goo blog サービス終了のお知らせ 

殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

トラップ

2025年08月26日 15時25分46秒 | みりこんぐらし
アルツハイマー型認知症のせん妄により

私を窃盗、詐欺、住居不法侵入で

二度ほど警察に通報した実家の母サチコは

7月17日から精神病院へ入院中だが、依然としておとなしい。

面会にも行かないので、どんな様子だか知らないが

気にもならない。


入院以来、本人から電話があったのはお盆前の一度だけで

その内容は「盆が来るから一度、家に帰りたい」というもの。

仏壇を綺麗にしておきたいし、納骨堂へお参りもしたい…

サチコはそう言うが、本心はわかっている。

実子のマーヤが帰って来るかもしれないと、期待しているのだ。


帰るわけないじゃんか。

しかし、我が子がそこまで冷たいはずはないと

信じて疑わないのが母親という生き物だ。


「あんたに鍵を返して、家に入れんけん

仏壇はタッチせんけど、納骨堂はお参りしとくわ」

そう答えたが、サチコは諦めない。

「お盆なのにサチコさんは来んのじゃね、いうて

お寺に思われたら先祖に申し訳ないが」

急に信心深さをアピールするサチコ。

何が先祖じゃ。

家にお坊さんが来るのを嫌い

それぞれの命日の法要を断り続けておきながら

よう言えたもんじゃ。


私は言った。

「お寺もかき入れどきじゃけん、納骨堂の前で番をする暇は無いよ。

暑い間は病院におりんさい」

「へでも…」

「人を泥棒扱いしといて、用事のある時だけ使いなさんな。

どうしても帰りたいんなら、マーヤに頼み」

「……」

フフ、マーヤに断られるのが怖いから

口が裂けても頼めまいよ。

静かになったので、電話を切った。


やがて盆休みが終わり、実家で半年に一度の浄化槽の清掃があった。

実家の浄化槽は屋内の床下にあるので、家の鍵を開けなければ。

サチコに家の鍵を返したはずの私だが

メインキーだけは密かに持っているので、一人で実家に行った。


久しぶりの実家は、玄関も郵便受けも汚れまくり

マーヤが母の日に贈った蘭の鉢植えは見事に枯れ果てていたが

知らんもんね。

そんなことより、家に入る瞬間から細心の注意が必要になる。

なぜなら、サチコの仕掛けた罠があるかもしれないからだ。


ヤツは入院した3日後、ケアマネと看護師に付き添われて

一度、家に帰っている。

診察だと騙して連行したので、病院へは手ぶらで行ったからだ。

私は病院の売店で必要な物を買い与えてくれと言ったが

売店にサチコの着そうな服が無いということで

衣服を取りに一時帰宅したのである。


ヤツはその時に、必ず何か仕掛けている…

私には長い経験に基づく確信があった。

恥をかいたままで終われない性格なので

警察に通報したのが認知症のせいではないことを

ヤツは立証したくてたまらないはず。


「ほれごらん!やっぱり留守を狙って

家にこっそり出入りしとるじゃないの!」

これを言うために全身全霊を傾け

三たび四たびの通報に持ち込みたい。

そのために一時帰宅を利用して、素早く罠を仕掛けるはずだ。

これは食事やトイレと同じく習慣なので、認知症は関係ない。

悪意さえあれば、やすやすとやってのけられる。


清掃の間、私はテレビで高校野球を見ようと台所へ行った。

スリッパを履くと、ちゃんと元に戻したつもりでも

わずか数ミリの違いに気づく女だから、スリッパは履かん。


はたして罠は、あった。

台所に入って電灯のスイッチを入れたら

小さい豆電球しか点かない。

サチコは一時帰宅した際、電灯からぶら下がるヒモを引っ張って

大きい蛍光灯が点かないようにしていたのだ。

退院して台所へ入った時、普通に蛍光灯が点いて

部屋が明るくなったら、私が侵入した証拠になるというわけ。

短時間で仕掛けられる、なかなか良い罠である。


第一トラップを発見したので

帰る時に豆電球だけにするのを忘れたらいけないと思い

電灯を点けるのをやめた私。

次にエアコンを稼働させるべく、リモコンをしげしげと点検した。

暖房に切り替えてあったり、温度設定が変わっていたら罠じゃ。

が、目の衰えたサチコにとってリモコンはハードルが高かったようで

これは大丈夫だった。


それからテレビをつけようとしたが、リモコンに反応しない。

よく見ると、主電源の緑のランプが消えている。

最新型のテレビのことは知らないが

たいていのテレビには、画面の右下方の横っ面に

電源を切ったり入れたりする長方形の黒いスイッチがある。

私はこのスイッチの存在を電器店で教えてもらっていたので

それを押したらテレビがついた。


普段のサチコは、このスイッチを使わない。

しかし何かの機会に知ったのか、今回はこのスイッチが使われていた。

退院してテレビをつける時、すでに電源が入っていたら

私が家に侵入してテレビを見た証拠になるわけよ。

こうして第二トラップも、無事発見された。

これも短時間で仕掛けられる効率の良い罠だ。


電灯は点けないが、高校野球が見たかった私は

そのまま清掃が終わるまでテレビを鑑賞。

帰る時にはリモコンでなく、本体のスイッチを切って現状復帰。

その他の箇所にも落ち度が無いか、入念にチェックして帰った。


その翌日、入院先の看護師から電話が。

「先ほど、サチコさんが廊下で転倒されまして…」

えっ?!

期待に胸が高鳴るワタクシ。

「右上腕部に小さい打ち身ができましたので、経過観察中です」

なんじゃ…打ち身だけか。

残念に思った。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分を守ってみた

2025年08月24日 08時47分04秒 | みりこんぐらし
集会所の老人体操教室が発足して3年

同居する義母ヨシコはメンバーの原さん、早川さんと親しくなった。

原さんはヨシコと同い年の89才、早川さんは多分86才だ。

3人とも伴侶を亡くし、孫を含めた息子一家と同居中で

年金も同じぐらいという共通点が、アレらを強く結びつけたらしい。


アレらは当初、お互いの家を行き来していたが

原さんの家に行くと、息子の嫁があからさまに嫌な顔をするし

早川さんの所は息子夫婦から家屋への侵入を許可されてないので

いつも玄関前の庭でおしゃべりをするため、夏は暑いし冬は寒い。

やがて、このトリオの集まりは我が家一択になった。


そのうち、家だけで飽き足らなくなったアレら。

三人で一緒に出かけたくなってきた。

アレらは同じ病院に通院しているので

「一緒に病院へ行ってみようか」という話が出始めたのが数ヶ月前。


が、問題は交通手段よ。

原さんと早川さんは

「緊急時以外の私用で家族を足に使わない」

息子夫婦から、そう言い渡されている。

だから原さんの通院は、行きは市内に住む弟が送り、帰りはタクシー

早川さんも行きは市内に嫁いだ娘さんが送り、帰りはタクシー。


一方、ヨシコは行きも帰りも私だ。

「緊急時以外の私用で家族を足に使わない」

なんてルール、私は夢にも思いつかなかったし

もし思いついたとしても、あまりに気の毒でとても言えねぇわ。


これをやってのけた原家と早川家の息子夫婦が尊敬に値するのはともかく

「三人が通院する日にちを合わせれば

嫁の送迎で病院の帰りに外食や買い物に行ける」

ヨシコはこの結論に達し、二人に伝えた。

帰りのタクシー代が浮く上に、外食と買い物付きのお得なツアーだから

原さんと早川さんは喜んで病院に受診日の変更を頼み、了承された。


足に使われる私が事後承諾なのは、もちろん気に入らない。

それでも、老い先短いんだから月に一回ならいいか、と思い直し

アレらの通院と外食、買い物に付き合うようになった。

が、慣れてくるとワガママを言い出すのは人の常。

通院先はもう一ヶ所、眼科が増え

通院後のランチは普段行けない店を高望みするようになったので

だんだん遠出になってきたじゃんか。


そして食後はスーパーや百均、ホームセンターのハシゴ。

早川さんと原さんは、家族に頼みにくい園芸用の土や

かさばる日用品などをここぞとばかりに買う。

私は足元のおぼつかないアレらに言われるまま

荷物運びをするようになった。


歯止めの効かない老婆たちに、危機感を覚え始めた私。

長男も顔をしかめて言う。

「あんた、もう若うないんで?

よその婆さんまで車に乗して、何かあったらどうするんじゃ」

私もとうとう、子供にそう言われる年になったらしい。


そして先日、また通院日がやってきた。

この日、原さんは検査の都合で病院へは行かない。

早川さんは検査があるので、朝早くに娘さんが送って行ったため

私は10時頃、ヨシコを病院へ送る。

病院が終わったらヨシコが電話をかけてくるので

私が家で待機する原さんに電話をし、彼女を迎えに行ってから

病院へ向かう手はずになっていた。


ヨシコを病院へ送って帰ったら、原さんから電話が。

「今日は山内さんもお昼を一緒に食べたいんですって。

私は山内さんの車で病院まで行って、ヨシコさんたちと合流します」

口の軽い原さんは、この日のランチのことを

家が近い山内さんに話したらしい。


山内さんは老人体操教室の中で、車を運転する数少ない女性。

年は85才で体操教室一の若手を誇るが

筋金入りのケチで、かなり厚かましいオバちゃんだ。

この人、何かっちゅうとヨシコたち老婆をドライブに誘い

やんやの喝采を受けて女王となるが、日にちが迫ると

「人を乗せたらいかん言うて、娘に怒られたけな」

毎回、そう言って中止の電話をしてくる常習犯。


つまり山内さんは、この通院ランチのメンバーに入りたがっているのだ。

今日は初日なので、原さんを乗せて病院まで行ったとしても

それは作戦…この次は「ついでに私も」と言い出すに決まっている。

老婆が三人から四人に増える未来が、はっきりと見えた。


三人でも大変なのよ。

原さんと早川さんは両膝が人工関節、ヨシコは腰が悪いので

目を離すとすぐ転びそうになるし、車の乗り降りには介助が必要。

行く先々で杖、帽子、バッグなどの忘れ物は、もはや決定事項。
 
この上、心臓にペースメーカーの山内さんまで引き受ける自信は無いわい。

私は老婆の幸せより、自身の身を守ることに決めた。


昼近くなって、ヨシコから迎えを要請する電話がかかる。

山内さんの参戦は、早川さんの携帯電話ですでに伝わっていた。

「今日は◯◯(町内にある飲食店の名前)にするけん

このままみんなで山内さんに乗せて行ってもらうわ。

あんた、店へ直接おいで」

「わたしゃ、今日はええわ。

帰りも山内さんに連れて帰ってもらいんさい」

「え〜?」


ヨシコが気に入らないのは、当然であった。

“姑を慕ってノコノコ店に来る嫁”という理想から外れるのは

そのまんまヨシコの顔を潰すことになるからだ。

姑は家の中でも厄介だけど、アレらの真の厄介は

このように対外的な場面に潜んでいる。

ギャラリーの前で嫁が服従しなかった事実は

姑にとって「恥をかかされた」いうことになり、長く恨むのだ。

姑とは、そういう生き物である。


ちょうど夫や息子たちが昼休憩で帰って来たことを伝えると

残念そうに電話を切ったヨシコは

午後1時半、山内さんに送られて帰って来た。

不機嫌かと思いきや、寝込んでしまったのでおとなしい。

食事の後で恒例の買い物に行ったらしいが、車が暑かったのだそう。


当たり前だ。

このクソ暑い日中、90才近い年寄りが四人

山内さんの古い軽自動車で鮨詰めになるなんて、自サツ行為に等しい。

それにつけても、自身の身を守ろうとすれば、誰かの犠牲が出る…

なんと難しいものよ…私は改めて思うのだった。


同じ日、同級生のユリちゃんから電話があった。

用件はわかっている。

24日にユリちゃんの嫁ぎ先のお寺で大きな行事があり

料理番仲間の梶田さんが一人で料理をやることになっていたが

16日に断った。

そこで私に来てもらえないか、打診の電話である。


とっかかりは例のごとく、別件。

「24日はソウメンにするけど、16日は何束使った?」

「お椀で一人ずつ出したけん、20人分で10束」

「人数の半分でいいのね?

