殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

農道

2011年09月29日 13時02分09秒 | みりこんぐらし
ある日、自分のあばら骨に触ったら、肉を通して骨を感じるまでの距離が

遠くなった気がした。

ヤバイで、こりゃ。

いずれ…そのうち…暖かくなったら…涼しくなったら…

と先延ばしにしていたが、とうとうウォーキングを始めた。


朝、家族を送り出すと、何もかもほったらかして家を出る。

まるで家出。

すぐ近所に、車の通らない河川敷がある。

そこを目指すのじゃ!


日焼けが気になるので、できれば夕方以降にしたいところではあるが

夫の両親の家へ食事を持って行かなければならない。

時間など選んでいては、いつまで経っても実行できんのじゃ。

とにかく1回やってみて、後のことはそれから調整するんじゃ。


河川敷へたどり着くまでに、仲良しの年配の奧さん

岩見夫人の家がある。

たまたま庭から私の姿が見えたらしく、声を掛けられた。

「みりこんさ~ん!なにごと?」

    「歩くのよ!今日から歩くの!」

「思い詰めた顔してるから、何かあったのかと思ったわ」

    「あったわよっ!太ったのよ!」

「私も歩こうかな…」

    「一緒に行きましょうよ」

「待って、支度するから」


しばし待つと、ジャージにスニーカーで現われた岩見夫人。

手にはタオルとペットボトルを持つ本格的スタイルが勇ましい。

着の身着のままの私とは大違いだ。

2人で歩いていると、やはり河川敷を歩いていた知り合いと合流。

そのうち、岩見さんのご主人も追いかけて来た。

皆でザクザク行進する。


「Gメン75…」

そうつぶやく者がいる。

「白い巨塔…」

そう笑う者もいる。

どっちにしても、古っ!


