲かった時代のことで

会社のダンプだけでなく、個人持ちのダンプも何十台と列をなして積込みを待つ

連日のお祭り騒ぎ。

個人持ちが会社の名を騙ってタイヤを買っても、わからなかったのだろう。


やがて会社が下火になり始めて収入が減ってくると、タイヤの異常な請求金額が目立つようになる。

彼からタイヤを買ったら安いという噂が、人の口にものぼるようになる。

義父は仕事の減少を理由にタイヤ横流し男の専属契約を切ったが

タイヤについて追求せずに見逃してやった。

なんでぃ…嫁には厳しいのに盗っ人には優しいもんだ…

私は密かに腹を立てたものだが、今にして思えば

細かいことに目を光らせていたつもりが、裏でこんなことになっていて

ショックの方が大きかったのかもしれない。


とまあ、そんな経験があるので、佐藤君とU君の企みなんて軽症の部類だ。

コモノゆえの愚かでみみっちい行為として、今回だけは受け流すことにした。

社員と個人持ちが内通すると、厄介なことが起こりやすい。

佐藤君への対応は、タイヤが消えているのを知った時の反応を見てから考えることに決め

我々親は息子たちに、今後は個人持ちとの付き合いに気をつけるよう言った。

そして息子たちはU君との絶縁を宣言し、その日の家族会議は終わった。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・3