で、大葉とミョウガと…何が入っていたっけ?」

写真を撮っていたので、見ればわかるはずだけど、それがユリちゃん。

「錦糸卵とネギ」

「ダシは?」

「買ったやつを薄めただけよ」

「他に何かコツがある?」

「茹でる前にソウメンを半分に折る。

短いと食べやすいし、作る方も扱いやすいけん」

「はあ〜!半分になってるなんて全然!

聞いてみんとわからんもんじゃね!

やっぱりみりこんちゃんがいないと、私はダメね!」


ほらほら、危なくなってきた。

色々たずねて褒めそやし

「ええわ!私が行く!」

と言い出すのを待っているのだ。

「頑張ってね」

と言って終了。

この日、2回も自分を守った喜びに酔いしれる私だった。




早川さんにもらったカボチャの苗が実を結んだけど

私がうっかり切り落としてしまったのよ。

この子は守れんかった。
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

顔合わせ

2025年08月20日 09時37分09秒 | みりこんぐらし
16日は、同級生ユリちゃんのお寺で料理番

翌17日の日曜日は、再婚を決めた次男と

初婚のカノジョが主催する両家の顔合わせだった。

日頃は家でダラダラしている私にとって

この連チャンはハードスケジュールだが、仕方がない。

午前11時、我々一家は次男の運転にて顔合わせの現場へ向かった。


場所は、お互いの自宅の中間に位置する隣市の飲食店。

宮崎牛を食べさせる鉄板焼きの店だそう。

カノジョのキヨミが、ネットで探したそうだ。


車中では義母ヨシコが、久しぶりのおよばれに興奮して

舞い上がりっぱなし。

いつもそうだがこの女、自分が主役のつもりで満艦飾に飾り立て

大きな声でつまらぬことをしゃべりまくる。


それをなだめつつ走っていたら、隣の車線を白い車が追い抜いて行った。

次男の前妻アリサであった。

彼女はこの辺りに住んでいるので、不思議な現象ではない。

アレらの離婚以来、私は彼女に会ったことが無いけど

息子たちはたまに道路ですれ違うことがあるそうだ。


車のナンバーから、運転中の次男も気づいているだろうが

何も言わないので、私と長男も黙ったまま顔を見合わせるにとどめた。

アリサは元気そうなので、良かったと思った。


やがて店の駐車場に着くと、向こうはもう来ていた。

キヨミ、お母さん、お兄さんの3人だ。

キヨミは白黒模様のシンプルなワンピース

お兄さんは細身のスーツをおしゃれに着こなしている。

スラリとして、絵になる兄妹だ。


お母さんは地味でずんぐりして、いかにも真面目そう。

兄妹は、亡き父親似らしい。

「あんたと正反対の人」

次男が私に言っていた意味がわかった。


店に入る時、キヨミのお兄さんがヨシコに手を添えてくれたので

ヨシコは一発でメロメロだ。

それだけでなく、彼は冗談を交えながら

一同を明るくリードしてくれたので、顔合わせは和やかに始まる。

美容師という人慣れした職業柄もあろうが

子供の頃に父親を亡くし、幼い妹を守りながら

生真面目な母親と世間との間で揉まれてきた苦労を感じた。


お兄さんがいなければ、うちの次男を保険に入れたキヨミの母親に

私は嫌味の一つも言っていたかもしれない。

彼のスマートな立ち回りに免じて、私は矛を収めた。

次男の司会で両家のメンバー紹介をしたところ、そのお兄さん

年はうちの長男より二つ下で

字は違うけど、長男と同じ名前だった。


話しているうちに判明したが

キヨミの亡きお父さんは山口県周南市の出身だそう。

私の一つ下の妹が住んでいるのと同じ市内だ。

今年亡くなった父方の叔父も、そこに住んでいたと言うと

紹介では年齢を言うことを頑として拒否し

意固地な面を見せた向こうのお母さんも、亡き伴侶の話は嬉しい様子。

ど田舎だという、ご主人の故郷のことを楽しそうに話してくれた。


また、食事の美味しさも、和やかさに一役買った。


デザートに見えるけど、豆乳の何かと果物を使った前菜。




宮崎牛は柔らかくて、抜群に美味しかった。


食事が美味しいと、話も弾むというもの。

だって「美味しいですね〜」と言いながら顔を見合わせて

つい微笑み合うではないか。

私はキヨミのチョイスを賞賛した。


やがてお開きが近づき、ここで次男から発表が。

「入籍は今月の27日に決めました」

「はやっ!」

私は驚き、お兄さんもおどけて言った。

「おいおい、聞いてないぞ!」


キヨミは今月末で退職し、様々な手続きのため

しばらくは実家に滞在するので、当面は週末の通い婚だそうな。

「質問…何で27日なんですか?」

と聞いたら、大安だからというありふれた答えだった。


入籍が迫っているからには、もうジタバタしておられん。

「できるだけ早くシんで、キヨミさんに迷惑をかけないよう努力します」

元嫁アリサの家族との顔合わせでも言ったセリフを伝える。

それを聞いたヨシコは、前回と同じく複雑な顔だ。


向こうのお母さんは

「料理ができないのが心配で…」

としきりに言うので

「私は料理が好きなので、大丈夫です」

と答えた。

「教えてやってくださいね」

お母さんは、すがるような表情。


「家族に食べさせたいと思ったら、自然に上達しますよ。

料理ができなければ、うちで食べたらいいんです」

「本当にそれでいいんですか?!」

びっくりするお母さん。

1から5まである成績表より

全教科を4で揃えたい生真面目な人はいるものだ。


「うちは人数が多いので、それぞれが得意なことを分担して

生活しています。

ごらんの通りの下品な一家ですが、その分

できないことをあげつらう習慣は無いので安心してください」

そう言ったら、お母さんはホッとした様子だった。


「未熟な二人ですが、今後ともよろしくお願いします」

次男とキヨミが息ピッタリに立ち上がり、皆に締めの挨拶をする。

「キヨミさんを幸せにしてあげてください」

私は言いながら拍手をしたが、結婚生活はいつまで続くか。

何しろ前回のことがあるので、手放しで喜ぶわけにはいかない。


次男たちが支払いをしている間に店を出て

向こうのお母さんとお兄さんに手土産のピオーネ(ブドウ)を渡す。

あちらからは、最初に会った時にアラレのセットを渡されたが

こっちは果物なので、クーラーボックスに保管していたのだ。


こういう時はお母さんへの一箱だけでなく

別世帯のお兄さんの分として、二箱用意するのがミソ。

小さなことで、相手を尊重するこちらの姿勢がわかるというものだ。

「えっ?!僕まで?」

案の定、お兄さんは驚き、お母さんも嬉しそうだった。


帰り道、私は次男に言う。

「今度のはシャンとしとるけん

別れるとなったら何もかんも奪われるぞ。

心してかかれよ」

「わかってる」


家に帰ると、次男はすぐ釣りに出かけた。

その後、長男が私に問う。

「あの一家の苗字は何なん?」

「…知らん…」 

「息子の嫁の苗字も知らんのか」

呆れる長男。

「ヨシキが帰ったら聞いとくわ」

二度目ともなると、我ながら呑気なものよ。

ついでに言うと、顔合わせの間に夫が発した言葉は

「コーラ」の一言だけであった。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちょっと待てぃ!

2025年08月14日 10時37分42秒 | みりこんぐらし
同級生のマミちゃんとテルちゃん

それからお寺の料理番仲間の梶田さんの4人で

古民家カフェに出かけて楽しく過ごし

先日は長男が焼肉に連れて行ってくれた…

9日間の盆休みは、それで終わるはずだった。

この2回のお出かけで、友だちのいる幸せと親の幸せを満喫して

私には十分満足なお盆だった。


明後日の16日には同級生ユリちゃんのお寺で、例のごとく料理。

古民家カフェは、その打ち合わせの場でもあった。

今日から、お寺料理の買い物や下準備に入る。

お寺料理が終わった翌日、17日の日曜日はお盆休み最終日。

寺の暑さと疲労でクタクタだろうから、ゆっくり休むつもりだった。


それが昨夜遅く、次男が突然言うではないか。

「両家の顔合わせをしたいんじゃけど…」

「は?」


去年の5月、結婚一周年の記念日に離婚した次男は

早くも次を見つけて交際中だ。

うちへも2〜3回来たが、今度の子は年上で、しっかり者の美人。

保育士をしている。

相手が40もつれなので結婚の話も出ていたし

先月、次男から指輪を贈ったと報告があった。


しかし私はもう、そういう話にはタッチしないと公言していた。

誰とでも簡単に結婚したがる父親譲りの方針もさることながら

最も気に入らなかったのは、その彼女キヨミの母親。

コメント欄でちょろっと話したけど、70過ぎの保険セールスだ。


母親は最初、次男にツンケンしていたという。

「感じ悪くていけすかん」

次男はよく言っていたものだ。

母親の気持ちはわかる。

次男は見目麗しくなく、仕事はガテン、しかもバツイチだ…

父親が早くに他界し、女手一つで育てた可愛い娘を託すには

条件が悪過ぎる。


それが去年の冬頃から急に愛想が良くなり

デートの時にわざわざ弁当を作ってくれたというではないか。

どういう風の吹き回しかと思っていたら

年明けに次男を家に呼び、保険に入ることを強く勧めた。

もちろん、娘も母親とグルだ。

そして次男は掛け金が高く保証は少なく、死亡給付金だけ高額な

つまり保険屋だけが儲かる生命保険に入れられてしまった。

すでに結婚話が出ていたので、断るのは難しかったと思う。


たまたまその書類を見た私は、次男を問いただして真相を知り

怒り狂った。

「連れて来い!ぶっ飛ばしたる!

あげなベッピンが今まで独身じゃったのは

知り合うた男を母親の保険に入れてきたけんじゃろう!」

「かもしれん…」

「ノルマがあって、急に手のひら返したんじゃ!」

「多分」

「1年ぐらいして、母親に歩合が入らんようになったら

捨てられるんじゃないんか」

「かもしれんけど、ワイはそれでもええと思ようる」

そういうわけで、私は彼らの結婚にノータッチの意思表示をしたのだった。


比較対象があるって、幸か不幸かわからないが

今思えば、次男の先妻アリサの母親は善良な人だった。

「いい所へもらっていただけて、アリサは幸せです」

うちへ来て、ためらいも無く言った。

なかなか言えないよ、こんなこと。

一つ違いの私とウマが合い

「今度一緒にドライブに行きましょう」

二人で約束したが、去年の離婚からほどなく、癌で急逝してしまった。

いい人は、早く亡くなるものだ。


それはさておき今年の初夏、キヨミの母親は保険の仕事を辞めたという。

歩合が入る期間は、半年と短かったようだ。

次男とキヨミは、これで結婚の障害が無くなったと思った様子で

彼女の欲しがるままに指輪なんぞ買いおったというわけ。


さて指輪を買ったとなると、次のプログラムは両家の顔合わせ。

次男は、それを言っているのだった。


「実は、店も時間も決めてあるんよ」

非常に言いにくそうだ。

「いつ?」

「17日の昼」

「ちょっと待てぃ!今週末じゃないか!」

「前から決めとったけど、母さんは前の日がお寺じゃけん

大変じゃ思うてよう言わんかった」

「決まっとったんなら、早よう言わんかい!