ペチャクチャしゃべりながら、河川敷を一周して解散。

そしてわかった。

歩くって、美容や健康のためというより、頭のためなのかもしれない。

脳みそがクリアになるというのか、とてもスッキリする。


ウォーキングといえば、我が夫。

もう15年以上続けている。

平日も歩くが、休日には5キロ10キロは平気で歩く。


歩き始めた当初、夫の目的は健康ではなく

メール及びデートのためであった。

「ちょっと歩いてくる」と家さえ出れば

歩きながらメールざんまいだろうと、デートに流れようと自由である。

誰も気にせず、何も言いやしないのだが

彼としては、会社や家からフラリと姿を消せる

もっともな理由が欲しかったらしい。


徘徊老人のごとく、朝、散歩に出たきり

夜になっても、次の朝になっても、帰らないことも多かった。

しかし今は、つかの間でもお会いしたいと申し出てくれる

けなげな婦女子もいなくなったので、純粋に歩いている模様。

子供達は長年、そんな彼のことを「アルクハイマー」と呼んでいる。


それでも夫は、一応ウォーキングの大先輩だ。

    「すごくスッキリして、気持ちが良かった!」

と敬意を表して報告する。

「そうだろ?頭が軽くなるんだよな!」

夫は嬉しそう。

頭もお尻も、元々軽いんじゃなかったっけ…

とは言わない、優しい!私であった。


ともあれ、結婚31年にして初めて、夫婦共通の趣味ができた。

夫は時々「一緒に歩こう」と誘う。

彼の実家から愛犬パピを強奪し、お供をさせることもある。


夫と歩くのは、近所にある農道。

夫の叔母が、いつも愛犬と散歩する道だ。

平坦で、人も車も滅多に通らない理想的コースである。

ため池を一周すると長い道のりになるので、初心者の私にはハードだが

痩せたいという欲にすがって歩き続ける。


しかし、私は衝撃的な事実を思い出した。

   「ねえ…てるみ叔母さんは、何年もここを歩いてるんだよね…」

「朝晩2回」

   「タケシ君もだよね…」

タケシ君とは、てるみ叔母さんの40代の息子である。

てるみ叔母さんはトイプードルを

タケシ君はやたらとデカい雑種を連れて

それぞれ毎日2回も、この道を散歩しているのだ。


   「どっちも太めだよね…というか、肥満児…」

「散歩じゃ痩せんぞ。

 オレを見ろ!いい見本じゃないか。

 歩くとメシがうまいんだ」

    「…」

希望はこっぱみじん。

それでも“もしや”の三文字を胸に、とぼとぼと歩く。


ところで、2人で散歩って、老夫婦の王道ではなかろうか。

とうとうそういう年になったのだ…がっくり。

王道じゃなくて、農道だけど。
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続・長靴談義

2011年09月23日 09時31分06秒 | みりこんぐらし
前回でお話しした安子さんのご主人。

その後、アルバイトに精を出しておられる…

と言いたいところだが、まだである。


仕事は先週中に始まるはずだった。

ところが、明日が初出勤という日から、久しぶりの雨。

    「ごめんね…雨で、中止になりました」

「ええ~?せっかくその気になってたのに」

    「向こうから連絡があったら、すぐに電話するからね」

「長靴買わなきゃならないから、早めに電話をちょうだいね」

    「長靴、まだ買ってないの?」

「はっきりしてから買おうと思って…」


夫は後で首をかしげる。

「おかしい…何で長靴なんだろ…」

     「あら、面接の時、長靴がいるって言われたんじゃないの?」    

「長靴のナの字も聞いてないし、長靴がいるような仕事じゃないんだよな」

     「いらないって言おうか」

「そっとしとけ。

 なんかオレらにはわからん、こだわりがあるんだろ」


雨は3日降り、その後は機械が壊れ、合間で連休、そこへ台風接近…

と伸び伸びになった。

2週間近く経っても、いまだ初日を迎えられず。


その間にもう一人必要になり、安子さんのご主人と

ペアで働いてもらうことになったので、また別の人を紹介していた。

安子さんのご主人に断られた場合を考えて

目星をつけていた補欠の一人、太一君だ。


以前、夫の会社の社員だった彼のことをおぼえておいでだろうか。

退職して家にいた太一君の所へ、夫は復帰を頼みに行った。

復帰話は断られたが、その時、夫は気まぐれで

太一君に自分の頭を散髪してもらい、途中でバリカンが壊れる。

夫の頭は無残にも逆モヒカンとなった、あの太一君である。


おっとりとおとなしい彼は

夫の姉カンジワ・ルイーゼとそりが合わず、2年前に退職した経緯がある。

年は安子さんのご主人とそう変わらないが

独身で実家暮らしなので、同じ無職とはいえ

こっちはいささか悠長な雰囲気が漂う。


この太一君、面接で気に入られ

「明朝6時から作業があるんだけど、明日は1人しかいらないので

 とりあえず来てみてください」

と言われた。

長靴の話は、出なかったそうだ。


仕事があるなら、安子さんのご主人を先に…と言いたいところだが

誰を使うかは雇い主の勝手である。

夫も、ちゃんと朝6時に行くかどうか

心配するのが面倒だったので、押さなかったと言う。

「面接の10時でさえ遅れたんだ。

 その点、太一の犬は毎朝5時前に、太一を起こして散歩するから間違いがない」