2021年09月18日 14時16分55秒 | シリーズ・現場はいま…
盆休みの引越し以降、ラブラブになった佐藤君とヒロミはすっかり夫婦気取りだ。

こまめな佐藤君、昼は毎日、自分とヒロミの弁当を買いに行く。

コンビニ弁当に飽きたと言うヒロミのために

こまめな佐藤君はファミレスのテイクアウトを買いに走るようになった。


こうなってみると、皆でワイワイと昼食に出かけ

息子たちも楽しそうだった盆休み前が懐かしい。

中華料理屋で、木耳(きくらげ)という漢字が読めなかったヒロミは

「木に耳なんて、おかしい」と怪しんだあげく、この漢字の無いメニューを選んだ…

などと、息子たちが話してくれるエピソードを爆笑しながら聞いたものだ。


が、ヒロミは変わってしまったのだから仕方がない。

オトコで大きく変わる女が、えてして男運に恵まれないのはともかく

こやつらが早晩やらかすであろう財布温め計画を迎え撃つべく

気を引き締める私であった。



はたしてその計画は、すぐに発覚した。

発端は、佐藤君が長男を焼肉に誘ったことに始まる。

「土曜日にうちで焼肉するけど、食べに来ん?」


その言葉に固まる長男。

藤村との内通がわかって以来、息子たちは彼を警戒するようになった。

今年の3月、2年余りに渡って絶縁状態だった長男と次男の仲が復活した後も

兄が弟の悪口を言っている、弟が兄の悪口を言っている…

彼はそれぞれに吹き込み、再び兄弟仲を裂こうと画策した。

社員を仕切りたい佐藤君にとって、兄弟は反目してくれる方が都合がいい。

結束してもらっちゃ困るのだ。


これが何度か続くと、息子たちはさらに彼と距離を置くようになり

同僚として一緒に行動することはあっても個人的な付き合いはしなくなった。

佐藤君も、盆休みに3トンダンプを持ち出す計画が未遂に終わって以降

不穏な空気を感じ取っている様子で、よそよそしかった。


そんな佐藤君が急に家へ誘うのはおかしい…

長男は思ったという。

焼肉は好きではないし、佐藤君の家はひどく遠い。

前は車で1時間かかる山奥村だったが、離婚して家を追い出されてからは

もっと山奥の古い一軒家を買ったので、さらに遠くなった。

たとえ仲良しだったとしても、遠慮したい距離。

よって長男は、この不可解な誘いをその場で断った。

一方、次男の方にお誘いはなかった。

当然であろう。

兄弟バラバラ作戦の首謀者が、その兄弟をまとめて招待したのでは本末転倒である。


この件は、それで終わると思っていた。

しかし夕方になって、ヒロミが長男にたずねた。

「土曜日、ホンマに行かんの?せっかく佐藤君がおごってくれるのに〜」

長男はこの発言に、大きな疑問を持った。

離婚して家を買ったからお金が無いとボヤくのが日課で

長男にしょっちゅう昼ごはんをたかっていた佐藤君が、なぜ人にご馳走できるのだ。


「臨時収入でもあったん?」

長男がたずねると、ヒロミは無邪気に答えた。

「タイヤ売ったお金で肉を買うんだって」

「何のタイヤ?」

「佐藤君が外したやつ」

「どこに売るん?」

「U君って人だって」

「……」


ゆめゆめ、バカを相棒にするものではない。

悪事ならなおさらだ。

コトの善悪がわからないので、すぐにバレる。

長男は、この不可解な誘いの全容を理解してしまった。


“佐藤君が外したやつ”というのは

彼が先日、ダンプのタイヤを新品に取り換えた際に外した古いタイヤのこと。

“U君”とは15年ほど前までの数年間、義父の会社に勤めていた男性で

長男とは同年代だ。

U君は同業の取引先に引き抜かれて去ったが、やがて“個人持ち”になった。

個人持ちとは自分でダンプを買い、親会社の下請けとして仕事に参加したり

自ら営業して仕事を獲る、個人経営のダンプ乗りのことである。

このU君とは現場で一緒になることがあるため

社員も息子たちも、今だに彼と交流を続けている。

だから佐藤君も、彼とは知り合いだ。


この関係性を踏まえた上で、今度はタイヤの説明を聞いていただかなければならない。

大型ダンプのタイヤは前に2本、後ろに二列ずつ8本で、合計10本ある。

このタイヤは1本が約3万円、10本で30万円だ。


走行距離や仕事の内容にもよるが、ちゃんと仕事をしていれば

タイヤのミゾは1年ほどですり減り、ツルツルになる。

そうなったらブレーキが効かなくなって危ないので

我が社の場合、年に一度の車検という節目に10本全てを新品のタイヤに換えることが多い。

とはいえ新しく買うだけでなく、合間で何度か前輪と後輪のタイヤを付け換えたり

二列の中と外を並べ換えたりして、ミゾが長持ちするように努力する。

これは安全と節約の両面において、業界の常識である。


タイヤの交換や並べ換えは、メーカーを会社に呼んでやってもらう。

脱着作業は有料で、出張料もかかる。

昔は脱着料金を節約するため、運転手にやらせる会社もあったが

現在はプロに任せる所が多い。

タイヤは大きくて重く、ゴムでできているため、ひとたび跳ねたら人間の手に負えない。

手間賃を惜しむあまり、自力で脱着に取り組んでいて労災事故になったり

走行中にタイヤが外れて大惨事になるなど、タイヤが原因で問題が生じた場合

責任の所在を明らかにするためである。


新しいタイヤに交換して外された古いタイヤは

廃タイヤとしてやはりメーカーが引き取って処分される。

その辺に捨てられたり、燃やされては廃棄物処理法に違反するからで

エアコンや冷蔵庫と同じく引き取り料金が必要だ。


そして新しいタイヤの料金を始め、脱着料、出張料、廃タイヤの引き取り料を払うのは

当然だが運転手ではなく、会社である。

以上を認識していただいた上で、これからの話を聞いていただきたい。



さて、佐藤君は先日の車検でタイヤを10本、新品に交換した。

このダンプは、あの神田さんを入れるために藤村が用意したオートマ車だ。

彼女はろくに仕事をしないまま、パワハラとセクハラを訴えて辞めたので

年末に別の支社から呼び戻された佐藤君が乗るようになった。


このオートマダンプは怠け者が乗る運命なのか

佐藤君は自分のダンプがオートマ車であることを理由に

