殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

女将の手腕

2009年02月27日 19時42分19秒 | みりこんぐらし
とあるレストランのイベントで知り合った「料理屋の女将」。

霊感があるという、人なつこい初老の女性だ。

紫の作務衣、数珠ブレスのいでたちに

少々きな臭さは否めないものの

袖ふり合うも多生の縁と、後日彼女の店に行く約束をする。


「古民家の重厚な雰囲気の中でいただく古器に盛られた癒やしの自然食」

そう言われれば、行きたくなるではないか。


友に声をかける。

言われたとおり「古民家の…」と伝える。

遠すぎるだの、自然食より肉がいいだのとほざくが、無視。


カーナビは例のごとく「その周辺」で案内を終了。

いつもながら、冷たいやつだ。

山奥のそのあたりには、ボロボロの農家らしき建造物しか無い。

今にも倒れそうな、お化け屋敷…。


誰かに聞いてみよう…と車を降りたら

反対側の駐車場にバイクや車がたくさん並んでいる。

ここがあの女将の店なのだ。


「どこがぢゃ、どこが古民家の重厚な雰囲気ぢゃ」

…相方がうるさいが、無視。


中へ入ると意外や意外、大盛況だ。

いろりの前で十数人の若者に囲まれた彼女は

笑顔で迎えてくれた。

これは案外、隠れた名店なのかも知れんぞ…。


若者と一緒くたでは落ち着かないので

いろりとは離れたテーブルに着き

「山野草の会席コース」を注文…というか、それしか無い。


出て来るもの…草のおひたし、草のゴマ和え、草の天ぷら。

大きいのは皿だけ。

ちっとも腹の足しにならんじゃないか。

「どこがぢゃ、どこが癒やしの自然食ぢゃ」

厳しい指摘に耐える。


その時、トイレの横に生えている雑草を摘む女将を目撃。

目の前にある草と同じやつだ。

うう…。


デザートもあるというので、それに望みをつなぐ。

「有機栽培のアズキを使ったおゼンザイよ」

女将はテーブルに来て言う。


運ばれて来たそれは、おちょこに入っていた。

「私が有機栽培の米粉を擦って作ったお団子が入ってるのよ」

確かに入っている。

一個。

色あせ、古びたおちょこはそれで満タンだ。

「どこがぢゃ、どこが古器に盛られたぢゃ」

またもや、しつこくつぶやく。


このありさまで、なぜに若者が次から次へ訪れるのか…

私は、あのレストランでの会話を思い出した。

彼女は、某有名タレントの親と友達だという話を。

ここに集まっているのは、そのタレントのファンなのだ。


彼女が若者たちに囲まれて話しているエピソードは

レストランで聞いた話とまったく同じだ。

「昨日電話がかかった」

「小さい頃はこうだった」

女の子たちはキャーキャー言いながら

時には涙ぐみながら、熱心に耳を傾ける。


ひととおり話し終えると、今度は霊感の部。

「あなたはねぇ、ちょっと優しすぎるところがあるのね…」

女将が微笑みながら諭すように言うと、ワッと泣き出す子もいて

おうおう、これはこれでなかなかの盛り上がり。


2500円の「山野草懐石コース」には

これらお楽しみの料金も含まれているに違いない。

低コストの上、集客力抜群、リピート確実。

おそるべし、女将。

我々は、そそくさと立ち去った。


「ぼったくりだ」と言いながら家路につく。

しかし、口とは裏腹に心は満たされている。

老い先短い身の上、おいしいものは金さえ出せば食べられるが

後々まで話のタネになりそうな場所へはなかなか行けない。


帰る途中で釜揚げうどんを食べた。
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冥土のみやげ

2009年02月26日 11時42分59秒 | みりこんぐらし
子供がバイクで小さな接触事故に巻き込まれ

ピンピンしているが一応病院へ。

しかしそこで「お腹が痛い」と言い出し

念のために…と引き留められる。


尿路結石の疑いもあるとかで、泌尿器科でも検査。

子供を診察室へ送り込んでから、外の廊下で待つ。

そこへ一人のおじいさん接近。


「あんた…ここに用があるんかい?」

       「はい…」

「…前立腺?」

       「いえ、ちょっと子供…」

「前立腺は気をつけにゃ、長引くでの」

おじいさん、聞いてないし。


「ほお~…うまいこと出来とるもんじゃのぅ」

       「…?」

「…だいぶんゼニがかかったろうのぅ…」

…なんだ、最近改築したこの病院のことか。

       「そうですねぇ。この規模だと、かなりですね」

私はにこやかに答える。


「今ごろは多いと聞いたけんど、ここらもなんじゃのぅ」

       「手を加えないと、人が来ませんものねぇ」

「テレビでも、ようやっとるでの」

       「そうですか~。どこも大変なんですねぇ」

「いっぺん見てみたい思うとったが、ええ冥土のみやげができたわぃ…」

そんなにすごいか?この病院。



おじいさんはポケットから黒飴を二つ出して、私にくれた。

「…いろいろあろうがの、頑張れよ」

       「…あ、ありがとうございます」




…どう見ても女にしか見えんでの…

おじいさんはそう言いながら、すたすたと行ってしまった。

  