夫は太一君本人よりも、彼の飼い犬“ケン”に

厚い信頼を寄せている口ぶりであった。


さて翌朝、太一君は5時半に出勤し

帰る時には、正社員になるように言われた。

安子さんのご主人が、太一君の踏み台になったと思う。

太一君は、見知らぬ他人によってゲタをはかせてもらったのだ。

そのうち安子さんのご主人にも仕事が振られるだろうけど

アルバイト期間が終わったらサヨナラなのは、これで確実となってしまった。


余談ではあるが、安子さんの姑さんは

とある公的機関へ長年勤め、職場ではそれなりの地位にいた人であった。

20年ほど前、その権限を生かして

当時、よその会社に勤めていた息子…つまり安子さんのご主人を退職させ

子育てが一段落した安子さんと、夫婦セットで自分の職場に引き入れた。


この話は、彼ら一家と一緒に働いていた人から、たまたま聞いた。

「公営か自営かわからん」という笑い話としてである。

いい気持ちではなかったということだろう。


安子さんはそのまま勤めて現在に至るが

ご主人のほうは、すぐに辞めてしまった。

女はしぶといけど、男にはいたたまれない雰囲気だったと察するのは容易である。

そこからご主人の転職癖が始まった。

あんまり無茶をすると、どこかで一番かわいい者に

しわ寄せが来るのかもしれない。




さて就職が決まった太一君は

「妹が大阪へ旅行に行ったから」と、土産のお菓子を持って来てくれた。

珍しいことである。

お礼のつもりだと思う。


お菓子の名前は、北海道土産の定番“白い恋人”ならぬ“面白い恋人”。

さすが大阪…つかみはバッチリ。

中味は、クリームを薄い洋風センベイではさんだゴーフルのような形状。

甘いんだけど、かつお風味のソース味。

何とも珍妙な味わいであった。
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長靴談義

2011年09月17日 10時42分01秒 | みりこんぐらし
先週のこと。

取引先に、現場作業の短期アルバイトを紹介することになった。

夫は「安子さんに話してみろ」と言う。

40代の安子さんは私の知人。

ご主人は若い頃から仕事が続かず、無職歴5年だ。

最後に就いた建設作業員の仕事で、うちの夫とも顔見知りになった。

今は事務職の安子さんの収入で生活している。

子供達がすでに独立しているのが救いである。


さっそく電話すると、安子さんはとても喜んでくれた。

    「短期で悪いけど、軽作業だし、体慣らしのつもりで気楽に考えてみて」

「ありがとう!

 すぐ旦那に聞いて、折り返し電話しま~す!」


だがそれっきり、待てど暮らせどその日は電話が無かった。

    「どこまで折り返してるのかね。

     もめてなきゃいいけど…」

「だめなら次の人が待ってる」

無職が長い男の人って、必死なのは奧さんだけで

本人には、あんまりその気が無いことが多い。

仕事の話が来ると、奧さんがどうしてもヤイヤイ言っちゃうので

喧嘩になることもしばしばあるのだ。


翌日の日曜日、やっぱり返事は無い。

休日は遅くまで寝ていると聞いていたので、昼になるのを待って

携帯に何度か電話してみるが、安子さんは出ない。

あれほど「旦那の仕事が、仕事が…」と悩み苦しみ

ご主人を自分の扶養に入れたら、甘えてますます働かなくなるからと

損を承知でご主人の国民保険料を支払っていた、あの安子さんが…。

   「ヒロシ君…こりゃ、血の雨が降ってるかもよ」

「知るか」


午後、安子さんからやっと電話が…無事で良かった。

「ごめんね~!旦那が、返事は明日でいいって言うから。

 行ってもいいと言ってるよ」

なぜにあんたの旦那が明日と決める…

なぜにこういう時だけ従順な妻を装う…

なぜに行ってもいいと斜に構える…

なぜにそれをそのまま伝える…

ちょっとしたことで、すごく損をしていると思うが

こういう家庭に無職の悩みが舞い降りるのは、よくあることだ。


   「じゃ、明日10時にうちの旦那の所へ来てもらえる?

    向こうの人を呼んで、打ち合わせするから」     

「明日は行くだけで、日当は出ないってこと?」

   「そうね」

「短期なのに、ご丁寧だこと。

 働き始めたら、昼はお弁当よね。

 何年も作ってないから、かったるいな~」

   「コンビニで買って行けばいいじゃん」

「買うとなると千円は渡さないといけないし、早目に起こさないといけないし…」

   「ご面倒でしょうが、よろしくお願いします」

ここらへんは、ほとんどイヤミである。


翌日の夕方、帰宅した夫は機嫌が悪かった。

「あの旦那、約束の時間に遅れて来たんだぜ」

そこへ安子さんから電話。

「仕事の開始日は、また連絡すると言われたらしいけど

 うちの旦那、嫌われてやんわり断られたのかもって、落ち込んでるの。

 何かあったのかしら」

   「数日のうちに始まるのは確かよ…大丈夫よ」 

「な~んかアバウトよね」

嫌ならやめとけ…と言いたいけど、プータロー生活も長くなると

本人も、生活の面倒をみる奧さんも

社会的な勘が鈍るのかもしれないと思い、ぐっとこらえる。

人の世話というのは、忍耐無くしてはできないものだ。


後で夫が言う。

「挨拶より先に、なんて言ったと思う?

