殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ええ〜?!・4

2023年02月28日 14時48分22秒 | みりこんぐらし
収集運搬免許の更新試験のため、広島市内へ向かった我々。

次男と親子3人でどこかに行くのは、ずいぶん久しぶり。

男の子って大人になったら、親に付き歩かないもんね。

その行き先が試験会場とはいえ、夫も心なしか嬉しそうだった。


会場受付は午後1時と聞いていたので、途中で昼食を済ませて時間通りに到着。

次男を近くの駐車場に待たせ、我々夫婦は会場へと入る。

夫が知らない所へ行く際はこうして付き添い、中へ送り込むのが常だ。

子供か…と笑われそうだが、子供の方がよっぽどマシである。

夫には昔から、何をしでかすかわからないというのか

彼自身の周りで何が巻き起こるかわからない危うさあるのだ。


顔の濃い大男は、ただでさえ怪しまれたり引かれる機会が多い。

そしてこの顔の濃い大男は、周りのムードやスピードに自分ペースを合わせるのが苦手。

長年、広い会社の敷地や重機の中に一人で居るとこうなる、職業病みたいなものかもしれないが

どこに居ても思うままの急発進、急ブレーキ、急方向転換といった動きをする。

気づけば誰かとぶつかっていたり、ガードマンの不審を買ってトラブルになった過去、多数。

本人もそれはよくわかっているため、私の付き添いを望む。

人に迷惑がかかるからではなく、謝ったり説明をするのが嫌いだからだ。


そこで夫婦連れを装えば…いや、実際に夫婦なんだけど

周囲にはある程度の安心感を与えられる。

今回は大事な試験ということもあり、付き添いは当然だ。

世間によくいる、いつも夫婦連れで仲良さげな年寄り…

あれも本当は、旦那を一人で行動させると何をしでかすかわからないので

その予防のために妻が付き添っているのではないのか。

皆ではなくとも、何割かはそれかもしれないと思っている。


さて、試験会場は初めて行くビルだった。

入り口の掲示板には、産業廃棄物ナンチャラ試験会場10Fと表記してある。

よしよし。


エレベーターで10階に上がると、まず体温を測る女性がいて

その後ろに受付をする男性が数人並んでいた。

そこには、やはり産業廃棄物ナンチャラ試験会場と書かれた紙が貼ってある。

夫とはそこで別れ、私は次男の待つ車に戻った。


試験は1時間。

夫を待つ間、どこへ行くにも中途半端なので、次男は寝ると言い

私は軽く散歩でもして都会の空気を吸おうと思った矢先

夫が駐車場に戻ってきたので、「ええ〜?!」と驚愕した我々。


提出書類も受験票も筆記用具も確認したし、急いでなさそうなので忘れ物ではない…

すると、また何かトラブルか…

いや、こうして姿を現わしたからには身柄は解放されている…

つまり拘束されるほど重篤な問題ではないか、いっそ追放されたかの両極…

夫が車に向かってタラタラ歩いてくる間、これらの思いが頭を駆け巡る。

この人は感情を顔に出さないので、見ただけではわからないのだ。


車に乗り込んだ夫が語ったのは、私が想像した両極以外の結末だった。

「試験は午前中で終わっとった」

「ええ〜?!」

またも思わず叫ぶ私と次男。


「入り口や会場に書いてあったのは、産業廃棄物収集運搬免許試験会場じゃなくて

産業廃棄物“特別”収集運搬免許試験会場じゃった」

「ええ〜?!」

さらに叫ぶ私と次男。


夫が受付の人に聞いたところ、特別収集運搬免許というのは

我々建設業界人が必要とするものではなく

工場など企業が排出する特殊な廃棄物を扱う免許らしい。

夫が受けるはずだった建設系の試験は午前中で終わり

午後からは同じ廃棄物関係でも製造系を対象にした試験に切り替わっていたのだ。

そう言われてみれば、建設業界だとジャンパーや作業服の人が大半なのに

ビルの中はスーツ姿の人ばかりがウロウロしていた。


いずれにしても“特別”の二文字に気づこうが気づくまいが

我々が到着した時にはすでに試験が終わっていたのだから、今さらどうにもならない。

親子3人ではるばる来たというのに、無駄足だった。


試験が受けられないと知った夫は、申し込みの手続きをした本社のS君に電話をしたそうだ。

「試験は午前で終わっとったで…どうなっとるん?」

彼の反応は薄口であった。

「あ、そうですか。

10時からと書いてある書類がここにありますね。

そっちに送るのを忘れてました」

すげなく冷たい言い草に、夫は怒鳴りつけそうになったという。


つまり1ヶ月前の1月、夫が事故に遭わなければ、試験は午後1時からだった。

しかし先延ばしになったので欠席届けを出し、再度申し込みをしたところ

会場は1月と同じビルで、時間が午前10時の試験が取れた。

S君は会場が同じだったので、試験も同じ時間だと思い込み

改めて受け取った新しい案内状を夫に送付しなかったのだった。


「Sのやつ、恥かかせやがって!」

プリプリと怒る夫。

「S君を責めなさんな。

騒いだらダメよ。

事故が無かったら、先月で終わっとることじゃけんね」

なだめる私。


よそで働いたことの無い夫は知らないだろうが、若い子ってこういうことをよくやるものだ。

信用して任せていたら、ひどい目に遭う。

彼にとっては先月、すでに終わっているはずの仕事なのだ。

それが事故で日延べになり、同じ作業を2回やらされたのだから、S君にとっては迷惑な話。

自分の仕事を少しでも減らしたい彼は、むしろうちが潰れて無くなればいいと思っているクチなので

