殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…攻防戦・3

2021年02月24日 16時53分30秒 | シリーズ・現場はいま…
社員の佐藤君をご記憶だろうか。

現在50代半ばの彼は7〜8年前までの数年間、無職だった。

当時、同じダンプ乗りとして彼と顔見知りだった息子たちは

彼から就職の相談を受けてすぐに入社させた。


しかし彼には頭痛の持病があり、何度か仕事に穴を開けた。

入るまで誰も知らなかったが、本人が言うには突発性の頭痛で

いつ起こるかわからないのだそう。

ただ、何度か繰り返すうちに

行きたくない仕事先の時だけ、頭痛が起こることは把握した。

その仕事先とは、大変そうな難所。

それから仕事を転々として来た彼が

不義理をして辞めた会社と接触しそうな現場。

数年間の無職生活で、悪知恵が付いたのだと察する。


やがて3年前、佐藤君は本社の措置で別の支社に飛ばされた。

急な頭痛で休むことより、年に一度ある車検が原因だった。

彼は車検前と車検明けに有給を取り

通常3日か4日の車検休みを10日以上取る。

3ヶ月に一度の点検も、1日で済むところを

前後で有給を取り、1週間休む。

給料はこの業界には珍しく、月給制なので佐藤君は困らない。

職を転々とするうちに備わったずる賢さが

本社の逆鱗に触れたのだった。


ともあれ佐藤君が飛ばされた支社は扱う商品が違うので

乗る車の種類も運搬先もこちらとは別物。

そのため、昔の不義理相手に現場で出会う心配が無いからか

頭痛は発症せず順調だった。


けれども昨年の秋、こちらでは神田さんが退職して

オートマチックダンプの乗り手がいなくなった。

せっかく買ったダンプを放置して

上から怒られるのを恐れた永井営業部長と藤村は

12月に入って佐藤君を呼び戻した。


それ以来、彼の所属は支社のまま、こちらに出向している。

最初はシブシブだったが

馬力の面で劣るオートマチック車でやれる仕事は限定される。

楽な配達ばかりなので、本人は気に入った様子。

彼の好きな配達仕事…

その仕事では会いたくない人に遭遇する心配が無い…

以上の2点から、彼の頭痛は起きないのだった。


当時の佐藤君は、二度目の離婚をしたばかり。

若い頃に最初の離婚を経験した後

同窓会で再会したバツイチ子持ちの同級生と再婚し

相手の実家で生活するようになった。

舅や姑と暮らしながら何年も無職でいられたのは

二度目の奥さんが堅い職業だったのと

農家なので、やることがたくさんあったからだ。


やがて奥さんの娘が成長して結婚し

2人の間に生まれた娘も社会人になった。

そしたらいきなり離婚が訪れ、佐藤君は家を追い出された。


出向と離婚がほぼ同時に起こり

環境が激変した佐藤君を気遣った長男は

毎日、彼と二人で昼食に行った。

アパートを借りるよりは、と2百万の古家を買って

お金が無いとこぼす彼に、たびたび奢りもした。

独身の長男にできるのは、それくらいのことしか無いのだった。


…と、佐藤君の話を長々としたのは

この佐藤君が、藤村の手先になったからである。


夜勤明けの次男へ、藤村からの電話が止んだ翌日

佐藤君は真剣な表情で長男に言った。

「今度、藤村さんが配車をしなくなるじゃん。

松木さんは、それをマコト君(長男)にやらせる言うとるんよ。

でも気をつけた方がええよ。

チラッと聞いたんじゃけど、松木さんはマコト君に配車をやらせて

何かあったら責任を取らせて辞めさせるつもりじゃけん

引き受けたら危ないと思う。

あ、このことは黙っといてね」


佐藤君の口ぶりに藤村臭を感じた長男は

「あ、そうなん?」

で終了し、帰宅してから私に報告した。

「えらい!よう引っかからんかったね!」

私は長男を褒めちぎり

自分の行ってきた藤村講習が役に立ったことを嬉しく思った。


これは、藤村の罠だ。

その場にいない第三者の名前を出し

伝えられた者にとっては嬉しくないことを吹き込む…

この手口は、人間関係を悪化させるのに効率が良い。


本当に悪いのは、真偽が確かでない事柄を伝えた人間なのだが

言われた方はそれを忘れ、名前の出た第三者に注目してしまう。

自然にその人物を警戒するようになるし

それで2人の関係が悪くなれば良し、喧嘩に発展すればなお良し。

短気な長男が、いつものように腹を立て

「そんなら、わしゃ配車なんかやらん!」

なんて言ったら、まさに藤村の思うツボ。

「マコトに配車を任せるつもりでしたが、拒否されました。

当面は僕が続けて様子を見ます」

藤村は、本社にそう報告する。


これでOKが出れば、しめたもの。

会社組織、特に本社にとっての“当面”とは、無期限に等しい。

一度出されたOKが、なかなか覆らないのを藤村はよく知っている。

今まで、この手で食いつないで来たのだ。

あとは何が何でも居座って、大変だの忙しいだの言っていればいい。

できない営業をしなくてもいいし、癒着しているチャーターの会社から

リベートをもらい続けることができる。

こうして自分だけのために人間関係の糸を切り

揉ませるのは藤村の常套手段である。


藤村は、佐藤君にこう言ったはずだ。

「今までは俺が配車をしていたから

お前はオートマ車で楽な配達仕事ができた。

俺が配車をやらなくなったら、お前は別のダンプに移動させられて

現場仕事に行かされる。

いいか、俺がここに居られるように協力すれば

お前にはずっと楽な仕事をさせてやるし

いずれ昇進させて、マコトやヨシキより上にしてやる」

神田さんに言ったのと同じことを佐藤君に言って

彼の野心を刺激する。

藤村は、いつもワンパターンだ。


一方の佐藤君は、今やっている楽な配達仕事を続けたい。

藤村が配車から手を引いたら、嫌いな現場仕事に行かされるかもしれない。

マコト(長男)やヨシキ(次男)が配車をやるようになったら

自分は親しいだけに、嫌な現場でも断れない。

前もそうだった…。


配車権を手放したくない藤村と

今の楽な仕事を続けたい佐藤君の利害はここで一致。

藤村は苦手な長男に直接手を下さず

長男と親しい佐藤君を使うことにした。


佐藤君は、藤村に言われた通りを長男に伝える。

この役目は、小ずるい佐藤君にぴったりだ。

この経緯でおそらく、いや絶対に間違いない…

ゲス同士は、すぐくっつくものよ…

私は長男に説明した。


「一緒に昼ごはん、食べに行ったんよ?

