先週の水曜日、友人ラン子から電話があった。
仕事を持つラン子が、平日に電話をしてくるのは珍しい…
と思ったら、会社は先週から休んでいるという。
家を出ようとしたら、手足がしびれるそうだ。
それでも何とか駅へ出て、電車に乗ろうとしたらお腹が痛くなるという。
「不登校じゃん」
「うん…」
いつものSOSであった。
会って、食べて、買って、しゃべれば元気になる。
さっそく待ち合わせ、ランチに出かけた。
このラン子さん、季節の変わり目には精神状態が不安定になる。
不安定の原因は一人娘の冷たさだったり
過去に患った癌の再発への恐怖だったりするが
ここ1~2年、彼女を苦しめているのは、主に仕事である。
工場のパート勤めを辞めたがっているのだ。
以前から転職の相談はあったが、しょっちゅう心身の不調に陥り
いとも簡単に半月も休む者に、仕事の世話はできない。
足の手術で入院中の母親の心配もあり
この日のラン子は、なかなか元気を取り戻さなかった。
冴えない表情のまま、肉が買いたいと言い出したので
いつも行く田上精肉店へ向かう。
おいしい肉を扱う繁盛店だ。
活気溢れる店内で、7~8人の女性客と共に肉を選ぶラン子と私。
♪肉屋の店先に並んだ いろんな婆を見ていた♪
SMAPの“世界に一つだけの花”のフシでお願いします。
その“いろんな婆”の中に、なにやら見覚えのあるおかたのお姿が…。
客から、ささやきが漏れる。
「ほら、角田さんよ…息子さんが野球で…」
「そうそ、あと一歩で甲子園…惜しかったわねえ」
注目され、アゴをツンと上げるのは
角田さんと呼ばれる厚化粧の奥様だ。
高校球児の息子が県大会の決勝で敗れて以来
このような状況には慣れているらしい。
華やかな話題の少ない田舎である。
たとえ甲子園へ行けなくても…
たとえ去年だったか、一昨年だったかの夏のことでも…
テレビに映って活躍するようなお子様を育てた栄光は
以後、何年も本人と家族を彩るのであった。
肉屋を出て、ラン子を家まで送る。
「さっきの人、息子さんが甲子園に行きそうだったのよ」
「知ってる~」
「実はあの人、うちの母親が入院してる病院の看護師なのよ」
「知ってる~」
「挨拶しようと思ったんだけど、落ち込んでる時って
ああいう人がまぶしく見えるっていうのか、気がひけちゃった。
病院と会社が逆方向だから、通うのがきつくて
私、それで参ってるのかもしれない…」
面白いこと教えてやろうか…親切な私は言った。
あの奧さんは、甲子園未遂クンが保育園児だった頃
うちの夫の愛人だったと。
しばし絶句し、やがてキャー!とかヒエー!とか叫ぶラン子。
旦那の浮気が原因で、30年前に離婚した彼女は
この手の話に食いつきがいい。
ヒヒ…と笑う私。
「じゃあ、もしもプロ野球なんかに進んだら、面白くないでしょう?」
いかにもラン子らしい質問であった。
ラン子の別れた旦那は、浮気相手と再婚して子供も生まれた。
以来ラン子は、30年に渡って彼ら一家を呪い続けている。
人を呪わば穴ふたつと言うけど、今のところ、穴はまだ1個のもよう。
ラン子ばっかり病気をしているような気がする。
「面白いよ…無縁の子じゃないもの」
「私は無理!許せない!」
「よその旦那と寝ながら片手間で育てた子が
大成するわけないじゃんけ」
「…」
「それよりラン子さん、なんだかお元気になられたようだけど?」
「あれ?ほんとだ!頭痛が消えてる!
手と足も温かい!
ずっと冷たかったのに!」
「お母さんのお見舞いに行く楽しみも、できたろう」
「いやもう、これからは、這ってでも行く!
