仲良し同級生5人で結成している、通称5人会。
「お婆ちゃんになっても、死ぬまで仲良くしようね」
ことあるごとに、そう誓い合っていたものの
メンバーの一人けいちゃんが
定年退職を機に東京へ引っ越すことになった。
あちらでアパートを借り、一人暮らしをしている37才の娘と合流して
老後を過ごすのだ。
年を取るにつれて、別れのつらさがこたえるようになる。
今月始めの引越し前夜に集まった我々は
けいちゃんの幸せを祈りつつも
彼女の抜けた老後に耐えられるかどうかを案じて
さめざめと涙にくれたものであった。
そして今、けいちゃんは東京で娘と二人、新生活を送っている…
と言いたいところだけど、違う。
彼女は少し前からこっちに帰っている。
荷物は東京の新居へ送ってしまったが
今まで住んでいたアパートは、まだ返してなかったので
寝起きに不自由は無い。
帰って来た理由は、娘との合流がうまくいかなかったため。
元々、精神的に繊細な娘は
コロナによる営業不振でパート先を解雇され、精神の不調に陥った。
そのためにけいちゃんは引越しを早めたのだが、裏目に出たようだ。
けいちゃんは、娘が次の仕事を探すなんて無理だと判断し
当分、自分の貯金で養うしかないと覚悟を決めて東京へ行った。
が、この娘、やる時はやるらしく、すぐに新しい仕事を見つけた。
早い回復に、けいちゃんはもちろん喜んだが
それもつかの間、娘の就職先は新居からひどく離れていることが判明。
田舎者の私なんて電車で2時間、乗り換え3回と聞いただけで
クラクラするじゃないか。
娘は、東京で母親と二人暮らしをしたくなくて
わざわざ遠い所を選んだのではないのか…?
あからさまな遠さは、その意思表示では…?
とまで思ってしまうが、都会の人は何ともないのだろうか。
とにかく娘が新しい仕事に慣れるまで、合流はお預けとなった。
それがいつになるかは娘次第、つまり未定だ。
東京の新居に一人で居ても仕方がないので
けいちゃんはこっちへ帰って来たのだった。
が、世間はコロナ真っ盛り。
東京帰りというのもあって、けいちゃんは誰にも会わず
アパートにこもっている。
すぐ近くに居るのに、会えない。
で、会いたいかといえば、これがさっぱり。
他のメンバーも異様なほど静かだ。
5人会のLINEは、けいちゃんから帰省の報告を受け
皆が「お帰り」と返信して以降、それっきり。
そろそろ2週間が過ぎて自粛期間も終わるが
誰も「会おう」とは言いださない。
私も薄情だが、あの子らもなかなかの冷たさじゃ。
涙にくれた、あの壮行会は何だったのだ。
しかし、こうなったのも無理はない気がする。
この3年ばかり、けいちゃんにとっての一大事が続いた。
長い介護のはてに相次いだ両親の死、兄との遺産争い
定年退職、引越し…
一人暮らしのけいちゃんには愚痴をこぼせる家族がおらず
相手かまわず話せる内容でもない。
そこで5人会に話すのは、ごく自然な成り行きであった。
我々はこの3年、集まるたびに話を聞いた。
聞くしかないのだ。
けいちゃんは最初から最後まで話し続け
別の話題に移ることを許さないからである。
そして我々もまた、黙って聞くのが友情だと信じた。
女子会よ、飲み食いよ、といそいそ集まっても
「うんうん」、「へ〜」しか口を開いた覚えがないが
今、一番つらいのはけいちゃんなんだ…
一人で頑張っているんだもん…
けいちゃんが楽になったら、またみんなでおしゃべりができるさ…
少なくとも私はそう思って耐えた。
が、最後までその日は来なかった。
そしてけいちゃんの引越しで泣き別れをした後
また振り出しに戻って、これをもう一回やれということになったら
冷酷な私はウンザリしてしまう。
ことに親の話は、どうでもいい。
彼女にとってはかけがえのない肉親なので
死なれてショックなのはわかるし
子供が年寄りになるまで長生きしたんだから、自慢も思い出もたくさんあろう。
しかし親に早く死なれた者は、よその親に興味が無いので
共感はできないのだ。
他のメンバーの気持ちは知らないし、知りたいとも思わないが
こうも静かなところをみると、おそらく似たような心境ではないだろうか。
「去る者、日々に疎し」とは言うけど
5人会に限って、それはあり得ないと思っていた。
「離ればなれになっても、私たちの絆は永遠よ!」
な〜んて乙女チックなことを言っていたのが遠い昔のように思える。