それでも午後には変わるん?」

いきさつは理解したものの、長男は今ひとつ納得がいかない様子。

見た目は元気そうだが、内心は驚きと情けなさで凹んでいるのだろう。

「それがあんたの甘いところよ」

私は良い機会だと思い、彼に新しい教育を授けることにした。

《続く》
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現場はいま…攻防戦・2

2021年02月21日 09時37分23秒 | シリーズ・現場はいま…
愛媛行きが決まった当初は口数が減り

しょんぼりと事務所の私物を片付けていた藤村。

「大男が肩を落とした姿は、惨めじゃのう」

自分もそこそこの大男であることを忘れ、溜飲を下げる夫だった。


しかし転勤が白紙になると、藤村は途端に元通り。

その理由は、転勤話が消えた喜びだけではない。

「仕事の拠点を本社に移し、従来の営業職に戻って少しは数字を上げろ」

本社にそう言われたからである。


営業に戻れと言われるのは、藤村にとって死の宣告に等しい。

彼は配車が忙しいだの、仕入れの交渉だのと

実は全然大変じゃないのに大層な理由を付けながら

うちの夫や息子たちの無能をあげつらい

会社の運営に忙殺されるフリを続けてきた。

そうすれば苦手な営業から逃げられ、営業職と同じ給料をもらえるからだ。


嘘八百を並べ立て、会社の運営に執着していたのは

ひとえに成績の世界から逃げるため。

本社勤務に戻り、できない営業をやれと言われても

成果が上がらないのは目に見えている。

それを容赦なく責め立たられる日々が、藤村に耐えられるはずはない。

本社もそのことは承知の上で、暗に藤村の自主退職を促す措置だった。


彼が生き残る道は、誰が考えても残留しかない。

そこでヤツが何を考えたかというと

後でわかったのだが、人員削減。

夫、長男、次男の3人のうち、誰かを退職へと導くことであった。


この中の一人でも欠ければ、業務が滞るという

もっともらしい理由を付けることができ、藤村に残留の可能性が出てくる。

重機免許や大型免許の無い藤村がいたって、何の足しにもならないが

彼だけはそう信じていたようだ。


藤村が最初に着手したのは、夫だった。

年を取れば、健康上の問題が何かしら出てくるもので

夫は尿酸値が高め。

20年ほど前だったか、尿路結石で入院して以来

あの痛みを二度と味わいたくないということで、毎月の検査を続けている。


もちろん今月も行った。

何かの拍子にそれを知った藤村は

「深刻な持病を隠している様子なので、仕事の継続は不可能」

と、さも一大事のように本社へ報告したが、誰も取り合わなかった。

本社にはもう、彼と口をきく人間はいないのだ。

本社だけではない。

別の支社に勤めながら藤村の子分になっていた黒石も

今では藤村からの電話に出ず、全力で逃げ回っている。


ともあれ本社の人間から、自身の深刻な持病説を聞いた夫は

いつもの嫌がらせだと笑い飛ばした。

些細なことに尾ひれをつけて本社に言いつけるのは、彼の常套手段。

藤村と共に働いた5年間で慣れてしまった夫には

今さらたいしたことでもなかった。


夫の件が不発に終わると、藤村の魔手は次男に向けられた。

次男は今年に入ってから、ずっと夜間の仕事をしている。

早く終わる時が多くて目が楽だという理由から

次男は好んで夜勤仕事を取っているのだ。


藤村は以前から、夜勤明けの午前中に

しょうもない用件で次男に電話をかける癖があった。

午前中はやめてくれと何度も言ったが

忘れるのか、わざとなのか、いっこうにやめない。

それが今回は、回数が増えた。

朝の4時や5時に仕事を終えて帰宅し、寝入った7時や8時に

藤村は必ず電話をかけて次男を起こす。

次男は無視すればいいようなものの

万一急用だったら…と思って出る。

この業界、事故などの緊急事態を始め

工事の進捗状況や天候によって、時間や日程の変更がよくあるため

