殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

スキャンダル

2013年10月20日 16時19分59秒 | みりこんぐらし
先週の水曜日、友人ラン子から電話があった。

仕事を持つラン子が、平日に電話をしてくるのは珍しい…

と思ったら、会社は先週から休んでいるという。

家を出ようとしたら、手足がしびれるそうだ。

それでも何とか駅へ出て、電車に乗ろうとしたらお腹が痛くなるという。

   「不登校じゃん」

「うん…」


いつものSOSであった。

会って、食べて、買って、しゃべれば元気になる。

さっそく待ち合わせ、ランチに出かけた。


このラン子さん、季節の変わり目には精神状態が不安定になる。

不安定の原因は一人娘の冷たさだったり

過去に患った癌の再発への恐怖だったりするが

ここ1~2年、彼女を苦しめているのは、主に仕事である。

工場のパート勤めを辞めたがっているのだ。

以前から転職の相談はあったが、しょっちゅう心身の不調に陥り

いとも簡単に半月も休む者に、仕事の世話はできない。


足の手術で入院中の母親の心配もあり

この日のラン子は、なかなか元気を取り戻さなかった。

冴えない表情のまま、肉が買いたいと言い出したので

いつも行く田上精肉店へ向かう。

おいしい肉を扱う繁盛店だ。



活気溢れる店内で、7~8人の女性客と共に肉を選ぶラン子と私。

    ♪肉屋の店先に並んだ いろんな婆を見ていた♪

SMAPの“世界に一つだけの花”のフシでお願いします。



その“いろんな婆”の中に、なにやら見覚えのあるおかたのお姿が…。

客から、ささやきが漏れる。

「ほら、角田さんよ…息子さんが野球で…」

「そうそ、あと一歩で甲子園…惜しかったわねえ」


注目され、アゴをツンと上げるのは

角田さんと呼ばれる厚化粧の奥様だ。

高校球児の息子が県大会の決勝で敗れて以来

このような状況には慣れているらしい。


華やかな話題の少ない田舎である。

たとえ甲子園へ行けなくても…

たとえ去年だったか、一昨年だったかの夏のことでも…

テレビに映って活躍するようなお子様を育てた栄光は

以後、何年も本人と家族を彩るのであった。



肉屋を出て、ラン子を家まで送る。

「さっきの人、息子さんが甲子園に行きそうだったのよ」

    「知ってる~」

「実はあの人、うちの母親が入院してる病院の看護師なのよ」

    「知ってる~」

「挨拶しようと思ったんだけど、落ち込んでる時って

 ああいう人がまぶしく見えるっていうのか、気がひけちゃった。

 病院と会社が逆方向だから、通うのがきつくて

 私、それで参ってるのかもしれない…」


面白いこと教えてやろうか…親切な私は言った。

あの奧さんは、甲子園未遂クンが保育園児だった頃

うちの夫の愛人だったと。


しばし絶句し、やがてキャー!とかヒエー!とか叫ぶラン子。

旦那の浮気が原因で、30年前に離婚した彼女は

この手の話に食いつきがいい。

ヒヒ…と笑う私。


「じゃあ、もしもプロ野球なんかに進んだら、面白くないでしょう?」

いかにもラン子らしい質問であった。

ラン子の別れた旦那は、浮気相手と再婚して子供も生まれた。

以来ラン子は、30年に渡って彼ら一家を呪い続けている。

人を呪わば穴ふたつと言うけど、今のところ、穴はまだ1個のもよう。

ラン子ばっかり病気をしているような気がする。



   「面白いよ…無縁の子じゃないもの」

「私は無理!許せない!」

   「よその旦那と寝ながら片手間で育てた子が

    大成するわけないじゃんけ」

「…」

   「それよりラン子さん、なんだかお元気になられたようだけど?」

「あれ?ほんとだ!頭痛が消えてる!

 手と足も温かい!

 ずっと冷たかったのに!」

    「お母さんのお見舞いに行く楽しみも、できたろう」

「いやもう、これからは、這ってでも行く!

 行って、見物する!」

高らかに笑うラン子の瞳は、光を取り戻した。

明日から仕事に出るとまで言う。


よかった、と私は思った。

女にとって最高の癒しは、今も昔もスキャンダルである。
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ヨリトモ

2013年10月05日 14時31分08秒 | みりこんぐらし
ヨリトモといっても、源(ミナモト)さんちのお兄ちゃんではない。

義母ヨシコの年寄りの友達…だからヨリトモだ。


月に1~2度集まって食事をするヨリトモは、昔はもっと大人数だったが

この世に残留し、かつ単独外出が可能なアラ80のメンバーは

現在のところ4人である。

どの人も、個性的だ。


いつでもどこでもおしっこが漏れてしまう

“尿漏れのおチヨ”