着て行くモンだって無いし」

「あ、平服って決めとるけん」

「盆で美容院も休みじゃが!

盆明けに行くつもりじゃったけん、ボーボーなのに!」

「キヨミのお兄さん、美容師」

「何の解決にもならんわっ!

何でつまらんことはペラペラしゃべくり回して

肝心なことを言わんのね!」

「母さんがぶっ飛ばすとか言いようたけん、言いにくかった。

だってオレ、親父似じゃん。

キモは小さいんよ」

「わかるわ〜」


かくして17日の日曜日、両家の顔合わせに行く。

あっちはキヨミと母親、それにキヨミのお兄さんの3人。

兄嫁さんは母親と折り合いが悪いということで、欠席だ。

納得。

こっちは義母ヨシコ、夫、長男のフルメンバーで参加する。


ヨシコは次男から、早いうちに打ち明けられていたらしく

盆前に美容院へ行き、服も用意して余裕を見せている。

私は、髪ボーボーの普段着で出陣さ。

いいもんね、良い所を見せようと思わないからジタバタしない。

こうなってしまっては、次男を食い物にした怒りを封印して

円満な終了を目指すつもりだが、どうなることやら。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

梶田さんの受難

2025年08月02日 09時43分20秒 | みりこんぐらし
歩く核兵器・実家の母サチコが先月の17日に

めでたく入院をはたして以来、サチコ関連から解放されている私。

無理に入院させたと言って

恨み節の電話がかかってくるかと思っていたが、無い。

ひとまず私への依存から、脱却した模様。

お金と継子を天秤にかけたら、そりゃお金の方が大事よ。


泥棒騒ぎまでは、いつも頭の隅に彼女が引っかかっていた。

次はいつ電話があるか、今度は何を言い出すかを始め

家に行った時にやり残した家事、持ち帰るのを忘れたゴミ

切れたらこの世の終わりみたいに騒ぐ日用品や仏壇の花の補充…

親の世話をしたらわかるだろうけど、常に何かを気にしていたように思う。


家主が入院中とあらば、家に風を入れたりシーツを洗ったり

留守宅でやることもたくさんあるはずだが、やらねえよ。

カビが生えようがダニに食われようが、知ったこっちゃないわい。

だって彼女が選んだ道だもの。


全てがスッキリと無くなった私は今、自由だ。

この貴重な自由を有効に使いたいが、何しろこの暑さ。

行きたい場所とて無く、現在はもっぱらマミちゃんの店に行き

ユリ寺の料理番仲間の梶田さんと合流しておしゃべりをしたり

ランチに出かけたりしている。


3人の話題は今月の16日、ユリ寺のお盆行事で作る料理の話。

ユリちゃんからは7月の初めに電話があり

お盆の料理を打診されたが、私はいい返事をしなかった。

当時は、サチコが絶賛暴走中。

1ヶ月半も先のことは考えられない…ということにしていたのだ。


一方、マミちゃんと梶田さんは、やると返事をした。

私の痩せっぷりを心配する二人は

「買い物や料理はうちら二人がやるけん

みりこんちゃんは段取りの指示を出してくれるだけでいい」

と魅力的な条件を提示してくれたため、私も参加することにした。


そうよ、わたしゃ何だかんだで結局14キロ痩せたわよ。

あと3キロで、高校時代のスレンダーボディに戻る。

体重は戻っても、干からびた婆さんには変わりなく

あの頃のピチピチした私はもういないのが残念なところよ。


ただ、小太りとガッチリの狭間のまま

入る服が無いとボヤきながら◯んで行く予定だったのが

着ぐるみを脱ぐことができたのは嬉しい。

その点、サチコの威力には感謝している。



さて自由を得て、マミちゃんや梶田さんと話す機会が増えた私。

久しぶりに梶田さんとゆっくり話して、ユリちゃんの進化に驚いた。


「こんなこと言うのはアレだけど…」

人の悪口を言うのも聞くのも嫌いな梶田さんは、口ごもりながら話した。

先月、ユリちゃんのご主人モクネン君の同窓会があり

その二次会がモクネン寺で行われたそうだ。

その席になぜか、梶田さんが誘われた。

「同窓会の人ばっかりじゃなくて

私の飲み友だちも参加する気軽な集まりだから、遠慮なく来て」


ユリちゃんに負けず劣らず酒好きの梶田さんは

喜んで参加することにした。

彼女は、マミちゃんや私とは比べ物にならないほどの頻度で

ユリちゃんから料理をねだられているので

日頃のねぎらいの意味もあるのだろう、と思ったそうだ。


しかし当日が近づくと、ユリちゃんから

「料理が少なくて寂しいので、軽くつまめる物を作って来て欲しい」

と言われ、料理上手の梶田さんは持って行った。

一旦「行く」と言ったんだから、「何か持って来い」と言われて

「それなら行きません」とは言えない…彼女は思ったという。





軽くつまめる物と言われたので、こんなのをこしらえて行ったげな。


それでも彼女は、宴会に呼ばれたと信じていた。

しかし寺に到着すると

大広間にはテーブルを利用したカウンターが設けてある。

梶田さんはユリちゃんから、そのカウンターに入るよう言われ

お客に料理を取り分けたり、お酒を作ったりの接待をしたという。


「自分はお客じゃなかったんだ、と気がついたけど

今さら帰るわけにもいかないでしょう。

どうにでもなれと思って、後片付けもして帰ったわよ」

聞くも涙、語るも涙の話である。


最初は宴会のお客として誘ったものの

その日が近づいたら欲が出て、「何か持って来い」。

当日、料理を持ってノコノコ行ったら

自分はお客じゃなくて労働者だったという展開。

さすがはユリちゃんだ。


身内だけでいいとこ取りして、他人を便利に扱う…

言うに言えぬこの感じ、継子暮らしに似てるわ〜!

梶田さんに心から共感する私。

というのも毎年、母の日と11月のサチコの誕生日には

関西在住の実子マーヤから、美しい蘭(らん)の鉢植えが送られてくる。

マーヤからサチコに何かが送られて来るのは、年に二回のこれだけだ。

送らないと催促の電話があるから、それが嫌で送るのだ…

とはマーヤの弁。


サチコは、届いた蘭を玄関の目立つ所に飾る。

デイサービスの迎えで訪れた施設の職員はそれを見て

「まあ!綺麗なお花!」

とお上手を言う。

「娘が私のために送ってくれたのよ」

誇らしげに微笑むサチコ。


それはいい、全然いい。

が、関西くんだりから送られてくる鉢植えは

縦1メートル超、幅50センチぐらいの大きな段ボールに入っている。

その段ボールを持って帰って捨てるのは、私だ。

実家に行くと、私に持って帰らせるつもりで

他のゴミまで詰めた段ボールが裏口に置いてある。


やがて蘭は、枯れる。

その鉢を持って帰って、捨てるのも私だ。

「鉢はいい物よ」

サチコはこの言葉も忘れない。

いい鉢を私にくれてやるという、上から目線の構えだ。

もちろん、捨てる。

つまり私は、アレらが年に二回行う親子ごっこの後始末を

させていただいているというわけ。


段ボールや枯れた鉢植えの始末ぐらい、どうってことない。

ないけど、このような

口にしたら自分の狭量が虚しくなるので言うに言えぬ大小の事柄…

そんな気持ちと二人三脚で生きるのが継子稼業。

シチュエーションは違えど

梶田さんも似たような苦みを味わったと思われる。

こういうのは、他の人に経験してもらいたくない。

後味の悪さが残るだけで、何の糧にもならないからだ。


「ごめんね、こんなこと聞かせてしまって…

でも聞いてくれてありがとう」

梶田さんは謙虚だ。

ブログで何でもぶちまける、みりこんとかいうヤツに聞かせてやりたい。

「もうユリさんの顔を見るのも歯がゆいけど

あなた達と過ごす時間が好きだから、お寺料理は続けるつもり」

梶田さんは、そう結んだ。


人に対して、自分が何をしているかわからない人はいる。

それを指摘されても、何がいけないのか全くわからない。

そういう人は、なぜか長寿だ。

少なくともユリちゃんの長寿は約束されたかもしれない。
コメント (13)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

罰ゲーム

2025年07月29日 09時50分53秒 | みりこんぐらし
結婚以来45年間、元旦を除く毎日

実家へ里帰りしていた夫の姉カンジワ・ルイーゼ。

しかし10年ほど前、旦那のキクオがパーキンソン病に罹患し

今年に入って要介護が付くと、実家通いがめっきり減った。

デイサービスを拒否するキクオに合わせ

訪問介護に訪問入浴、訪問リハビリと

家に人が来る機会が増えたので、留守ができなくなったからだ。


よってこのところ、ルイーゼの実家通いは週に一度か二度になった。

あれほど鬱通しかった彼女の里帰りだが

あんまり来なくなると、何やら寂しい。

人間というのは勝手なものだ。


が、ここに新たな問題が勃発。

ルイーゼが、土産代わりに持って来る料理の差し入れである。

凝り性の彼女はキクオの身体のことを考えて勉強し

果敢にあれこれ作るのだ。

しかし本人はあまり食べないそうで

前日の残り物をチマチマと小さいタッパーに入れて

うちへ持って来る。


表向きは、義母ヨシコの昼ご飯ということになっている。

息子夫婦と暮らす母親が、きちんと栄養を摂っているか心配なのだ。

多分だけど、私と違って繊細なお嫁さんだったら

それだけで喧嘩を売られているような気がして

おそらく傷つくのではなかろうか。


それはさておき

「娘が作って持って来てくれた!」

ヨシコは家族に触れ回って、食べることを強要する。

そして本当に食べるかどうかをじっと見守る。

これがルイーゼが来た日の恒例行事である。


しかし実態はルイーゼ宅の残飯だから、不味い。

塩分を憎むルイーゼの料理には味が無いので、さらに不味い。

ヨシコもそれがわかっていて、自分はほとんど箸を付けず

我々にしつこく勧めるのだ。

「みんな喜んで食べたよ!」

空のタッパーを返す時、ルイーゼにそう報告するためである。

気持ちはわかる。

可愛い我が子が作った物を捨てるなんて、親にはできまいよ。


私を含めた家族一同は、この行事に悩まされるようになった。

ルイーゼが作って持ち込む物といったら、全品くまなく罰ゲーム級。

「こりゃ食えんわ…」

「キクオもかわいそうじゃの…」

夫や息子たちは、これを毎日食べさせられるキクオに同情しきりだ。


しかし、罰ゲームに甘んじてばかりのキクオではない。

彼はコンビニをこよなく愛していて

それは病気で身体が不自由になった今も変わらない。

隙あらば介護タクシーでコンビニへ行き

弁当や惣菜、パンやお菓子を買い込んで

豊富な食欲を満たそうと懸命である。

お陰で重い糖尿病も発症し、時々低血糖で倒れる。


ともあれ娘の料理を家族が食べるか否かに目を光らせるヨシコだが

翌日になれば忘れているので

見つからないようにこっそり捨てるのが私の仕事になっている。

生ゴミを減らしたいミニマリスト、ルイーゼのために

こっちの生ゴミが増える虚しさよ。


現在、キクオはパーキンソン病由来の便秘だそうで

研究熱心なルイーゼは便秘解消の料理に余念がない。

ヒジキの煮物、ゴボウのかき揚げ、ワカメの酢の物など

いかにも腸活に良さげな物が、うちへ運ばれている。


中でもヒジキの煮物は、かなりの罰ゲームであった。

「これ、おかしい!化粧品の味がする!」

ヨシコに強く勧められ、シブシブ一口食べて見せた長男が吐き出したので

私も恐る恐る試食してみた。

確かに後口が、化粧品みたい。


ルイーゼが妙な物を入れているのではない。

匂いの原因は、ヒジキと一緒に大量投与された干し椎茸。

ルイーゼ御用達の激安スーパー製だ。

あのスーパーは確かに安いが、中には安かろう悪かろうも混ざっていて

その見極めに時間を取られたくない私は行かない。

乾物は中国産などの安い物に飛びつくと、こういうことがままあるのだ。


本格的な便秘は、それら“いかにも”では解消しにくい。

活動を休止している腸に、大量の食物繊維を一度に送り込んだら

本人はかえってしんどいこともあるのだ。

が、ルイーゼが言うには、何を作ってもあんまり食べないそうで

だから残ったのがうちへ来るわけなので、さほど心配ないと思っている。


食べられる意欲と体調があればの話であり

私の個人的な意見に過ぎないが、こんな時は意外とカレーがいいんだぞ。

市販のルーでも、一から手作りする本格カレーでも何でもいい。

糖尿病でジャガイモがNGなら、ナスを使う。

暑いから面倒だけど、煮込んだ野菜がいい仕事をするらしい。

見下している弟嫁の言うことなんぞ

ルイーゼが聞くわけないから言わないけどね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン外伝・シルバーストリート捕物帖

