「この冬のお気に入り・カエル色のコート」
こんなのが歩いていたら、それは多分私です。
発見してもエサを与えないでください。
先日、会社の忘年会があった。
メンバーは本社の河野常務と経理部長のダイちゃん、我々一家
それに、おぼえておいでだろうか…
営業課長の松木氏の合計7人である。
松木氏は、営業成績ゼロの罪により
確か、別の子会社へ島流しになったはずだ。
それなのに、なぜ?
こっちが聞きたい。
工場長の肩書きをもらって
意気揚々と新天地に赴いた松木氏だったが
待っていたのは、スコップやネコ車だった。
肩書きに釣られて、肩叩きの憂き目に会っているのだ。
片道2時間の通勤も、57才の身にはこたえている様子。
そこで彼は初めて、我が社の長所…ユルさと通勤の近さに気づき
真剣に残留の道を模索し始めた。
何かと理由をつけては、古巣のこっちにばかり来るので
当然だが再三の注意を受ける。
が、ここで松木氏、意外にもホネのあるところを見せるのだった。
「こっちのほうがパソコンの立ち上がりが速いから便利…」
「携帯の充電器を置いてあるから週に何回かは寄らないと…」
パソコンはすぐにバージョンアップが行われ
充電器は回収されて、転属先に送られた。
それでもあきらめない松木氏。
やがて、我々の横領疑惑をでっち上げた。
「在庫が合わない。
横流しの可能性があるので
自分が詰めて目を光らせておく必要がある」
そう言い出し、在庫表を作ったり
私のつける帳簿をチェックし始めた。
そうさ、在庫は合わない。
品物を運んでくる船は、いつも余分に荷下ろしをする。
この業界の常識だ。
合わないは合わないでも、余るほうの合わないである。
松木氏の計略は、彼の無知を露呈したに過ぎなかった。
これで彼は、窮地に立つはずであった。
しかし、良くも悪くもずば抜けた者は
変に運が強いところがある。
今月、松木氏を本社に紹介した年配の営業マンが
責任を感じて退職してしまったのだ。
この一件により、松木氏の処遇は当面うやむやとなった。
別れの挨拶に訪れた営業マンは、我々にこう言ったものだ。
「あいつを入社させたのは、一生の不覚」。
彼は30年前、別の会社で松木氏の先輩だった。
リストラされ、日雇いの仕事をしていると聞いて気の毒に思い
声をかけたのだった。
“一生の不覚”と一緒に忘年会なんかしたくないが
誘われた時、松木氏もたまたま居て
みんな一緒においでということになった。
忘年どころか、忘れられない年になりそう。
招かれた店は、本社の飲食部門の中のひとつである。
我ら貧しい一家に高級料理を振る舞ってやりたいという
常務の温情を思えば、メンバーの選り好みなんぞ
できようはずがない。
忘年会の前日、松木氏が夫にたずねた。
「どうやって行くの?」
車で行くなら乗せてくれという魂胆が、見え見えだ。
夫は即座に答えた。
「4人で行く」
これは名言であった。
何も返せないからである。
夫の健闘を一家をあげて讃える。
当日、一応お呼ばれだもんで、私は髪のカールなんぞ試みる。
「何やったって、ババアはババアじゃ!」
「音楽室に、こんなのがいた気がする」
「そうだ!バッハだ!」
「いや、ハイドンだ!」
子供達の罵倒をものともせず、カーラーを巻くのじゃ。
都会に到着した田舎者一家は、店の前で松木氏とバッタリ。
電車で来たと言う。
知らない街で知った顔に会うと
田舎者の悲しき習性で、なんだかホッとするから困ったものだ。
7人のこじんまりした忘年会は『和やかに』始まった。
河野常務が、松木氏に『優しく』話しかける。
「お!スーツじゃなくてセーターじゃないか!
今日『も』仕事しなかったのか!」
「しましたよ、あれやって、これやって…」
「そうか、そうか!
それにしても柄物のセーターは懐かしいな!
遊び人と思われたら嫌だから、俺は着なかったけどな!」
「昔は多かったですね」
両者満面の笑顔で、トキドキこんな会話が交わされるたびに
ドキドキする我々であった。
このところ、本社が力を入れているという店は
インテリアや照明を始め、薬味入れひとつにもこだわりが感じられる。
生き生きと働く若い店員達の
見た目や気配りも行き届いている。
忘年会シーズンとあって、お客はどんどん入る。
本当に素晴らしい店だ…料理以外は。
ヘルシー志向の薬膳めいた料理の数々は、我々には高尚すぎたようだ。
和やかな雰囲気のまま、忘年会はおひらきとなった。
車で一緒に帰りたそうな松木氏を見捨て、さっさと帰る。
家に着いた。
玄関真っ暗・施錠の刑は、いつものこと。
義母ヨシコを置いて出かけると、こうなる。
泥棒や変質者が恐いというれっきとした理由があるが
大丈夫、あなたなら、泥棒も変質者も避けて通りましょうぞ。
チャイム鳴らせど犬吠えど
なかなか出てこないのもお決まりなので、気長に待つ。
待ち時間は、行き先が楽しそうな所ほど長い。
この刑に備え、途中でトイレもすませた。
トイレはすませても、鍵を持って出ないのは
我々なりの小さな意地であった。
やがて大げさに足を引きずりながら、ヨシコ登場。
「足が立たなくてねえ」
電話や来客には誰よりも早くダッシュできるが
こういう時は動かないらしい。
便利な足である。
翌朝、宴会明けとは思えない爽やかな目覚めを体験する一同。
当たり前だ。
遠慮して、モヤシしか食べてないような気がする。
さすが、ヘルシー志向の薬膳料理であった。
こんなのが歩いていたら、それは多分私です。
発見してもエサを与えないでください。
先日、会社の忘年会があった。
メンバーは本社の河野常務と経理部長のダイちゃん、我々一家
それに、おぼえておいでだろうか…
営業課長の松木氏の合計7人である。
松木氏は、営業成績ゼロの罪により
確か、別の子会社へ島流しになったはずだ。
それなのに、なぜ?