おじいさん、あっしは純正の女でごぜえます。

どこにでもいるオバサンでごぜえます。

          前立腺、ありましぇ~~ん。


子供の腹痛は、便秘でした。
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自己啓発本

2009年02月25日 09時32分07秒 | 前向き論
夫の不倫ですったもんだしていた頃は

霊だの因縁だの占いだの宗教だの

精神世界の本を読み漁っていた。

それは読むというより「探す」に近い。


「あんたのせいじゃないよ。悪い霊が…」

「こういう星のもとに生まれただけだよ」

「因縁に邪魔されて…」

つまり、自分は悪くないと確信できるフレーズを探し続けていた。


望ましい言葉を見つけると「そうだ!その通り!」と納得。

耳が痛いようなのは「この本はダメ!」と憤慨。

霊にしても因縁にしても

夫やその家系にまつわりそうなものだと「うしし」とほくそ笑み納得。

自分のほうに関係ありそうだと「そんなはずはない」と激しく憤慨。

愚かと言えばそれまでだが、そういう時期があった。


そのうち、慣れてどうでもよくなる。

どんなに理屈を並べてええかっこしたって

現実にその男と暮らしているのだ。

しかもその男を選んだのは自分…。

どう見たって、分が悪い。

私が他人でもそう思う。


そこで気になり始めたのが自己啓発本。

原因究明で解決を計ったが無理だったので

自分を変えようと思った。

はなはだ短絡的なことを認める。


この手の本、近年は特に増えた。

書店には自己啓発コーナーまである。


つい○る…を繰り返せと言う金持ちとその弟子。

トイレ掃除してあり○とう…と言っていれば心配ないと主張する先生。

ア○ンションや波動が大事という経営コンサルタント。

メモ帳に未来を書けという実業家。

地図が有効だとお兄さん…。


加えてすっかり元気の無くなった家業。

そもそも浮気されて腹が立つのも

「ろくに稼ぎもないバカタレ」が一人前以上のことをやりたがるからなのだ。

子供を連れて旅行や買い物に散財できる身分だったら

私だって文句は無い。

よって、すべてを解決するには金以外に無いという結論に達する。


「これさえやれば、あなたも大金持ち」

「大金をつかむ人の法則」

みたいにあからさまな題名の本も

恥をしのんで買いまくる。

いや、それを恥と思うことがまずいけない…と自分を鼓舞。


トイレ掃除、グッズ集め、神社巡り、数えながら繰り返す魔法の言葉。

これと思った著者の本はことごとく収集。

新しい著者の発掘にも余念が無い。

金持ちになる日を夢見て、ひたすら邁進する日々。

…ああ、しんど。

我が家はその方面の本で図書館が開けそうだ。


そのうち苦労や研究関係ナシの若い娘さんや

一介の主婦まで本を出すようになり

「シン○ロ…」などという新しいフレーズも世間で通用し始める。


生まれた時から神懸かっていただの

役目を果たしにつかわされただのというのも増えてきた。

すると、著者としてすでに有名な人たちの中にも

「実は私もそうだ」と言い出す者がちらほら出て来た。

自己啓発…スピリチュアルになる。

…そんなら最初から言ってくれりゃあいいのにさ。


出版に講演会、財布やお守りのグッズ、色紙の販売に加え

もちろん本業のほうもガッチリ。

神様がついてるわりには商魂たくましいなぁ…

と思っていたが、読み比べていて偶然あることに気付く。

一部ではあるが有名な著者たちが、とある宗教でつながっていることに。

そして、お互いが著書や講演でそれとなく

またはあからさまに紹介、推薦し合い

出版、本業双方で相乗効果をあげていることに。


各界の現実社会で成功しながらも

ひょうひょうと、来る者拒まず去る者追わず

誰でもわけへだてなく

楽しくてためになるお話を聞かせてくれる荒野の一匹狼…。

そう…スナフキンみたいな…。

勝手にそうイメージしていた。


ほんとは互いに仲良しネチョリンコン?

いやいや、考えようによっては

こういう覚醒者はえてして似通った部分があり

その崇高さ、立ち位置の高さから、引き合うのは当然かもしれない…。


しかし、私は思ってしまった。

「組合じゃん!」

…うちら、この人たちの収入のために乗せられてただけ?


ほほぅ…やるねぇ…と思った時、すべてが吹き飛んだ。

その日のうちに膨大な本とあらゆるグッズを廃棄…現在に至る。


☆本を読み漁っていた頃…~2008

      金運変わらず。

      しかし、ごくたま~に思わぬ収入があったり

      良いことがあると、本のおかげと思い込みたい。


☆秘密に気付き、本を捨てた後…2008~

      金運急上昇。

      本代とグッズ代が不要になったため。      

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ひなまつり…愛のもつれ

2009年02月24日 12時17分48秒 | みりこん童話のやかた
妹の家には女の子がいるので、ひな人形がある。

飾られると見に行っていた時期があった。


当時5才の姪と二人で部屋にこもり

美しい人形を愛でつつ人生について語り合う。

「じゃあ、おばちゃまは、それでよかったと思うわけね」

「そうなのよ~。でも、間違ってるかも~」

どっちが大人かわからん。


話題がひな人形になり

私は乏しくも怪しい知識をひけらかす。

「三人官女は姉妹なんだよ。

 真ん中の人をごらん…歯が黒いベ?」

「アァッ!本当だっ!」


得意満面の私。

「へっへっへ。お菓子の食べ過ぎだで…」

「おばちゃま、それは違うと思うわ。何か意味があるのよ」


えらいなぁ!よくわかったなぁ!とほめそやし

既婚者のお歯黒だと教えてやる。

マユ毛をそり落としてるのもそうだと言うと

姪…思いのほか大感動。


「しか~し!

 この人は、下にいる左大臣の奥さんなんだけど

 実はずっと前からお内裏様の彼女なんだ…」

「結婚してるのに?」

「不倫ていうやつさ」


…この人の隣にいる妹は、最近お内裏様と親しくなった。

しかしその頃にはもう彼の結婚が決まっていたので

泣く泣く介添人となって下に並ぶ。

反対側にいる妹は、真ん中の夫である左大臣の愛人。


「これじゃあ、姫様、お嫁に来てもろくなことは無いわい」

「喧嘩する?おばちゃま、喧嘩する?」

「夜になったら、こっそり仲良くしたり喧嘩したり

 してるかもよ~」

「きゃ~!すごい!」

姪は手を叩いて喜ぶ。


その時である。

ふすまが開いて、鬼のような顔をした妹が立っていた。

「ねえちゃんっ!変なこと教えるなっ!

 あんたの家とは違うんだっ!!」


             すんませ~ん。



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受難

2009年02月23日 08時33分16秒 | みりこんぐらし
韓流…ひところは大変な人気だったよな。

私の回りにもフリーク続出。

テーマ曲を聴くだけで、涙を浮かべる者すらいた。


熱狂するほどではなかったが

ストーリーの根底にある「男の誠実」は

その方面に恵まれていない身の上としては

なかなか気持ちの良いものであったと記憶する。


家族の死で元気のない友人に、これらのドラマを勧めてみる。

看病でテレビどころでは無かったので、彼女は韓流を知らなかった。


「継母にいじめられてさ~、シンデレラとマッチ売りの少女を

 足したみたいな感じの女の子なのよ~。

 そんでさ~、変わり者のお兄さんがいてさ~  

 幼なじみで大金持ちの彼がいるんだけど~

 行き違いばっかりで、約束してもなかなか会えないわけ~。

 あ、彼は、おともを引き連れてデパートの中を練り歩くのが仕事。

 海で足濡らしながらピアノ弾くのが趣味みたい~。 

 そんでね~、なにかっちゅうとすぐ誰かが車にひかれるの~。

 そうでなければ記憶喪失か不治の病ね」


数日後、彼女から厳重な抗議を受ける。

「ちょっとっ!あんたの話聞いて、コメディかと思って見たじゃんかよっ!

