殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ちょい、ちょい

2012年12月31日 22時08分29秒 | みりこんぐらし
現在、我々夫婦と一緒に働いている営業の松木氏。

営業成績ゼロの更新は、まだ続いている。

毎週月曜日に行われる本社の会議に出るのが、苦痛でならない模様。


だが、今や彼は、我が家にとって無くてはならぬ大切な人である。

近頃モウロク路線まっしぐらの義母ヨシコは

彼の話を聞くと、シャンとするからだ。

できれば毎日、楽しい話題を提供してもらいたい。

そして期待通りに、必ず何かしてくれるのが、松木氏である。




先日、親会社のエライさんである河野常務がやって来た。

風前のトモシビだった我が社を

自分の働く会社と結びつけた立役者だ。

スマホを自在に操る野村監督…といった感じのおじちゃんである。



河野氏は30年前、我が社の取引先の社員だったので

義父アツシや夫とは、顔見知りであった。

今の会社にヘッドハンティングされて頭角を現わした

義理人情に厚い人である。

彼に行き着くまでに、まだいくつかの縁が存在するが

それはまた、機会があればお話しすることにしよう。


「奧さんがどういう考えなのか、うかがいたい」

合併するか否かの最終判断をする時、彼は私にたずねた。

   「このお話がどっちに転んでも、かまいません。

    今破談になっても、先で切ることになっても

    遠慮なくバッサリやってください。

    私は皿洗いでも掃除婦でも何でもして、この人と親を食べさせます」

私がそう答えると、眼鏡の奥にある彼の瞳が、一瞬うるんだ。

その後、彼は、リスクが高いと反対する他の役員を抑え、合併を断行した。 

 
すみません、河野さん…最後の一行は、ノリで言いました。

あの時の任侠映画的な雰囲気に、気分は“つぼ振りおミリ”

…つい口から出てしまいました。




話は戻るが、その日は河野氏の希望で

我々夫婦の友人である某議員を紹介する予定だった。

河野氏の部下にあたる松木氏も加わり、5人で食事に行った。


松木氏、上座へ通した議員の隣りへ、いそいそと着席。

礼節を重んじる河野氏は、松木氏に向かい

黙って指先2本をちょい、ちょいと揺らした。

「どけ」という意味である。

松木氏は理解に苦しんで、しばらく固まっていたが

とにかくこの席はダメというのだけは感知したようで

すごすごと下座へ移動。


食事が終わると松木氏、いち早く三和土(たたき)へ降りて

河野氏の靴だけ揃える。

あんた、秀吉か。


「やめぃ!」

河野氏は松木氏に小声で言う。

松木氏は、上司である河野氏にへりくだることが

なぜ怒りを買うのかわからず、呆然としている。


さて、店を出た松木氏、小走りで車に駆け寄ると

河野氏のためにドアを開ける。

「よせぃ!」

河野氏はまた小声で言い、ドアを閉め直す。

必死で笑いをこらえる我々。


議員を見送った後、河野氏は松木氏を振り返って言った。

「おまえ、営業に向いてないわ。

 来年から、こっちの地区の使い走りをやれ。

 俺が指示するから」


松木氏は、なぜか嬉しそうだった。

常務の指示で動くという栄誉を、噛みしめている様子だ。

前半は聞こえていないらしい。


「では、さっそくご指示をいただきたいんですが

 正月のしめ飾りやお鏡は、どうしましょう?」

河野氏は、苦虫を噛みつぶしたような表情で松木氏を見つめた後

「いらん!」

で終わった。 


夜、家族が揃うのを待って、おごそかに今日の出来事を発表。

ヨシコの喜ぶまいことか。

「誰が正客か、わかってないのね!

 営業の基礎でしょうに」

などと、しっかりした言葉が出てきて、頼もしい。



その後、河野氏の“ちょい、ちょい”を皆でやってみる。

      「ダメ!指はチョキじゃなくて、軽く握って!」

「ハイッ!」

ヨシコは一番熱心だ。

   「ヨシコさん!

    手首をもっと柔軟に振って!」

「ハイッ!」

   「ヒジは動かさず、内から外へお願いしますっ!」

「ハイッ!」

   「ヨシコさん、たいへんいいですよ!