2025年07月23日 09時29分28秒 | みりこんぐらし
7月に入った途端、実家の方角からハルマゲドンが降り注いだが

ここしばらく、我が家の方もなかなかのハルマゲドンっぷりであった。

というのも、この春先だったか

また長男と次男の冷戦が始まっていたからだ。


口をきかない、食事は別々、家の中で顔を合わせないよう

お互いに時間をずらして行動…

数年おきに始まる、この静かなバトル。

私は彼らの食事の世話や連絡係として

何かと気ぜわしい日々を送るのだが、今回は3〜4年ぶりぐらいか。

前回は4年間ほど、こんな状態が続いたように思う。

兄弟が同じ会社に勤めていると、これはお約束みたいなものだ。

仕事の方針の違いや他の社員の手前、横柄な兄に生意気な弟…

彼らがタモトを分つネタはたくさんある。


勝手に喧嘩しているのだから、放っといたらいいと思うだろう。

私だって、姑と暮らしていなければ放置する。

が、義母ヨシコがいると、そうはいかない。

特にうちの義母ヨシコは一人っ子…

兄弟は仲良くするものだと思い込んでいるため

二人の間で右往左往、何もできないのに手を出し口を出し

そっとしておけばいずれおさまるものを

火に油を注ぎたがるので、問題がややこしくなる。

これ以上の悪化を防ぐため、私が忙しくなるという構図だ。


今回の次男は、転職を考えていた。

手に職を付けようと、車関係の工場を経営する50代の男性の所へ

弟子入りしたのだ。

その男性、元は日本刀の刀鍛冶(かたなかじ)という変わり種。

次男は休日になると、車で1時間ほどかけて男性の営む工場へ通い

本人いわく“修行”に励んでいる。


「あんたの人生じゃ、悔いのないようにやりんさい」

次男に打ち明けられた時、私は言った。

もう兄弟のいざこざはまっぴら、という気持ちもあったが

年上のしっかりした男性から何かを吸収するのは

良いことだという思いもあった。

ほら、年上のしっかりした男性ってのが、うちにはいないからさ。


3ヶ月ほど熱心に通っていた次男だが

6月半ば、彼の心に迷いが生じた。

会社のボーナスが、ドカンと上がったのだ。

長年、中途転職のオジさんばかりを採用し続けたあげく

人材の墓場と成り果てた本社グループの現状に

ようやく気づいた社長の判断によるものである。

社長の直筆で、「ボーナスを上げるから、辞めないでね」

簡単に言うとそんな内容の文書が社内に回った。


「辞めるの、惜しいよの…」

次男は言い始めた。

転職熱が下がってきたらしい。

長男は長男で

「あいつが辞めないのなら自分が辞める」

時にそう口走っていたのが

「何があっても、かじりついとこうっと」

そう言うようになった。

お前ら、要は金か。

ともあれ、この面倒くさい兄弟はそれぞれ笑顔が増え

私はかすかながら雪解けの気配を感じたものである。


やがて7月に入った。

認知症が進行してきた実家の母サチコの

荒ぶる魂に対応していた最中…正確には7月4日、金曜日の午後。

義母ヨシコは例のごとく、週に一度の老人体操教室に参加するため

うちの裏手に住む早川さんと二人

手押し車を押して近所の集会所へ行った。


それから2時間半後、体操教室が終わった頃を見計らって

私も例のごとく、集会所まで歩いて行く。

体操教室が終わった集会所の駐車場に、移動スーパーが来るからだ。

移動スーパーでヨシコと買い物をし

早川さんと3人で、またタラタラ帰るのが金曜午後の習慣である。


その日、私が集会所に向かっていると

サイレンを鳴らすパトカーとすれ違った。

交番の警察官もバイクで

シルバー・ストリートをせわしそうに行ったり来たりしている。

「また誰か、年寄りが◯んだかな?」

そう思いながら買い物をしていると、早川さんの娘さんが来た。

「お母さん、お客さんよ」

娘さんはそう言い、車で早川さんを連れて帰った。


早川さんの娘さんは私と同じぐらいの人だが

遠くへ嫁いでいるので、見るのは初めてだ。

その前日は早川さんの姪御さんの葬式だったので

娘さんはそのために帰省したのだろう。


警察が来たのは、そのすぐ後だ。

移動スーパーで買い物をしている我々にiPadの写真を見せ

「こういう人を知りませんか?」

一人一人にたずねる。


あまり鮮明な写真ではないので

60代後半から70代の白髪頭のオジさんという程度しかわからず

知らない人だった。

ただ、普通に写した写真ではない。

洗濯バサミがたくさんぶら下がった、洗濯物を干すやつ…

あれに正面から手を伸ばしている、ちょっと変わった写真だ。


それは、下着泥棒の決定的瞬間をとらえた写真だった。

母親が体操教室へ行ったため、一人で家に居た娘さんは

庭の洗濯干し場で音がするのに気づいた。

すると見知らぬ男が、自分のパンツに手を伸ばしているではないか。

そこで携帯を持ってこっそり近づき

ガラス越しに撮ったのが、あの写真。


娘さんはすぐ110番し、駆けつけた警察官と写真を共有したそう。

それを聞いて、彼女の勇気に感心すると同時に

私だったら、まず携帯を探すところから始まるので

激写は間に合わないだろうと思った。


警察はiPadに収められた男の写真を持って

シルバー・ストリートの家々を回り、聞き込みを開始。

もちろん、うちへも来る。


ヨシコと私は集会所に居るので留守。

家には、仕事が早めに終わった長男がいた。

「こういう人を知りませんか?」

門のところで警察官に写真を見せられた長男は

「知らない人です」

そう答えて家の中へ戻ろうとした瞬間、そこへ次男も帰って来た。


ここで、物見高い次男の血が騒ぐ。

「何があったん?」

口をきかないはずの長男に話しかけ、長男はことの次第を説明。

仲の悪い兄弟は、一瞬にして元通りになった。


その後、早川さん宅の庭で長いこと現場検証が行われていたが

写真があるので、犯人はじきに逮捕された。

後で聞いたが、早川さん宅の裏にある畑に時々来る人だったそう。


早川さんは、息子一家と同居している。

息子一家の洗濯物は2階のベランダに干し

早川さんは別に洗濯をして、1階の庭先に干す。

いつもはお年寄りの洗濯物だけなのが

この日に限って葬式に帰省した娘さんの物があった。

この変化が、変質者の意欲を刺激したと思われた。


もちろん、下着泥棒は悪い。

目撃した早川さんの娘さんも、さぞ怖かったことだろう。

しかし私にとって下着泥棒は、長く続くと思われた兄弟の冷戦を

一発で終わらせてくれた救世主であった。


我が子の兄弟仲が悪いって、親にとって本当に辛いものなのよ。

あの苦しみに比べたら、サチコのハルマゲドンなんて知れてるわよ。

何が幸いするか、わからないものね〜!


その後も次男は、相変わらず修行に通っている。

「奥の深い仕事だから、習って損は無い」

彼は言うが、工場は彼女の家と近いため

おデートに便利というのもあるようだ。


あ、そうそう、シルバー・ストリートでは数年前にも

下着泥棒の事件があった。

その時の犯人は、庭に入っても怪しまれないように

ガス供給会社の作業着を着ていたそうだ。

気をつけましょう。




早川さんにもらったオクラが、庭で成長中。

赤いけど、茹でたら緑色になります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・13

2025年07月20日 10時00分39秒 | みりこんぐらし
今日は参議院選の選挙日です。

期日前投票は済まされましたか?

今回の参院選は、日本の未来を決める大切な選挙です。

まだ投票がお済みでない方は今日、ぜひ投票に行ってくださいね。

投票したら俄然、夜の選挙速報が楽しみになります。

私なんて、そのために行ってるようなものです。



さて、無事に入院したサチコだが、ホッとしてばかりはいられない。

やるべきことが、幾つかある。

まず新聞販売店に電話して明日からの新聞を止め

次に民生委員への連絡。

入院したことを知らなければ

誠実な彼は暑い中を何度も訪問するだろうから、留守を伝えておく。


それから隣の家、さらにサチコの鬼電の犠牲となった姪の祥子ちゃん。

「何とかして」と言われたので、何とかしたことを連絡する。


「祥子姉ちゃん、迷惑かけてごめんね。

さっき入院させたけん、しばらく大丈夫よ」

「サチコ叔母さん、入院したん?