 悲しくて美しいラブストーリーじゃないのっ!

 泣いちゃったわよっ! 

 あんた、なんちゅう頭してんのよっ!」

   
しかし、それ以来彼女はすっかりハマッてしまった。

心の傷のほうも癒えたようだ。

よかった、よかった。


ちなみにこの話は「天国の階段」である。



今放映中なのは「ファン・ジニ」

「すごく頑張り屋の芸者なんだけど~

 いつも男が原因で周りの女に嫌われてんのよ~。

 本人にその気があっても無くても

 ほんの子供からおじさんまで、みんなが好きになっちゃうの。 

 でも主役より、脇役のほうが美人の不思議なドラマ。

 夢は鶴になることらしい」


そう人に話していて、あの彼女からパコーンとぶたれる。
 
「動物村かっ!」

やれやれ…。
 

   
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ミチとの遭遇

2009年02月21日 13時17分53秒 | みりこんぐらし
日曜日に家族揃って買い物するのが夢だった頃がある。

長年憧れ続け、求め続けたものは

その必要性を失った時から

イヤというほど恵まれることになるらしい。


      「パパ、あれ買って」

      「ママ、これがおいしそうだよ」

      「待て待て、走ったら転ぶぞ」

      「今夜は何が食べたい?」

           あはは…おほほ…。

1人4役。あ~ばからし。



仕事を辞めてから、日曜日の過ごし方に困る。

今までは休みじゃなかったのだ。

あってせいぜい月1回。


成長した子供たちは、遊びに忙しい。

親なんかかまってくれはしない。

よって、今まで長時間一緒に過ごしたことのない夫婦が

朝から家に取り残される。


お互い息をひそめ、相手が出かけるのをひたすら待つ。

しかし、浮世を忘れて放蕩の限りを尽くした男と

働き詰めで休むことに慣れてない女に

そうそう世間からお呼びはかからない。


見せかけの平和を保つため

そして気まずい休日を早く終わらせるため

どちらからともなく苦肉の策を施行する。

…買い物だ。

その日は検討の結果、町内のスーパーへ行くことになった。


店に入ると、30代後半のお派手な女性が近づいて来た。

付けてないのは鼻輪だけ…といったあんばいで飾り立てているのが

いっそすがすがしい。


「あら~!お久しぶり」

口ではそう言いながら

ちっともなつかしそうじゃない、仇に会ったような目つきで夫のみを凝視。

「お買い物?」

見りゃわかるだろうに、とげとげしい口ぶりで聞く。


     「どなた?」

わざと夫をつついて、にこやかにたずねる。

「…○○病院の先生の奥さん…」

夫は冷静を装って紹介する。


「○島ミチです」

女は歪んだ笑みを作って肩を揺らし、フルネームを名乗る。

わかってるくせに…と言いたいようだが

申し訳ない…知りません。



こいつ、絶対元ヤンだ…。

前髪の立ち上げの割りに、後頭部の盛りが少ないのが目印。

更正して玉の輿ってところか。

女も無言で私を上から下まで見る。


軽く会釈してその場を離れる。

微妙な間を置いて、夫が付いて来た。


買い物を済ませてレジに並ぶが

一緒に並んだ夫はソワソワと落ち着かない。

長身を利用して、商品棚のあちこちに目を配っている。


我々の後ろに人が並んだ瞬間

「ちょっと欲しいものがあるから…」

などとゴニョゴニョつぶやき

夫は脱兎のごとく乾物売り場の方向へ向かう。

不自然きわまりない。

後ろに人が並んで、私が動けなくなる瞬間を待っていたらしい。


レジが空いて、私の番になった頃

夫は走って戻って来た。

日高産ダシ昆布を手に…。


あのミチ夫人に、何かのっぴきならない用があったのだろう。

乾物売り場に行ったからには

何か手にして戻らなければ怪しまれると思ったようだ。

その努力は認めてやろう。


夫のTシャツの首が、びろんと伸びている。

強くつかまれたらしいシワも残っている。

プププ…ひそかにほくそ笑む私。

二人は以前にナンカあったらしいが

さっきの乾物売り場でもいろいろあったらしい。


そのまま何事もなく帰宅。

もちろん、何も聞かない。

私はヤサシイのだ。



買って来た物を冷蔵庫に入れる。

そしてにっこりと微笑み、夫にダシ昆布を手渡す。

「欲しかったんでしょ?召し上がれ」

こうして二人の日曜日は暮れてゆく。
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霊…あなたの知っても知らなくてもいい世界・2

2009年02月20日 11時54分22秒 | みりこんぐらし
死んだ者より生きてる人間のほうがよっぽど怖い。

幽霊も感じのいいものではないが

そんなものより恐ろしい目に遭ったことがある。


暗い早朝、いつものように厨房の建物に入ってドアを閉めた…

つもりだった。

しかし、ドアが閉まらない。

振り返って外を見ると、何者かがドアを開けようとしているのだ。


ドアは上半分がガラス張りである。

ほの暗い門灯に照らされて浮かび上がったのは、見知らぬ中年男性。


駐車場からここまで、まったく何の気配も無かった。

たった今、降って湧いたようにそこに立っているのが恐ろしかった。


私は閉めようと中から引っ張る。

向こうは開けようと外から引っ張る。

両者無言。

私は足を突っ張り、両手に全身の力をこめる。

向こうもすごい力だ。



呼べど叫べど誰も来ないことはわかっている敷地のはずれ。

何かご用ですか?と声をかければいいのかもしれないが

しかし、その余裕が無い。

なぜなら、相手が見事に無表情だから。


口元がわずかに微笑んでいるようにも見える。

強烈な力でドアをこじ開けようとしていながら

歯を食いしばるでもなく

目つきや頬に緊張が見られるわけでもなく

顔が平静すぎるのが不気味だった。


無言の引っ張り合いはしばらく続き

やがてあきらめたのか、ふいにドアノブが軽くなった。

私は急いでロックする。

男はガラス越しにニヤリと笑って、立ち去った。

立ち去ったというのは、姿が視界から消えたという意味である。

ドアを開けて行方を確かめる勇気は無かった。


恐怖に打ち震える暇もなく、仕事にかかる。

帰りに見ると、ドアノブは引っ張りすぎてグラグラになっていた。


生きた人間のほうが怖いと言ったが

今となってはあれが人間だったかどうかもよくわからない。

変質者でもなんでもいいから、人間でありますように!