糖尿病で、所構わず和服のスソをまくり上げ

太ももをあらわにしてインスリン注射を打つ

“インスリンのおタツ”


不眠症で、時々精神安定剤(バランス)を飲み過ぎて入院する

“バランスのおシマ”


うちのヨシコは、大腸癌の後遺症で1日30回くらいトイレに行くので

“かわやのおヨシ”というところか。



このところ、ヨリトモのおしゃべりテーマは

“誰が一番幸せか”だそうだ。

「家族に囲まれて、上げ膳据え膳のヨシコさんが一番幸せよ」

皆は毎回、そう結論づけると言う。


「家族がいるから幸せってことは無いわよね!」

人に幸せだと断定されたら、抵抗が芽生えるようで

ヨシコのハートは複雑である。


「一番幸せなのは、シマ子さんだと思うわ。

 チヨ子さんとタツエさんは未亡人だけど

 シマ子さんはご主人がまだ元気だし、お金持ちだし」

たった4人で、幸せグランプリを決めようとする老女の無謀に苦笑しつつ

私もバランスのおシマは、悠々自適を絵に描いたような暮らしだし

いつまでも子供のように無邪気でかわいらしく、幸せそうだと思っていた。



先日、バランスのおシマは、例のごとく安定剤の飲み過ぎで

病院に担ぎ込まれた。

義父アツシの入院する病院である。


毎日、我が夫ヒロシの送迎でアツシの見舞いに行くヨシコは

パジャマ姿で病棟の廊下を歩くおシマを発見し

さっそくおしゃべりが始まった。

そこにやって来たのが、おシマの長男の嫁。

一緒に暮らしてはいないが、入院したおシマのために

夕食を届けに来たのだった。


あの年代の爺婆は、とにかくワガママである。

病院食とは違う物を食べたいというより

誰がどれだけ自分に尽くすか、ひそかに計量しているフシがある。

余談になるが、義父アツシも病院食を食べないので

私の詰めた弁当をヨシコが持って行って食べさせている。

死期が近いので、病院は黙認してくれている。



さて、おシマの嫁は、大きな皿を2つ持って来たという。

ヨシコが帰って来て言うには、それは野菜のカレー炒めで

皿も中味もまったく同じものが2つだったそうだ。

嫁は無言でそれを置いて、サッサと帰った。

おシマは何とも言えぬ表情をし、唇に人差し指を当てたが

ヨシコには何の意味だか、理解できなかったという。


ヨシコは、垣間見えた小タマネギを好物の里芋と見間違え

ひと皿もらって家に帰って来た。

ヨシコはそう言うけど、カレーの匂いと共に

気まずい雰囲気も漂っているのを察知し、欲しがって見せたのだと思う。


「姑が入院したら、さっそくご馳走持って来るなんて、優しいわねえ。

 あそこの嫁さんは賢い人だから、料理もあかぬけてるわ」

身をわきまえぬ発言と共に、ヨシコは問題のカレー炒めを一口食べて

「アッ」と小さく言ったきり、皿を私のほうへ押しやった。

その時は、里芋と思っていたのがタマネギだった失望からだと思った。


私は大きなカレー皿に盛られた大量のそれが

自分に回ってきたのを喜んだ。

外食以外で人の作ったモンを食べられる機会が

今の私には珍しかったからである。



人の料理をどうこう言うつもりはない。

しかし大量のカボチャとプチトマト、数個のミニタマネギ

以上で構成されたひと皿は、塩辛いのなんのって食えたもんじゃない。

「ほら、田舎の人だから…あの嫁さん…」

ヨシコは、自身を納得させるようにつぶやく。

優しく賢くあかぬけたお嫁、急きょ田舎者に変身。


うちらの住んでいる所もなかなかの田舎だが

市街地をちょっと出れば、猿やタヌキの出るド田舎になる。

その昔、この辺りでは、田舎から来たと言えば

多少の疑問点はスルーされる風潮があった。

前は海、後ろは山…ごく小さな市街地に住み、現金収入で暮らす人々の

軽い優越が混入した措置であり

また、山奥に点在するぞれぞれの集落には

理解不能な慣習が存在したのも確かだった。


ヨシコはいにしえの風潮を持ち出し

けなげにもおシマの嫁を弁護しているつもりなのだ。

田舎者で片付けられた、おシマの嫁はたまったもんじゃなかろうが

ヨシコらしい美点ではある。



あの激しい塩味が、悪意にせよ天然にせよ

「あっぱれ!」と拍手したくなるのは

やはり私の根性が腐っているからであろうか。

毎日、アツシの弁当にウシ、エビ、カニを所望され

ブーブー言いながら調達するおのれの醜さを恥じる私である。

「シマ子さんは幸せ…シマ子さんがうらやましい…」

あの日以来、ヨシコはそう言わなくなった。
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