 僕は大卒なんですが日当はいくらですかって聞いたんだぜ」

    「うう…」


日当は1万円と安子さんに伝えていたが、ご主人に伝わらなかったのか

金額が気に入らなかったのか、とにかくそう言ったので

相手は顔をしかめたそうだ。

安子さんのご主人は、それを気に病んでいたのだろう。

どこでもそうだろうが、特にガテン業界では

お金と学歴の話を早々に出すと、まず嫌われる。


数日後、出勤日が決まったので、安子さんに電話した。

「面接の時、長靴がいるって言われたそうなの。

 うちにあるのは穴が開いてるんだ。

 みりこんさんとこに、無い?」

    「うち、長靴使わない仕事だもん。

     千円か二千円じゃないの…ハダシってわけにいかないんだから

     買ってやりなさいよ」

「金額じゃないのよ、金額じゃ。

 たったひと月やそこらの仕事で、長靴買わされるってのが、なんだかねえ…。

 身銭を切るこっちの身にもなって欲しいわ」

    「たいていの仕事は、身ひとつじゃできないわよ」

「ふぅ…働くなら働くで、ものいりよね」

安子さんは、大きな溜息をついた。

溜息つきたいのはこっちだわい。


ぬか喜びになると気の毒なので、安子さん夫妻には言わなかったが

このアルバイトの先には、正社員の道があった。

経験者なら年齢は問わないと聞いて

夫は、うちに来て愚痴をこぼしていた安子さんを思い出したのだ。

新調した長靴は、早晩、元を取るはずだった。


年齢を問わない分、性格は問われる。

とりわけ好かれなくてもいいが、雇う側に嫌われてしまったら

道は閉ざされる。

夫はしみじみとつぶやいた。

「このままじゃ嫌とか言いながら、このままでいい人って、いるよな」

    「どんな仕事でもいいとは言ってたけど

     ガテンじゃ気に入らなかったのかもよ。

     余計なことしたうちらがバカってことで」

チャンスは、こうして知らないうちに消えることもあるらしい。
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月光仮面の謎

2011年09月09日 20時41分24秒 | みりこんぐらし
先日の夜、家族でコンビニへ出かけた。

我々と入れ替わりに、駐車場から出る1台の車。

「あ!月光仮面だ!」

長男が叫ぶ。

    「どこ?どこ?」

「さっきの車の人。

 オレ、Tさんの船で、時々釣りに連れてってもらうじゃん。

 そこでよく会う女の人だった」


Tさんとは、町内で美容院を経営する中年男性(注・珍珍丸氏ではない)。

二人目の奧さんと、子供がいる。

息子達の会話を聞いていると、親切で気持ちのいい人らしい。

店と自宅は賃貸で、クルーザーは持っているというのが

私の裏腹アンテナを一瞬刺激したものの

それは本人の勝手であり、気にするほどの興味も権利もなく

そのまま忘れていた人物だ。


   「あれは、あんた、私が行ってた病院の栄養士さんよ。

    ほら、S子さんよ」

「ええ~?」

   「なんであの子が月光仮面なのよ」

「だって、いつも全身白ずくめで、サングラスに覆面までしてるもん。

 Tさんと釣りをする人は、みんなそう呼んでる」

   「日焼け対策じゃないの?」

「やり過ぎだよ。

 最初から最後まで口をきかないし、不気味じゃん。

 ものを言わないところも、月光仮面。

 あれが誰か、釣り仲間の間では、ずっと謎だったんだ。

 あ~!わかってスッとした!」


S子さんが釣りをするのは、知っていた。

火曜日の朝、髪型を変えて出勤してくることが多いのにも、気はついていた。

このあたりの美容院は月曜が定休日なので

月曜の夜に頭をどうにかしようと思ったら

美容師とよほどの仲良しでなければ無理。

S子さんは、どこかの美容師と懇意なんだろうと思っていた。

懇意も懇意…意外な人物同士がつながって、私も少なからず驚いた。



   「あんたが私の子だから、覆面で隠してるんじゃないの?

    だったらTさんの船に乗るのは、遠慮したほうがいいんじゃない?