さて、退職する少し前、車を点検に出していた私を

夫が迎えに来てくれたことがあった。

その日は忙しく、20分ほど待たせてしまった。


帰りながら夫は言った。

「…いくら患者が多くても、ここのやりかたはどうかと思うよ。

 古いプレハブにいっぱい押し込んでさ」 

「…?」

「同じ入院でも、きれいな病室のほうがいいね。料金は一緒なんだろ?」

「…???」

「オレが車を停めてたとこ。

 おじいさんやおばあさんがいっぱいいて

 窓からジロジロずっと見られてた。

 年寄りってのは、なんだな…ヒマでしょうがないんだな」

でも…と、夫は言う。

「あんなボロいプレハブに入れられて、よく文句言わないよな。

 オレならよそへ行くね」 



…私は一瞬夫に話すことをためらった。

臆病なこいつに本当のことを言ったら

次には迎えに来てくれなくなるかもしれない。

電車の無い時間に始まる、遅刻も欠勤も許されない仕事…

何かあった時のために、アシはキープしておく必要があるのだ。

でも、反応が楽しみで我慢できなかったのでしゃべってしまった。


「あのボロボロハウスはね、昔の霊安室だから誰もいないよ。

 使ってなくても、一応基準がいるから壊せないんだよ」

「…」


文句なんか言うもんか。

この世の人ではないんだから。

わたしゃ、あそこの近くには絶対車停めないもんね~。


その日はちょうど病院の伝統行事「慰霊祭」だったことも申し添えておこう。

年に一度、病院で亡くなった人たちの魂をおなぐさめするのだ。

厨房のほうも、朝から何かと騒がしかった。

なぐさめられると、やっぱり嬉しいんだ…とあらためて思った次第である。





 
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霊…あなたの知っても知らなくてもいい世界

2009年02月19日 09時49分11秒 | みりこんぐらし
ご存じのとおり(知らんか)私は一時期

調理師免許欲しさに、とある病院の厨房に勤めていた。

人手不足で思わぬ長居をしている間に、さまざまな体験をした。

というより、繰り返し体験することで

それらの存在を認識するコツをつかんだというほうが正しいのかも知れない。

しかしそのことについて、何の感慨も無いことだけは明記しておく。


厨房の朝は早い。

早出シフトの時は、午前6時には出勤し、ひとけの無い厨房の建物に入る。

夏はいいが、冬はまだ暗い。

7時に出勤する者が来るまで一人だ。


そういうし~んとした時に何か来るか…といえば、案外そうでもないのだ。

朝食の準備はもちろん、同時進行で始業の準備をする。

そのかたわらで、夜間に入った救急患者の食事対応や

前夜に変更された食種、検査の有無などの事務処理に忙しい。

入った途端に全力疾走なのだ。

とても「何か」の相手をしているヒマは無い。


それでもガスや電気の元がある栄養士の部屋に入ると

エレベーターでフッと下がる時のような違和感をおぼえることがある。

何かが自分の体を通り抜けたような感触だ。

ドブのようなニオイがプ~ンと漂ってくることもある。

その3畳ほどのガラス張りの小部屋で一部分だけ

気温が異様に低い箇所があるのを感じることがある。

しかし、そんな現象にいちいち気を止めてはいられない。

わたしゃ忙しいんじゃ。


はっきりした違和感を感じるのは、たいてい土日の午後。

診察で入院が決まるコースが無く

患者より人数の多い職員が休みなので

我々も戦争のような昼食どきから解放され、静かな時間が流れる。


そんな時、病棟へ続く大きなドアを外から遠慮がちにノックする者がいる。

返事をして出て見ると誰もいない。

ただ一直線に、暗く長い廊下が続いている。

ノックしておいて隠れる場所も無いし

看護師にそんなヒマは無く

年寄りの病人ばかりのところで、そんな元気のある者はいない。


このノックは何度も繰り返される。

言葉は聞き取れないが弱々しい声が聞こえる時もあるし

時にはスリッパでパタパタと厨房を歩き回る音や

書類をパラパラめくるような音もする。

恐怖は無い。

めんどくさい。

「今、忙しいから後でね~」

と言っておく。

働きもしないくせに、土日だけの気まぐれ出勤なんて生意気というものだ。



看護師の中には、自称霊感とやらが強い人もいる。

夜になると「塩をください」と厨房に来ることがある。

そういう日は、死亡退院があった日だ。

長患いの末に亡くなった女性…というパターンが多い。

遺体と一緒に帰宅せず、まだ病院にいるらしい。


そういうものが見える人が医療に従事するのは

まことに大変なことだと思う。

私なら辞める。

ある程度地位のある男性だったので、我慢するしかないのだろうか。

金はすべてを解決するらしい。

頻繁に塩がいるなら、あらかじめ自分で用意しておけばいいものを

わざわざはるばる厨房に来る精神。

塩を買うのが惜しいのか、霊感があることを知ってほしいのか。

それとも厨房の塩でないといけない理由があるのか。

私には理解しかねる。


ある時、例のごとく彼から塩を所望された。

普段は腰痛を理由に厨房には入らない怠け者の管理栄養士が

ちょうど用があって近くにいた。

厨房のことをよく知らない彼女は

間違えて、塩と酷似した顆粒状の増粘剤を渡した。

流動食に混ぜてとろみを出すやつだ。


数分後、彼は再び厨房にやって来た。

「悪いけど、もう一回ください。さっきのじゃ、足りなかったみたい」

彼は、最初に渡されたのが塩であると信じ込んでいた。

我々はその時やっと、渡したのが塩でなく増粘剤だったことに気付く。

仕事に無関係とはいえ、こういう凡ミスが発覚すると信用が無くなるので

一同へへへ…と笑ってごまかす。

後で、塩はやっぱりその方面のかたがたに効果があるのだ…と言い合った。



何かがいる…という事実よりも

私はその時のメンバーによって現象の有無、または強弱があることに注目した。


離婚の傷を長年引きずり、別れた旦那の悪口で明け暮れる同僚

自称霊感があり、愚痴が日常会話の同僚

たいていこの二人のどちらかとペアでいる時だ。


不倫がやめられずハイミスになった管理栄養士と

誹謗中傷が趣味の栄養士が二人でこもり

一日中おやつを食べながら陰口の花を咲かせる小部屋もしかり。


もしや「何か」にとって

好ましく居心地の良い舞台背景があるのではなかろうか?