携帯の電源をオフにできないのが悩ましいところよ。


しかし藤村の用件はいつも、取るに足りない愚痴の類い。

早々に切り上げても、電話は二度、三度、四度と続く。

つまり次男を眠らせないのだ。

次男は最初、孤独で不安な藤村の胸中を思って我慢していたが

何日も続くので、このことを我々両親に話した。


同時に次男は、藤村の話す内容が変化してきたことも伝えた。

「お前にとってプラスになるかマイナスになるかわからんけど

とにかくお前の将来に関わる大事な話がある」

藤村は、もったいつけて話すそうだ。


藤村に将来を心配してもらわなくて結構だが、あんまりしつこいので

「じゃあ今日の午後、聞きに行きます」

と言うと、藤村は

「いや、今日は俺が忙しいから、再来週の土曜あたり」

と、ひどく先の日程を口にする。


また、ある時は

「お前は河野常務に目をつけられて、クビか左遷の候補になっている。

それをカバーしてやれるのは俺だけだ」

と言う。

クビか左遷はお前だろ…

次男は思うが、余計なことを言うと長くなるので言わない。

「僕は一生懸命働いてるから、どうなっても生きて行く自信がある。

いいから、ほっといて」

そう答える。


藤村は、河野常務と次男の関係を全く把握していない。

常務が次男をどれほど可愛がり、信頼しているかを知らないので

いい加減なことを吹き込むのだ。

藤村の言うことは嘘だとわかっているが

その嘘で安眠を妨害される日課に、いい気持ちはしない。

藤村は連日、手を変え品を変え、あれこれ言ってくるそうだが

これを夜勤明けにやられるのは拷問である。


ここで私は気づいた。

「次男を睡眠不足にして、事故を誘発させようとしている…」

考え過ぎと言われるかもしれないし

藤村に、そこまでの明確な悪意は無いかもしれない。

しかし結果的にそうなるよう仕向け

思い通りになったとしても、藤村の罪状として立証しにくいこの手口が

民族的な習性であることを数々の経験で知る私は

決して考え過ぎではないと確信している。


そこで改めて、家族に藤村講習を行った。

藤村は、アクシデントによって早急に誰かが欠ければ

管理の人手が足りないということで、自分に残留の目が出ると踏んでいる…

始めに夫、今度は次男となると、次に狙われるのは長男だ…

さりげない攻撃を仕掛け

仕事を続けられない状況に持ち込もうとするだろう…

常に冷静に…ゆめゆめ油断はするな…。


次男の話を聞き、私の講習を受講した夫は

もう電話をかけないよう、藤村に厳しく言い渡した。

夜勤をしたことが無いから、朝の電話がどれほどつらいか

あんたは知らないのだ…

どうしても次男に用があれば、自分が聞いて伝える…

守れないなら、パワハラで訴える…

これで藤村の電話は止んだ。


さて、次のターゲットが長男になるのは決定事項だから

長男には、カッとならないよう気をつけろとは言ったが

どんな手で来るかはまだ不明。

藤村は、気性のきつい長男が苦手で避けていた。

だから直接、手を下すのは避けるはず。


どうせ薄汚い手口で攻撃してくるのだけは、間違いない…

と思っていたら、すぐにやった。

彼が降格して本社に戻るのは、20日と決まっている。

急がなければ、間に合わないからだろう。

《続く》
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現場はいま…攻防戦・1

2021年02月18日 10時19分37秒 | シリーズ・現場はいま…
2月3日のことである。

我が社に巣食う昼あんどん、改め変態の藤村に転勤の内示がもたらされた。

まだ内定段階なので、はっきりとは決まってないが

行き先は愛媛だそう。

当初は博多と言われていたが、人はいらないということで

急きょ変更された。


安く雇えるというだけで、中高年の中途採用者ばかりを集めた結果

本社はこの10年で腐ってしまった。