それがええわ…本人もしんどかろう」

「夏に悪化するけん、暑い間は病院よ」

「ずっと入院しとくことは、できんの?」

「まだ元気なけん、無理なんよ」

「そりゃ残念じゃね。

ちょっとの間じゃけど、あんたも身体を休めんさいよ」

「うん、ありがと」

「マーヤちゃんは、話し合いに帰ると言うとった?」

「そげな話は出んよ。

帰るわけないじゃん。

あの子は最後まで、逃げ切る気じゃもん」

「やっぱり…

私、マーヤちゃんと久しぶりに話して、びっくりしたんよ。

こっちが一緒懸命に話しても、全然他人事。

自分の話すことが、マーヤちゃんの頭を素通りするのがわかるんよ。

ほんと、あれはショックじゃった。

一回帰って、みりこんちゃんと話し合えって言ったら

仕方なくウンと言ったけど、あれは早う電話を切りたかっただけなんじゃね。

何の役にも立たんで、ごめんね」

「ううん、私は嬉しかったよ…ありがとう」


それらが終わると、マジで役に立たない妹二人に連絡。

マーヤには、なかなか電話に出ないから困ったと

嫌味たっぷりに伝えた。

生徒に怪我人が出て、手が離せなかったそうな。

ああ、そうですかい。


ついでに、入院費の請求があんたとこへ行くから支払え、という旨と

入院する時に先払いする3万円の“預かり金”を立て替えているので

領収を送るから私の口座に振り込めと伝えた。

これぐらいはしてもらう。

私なら3万円を送る時に、日頃のお礼として金額に色を付け

別便で何か品物でも送るが、マーヤは3万円ポッキリに違いない。


ともあれサチコは、デイサービスの代金が引き落としなのに

病院の入院費が振り込みなのはおかしい…

私が入院費の支払いを口実に通帳を預かって

うまいことチョロまかしているんじゃないのか…

ずっとそう言って疑っていた。


何年も通うデイサービスとは違って、病院は3ヵ月で退院するので

引き落としの手続きはしない…

口座から口座に振り込んでいるから、記帳を見ればわかるだろう…

口を酸っぱくして何度も説明してきたが、納得しないままだった。

やはり老人のお金は、実子が扱うのが正解だ。

いちいち疑われて警察に通報されたんじゃ、かなわん。


その警察沙汰だが、サチコの主張は

継子に無断で書類を書かれて実印を押され

家の名義を変更されたというもの。

それが事実と断言するのであれば

まず書類の提出先である国土交通省に問い合わせ

書類の存在を確認するのが先である。

国交省からうちへ調査に来た職員の名刺があるのだから

そこへ電話を一本かければ済むのは誰でもわかるだろう。


そして本当に書類が提出されていたら、無効の手続きを取れば

継子の陰謀は終わる。

無効が無理となれば、ここで裁判か警察だ。


しかしサチコは本丸の国交省を避けて、いきなり警察へ行った。

私は「国交省に聞いてみろ」と何度も言ったが

そのことに触れると、いつも話をそらした。

認知症は言い訳にならない。

手当たり次第に電話をかける電話魔サチコが

国交省だけ避けるのは不自然である。

つまりサチコに、書類の提出先を確認をする気は無いのだ。


それを「なぜ?」と疑問には思わない。

私にはわかっている。

ヨレヨレのサチコを連れていると、地元の人々は言うさ。

「優しい娘さんがいて良かったですね」

「しっかりした娘さんが近くで安心ね」

サービス精神旺盛な人になると、「綺麗な娘さん」とまで言う。


サチコはずっと、これが気に入らなかった。

彼女にとって優しくて、しっかりしていて、ついでに綺麗な娘は

実子のマーヤでなければならないからだ。

そしてそれを言われるたび、サチコにはこう聞こえたはずである。

「あれほどかわいがっていた、自分の子はどうしたの?」


実子の無関心は、サチコにとって最大の泣きどころ。

聞くたびに身を切られるような思いなのは

途端に落ち着きが無くなって機嫌が悪くなるので、私にも見て取れた。


そして言う方もそれをわかっていて、わざと言っているフシがあった。

小さな田舎町のことだ…

彼女の激しい性格はもとより、彼女が我々継子をどう扱ってきたかを

知らない者はほぼいない。

サチコが老いさらばえ、安全が確保されたから言うのだ。

それが人心というものである。


何とかして継子を下げなければ、実子が悪く言われてしまう…

焦るサチコの意識は、立ち退き調査を引き金に警察へ向かった。

本当は書類なんか、どうでもいい。

継子の手癖が悪いことを公にすれば、一気に落とせるではないか。

継子を落とすと実子が自動的に上がる…それがサチコの脳内システム。

これが警察沙汰の真相である。


なさぬ仲を知らない人は、これを“継子のひがみ根性”と呼ぶだろう。

私もそれに異存は無い。

無力な子供の頃から、いびつな家庭で理不尽を強いられた者は

苦い体験による学習を積み重ねて人間の心理を知り

冷静かつ理論的に誤解を解く口を持つようになる。

そうならなければ、自分の身を守ることはできないからだ。

かくして今の私ができあがった。

元はひがみ根性だ。



さてさて入院の翌日、正確には一昨日

さっそく病院のサチコから電話がかかってきた。

入院させられた恨み言かと思い

今日も怒鳴っちゃるで〜!と、やる気満々で出たら

前日とは一転、すこぶる上機嫌だ。

「あんた、新聞を止めとってや」

「昨日、止めたよ」

「あら、ほんと!やっぱりあんたは私と違って冴えとるね〜!

はいはい、ありがと」

これで終了。


ちょっと〜、せん妄チックにしてくれないと

私が嘘ついて入院させたみたいじゃんか。

ともあれ、調子はいいらしい。



警察からの電話があって以来、これはもつれるかも…

そう考えて始めた、このハルマゲドンシリーズ。

一度聞いていれば、老人の言動に衝撃を受けたり

むやみに心を痛めることが少ないと思い

僭越ながらお話しさせていただいた次第です。

ムナクソ辛気臭い話に根気強くお付き合いくださいまして

誠にありがとうございました。


重ねて申し上げますが、選挙、行ってくださいね。

あ、サチコ連れて行くの、忘れてたけど。

《完》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・12

2025年07月19日 09時14分03秒 | みりこんぐらし
入院当日、正確には17日の昼、サチコから電話があった。

「あんた、病院は今日じゃったよね?」

前日とは打って変わり、明るくハツラツとした声だ。

そうよ、サチコは昔から

機嫌や調子が猫の目のように目まぐるしく変わるのが特徴なのさ。


前日の弱々しい様子であれば、うまくすると任意入院になって

実子マーヤの許可は、書類送付による事後承諾で済むと思っていた。

が、今日は無理じゃな…私は残念に思った。


1時間後、私はサチコを迎えに行った。

泥棒にされて以降、家の鍵はサチコに返したことになっているので

私は玄関のチャイムを押して待つ。

スペアキーは返したが、メインキーは持ったままだ。

しかしサチコは返したと思っているので、持ってないフリをする。


老人は出てくるのが遅い。

サチコは特に遅い。

訪問者が私だと、なおさら遅い。

外で長いこと待つのを前提に、タオルを持って来たが

幸いにも雨が降り始め、風も吹いていたため

汗だくにならずに済んだのは幸運であった。


「帰りに郵便局へ寄るけんね。

通帳の磁気がダメになっとるそうなけん、作り直さんといけん」

本日はしっかりモードのサチコ、すんなり車に乗り込むと

病院までの道すがらでしきりに言うが、あなたに“帰り”は無い。


途中、デイサービスの施設に寄って

あらかじめ頼んでおいたサチコの薬を受け取る。

薬の管理ができないサチコは

昼と夕に施設からの弁当を届けてもらう時、職員に薬を飲ませてもらう。

だから薬は全て、施設に預けている。

入院する際は、病院へそれらの薬を持って行くことになっているのだ。


今回、病院からの指示は無かったが

必ず後で「持って来い」と言われるのはわかっている。

二度手間になるので、こっちが気を効かせるのだ。


薬を受け取ったのがバレないよう、バッグは大きい物を持って来ている。

子育て中のバッグも大きかったが、老人との対戦も

バッグは大きい方が便利だ。

サチコには「介護保険の書類を取りに来るよう、言われている」

と言って誤魔化した。


やがて病院に着いて血液、レントゲン、心電図などの検査。

認知度のテストもあったらしい。

サチコの話では、大体できたそうだ。


検査が終わると、担当医の診察。

「サチコさ〜ん、ちょっと不整脈が出てるのよ〜。

血液検査の結果も心配なんだけど、身体、しんどくない?」

担当医は明るく問いかける。

「何ともありません」

キッパリと答えるサチコ。


「今日はここに泊まってもらって様子を見たいんだけど、いいかな?」

「えっ?泊まるって?入院するということ?

嫌じゃ!

そんなつもりで来てないから、何の支度もしてないし!」


入院を悟られてはいけないので、支度は何もしてない。

なまじ本人が入院するつもりだったとしても

私が家に入り、着替えや洗面道具なんかを準備したら

また「引き出しを探って金品を盗む」と言い出すのは明白なので

関われないし、関わりたくもない。

必要な物は病院の売店で、介護士に全部買ってもらうつもりだ。


「お年だからね〜、何かあったら僕が心配なのよ」

担当医は、できればサチコが納得づくの任意入院にしたい様子。

しかしサチコが頑なに入院を拒否し続けるので強制入院に切り替え

マーヤに電話することになった。

時間は2時40分、マーヤが「電話に出られる」と言った時間だ。

私は安堵した。


しかし何度かけても、マーヤは出ない。

10分、20分と時間は過ぎ、担当医は検査の結果待ちや

サチコへの聞き取りを理由に時間を稼ぎながら

たびたび隣の別室に赴いてマーヤに電話をかけ続けるが

3時10分になっても電話は繋がらない。


「どうする?今日は一旦帰って、仕切り直す?

あんまり嫌がるから、しのびないよね」

「そうですね…」

「最後にもう一回かけて、ダメだったらそうしようか」

担当医はそう言って、また隣室に消えたが

やっぱり電話は繋がらず、私は諦めて立ち上がった。


ロビーでは、看護師に引き留められているサチコが

「帰る!帰る」と叫んでいる。

この次はもう、警戒して私に付いて来ないだろうから

当分、入院は無理だな…。


担当医も同じことを考えていたのか、ここで奥の手を繰り出した。

「サチコさん、このまま帰すのは心配だから

今日は点滴して帰りましょうよ」

「点滴?!嫌よ!私は元気なのに何で?!

この子も家族がたくさんいるから、早う帰らんといけんのです!

ねえ?みりこん?忙しいよねえ!」

こんな時だけ、急に私の家事を心配して見せるサチコ。


看護師に点滴室へ連行されそうになった3時15分

ようやくマーヤと電話が繋がり、入院が決定した。

ギャ〜ギャ〜わめくサチコ、担当医、看護師、相談員、私…

5人はエレベーターになだれ込み、3階の病棟へ。


病棟入り口にある鉄製の扉が閉まるまで、サチコは私の手をつかみ

「連れて帰って!」と叫び続ける。

その手を冷たく振りほどき、入院手続きのために階下へ。


「テストでは、認知度がかなり低下しています」

相談員は言った。

サチコは「大体できた」と言っていたが、錯覚だったらしい。

担当医が記して私がサインをする治療計画書には

症状の所に“せん妄”と書いてあった。

認知症界隈では、妄想に駆られてあらぬ言動に走ることを

せん妄と呼ぶのだ。


聞き取りでは、入院費の請求先もたずねられる。

「今までは私でしたけど、もうお金のことに関われないので

実子の住所へお願いします」

と言った。


聞き取りが終わると、入院後の対策について話し合う。

大したことではない。

まずサチコが持って来たバッグを私が持ち帰るか、病院に預けるか。

保管の責任が生じるので、相談員は私に持ち帰ってもらいたい様子だが

「財布と通帳と印鑑とが入っているので

泥棒が持って帰ったと知ったらショックだと思います」

と言い、病院に預けることにした。


次は着替え。

手ぶらで来たので、服や下着が無いという問題だ。

「後日、持って来ていただけそうですか?」

「私が家に入って引き出しをつつくと配置が変わって

退院後に、また盗んだと言い出すので

売店で買っていただければありがたいんですが」

「それは構わないんですが、サチコさんはお洒落でしょう。

売店にはトレーナーやジャージみたいなのしか無くて

嫌がられると思うんです」

もっともな話だ。


「じゃあ、少し落ち着かれたら、一度スタッフと一緒にご自宅へ帰って

着替えを持って来ることにしましょうか。

バッグの中にあった鍵は、ご自宅の鍵ですよね?」

名案である。

「ぜひ、お願いします」


そして4時半、私は解放された。

この瞬間は清々しいが、明日から恨みの電話がかかるかも。

マーヤの電話番号を教えてやろう。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・11

2025年07月18日 08時26分07秒 | みりこんぐらし
月曜日の朝、私は満を持して精神病院に電話をかけ

サチコを担当する男性の相談員を呼んでもらった。

「7月1日から急に調子が悪くなったんですが

次回の受診が8月18日なので、それまで大丈夫か心配なんです。

診察日を早めていただくことは、できますでしょうか?」

入院の二文字は、自分から言い出さない。

面倒くさいから入院させたがっている…

そんな印象を与えたくないという、私の見栄だ。


「それはご心配ですね。

サチコさんは、どんな様子ですか?」

相談員にたずねられ、私は現状を説明。

立ち退きの調査員が家に来た夜から突然、泥棒扱いが始まった…

特に家の立ち退きに関する書類に執着して

ありもしない書類を返せと興奮し、再三、電話をしてくる…

警察への通報が2回、親戚への電話責めが1回…

その親戚は以前にも電話の被害に遭っているため

(コーラスを辞める辞めないで揉めた時)

「怖いから何とかしてくれ」と言われて困っている…

加えてデイサービスからのメールで知った

“死にたい”発言も添える豪華版だ。


相談員は、察しが良かった。

「入院の希望はされますか?」

迷わずハイと答える。

「では担当医に伝えて、折り返しお電話差し上げますね」


数時間後、相談員から電話があった。

「先生は、入院した方がいいという判断でした。

17日の木曜日、午後2時に連れて来てください」

しめしめ…。


「それでサチコさんは、すんなり来られますかね?