なにやら気恥ずかしい。
「お婆ちゃんになっても、死ぬまで仲良くしようね」
ことあるごとに、そう誓い合っていたものの
メンバーの一人けいちゃんが
定年退職を機に東京へ引っ越すことになった。
あちらでアパートを借り、一人暮らしをしている37才の娘と合流して
老後を過ごすのだ。
年を取るにつれて、別れのつらさがこたえるようになる。
今月始めの引越し前夜に集まった我々は
けいちゃんの幸せを祈りつつも
彼女の抜けた老後に耐えられるかどうかを案じて
さめざめと涙にくれたものであった。
そして今、けいちゃんは東京で娘と二人、新生活を送っている…
と言いたいところだけど、違う。
彼女は少し前からこっちに帰っている。
荷物は東京の新居へ送ってしまったが
今まで住んでいたアパートは、まだ返してなかったので
寝起きに不自由は無い。
帰って来た理由は、娘との合流がうまくいかなかったため。
元々、精神的に繊細な娘は
コロナによる営業不振でパート先を解雇され、精神の不調に陥った。
そのためにけいちゃんは引越しを早めたのだが、裏目に出たようだ。
けいちゃんは、娘が次の仕事を探すなんて無理だと判断し
当分、自分の貯金で養うしかないと覚悟を決めて東京へ行った。
が、この娘、やる時はやるらしく、すぐに新しい仕事を見つけた。
早い回復に、けいちゃんはもちろん喜んだが
それもつかの間、娘の就職先は新居からひどく離れていることが判明。
田舎者の私なんて電車で2時間、乗り換え3回と聞いただけで
クラクラするじゃないか。
娘は、東京で母親と二人暮らしをしたくなくて
わざわざ遠い所を選んだのではないのか…?
あからさまな遠さは、その意思表示では…?
とまで思ってしまうが、都会の人は何ともないのだろうか。
とにかく娘が新しい仕事に慣れるまで、合流はお預けとなった。
それがいつになるかは娘次第、つまり未定だ。
東京の新居に一人で居ても仕方がないので
けいちゃんはこっちへ帰って来たのだった。
が、世間はコロナ真っ盛り。
東京帰りというのもあって、けいちゃんは誰にも会わず
アパートにこもっている。
すぐ近くに居るのに、会えない。
で、会いたいかといえば、これがさっぱり。
他のメンバーも異様なほど静かだ。
5人会のLINEは、けいちゃんから帰省の報告を受け
皆が「お帰り」と返信して以降、それっきり。
そろそろ2週間が過ぎて自粛期間も終わるが
誰も「会おう」とは言いださない。
私も薄情だが、あの子らもなかなかの冷たさじゃ。
涙にくれた、あの壮行会は何だったのだ。
しかし、こうなったのも無理はない気がする。
この3年ばかり、けいちゃんにとっての一大事が続いた。
長い介護のはてに相次いだ両親の死、兄との遺産争い
定年退職、引越し…
一人暮らしのけいちゃんには愚痴をこぼせる家族がおらず
相手かまわず話せる内容でもない。
そこで5人会に話すのは、ごく自然な成り行きであった。
我々はこの3年、集まるたびに話を聞いた。
聞くしかないのだ。
けいちゃんは最初から最後まで話し続け
別の話題に移ることを許さないからである。
そして我々もまた、黙って聞くのが友情だと信じた。
女子会よ、飲み食いよ、といそいそ集まっても
「うんうん」、「へ〜」しか口を開いた覚えがないが
今、一番つらいのはけいちゃんなんだ…
一人で頑張っているんだもん…
けいちゃんが楽になったら、またみんなでおしゃべりができるさ…
少なくとも私はそう思って耐えた。
が、最後までその日は来なかった。
そしてけいちゃんの引越しで泣き別れをした後
また振り出しに戻って、これをもう一回やれということになったら
冷酷な私はウンザリしてしまう。
ことに親の話は、どうでもいい。
彼女にとってはかけがえのない肉親なので
死なれてショックなのはわかるし
子供が年寄りになるまで長生きしたんだから、自慢も思い出もたくさんあろう。
しかし親に早く死なれた者は、よその親に興味が無いので
共感はできないのだ。
他のメンバーの気持ちは知らないし、知りたいとも思わないが
こうも静かなところをみると、おそらく似たような心境ではないだろうか。
「去る者、日々に疎し」とは言うけど
5人会に限って、それはあり得ないと思っていた。
「離ればなれになっても、私たちの絆は永遠よ!」
な〜んて乙女チックなことを言っていたのが遠い昔のように思える。
なにやら気恥ずかしい。