タイヤの傷むハードな仕事を避け続けてきた。

そのため購入から1年を経ても、タイヤのミゾはあんまりすり減っていない。

よって新品に交換するのはもう少し先だと誰もが思っていたが

佐藤君は夫や、整備管理者の次男に相談することなくタイヤを新調したので

皆はその大胆に驚いていた。


我が社では、タイヤの交換時期は運転手の良識に任せている。

いちいち細かいことに目を光らせ、小言を言って社員を萎縮させるのは夫が好まない。

義父と義姉がこのタイプで、それが心底嫌だったからである。

社員も夫の信頼に応えてくれ、今までは確かにうまく行っていたのだが

佐藤君にそれを期待するのは無理だったようだ。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・2

2021年09月15日 14時37分54秒 | シリーズ・現場はいま…
スガッちの退職が決まり、松木氏は入院中。

会社に束の間の平穏が訪れているかたわらで、社員の佐藤君とヒロミが熱い。

ラブラブなんじゃ。

惚れっぽいヒロミは、いずれ誰かとそういうことになると思っていたが

案外早かった。


きっかけは、夏祭編で触れたヒロミの引越し。

ヒロミは住んでいるアパートを出て

今付き合っている彼氏と同棲することになったのだ。


その彼氏の父親は昔、義父の会社に勤めていた。

小うるさくて常識が無いだけならまだしも、前々から飲酒運転の噂があり

会社の冷蔵庫でビールを冷やしているのを見た義父が、その場で解雇した人だ。

その息子だから、およそ似たようなものだと思われるが

お互いの子供も大きくなったバツイチ同士、同棲に支障は無い。


ヒロミは盆休みに引越すと決め、佐藤君が手伝うことになった。

何で彼氏が手伝わないのか…という疑問は生まれるものの

ヒロミへの愛は、その程度ということだろう。


この時点では、佐藤君とヒロミの間に他意は無かったと思われる。

ちなみに58才の佐藤君は、人と人を揉ませる名人。

松木氏の前任者だった藤村といつの間にか内通していて

何かイザコザがあれば、必ず裏に佐藤君がいるという厄介な人物だ。

けれども彼には非常に器用でこまめ、かつ物知りという卓越した美点がある。

その美点は裏を返せば、ずる賢いということになるのだが

佐藤君が引越しを手伝ってくれたらヒロミは百人力だろう。


ともあれ周到な佐藤君は、ヒロミの引越しを安上がりにするため

荷物を運ぶのに会社の3トンダンプを黙って借りようと言い出した。

それを聞きとがめた長男が、夫に報告。

勤め人の彼らは管理者の責任なんて知ったこっちゃなかろうが

私用で使って事故でも起こされたら、こっちは面倒なことになる。


キーは日頃、事務所で保管しているが

夫は盆休みの間、全車両のキーを家に持ち帰ることにした。

もっとも社員には事務所の鍵を持たせていないため

夫と息子たちが鍵を貸しさえしなければ、車を勝手に使われる懸念は無いのだが

ずる賢い彼のことだから、どんな理由をつけて事務所の鍵を手にするかわからない。

事務所に忘れ物をして困っている…

ダンプの不具合が気になるので、休み中にメンテナンスしておきたい…

孫と事務所の周りで釣りをしたいが、小さい孫を時々事務所で休ませたい…

彼が言い出しそうなもっともらしい理由は、いくらでもある。

よって、このような措置を取った。


というのも、佐藤君が鍵を貸して欲しいと頼む相手は絶対に次男。

上司である夫と、性格のきつい長男には頼まないはずである。

本当は悪いことだとわかっているからだ。

人当たりのいい次男がそれを断った場合、佐藤君の恨みは次男に向く。

前回の記事でも話したが、人は自分の甘えを満たしてくれなかった相手に

恨みを持つ生き物なのである。


ましてや今回は、ヒロミが絡んでいる。

あれでも一応は女であり、さらに後輩だ。

女や後輩にええカッコしようとして、コケた場合

恥をかかされた恨みは周囲が思うよりずっと深い。

いつも事務所か重機の中にいる夫と違い、息子たちは佐藤君と一緒に働く。

無闇につまらぬ恨みを買ってストレスを与えると、安全面に支障が出る恐れがある。

我が家では、ゲスの逆恨みは夫に集中させると決めているのだ。


本人に直接注意したらいいじゃないか…そう思われるかもしれない。

しかし、どんな業界でもそうだろうが

口で注意されて素直に言うことを聞く人間がどれだけいるだろう。

聞きゃあしないから、どこの会社も大変なのだ。

ことに大型ダンプは車体が大きい分、ちょっとしたことが大惨事に繋がるため

運転手にストレスをかけないのが大前提。

安易に腹を立て、言いたいことをぶちまけて事故られるより

黙って別の策を練る方がよっぽどマシ。

後で後悔することを思えば、今の我慢が何であろう。



ともあれ盆休み、佐藤君はどこぞからトラックを調達したらしく

ヒロミの引越しは、つつがなく終了したようだ。

そして引越しを機に、佐藤君とヒロミは急接近した模様。

無理もない。

器用で細やか、物腰の柔らかい佐藤君はヒロミにとって初めてのタイプ。

引越しを手伝ってくれない彼氏とは真逆だ。

惚れっぽいヒロミなら、至れり尽せりの頼れる男として好きになるだろう。

佐藤君も去年、二度目の離婚をして一人暮らしを始めた。

淋しい男は、明るい女を求めるものだ。


盆休みが終わって間もなく、最初に気づいたのは73才で正社員のシュウちゃん。

「あいつら、デキとる」

シュウちゃんは断言し、周囲もうなづいた。

ヒロミが激変したからだ。

そのおバカ加減で会社に楽しい笑いをもたらすアイドルだったはずが

この女、何を勘違いしたのか、盆休み明けから息子たちや他の社員に

配車を指示するようになったのだ。


「4月に入ったばかりなのに、何で?」

皆は首をかしげたが、最初はまんざら筋違いの指示ではなかったため

黙って従っていた。

しかしそれが続くと、後ろで誰が糸を引いているのかが自然にわかってくる。

早く終われる楽な所は、ヒロミと佐藤君が独占するようになったからだ。


佐藤君は自分に有利な配車を行いたいが

それを皆に指示する立場でないことは本人もよくわかっている。

