殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

私のことですか~?

2010年08月29日 21時58分37秒 | 検索キーワードシリーズ
紹介します。

うちのぶどうです。

これ、頂き物の鉢植えなんですよ。

最初は、緑色の実がマスカットみたいで

なんとなくオシャレな感じでした。


だんだん色づいくると、ぶどうにも、生活感が漂うもんですねえ。

観賞用から、実用へ…娘さんから、オバサンになった感じ。

熟れるのを、今日か明日かと待っています。

名前は「オレ様のぶどう」です。



さてオバサンといえば、検索キーワードにあった

『性格の悪いオバサン 病院給食』

私のことかと思いましたよ。

『給食パートの古株の性格のわるさ』『給食調理員のつらさ』

『調理員 続かない』なんてのもあります。

悪いだの、つらいだの、なんとも私にふさわしい

業(ごう)な職業じゃありませんか。


私の働いていた病院は、仕事もきつかったですけど

人間模様もなかなか強烈でしたね。

8年間、いい勉強をさせていただきました。


皆さん、我こそは不幸のドラマをそれぞれ持っており

筋書きだけは、おしん顔負けでした。

どれほど苦労をしたか…

どれほど人が体験しない目に遭ってきたか…

どれほど人からひどい仕打ちを受けたか…

何度も話しているうちに脚色も入り、どんどん壮大になっていきます。

そして話が壮大に、重厚に、なればなるほど

その人生ドラマには、また新たな1ページが加えられるのです。


旦那が黙って会社を辞めていたのを知らなかった…

娘の結婚式の朝、母親が死んでいた…

久しぶりに訪れた親戚に、なけなしの金を持ち逃げされた…

旦那が仕事で失敗して、裁判になった…

挙げたらキリがありませんが、何もそんなことが起きなくてもいいだろう

というようなことが、リアルタイムで起こります。


どこの家でも、言わないだけで、色々あるもんです。

しかしここの人達には、その色々が、徹底的に連続して起きるんです。

これでもか…というほど、容赦ないです。


激動の半生に、為すスベもなく年を取った人というのは

パッと見、気さくで明るいです。

しかし同時に、臆病で感情的で

びっくりするほど子供じみた面も持ち合わせています。


つらい、大変と言いながら、解決する気は無いようでした。

話を聞いてもらえれば、満足。

同情が得られれば、なお満足。

不幸なんだから、少々サボってもいいだろう…

幸せじゃないんだから、これぐらい見逃してくれてもいいだろう…

ここまで割り切れれば、いっそご立派と言えるかもしれません。


「私は馬小屋で生まれた」なんて得意げに言う人もいて

わたしゃ思わず叫びましたよ。

「キリストか!」


『おばさん アルトサックスに挑戦』

これも私のことかと思いましたよ。

50歳の記念に、同級生で始めたバンドも

今はたまに、2~3人でちょっと合わせて、あとは遊ぶばっかりです。

なんで集まらないかというと、暑いし、忙しいから…というのは建て前で

実は我々は現在、ある難問にぶつかっているのでございます。


女性メンバーの7歳になる息子が、バンドに入ったのでございます。

ある日、母親と一緒に自前の小太鼓を持って来て、そのままメンバーですわ。

最初に珍しがって、チヤホヤしたのが良くなかったようです。


年取って、やっと生まれた子供はかわいいものです。

我が子と同じ趣味に興じたいのは、多くの母親の願いでもあります。

その気持ちはよくわかるんですけど、曲目も変わってきて

我々が夢見たジャズやブルースの夕べは、かき消えたのでございます。


しかもこのガキ…いえお子様、ずいぶん甘やかされてお育ちのご様子で

誰かれかまわず「おい!オマエ!」と呼び

気に入らないことがあると、ダダをおこねになります。

うちの子なら、ひっぱたいているところでございます。


「お子様連れはご遠慮ください」みたいなことを言ってしまったら

母と子が、どんなに傷つくかはわかっています。

それをおして、話し合ったりするほどの情熱は

皆、無いのでございます。

そこで、長いお休みです。

ほとぼりが冷めるまで、おとなしくしているつもりでございます。


『義父母をいじめる嫁』

これも、私のことかとドキッとしましたよ。

いじめてはいないつもりですが、ここ数年で立場がコロッと逆転したのを

少々面映ゆく感じております。

長い年月を経て、やっと手にした安全ではありますが

初心を忘れず、謙虚に接したいと思います…な~んて、な。
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S・A・T・C