そんな感じだと、入院に抵抗を示されるような気が…」

「私もそう思いますが、何とか連れて行ってみます」

「もし大変でしたら、お電話ください。

その場合は強制入院になると思いますから

実子のかたと連絡が取れるようにしておいてくださいね」

本人が納得して入院する任意入院と違って

医師の判断による強制入院だと、実子マーヤの許可が無ければ

病棟に入れない規則があるのだ。


「わかりました、ありがとうございます」

電話を切った私は、ちょっと考えた。

入院の許可は朗報だけど、サチコをどうやって連れて行こうか…

が、考えたって仕方がない。

とりあえず、今できることをやるのみ。


そこでまず、デイサービスの施設にメールした。

昼と夕に、サチコの所へ配達される弁当を止めるためだ。

「母の症状が良くないので病院に相談したところ

17日からの入院が決まりましたので

しばらくデイサービスをお休みさせていただきます。

お弁当の配食は、17日の夕食から止めてください」


ケアマネの返事は、すぐに来た。

「ご連絡ありがとうございます。

しばらく入院されて、ゆっくり治療されるのがいいですね。

退院予定日がわかりましたら、またご連絡ください」

ケアマネも安堵したらしき文面。

この2週間、サチコの扱いが大変だったのかも。


続いて、サチコの入院を待ち焦がれていたマーヤにメール。

「そういうわけで入院する。

17日の午後2時以降、担当医が許可の電話をするけん

いつでも携帯に出られるようにしといて」


マーヤの返事はすげない。

「入院できて良かったよ。

午後から学校の大掃除で教室に居るから

2時40分までは携帯を持てなくて電話に出られないんだよ。

許可しますって、私の方から先に電話して伝えるか

着信があったら、こっちから病院に折り返せないかな?」

この温度差、腹立つわ〜!

先に許可したり、折り返し電話ができんから言うとるんじゃ。


中学教師のマーヤが、教室で携帯に出られないのはわかる。

生徒には日頃、教室で携帯見ちゃダメと言いながら

自分にかかったら出るなんて、許されまい。

が、緊急を要する事態に、大の大人がその気になれば

頭を使って何とかなりそうなものじゃないか。


が、マーヤの気持ちもわかる。

祥子ちゃんにサチコを引き取れと言われ、警戒しているのだ。

触らぬ神に祟りなし…

マーヤが私と距離を取ろうとしているのは

一歩離れたよそ事のように振る舞うメールの文面でわかる。

すでに夏休み恒例の家族旅行も決まっているだろう。

サチコのことなんかで、計画を狂わせるわけにはいかないのだ。


「強制入院は規則が厳格じゃけん

担当医がマーヤに直接電話するしか無いんよ」

私は怒りを抑えて返信。

「わかった、携帯持っておくね」

…電話に出られるんじゃん!キ〜!


その夜、マーヤからメールがあった。

少しは自分の無関心を振り返ったかと思いきや

またサチコから電話があったという被害報告だ。

自分はボケてない、書類を見たと言い張っている…

みりこんを訴える!あんたも訴えたいじゃろ?と言うので

恥をかくからやめるよう言った…

夏の間だけでも入院してくれたらいいな…

という内容。

家族旅行があるからのぅ。


「訴えたいなら弁護士を紹介してやるが

サチコの理屈じゃと門前払いじゃ」

そう返信した。


そして水曜日の朝、しばらくぶりでサチコに電話。

あんまり早く言うと、忘れてしまって

「聞いてない!」とキレるだろうから、前日まで待った。


時間は、デイサービスに行く直前。

この時を選んだのは、これからデイサービスで人に会えるため

ハイになりつつあって、多少は精神状態が良いからである。


「おはようございます、みりこんです」

「…おはよ…」

声が弱々しい。

連日に渡り、次から次へと湧いてくる妄想に取り憑かれ

心身が疲れ果てている様子だ。


「精神病院から電話があったんだけど

暑いけん、先生が心配してくださって、診察したいんだって。

明日、行ってみようや」

「…明日?…迎えに来てくれるん?」

「1時半に行くよ」

「うん…わかった…」

泥棒の車に乗せられても、やぶさかでないご様子。


これでウンと言わなければ

「あんたが警察に電話したけん

警察から精神病院に問い合わせがあって

診察することになったんじゃ」

そう言おうと考えていた。

が、このサチコ劇場めいた手は、使わずに済んだのでホッとした。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・10

2025年07月16日 08時38分04秒 | みりこんぐらし
サチコがしおらしく謝った翌日、日曜日の昼下がり。

珍しくサチコの姪、祥子ちゃんから電話があった。


70才の祥子ちゃんは、サチコの実家の跡取り娘。

54年前、父がサチコと再婚した時は高校生で

彼女の両親共々、急に親戚になった我々姉妹に優しく接してくれた。

伯父さんにとっては厄介なハイミスの妹

伯母さんにとっては気性の激しい小姑

祥子ちゃんにとっては意地悪な叔母さんだったサチコを

うちが引き取ってくれた喜びを差し引いても余りあるほど

そりゃもう良くしてくれたものだ。


その祥子ちゃんと話すのは

サチコが精神病院へ入院していた時以来なので、半年ぶりである。

「久しぶり!何で電話したか、わかる?」

祥子ちゃんは言い

「書類じゃろ」

私は即答した。

「そうなんよ〜!一体どうなっとるん?」

サチコ、泣きながら謝った昨日のことは、早くも忘れた模様。


「サチコ叔母さんは、あんたが盗ったの一点張りじゃけど

両方の話を聞いてみんことには、わからんじゃん」

「ありがと」

「叔母さんには何回も言うたんよ。

立ち退きの書類はぜ〜んぶ向こうが用意しとるけん

こっちが勝手に何か書いて出すことは、一切無いんよって。

でも聞かんね〜」


祥子ちゃんは立ち退き経験者なので、事情がわかっているのだ。

そして長い間、自身の父親を世話した介護経験者であり

さらに赤ん坊の時から高校生までサチコと同じ屋根の下で暮らした

サチコ経験者でもある。

だから彼女にとって今回の問題は

わけのわからん者が身内感情で口を出す類いではなく

すこぶる真剣なテーマだった。


「マーヤが説明したら納得して、昨日は私に泣き泣き謝ったけど

今日はもうこれよ」

「き…昨日?!

ちょっと、それ昨日のこと?」

「そうで」

「こりゃもう末期じゃね…そこまで進んだか〜」

「見事なもんよ。

警察へも2回、言われたわ」

「ええ〜?!そこまで?!

まあ、うちの姑も似たようなモンだったけとね」


それからしばらく、彼女の姑さんの話を拝聴。

広島市内に暮らす姑さんは警察派でなく、救急車派だったそう。

「もうね、しまいには狼少年になってしもうて

電話しても来てくれんようになったんよ。

やっと去年亡くなって、私も楽になったけど」

「アハハ!」


祥子ちゃんは気を取り直して問う。

「親を放っといて、マーヤちゃんはどうしよるん?」

「別に何も」

「え?!去年の正月から帰らんまま?」

「忙しいんじゃろ」

「親の面倒を見るのに、忙しいも何も無いわいね。

私、あの子の年賀状見て、そうじゃないかと思ってたんよ。

関係ないあんたに世話させて、自分はあちこち旅行しとるじゃないの。

何考えとるん!あの子!」

「母親が恐ろしいんよ」

「私もあの人が尋常でないのは、よう知っとるよ。

それでも親じゃん…今までお金いっぱい出してもろうて

孫にも良うしてもらようたのを私も知っとるけんね。

手がかかるようになったら知らんなんて、許されんよ!

私、マーヤちゃんに電話して、叔母さんを引き取るように言うわ!」

祥子ちゃんは鼻息も荒く言い、電話を切った。


1時間後、再び祥子ちゃんから電話が。

「引き取れって、言うてやったけんね!

マーヤちゃんが一回、こっちへ帰ると約束してくれたけん

日にちを決めて会うて、今後のことを話し合いんさい。

私も立ち会うわ」


祥子ちゃんは言ったが、マーヤは帰らないと思う。

帰ったら引き取りの話になるのだから、帰るわけがない。

しかし、祥子ちゃんの気持ちは嬉しかった。


やがて夜が来た。

また祥子ちゃんから電話だ。

「ちょっと…みりこんちゃん…もう大変…」

「どしたん?」

「サチコ叔母さんが、ジャンジャカ電話かけてくる。

警察が相手にしてくれんけん、どっか訴える所知らんか、言うて

もう何十回。

こっちが何言うてもダメ。

私、怖いけん、さっきかかった3回は電話に出んかったんよ」

「悪かったねえ、すぐ着信拒否しんさい」

「拒否してもええかねぇ?」

「ええよ、危ないけん、もう関わらん方が身のためよ」

「あんた、あんな人の相手をしようるんじゃね…

マーヤちゃんが恐れる気持ちも、よ〜くわかったわ」

「じゃろ…マーヤに押し付けても、サチコはすぐ飽きるわ。

生まれた土地で死にたいとか言い出して

それこそ警察でも何でも使うて、何としても帰って来るけん

弱るのを待つしか無いんよ」

「こわ…怪談じゃが」

「フフ、そうよ」

「じゃあ、ごめんけど、拒否させてもらうね。

あ…でも、私が電話に出んかったら

どこかよそで変なことを言いふらさんかね?」

「そうするかもしれんけど大丈夫、私は何を言われても平気じゃけん」

「いや、あんたは平気でも、私はあの人と同じ町内で暮らしよるし

あの人と血がかかっとるのも知られとるけん

あんまり変なこと言われたら困るんじゃけど」

…あ、そっちですかい?

祥子ちゃんは近所の保育園で保育士のパートをするかたわら

県や市のナントカ委員や講師を務め

息子と娘は結婚していて、孫もいる。

捨て身の私と違って、守りたい物がたくさんある人なのだ。


「何とかしてくれん?」

「わかった、何とかしてみるわ」

「ごめんね…

どうにかして、あんたを助けてやりたかったけど

とてもとても…私の手には負えんわ」

「ううん、色々考えてくれて、ありがとう。

こちらこそ迷惑かけてごめんね」


警察2回、親戚を恐怖に陥れる電話責め1回。

「何とかしてくれ」とも言われたことだし、そろそろいいか…

私は精神病院に相談することにした。


ただし、病院の3ヵ月ルールを考えておかなければ。

今年の年末年始もデイサービスは休業するだろうから

年末に入院させるためには、退院を9月下旬に設定する必要がある。

退院したら、また元の木阿弥は決定事項だが

後のことはまた考えることにして、私は月曜日の朝を待った。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・9

2025年07月15日 10時19分34秒 | みりこんぐらし
警察官との電話を終えた私は、時計を見た。

午後4時半…おかしい。

なぜって、その日は7月11日の金曜日。

金曜日の晩はデイサービスが終わったら

そのまま泊まることになっているので、サチコは施設に居るはずだ。

警察に電話をかけるなんて物騒なことを、施設が許すわけが無い。


最初の警察沙汰があって以来

私は月曜と水曜、デイサービスに行く前の確認電話もしなくなったし

金曜日の送り出しに行くのもやめたが

異変があれば、施設から鬱陶しいほど細かいメールがあるはずだ。

何も無いということは、大丈夫なんだと思っていた。


しかし泊まらずに帰ったのなら、施設から連絡があるはず…

そう思って携帯を見ると、届きたてホヤホヤのメールが入っていた。

「いつもお世話になります。

お母様が今日の宿泊を拒否されましたので

先程、夕食のお弁当と一緒にご自宅に送らせていただいております。

自宅のことが気になり仕方がない様子です。

最近は死にたいという発言も聞かれております。

明日は昼夕と配食致します。

お風呂は今日は入られております。

夜間の安否確認をよろしくお願いします」


死にたい?どうぞどうぞ。

夜間の安否確認?安否は気にならないので、しません。

が、宿泊拒否の意味は…?と思っていると、サチコから電話がかかった。


「また盗ったろう!」

出たら、いきなりこれだ。

「今度は何を盗ったんね」

「書類じゃが!」

「前のとは別の書類か」

「ほうよ!」

「どげな書類ね、言うてみい」


それには答えず、泣きながら、いつものヒロインモードに入るサチコ。

「何でこんなことするんね!