しかしこういう時には、やはり正しい判断を下すしかないのだ…

我々一家はそう思い、狂喜乱舞するのだった。



昼あんどんに変態と、およそ役に立ちそうもない藤村が

愛媛で何をするかというと

以前、記事にした胡散臭い四国のブローカーが

高齢のため引退することになったので、その後釜だそう。


とはいえ爺さんは、船舶の手配師という怪しげな職業。

藤村に、その後釜ができるわけがない。

爺さんの口車に乗せられた藤村が

本社にねだって爺さんの商売を買い取ってもらった際

愛媛にある事務所もセットで付いてきたので

藤村は、その事務所の留守番をするのだ。


そう、人の居る所へ…

特に女性の居る所へ変態を行かせるわけにはいかない。

藤村の処遇を決めようとしていた1月の末

ちょうど爺さんが引退を表明したため

そこへ飛ばされることになったのだった。


変な女を会社に入れ、セクハラの挙句に訴えられて

会社に恥と損害を与える…

こんなことをしでかしたら、普通は退職する。

みっともなくて会社に居づらいのを

責任を取るという形に持って行って、一応のケジメをつけるからだ。


しかし藤村は普通ではない。

自己評価がヒマラヤ並みに高い彼は

自分が悪いことをしたという意識が無い。

悪いのは神田さんで、自分は被害者だと思い込んでいる。

よって本人に退職の意思が無いため、飛ばすしか無いのである。


その藤村は、すっかり爺さんの後継者気分。

任されて社長になるだの、才能を認められて手配師に抜擢されただのと

上機嫌で周りに豪語している。

それがプラス思考なのか、負け惜しみで演技をしているのか

いずれにしても民族的な思考回路の異なりであろうことは間違いない。


さて、藤村の転勤が決まった時点で、彼の交代要員も決まった。

以前こちらに居た松木氏である。

営業部次長の肩書きをもらい、県東部にある工場の工場長を兼任しながら

週に何度かはこちらに顔を出す。

次長は、藤村の肩書きである営業所長より上。

藤村が転勤する日まで、彼を押さえつけて会社を元の形に戻すべく

本社は藤村より上の肩書きをくっつけたと思われる。


とはいえ松木氏は、夫よりひとつ年上の63才。

60才からは1年契約の嘱託社員になっているが

給料はそのままで肩書きだけもらった。

本社お得意の、なんちゃって役職である。

高校野球で点差が開き、負けているチームが9回の裏になると

控えの選手をバッターボックスに立たせて思い出作りをさせる…

あの類いだ。


数日後、本社から河野常務が来て

藤村の転勤と、松木氏のカムバックを発表した。

しかし常務が到着する直前、藤村は

「家に携帯を忘れた」

と言い出して、どこかへ姿を消してしまった。

犬猿の仲の松木氏が、自分より上の地位で返り咲いた姿を

見たくなかったのだと察する。


この日、常務は皆に言った。

「ここの要は、ヒロシ(我が夫ね)だ。

ヒロシがいないと会社は回らない。

みんなには、そのことを肝に銘じてもらいたい」


この言葉、合併した10年前に聞きたかった。

しかし常務も本社も自分たちの持つノウハウで

うまく経営できると思っていたから

意地でも言うわけにはいかなかった。

そして彼らは自信満々にあれこれやったものの、ことごとく失敗。

その傍ら、中途採用したばかりの松木氏や藤村を送り込み

無茶を放任して信用を失墜させた。


全ては彼らが、うちらの業界と夫を

ちゃんと知ろうとしなかったことが原因だ。

いや、むしろ知ることを避けていた。

知れば、この業界で立ち回る自信が無くなる。

知れば、夫を立てなければならなくなる。


助けたはずの亀が、自分の背中に乗るのはシャクなものだ。

彼らは意地でも夫を認めまいと

何とか単独で手柄を立てるべく画策を続けたが

取引先や地元がそれを受け付けなかった。

10年かかって、やっとわかったらしい。


こうしてホッとしたのもつかの間、四国の爺さんがゴネ始めた。