    ほら、隠し過ぎて熱中症にでもなったら気の毒だからさ」

「いや、オレが乗ってない時もそうらしいよ」


S子さんは、アラフォーの独身。

私が就職した頃は、まだ30前のかわいらしいお嬢さんだった。

が、彼女には、ずっと不倫疑惑がつきまとっていた。

当時はTさんではなく、サラリーマンだったと聞いている。


「なかなか結婚しないのは、結婚できない相手とおつきあいしているから」

同僚の間では、そうささやかれており

S子さんの前では、結婚や不倫の話はだめ…

どこかでS子さんを見かけても、絶対に話しかけてはいけない…

などのひそかなタブーが存在した。


「ちょっと結婚がゆっくりなだけで、勝手なこと言われて気の毒だわ」

私は当初、そう思っていた。

だが新人の頃、先輩に教えられたタブーは

勤めていた8年の間に、迷信から確信へと昇格した。


とはいえ、決定的な現場を見たわけではない。

深夜、ひと気の無い道路脇に、人待ち顔でたたずんでいたり

助手席のシートを倒した彼女の車とすれ違ったりが

たびたびあっただけ。

何気ないそれらの積み重ねが、疑惑を事実に変えていったといえよう。


プライベートで、はからずも出くわした者には

翌日からしばらくツンツンされる刑が待っていた。

ふだんのおっとりと柔らかい物腰はどこへやら

その変わり身、慣れないうちは、けっこう恐ろしかったどすえ~。


どう考えても、隣町からわざわざ我々の住む町へ来て

ウロチョロするS子さんが悪いと思うが

S子さんにしてみれば、自分の行動範囲をおまえらがウロチョロするな

という気持ちなのだろう。


彼女の態度に関して、抗議はしなかった。

ことを荒立てて職を失うと困る者が多かったし

今後の成り行きを見守る楽しみも捨てがたい。

ツンツンされるくらい、何であろう。


ご存知のとおり、私の裏稼業は選挙のうぐいす。

選挙カーで、父親と暮らす彼女の家の前も通ってしまう。

知的でアカヌケした彼女の印象とは真逆の

赤や黒のど派手な下着が臆面もなく干してあり、毎回驚く。

古い家具と段ボール箱がふんだんにあしらわれたエレガントな勝手口…

くすんだ窓と朽ちたカーテンのクラシカルなニュアンスも取り入れて…

ま、見てはならぬものも見てるわけよ。


このずたずたハウスから、流行のファッションに身を包み

小粋な外車に乗り込んで、お出ましなされているのだ。

夜も休日もデートや待ちぼうけに忙しければ、家どころではなかろうが

人前の印象と実態との裏腹が大きいのも、不倫者の特徴であると

持論に自信を持つ、意地の悪い私であった。




さてさて、場面はコンビニへ戻る。

「不倫だろ?あれ…。

 隠しながら、人前に出たいんだろ?」

そう言って、フフ、と笑う長男。

   「おや、あんた、わかるの?」

「いくつだと思ってんだよ」

   「そういうのがピンとくるようになったとはねえ」

「誰の子だと思ってんだよ」

   「おお、これは失礼、失礼」


♪月光仮面のおばさんは~ 正義の味方よ 良い人よ~♪

帰り道、月光仮面の歌を合唱するバカ一家であった。
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そばまくら

2011年09月02日 14時08分01秒 | みりこんぐらし
親友モンちゃんと、月に一度のお出掛け。

今月は、いつもと違って遠くへ行った。

人形作家、辻村寿三郎氏の人形展を見に行ったのだ。


人形に興味があるのかって?