    では皆さん、ご一緒に~

    ちょい、ちょい」

「ちょい、ちょい」


この数日は、ちょい、ちょいの練習で盛り上がっている。

会社が休みになったので、松木ニュースが無いからだ。

ワハハ、ワハハと笑いながら、我が家の年は暮れてゆくのであった。



今年もお世話になり、ありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

良い年をお迎えください。
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天知る地知る

2012年12月24日 16時15分17秒 | みりこんぐらし
義父アツシは、月に3回、入院中の病院から外泊で帰ってくる。

身体は劣化の一途をたどり、もう自力では動けない。

介護タクシーで車椅子ごと帰宅し、入浴やトイレはもちろん

寝起きや姿勢の変更にも介助がいる。


これまで、義母ヨシコと私が分担して介助してきた。

が、ヨシコは今夏の入院中、ベッドから降りようとしてヒザのじん帯を痛め

体力系の介助は戦力外通告。

下の世話は、依然としてヨシコ担当だ。


医師が驚くほど、全身病気のデパートのようなヨシコだが

足だけは、これまで奇跡的に無事であった。

初めてのことであり、暑い時期だったので

ヨシコは真面目に養生をしなかった。

秋風が吹く頃、奇跡の足はついに悲鳴をあげる羽目となる。

ヒザに溜まった水を抜いたら、ヨシコは足をひきずるようになってしまった。


思うように動けなくなったヨシコのわがままは、バージョンアップした。

感情の起伏が激しくなり、一人になるのを異様に嫌がるようになった。

判断力も鈍り、着る物、食べる物、行く、行かないが決められない。

そのくせ何かが見あたらないとなると「みりこんが取った、隠した、捨てた」

と、瞬時に判断。

認知症を疑った夫は病院に相談したが、まだ大丈夫ということであった。


平日はこんな調子だが、アツシが帰って来る週末は違う。

午前中から化粧をして、11時の帰還を待つ。

新婚さんのようなエプロンをかけるのは「介護する妻」を表現しているらしい。


ヨシコは、アツシがいると、別人のようによく働く。

芝居というより、アツシの前ではサボれないと

心身にインプットされていると感じる。

それだけ厳しい亭主だったのだろうから、やりたいようにさせている。


いっぽうアツシは、老人特有の思い込みにより

足の悪いヨシコだけが働かされていると認知している。

時折、私に向けた怒りを口にするが、気にしないことにしている。


彼らの会社の倒産を回避し、彼らの家を競売から救い

彼らを食べさせ、充分な治療をさせるために現在の会社を興した。

礼も謝罪も聞いたことは無い。

彼らは、事態がそこまで深刻だったと認めないだろう。

認めることは、そのまま彼ら一家の歴史を否定することになるからだ。


我々夫婦が各方面への交渉に奔走している時も

昼メシはどうなっているのかと心配しながら、彼らは韓流ドラマに興じていた。

不渡りになるとわかっている多額の約束手形を三枚振り出し

期日の直前に経理を投げ出した娘と三人で。

いまさら少々小言を聞いたって、なんともないわい。


天知る地知る。

私には、この言葉がある。

誰もわかってくれなくても、天と地が知ってくれている。

天も地も、何も言わない。

だけど、わかってくれるのは、人間じゃなくてもいいのだ。

いや、人間でないほうがいいのだ。

なぐさめも、励ましも、称賛もいらない。

私は私のやっていることを知っている。


天知る地知る。

この天とは神であり、地とは人間一人一人の良心だと

私は勝手に解釈している。

そこいらの人間より静かな分、最強タッグのような気がするの。


そういえば先日、門の外まで伸びた芝生を、刈り鋏でジョキジョキ刈っていた。

ヨシコが出てきて、ここも、あそこも、と、足で指示していたちょうどその時

間の悪いことに、隣に住む89才のおじさんが家から出て来た。

このおじさん、今は亡き私の父のゴルフ仲間であった。


「嫁にやらせて、あんた、足で指図かい?