「藤村が愛媛に来るなら、ワシは辞めん」

と言い出したのだ。

爺さんと藤村は、最初の頃こそ仲良く仕事をしていたが

そのうち例のごとく藤村は嫌われてしまい

爺さんは度々、本社や我が社に藤村の無礼を訴えに来た。

しかし本社は取り合わず、夫も聞いたところで関係無いため

どうするわけにもいかず、爺さんはがっかりして帰っていたものだ。


爺さんにしたら、自分の事務所だった場所を

藤村に使わせるのが嫌なのだ。

爺さんの会社はすでに本社が買い取り

彼はまとまった現金を手にしていて

爺さんはリベート代わりに、本社から給料を受け取るようになっていた。

だからそれは、単なる老人のワガママだ。

けれども合併後、本社の連中が我が物顔で

事務所のソファーにふんぞり返るさまを見て来た我々には

爺さんの気持ちが少しわかるような気がするのだった。


そういうわけで、藤村の愛媛転勤は頓挫。

さしあたって藤村を飛ばす先も見当たらず

ヤツの処分はひとまず保留となった。

ゲスは、悪運が強いものだ。


一方、藤村の転勤話が消えたからといって

松木氏の処遇を撤回するわけにはいかない。

藤村の身の振り方が決まるまで

松木氏は初めの取り決め通り、このまま週に三回程度

次長としてこちらへ通うことになった。


松木氏は、こちらを離れて5年。

狡猾はそのままだが、ずいぶん賢くなったようである。

我々の言う“賢い”とは

妙な野心を持って夫に成り代わろうとしなくなり

無理なものは無理と悟ったことを指す。


彼の狡猾は、藤村に容赦なく摘要されている。

単純な藤村は、以前の夫がそうであったように

松木氏の嫌味や皮肉に苦しめられるようになった。

仕方がないのだ。

「松木が滅茶苦茶にした会社を俺が立て直した」

藤村はあちこちで触れ回っていて

それは松木氏の耳にも入っていたからである。


業績は低いがプライドの高い松木氏は

このことをかなり根に持っている。

今回のなんちゃって昇進を受け

「藤村が滅茶苦茶にした会社を自分が立て直した」

松木氏は、何としてでもこの状況に持って行きたい。

藤村への風当たりが強くなるのは、当然だった。

敵の敵は味方というところか。

《続く》
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手抜き料理・やっぱり寺

2021年02月07日 19時47分37秒 | 手抜き料理
5日は同級生の友人ユリちゃんの実家のお寺で

また料理を作った。

この日は檀家さんが来ない。

ごく内輪の集まりで、私を入れて8人と少ないため

少人数ならではの料理をゆったりと作るつもりだった。


檀家さんがいると、忙しいのだ。

この宗派は、帰りに残った料理を持ち帰らせる習慣があるが

早退する檀家さんにもパック詰めした料理を持たせる。

10時だの11時に帰ると言われれば

それまでに料理を仕上げなければならない。

段取りが狂うので遠慮してもらいたいところだが

毎回、一人か二人は必ずいる。

忙しいなら欠席すればいいようなものの

ちょっと顔を出しておけば昼ごはんが支給されるわけだから

一人暮らしの老人としては助かる。


忙しぶるのは、まだマシなほうだ。

子が来る、孫が来ると強調し

遠回しに多めのお土産を要求するお方もおられる。

笑顔で料理のパックを渡しながら

「こんな年寄りにはなりとうない」

と思うが、私もなるんだろうなぁ、多分。


今回はそれが無いので、解き放たれた気分だ。

「年末にジャガイモをたくさんもらってるんよね…」

とつぶやいたらユリちゃん、すかさず

「コロッケ!」

と言いなさる。

それで、コロッケを作ることにした。


が、コロッケだけで済むわけないじゃん。

副菜もチラホラ考えていたところ、ユリちゃんから連絡が。

「マキト君がお肉、食べられなくなっちゃったのよ」