それは、心の持ちように関係するのではなかろうか?

もちろん共に体験する私の心も、それらと同じ土俵上にあるのは間違いない。


「見える」人には、あらかじめおことわりしておく。

私のいた病院だけのことです。

見える人のココロネを非難するものではありません。
                 

                 (続く)
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デブの研究

2009年02月17日 17時13分48秒 | みりこんぐらし
最近凝ってること…ストーン加工のフライパンで煮物。

熱効率が良くて、仕上がりがきれい。

しかもおいしいんじゃ。


で、今日のテーマは、最近発見したこと。

そ、出だしと何の脈絡もありませんです。


いったい何を発見したか…それは…

「デブの家のグラスは大きい!」ジャジャ~ン!


私は決してやせてはいません。

今はデブというほどではありませんが、確かな骨太です。


ミニスカートが流行った頃…ツィギーほどの昔ではありませんよ…

車の後部座席に知人の女性と並んで座りました。

その頃は私もまだ若さというものがあり

骨太の上に肉やアブラミがたくさんついていて

まぁ…はっきり言ってデブでした。

独身の頃は、ガリコだったんですが、出産のたびに増量したのです。


隣の人とヒザくっつけて車に揺られていると

なんだか自分のヒザに違和感が…。

そう、隣の人と、私のヒザの大きさがひどく違うのに気付きました。

大人と子供、マウンテンゴリラと子猿くらいの差です。

ヒザと一口に言うけど、サラからして直径が違うわけです。

大きいほうが、断然かわいくない。

これに肉がついたら、なおさらかわいくない。

ん~…むしろ醜い。


そこからデブの研究が開始されました。

雨の日も風の日も、デブを観察し続け

苦節20年…私はとうとう発見したのであります。

デブとヤセの分かれ道を!


一緒に食事をしたらわかります。

デブは食事と共に大量の水分を欲しがります。

食べ物を口に入れたら、そしゃくもそこそこに飲み物で流し込みます。

それはさながら、口中水洗。


噛まないと、満腹中枢とやらが信号をうんぬん…と

なにやら難しいことがあるようですが、そこはしろうとなので省略。

食べ物をたくさん胃の中に収納するためには

できるだけ噛まないことが要求されるのです。

当然カロリーオーバーになります。


私はデブだったからわかるのですが

デブがもっとも怖れおののくのは、空腹です。

太ると血糖値にも問題が生じるらしく、腹が減ると気分が悪くなるのです。

その気分の悪さは、形容し難いほど不快なもので

それが怖くてひたすら食べ続けることになります。

あの不快感がしばらくやってこないよう、量が必要です。

満腹の苦しさも、空腹の気持ち悪さに比べたらかわいいもんです。


食事中に水分をとるのはお行儀が悪いと言われて育ちました。

しかし、そんなきれいごとは言っていられません。


まず、箸やスプーンにすくうひと口分からして多い。

このひと口分の容量は、体型に比例。

ブルドーザーみたいに、口工場に運搬。

口いっぱいに含んで粉砕作業。

しかしデブには根気がありません。

根気がないから太るのか、太ると根気がなくなるのかは不明ですが

口に詰め込んだはいいものの、それを充分にそしゃくする根気が無いのです。

そこで水洗。


ここにも特徴が…。

食事中にデブの使っているグラスは、高確率でフチが汚れます。

まだ食べ物が口の中で踊っている最中に飲むからです。


よって、デブの家のグラスは大きいという結論に達したのでありますっ!


かなり前のことですが、和田アキコと中山美穂が

番組で何かを味見していました。

アッコは一瞬で食べ終え、うまいとかマズイとか批評が出来ましたが

美穂はそのコーナーが終わっても、まだモグモグしていました。

「早く飲み込めよ!」とアッコにせかされ

目を白黒させながら必死に飲み込もうとする美穂。

その姿は涙ぐましいほどでした。

この速度の差が、アッコと美穂の体型の差です。


そんな観察を続けていたら、自然にやせてきました。

デブを観察することで、ガマの油よろしく

そこにおのれの姿を見、嫌悪する結果となったのかもしれません。

めでたしめでたし。

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B子よ永遠に・2

2009年02月16日 12時02分57秒 | みりこんぐらし
やがてB子は捕獲された。

しかしその頃には、システム課の奮闘により

修正が終わっていたので、B子に事情聴取する必要はなくなっていた。


ボスは、一人で戻って来た。

「もう来れないとさ…」

あぁ…もうオレ、人間不信…

とつぶやきながら、ボスは机に突っ伏した。


「…オレはなぁ、枝ぶりのいい木を見ながらB子の家まで行ったさ。

 B子がぶら下がっていないか確かめながらさ。

 そしたらちょうど車で戻って来やがった。

 缶チューハイ飲みながら。

 ハローワーク行って来たんだと。

 もうクビだろうから、新しい仕事を探しに行ったそうな。

 ケロッとしてやんの」


B子はそのまま出社することなく退職した。

私はB子の退社手続きをし

慢性下痢症でう○こ汁の飛び散った彼女の制服を本社に内緒で捨てた。



何ヶ月か後に、B子から会社あての手紙が来た。


  ”○○支社の皆様

  その節はご迷惑をおかけしました。

  B子は今、アルコール中毒のリハビリ施設にいます。

  前から決まっていたのですが

  会社で働いていたので、入りたくても入れませんでした。

  リハビリをして、社会復帰のために頑張っています。

  それではさようなら”