行って、見物する!」
高らかに笑うラン子の瞳は、光を取り戻した。
明日から仕事に出るとまで言う。
よかった、と私は思った。
女にとって最高の癒しは、今も昔もスキャンダルである。
仕事を持つラン子が、平日に電話をしてくるのは珍しい…
と思ったら、会社は先週から休んでいるという。
家を出ようとしたら、手足がしびれるそうだ。
それでも何とか駅へ出て、電車に乗ろうとしたらお腹が痛くなるという。
「不登校じゃん」
「うん…」
いつものSOSであった。
会って、食べて、買って、しゃべれば元気になる。
さっそく待ち合わせ、ランチに出かけた。
このラン子さん、季節の変わり目には精神状態が不安定になる。
不安定の原因は一人娘の冷たさだったり
過去に患った癌の再発への恐怖だったりするが
ここ1~2年、彼女を苦しめているのは、主に仕事である。
工場のパート勤めを辞めたがっているのだ。
以前から転職の相談はあったが、しょっちゅう心身の不調に陥り
いとも簡単に半月も休む者に、仕事の世話はできない。
足の手術で入院中の母親の心配もあり
この日のラン子は、なかなか元気を取り戻さなかった。
冴えない表情のまま、肉が買いたいと言い出したので
いつも行く田上精肉店へ向かう。
おいしい肉を扱う繁盛店だ。
活気溢れる店内で、7~8人の女性客と共に肉を選ぶラン子と私。
♪肉屋の店先に並んだ いろんな婆を見ていた♪
SMAPの“世界に一つだけの花”のフシでお願いします。
その“いろんな婆”の中に、なにやら見覚えのあるおかたのお姿が…。
客から、ささやきが漏れる。
「ほら、角田さんよ…息子さんが野球で…」
「そうそ、あと一歩で甲子園…惜しかったわねえ」
注目され、アゴをツンと上げるのは
角田さんと呼ばれる厚化粧の奥様だ。
高校球児の息子が県大会の決勝で敗れて以来
このような状況には慣れているらしい。
華やかな話題の少ない田舎である。
たとえ甲子園へ行けなくても…
たとえ去年だったか、一昨年だったかの夏のことでも…
テレビに映って活躍するようなお子様を育てた栄光は
以後、何年も本人と家族を彩るのであった。
肉屋を出て、ラン子を家まで送る。
「さっきの人、息子さんが甲子園に行きそうだったのよ」
「知ってる~」
「実はあの人、うちの母親が入院してる病院の看護師なのよ」
「知ってる~」
「挨拶しようと思ったんだけど、落ち込んでる時って
ああいう人がまぶしく見えるっていうのか、気がひけちゃった。
病院と会社が逆方向だから、通うのがきつくて
私、それで参ってるのかもしれない…」
面白いこと教えてやろうか…親切な私は言った。
あの奧さんは、甲子園未遂クンが保育園児だった頃
うちの夫の愛人だったと。
しばし絶句し、やがてキャー!とかヒエー!とか叫ぶラン子。
旦那の浮気が原因で、30年前に離婚した彼女は
この手の話に食いつきがいい。
ヒヒ…と笑う私。
「じゃあ、もしもプロ野球なんかに進んだら、面白くないでしょう?」
いかにもラン子らしい質問であった。
ラン子の別れた旦那は、浮気相手と再婚して子供も生まれた。
以来ラン子は、30年に渡って彼ら一家を呪い続けている。
人を呪わば穴ふたつと言うけど、今のところ、穴はまだ1個のもよう。
ラン子ばっかり病気をしているような気がする。
「面白いよ…無縁の子じゃないもの」
「私は無理!許せない!」
「よその旦那と寝ながら片手間で育てた子が
大成するわけないじゃんけ」
「…」
「それよりラン子さん、なんだかお元気になられたようだけど?」
「あれ?ほんとだ!頭痛が消えてる!
手と足も温かい!
ずっと冷たかったのに!」
「お母さんのお見舞いに行く楽しみも、できたろう」
「いやもう、これからは、這ってでも行く!
行って、見物する!」
高らかに笑うラン子の瞳は、光を取り戻した。
明日から仕事に出るとまで言う。
よかった、と私は思った。
女にとって最高の癒しは、今も昔もスキャンダルである。