マキト君というのは、ユリちゃん夫婦の兄貴分である芸術家Aさんの

アシスタントの一人。

20代の食べ盛りだ。

しかしマキト君、唯一の若手ということで

「若いんだから、もっと食べなさい」

と乗せられ続け、それに応え続けているうちに体調を崩して

肉類を受け付けなくなってしまったという。

去年は牛と鶏が鬼門だったが、今年に入ってから豚も嫌になり

コロッケに入れるひき肉もダメなんだそう。

だからと言ってベジタリアンになったわけではなく

魚は大丈夫だそうな。

つまりユリちゃんは、こう言いたいのだ。

「マキト君のメインは、コロッケに匹敵する肉抜きの料理を

別あつらえして」


ここでひるむ私ではない。

なぜなら隠し球があった。

コメント欄で、ねこパンチさんに教えてもらった、“竹輪サラダ天”。

竹輪にポテサラを詰めた天ぷらである。

これなら肉は入らないし、ボリュームもある。

いつか絶対にお寺でやろうと思っていたが

コロッケのジャガイモ…コロッケを揚げる油…

この2つが共通しているので、採用しない手は無い。



で、作ったのがこれ。

コロッケのジャガイモを蒸す時に

ブロッコリーと人参もご一緒させて

早めに蒸し器から引き上げて粗みじんに切る。

やがてジャガイモが蒸し上がったら

潰してマヨネーズをたっぷり入れて混ぜ

一部を竹輪天用に取り分けて、ブロッコリーと人参を混ぜ込んだら

縦に切り開いた竹輪にたっぷり詰め、天ぷらにする。

マキト君は喜んで、全部食べた。





次はコロッケ。

竹輪天とコロッケのジャガイモは同じで

どちらも蒸して潰してマヨネーズを入れた物。

だって、面倒くさいじゃん。

「コロッケのジャガイモにマヨネーズを入れると

クリームコロッケみたいになっておいしい」

これも、ねこパンチさんに聞いていた。


あらかじめ、みじん切りの玉ねぎと合挽き肉を炒めて

塩、砂糖、醤油で、かなり甘辛く味付けし

そこへ黒コショウをこれでもかと、ガンガン投入するのが私流。

これをマヨネーズ入りの潰したジャガイモと合体させて、持って行く。

現地で揚げたら、今はもう閉店してしまったが

同級生の涼子ちゃんの実家、高村精肉店で売られていた

懐かしいコロッケそっくりで好評だった。

今まで、あの味を再現しようと試行錯誤を繰り返してきたが

何のことはない、コツはマヨネーズだったのねん。





汁は、鮭の粕(かす)汁。

適当に味噌汁を作るつもりだったが、たまたま前日の夜に酒粕をもらった。

この辺りは酒どころなので、冬には酒粕をよくもらう。

安酒を絞った、ベージュの板状ではなく

高い酒を絞った、真っ白でフワフワの良い粕だったので

粕汁を作ろうと思い立つ。


閉店間際のスーパーへ鮭を買いに走り

甘塩鮭を買って、家で軽く焼いて持って行く。

焼くと、生臭さが消えるのだ。

出汁に大根、人参、里芋、こんにゃく、油揚げを入れて煮たら

熱い出汁をボールに少しすくって、そこへ酒粕をテキトーに入れ

泡立て器で溶いて鍋に戻し、焼いた鮭を入れてアクをすくいながら

また少し煮る。

仕上げに味噌と白ネギを入れたら、美味しい粕汁のできあがり。




それから、ブリの照り焼き。

長崎の平戸に揚がったブリをもらったので、冷凍していたものだ。



箸休めは、フキの煮物。

粕汁にブリの照り焼きと冬冬しいため、春を先取りした物を添えた。




箸休め第2弾は、アボカドのディップ。

熟したアボカドをつぶして

レモン汁、マヨネーズ、塩こしょう、粉チーズ

麺つゆ少々を混ぜたらできあがり。

スライスしたフランスパンに塗って食べる。

別段おいしいわけではないが、楽しい。



デザートは甘酒。

そうさ、粕汁で余った酒粕を溶いて

水と大量の砂糖をぶちこんだだけさ。

これが一番好評だったような気がする。
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現場はいま…期待の新人くん・3