それから8年の歳月が流れた。

私は会社を辞め、病院の厨房で働いていた。


通勤の途中で、何度もB子を見かけるようになる。

道路沿いにある、小さな美容室だ。

そういえばB子から聞いたことがある。

そこはB子の叔母が経営する美容室だった。


過去を忘れやすい私は、つい懐かしくなって車を止め、声をかけた。

       「…B子?」

「あ、みりこんちゃん~!」


叔母さんが亡くなったので、空いた店を任されているそうだ。

一人で店をやるかたわら、月何万かの契約で

残された叔父の食事の世話をしているとも言った。

美容室はついでで、そっちがメインらしい。


「でもお客さんが来なくて、任せてくれたイトコに肩身が狭いの」

       「よっしゃ、行っちゃる」

ここが私のバカなところ。

前にダメだったやつは、時間が経ってもダメなのだ。

ダメというのは、その人間がダメというのではなく

私にとって良い結果をもたらさない相性という意味である。


良い相性であれば、最初の出会いからして良いものだ。

明るい気持ちになるし、会った後も爽やかな気分が持続する。

夫で失敗しているのだから

せめてアカの他人には気を付けたいものを

わざわざ自分から近づいて行って、砂を噛む。


最初はB子もかわいげがあった。

「来てくれてありがとう。ほんとに私がカットさせてもらってもいいの?」

などといじらしいことを言う。


一人前になり、結婚した息子のこと

8才年下の彼と同棲中のことなどを楽しそうに語ってくれた。


しかし、やはりB子はB子。

2回3回と通ううちに、だんだんと本来のB子に戻っていく。


頭の形が悪いから型が決まらないと文句を言う。

私の頭が、目の後ろがすぐ後頭部という呪われた形状であることは認める。

ヘタな美容師は、たいていそれを口にする。

腕のいい者は、絶対に言わない。


行けばアイスを食べていて、食べ終わるまで待てと言う。

カットの途中でタバコを吸う。

慣れと甘え、それがB子の社会生活を困難なものにしている。


ここらでいい加減見限ればいいものを私も意地になる。

律儀に通ううち、B子はさらに増長する。

「みりこんちゃんはただのパート、B子は一国一城の主…

 立場が逆転したねぇ」

      「そうだねぇ、B子はえらいねぇ」

「まあね。今じゃセンセイと呼ばれる身分だしねぇ」


B子はいたって無邪気だ。

小さい頃からほめられ慣れてない人間は

謙遜の美徳を知らないので、どこまでも登っていく。

その頃には、私は病院でB子と似たタイプの同僚ドルジに手を焼いていたから

その習性は熟知していた。

どこまでも登らせるのは面白いが、勘違いしたまま上書き不能なので

後が厄介なのもこの種の特徴である。



B子は15才で子供を生んだ。

昔気質の親に家を追い出され、子供の父親とも別れ

職業安定所(当時)系列の母子寮に入った。

そこでは何か職業訓練をするのが決まりだそうで、B子は美容学校を選んだ。

じきに許されて実家に帰ったが、元々体が弱かったので

その美容室の叔母の計らいで免許を取ってからは入退院を繰り返しており

初めてまともに働いたのがここだと、当時話していた。

その時

「B子の最終学歴は専門学校卒だから、高卒のみりこんさんより上かも~」

と言っていたのを思い出した。


       「ほんとだ~。B子はすごいねぇ」

「そうです~。B子は本当はエライんです~」

と言って、課長にぶんなぐられていた。

脳天気な外見とは裏腹に、意外と負けず嫌いなのもこのタイプの特徴である。



ある日、美容室に行ってみると、いつになく先客がいた。

初めて見る、私以外の客だ。

B子先生は集中し、こちらを振り向くこともなく言った。

「今日は、ちょっと無理だねぇ」

すごい…この高飛車…ひところのカリスマ美容師みたいじゃん…。

その客に精一杯いい格好を演じているのがわかった。


ほどなく、店は閉じられた。

世話をしていた叔父さんが亡くなったので、もう用が無くなったのだ。

一国一城の主、終了。



それきりB子を見ることはなかった。

肋骨にはめたコルセットを見せてくれ

「折れたのは今年これで6本目。新記録」と自慢?していたが

またどこか折れているんじゃなかろうか…と思う。


まぁ、B子に惚れ抜いている(B子談)という年下の彼が

なんとかしてくれるだろうとも思う。

元気でいてほしいが、多分長生きはできないようにも思う。


どっちにしても、もう近づくまい、と心に誓った私である。
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B子よ永遠に