 ほどほどにしてくれんとなぁ、ワシ、この子のお父ちゃんに

 あの世で合わせる顔が無いわな」

ヨシコは少し耳が遠くなっているので、全部聞こえなかったのが幸いであった。

「足が悪いから、できないんですよ!私は!」

ヨシコは言ったが、おじさんも耳が遠いので、そのまま行ってしまった。


天知る地知る。

隣のおじさんも知る。

メリー・クリスマス!
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迷言賞

2012年12月03日 16時26分06秒 | みりこんぐらし
親会社が松木氏という営業の男性を雇い入れ

我々と同じ建物で仕事をしていることは、前回書いた。

親会社の支店を兼ねるこの事務所を拠点に営業活動をし

取った仕事の内容によって、親会社と我々の会社のどちらかに振り分けるのが

彼の仕事になるはずであった。


親会社は彼と我々との身分差を、あえてはっきりさせなかった。

“縁あって同じ場所で働く仲間”という意向である。

我々はその意向に添う形で、常識的な敬意を払っていた。

しかし彼のほうは、営業成績がさっぱりなので

次第にこちらの業務に干渉するようになり

上司として振る舞いたがるようになっていった。


威張りたいなら、いくらでも威張らせてやる。

チャチャを入れたいなら、存分にすればいい。

こちとら海千山千だ。

それくらいのことは、気にしない。


が、隙あらばパソコンを操作して、こちらの基本単位であるm3(立法メートル)を

生コン会社出身の自分がやりやすいようt(トン)に変更したがるのは困る。

こちらに来た客を、自分の好き嫌いや

本社の予審が通りそうか否かで選別し、追い返すのも迷惑だ。

決してわざとではなく、心からそれがベストだと思い込んでいるのが

彼のイタいところである。

阻止やブレーキ、修正に忙しい毎日だが

やはり毎晩の悪口大会…いや、家族会議は楽しい。


松木氏の素行は、親会社には絶対に言わないと決めている。

チクれば彼と同類だし、彼を採用した人の判断にケチをつけることになる。

若いカワイコちゃんならまだしも、50を過ぎた爺や婆が

わけありげなソブリをしたって、見苦しいだけである。




その松木氏、先日初めて工事の見積りが通り、有頂天だった。

今度、隣の市にできるホームセンターのものである。

しかもスーパーゼネコンの仕事なので、とても嬉しそうだった。


我々一家は、複雑な心境であった。

親会社の仕事なので、早い話、うちには無関係だが

苦節3か月…売り上げゼロからとうとう抜けたのは、めでたいことである。

拍手して、共に喜んであげたい。

が、ただでさえ勘違い男の松木氏のことだ。

舞い上がって、さらに暴走するのは目に見えている。

そしてこの男が、そうやすやすと仕事を取ってくるとは思えなかった。


その勘は、早晩当たることになる。

契約の段階で、松木氏渾身(こんしん)の見積りは

協会の協定を無視した格安価格…

つまりダンピングだったことが判明したのだ。

協定を破り、赤字の値段を出せば、そりゃ大手でも誰でも取引してくれる。


見積書を取り戻せと、本社から厳命を受けた松木氏は

例のごとく横柄な態度で、かえって相手を怒らせた。

見積書は相手先の本社に渡ってしまい、訴訟問題に発展しそうな勢いである。


この値段で仕事を取れば、税務署も黙ってはいない。

親会社が明日をも知れぬ危ない所であれば、目をつぶってくれる場合もあるが

黒字経営だと、査察の格好のターゲットになる。

親会社のおえらいさんが飛んで来て言うには

彼がしたのは営業でなく、会社を危機にさらすことだったらしい。


そこで、急きょ登場させられたのが夫である。

夫の叔父、つまり義父アツシの弟は

現役時代、そのスーパーゼネコンの東京本社で取締役をしていた。

70半ばの今も、関連会社の雇われ社長をしている。

夫は叔父に連絡し、手を回してもらった上で

松木氏の付き添いとして、再度支店へ謝罪に行った。

結果、見積書はすんなり返してもらい、価格を協定水準に修正する同意も得た。

血は汚いと言うが、その血もたまには役に立つのだ。


「ヤツから初めて礼を言われた」

夫は驚いていた。

親会社に、ちょっぴり恩返しができた喜びもあった。


だが、これでおとなしくなる松木氏ではないというのは

この3ヶ月でよくわかっている。

翌日はいつも通り、高飛車、あまのじゃく、横柄な松木氏であった。

失敗の言いわけは「仕事への情熱が、数字を越えた」。

迷言賞。




(今後、絵や写真の添付は、時間のある時だけにさせていただきます。

 つたない文章を画像でカバーするという姑息な考えの元

 暇にあかせて始めましたが、時間的に困難になりつつあるのでな。

 あ、別にかまわない?ありがとさ~ん) 
コメント (20)
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