2021年02月01日 16時43分10秒 | シリーズ・現場はいま…
新人、園田君が退職するまでのスケジュールは、こうだ。

彼が入社して10日目の金曜日。

夕食を終えた夫と私と長男は、テレビを見ながら

藤村の悪口を言っていた。

「園田君を勝手に採点して、減点1とか2とか言うとるみたい」

「ホンマか」

「チラッと見ただけじゃけど、あれはパワハラじゃ思う」

「またやりよるんか、それじゃあ続く者も続かん」

「試用期間いうのを勘違いしとるんじゃ」

「止めてやりんさいや」

「現行犯でないと、難しかろうのぅ」


ちょうどその時、長男の電話が鳴った。

園田君からである。

このタイミングに、長男は大きくもない目を見開いて驚く。

神田さんが辞めた翌日、雇って欲しいと言って来た時もそうだが

タイミングが良すぎるあまり、かえって引かれるのは

園田君が持って生まれたものなのかもしれない。


「ちょっと聞きたいんっすけど

藤村さんって、どういう人なんすか?」

彼がその質問をした理由は、やはり藤村の減点発言だった。

「朝の挨拶の仕方が気に入らんとか、ダンプまで全力疾走せんかったとか

何でも減点、減点言われるんっすけど、あれ、すげ〜嫌なんっすよ」

「やっぱり、そういうことをやりよったんじゃね。

あいつはアホじゃけん、気にしなさんな」

「減点が、本採用に響くことはないっすか?」

「関係ないよ」

「大丈夫っすかね?」

「大丈夫。

さっき親父にも言うたんよ。

次に目の前でやっとるのを見たら、親父が注意するけん」

「わかりました…話して良かったっす」

園田君はホッとしたのか、翌日の仕事について

長男と明るく会話して電話を切った。


かわいそうに…我々は園田君に同情した。

藤村は高校で野球部だった。

野球部上がりの男には、二通りある。

高校野球で培った努力と根性を仕事で活かすタイプと

誰にでもすぐ、野球部だった大昔の過去を持ち出し

いつまでも過去の栄光にすがりつくタチの悪いタイプ。

藤村は後者である。

監督だかコーチにでもなったつもりで

園田君をオモチャのように扱っているのだ。

全力疾走しなければ減点なんて言い出すあたり、それ以外の何物でもない。


藤村の悪癖の犠牲になっている園田君が気の毒でならず

家族一同、気をつけてカバーしようと話し合った。

しかし翌日の土曜日は藤村が休みだったので、何事も無く終わった。


そして日曜日の夜。

園田君から長男にラインが入る。

「熱が出たので、明日病院に行くから休みます」

長男は、少々当惑気味。

病欠の届けをラインで、しかも同僚に出す…

これはどんな業界でも認められないからだ。

彼は藤村が入れたのだから、藤村に届けるか

それが嫌なら夫に届けるのがスジである。


が、そういう初歩的な常識を知らないから

仕事にあぶれていたのであり、体調が悪いのであれば仕方がない。

長男は、「わかりました、お大事にね」と返信。

ついでに我々は、今までの経験から仮病だろうと話した。

園田君は、おそらく月曜病。

金曜日に長男と話して落ち着いたものの

また明日から1週間…と思うと、つらくなったのだと思う。


そして月曜日、園田君は休んだ。

彼は申告通り、病院へ行ったのか…

明日は来られるのか…

シフトの問題もあって、夫や息子たちは心配していた。


しかし昼になって、園田君の行動が判明。

月曜日の朝、園田君が行ったのは病院ではなく本社だった。

本社へ行った園田君は、受付で言った。

「社長と話がしたい」


が、社長は不在ということだった。

末端の子会社に所属する、いち社員の面会要請に

社長が応じる慣例は無いので、本当に不在だったかは不明。

代わりに永井営業部長と

パワハラ講習で面識のあった石原部長が応対した。


園田君は、個室で2人と話をすることになった。

彼の主張は、こうだ。

藤村の減点発言には、もう耐えられない…

昨日の夜、もう会社に行きたくないと女房に言ったら

女房が怒って家を追い出された…

行く所が無いから車で夜明かしをして、朝一番にここへ来た…

入社初日、本社に行って地理を知っていたために

こういうことになったようだ。


普段ハイテンションの人は、時に大胆なことをやらかすものだ。

藤村はその日のうちに本社へ呼ばれ

こってり絞られたのは言うまでもない。

が、これといった懲罰は無かった。

園田君は憎い藤村に、ひと泡吹かせてやりたくて

いきなり本社へ乗り込んだのだろうが

あんまり大胆なことをすると周りが面食らう。

藤村の悪行よりも、園田君の頭の心配が先に立って

物事の本質はかすんでしまったようだ。


息子たちは園田君のやったことに

「オトコじゃのぅ!」

と感心しきりだったが、本社はそうはいかない。

不満を持った子会社のいち社員が

いきなり本社へ乗り込んで社長に面会を求めるという

前代未聞の出来事は、セキュリティ上の大問題。

そこで、監視カメラの設置が検討され始めた。


そうよ、会社とはそういうもの。

藤村の人格に疑問を持ったり、明るい職場を作ろうと努力したりと

心に関するソフト面に触れることは極力避けて

あくまでハード面にこだわり、話をそっちに持って行きたがる。

だからあなたの会社だって

「こんなボンクラに、なぜ給料を与えるんだ?」

とたずねたいような人が、周りに迷惑をかけながら

のうのうと出勤しているだろう。

組織とは、そういうものなのだ。


園田君は、そのまま退職した。

数日後、彼の住む町を愛車で走る姿を目撃した社員がいるので

奥さんの怒りはおさまったのかもしれない。


ともあれ会社では、次の運転手が必要になる。

藤村は夫が止めるのも聞かず

隣の市の同業者に人材調達を依頼した。

同業者、つまりライバルに社員の紹介を頼むほど、愚かな行為は無い。

恩を売られ、仕事に食い込まれて身動きが取れなくなる。

そして同業者が紹介する人材は、すべからく厄介な人物。

良い人であれば、その同業者が使っているはずである。

いらないから、回してくるのだ。


そして先日、同業者に紹介された40代半ばの人が面接に訪れた。

わざわざ隣の市からお越しなすったものの、ひと目でアウト。

夫が言うには、『眉紋(まゆもん)入り』だったからである。


眉紋とは、眉毛に施す入れ墨のこと。

眉毛に海苔を貼り付けたように、太く描いた入れ墨をするのだ。

その正視し難い様相は、おしゃれ用の眉タトゥーとは一線を画していて

よその地方は知らないが、この辺りの反社系の中に

ごく少数存在する。

大変見苦しいものの、服を脱がなくても

ひと目でそれとわかる利便性はある。

施術は、背中と違って非常に痛いらしい。

とうに廃れたと思っていたが、中年でも施す人がまだいたのだ。


恐れおののいた藤村が事務所から逃走したため、夫が対応。

少し世間話をし、断って帰ってもらった。

だから今も運転手募集中である。

《完》
コメント (2)
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