私を苦しめるのが、そんなに楽しいんね!」

「その言葉、そっくり返すわ」


すると今度は急にハイテンションになり

「あんた、残念じゃったね!ハハハ!」

勝ち誇ったように笑う。

「私がデイサービスへ泊まっとる間に

あんたが家へ忍び込んで物を盗りょうるのは知っとるんじゃ!

じゃけん今日は泊まらずに帰ったんじゃ!」

なるほど、そのために泊まりを拒否したらしい。


「アホか…ガソリンがもったいないわい」

「いっつも泊まれぇ泊まれぇ言うて私を行かせようたのは

盗みに入るためなんじゃ!

わたしゃ、その手には乗らんよ!」

「バカも休み休み言えぇや」

「私の目は節穴じゃないけんね!」

「立派な節穴と思いますけど」

「いいや!

泊まって帰ったら、いっつも家の中が変わっとるけんすぐわかる!」

「妄想もそこまで来たか」

「わたしゃ認知症じゃないよっ!

あんたが病人に仕立て上げて、私の物を盗ろうとしとるだけじゃが!」

「ほざけ」

バカバカしいので私は電話を切り、ついでに図らずも安否確認は終了した。


その後のサチコは実子マーヤの所へも電話をしたそうで

夜になってメールが来た。

私からの送信には逃げ腰でも

自分に被害が及ぶと長文になるのはいつものことだ。

サチコは例のごとく、盗んだ書類を私が返さないと訴え

警察が相手にしてくれないと文句を言ったという。


しかし先日、8年前の土地の書類のことを私から聞いていたマーヤは

「ちょっとその書類を読んでみて」

と水を向けた。

するとサチコ、読んだというではないか。

「平成30年2月8日…」

継子に盗まれたはずの書類が

実子に読めと言われたら出てくる、この不思議。

それが継母であり、認知症なのである。


ついでに私が8年前だと思っていた土地譲渡は、7年前と判明。

当時、サチコと交わした同じ書類はうちに保管してあるが

胸糞が悪いので見てない。


「お母さん、今は令和よ?」

「え?」

「その書類、平成じゃん」

「今、平成じゃあないん?」

「令和よ。

書類も家じゃなくて、土地のじゃない?

よう読んでみんさい」

「…あれ?ホンマじゃ…ハハハ!」

「姉ちゃんに謝って」

「ええ〜…?私が〜?」

サチコは気が進まない様子で電話を切ったという。


いつも無関心なマーヤにしては、上出来の立ち回り。

モンスターが自分の所へ回って来たら死活問題なので

何とか誤解を解こうと、彼女も必死なのだ。


「素直に謝ってくれたらいいけど」

マーヤからの報告は、そう結ばれている。

「謝罪は不要、縁を切りたいだけ」

私はそう返した。


翌朝、正確には12日の日曜日の朝

サチコが泣きながら電話してきた。

「みりこん、ごめんなさい…

さんざん世話してくれたあんたを疑うて

警察に言うて行ったりして本当にすみませんでした…

許してください…」

ほほう…しおらしいじゃないか。

サチコから謝罪の言葉を聞いたのは、初めてかも。


「いいよいいよ」

私は答えた。

その“いいよ”は、どうでもいいよの“いいよ”である。

あの土地のことを蒸し返したら、私がマーヤに譲渡し返すと考え

自分が謝って終わろうとしている…それがサチコ。

だから謝られたって、感情はピクリとも動かない。


「先月まで調子が良かったけん、薬が軽うなったじゃろう。

あれが合わんのかもしれんけん、しんどいようなら病院へ行ってみようや」

「連れて行ってくれる?」

「いいよ、もう気にしなさんな」

私はそう言って、電話を切った。


この寛大は、入院の伏線である。

サチコがまた同じことを繰り返すのは、百も承知だ。

入院という最後の切り札を使うには、まず病院へ連行する必要がある。

その時に手こずらないよう、罠を仕掛けておくのだ。


そしてそのためには、病院が認めて入院を許可するランクの

悪事を働いてもらわねばのぅ。

今、警察への通報が2回…これで大丈夫な気もするが

もうひと押し、欲しいところではある。

いずれにしても今日は土曜日で、担当医は不在。

月曜日まで様子を見ることにした。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・8

2025年07月14日 08時28分12秒 | みりこんぐらし
いらない土地を押し付けられた後、怒りのおさまらない夫は

「もう、サチコさんと縁を切ろう!」

と言い、私も二つ返事で同意した。

何が何でも我が子に負の遺産を伝承させたくないという

サチコの一念は叶えられて満足しただろうから

もう大嫌いな継子に会う必要は無かろう…とも思った。


しかし、そうはいかなかった。

土地の譲渡が終わってしばらく、サチコはおとなしかったが

翌月になると、彼女にうごめく買い物の虫やドライブの虫

外食の虫たちが騒ぎ出す。


何事も無かったかのように何度も電話をかけてきて

こちらが「行く」と言うまで執拗にせがむ図々しさに驚いたが

サチコにとって土地の件は、すでに終わったことらしい。

そのしつこさに根負けした形で、サチコを連れての外出は再開された。

「あの時に絶縁するべきだった」

今でも夫婦でそう話すが、その時に絶縁を宣言したところで

目的を達成するまで何回でも電話をしてくるサチコに

いずれは根負けしていただろう…とも話している。



一方のサチコは土地の譲渡以降、よりD氏と仲良くなった。

おかしな意味ではない。

よるべない一人暮らしなので、何か困ったことがあれば

すぐに彼を呼びつけていたようだ。

そしてD氏もまた、何か壊れた、戸の建て付けが悪い

蜂がいる、草が伸びた…などの困りごとを解決しては

ケチなサチコから、わずかな駄賃を受け取っていた様子である。


けれどもそのうち、サチコはD氏の借金の申し込みに悩まされ始めた。

D氏のカネコマは、やはり本当だったのだ。


「何回断っても来る…夜にも来るようになって、しつこいし怖い…」

どっか連れてけの催促と共に、サチコはD氏のことも

私に訴えるようになった。

しつこいし怖いのは、あんたと同じじゃん…と言ってやりたかった。

今まで利用しまくったのだから、我慢したらいいのだ。


さらに月日は過ぎ去り、一昨年。

D氏の不動産屋は倒産した。

このニュースを仕入れた夫はものすごく嬉しそうに、私に報告した。


これも以前お話ししたが、D氏の倒産を知ってほどなく

我々夫婦はサチコを連れて、市外のコメダ珈琲に行った。

すると入り口で、作務衣(さむえ)姿のD氏とバッタリ遭遇。

彼はごく自然に我々と同じ席に座ったので

夫は苦虫を噛み潰したような顔をした。


D氏はコメダ珈琲の常連らしく、店の女の子たちと気軽に言葉を交わす。

コメダは長居ができる数少ない店なので

倒産に先駆けて離婚し、一人になった彼は

昼間は借金取りから逃げ、ここで時間を潰しているのだろうと思った。

彼は離婚だけでなく破産もしたが、不動産を扱っていたのでややこしく

借金の全額免責が難しかったのかもしれない。


コメダ珈琲でD氏は、彼が開発したという

怪しげなサプリメントの話をし、サチコに出資の話を持ちかけていた。

隣に座るサチコの肩を抱いて美人と褒め称え、チューでもしそうな勢いだ。

サチコはヘラヘラとポーカーフェイスを通していたが

ものすごく不愉快なのは見て取れる。

これも自業自得…助け舟は出さない。

見るからに嫌そうな顔をしている夫を横目に

私はゆっくりと食事を楽しんだ。


その翌日から、サチコはD氏からデートに誘われるようになった。

裏には当然、“出資”と言う名の借金申し込みがある。

困ったサチコは、その度に電話で私に訴えたが

やはり自業自得だと思って放置した。


それからほどなく、D氏は自宅で首を吊って自ら生命を絶った。

この時も、夫は上機嫌だった。

夫は決して人の死を喜ぶ人間ではない。

しかしD氏のことだけは、許し難かったようである。



さて、話は現在に戻るが

サチコが勘違いして私を泥棒扱いし、警察にまで訴えたのは

この8年前の書類が原因…

私は確信した。

が、どんなに説明したって聞く耳を持たないのが他人の関係。

ますます曲解して暴れるのは、明白だ。


そう、老婆は暴れたい。

大きな声で人をなじり、ストレスを発散したいのが老婆。

誤解が解けたら暴れられなくなるので、認められない。


そして私も、サチコから解放された今を捨てるのは惜しい。

泥棒にしてくれたお陰で

サチコのせんない愚痴を聞かされながら世話をする日々が

せっかく終了したのだ。

誤解を解いて、身の潔白を証明する気は無かった。


それでも書類の経緯だけは、サチコの電話が増えて辟易中の実子マーヤに

長いメールで説明しておいた。

今回の騒ぎがエスカレートし

いずれマーヤの保護責任が問われる事態になった場合

複雑な説明を最初から行うのが面倒なのと

メールなら証拠が残せるからである。



7月2日にサチコが私を警察に通報して大喧嘩になって以降

電話の回数はめっきり減った。

それでもサチコは時折、思い出した時に電話をしては

「書類を返して!」と叫び、私はその度に

「やかましい!このボケ老人が!」などと激しい言葉をぶつける。

言いたいことが言えるので、サチコからの電話は嫌なものではなかった。

私も老婆、暴れたいのよ。


サチコが警察に訴えた日、デイサービスにはメールしておいた。

「母が私を警察に通報しました。

書類や金品を盗ったと興奮しているので

落ち着くまでそっとしておこうと思います。

何か不都合がありましたら、いつでもご連絡ください」


いつもは何か連絡すると、ケアマネか職員からすぐに返信があるが

今回初めて、返信が無かった。

何と返していいか、わからなかったのだろう。

フフ…これでしばらくデイサービスからヤイヤイ言われることは無い。


水を打ったように静かな数日、かと思えば「返せ、戻せ」の電話…

そんな日が過ぎて行った。

そして7月11日の夕方、再び警察署から電話がかかった。


義母ヨシコから電話を代わると、すでに男性警察官は笑っていた。

「またですか?」

「そうなんです〜、またサチコさんからお電話がありました」


今度の人は、前回のフクイ氏よりちょっと若い。

「サチコさんが言われたことは、みりこんさんにお伝えしておきます…

とは言ったんですけど…あの〜…

サチコさんに折り返しの電話をしなくてもいいですかね?」

申し訳なさそうに言うので

「やめといた方がいいですよ。

お忙しいのに、同じこと聞いても仕方ないでしょう」

と答えたらホッとした様子で、短い電話は終わった。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・7

2025年07月13日 08時40分07秒 | みりこんぐらし
激怒している夫の話によると

D氏が本社へ抗議の電話をしたところ、夫の名前が出たため

今度は夫の会社に電話をかけ、ののしったそうである。

「女房とグルになって土地を奪うつもりじゃ!言うて

決めつけやがった。

ワシが我慢すりゃあ済むことじゃけん、それはまだええが

Dの野郎、本社を脅すみたいなこと言いやがったんじゃ」

「どう言うて?」

「それなりの詫びを入れてもらわんと、こっちもおさまらん

詫びの入れ方次第では訴訟も考えとる、と言うたらしい」

「ひえ〜!車、置いただけで訴訟!」

「たまたま電話に出た社員に言うたそうなけど

河野常務が出張中じゃけん、別の取締役に伝えて

こっちへ連絡が来たんよ。

大恥かいたわ」

「ホンマ、大恥じゃね」

「Dのことはワシが責任持って納める、いうて本社に言うたけど

これで土地の売買は完全にパーよ。

あんなのが間に入っとったら、誰でも嫌になるわ。

サチコのやつ、あげな外道を飼ようるんか」


我々夫婦はこの時点で初めて、お互いの話をすり合わせた。

発端はやはり、夫が私に何も知らせないまま

駐車場としてサチコ所有の土地を勝手に貸したことだ。

「何でひと言、言うてくれんかったん?