そのため夫とも息子たちとも親しく、かつ頭の軽いヒロミを利用し

臆面もなく皆に伝えさせるというシステムができあがったらしい。

恋によって気が大きくなったご両人は、自分たちの会社と勘違いしているのだ。


昼ごはんも一緒、帰るのも一緒、暇さえあればイチャイチャ。

職場の一同は、かの藤村と神田さんを思い出していた。

面倒なことにならなければいいが…私はまたもや軽く思案する。

二人の仲を知ったヒロミの彼氏が、会社に怒鳴り込む程度なら

似たようなことが過去にも何度かあり、面白かったのでむしろ楽しみにしている。

私の思案は、佐藤君が藤村の行いを踏襲していることにあった。


職場で恋愛を楽しみ、配車に口を出すようになると

次は自分の財布を温めたくなる。

これはパターンだ。

こっそり中抜きや裏リベート、横領をやり出すのは時間の問題で

周囲が気づいた時、すでに厄介なことになっているのは

藤村の前例を鑑みてもつまびらかである。


夫はいつものように言う。

「自滅するまでほっとけ…どこまでやるか見たい」

佐藤君とヒロミの仲を知ってからは

「飛ばすか解雇する、いい理由ができた」

と喜んでいる。

運だけで生きてきた男は、気楽なものだ。


が、私はそうはいかない。

何かやらかすのと、自滅するのは同時ではないからだ。

アレらが今後、どんな悪さをしでかすか。

それによって、夫が窮地に立たされることは無いか。

その時、どうやって切り抜けるか。

様々なケースを予測して対処するのが私の役目であり、思案のしどころなのである。

《続く》
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現場はいま…秋祭編・1

2021年09月14日 08時35分34秒 | シリーズ・現場はいま…
現場はいま、なかなか面白いことになっている。

田舎爺Sさんがコメント欄で提案してくださり

前回の現場シリーズではサブタイトルを夏祭と称したが

今回はさらなる祭状態。

これを祭と呼ばずして、何としょう。


まず、スガッちが今月末に退社する。

以前にもお話ししたが、スガッちは一昨年

取引先の大手企業を定年退職し、今年の3月にパート社員として入社した

私と同い年の男性である。


退職金で悠々自適の老後を過ごすつもりだったが

フィリピン人の奥さんが大半を祖国の家族に分け与えてしまう。

彼女は他にも散財を繰り返し、退職金はたちまち底をついた。

スガッちは慌てて再就職の口を探したが

極度の肥満が災いして働き口はなかなか見つからなかった。

そこで夫に泣きついたというのが入社の経緯だ。


ちょうど夫の助手を募集中だったので

重機免許を持つスガッちは、いとも簡単に採用が決定。

しかしスガッちの重機免許は、ペーパーだった。

「あんまり運転したことない」

面接の際、彼は確かにそう言った。

しかし誰もが、その発言を謙遜と受け止めた。

前職は現場監督だったので、重機を操縦する立場ではない。

だが、曲がりなりにも重機の仕事をするとわかって応募したのだから

少しは乗れると思ったのだ。


本当に乗れないと判明して以降は、練習に励んでいただく。

が、才能の問題なのか、なまじ習得してしまったら

ちゃんと仕事をする羽目になるので予防のためか

いつまで経っても上達しないので、危なくてしょうがない。

今までは取引先だったのでチヤホヤしてくれた夫が

今度は上司になり彼を指導するようになった境遇も彼には面白くないようで

やがて重機に乗らなくなり、社内のお荷物として浮いた存在になってしまった。


この業界は、お世辞にも上品とは言えない。

常に危険と隣り合わせた現場では、教養や人柄なんぞ関係ないのだ。

よって各自の本能がむき出しになりやすいため

知り合いを入れると甘えが出て、こういう結果になるのは珍しくない。


働かないだけならまだしも、その働かない人から逆恨みされて

トラブルになるケースもよくある。

喧嘩別れなら、まだかわいい。

労基や国税に訴え出たり、商品をこっそり横流しして小遣いにしたり

恨みを大義名分に、そりゃもう色々やってくれる。

恨みというのは、甘えを受け入れてもらえなかった時に発生するものなのだ。

この現象に慣れているとはいえ、何事も無ければいいが…

私は軽く案じるのだった。


そのスガッちが今月始め、夫に退社の意思を伝えた。

彼のパート契約の更新は、来年の3月。

夫は次の更新をしないと決め、それまでは忍の一字で耐え忍ぶつもりだったが

スガッち自らが言い出したので、大いにホッとした次第である。


退職理由は、自分がお荷物だと悟ったからではない。

給料が少ないからである。

奥さんがフィリピンから娘を呼び寄せ、一緒に生活することになった。

今の給料では養えないため、もっと高い所を探すそうだ。

結婚する時は独身で子供はいないと言っていた奥さんだが

入籍した途端に娘が二人出現し、そのうちの一人がもうすぐ日本へやって来るという。


夫に引き留める気はさらさら無いので、次の仕事のあてなど聞きはしない。

スガッちの退社は、すんなりと決まった。

この件について、我々夫婦は話し合ったものだ。

「使えん人間には二通りある。

あっさり辞める人間と、楽だからこそしがみつく人間。

あっさり辞めるスガッちは、使えん界では上質の部類」


やがてスガッちは、隣市の工場に転職が決まった。

基本給はうちと同じだが、そこは夜勤手当とボーナスがあるという。

夫に給料を上げて欲しいと言わなかったあたり

スガッちは自分の身の程を知る、やはり上質な部類だった。

製造業はきついので、おそらく続かないと思われるが

すんなり辞めてくれるのだから、こちらにとっては有難いの一言だ。


ともあれ夫は、心から安堵している。

それは、怠け者をスムーズに厄介払いできるからではない。

「子供はいないと言うから結婚したのに、だまされた」

「脂っこい料理ばかり食わされて、太ってしまった」

などと、今さら言ったってどうにもならないことばかりを

ブツブツと聞かされる日々が終わるからである。



さて、楽だからこそしがみつく人間といえば、例のあのお方。

それは後のお楽しみに取っておいて、先にナンバー2のお方

松木氏のことをお話ししよう。


65才の彼はこの7月、肺の腫瘍を摘出するために内視鏡手術を受けた。

予後はかんばしくない。

今月に入って、再手術のため入院した。

今度は内視鏡でなく、切開したと聞く。

再入院から10日余り経つが、退院のメドは立っていない。


本社は復帰が不可能と踏んで、もはや彼をいない者と認識している。

楽天家の夫もそう思っている。

しかし、怠け者をあなどってはいけない。

私は復帰するような気がする。

這ってでも出勤さえすれば、会社のソファで寝るだけなので

立派な養生になるというものだ。


が、以前のように妙な野心にかられ、夫を失脚させようと

嘘八百の芝居を演じる元気はもう無いと思われる。

芝居には、肺活量が必要だ。


と、ここまで書いていた昨日、アクシデント発生。

仕入れた商品を積んだ船が着いたのだが

荷下ろしの際、船がクレーン作業を誤ったという。

夫が話すには、船から離れた事務所まで商品が飛んできて

ガラス張りの玄関ドアが割れた。

ドアは船舶会社が弁償することで話がついたが

その時、事務所に誰もいなかったのは不幸中の幸いであった。


大きく割れたガラス片は、松木氏がいつも使うソファーに突き刺さった。

彼が入院中でなく、いつものように寝そべっていたら

生命にかかわっていたという。

惜し…いや、怪我が無くて良かった。

《続く》
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奉仕

2021年09月09日 10時55分21秒 | 前向き論
前回の記事、『手抜き料理・心機一転の秋』のコメント欄で

H&Mさんがおっしゃった一言。

>「奉仕は、嫌になった時から始まる」

>とても深いお言葉ですね。


深いと言われて、いい気になるみりこん。

「奉仕は嫌になった時から始まる」について、もうちょっとしゃべりたくなった。


無償で行う自主労働、つまり奉仕は必ずどこかで頭打ちになるものだ。

回数を重ねるにつれ、裏に存在する闇が見えてくるからである。

逆に言えば奉仕の二文字を掲げ、他人をタダで使いたがる人や組織は

たいてい闇を抱えているものだ。

図らずも闇を覗いてしまったお人好しは、当然嫌になる。

やがて穏便に離れることを考えるようになるのは、自然の成り行きだろう。


同級生ユリちゃんの実家のお寺で、檀家さんに出す料理を作り始めた2年前

私もまた、お人好しの一人だった。

友だちが料理で困っていると知り

調理師の自分が立ち上がらないでどうする…と思った。

美味しい料理は作れないが、大人数のこなし方は知っている。

それだけでも何か役に立てるような気がして

同級生のけいちゃん、マミちゃん、モンちゃんに声をかけて巻き込んだ。


こうしてお寺料理に携わるようになった我々は

それなりに面白おかしくやっていた。

しかし昨年11月、けいちゃんが東京へ引っ越す。

最大の戦力だった彼女が抜けた穴は想像以上に大きく

同窓会気分で楽しんでいたお寺料理は、過酷な労働へと変化した。

とはいえ、それまではけいちゃんを立てて洗い場に回っていたマミちゃんが

実は料理上手な頼れる女だとわかったことは僥倖であった。


が、洋品店を経営しながらのお寺料理は、彼女にとって負担になっていった。

選民たちの無遠慮な批評も、彼女を傷つけた。

さらに8月の始め、お寺の台所で

ムカデに刺されるという不幸に見舞われたマミちゃんは

料理番からのリタイアを模索するようになった。

しかし彼女はメンバーの中で、ユリちゃんとの付き合いが一番親密だ。

自分が抜けることは難しいと知っているため、苦しんでいた。


そして私は、マミちゃんが抜けても一人でやれる。

お寺料理をやめて、ユリちゃんと決別するのも平気。

どっちでもかまわないので、マミちゃんをあやしながら

1回、また1回とお寺料理を積み重ねている。

以上が我々にとってのお寺料理だ。


一方、ユリちゃんやお寺の思いは、全く違うところにあると私は考えている。

誰も気付いてない様子だが、調理師の目で眺めた場合

そもそもお寺が料理に行き詰まり、我々同級生を頼るようになった原因は

例の芸術家の兄貴が連れている弟子、A君の存在だ。


20代のA君は、芸術家の弟子になろうかというぐらいだから

こだわりが非常に強く、世渡りが下手なタイプ。

兄貴はその純粋を愛(め)で、衣食住も我が子のように面倒を見ていた。

しかしアレルギーが多い子なので、食事も大変だ。

お寺での会食は、兄貴がひと息つける時間だった。


兄貴に弟子入りして1年が経った頃

A君はインドの思想やベジタリアン、ビーガンなどに興味を持ち始める。

能力的に自炊が難しいタイプの子なので、本人は興味を持つだけ。

あとは兄貴任せとなるのだが、いくら小まめな兄貴でも

年取った男性が一人で彼の要望に応えるのは難しいだろう。


それはお寺も同じだった。

それまではカレー、シチュー、ハヤシライスのローテーションに

夏はそうめん、冬はおでんを加えて回していた安上がりの会食メニューが

A君には不適合となると、元々料理が苦手なユリちゃんはお手上げ。

我々がお寺料理を本格的にやるようになったのは、2年前のそんな時だった。


我々が参入したのと同じ頃

A君の食品に対するこだわりもいちだんと強まりつつあった。

牛肉から始まって豚肉や鶏肉も食べなくなり、やがて魚と野菜しか受け付けなくなる。

そう言ったら少食めいて聞こえるだろうが、若いA君の食欲はすさまじい。

野菜はともかく魚が大量に必要となると、予算オーバーは必至。

敬愛する兄貴の弟子だから粗末にもできず

ケチケチ寺の皆様はA君の対応に困り果てていたと言っても過言ではない。


しかしうちには釣り好きの息子たちがいるので、どうってことない。

子供のいないユリちゃんはA君の食べっぷりを怖がるが

私は息子たちの少年時代を彷彿とさせられて気持ちが良く

美味しそうに、そして綺麗に食べてくれるA君が可愛いかった。

魚の料理は手早いし、冷凍庫にあふれる釣果を整理してくれる彼のおかげで

助かっている面も大いにあった。

私のほうは友だちであるユリちゃんのために参加しているつもりだったが

お寺はA君の対策係として私を必要としていたのだと思う。


そのA君、8月の下旬に兄貴のもとを去った。

今後は母親と暮らすことになり、3年に渡る弟子生活に別れを告げたのだ。

詳しいことは知らないが、兄貴が私にチラリと漏らした内容によれば

やはりA君の食へのこだわりが原因と思われた。


A君が去ったとなると、アレルギー対策も大量の魚料理も必要無い。

魚の消費が減る私は複雑な気分だが、お寺料理が楽になるのは明白だった。

梶田さんが町内に別荘を買い、再びお寺と接触を持つ意志を見せたタイミングも

真相はわからないが、実はこの件が無関係ではないような気がする。


ともあれ「ユリちゃんのため」に始まった、私のお寺料理。

ユリちゃんは単にごはんの支度が嫌で、同級生を利用しているだけ…

そうわかってはいたものの、はっきりしてしまったLINE事件があり

ここで「ユリちゃんのため」という意識が消えた。

同時にA君が去ったことで、「A君のため」という意識も自動消滅。

私のお寺料理は、「ため」の対象を失った。


前にもどこかで話したことがあるが、「人の為」と書いたら

「偽(にせ)」、「偽(いつわり)」になる。

子供のため、親のため、家族のため、仲間のため…

「誰かのため」と言っているうちは、ニセ、イツワリなのだ。


悩みのある人は、何のために苦しんだり我慢しているのかを

まず考えてみるといい。

誰か人のためであるうちは、悩む価値無し。

誰かのためにかこつけた、偽の悩みだからである。

金のためや将来のためなど、対象がモノであれば、結論の出せる前向きな悩みだ。


人の話の信憑性を判断する時にも便利だ。

「子供のために辛抱してきた…」

「親のために頑張った…」

それらはたいてい美化され、かなり盛ってある。

話を聞かされるあなたの方が、よっぽど苦労人だ。


ともあれ「誰かのため」という拠り所が無くなった時

それでもやるか?ということになる。

特に無償の奉仕は、ここからが本番。

あの人のため…この人のため…そんな建て前が取っ払われると

案外スッキリするものだ。

そのリセットされた心で、続けるかやめるかを改めて選択し直す。

続ける方を選ぶと、新しい扉が開く。

すると、そこから先は誰かのためでなく、自然な気持ちで動けるようになる。

それが本当の奉仕だ。


私は料理の腕を上げたい。

いろんなメニューを考えたい。

マミちゃんの作る料理をもっと知りたい。

よそで他人に食べてもらう習慣があると

アンテナが働いて、つい料理に敏感になる…そんな自分が好き。

要は食べ物が好きだから、やる。


だったら飲食店に就職した方がいいんじゃないかって?

何とおっしゃるウサギさん。

人に使われながら、金をもらって料理を作るぐらいしんどいことは無いぜ。

しかもコロナじゃん。

ゼニにならん所でチャラチャラするのが、オイラにはお似合いなのさ〜。
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手抜き料理・心機一転の秋

2021年09月07日 14時41分34秒 | 手抜き料理
昨日は例のごとく、同級生の友人ユリちゃんのお寺で料理を作った。

モンちゃんは仕事なので、マミちゃんと私の2人だ。


やることは同じだが、今回はいつもと違う雰囲気が漂っている。

きっかけは先日、ユリちゃんから我々に送信されたLINE。

「嬉しいニュースです!

梶田さんが近くに来られます!

なんと、◯◯町に別荘を買われました!

リフォームが済んだら、年末はこっちで過ごされる予定です!」


◯◯町というのは我々が生まれた地元で、ユリ寺もその町にある。

梶田さんというのは、時々ここにも登場する65才の素敵な女性。

料理上手な彼女はユリちゃんの嫁ぎ先のお寺でも時々料理を作っていて

我々がユリ寺で料理をする時も、何回か訪れていた。

しかし何かあったのか、ぷっつりと来なくなって半年以上が経つ。

その梶田さんが町内に別荘を買ったからには、お寺との交流も復活するらしい。


ユリちゃんの説明によると、梶田さんは海の見える場所に別荘が欲しくなり

彼女が今住んでいる市に近い別の町の物件を検討していたが

考えているうちに売れてしまった。

そこで再び探し始めたところ、格安の物件が見つかる。

それがたまたま、うちらの町だったという。


それ自体はけっこうなことである。

梶田さん夫婦は、元公務員。

唸るほどの退職金で、何か大きな買い物をしたくなるのは自然なことだろう。


けれども梶田さんが買ったのは、半世紀前に造成された町外れの団地。

高齢化社会になるとは予想だにしなかった時代に造られたので

団地全体が勾配のきつい坂道で構成されている。

周辺に店は一軒も無く、駅やバス停、病院も遠く

住民が高齢化すると生活が困難になった。

そのため次々と売りに出されたが、破格の安値でも買い手がつかず

今では空き家の方が多い。

つまり、誰も見向きもしない場所。


ユリちゃんのハイテンションとは裏腹に、我々5人会のLINEは不自然な沈黙が続いた。

過去、実家がこの団地に別宅を所有していた私は

どうにもコメントしにくい。

親が残した複数の邸宅の維持管理に追われるマミちゃん

親が残した旅館の建物を持て余すモンちゃんも返信しないところを見ると

おそらく同じ気持ちと思われる。

梶田さんのように海さえ見えればいいのなら、安い買い物であることは確かだが

先のこと…つまり加齢で車に乗れなくなったり、夫婦の片方が亡くなったり

子供の代になった時のことを考えると

ユリちゃんのように手放しでキャ〜キャ〜喜ぶ気になれないのだ。


長い沈黙を経て、東京へ引っ越したために何も知らないけいちゃんから

うらやましい、あやかりたい、私は老後の見通しなんて全然…

という内容の返信がやっとあった。

興奮が継続中のユリちゃんは、ここで本音を言ってしまう。

「近くなるので、お茶しに行ったり、ごはんをよばれたりできるかも?

良い御縁をいただいて、これから楽しくなりそうです!」


日頃は寛大!な私だが、これにはカチンときた。

楽しいのは、あんただけじゃ…

料理をせんけん、他人に作らしてタカることばっかり考えとるんじゃ…

うちらも感じ悪いが、梶田さんにも失礼じゃないか…。


腹が立ったので、あえてトゲトゲしい返信をした。

「近くへいらっしゃることになって良かったね!

ユリちゃんは便利になるんじゃない?」

これぐらい言うてやらんと、わからんのじゃ。


間髪入れず、マミちゃんからも返信があった。

「じゃあこれからは、梶田さんにお寺の料理をしてもらえるね!」

モンちゃんも続く。

「ユリちゃんも助かりますね。

どんな感じにリフォームされるんでしょ?」

ユリちゃんから返信は無く、LINEはそのまま途切れた。

少しは薬が効いたか。


マミちゃん、モンちゃん、私の3人は

お寺料理の打ち合わせ用に別のLINEをやっているが

このようなことについては一切連絡を取り合わない。

陰でいちいち不満を漏らしていたら、友情なんて続かない。

それが大人というものだ。


翌日の夜になって、ユリちゃんから

「昨日はパソコンの調子が悪くなって、ずっと掛かりきりでした!

携帯の電源も切って奮闘。

さっき、やっと復旧しました」

というLINEが入る。

傷つきやすい選民のユリちゃんは、一昼夜かけて立ち直ったらしい。


マミちゃんもモンちゃんも優しいので、ねぎらいの言葉を返信していたが

私はバカバカしくて返さなかった。

私の早寝は皆知っていて、返信しないことも多いから構わない。

パソコンが壊れたから携帯の電源を切るなんて聞いたことないが

仕切り直すにはこの手しかあるまいよ。


以後は何事も無かったかのように、6日のお寺料理について連絡を取り合うが

9月6日と月末の2回と聞いて、私は今回はっきり言った。

「台所が暑いけん、6日はせん。月末希望」

するとユリちゃんはすかさず、一択であれば6日にやって欲しいという。

マミちゃんが消極的になっているのを感じ取っているのだろうが

この素早い切り替え、やはりさすがである。


10月は宗派の教祖の命日で、“御会式(おえしき)”という大きな行事を行う。

9月6日はそのための飾り付けを作るので、檀家さんが来るそうだ。

その檀家さんも少ないため、我々にも会食の後で

飾り付けに使う紙製の花の製作を手伝ってもらいたいということだった。


人が少ないのは寺の問題であって、我々の知るところではない…

そう言ってやりたいが、会食の後片付けが終わって3時のおやつが始まるまで

ということなので、せいぜい30分ぐらいだ。

拒否するほどでもないため、承諾した。


「奉仕は、嫌になった時から始まる」

私はそう思っているのよ。

最初は感謝されて嬉しいばっかりだが、回数を重ねるにつれて様々な内情がわかってくる。

それでも笑顔でやれるか、ということなんだと思うよ。



さて、こうして迎えた当日のメンバーは12人。

今回から、兄貴の弟子がいない。

色々あって、弟子をやめたそうだ。

全然構わん。

各種のアレルギーがあるので禁忌食品が多い上、魚と野菜しか食べない大食漢に

どれほど気と体力を使ってきたことか。

むしろホッとした。


そしてこの日は、思わぬ涼しさ。

神…寺だから仏か…は、いると、いつになく思った。

こんなことがあったからこそ、背中を押してくれているとさえ思い

気持ちも新たに頑張ろうと誓う。


ユリちゃんも心なしか、気を使っている様子。

台所と座敷を何度も往復して、料理や皿を運んでくれた。

やればできるじゃんか。

最初からそうすればええんじゃ。


コメント欄で田舎爺SさんとH&Mさんが勧めてくださり

前回から用意していた扇風機付きベストは今回も出番無し。

よく考えたら、扇風機付きベストとエプロンの相性はおそらく良くない。

しかしこのベストがあるという安心感は、人様の考える何倍も大きい。

お寺の台所はそれほど暑いのだ。

良い御守りを教えていただいて、感謝している。



この日のメインディッシュは、マミちゃん作のオムレツ


合挽きミンチとジャガイモ、玉ねぎの入ったカレー味だ。

目玉は、上にかかっているケチャップ。

マミちゃんの手作りである。

トマトのフレッシュな味わいが残るニンニクの効いた甘いもので

カレー風味のオムレツによく合い、美味しかった。

手作りのケチャップは珍しいので、皆喜んでいた。


マミちゃん作・ピーマンの冷製スープ


もらい物のピーマンを玉ねぎと炒めてミキサーにかけ、コンソメと牛乳で伸ばしたもの。

冷蔵庫で保管していたピーマンが赤くなっており、スープが緑でなくオレンジ色になったそうだ。

いつもオシャレな料理を作るマミちゃんはこの日、ユリちゃんのご主人モクネン君から

「ビストロ・マミ」という称号を賜った。


マミちゃん作・ポテトサラダ



マミちゃん作・マーボー茄子




みりこん作・冷やし鯛そうめん


垢抜け部門はマミちゃんに任せ、私はいつものように老人対策。

老人は、喉越しの良いそうめんを好むのだ。


写真はダシを注ぐ前の状態。

バットかお盆にカラの汁椀を並べ、具を入れていく。

一通り入れ終わったら、具の入った汁椀の上に次のバットを乗せ

また汁椀を並べて具を入れていくと、少ないスペースでたくさんの数がこなせる。

バットに並ぶ汁椀の数は決まっているので、数を間違えることもない。

大人数の時に便利な、病院方式である。



みりこん作・海老チリ


マミちゃんがマーボー茄子を作るというので、中華つながりで作った。

材料は海老と白ネギだけ、味付けはインスタントのやつだから申し訳ないほど簡単。

が、インスタントは甘いので豆板醤を混ぜ、手作りを装う。

モクネン君が私に「中華の鉄人」と言ったが、マミちゃんだけを褒めたら悪いので

サービスで言っただけだと思う。


みりこん作・いつもの鮎の塩焼き


今回も甘露煮を作るつもりで3日前から準備していたが

圧力鍋で煮ていたら焦がしてしまい、急きょ別の鮎を塩焼きにした。



食後は後片付けと持ち帰りのお土産を用意して、その後

花飾りを作ったが、予測通り30分ほどで終了。

私は紙の花を作るのがヘタで、3個作るのがやっと。

うち、1個は破れた。


3時のおやつはユリちゃんの兄嫁さん作・牛乳かん


やはり兄嫁さん作のティラミスもあったが、撮影し忘れた。
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近時事・3題

2021年09月03日 09時39分15秒 | みりこんばばの時事
誰とは言わないけど、とうとうやっちゃうのね。

ゲス婚。

最初の頃は、あんまり面白いから食いついてたし

周囲との攻防も興味深かったけど、途中から投げたわ。

あ、こりゃもう引き離すのは無理だなって。


だって現実問題、破談にして野に放すわけにはいかんでしょ。

カレシに録音癖、録画癖があることが知れ渡ったんだから。

会話や画像が、大金と引き換えに切り売りされてごらんなさいよ。

国家を揺るがすほどの一大事になるわよ。


大袈裟じゃないわ。

どこの化粧品をご使用とか、ほんの小さなことが株価にまで影響するのよ。

プライベートルームの間取りなんかが拡まったら、セキュリティの面でも危ない。

テロ組織に渡る可能性だって、無いとは言い切れないもの。


ダイレクトに接触した際のやり取りだけでなく

電話の音声、テレビ電話の画像などなど、コレクションは増える一方。

それほどの情報を握られてしまってるんだから、誰も手は出せまいよ。


結婚と破談、どっちにしてもカレシにはもう、食いっぱぐれの心配は無い。

だったら身内にして囲い込む方が、恥とセキュリティの両面において安心じゃないの。

リスクの少ない方を選ぶのが、大人の常識だわね。

今どき最も価値があるのは、財宝じゃなくて情報よ。



そんな溜め息混じりの今日この頃。

オリンピックも高校野球も終わっちゃったし。

そう言えば、オリンピックのリレー。

広島県出身の山縣選手がいるから、私も注目してたんだけど残念だったわね。


オリンピックの少し前、山縣選手が100メートルで9秒台を出して以来

地元の情報番組で、よく取り上げられていたの。

インタビューを聞いても、礼儀正しい青年だというのが伝わってきたわ。


が…親父さんは個性的。

オリンピックを前にして、このかたも度々取材されてたんだけど

「うん、やってくれると思うよ」

「そうだね」

オールため口の何様?仕様。

スポーツ用品の店だか会社だかの経営者様だそうだけど

息子さんとは真逆の印象だった。


で、バトンミスで失格になった本番以降のインタビューには

語尾に「です」「ます」が付いてたわ。

人間、どんな状況でも謙虚じゃないとね。

“攻めのバトン”って新語も普及したし、パリ五輪を楽しみにしています。


オリンピックは終わったけど、今はパラリンピックの真っ最中。

私、車椅子テニスの国枝慎吾さんオシなの。

きっかけは、海外の一流テニスプレーヤー

ロジャー・フェデラーが放ったインタビューでの一言。


「日本にはなぜ、あなたのような

すごいテニスプレーヤーが出ないんでしょう…」

日本人の記者が、このような質問をした。

するとフェデラーは平然と言ったわ。

「何言ってるんだ!日本にはクニエダがいるじゃないか」


一流には、オリパラの垣根が無いんだ…

そして国枝選手は、あのフェデラーにそこまで言わせるほどの人なんだ…

初めて知った私は感動したものよ。

以来、フェデラーと国枝オシ。

いや〜、テニスわかんないから、ただ見るだけなんだけど

国枝選手、頑張ってください。


あ〜あ、今日も勝手なこと言っちゃった。

ごめんなさいね〜!
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