2010年08月25日 10時51分24秒 | みりこんぐらし
このお盆、仲良しの4人組が久しぶりに集まった。

うちの近所の広場で盆踊りがあり

そこで踊る孫を見に来るというのが一人いたので、ついでに集合したのだ。


この盆踊りは、老人が唄うお経みたいなアカペラが

ちょうちんの灯りの下で延々と続く、昔ながらのシンプルなものである。

踊った子供には、気前良くアイスが振る舞われるので

うちの子が小さい頃は、よく行った。


暗いやら、初盆を迎える人達の遺影は飾ってあるやらで

当時は辛気くさい気がしていたけど、今は平気。

うすら淋しくてレトロな雰囲気が、いい感じじゃ。

この年になると、何といっても「闇にまぎれる」というのがいい。

老化した我が身を、ぶしつけな照明にさらさずともすむ安心感は、貴重じゃ。


さて、集まった4人。

私を除く3人は、それぞれ親を介護している。

それに加えて仕事をしている者もいるので、ここ数年は、なかなか会えない。

家を抜け出して、ようようの思いで駆けつけるけど

誰かが途中で呼び戻されたりする。

前に会ったのは、確か、まだ寒かった頃だ。


合流して、手短かに久々の再会を喜び合い

「早く、早く」と言いながら、急いで焼肉を食べに行く。

グズグズしていると、また誰かが家から呼び戻されて、抜けるからだ。


話題は、ほとんど介護の愚痴。

自分の親のことなので、日頃不用意にしゃべるわけにもいかず

積もりに積もっている。

おしめだの尿取りパッドだのと、かしましい。


A子は、2年前にアルツハイマーと診断されたお母さんを

お父さんと二人で介護している。

「“パンツはかしてくださ~い、すんませ~ん、奧さ~ん”って、私に叫ぶのよ」

などとお母さんのモノマネをするが、これがすごくうまい。


B子のお母さんは、長らく施設に入っているので

それほど大変な状況ではないが、実家が中途半端に遠い。

いっそしっかり遠いなら、たまに顔を出せばすむけど

車で1時間ちょっとの、微妙な距離なのだ。

しかも施設は、兄嫁さんの職場でもある。

行かないと、お母さんも兄嫁さんも「肩身が狭い」と機嫌が悪いそうで

一日おきに通っている。


最年長のC子は、ついこの間まで

100歳目前のお父さんが、肺炎で生死の境をさまよっていた。

「もう、延命は結構です…楽にしてやってください…」

苦しむのを見ていられない家族は、泣きながら医師に頼んだ。

なにやら目の覚めない、色々な意味で楽になる注射があるそうなのだ。


医師の葛藤やら、家族それぞれの思いやら、こっちのほうも色々あったが

じいちゃん本人も「後を頼む…」と言い残し、注射を打った。

涙の別れから2日…ぐっすり眠ったじいちゃんは、元気に復活したという。


私はもっぱら聞き役。

シモの世話をしたことのない者が、出る幕は無い。

メシの支度ぐらいじゃ、介護道においては、まだぺーぺーなのだ。


中高年の女4人組で思い浮かべるのは

『SEX・AND・THE・CITY』というタイトルの映画である。

通称“S・A・T・C”。

セレブで自立している、若くない女たちの友情や生活を描いた

大人気のラブ・コメディさ。


おしゃれで、可愛くて、友達思いで

こんなだと、年を取るのもいいものだなぁ…と思わせてくれる。

4人ともあんまり美人じゃないところも、現実味があって、親しみが持てる。

ファッションまで、社会現象になっているという。


近年、我々4人は、自分達のこの集まりを「S・A・T・C」と呼んでいる。

共通点は、年齢層と、人数と、美人じゃないとこだけで、あとはえらい違い。

ちょっとでも似通った美点があるならば、おこがましさも生じようが

なにしろ遠くかけ離れているんだから、こっちゃ強気だ。


曲がりなりにもS・A・T・Cであるからには

ファッションにも敏感でなくてはならんのじゃ。

B子は、上に羽織ったシャツが、うっかり裏返しの斬新さ。

それを見つけてあざ笑うA子は、足元のママさんつっかけがクールな印象。

C子にいたっては、風呂上がりのアッパッパ(わかるかな~?)で、エ…エレガント。

ゴムぞうりにベージュの短パンの私は、山下清と言われる。

どうよ、このファッション感覚!