うちらの関係が難しいのは、わかっとるじゃろ?」

私は夫を軽くなじった。


「知るかい!もし言うたら、止めたろう」

「100パー止めた。

大ごとになるの、わかっとるもん」

「ワシは売れる思うたんけん、勝負に出たんじゃ」

元が親切心とはいえ、とんでもないことをしてくれたもんだ。


再婚家庭は、夫婦の死亡時期によって遺産の行方が大きく変わる。

うちは父が先だったので、残された妻のサチコが相続した。

先妻の子供である私と一つ下の妹は

サチコと養子縁組をしていないため、戸籍上は他人だ。

よってサチコ亡き後は、彼女の実子マーヤ一人に相続権が発生する。

偉そうに遺産と呼ぶほどではないが

このままそっとしておけば、あの土地を含めた何もかも

マーヤの家系に移る予定だったのだ。


固定資産税だけかかって使い道の無いあの土地は、絶対にいらない。

我々継子は当時、養子縁組をしなかった幸運に安堵したものだ。

それをみすみす…慚愧の念にかられる私であった。


しかし、夫の気持ちもわかる。

建設業界は、即断即決の多い世界だ。

小さいことでグズグズしたら、足元を見透かされて舐められるのも確か。

駐車場に困っていると聞いた夫が

「ちょっと待って、今、女房に聞いてみて

女房がお母さんに聞いて、お母さんからOKが出たら…」

なんて悠長なこと、みっともなくて言えまいよ。


売れると踏んだら、なおさらだ。

ここぞという一瞬を逃すと、可能性が消えてしまうのは

建設業界人の女房を長くやって、わかっているつもり。

特に夫は、勘と運だけで生きてきた男だ。

彼に“配慮”という小美しい道徳を求めたって、無理じゃわ。


とにかく、やっちまったものは仕方がない。

私は諦めて、土地の譲渡に応じた。

しかし彼らの要求は、それだけではない。

譲渡にまつわる手数料、書類を作成する司法書士への報酬

譲渡後に来る土地取得税…

それらの全額を私が支払うという、屈辱的な全面降伏。


「Dのことはワシが責任持って納める」

夫は本社に約束したと言うが

結局、私がアレらの要求を呑むことでしか解決しない。

夫にできることといったら

それらの料金と、今後発生する固定資産税を稼ぐことぐらいだ。

頑張って働いてもらうしかない。



数日後、D氏は広島から若い司法書士を呼び、私とサチコに引き合わせた。

D氏もサチコも、事がうまく運んで上機嫌。

アレらの言い分だった、「継子が後妻の資産に手を出した」

というフレーズは1ミリも出ない。

その単純を憎々しく思ったが、こちらも何食わぬ顔をした。


書類は、すでにできあがっていた。

サチコが土地の所有権を放棄し、みりこんに譲渡するという文面だ。

私とサチコは、その書類に実印を押した。


そうよ、今になってサチコが「広島の司法書士の名前があった」

そう主張するのは、このことであり

「サチコが家の権利を放棄して、みりこんに譲るという書類」

というのは、この時の書類の内容を勘違いしているのだ。

「私がサチコの実印を無断で押した」というのは

サチコが自分で押したものなのである。



話は戻り、30代らしき司法書士は小太りの話しやすい男だった。

「初めて来た」、「今後ともよろしく…」の言葉から察すると

D氏との面識は、それまでほとんど無い様子。

私の軽い頭に疑問が浮かんだ。

「司法書士は市内に2人、隣の市にはもっといるのに

何で広島くんだりから呼ぶ必要が?」


その疑問は後日、請求書が届いてますます大きくなった。

譲渡手続きの手数料として数万円、司法書士の報酬が数万円…

これはまあ、仕方がない。

加えて広島からの出張日当、及び交通費として

1万円が加算されとるじゃないの。

日当と交通費で1万円は良心的とは思うが

市内の司法書士を使えば、これは必要なかったはずだ。


請求書が届いた翌々日、D氏はうちへ集金に来た。

近くに用があったと言うが、振り込みでは都合が悪いのか

早く現金が欲しいのか。

市内に2人いる司法書士を使わず、広島の司法書士に依頼した疑問も

依然として残っている。

つまりD氏は金払いが悪くて近くの司法書士から相手にされず

何も知らない遠くの司法書士を探して、呼んだのではないのか。


以上のことから、私はD氏を真性の金困(カネコマ)族と認定した。

羽ぶり良さげに振る舞っても、内情は火の車…

そう結論付けると、彼が夫や私に向けて必要以上に強い言葉を吐いたり

本社に脅迫めいた電話をかけて

騒ぎを大きくしようとした意図もわかるというもの。

本業がサッパリなので別件、つまり脅迫という不労所得で

お金が引き出せないか模索したと思われる。

が、そこはしょせん小者。

さすがに無茶なので、手数料をかさ増しして

わずかな小遣い銭を稼ぐのが精一杯、というところだろう。


後日、土地取得税の納付書が届いたので支払い

結局、譲渡にまつわる出費は合計15万円ほど。

土地が小さいので、取得税が少なくて済んだのかも。

翌年から固定資産税の納付書が私に届くようになり、現在に至っている。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルマゲドン・6

2025年07月11日 14時57分08秒 | みりこんぐらし
実家の母サチコが邪魔に思っている小さな土地を

本社に売りつけようと考えた夫は

まず我々のボスである河野常務に掛け合った。

案の定、国道沿いと聞いた彼は興味を示し

本社で検討を始めたが、登記簿を調べる段階で早くも問題発生。

私も知らなかったのだが、ただでさえ狭い土地のほんの一部分が

別の人の名義になっていることが判明したからだ。


まるっと買い取れないとなると

誰でも「面倒くさそう」と思って躊躇する。

話は停滞しそうになった。


それと同じ日、私の携帯に

知らない番号から電話がかかってきた。

出てみたら実家の隣の不動産屋、D氏だった。

彼と話すのは、父が亡くなって以来。

サチコから電話番号を聞いたのは、明白だ。

となると、サチコ絡みの厄介な用件であることは予測された。


話は一旦飛ぶが、私とD氏は

父が亡くなった20年前が初対面だった。

私が結婚して地元の町を出たずっと後

彼はいずこからか、一家で町にやって来て

実家の3軒隣を借り、夫婦で弁当屋を始めた。

それから何年後か、実家の隣にあった元お菓子屋を買い

洒落た二階建てを建てて、不動産屋になった人だ。


父の通夜葬儀の打ち合わせで初めて会ったD氏は

頭が薄く、ずんぐりした、口うるさくて癖の強い人物だった。

実家の隣に事務所を構えているだけで

住まいは別の地区であるにもかかわらず

彼は年配の町内会長をないがしろにして、強引に采配を振るう。

私は他の近隣住民に申し訳なくて、その言動を不快に思った。

しかし当時71才だったサチコは、一回り年下でアラ還の彼を

心から頼りにしている様子だった。


D氏に対する私の不快感が決定的になったのは

以前にもお話ししたが、通夜葬儀を手伝う近隣住民の活動費として

自分に50万円の現金を預けるよう、サチコに言ったこと。

この辺では人が亡くなると、そんなにお金がいるようになったのか…

こりゃあ、うかつに死ねんぞ…私は驚愕したものだ。


もしやこの先、サチコが他界したら

気の利かない妹たちは手ぶらで来るだろうから

この50万円を用意しないといけないのは自分かもよ…

そう思った私は通夜葬儀の2日間に渡って

お金がどのように使われるかを密かに観察した。


が、お金の必要なことといったら、通夜に先駆けて

お経を上げにやって来る町内のお坊さん数人に

お布施を1万円ずつ渡すことと

葬式の朝、遺族の朝食に味噌汁を作ることぐらい。

葬儀が終わると、D氏からサチコに半分近く返金されたようだが

それにしても高い味噌汁だ。

出しゃばったのは、ひょっとしてこのため?

不快と共に、お金に対する不信をも感じた私だった。


その頃の私は、実家の近所の病院へ勤めていたが

彼の悪評は町内在住の同僚や職員から、たびたび耳にした。

「自分が得する人にだけすり寄る、嫌われ者」

どの人も口を揃えて言う。

サチコとD氏の親密は、同類だからかもしれない。



話は戻り、そのD氏からの突然の電話は

父が他界した当時と同じく、不快なものだった。

「あんたとこの旦那が、サチコさんの土地を勝手に貸しとるのは

どういうことか!」

何のことですか?と聞いたら、トボけるんじゃないと言われ

何も知らないと言えば、そんなはずは無いと決めつけて

取り付く島も無い。


「広島ナンバーの知らん車が停まっとるけん

警察に調べてもろうたら、あんたの旦那の会社じゃった!

ワシがサチコさんから頼まれて管理しようる物件じゃから

継子が手を出したらいけんで!」


寝耳に水とはこのことで

私は夫が本社の社員に車を停めさせていることも

夫が本社に土地の買い取りを打診していることも

この時に初めて知った。

しかしD氏の発した“継子”の一語で、大方のことはわかった。

この人とサチコは完全にグルだ…。


さんざん怒鳴った挙句、D氏は電話を切り

そこへすかさずサチコから、猫なで声の電話だ。

「そんなにあの土地が欲しいんなら、あげるよ。

あんたは私の娘なんだもの」

出たよ…こういう時だけ限定の娘発言。


サチコの死後、あの土地はサチコの実子マーヤが相続し

代々に渡って固定資産税を払うことになる…

自分の娘に負の遺産を遺したくないサチコは

この出来事を好機ととらえ

あの土地を私に押し付けようとしているのだ…

私は全てを悟った。


「いらんよ、あんな土地」

「へでも欲しいけん、私の物に手を出したんじゃろ?」

「さっきDさんから電話があるまで、何も知らんかったわいね」

「いやいや、そんなはずはなかろうよ…ホホホ」

感じの悪い高笑いだ。

正当に相続した夫の遺産を継子に狙われ

いじめられる可哀想な後妻…

サチコ劇場のストーリーは、すっかりできあがっている。


「元はあんたのお祖父さんの土地じゃけん

あんたが欲しがるのも無理は無いわ。

実の親子じゃないけん贈与は難しいけど

譲渡なら簡単にできるそうな。

もっと早う、そうしてあげたら良かったねえ」

上機嫌で芝居がかった言い方に、終わった…と思って諦めた。

これはもう、テコでも動かないパターン。

私はサチコとD氏が仕掛けた罠に、はめられてしまったのだ。


ほどなく昼になり、夫が会社から帰って来た。

ものすごく怒っている。

D氏は夫にも抗議の電話をかけたそうで、二人は大喧嘩したらしい。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする