殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

近時事・コロナウィルス

2020年02月27日 09時14分01秒 | みりこんばばの時事
旅行だ、試食会だと浮かれている間に

世間は新型コロナウィルス一色。

私の世代にとってコロナといったら

ストーブのメーカーか、トヨタの車。

ラリルレロ…ラ行のつく名詞は流行るというけど

流行り過ぎね。


さて、話は飛ぶようだけど

義母ヨシコの腹違いの妹、マツエさんは

隣の市に住んでるの。

年は70才で、ヨシコより15才下。

農家の嫁なんだけど、すごく若くて、細くて、美人。

彼女は先月の末に、ご主人を癌で亡くしたの。

死後のあれこれが一段落した先週、うちへ遊びに来たのよ。


マツエさんは、ご主人が入退院を繰り返すようになった5年ほど前から

車で30分ほどの町で暮らす長男の嫁

チカにイビられるようになったの。

舅が弱って怖いものが無くなったことや

マツエさんの次男が先祖伝来の農地をもらって

そこに家を新築したことが主な原因らしいけど

当時アラフォーに入ったチカは

更年期が始まったのかもしれないわね。


「死ぬ前に、早く財産を分けろ」

「弟夫婦と外食した情報が入っている。

奢った金額と同じ額をこっちに届けろ」

「弟夫婦に物をやったら、同じ物をこっちへ持って来い」

「弟一家と遊びに行く時は、必ずこっちに連絡して許可をもらえ」

「その時は、使った金と同額をこっちに払え」

昼でも夜中でも電話をかけてきて

いきなり怒鳴るんですって。


亡き舅にさんざんイビられたあげく

今でも嫁姑、嫁小姑に辟易してる私は

当初、それを小気味よく感じたものよ。

通常、人として口には出せないことを

相手に直接言ってしまうんだもの。

嫁の星だとまで思ったわ。

だけど、ヨシコにとっては恐怖のチカ語録ね。

対岸の火事は面白いわ。


親を脅迫する女房を横目に

亭主の長男はどうしてるのかって?

何も言えるわけ、ないじゃないの。

今までに何度か、軽い浮気をしてバレてんのよ。

長男の残りの人生は、飼い殺しよ。

止めたら矛先が自分に向くから

見て見ぬふりをするしかないわね。


やがてチカのゴネ得で、マツエさん夫婦が頭金を出し

長男夫婦はマンションを購入。

これで静かになるかと思う間もなく、マツエさんのご主人が死亡。

通夜葬儀では、チカのやつ

しおらしくて気配りのある嫁を演じまくっていたわ。

こういうお嫁さん、よくいるのよね。


ヨシコもルイーゼもマツエさんを心配してるから

火葬場でチカと長男に言ってたわよ。

「お母さんを頼むね」

「お母さんをお願いね」

ハイ…とニッコリ微笑むチカ。

「私らがしっかり言っておいたから

これでもう大丈夫!」

ヨシコもルイーゼも満足げにうなづき合ってたけど

わたしゃ内心、せせら笑ったわ。


で、葬式が終わった途端

「保険金はまだか」

「農地はいらん、その分の現金をよこせ」

「あんたが死んだら、今住んでる家を壊して更地にするから

解体費用も先によこせ」

マツエさんは、さっそくチカにイビられているそう。

うちへ来て、こぼすわけよ。

ちょうど、ヨシコとルイーゼは出かけて留守。

台所で、マツエさんとゆっくり話したわ。


だけど彼女の心配は、そんなことよりマスクと除菌スプレー。

孫娘の修学旅行が近づいてて

マスクと除菌スプレーが必携なんですって。


「どこを探しても無いのよ」

涙目で訴えるマツエさん。

「うちにあるよ」

と言ったら、驚いてたわ。


ある所にゃ、あるのよ。

今月の9日、城崎に行ったら

あちこちの土産物屋に1枚100円で売られていたし

生協の宅配のカタログに

マスク、普通に載ってるもん。

前の週に注文したら、ちゃんと届いたもん。


マツエさんにそれを箱ごと渡して

次週の注文票で追加注文もしてあげたわ。

大量じゃ申し訳ないから、常識の範囲内で3箱ね。

来週届く予定だけど、注文通りに来るどうかは

まだわからない。


除菌スプレーの方は、城崎旅行の時

介護関係の仕事をしているマミちゃんの娘さんが

用心のためと言って、小さいのを1人に1本

プレゼントしてくれたの。

それをあげたわ。


それからずっと昔、SARSが流行った頃

取引先から除菌スプレーをたくさんもらったのよね。

それもあげた。

古いから、使えるかどうかわからないけど。

ブツブツが出ても、知〜らんっと。


念願のマスクと除菌スプレーを入手して

マツエさん、すごく喜んでいたわ。

私には孫がいないので

悪魔みたいな嫁が生んだ子のために

そんなに必死にならなくてもいいと思うんだけど

孫の可愛さは格別というから

それとこれとは別なんでしょうね。

心配しなくても、修学旅行は中止になるんじゃない?
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バカの病・3

2020年02月23日 11時33分44秒 | みりこんぐらし
試食会は、先週の水曜日に行われた。

私はその前日、買い出しに出かけた。

15人分の食事を7500円以内で作る…

課せられた条件は、厳しいものだ。

予算が少ないからといって

いかにも貧しげな食事にはしたくない…

こだわりがあるとすれば、そこである。


が、私には秘策があった。

カツ丼の豚肉は厚切りロースではなく

安い薄切りのモモ肉を使うのだ。

これは昔勤めていた病院の厨房のやり方。

美しく言えば、ミルフィーユ風ってやつよ。


パック入りの薄切りモモ肉をパックから取り出さず

重ねられたまま、塩胡椒して小麦粉をまぶす。

裏返して同じようにしたら、パックに入っていた形のまま

あるいは大きければ半分や3分の1に分け

卵とパン粉で衣をつけて揚げる。

火が通りやすいので安全かつ時短になるし

元が薄切りなので老人や子供にも食べやすく

第一、安い。

あとは卵と玉ねぎ、そして彩りのネギ。

どれも値段は知れている。


それからサイドメニュー用に豚ミンチ500グラムと

鶏ミンチを1キロ購入。

豚ミンチ全部と鶏ミンチ200グラムは

カツ丼に使用したネギのみじん切りと合わせて

肉団子を作り、ちゃんこ鍋風の吸い物に使い

残った鶏ミンチは病院の人気食だった

れんこんハンバーグに使う。

一つの食材を複数の料理に使用するのは

経費節減のコツである。


れんこんハンバーグは以前

手抜き料理のカテゴリでご紹介したことがある。

私が勤めていた病院のメニューで

誰に食べさせても大変喜ばれた。

その時はれんこん団子という名前だったと思うが

今回は吸い物に団子と名のつく物を使うため

あえてハンバーグという名前にしただけ。


あとは、れんこんハンバーグに使うれんこん、人参、大葉

ギンナンの缶詰、しょうが

吸い物用の油揚げと白菜と葛切り

箸休め用の冷凍インゲンなどを買い

5000円以内でおさまったため、一人でほくそ笑む。

小麦粉やパン粉、調味料はお供え物を使うし

ダシは昆布問屋の檀家から

立派な羅臼昆布が届いていると聞いたので

この金額で行けたのだった。


当日は午後2時に行った。

ユリちゃんがいただき物の辛子明太子を持って来たので

明太子スパゲティと明太子入りの卵焼きも作ることにした。

スパゲティはお供え物があるし、卵はカツ丼用のがある。

こうして晩餐のメニューは決まった。

カツ丼、肉団子入りの吸い物、れんこんハンバーグ

明太子スパゲティ、明太子卵焼き、インゲンの胡麻和え。


委員会は午後7時からなので

ユリちゃんや彼女の兄嫁さんとお茶を飲んだり

おしゃべりをしながら作って開始時間を待つ。

30分ほどで会議が一段落し

モクネン君から料理を運ぶよう指示が出たので

委員の並ぶ座敷へ、まずカツ丼を搬入。


男性13人、女性2人の委員会は

なるほど、暗くて重い雰囲気。

しかしカツ丼を見ると、男性たちの顔はほころんだ。


いったん台所へ戻り、次は吸い物を持って行く。

豚と鶏の団子と油揚げ、葛切り、白菜入りの吸い物は

某相撲部屋で食べられているもの。

その相撲部屋にいた知り合いから習ったのだ。


とはいえ、たいした技はいらない。

しょうがをきかせた肉団子をダシにぶちこめば

寝ててもおいしい汁ができるってもんよ。

油揚げを大きめの三角形に切ると

ちゃんこの雰囲気が出る。


重苦しい会議の雰囲気を和らげるため

私はユリちゃんの頼みで

メニューの説明をすることになっていた。

秘策の一つである。

だから私は吸い物を配りながら、委員会の人々に言った。

「これは、○○部屋のちゃんこと同じものです」


「おお〜!」

委員会の皆さんは、とても感動なさったご様子。

ここに集まっているのは、真面目な人ばかり。

純粋というのか、浮世離れしているというのか

「もし、お代わりをしたくなりました場合

もう一回、500円をお支払いしたらいいのでしょうか?」

などと、真剣にたずねるような方々なのだ。


好反応に気を良くした私は、よせばいいのに付け加えた。

「私が○○部屋のちゃんこ番だった頃に

習いおぼえたものでございます」

それを聞いた純粋浮世離れの面々は、口々に言った。

「○○部屋に!」

「ほお〜!」

「人は見かけによりませんねぇ」

真顔でうなづいたり、感心してどうする。

言うんじゃなかった…と後悔しつつ退場。


次に持って行ったのは、れんこんハンバーグ。

もう、ヤケじゃ。

私は秘策の第2弾を披露する。

「これは町内にある○○病院の名物

れんこんハンバーグでございます。

○○病院に入院すると、月に一度、召し上がれます」


「……」

反応が無いわけではない。

皆さん、戸惑っていらっしゃるのだ。

町にただ一つの病院が

病気の老人を死ぬまで置ける施設だというのは

誰でも知っている。

真面目な方々は、その衝撃にうろたえておられるのだ。

うっしっし。


試食会は続いていたが、夜9時を過ぎたので

後片付けはユリちゃんに任せ、私は先に帰った。

で、試食会の結果だが、いまだモクネン君からの発表は無い。

試食したんだから、屋台はこれで行くことに決まったとか

やっぱり屋台はやめておこうとか

何らかの結論が出てもいいようなものだが、なしのつぶて。

会議はおそらく、実行委員を辞める辞めないのテーマが先立ち

夏祭の屋台どころではなかったのではなかろうか。


ユリちゃんからは

「皆さん、おいしかったと言って帰られました。

後片付けの時、残り物はありませんでした。

本当にありがとう。

モクネンからの試食会の結果発表は、まだです」

ラインでそんな報告があった。


実際に15人分のカツ丼を作ってみて

けっこう忙しいことがわかったので

私は屋台の案がボツになることを密かに願っている。

これを100人分だか200人分だか作るのは

大変じゃわ…

賄いだけなら、ナンボでもやっちゃる…

けいちゃんに頼んで…

そう考えながらうちの夕食、鶏の山賊焼きを作っていた。


山賊焼きは簡単だ。

鶏モモ肉を大きいまま、漬け汁に浸けておく。

漬け汁は、醤油、みりん、酒、砂糖をテキトーに混ぜ

しょうが汁とすりおろしニンニク少々、七味パラパラ

お好みによって山椒の粉パラパラ。

1時間ほど経ったら、キッチンペーパーで水分を取り

レンジの魚焼きグリルで両面をこんがり焼く。


漬け汁は捨てず、肉を焼く間に半分くらいまで煮詰めておく。

この漬け汁に焼き上がった肉を浸して

再び焼いて照り焼きにしてもよし。

ソースにして塗ったり、かけてもよし。

どうやってもおいしくできる、甘口の焼き鳥だ。


これを鶏嫌いの義母以外の家族に与えたところ

非常に好評で、夏祭の屋台や賄いは

これを作るべきだと言う。

カツ丼より体力的負担が少なく

誰に任せても、おいしく仕上がるというのが

彼らの主張である。


そこで早速、ユリちゃんに連絡したところ

「じゃあ、近いうちに試食会をしましょう。

日時はまた連絡します」

という返事だ。

なんだか私、料理が苦手なユリちゃんの代わりに

ごはん作ってる?

それを試食会と表現してる?


でもいいの。

私は料理、好きだし、バカの病だし。

《完》
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バカの病・2

2020年02月22日 13時25分16秒 | みりこんぐらし
夏祭に屋台で食品を販売しながら

同じ物を手伝いの人たちの賄いにする…

この提案をあまりにもあっさりと受け入れた私に

モクネン君はかえって慌てた様子で

「だ、大丈夫ですか?」

とたずねる。

今さら何を言っているのだ。

あんたが言い出したことじゃないか。


「それで…何を作られるつもりですか?」

不安げに問うモクネン君。

私は即答した。

「カツ丼」。


カツ丼…

モクネン君はニッコリしてつぶやく。

メニューに異論は無いようだが、彼は再度たずねた。

「大丈夫ですか?」

今度の大丈夫ですか?は、調理の実力をいぶかしむものだ。

私はこの時、初めて明かした。

「大丈夫です。

私とけいちゃんとモンちゃん…

つまり5人会のうちの3人は調理師免許を持っています」


それまで、我々が調理師だということは

ユリちゃん以外には秘密にしていた。

公にすると、台所を担当する檀家さんたちの

やる気を削いでしまうからである。

選挙事務所の賄いで見てきたが

料理通として采配を振るっているのに

調理師が紛れ込んでいると知ったら面白くないものだ。

よって今までの数年間、我々は初心者を装い補助に回っていた。


しかし、ユリちゃんの伯母さんが加齢に倒れ

手伝う檀家の女性たちもいなくなった今

秘密にする必要は無くなった。

実力だけでなく、衛生面においても

調理師の存在は伝えておいた方がいい。


「調理師だったんですか!」

モクネン君は、細い目を見開いて驚いた。

現役はけいちゃんだけで、私は調理の仕事を離れて長いし

モンちゃんは実家が旅館だから一応取得してみたというペーパー。

しかし免許というはっきりした形を示すと、男は信用する。

モクネン君はすぐに販売価格や数量など

細かい打ち合わせに入った。

賄いは普通の大きさで出すが、他の屋台の売れ行きを邪魔しないよう

販売するカツ丼はミニサイズにすることや

子供でも買いやすい値段ということで

屋台で売る値段は300円と決まった。


「ところで…」

モクネン君はたずねる。

「なぜカツ丼なんですか?」

私はよく回る舌で、ツラツラと理由を挙げた。

「まず、カツ丼が嫌いな人はあまりいません。

次に材料が少ないため、低コストで調理が簡単な上

ダシさえ取っておけば補充がたやすいという利点があります。

また、インパクトの強い食品であることも

祭を盛り上げるために重要で

カツ丼という響きは笑顔を誘発します。

町にカツ丼を出す店が無くなって数十年

懐かしさと珍しさにおいて、町民の反応は良好と予測されます。

コンセプトとしては、昭和の定食屋のカツ丼。

昔、駅前通りにあった〝一茶食堂〟の味を再現したいと考えています」


「おぉっ!」

モクネン君は感心しきりだったが

本当の理由は昨夜、うちの晩ごはんがカツ丼だったからさ〜…

いいもんね…

いざとなったら現役調理師のけいちゃんが

何とかしてくれるわ…。


モクネン君は言った。

「ぜひ食べてみたいです!

来月、実行委員会があるんですが

その場で試食会をしましょう!」


私は快諾した。

合理魔、モクネン君の思惑はわかっている。

夏祭の実行委員会は、夕食どきに行われる。

参加したことは無いが、会議の後で形だけのわずかな会費を取り

委員の面々に飲食の接待をするのは聞いていた。

委員は全員が引退をほのめかしているため

重苦しい雰囲気になること間違いなし。

そこで、いつものお供え物を使った鍋ものではなく

試食会という目新しいテーマで撹乱する作戦だ。

いいもんね…

けいちゃんが何とかしてくれるもんね…。


やがて、試食会の日取りが決まった。

ここまでのことは、ユリちゃん以外のメンバーは知らない。

ユリちゃん夫婦と会って話をしたのが、私一人だったからだ。

でも大丈夫…

けいちゃんが何とかしてくれるもんね…

と思っていたら、その日、頼りのけいちゃんは仕事だった。

遅番なので、夜の試食会は無理だという。

チ〜ン。

私一人でやるしかない。


試食会が近づいたので、ユリちゃんと電話で打ち合わせをする。

カツ丼だけというわけにいかないから

他の料理も作ってもらいたいそうだ。

夕食を兼ねた会議なので、当然であろう。


私はそこで初めて、予算をたずねた。

「1人500円の会費で、15人いらっしゃるから

全部で7500円…

もちろん、オーバーしてもいいんだけど…」

ユリちゃんは申し訳なさそうに言う。


遠足のおやつじゃあるまいし、貧乏寺にもほどがあるわいっ!

と叫びたいところだが、何しろ私ってバカの病じゃん。

予算内でやってみたくなった。

《続く》
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バカの病・1

2020年02月21日 09時21分56秒 | みりこんぐらし
頼まれたら引き受けてしまう、この性分…

我ながらバカだと思う。

バカだと思うが、持病みたいなもんだから仕方がない。

で、今回の頼まれごとは料理。

仲良し同級生で結成する5人会の一人

ユリちゃんの実家のお寺で料理をするのだ。


このユリ寺で、今年も6月に夏祭が行われる。

その時、世話人や手伝いの人たち30人ほどに

昼と夜の賄いを出す。

今まではユリちゃんの伯母が二人で作っていたが

どちらも80代半ば。

一人は腰痛、一人は認知症で、昨年を最後に引退の運びとなった。


この現実を恐れていたユリちゃんは、数年前から

我々5人会のメンバーを夏祭に誘うようになった。

最初の年は客として料理をご馳走になるだけだったが

すっかり餌付けされた我々は、翌年から賄いを手伝い始める。

伯母ちゃん二人の補助なので、気楽なもんよ。

我々は張り切って調理を手伝った。

でも今年から、叔母ちゃんはいない。

ユリ寺はピンチに陥っていた。


ユリちゃんだけでなく、彼女のご主人モクネン君も

慢性的な人手不足に悩んでいた。

自分のお寺とユリ寺、二つのお寺で住職を兼任する彼にとっても

ユリ寺のピンチは他人事ではない。

特に今年は、夏祭の世話をする実行委員の人たちが

揃って引退をほのめかしている。

50代の檀家と自営業者を中心に構成される委員会は

人口減少によって年々大変になる寄付集めに

嫌気がさしているのだ。


このような深刻な状況を前にした時

女は迷わず人の善意に頼ろうとする。

しかし男は、人に頭を下げずに済みそうな

新しいアイデアを考えようとするものだ。

そのアイデアはたいていの場合

自分以外の誰かに犠牲を強いる、無茶なものである。


だからモクネン君は思いついた。

境内に並ぶ、有志の屋台の一軒を5人会に任せ

屋台で食品を調理販売しながら

同じ食品を賄いとして、手伝いの人たちに提供するというものだ。

そして彼は、しれっと付け加えた。

「メニューはお任せしたいと思います」。


祭客が少ないため

儲からない屋台をやりたがる町の有志は減少の一途。

そこで屋台を一つ増やし、同じ屋台で賄い食も作れば

人員も経費も半減する。

さらに、屋台のキモであるメニューを任せるということは

仕入れや売れ行きを始めとする責任の一切がっさいを

5人会に丸投げする心づもりなのは明白。

成功すれば彼のアイデアの勝利

失敗すれば5人会のせいという

彼にとって非常に合理的な名案である。


が、白羽の矢を立てられた私にとっては、非情な迷案。

テキ屋じゃないんだから、慣れない屋台で料理をするのは

台所で作るよりも難しい。

しかも販売と賄いを兼ねるとなると

タコ焼きやアイスクリームなどの軽い物

というわけにはいかない。

ちゃんとした食事にする必要がある。

労働量はハンパない。


モクネン君とユリちゃんは夫婦仲がよろしくないので

事前の話し合いが無い。

口をきかないので、話し合いもなにもありゃしないのだ。

ユリちゃんはモクネン君の意向をその場で初めて知り

ぶったまげて止めようとした。


彼女の気持ちはわかっている。

屋台と賄いを同時にするなんて無謀過ぎる…

料理をしない男にはわからないのだ…

5人会にこれ以上の負担はかけられない…

くだらん思いつきで、私らの友情を壊す気か…

あんたはいつもそうだ…

顔にそう書いてあった。


しかし私は即答した。

「やります」。


私には、切実な願望があった。

蒸し暑い6月に、エアコンはおろか換気扇も無い

劣悪な環境の台所で、もう働きたくない…。

ユリちゃんが自称する「貧乏寺」の台所は

まさに灼熱地獄なのだ。


貧乏寺だから、行事の予算も限られていて

食材はお供え物のお下がりが中心。

仏前のお供え物といえば、腐りにくい野菜類と

海草や乾麺などの乾物ぐらいだ。

これらを駆使するとなると、献立は限られる。

カボチャの煮物、ヒジキの煮物、スパゲティサラダ

ワカメの味噌汁…

手間がかかるわりには、誰も喜ばない料理が並ぶ。

しかも、これらの食材は調理時間がかかるので

室温は上がる一方だ。


これだけではあんまり地味だということで

やはりお供え物の片栗粉をふんだんに使った

鶏の唐揚げが添えられるが、こやつが我々にトドメをさす。

さんざん煮炊きして上がりまくった室温の中

大量の鶏肉を延々と揚げ続けたら、灼熱地獄の完成だ。

生命の危機すら感じてしまう。

お寺なんだから、死んだら手厚く葬ってくれるかもしれないが

これでは台所を手伝う檀家がいなくなるのも無理は無い。


ユリちゃんの役に立てるのは嬉しいけど

熱中症で死にたくない私は常々思っていた。

「働く者の身体に優しく、食べる者が喜ぶ献立、希望…」

しかし、表向きは御仏からのお下がりのご利益分けと伝統

本音は低コストの見地から

あくまでお供え物にこだわるユリちゃんの信念を曲げるのは

難しいと思われた。


そこへモクネン君から、屋台の提案だ。

「メニューはお任せしたいと思います」

この言葉に、私は飛びついた。

灼熱地獄から解放されるなら、多少忙しいぐらい…

のしかかる重責ぐらい…

なんであろう。

何かを得るには何かを失うしかない。

私は熱中症回避の献立を得るために

気楽なお手伝いの身の上を捨てた。


《続く》
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リベンジ・ツアー・in城崎

2020年02月13日 09時56分13秒 | みりこんぐらし
「宅配便で届いた土産の蟹」


行って来ました、リベンジ・ツアー。

去年行った同窓会の還暦旅行と全く同じ日、同じ宿。

ユリちゃん、けいちゃん、モンちゃん、マミちゃん

それに私の5人旅です。


この旅のテーマは、早くから決めてありました。

まず還暦旅行で食べられなかった蟹を

同じ日に同じ宿で食べること。

それから還暦旅行で発覚した

同級生男子の業務上横領疑惑について

じっくり話し合い、対策を考えることです。


出発前の私の心配は、遅刻の女王、モンちゃん。

彼女と私は家が近く、幼稚園から高校まで一緒でした。

つまり私は、彼女のすさまじい遅刻ぶりを見てきた

生き証人です。


モンちゃんの家は旅館。

女将をしているお母さんは、夜遅くまで働いていて

朝が苦手でした。

誘いに行った時点で、まずお母さんが目を覚まし

それから起こされるモンちゃんは遅刻するしかなく

私は小学校に上がると

モンちゃんとの登校を両親から禁止されました。

誘いに行った私も遅刻するからです。


普段の登校は、間に合うことがありました。

けれども出発の早い行事もあります。

遠足、社会科見学、林間学校、修学旅行において

彼女は幼稚園から高校まで、見事にオール遅刻を通しました。


集合に遅れると、皆の乗った電車やバスをタクシーで追跡し

どこかで合流するのは、もはや習慣でした。

合流した時のモンちゃんに慌てた様子は無く

常に落ち着き払っていたので

私はそこに女王の風格を感じ、密かに尊敬すらしたものです。


去年の還暦旅行では、私が朝早く電話をして起こしましたが

迎えに行ったら二度寝中でした。

電話が早過ぎたと反省した私は

今回、時間を置いて何度か電話をする方法を取り

無事に新幹線の最寄り駅へ到着することができました。


新幹線で姫路まで行き、特急はまかぜに乗り換えると

2時間ほどで城崎温泉駅に着きます。

車内では、さっそく会議。

去年の還暦旅行で発覚した、男子の業務上横領

および着服の件です。


なぜ彼らは、こんなにあさましいことができるのか…

議題はまずこれでした。

飲み物やおつまみの中抜きのことは諦めても

み~ちゃんの5万円だけは

カタをつけなければ我々の気が済みません。


「この話題で、あと10年は持つ」

と言いながらたくさんのことを話し合っているうちに

目的地、城崎温泉駅に着いてしまいました。

これといった結論は出ませんでしたが

とりあえずユリちゃんが、モトジメとタカヒロに

5万円の行方を直接たずねることになりました。


なぜならユリちゃんは、男子にとって永遠のマドンナ。

そして我々にとってユリちゃんは、最終兵器。

他の者がどんなにギャーコラ言ったって

彼らは聞く耳を持ちませんが、ユリちゃんの言うことには

おとなしく耳を傾ける習性があります。

耳を傾けるだけで、言うことを聞くとは限りませんが

もう最終兵器の使用しかありません。


さて、宿に着いて温泉に浸かったら

待望の夕食です。



茹でた蟹や生の蟹を堪能しました。


翌日は朝風呂に入り、朝食を済ませてチェックアウト。

それから、去年は時間的に無理だった、城崎の町並みを散策。

温泉街の真ん中を小さな川が流れていて

数メートルおきに石造りの小さな橋がかかっています。

風情のある所でした。


その町並みの一角に、「万作」というカフェがあり

ここに行くのも目的の一つです。

去年、城崎を訪れた数日後、かの有名なテレビ番組

『人生の楽園』で、ここが放送されました。

内容は、城崎生まれで地域活性をはかる

我々と同年代の女性店主の話でした。

美しい町並み同様、おっとりと上品な女性が

印象に残っていたため

私の希望でお邪魔することになりました。


「万作」は町並みの中ほどの、わかりやすい場所にあります。

10人も入れば満席の小さな店で、コーヒーをいただきました。

このコーヒー、豆から挽く本格派で非常においしく

味に期待していなかった私は驚きました。

店主と同じようにさらりとして味わい深い、誠実な味です。


万作を出て散策…

すると、パラパラとヒョウが降ってきました。

やがてヒョウは小雨に変わり、我々は初めて気が付きました。

「傘が無い」


ユリちゃんと私が晴れ女ということもあり

誰も雨のことは考えていませんでした。

荷物になるのと、降ったり止んだりなので

傘を買う選択肢はありません。


ユリちゃんとけいちゃんとマミちゃんは

ダウンコートに付いているフードをかぶりました。

しかしモンちゃんと私は、フードの無いダウンコート。

そして二人とも、大判のマフラーを持っていました。

二人はマフラーを頭からかぶり

「真知子巻き!(知っとるけ?)」

「古っ!」

などと言って笑いさざめきます。

我々はすっかり、大昔に親から聞いた映画のヒロイン

真知子さんのつもりでした。


が、マフラーとダウンの相性は良くないのです。

何回巻き直してもツルツルのダウンから滑り落ちてしまうので

やがてどちらからともなく

マフラーをアゴの下で結んでいました。


ふと、ショーウィンドーに映ったおのれの姿を見て、唖然。

「朝市のオバサンじゃん!」

「大間のマグロ漁師、山本さんじゃん!」



自虐でなく、事実なのが悲しいところよ。


こうして楽しかった旅は終りました。

一番笑ったのは、これでしょうか。



宿の夕食に出た、不機嫌そうなお多福さん。

「おい!前髪はどうした!

辛いことがあるんなら話してみろ!」

私は思わず話しかけてしまいました。

恐る恐る食べたら

生麩の中にアンコが入ったお菓子でした。
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リベンジ・ツアー・3

2020年02月08日 21時52分44秒 | みりこんぐらし
会長のモトジメ、副会長のタカヒロ、それにエイジ‥


犯行は、酒好きの3人を中心に行われた‥


これを前提に推理すると、水のすり替えの謎も解ける。



酒の大部分を仕事場に残したタカヒロは


お茶2ケースをそのままバスまで運ぶことにしたが


水のケースまで運ぶのが面倒になった。


そこで自前の水を1本、持って来たのだ。


盗っ人の情けではない。


全くのゼロだと騒ぎになり、犯行が発覚しやすいという


姑息な判断からである。



名探偵は、事件が起きてから初めて関係者に会い


その人間性を瞬時につかむ。


だから「名」がつく。


しかし今回の犯人は、子供の頃から知り合いだ。


同窓会が発足して30年、頻繁に接触を続けているが


不況のせいか、はたまた酒のせいなのか


中年期以降、腐敗の一途を辿る様子をつぶさに観察してきた。


だから今までの友情や、世話になった恩というバリアを外せば


名探偵でなくても、彼らのやらかしそうなことは簡単にわかる。



特に数年前、離婚したエイジが単身で故郷へ帰って来て


活動に参加するようになってから


腐敗が加速し、お下劣度が増した。


皆の兄貴分、セレブのユータローは彼らと距離を置くようになり


癌で大酒が飲めなくなったヤスミチと


難病で断酒したツヨシもそれに続いた。


地元男子は二つに分裂し、腐る者は順調に腐り続けて


現在に至っている。



腐り組の悪事は、酒の横領だけではなかった。


一昨年の末、皆の菩薩的存在だったみ〜ちゃんが


亡くなったことは記事にした。


亡くなる前、彼女が同窓会に宛てて


5万円の寄付を残したこともお話しした。


「還暦旅行で使ってくださいとのことでした」


み〜ちゃんのご主人はそう言って


新札の入った封筒をモトジメに託した。


この5万円が今、どうなったかわからないのだ。



当時、モトジメはその封筒を会計の私に預け


「ありがたく使わせてもらおうや。


このことは還暦旅行で皆に発表する」


そう言った。


その時、モトジメはこうも言った。


「通帳には入金しないように。


会計報告に載せたら、うるさいことを言ってくるヤツが出る」



私は職務上、いったん通帳へ入金した方がいいと言ったが


モトジメは頑として聞かなかった。


これには、過去の出来事が関与している。


十何年前だったか、遠方在住の会員から


会計報告書に記載された年会費の使い方について


細かい質問状が届いたことがあった。


町内会などの集団にも時々いるが


仕事で事務を少々をかじったことがあり


今は落ちぶれて不本意な暮らしをしているが


昔が忘れられず、頭の方もちょっくら怪しくなってきて


ことごとくに執拗なクレームをつける人。



その人物は数年に渡って同窓会の三役を苦しめていたが


やがて年会費を滞納するようになった。


さらに数年後、その親が亡くなった時には


同窓会が香典を出し、通夜葬儀を手伝い


モトジメたちは棺桶を担いだものだ。


親が亡くなると、同窓会に用は無いと言い


年会費を滞納したまま、その人物は退会した。



当時の苦い経験から、モトジメ以下男子一同は神経質になっていた。


「旅行に参加しない者の恩恵は無いのか」


そう突っ込まれる可能性を考慮すると


気持ちはわからないでもない。



いずれにしても、会長の決定は絶対である。


同窓会活動は、時々集まって飲み食いするだけではない。


地元の祭やイベントの手伝いなど、多岐に渡る。


我々女子がいくら息巻いたところで、彼の代わりはできない。


半裸で神社の神輿を担いだり、カラオケの舞台を設営したり


町の長老たちと酒盛りをするのは無理というものだ。


最終的に私が折れ、通帳への入金はしないことになった。



私は旅行にみ〜ちゃんの5万円を持参し


モトジメが皆に発表するのを待った。


「まだ?」「いつ?」「今、言えば?」


再三に渡って彼をせかしながら、待った。


しかしモトジメは生返事をするばかり。


「今、せっかく盛り上がっているのに、シュンとする話題は‥」


「女子が泣くと雰囲気が‥」



業を煮やした私は


「あんたが言わないなら、私が言う!」


と立ち上がった。


するとモトジメは、必死の形相で止めるではないか。


「待ってくれ!タカヒロの気持ちも考えてやれ!」



タカヒロは2年前、同居していた愛娘を癌で亡くし


翌年、娘婿は幼い子供たちを連れて、遠い郷里へ帰った。


タカヒロは明るく振る舞っているが


その痛手から、まだ立ち直っていないそうで


ここで皆がしんみりしたら、タカヒロには耐えられないと


モトジメは言う。


「それとこれとは別じゃ!」


私は声を荒げる。



モトジメはひたすら親友のタカヒロに気を遣うが


当のタカヒロは今、カメラに凝っていて


カメラマンを引き受け、自慢のカメラで得意げに


パシャパシャやっている。


これのどこが、耐えられないというのだ。


「耐えられんかどうか、やってみたらええが」


と言ったら


「鬼か!」


と怒るモトジメだった。



確かに逆縁は辛い。


目に入れても痛くない孫まで去ってしまった


タカヒロの胸中は察するに余りある。


しかし、見た目も心もジャイアンみたいなタカヒロを


可憐な乙女のように特別扱いするのは間違っていると


腹を立てる私だった。



旅行中、み〜ちゃんの5万円のことは、とうとう発表されなかった。


当然、そのお金を使うこともなかった。


旅行が終わるとモトジメが


「必ず後できちんとする」と約束したので


何か考えがあるのだろうと思い、お金は彼に渡すことにした。


私が預かったままだと思われるのは嫌なので


証人として副会長のタカヒロと


会計監査のマミちゃんに立ち会ってもらった。



それっきりだ。


モトジメやタカヒロに、あれから何度も


どうなっているか聞いたが、のらりくらりと生返事。


5人会が怒り狂うだろうから誰にも言ってないが


私はあのお金、タカヒロのカメラになったと踏んでいる。


旅行でみんなのために使ったという


腐ったオジさん特有の言い訳になるからだ。


私の周りには腐ったオジさんがたくさんいるので


思考回路がわかる。



じゃ、怒りも情けなさも吹っ飛ばすつもりで


リベンジ・ツアー、行ってきま〜す!


《完》
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リベンジ・ツアー・2

2020年02月07日 14時12分19秒 | みりこんぐらし
還暦旅行の終盤で水のすり替えを知って以来


私は記憶をさかのぼる作業を開始した。


思えば旅の準備段階から、疑問は多かったのだ。



まず旅行前。


バスの中で皆に配るお菓子や乾き物、つまりおやつの類は


記事に時々登場する悪名高い保育士


なっちゃんが買いに行った。



それらは飲み物と一緒に私が調達することになっていたが


自慢じゃないけど、私はおやつ音痴。


あんまり食べないので、何を買えばいいかわからない。


そこで準備に参加したがっていたなっちゃんが


「コストコで買って来てあげる」


と自ら引き受けてくれたので、私は少し見直した。



旅行の2日前、なっちゃんから、おやつを買ったと連絡があった。


その旨を会長のモトジメに連絡したら


旅行前に、どうしても受け取りたいと言う。


「何で?なっちゃんの家は遠いんだから


届けてもらうのも取りに行くのも大変よ?


当日でええじゃん」


そう言ったが、どうしても聞き入れない。


そのことをなっちゃんに連絡したら


ちょうど実家へ顔を出す予定なので


モトジメの家へ届けてやると言う。


私は良かったと思い、この件を忘れた。



同じ日、モトジメから指示があった。


「同窓会の通帳から10万円おろして、旅行に持って行ってくれ」


そりゃ旅だから、何が起きるかわからない。


急病人や事故で足留めなど、不測の事態を想定し


私は自分の小遣いを多めに持って行くつもりでいたが


ケチなモトジメにしては太っ腹なことを言うではないか。


会計役員になって8年、何につけ、いつも立て替えていたので


私はこの指示を歓迎した。



しかし、いざ旅行が始まると


通帳からおろして持参した10万円の使い道は


あらかじめ決まっていたらしい。


これには、呆然とするばかりだ。



まず、なっちゃんが調達したお菓子とおつまみ。


「コストコ行ったらテンション上がりまくりで


たくさん買っちゃった〜」


そう言いながら、彼女が出したレシートは約5万円。


31人の旅行で、予算の3倍のおやつを買っていたのだ。


やっぱりなっちゃんは恐ろしい女だった。


が、今さら文句を言っても仕方がない。


持って行った10万円から清算。



出発してほどなく地元男子の一人


エイジが私の席にやって来た。


約3万円のレシートを出して


「酒、買うたけん、お金ちょうだい」。



私は二つの疑問から、少々驚いた。


一つ目の疑問は、同窓会のオキテ。


『通帳から出金する際は、事前に会長または会計の許可が必要』


という規約だ。


金額が大きければ、なおさらである。


一会員のエイジが、いきなり3万円のレシートを提出して


清算を望むのは異例だった。



しかしエイジは平然と言うではないか。


「会長も知っとるけん。


10万、持って来たんじゃろ?その中からちょうだい」


モトジメが10万円おろせと指示したのは


このレシートの存在を知っていたからだと判明。



が、私には二つ目の疑問があった。


「ビールやチューハイ、5万円分も買うとるのに


まだ足らんの?」


するとエイジ、またもや平然と言うではないか。


「日本酒やワインは買うてないじゃろ?」


レシートをよく見ると、有名どころの日本酒や


舌を噛みそうな名前のワインを買っている。



こいつら‥この際だと思って飲みまくるつもりだな‥


私は苦々しく思った。


なぜなら旅行前の打ち合わせで


男子が口々に希望する缶ビール、缶チューハイ、缶ハイボールを


全部買うことになったため、私は提案した。


「酒を飲まない女子のために、ジュースも買っていいでしょ?」



しかし副会長のタカヒロを始め、男子はなぜか強硬に反対。


「ジュースが欲しけりゃ、パーキングで自分で買やあええ!」


その勢いがすごかったため


ジュースはあきらめたというのに


てめえらだけ、自由か!



ともあれ会長が了承済みなら、清算するしか無い。


私はエイジに金を渡した。


なっちゃんのおやつと、エイジの酒で


10万円は、早くも残り2万円となった。



その後、楽しい旅は続いたが、翌日の帰り道。


朝っぱらから、酒のストックが切れたと言う。


行きのバスと宿の部屋飲みで、よく飲んだ様子だが


参加者中、酒を飲む人数はせいぜい10人足らず。


いくら大酒飲みとはいえ、あらかじめ準備した5万円分と


エイジの買った3万円分で、まだ足りないのは異常だ。



が、足りないと言うんだから仕方がないではないか。


立ち寄る土産物屋、通りすがりのコンビニ‥


足りなくなっては買い込むことを繰り返し


やがて10万円は尽きた。



「飲み過ぎ」では説明できない何かがある‥


私はそう思い始めていた。


そこへ、水のすり替えだ。


旅行が終わって、あれこれ思い出したり


5人会で話し合ううち、私は一つの結論に達した。


「事前に買った酒の大半は、タカヒロの冷蔵庫に入ったまま」


「なっちゃんの買った食べ物も、同じく」


建設業を営むタカヒロの仕事場は


一部の地元男子の溜まり場になっている。


そこへ酒やつまみをストックしておけば


集まった時、当分はタダで飲めるではないか。



買った酒を全部、バスに積まないから


軽トラで持ち帰った物を軽自動車で運べるのだ。


事前に中身を抜くために、なっちゃんの買った荷物を


早く受け取る必要があったのだ。


私に10万円をおろさせたのは


抜き取った酒を補填するための資金だった。


エイジに別口で酒を買わせたり、道中での補充は


最初から仕組まれたことだったのだ。



酒飲みは、酒に汚いという‥


家では女房が怖くて、存分に飲めないのもわかる‥


旅行のために男子が頑張ってくれたのも


よ〜く知っている‥


それでもあまりのセコさに、頭がクラクラした。


《続く》
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リベンジ・ツアー・1

2020年02月04日 11時08分01秒 | みりこんぐらし
去年の2月、同窓会で


一泊の還暦旅行に出かけたことをお話しした。


蟹のメッカ、真冬の城崎(きのさき)温泉へ行きながら


手違いで宿の夕食に蟹が出なかったという


思い出深い旅であった。



仲良しの同級生女子5人


ユリちゃん、けいちゃん、モンちゃん、マミちゃん


それに私で結成している通称5人会は


その後も集まるたびに、この旅行を話題にしてきた。


バスに酔うため、メンバーの中で唯一参加しなかったお寺の嫁


ユリちゃんへの報告も兼ねているが


その内容は、旅の思い出を語り合うものではない。


旅行で発生した疑惑を検証するためである。


その疑惑とは‥。



『水事件』


旅も終わりに近づいた、帰りのバス。


還暦ともなると、持病のある者も出てくる。


その一人‥高血圧に緑内障、甲状腺に骨粗鬆症と


持病の女王を誇るモンちゃんが、服薬のための水を所望。


「俺も」、「私も」‥


一人が言い出すと、次々に手を挙げるのだった。



水を欲しがる声に、私は内心ホッとした。


男子が指定する銘柄を書いたメモを持って


おびただしい酒類を買いに行ったのは、会計役員の私だ。


その時、お茶と水のペットボトルも2ケースずつ買った。


お茶は往路で配って消費したが、水の出番は無いまま。


会費で買った物が残ると厄介だ。


皆に配ってしまおうかと考えていた矢先だった。



私は声も高らかに、副会長のタカヒロに頼んだ。


「水のペットボトル、お願いします」


タカヒロは、会長のモトジメと並んで最前列に座り


車中での飲み物係を担当していたのだ。



ところが‥


タカヒロから回ってきたのは、私の買った水ではなかった。


450㎖入りのペットボトルを2ケース、私は確かに買った。


ところが目の前にあるのは、2ℓ入りのでっかいボトルが1本きりと


紙コップ。


自分の買った水は、一夜にして数倍の大きさになっていたのだ。


私は呆然とするばかりだった。



しかもボトルは、持ったらベコベコ凹むヤワな素材。


これを揺れるバスの中で紙コップに注ぐとなると


誰でも志村けんのコント、『ひとみばあさん』になれる。


水が回される順に


「キャー!」だの「冷たい!」だのと悲鳴が聞こえ


「誰がこんなモン、買うたんね?!」


非難めいた口調で叫ぶ者もいる。



私はいたたまれず、タカヒロに問うた。


「ちょっと!どういうこと?!」


しかしタカヒロは、4列ほど後方に座る私を振り返って


謎の微笑み。


その微笑みが何を意味するかわからず、モトジメにも問うた。


「モトジメ!どうなっとるん?!」


しかしモトジメも、やはり謎の微笑み。


前列を埋めている地元男子たちの顔を代わる代わる見たが


やはり謎の微笑み。



「モナリザか!」


私はつぶやきながら、幾つかの事実を把握した。


この件には、企業の御曹司ユータローと事務局のヤスミチを除く


一部の地元男子が関与していること‥


なぜ水がすり替わったのかを説明する気は無いこと‥


水のすり替えは、たまたま発覚した氷山の一角に過ぎず


闇はもっと深いこと‥。


これが水事件である。



私は5人会のメンバーのうち、3人から責められるようになった。


その罪状は、役員でありながら多くの疑惑を見過ごした‥


というものである。



モンちゃんは、ひたすら水にこだわる。


服薬が必要な身体であれば


水を大切に思う気持ちは人一倍だろうから無理もない。


「バス旅行に、なぜあんなに大きな水を買ったのだ?」


水を注ぐのも、紙コップで飲むのも難儀で


服薬が大変だった‥


1本きりなので、お代わりもできなかった‥


恨み言は続く。



私はこと細かに説明した。


私が買ったのは、普通のペットボトルだったこと‥


タカヒロの仕事場にある大型冷蔵庫で


当日まで冷やしてもらう話になっていたこと‥


旅行の3日前、夫を伴って買いに行き


その足でマミちゃんの店『おしゃれメイト・マミ』へ運んで


タカヒロと合流したこと‥


水のケースは、缶ビールや缶チューハイと一緒に


タカヒロの軽トラの荷台に載せたこと‥


当日の朝、タカヒロは奥さんの運転する軽自動車で来て


荷物をバスの冷蔵庫に移していたが


軽トラの荷台にいっぱいだったケースが


なぜ軽自動車の後部座席に収まるのか、不思議に思ったこと‥


自分が買った水と違ったことを知り、一番驚いたのは私であること‥


繰り返し説明するしかなかった。



水事件を皮切りに、幾多の疑惑が次々と浮上した。


その内容は後ほどお話するとして


ことごとくがお金にまつわるものであったため


厳密に言えば、会計の私は無関係とは言えない。


「食い下がってでも、みんなの前で徹底的に糾弾するベきだった」


「私なら、絶対に悪を許さない!みんなで話し合う!」


「みりこんちゃんは男子に甘い。


考え方がオジさんなのよ」


集まるたび、いきり立つオバさんたちから言われ放題だ。



確かに私の考え方はオジさんだと思う。


オジさんだから男子に甘い。


オジさんだから、女子供のように浅い正義感を振りかざして


大の男の恥をあばく気にはならない。



物事には大局というものがある。


旅行の大局は、疑惑を解明することではない。


無事に楽しく終えることだ。


水がすり替わっていることをあばき立て


何も知らない参加者まで嫌な気持ちにさせる権利は


私には無いと思っている。



ついでに言えば、無償で人の世話をしたことの無い者は


何かあったら正義漢ぶって騒ぎ立てるものだ。


が、そんなことを言っても、わからない者には一生わからない。


だから何も言わない。


面倒くさいので5人会を抜けてもいいとすら


密かに思っていた。



メンバーの一人、マミちゃんだけが私を責めなかった。


彼女は会計役員の経験者で、以後は会計監査。


そして彼女の店は、昔から同窓会の中継地になっていて


物品の受け渡しや打ち合わせなどは


ほとんど彼女の店で行われるので、事情がわかっているからだ。


現に問題の水も、マミちゃんは店で見ていたため


すり替わっていたことに驚いたのだった。



マミちゃんは何も言わないが、5人会の行く末を心配したらしい。


昨年の秋口、こう言い出した。


「来年、5人で城崎温泉に行かない?」



そうね‥今度は蟹を食べたい‥


いいね‥楽しそう‥


ユリちゃんが行けなかったから、今度は一緒に電車で‥


一同がやぶさかでないとわかると、彼女の行動は素早かった。


翌日には旅行社へ赴き、ラインでパンフレットの写真を送ってきた。



日にちは、去年の還暦旅行と同じ日。


宿も同じ所。


還暦旅行以来、面白くなかったので


我々はこの旅を『リベンジ・ツアー』と名付けた。


今週、行く。


《続く》
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