2009年02月14日 18時17分48秒 | みりこんぐらし
会社勤めをしていた頃、B子という面白いコが入社した。


前歴が美容師で事務の経験が無く

なにより見た目が怪しかったので、面接した時には落とすつもりだった。

しかし、ボスが気に入ってしまった。

「…息子を抱えて女手ひとつで頑張ってます…。

 泣かせるじゃないか~」

履歴書を読み上げながら、のんきなことを言う。


履歴書にそんなことを平気で書くやつほど要注意なのだ。

家族欄を見ればわかることを強調し

同情を引こうとするのは甘えである。


       「たくさん来たのに、よりによって…」

「パソコンも得意と言うし、一人くらい変種がいてもいいだろう」

ボスは完全に遊んでいた。

       「…知らないよ」

「大丈夫、大丈夫~。人助け、人助け」

坊ちゃんというのは、これだから困る。
       

仕事が始まると、B子はパソコンにさわったことがないと判明した。

        「得意だって言ったじゃん」

「覚えたら得意になるつもりでしたよ。

 まさか採用されるとは思わなかったんで…」


それはまだいい。

タバコが主食だと主張するB子は、10分に1回は喫煙室へ通うので

ほとんど席におらず、仕事にならない。

いい加減にしろと言うと

「タバコが無いと、イライラして覚えられないんです」


ボスは、B子に哀願されて

仕事を覚えるまでは席で吸うことをうっかり許可してしまい

女子社員に締め上げられる。

私はタバコをふかすB子様の横で、仕事を教えさせていただく。

撤回させるより、このほうが面白い。


誰に怒られようが怒鳴られようが、どこ吹く風。

悪意があるわけでもなく、ごく自然体なのがかえって怒りを倍増させる。

返事だけ、ハイ、ハイ、とやたら元気。

こういうタイプは、怒られ、さげすまれ慣れている。

とりあえずその場を終わらせるためには

元気の良い返事が一番効果的だということを

体で知っているのだ。


そのうち歓迎の宴会があった。

そこでB子が隣に座る男性社員のエビ天を奪ったことから口論となり

やがて流血の乱闘に発展。


     「あんた、タバコが主食って言ったじゃない」

「エビ天が副食なんです」

座敷から突き飛ばされて、たたきへ転げ落ち

頭から血を流しながらB子は言った。


血を拭いてやりながら言い聞かせる。

      「だまって人のものを盗らないのよ。

       欲しかったらいくらでも頼んであげるから」

「本当ですか?」

B子の目が輝く。

「そうだよ。僕だってあげないわけじゃないんだ。

 横からかっぱらうから、ムッとしただけだよ」


B子はすでにそんなことは聞いてない。

「エビ天10本追加~!」

と注文していた。 

ボスは大喜びだ。

「やっぱりオレの目に狂いはなかった!」



腹の立つことや、脱力することはさんざんあったが

それでも1年ほどすると、B子は仕事を覚えてきた。

電話の相手を怒らせたり

営業マンを奈落の底に突き落とす豪快なミスにも

すでに全員が慣れた。


それでも、誰よりも早く出社してブラインドを開けたり

パソコンの起動をしておいてくれる。

少しでも役に立とうとする気持ちがうれしいではないか。


そう、10年ほど前までは、本社のコンピューターとつなげるため

始業前にそんな作業が必要だったのだ。


ある朝、出勤すると、ボスが立ち尽くしていた。

プリンターから、印刷された用紙がどんどこ出て来て

事務所の床は紙の海だ。


    「なにやってんのよ。止めてよ!」

「止まらないんだ…」

    「なんで?」


3台のプリンターには昨日用紙をたっぷり補充して帰ったので

ありったけプリントする気らしい。

用紙を取り除いたら止まった。


「これ…見て…」

顔面蒼白のボスは一枚の紙切れを渡した。



   ”会社の皆様へ”

B子の字だ。

  ”B子は大変なことをしてしまいました。

   もう皆さんに合わせる顔がありません。

   死んでおわびします。さがさないでください”


調べたら、メインのパソコンに今日の日付を入れて起動させるところを      

B子は西暦を10年間違えて入力していた。

10年前からのデータが出始め、慌てたB子はあちこちつついて

わけがわからなくなってしまったようだ。


本社のシステム課へ連絡して修正を頼んだが

無茶苦茶なことをしているので

本人に何をしたか聞かないと復旧は難しいと言う。

昔のオンラインは、こんなにややこしかったんですよ。


本社から厳命が下った。

「絶対に連れ戻せ」

ボスは頭を抱える。

「あぁ~、オレ、始末書だぁ」

    「早くさがしてよ。自殺でもされたら、始末書じゃすまないと思うよ」


               (続く)  
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愛の組体操

2009年02月12日 13時52分21秒 | みりこんぐらし

お気に入りのスーパー。

品物が…高い、古い、少ない…3拍子揃っている。


行くとまず、店員の女性を探索。

子供の友達のお母さんだ。

店内の商品管理がお仕事。



今日も頑張って商品棚を整理している。

やがてそこへ、いつものように雇われ店長(妻帯者)接近。



彼女はおもむろにしゃがみ、下段の前進陳列を開始。

店長、しゃがんだ彼女をごくナチュラルにまたぐ。

両足を彼女の体に密着させ

厳しい視線で上の棚をチェ~ック。



     出たっ!!


         秘技!!

            
            愛の組体操!!




両者、しばらくそのままの姿勢を保つ。

そしてその体勢のまま、息をピッタリと合わせ

徐々に横へ平行移動していく大ワザ!

技術点、芸術点、ともに高得点で自己ベスト更新。



こんなにすごい技を繰り出しているのに

二人とも無言、無表情なところがすばらしい。

…極めし者、静かなり。



うっほうっほ!今日も見れた♪

大満足で帰途につく。


     去年、その店は閉店してしまった。残念!



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ばんめし

2009年02月10日 16時57分03秒 | みりこんぐらし
                ロール白菜


キャベツよりさっぱりしてて好き。

しかも簡単なのじゃ。

あつあつの煮込み料理もそろそろ食べ納めなので、作ってみました。


うちはトマト味じゃなくてコンソメしょうゆ。

早朝か前日に作成し、放置するのがコツ。


中味…タネっていうのけ?…はいずれ

弁当のハンバーグやスコッチエッグに使うので

残して冷凍してます。


料理、うまくはないけど結構好きです。

亭主はエサで釣れ…あれ、ウソだと思いますね。

釣れませんでしたよ。わっはっは。

…ハッ!!味に問題が?!
   