無い。

我々は中学生の時、NHKで放映されていた

「新八犬伝」という人形劇に夢中だった。

塾をサボっては、モンちゃんと2人でよく見ていたものだ。


わけあって日本中に散らばった八つの玉を

一つずつ所有する八人の勇者が

奇想天外な旅を続けるストーリーに魅了された。

それぞれ好きなヒーローがいて、まるで生きたアイドルのように

キャーキャー騒いでいた。

今だと、オタクみたいな扱いになるのだろうか。


劇中、玉梓(タマズサ)という女の怨霊が、ヒュー…ドロドロ…と

しょっちゅう出てきて、悪さをする。

なんか怨みがあったらしいが、いくら怨霊とはいえ

子供相手の人形劇に、あんな恐い女を出してもいいのかと思うほど

恐ろしい形相をした毒婦だ。

このタマズサの登場シーンを、恐れつつも心待ちにしていた。


人形は、どれも魂が入っているかのごとく、生き生きとセクシーだった。

この操り人形の制作者が、辻村寿三郎氏その人である。

多感な時期に抱いた尊敬の念は、いまだ薄れることはなく

現在、各地で開催される彼の人形展には

車で行ける範囲であれば、見学に行っている。


数年前、懐かしき我が青春の象徴…新八犬伝の人形を

初めてナマで見た時の興奮は、忘れられない。

人形は思っていたよりも小さく、古びていたが

八勇者のきりりと頼もしい面立ちはそのままで

あのおっそろしいタマズサは、相変わらず恐ろしかった。


大人になってから、あの八つの玉の意味なんかも

自分なりに考えるようになった。

八つの玉にそれぞれ書いてある

仁義礼智忠信孝悌(じんぎれいちちゅうしんこうてい)の文字は

人として生きるための道徳心を表わしている。

仁…思いやり

義…正義

礼…礼節

智…智恵

忠…誠実

信…信頼

孝…親孝行

悌…兄弟愛

簡単な意味は、こんなところだろうか。


すべてを兼ね備えるに越したことはないが

誰でも、どれかは持ち、どれかが欠けている。

だからこそ、人間だとも言える。

この八つの玉をコレクションしようという心がけが、人の道の原点ではないのか。

そして八つの玉の総意は“愛”。


話は冗談めくが、これらの文字のうち、仁と義だけに偏(かたよ)れば

ヤクザということになる。

偏ると、他の玉からは大きく遠ざかるばかりか

持っていたはずの仁と義も、親分やお仲間だけに適用可能な

ごく内輪のルールに過ぎなくなる。

その時点で、文字本来の意味は失われる。

バランスは大事だ。


冗談ついでに、得意分野の不倫で考えてみよう。

思いやり(仁)が無いから、我欲のために人を地獄に突き落とせる。

不義密通というぐらいなので、もちろん正義(義)どころではない。

人を泣かせて平気な者に礼節(礼)は無く

智恵(智)が足りないばっかりに、後先を考えず目先の快楽をむさぼる。

誠実(忠)でないから人を裏切り、誰からも信頼(信)されなくなるのは当たり前。

親兄妹に心配をかけるのだから

親孝行(孝)も兄妹愛(悌)もあったもんじゃない。

八つの玉を失った時、人の心には怨霊タマズサが棲みつく。




さて、今回の人形展行きは、モンちゃんが言い出した。

「一度行ってみたいんだけど、知らない所だし、遠くて1人じゃなかなかねえ」

私が以前から何度か行っていることを話すと、びっくりしていた。

じゃあ一緒に行こうということになり

そこへ我が家のセバスチャンが、運転手として名乗りを上げてくれた。


当日、モンちゃんと我ら夫婦は、朝早くから意気揚々と出発した。

まだ午前中だというのに、会場は大盛況。

しかし残念なことに、新八犬伝に出演した人形は

今回、どなたさんもお越しでなかった。

がっかりするモンちゃん。

   「八犬伝が来る時に、また行こうよ」

夫婦でなぐさめる。


昼食を食べることにするが、モンちゃんはショックでまだ放心状態。

「軽いものでいい…軽いものしか入らない…」

そこで蕎麦(そば)好きの夫の提案を採用し

山の中にある手打ち蕎麦の店に入った。


そこは、農家の奧さん達が共同で営業している店であった。

空き地に建つプレハブの店内は混んでいたが

奧さん達の人柄か、のんびりした雰囲気だ。

壁に張られたお品書きの一覧表も、マジックで書かれた素朴なもの。


上の段には

・かけそば

・割り子そば

・ざるそば


下の段には

・そばみそ

・そばアイス

・そばまくら

と書いてある。

300円程度のみそとアイス以外は、どれも700円前後の似たような値段。


    「モンちゃん、どれにする?」

「そうねえ…そばまくらにしようかな」

    「そばまくら…なんだか変わってて良さそうね。

     食べてみようか」

いましがた迫力ある美しい芸術を堪能し、草深い山奥を訪れた我々には

“そばまくら”の5文字が、さも風雅に思えた。


    「ざるそば1つと、そばまくら2つお願いします。」

「は~い!そばまくらは、ラベンダー入りのと普通の、どっちがいいですか?」

    「ラベンダー入りがあるんですか?」

「ええ、ラベンダーは安眠の作用があるそうですよ」


なんかおかしい。

もう一度お品書きに目を凝らすと

下の段の端に小さく“おみやげ”と書いてあるのを発見。

そばまくらは、風流な特別食ではなく、ソバ殻で作った枕のことであった。

偏食が無いのだけが取り柄の私でも、さすがに枕は食えん。


「へへ…へ…」

モンちゃんと私は力なく笑い、そばまくらの注文を撤回した。

蕎麦は、おいしかった。
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