こっちが聞きたい。
工場長の肩書きをもらって
意気揚々と新天地に赴いた松木氏だったが
待っていたのは、スコップやネコ車だった。
肩書きに釣られて、肩叩きの憂き目に会っているのだ。
片道2時間の通勤も、57才の身にはこたえている様子。
そこで彼は初めて、我が社の長所…ユルさと通勤の近さに気づき
真剣に残留の道を模索し始めた。
何かと理由をつけては、古巣のこっちにばかり来るので
当然だが再三の注意を受ける。
が、ここで松木氏、意外にもホネのあるところを見せるのだった。
「こっちのほうがパソコンの立ち上がりが速いから便利…」
「携帯の充電器を置いてあるから週に何回かは寄らないと…」
パソコンはすぐにバージョンアップが行われ
充電器は回収されて、転属先に送られた。
それでもあきらめない松木氏。
やがて、我々の横領疑惑をでっち上げた。
「在庫が合わない。
横流しの可能性があるので
自分が詰めて目を光らせておく必要がある」
そう言い出し、在庫表を作ったり
私のつける帳簿をチェックし始めた。
そうさ、在庫は合わない。
品物を運んでくる船は、いつも余分に荷下ろしをする。
この業界の常識だ。
合わないは合わないでも、余るほうの合わないである。
松木氏の計略は、彼の無知を露呈したに過ぎなかった。
これで彼は、窮地に立つはずであった。
しかし、良くも悪くもずば抜けた者は
変に運が強いところがある。
今月、松木氏を本社に紹介した年配の営業マンが
責任を感じて退職してしまったのだ。
この一件により、松木氏の処遇は当面うやむやとなった。
別れの挨拶に訪れた営業マンは、我々にこう言ったものだ。
「あいつを入社させたのは、一生の不覚」。
彼は30年前、別の会社で松木氏の先輩だった。
リストラされ、日雇いの仕事をしていると聞いて気の毒に思い
声をかけたのだった。
“一生の不覚”と一緒に忘年会なんかしたくないが
誘われた時、松木氏もたまたま居て
みんな一緒においでということになった。
忘年どころか、忘れられない年になりそう。
招かれた店は、本社の飲食部門の中のひとつである。
我ら貧しい一家に高級料理を振る舞ってやりたいという
常務の温情を思えば、メンバーの選り好みなんぞ
できようはずがない。
忘年会の前日、松木氏が夫にたずねた。
「どうやって行くの?」
車で行くなら乗せてくれという魂胆が、見え見えだ。
夫は即座に答えた。
「4人で行く」
これは名言であった。
何も返せないからである。
夫の健闘を一家をあげて讃える。
当日、一応お呼ばれだもんで、私は髪のカールなんぞ試みる。
「何やったって、ババアはババアじゃ!」
「音楽室に、こんなのがいた気がする」
「そうだ!バッハだ!」
「いや、ハイドンだ!」
子供達の罵倒をものともせず、カーラーを巻くのじゃ。
都会に到着した田舎者一家は、店の前で松木氏とバッタリ。
電車で来たと言う。
知らない街で知った顔に会うと
田舎者の悲しき習性で、なんだかホッとするから困ったものだ。
7人のこじんまりした忘年会は『和やかに』始まった。
河野常務が、松木氏に『優しく』話しかける。
「お!スーツじゃなくてセーターじゃないか!
今日『も』仕事しなかったのか!」
「しましたよ、あれやって、これやって…」
「そうか、そうか!
それにしても柄物のセーターは懐かしいな!
遊び人と思われたら嫌だから、俺は着なかったけどな!」
「昔は多かったですね」
両者満面の笑顔で、トキドキこんな会話が交わされるたびに
ドキドキする我々であった。
このところ、本社が力を入れているという店は
インテリアや照明を始め、薬味入れひとつにもこだわりが感じられる。
生き生きと働く若い店員達の
見た目や気配りも行き届いている。
忘年会シーズンとあって、お客はどんどん入る。
本当に素晴らしい店だ…料理以外は。
ヘルシー志向の薬膳めいた料理の数々は、我々には高尚すぎたようだ。
和やかな雰囲気のまま、忘年会はおひらきとなった。
車で一緒に帰りたそうな松木氏を見捨て、さっさと帰る。
家に着いた。
玄関真っ暗・施錠の刑は、いつものこと。
義母ヨシコを置いて出かけると、こうなる。
泥棒や変質者が恐いというれっきとした理由があるが
大丈夫、あなたなら、泥棒も変質者も避けて通りましょうぞ。
チャイム鳴らせど犬吠えど
なかなか出てこないのもお決まりなので、気長に待つ。
待ち時間は、行き先が楽しそうな所ほど長い。
この刑に備え、途中でトイレもすませた。
トイレはすませても、鍵を持って出ないのは
我々なりの小さな意地であった。
やがて大げさに足を引きずりながら、ヨシコ登場。
「足が立たなくてねえ」
電話や来客には誰よりも早くダッシュできるが
こういう時は動かないらしい。
便利な足である。
翌朝、宴会明けとは思えない爽やかな目覚めを体験する一同。
当たり前だ。
遠慮して、モヤシしか食べてないような気がする。
さすが、ヘルシー志向の薬膳料理であった。