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シルブ・プレ

2009年02月09日 22時10分52秒 | みりこんぐらし
同級生のMちゃん。

職業、医師。

家も近所だったが

邸宅の端っこに位置する彼女の部屋は

ウナギの寝床の我が家のしっぽにある私の部屋とさらに近い。

したがって仲が良かった。


夜になると、Mちゃんのパパは

私の部屋に遅くまで電灯がついているのを確認しては

叱咤激励したそうだ。

「みりこんちゃんはまだ勉強してる。おまえも負けずに頑張れ」

Mちゃんは、負けるものか…と思い、頑張ったのだといまだに言う。


しかし、実のところ私はいつもスイッチを消し忘れて寝ていただけ。

もしくはマンガを読んでいた。

その差は如実に表われ、今がある。

しかたがないので、彼女を医師にしたのは私だという自負に酔う。


Mちゃんはやがて、同業者と結婚した。

しかし出産後、体調を崩し、それ以来言動が変わった。

それが原因で離婚し、子供は父親が引き取った。


Mちゃんは実家に帰り、体調のいい時はパパの医院を手伝う。

そして調子の良くない時は、男女問わず同級生に電話をするようになった。

最初は、進学塾で共に勉学に励んだ精鋭たちのところだった。

しかし、なにしろ精鋭なので、仕事に忙しい。

いつもMちゃんの相手をしていられない。


そこでMちゃんは、我々雑魚(ザコ)にも電話をしてくるようになった。

昼夜問わず一方的に話し続けるMちゃんの気が済むまでつきあうのが

その日Mちゃんに選ばれし者の使命である。


ある日、いつになく困惑した様子でMちゃんは言った。

「フランス料理を予約していたんだけど

 友達が急に来られなくなったの。代わりに来てもらえない?」


二つ返事で行くことにする。 

代わりだろうが補欠だろうが、かまいませんとも。

いつも「苦しい、苦しい」と言っていたMちゃんが

外で食事ができるほど回復したのはめでたいこと。


レストランのある駅で落ち合うと、Mちゃんはさらりと言う。

「フレンチなんて、食べたことないだろうから

 喜ぶと思って誘ったのよ」


さっき電話してきたのとは、すでに違う人になってるわけ。

これくらいでムッとしていては、我々同級生の会には入会できないのじゃ。

入る気はないって?ははは。

ちなみに、もちろん割り勘です。


食事が終わると、Mちゃんはバッグからおもむろに葉書を取り出した。

「娘が小学校を卒業するの。

 お祝いのメッセージを送りたいんだけど

 私からのものは捨てられてしまうから

 あなたの名前で書いてくれないかな…」

        「いいよ。何て書く?おめでとう?」

母親の名前でダメなら、見ず知らずの他人の名前だともっとダメだろ…

と思うが、このさい気にしない。


「うん。それから…」

Mちゃんはニヤリと笑って言った。

「卒業式には紫のハカマをはいてほしいと書いて…」


      「そういう習慣の学校?」

「ううん、普通の公立。

 でも、あの子には紫のハカマをはいて出席してもらいたいの」

      「…なんで?」

「そうしなきゃいけないの。あの子は神の子なの。

 天が…私にそう告げたのよ」

      「て…天が…?」

Mちゃんは、うっとりと空間を見つめた。


      「Mちゃん、一人だけ変わった格好させるのかわいそうだよ」

「どうしてもそうしなきゃならないのよ。

 あの子には、その使命があるの。

 みんなの前で神の子を名乗る使命…」
       
      「今からハカマあつらえたって、卒業式には間に合わないよ。

       神の子に貸衣装ってわけにもいかないでしょ」

「それはそうだけど…」

    「あらかじめMちゃんがハカマを用意しておいてやればよかったのよ。

     はいてください、用意はそっちで…じゃあ、向こうは怒るよ」

神と紫のハカマにどういう関係があるのかわからないが

とにかく思いとどまらせるのに必死。


    「間に合わないんだから、また今度にしよう?ね?」

Mちゃんは黙って立ち上がった。


レジ係に

「BGMが悪い、アリアなんか聴きたくない!オルゴールにして!」

「メニューにもっとタマネギ料理を増やしてちょうだい!

 精神安定にいいんだから!」

とまくしたててから店を出る。



外に出ると、Mちゃんはスタスタと歩道を歩く。

暖かい日差しを浴びて、ニコニコしている。

時々、昔のMちゃんに戻る。

色白でお嬢さんお嬢さんした、フワフワなMちゃんに。


       「Mちゃ~ん、待って~」

「みりこんちゃ~ん、早く早く~」


私は泣きそうになる。

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ドラマチックアイランド

2009年02月08日 19時43分13秒 | みりこんぐらし
ちょっと前にグ○ムというところへ行ってみた。

みんなが行くというし、近いし…ってことで。

さびれてしまった地区もあるけど、確かにいいところだ。


ここでは連日さまざまなドラマが起こる。



         …同行のデブだけに。


食事に行けば、ウェーターがウィンク。

「またぜひ会いに来てほしい」

と小さな花束と電話番号を渡す。

さっきテーブルに飾ってあったやつだ。


買い物に行けば、店員が話しかける。

「今夜、遊びに行こう」


ビーチでは、どこに泊まっているかと何人も聞く。

「ああ、もう、うるさくって」

勝ち誇った顔でちらりとこちらを見て

彼女は優雅な手つきで追い払う。


なんだ、これは。

なぜこいつだけがモテる。

ここはデブ好きの島なのかっ?


ショーを見ながらナイトクルージング。

ここでもウェーターが仕掛けてくる。

彼女のだけ、わざわざカラの皿を持って来る。

怒ってみせると、料理の横に花を一輪乗せた皿を持って来る。


デザートのアイスクリームには、彼女にだけ大きなおタマを渡す。

「ちょっと!何やってんのよ!」

「オー!なんたらかんたら!」

「早くスプーン持って来なさいよっ!」


次に持って来たのはフォーク。

しかも目の前で「フンッ!」と気合いを入れて柄を曲げる。

曲がるとガッツポーズ。

「何してんのよっ!私に恨みでもあるのっ!」

「オー!なんたら!」

やっとスプーンを持って来たかと思うと

「キミがすごく魅力的だったからさ…」

と至近距離でウィンク。

彼女…ぽ~~~。

「私、また絶対来る…。こっちは日本の男より、見る目があるみたい…」


もう、そこらへんで私は気付いていた。

これは島をあげてのサービスの一環ではないかと…。

本国で残念な人に優しくすれば、リピートが…

いや、よそう…私のやっかみかもしれない。

度重なるハプニングで、彼女、確実に綺麗になったし。



…私ですか?

ええ、日本でもここでも一緒ですよ。

よくオカマに間違えられますとも。



バスに乗ったら、運転手がやってくれましたよ。

「おまえは、ほんとは男だろう」

「女じゃ」

「いや、俺にはわかる。おまえは本当は男だ!オー!なんたらかんたら!」

ホテルに着くまでさんざんワーワー言ったあげく

バスを降りる時に引き留めて

「今夜、ここで待ってる。俺も本当はゲイなのさ」

というオチ。

この時、もしかしてこれはサービス?と思った。


デブには愛を…

長身の厚化粧にはゲイを…。

そんな思い出作りのマニュアルでもあるんだろうか。

都合悪いことは、英語でなく現地語で話してるしさ。


いやいや、彼らのサービス精神をありがたく受け止め

楽しまなくてはね。



帰国後、デブは、かの島でモテまくったことに加え

私がここでも何度かオカマに間違えられたことを言いふらしやがった。

慣れてるから、構わないけど。

フンだ。


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