あっという間に時間が経ち、駆け足で解散する。

また近いうちにね!とは言い合うけど、たいてい季節が二つくらい変わる。

身軽に集まれるようになる頃には、誰かが欠けているかも。

(S)せっかく・(A)集まっても・(T)たいした話は・(C)シティいない。
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ジジ度・ババ度

2010年08月21日 13時20分21秒 | みりこんぐらし
車を運転していて、ずっと昔から思っていたことがある。

ブレーキを踏んでかなり経ってから

方向指示器を使うドライバーがいるのだ。


急に速度をゆるめ、そろそろと進むので

何事かと思うと、ウィンカーが出る。

そこで初めて、曲がりたいんだな…とわかる。

後続車がそれを知るのは、曲がる直前である。

私の住む町は、中途半端な田舎なので

国道バイパス以外は、すべて一車線だ。

よって、この場面に遭遇する頻度が多い。


これをするのは、たいてい、おじん。

男性特有の老化なのか、それとも免許取得時の慣習の相違なのか。


しかし最近、判明する。

我が夫が、時々やり出した。

はい、老化でした。

男のジジ度は、せっかちになるので測れると思っていたが

車の運転にも現われるらしい。


女のババ度は、どこに現われるか。

自分のことなので、身につまされるが

口数が多い人は、一段と多くなる…

性格の悪い人は、一段と悪くなる…

つまり、短所が強調されることが挙げられよう。

短所がデフォルメされるので、どこかにはあるはずの長所は

目立たなくなるばかりか、差し引きマイナスである。


それはさておき、私は意外な着目点として

温度へのこだわりを挙げたいと思う。

更年期を乗り切った女が敏感になるのが、自分を取り巻く温度である。


特に、後頭部が急に燃えるように熱くなったかと思うと

汗が吹き出して止まらなくなる更年期症状

“ホットフラッシュ”を経験した女は

気温、室温の上昇に対して、神経質になる。


暑いと感じた時にゃあ、もう遅い。

後頭部の温度が急上昇して、髪も服も、水から上がったようにビショビショ。

衣類で吸収しきれなかった汗は、ポタポタと床に落ちて

足元にはぐるりと、ドーナツ状の水たまりができる。

熱いやら、苦しいやら、恥ずかしいやら

症状があまり出なくなった今でも

またあの悪夢が襲ってきはしないかと、気が気じゃないのだ。


夜道でタクシーに乗った客が、気づいたら消えており

シートが濡れていた…なんて幽霊話を聞くけど

あれは、更年期障害の女じゃないのか…と思ったりする。

滝のような汗や、ひどい人は持ち歩くという氷嚢(ひょうのう)から

水が漏れたりで、シートが粗相(そそう)をしたような状態になってしまい

恥ずかしさのあまり…誤解を恐れるあまり…

スキを見て、こっそり飛び降りるんじゃなかろうかと。

夏は症状がひどいので、まんざらあり得ない話ではないと思う。


人によっては、このホットフラッシュが起きない人もいるそうだが

これを経験し、エライ目に遭った女が、同じ家に二人いる。

そう、義母ヨシコと私さ。


同病相哀れむ…二人して、台所を低温にキープする。

持病で体温が低下し、真夏でも寒い、寒いと騒ぐ義父アツシの訴えを無視し

我々は冷蔵庫のような部屋で、いたわり合うのじゃ。


しかし、この夏は問題が生じた。

現在の日本の暑さは、皆様ご存知のとおり。

ヨシコは例年にも増して冷気を求め、エアコンの風向と扇風機の風を

至近距離で自分に集める。


わりと周囲には気を遣うタイプのヨシコ。

みんなそうだけど、年々、遣うのは気だけで

行動は伴わなくなってくるものだが

病み上がりというのもあって、今年はその余裕も無い。


ヨシコの冷気のおこぼれをいただく私だが

エアコンと扇風機の集中ダブル使いであるから

いかに暑がりのヨシコといえども、そのうち寒くなる。

再び暑くなるまで扇風機を止め

エアコンの温度を上げたり、スイッチを切ったりする。


ずっと座っているヨシコと違い、こっちは家事をするので暑い。

扇風機だけでも、こっちにくれ…と言うと

ヨシコは、あからさまにイヤな顔をする。

ホットフラッシュが重く、長かったヨシコが

自分の好みの室温で過ごしたい気持ちはよくわかるので

あきらめて、耐えることにした。


しかし、先日ついに、目を開けていられないほど眠くなり

胸が押さえつけられるように苦しく

手足がしびれて、立っていられなくなった。

     「これが噂の熱中症か!」

私は流行に触れた小さな喜びと共に、大きな身の危険を感じた。


「なんか悪いもんでも食べたんじゃないのぉ?」

自分以外に病人が出るのは、許せないヨシコであった。

     「エアコン下げて…」

「え~?今、寒いもん」

説得するより、涼しい所へ避難したほうが早い。

しびれた手足と開かない目で別室へたどり着き、一命?を取りとめる。


このままでは、死んでしまう。

翌日から、醜い攻防が始まった。

「寒い」とヨシコ。

「着れば?」と私。

「暑い」と私。

「脱げば?」とヨシコ。 


体温調節に問題のあるババが二人、エアコンのリモコンを奪い合い

暑い、寒いを巡って、連夜の駆け引きが行われる。

嫁姑の平和のために、一日も早く涼しくなるのを願っている。
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腐った果実

2010年08月18日 09時02分10秒 | みりこん童話のやかた
昔むかし、ある村に、おチヨという女房がおりました。

おチヨは、娘の時分に通っていた寺子屋のお師匠様に見そめられ

この村へお嫁に来たのでした。


口さがない村の者達は、商売ものに手を付けた…

などとささやきましたが

実直で整った顔立ちのお師匠様と、愛想が良くて器量よしのおチヨは

なかなか似合いの夫婦です。

二人は子供にも恵まれ、幸せに暮らしておりました。


月日が経ちました。

年増になったおチヨは、なんだか残念に思うのです。

「あたしはまだ、こんなに色っぽくて器量よし…

 でも亭主は、どんどん年をとっていく…

 年の離れた亭主につられて、このままお婆さんになるなんて

 なんだか損をしたような気分だわ…」


そこへ現われたのが、口入れ屋のテツ。

年下なのに世慣れていて、ちょいとやさぐれた色男ぶりです。

元々が派手好きなおチヨは、すっかりまいってしまいました。

「こんな男も世の中にはいるんだわ…うちの亭主とは大違い…」


先生、先生とあがめられ慣れた亭主と違い

商売人のテツは人当たりが良く、細かい所によく気がつくし

人を喜ばせるのが上手です。

忘れられた置物みたいな亭主と、水面を跳ねる魚のようなテツでは

着るものひとつ取っても、まったく違います。


それに、自分を見るテツの目つき…。

甘えるような、射ぬくような、あの目で見られると

胸の奥がザワザワと音を立て、体がとろけそうです。


「食費しか、渡してくれないのよ~」

相談と称して、亭主の悪口をそめそめと語りながら酒でも飲めば

ひとつ布団で、文字通り家族同然のつきあいになるのは

あっという間でした。


清い水よりも、甘い毒に酔いしれたい人は多いものです。

テツもまた、毒のとりことなっていました。

不倫という、甘い甘い毒です。

腐りかけた果実の味は、テツが初めて知るものでした。


お師匠様は、教育者らしい寛容さと臆病さで、最初は静観しておりました。

それでも、じきに目に余るようになったので

おチヨに注意することもありました。

人間、後ろめたいところを突かれると

そりゃもう、とんでもなく腹が立つもので

おチヨはそのたびに逆上しました。


「死んでくれればいいのに…」

そう言ったのは、おチヨでした。

浮気妻として、身ひとつでたたき出されてはたまりません。


「じゃあ死んでもらおう…」

そう言ったのは、テツでした。

このところ、お師匠様の自分を見る目が

非難めいて、わずらわしいと思っていたところです。


お師匠様には、そこそこの財産もありました。

生きていたら一文にもなりませんが

死んでもらえば、おチヨと一緒にそれも転がり込んでくるのです。

「オレに任せておけ」


おチヨは、テツを心底頼もしいと思い

晴れて一緒になれる日を夢見るのでした。

「うちの子供達もテツになついているし、何の問題もありゃしないわ…」


計画の途中で、恐くなることもありましたが

自分のために罪を犯してくれる男がいる…その喜びのほうが、まさりました。

亭主がこの世からいなくなるのを見届けるよりも

テツがどこまでしてくれるかを見届けたい気持ちでした。


一方テツは、自分の手を汚したくなかったので

日頃から何かと面倒を見ている、若いチンピラに言いつけました。

「いいか、これは、おめぇだから頼むんだぜ。

 他の誰にも、このシゴトはできねえ。

 オレは、おめぇを見込んで言ってるんだ」


チンピラは、以前からテツを慕っておりました。

世間にはテツのように、いかにも侠気(おとこぎ)があるように見せるのが

やたらうまい男というのが、時々いるものです。

チンピラは、シゴトの内容よりも、褒美(ほうび)よりも

テツの期待に応えたい気持ちのほうが、まさりました。

人殺しより、兄貴分のテツにそっぽを向かれることのほうが、恐かったのです。


すかんぴんの若者の中には

金欠そのものを解消することに、目が行かない者がおります。

それより、強い存在に振り回されて

いっときでも金欠を忘れられるほうが、気が楽になるというから

困ったものじゃありませんか。

やがて…お師匠様は、無残に殺されました。


三人は計画通り、それぞれの役割りをこなしたはずでした。

けれども役割分担ってのは、それぞれの負担が平等でなければ

ほころびが生じるものです。

テツとチンピラはお縄になり、遅れておチヨも捕まりました。


腐りかけた果実は、牢の中で完全に腐るでしょう。

いえ、本当は、最初から腐っていたのかもしれません。

毒に酔うと、舌がしびれて、腐っているかどうかもわからなくなるようです。

ご用心、ご用心。


  

   この物語はフィクションであり

         実在の人物や実際の事件とは、関係ありません
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肝試し

2010年08月13日 16時46分23秒 | みりこん昭和話
お盆だからか、妙に思い出す人がいる。

子供の頃うちにいた、ミツさんという50代の女性である。

社員として家事を担当しており、ついでに祖父の彼女もやっていた。

昔は、戦争未亡人の老後の身が立つように、やもめの身が立つように

間に立って引き合わせる世話好きな人がいたのだ。


私が生まれたのは小さい町だが、会社や商家が多く

家事をしてくれる人を雇うのは、珍しいことではなかった。

うちは裕福ではなかったけど、商売をしている上に

母が病弱、祖母が寝たきりだったので、代わりの女手が必要であった。

通いや住み込みの人が何人か入れ替わり

祖母が死んで数年後、ミツさんに行き着いた。


ミツさんは、明るくて気っぷのいい人だった。

ご主人が戦死して以後、色々な仕事をしながら、一人息子を育てた。

その一人息子は、一族にとって許されない結婚をしたとかで

音信不通になっていた。

うちで暮らし始めてから、父親の違う娘というのも出現し

何かとあわただしくて、刺激的な日々であった。


彼女は、私と妹に色々な話をしてくれた。

苦労話ではなく、面白い話ばかりだった。

勤め先の旅館の池で、裸になって泳いだ話…

ヨッパライにからまれて、大立ち回りした話…

どれも子供にとっては、楽しい冒険談に思えた。


恐い話もしてくれた。

若かりし頃のミツさんは、隣の町へ、歩いて買物に出かけた。

店の人と話し込んで、すっかり遅くなり

暗くなった道を急いで帰っていた。

自分の住む集落の明かりが見える場所まで来た。

あそこまで行けば、家はもうすぐだ…。


ところが、歩いても歩いても、明かりが近付かない。

どれほど歩いただろう。

家で子供が待っているから、早く帰らなくちゃ…

と思って足を早めるんだけど、やっぱり明かりは遠いまま。


ハッと気がついて、買物カゴの中を見たら

さっき買ったはずの油揚げが無くなっていた。

「おや、まあ、狐にばかされたんだわ…」

それがわかると、家にたどり着けたという。


ヒトダマを見た話もあった。

墓地に夜な夜な出るという話を聞き、職場の人達と見に行ったという。

「青白くて、ぼ~っとしてて、あれじゃ役に立たないわ」

何の役に立たないのか、と聞くと

家に持って帰っても、電球の代わりにはならない…ということであった。


私が小学6年生の夏のこと、子供会で、毎年恒例の肝試しをした。

我々子供会の面々は、6年生になるのを待ち焦がれていた。

おどかされる立場から、おばけになっておどかす立場になれるのだ。


私は、ごくノーマルな女幽霊になることにした。

洒落者のミツさんプロデュースの元、浴衣やヘアピース、メイクで

それらしき幽霊ができ上がった。

いちじく畑の中で、蚊に食われながら息をひそめ

下級生が来たら、躍り出るあの気分!


肝試しが終わり、下級生にどれが一番恐かったか、たずねたところ

皆、口を揃えて「ボロボロ屋敷の前に立っていたの」と言う。

通称ボロボロ屋敷…そこは廃屋で、ジメジメした淋しい場所だった。

おばけに扮して待つほうが恐いので、誰もそこに立ってはいなかった。

私からそれを聞いたミツさんは

「楽しそうだから、つい出てきちゃったんだろう」

と言ったので、ホッとしたものだ。


水商売経験者特有の粋な印象に加え、自分の父親の彼女というのもあって

潔癖な母はミツさんを嫌い、我々子供が近付くのを好ましく思っていなかった。

しかし、至れり尽くせりの看病で、祖父と共に母の死を看取ったのは

他ならぬミツさんであった。


私が高校生の頃、ミツさんは祖父と別れ、郷里へ帰った。

二人は、仲がいい時はいいんだが

どっちも気性が激しいので、喧嘩も激しかった。

ミツさんは喧嘩をすると、郷里の弟の所へよく家出をしていた。

プイと出て行き、何日かすると、いつの間にか戻っている。


その日、いつもと違っていたのは

ミツさんのバッグに、日傘が2本刺し込んであったことだ。

それまでは、いつも1本だけだった。

さすがに今回は、本気を感じた。

それでも、年中行事のような出入りにうんざりしていた私は

じきに帰って来ると、たかをくくっていた。


それきり、ミツさんと会うことはなかった。

10年後、ミツさんは病気で亡くなる。

その頃には、時々見舞いに行くようになっていた祖父の話によると

娘に看取られて、穏やかな最期だったという。


8年ほどのつきあいであったが、ミツさんの存在は

私に少なからず影響を与えた。

何でも面白がる宴会体質なんぞ、そのたまものである。


あれが最後になるなら、一応引き止めるなり、礼を言うなりして

惜しまれながら去るという花道を作ればよかった…と今も思う。

さんざん世話になっておきながら、生意気盛りの冷ややかさで傍観していた。

サービス精神が、足りなかった。

つまらぬ格好取りは、ヒトダマよりも役に立たない。
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ドロドロ

2010年08月09日 14時39分30秒 | みりこんぐらし
暑いので、私の周辺の景色でもどうぞ。




♪つ~みな~やつさ~

        あ~瀬戸内海~♪

永ちゃんの“時間よ止まれ”でお願いします。



この海の色も、もうじき終了。

秋になると、淡いグリーンやグレーが足され

ちょっと渋めの色になります。

この清々しい景観の中で、ドロドロの日々は繰り広げられているのであります。



ドロドロといえば昨日。

用事があって夫と出かけ、帰りにスーパーで、食料品を買う。

家に着くと、さっき買ったタマゴが

車の後部座席から下に落ちて、思いっきり割れていた。

「ああっ!タマゴが!」

帰る途中、ガサッという音がしたけど、そのまま忘れていたのだ。


タマゴをこよなく愛する男としては、これは大変な事態である。

残り少なくなると、自分で買って来るほどのタマゴ好きなのだ。

安く売られているのを見つけると、目を輝かせ

店内を走って知らせに来るほどのタマゴ愛好家なのだ。


…文句は言えない。

夫は、自分で座席に置いたのだ。

買物をしたら、夫が荷物を詰め、車まで運ぶことになっている。

タマゴは割れたらいけないので、エコバッグの一番上に置くのが

夫のならわしであった。

座席は危ないから、足元に置け…と何回か言ったこともあるが

聞かないんだからしょうがない。


このままにしておいては、割れて流れ出たタマゴは腐る。

後始末をしなければならない。

後部座席の足元には、なぜかレジャーシートが置いてあり

タマゴの汁は、その上に溜まっていた。

   
   「ああ、良かった、シートがあったから、助かったわ」

タマゴ汁がこぼれないように、そっとシートを持ち上げたら

下からバドミントンのラケットが入ったケースと、運動靴が出てきた。


    「は~ん…」

ここしばらくの挙動不審が、白日のもとにさらされる。

夫がヒザを傷めたのは、以前お話しした。

最近やっと良くなり、まだ少し足はひきずるものの

二週間前から、土曜日の“トレーニング”を再開したところだったのだ。


「ケガは治ったけど、周りの筋肉が固まってしまっているので

 また運動しなければならない」

とか言いながら、前夜もいそいそと出かけ、帰宅はやはり深夜だった…と思う。

寝たので、知らない。

今度はカノジョのツルコと、バドミントンを始めたようだ。

ツルコもスポーツ好きらしいわ。


バドミントンは、ずっと昔に保険外交員といそしんでいた

腕に覚えのあるスポーツだ。

いいところを見せたくて、二人で始めたのだろう。


あんたの旦那は、なんでそんなにアホなんだ…と、人は言うだろう。

そんな中途半端で幼稚なことをせずとも

完璧に隠蔽するか、あるいは堂々としていればよいではないか…と。

しかし、これが我が夫であり、多くの浮気者の特徴である。

昔は、この姑息とうっかりが同居するさまが

なんとも薄汚く、ふてぶてしく見え

うすら寒くなるほどの怒りをおぼえたものだ。


が、本人は大まじめなのだ。

隠したつもり…うまくやってるつもり…

だからこそバレる。

犬が大きいほうをしたら、そこに砂があっても無くても

後ろ足でパッパと蹴って、ほんの申しわけに隠す動作をする。

それに似ている。


用意周到、準備万端ができる男なら

よその女をタダでむさぼるようなことはしない。

快楽と、そのために払う多くの犠牲とを

天秤にかける能力も、ちゃんと備わっているからだ。


隠したければ、道具をツルコに管理させればいいのに、それはしない。

女房に見つかるとヤバイから、持ってて…なんて

口が裂けても言えないものなのだ。

それは、愛人に余計な心配をさせたくないという愛情ではない。

女房を恐れる本当の自分を知られたくないだけである。

コモノほど、自分が小さいのを隠したがる。


このてんまつを、見て見ないふりをするのも、なかなか技術がいる。

さっきまで、タマゴで頭がいっぱいだった夫であるが

今は、そこに何を置いていたかを思い出し

私の背後で心配そうに見守っているのだ。


シートをすべって、たれてゆくタマゴの汁を

ドロドロ…と運動靴の中に入れてやる。

なにくわぬ顔で振り返り、夫をうながして、家に入る。

ドロドロも、たまには楽しい。
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ゲゲゲの女房

2010年08月04日 18時06分42秒 | みりこんぐらし
今のところ、一番楽しみなドラマは、ゲゲゲの女房。

美しすぎるしげるや、スタイル良すぎる布美枝は、まあ置いといて

私が生まれ育った頃と、ほぼ同じ年代なので

懐かしい小道具を見つけるのが楽しい。

私にとっての主役は、そっちかもしれない。


ちゃぶ台、電気スタンド、テレビ、雑貨の数々…どれも私の身辺にあった。

どこかから見つけ出したのか、保管してあったのか

ドラマでは、傷があったり、見るからに古ぼけたのが出てくる。

現在注目しているのは、ミズヤ…食器棚ね…の頂上に鎮座するパンケース。

ドラマに出演?する花柄のついた赤いものは

もう少し後に出回ったような気がする。


当時は、食パンを買ったら、おもむろに袋から取り出し

パンケースに入れ替えるのが、オシャレでイケてる行為だった。

お揃いのバターケースもあったっけ。

どっちも手間がかかるだけで、使いにくいのはわかっているのに

そうしなくちゃならないような風潮であった。


いつも台所の壁にかかっている、白と水色のレース編みの手提げ袋。

布美枝が新婚時代から、ずっと愛用しているものだ。

あそこの台所の小物は、長身の布美枝を考慮して

少し高めの場所に置いてあるが

あの手提げ袋は、絵画のような扱いで、特にいい場所が与えられている。

貧乏を脱して裕福になっても、あの頃を忘れずに…

今があるのは、あの頃があったから…

夫妻の謙虚の象徴のように思う。


誰がどの役をやっても、そこそこ収まりそうなあらすじだが

しげるの兄嫁に、元宝塚の愛華みれを起用し

どうってことないおばさんをやらせるのは

NHKならではの贅沢である。

意外にも芸達者だった杉浦太陽のエラは、佐藤江梨子のエラと似ている…

なんて思いながら見るのも、面白い。


しげるが雇っている三人のアシスタントの一人…

柄本明の息子と思われる男性は、やはり血統か、大物のニオイがする。

若い視聴者へのサービスらしき、アッキーナが出なくなると

布美枝の妹、いずみ登場。

演技の危なっかしさを顔でカバーしたアッキーナに代わり

今度は、表情が達者でも、セリフが追いつかず。

見事なダイコンリレーである。


キャリアウーマン役で、なんと桜田聖子というややこしい芸名の女性の

洋服や髪型、アクセサリーを眺めるのも楽しい。

ワンピースやツーピースの襟ぐりに沿ったネックレスは

当時、上品な着こなしのお手本であった。


東てる美演じる、近所の銭湯のおかみさんは

見た目や言動が他人とは思えず、出てくるとドキドキする。

あの時代に私が大人だったら、グルグルパーマの厚化粧、間違い無し。

良かった…あの頃、子供で…と胸をなで下ろす。


働いている頃と違い、毎日見られる幸せを噛みしめているが

しげるが売れっ子漫画家になった今

もう、貧乏時代ほどの面白さは無い。

誰でも、後で振り返った時に燦然と輝くのは

苦しかった時期なのであろう。
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制限

2010年08月01日 18時10分05秒 | みりこんぐらし
相変わらず、夫の両親に夕食を届ける日々は続いている。

先月の検査で、義父アツシの腎機能は

糖尿病の進行により、かなり衰えていると診断された。


その日からアツシだけ、従来の糖尿食から

低タンパク高カロリー、塩分制限およびカリウム制限の食事に切り替えた。

このまま病気が進行すると、リン制限や水分制限も始まる。

作るほうは、時間がかかるだけで、それほど大変ではない。

食べさせられるほうが、大変だと思う。


問題は、義母ヨシコである。

人間、野菜や果物を食べていれば間違いない…

食べないより、何でもいいから食べるほうがマシ…という頭が切り離せないので

あれはだめ、これはだめ…の制約だらけの中で、戸惑う日々が始まった。


例えば、生の果物はカリウムを多く含むので、食べないほうがいいといわれる。

下処理として、いったん煮てある缶詰のものなら、少量は食べられる。

ヨシコは、自身の通う眼科医にアツシのことを話し

「果物の缶詰なら、食べてもいいんですよ」

と言われた。

帰りにミカンの缶詰を買って、アツシにひと缶与えてしまう。

「食べてもいいもの」は、そのまま

「いくら食べてもいいもの」ということになってしまうのだ。


与えるほうも与えるほうだが、食うほうも食うほうだ。

止めたら大騒ぎ。

「医者がいいと言ったのよっ!眼科とはいえ、医者ですからねっ!」


昼食は、ワカメと生野菜のサラダにした…と得意そうに言う。

どちらもカリウムの宝庫である。

何回言っても無駄。

止めたら逆ギレ。

「たくさんもらったんだから、仕方ないでしょっ!」


食欲が無いから、おやつに塩せんべいを食べさせた…

医者から牛乳を止められたから、ヨーグルトを飲ませた…

元気が無いから、梅干しを…

一時が万事、この調子。

やることが、ことごとく逆なのだ。

アツシの食事制限より、ヨシコの暴走制限のほうが忙しい。


一応気を使って、やんわりと言うが

結局言ってることは、待てだの、よせだのだもんで

ヨシコは、そのたびに不機嫌になる。

良かれと思っているすべてが否定されるのだから、無理もない。

ヨシコは、ひそかに傷ついているのかもしれない。


先日は病院で

「家で作るのは続かないから、宅配の腎臓食にしなさい」

と言われ、通販の冷凍食品をいくつか教えられた。

嫁が作るから、いいです…とヨシコ。


しかし医者は言った。

「一生、お嫁さんに作らせるつもりですか?

 通販を上手に利用しながら、体のことは夫婦二人で解決できるように

 奧さんも頑張らないと」

医者は、このパターンで失敗した例を、たくさん見てきているのだろう。


「冷蔵庫に入りません!」

ヨシコが言うと、医者は笑って

「専用の冷凍庫を買ってください」

と言ったそうだ。


「冷凍庫の置き場所が無い!」

ヨシコはキレた。

嫁に作らせると言い切って、帰ってきた…とプリプリしながら話す。


「せっかくタダで作らせてるのに、今さら買えないわ!

 それを夫婦で食べろなんて、イヤよ!

 ま、お父さんのことは、あんたに任せてるから。

 私も病人だし…ねえ」

おぬし…アツシが悪化したら、拙者のせいにするつもりじゃな…。


近頃では、相次ぐダメ出しにひねくれ

不良のように反抗的になってしまったヨシコ。

わたしゃ、子育てに失敗した母親みたいな気分さ。


隠れて色々食べさせているようだが、もうあんまり言わないようにしている。

締めつけるより、運命に任せたほうが長生きするかもしれない。

このテキトー加減が、やっぱり他人。

いずれアツシが死んだら、いさぎよく汚名を着るつもりだ。
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