夫の試験がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。

よって受験の申し込みがS君の仕事であっても

受験の当事者であり、日延べになる原因を作った夫の方が、さりげなくリードしてやるべきだ。


そう言い聞かせたって夫には理解不能だろうし、わかったところで数年後には退職。

次の更新時にはS君も夫も、いるやらどうやらわからないのでうるさくは言わないが

私は常々そう思っている。

そう思っている以上に思うのは、何もかも本社の主導だと楽だけど

結局はその仕事が弱者の所へ振られるので、こういった凡ミスが起こりやすい事実である。

サザエさんじゃあるまいし、1日潰して街まで出かけたら

時間が違って帰るしか無いじゃあ、バカバカしいことこの上ない。

とりあえずS君の精神がヤバめなのは、確定だ。

今後、彼が関わる案件には心して臨まなければならない。


「久しぶりに親子でドライブができて、楽しかった」

ともあれ、そう言いながら楽しく帰途についた我々であった。

更新の期限は7月なので、そう焦ることはない。

来月は、熊本と博多で試験が行われる。

「いっそ泊まりがけで九州もいいね」

「ゆっくりして帰ろうか」

そう話しながらも、更新を逃したら裏技があるのも知っている。

引き伸ばしの手続きをしたら半年の猶予が与えられるなんて、本社の人々は知らない。


そういうことも知らないが、うちの仕事にとって、この免許がいかに大事かというのも

河野常務以外は知らない。

だからS君も、たかが更新と軽く扱うのだ。

うっかり流したことが発覚すると本社の社長が危ないのを知ったら、ビビるだろう。

しかし言わない。


なぜなら夫を追い落として責任者に成り代わろうと企んでいた、松木氏も藤村も知らないからだ。

知らないから商品を運ぶ船舶の着岸手続きなんかにこだわり、夫から奪って満足していたが

あんなモン、電話とハンコがあれば猿でもできる。

本当に成り代わりたいのであれば、この免許を取得することだ。

そんな初歩すら知らずに成り代わろうとするのは、甘い。


昔はお金と数ヶ月に渡る講習で取れたが、今は頭がいるそうなので自力で取るのは難しそうだけど

煩雑な手続きを踏めば名義の移譲もできる。

そんなことをアレらが知ると、夫より先に退職予定の松木氏はともかく

藤村や他のバカどもが名義を欲しがって厄介になるから、免許ことは最後まで秘密にしておく。

だから「行ったら終わってた〜」とサザエさんぶってヘラヘラしておくよう

夫にも次男にも告げておいた。

《完》
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ええ〜?!・3

2023年02月27日 13時19分24秒 | みりこんぐらし
事故以来、夫は運転は慎重になったようだ。

今までは荒い運転を注意すると、誰でもそうだろうけど機嫌が悪くなり

「こっちは悪うない」、「ぶつかったら諦めるんよ」

などとうそぶいて思考停止していたのが、丁寧な運転をするようになった。

痛い目に遭わないとわからない、典型的なタイプである。


さて1月19日の事故から数日後、本社から長男に連絡があった。

17年間、無事故無違反の実績で、トラック協会から表彰されることが決まったそうだ。

これには家族一同、「ええ〜?!」と叫んだ。


運転を職業にしている人の中で、ここまでのロングランはあまりいないそうで

協会の管轄でも該当者は数名だという。

本社の傘下でも初めてのただ一人ということで、社長以下、本社はたいそう喜び

27日の表彰式には仕事を早退して、何が何でも行くよう言われた。

良いことで会社の名前が公になり、表彰という現実的な形を成したことは

我々が考える以上に嬉しいらしい。

親父は交通事故でしぼられ、息子は無事故無違反で表彰。

皮肉なものである。


当日はダイちゃんを露払いに従えて、長男は市外で行われる表彰式に出かけた。

ダイちゃんが付き添いを買って出たのは、もちろん外出して時間を潰せるからだ。

表彰式の後で行われるはずだったパーティーは、コロナが再び勢い付いてきたということで中止。

表彰者には、その代わりとして記念品と菓子折りが与えらた。

後で長男が言うには、お酒を飲むつもりでやって来たダイちゃんは残念そうだったらしい。


この日はたまたま我々夫婦の43回目の結婚記念日で

我々夫婦も何だか嬉しかったが、長男の表彰を聞いてもらいたいわけではないのだ。

ひとたび表彰なんかされたら、その後のプレッシャーが大きくなる。

本社からは額縁が届き、賞状を入れて事務所に飾るようにとも言われたが

もしもこの先で事故や違反があったら、これは取り外さなければならない。

その時は、さぞや惨めであろう。

長男には気楽に仕事をさせてやりたいのが親心さ。


で、私が言いたいのは、その後のこと。

表彰式の数日後、家の電話に名前を名乗らない男性から

長男に電話がかかるようになった。


家の電話にはヨシコが出る。

いつも絶対に出る。

そして電話の相手に

「今日は仕事が早く終わったんで、さっき遊びに行きましたよ。

釣りじゃないかしらん」

なんてベラベラしゃべりまくっている。

電話を切ってから、長男に用があったこと、相手は誰だかわからないことなどを伝えるので

「名前を言わん人に細かいことをしゃべったらいけんよ。

最初に名前と用件を聞かんと」

私は言うが、どこ吹く風だ。


この電話と私の小言は1日1回、4日間続いた。

かけてくるのは毎回、昼間なので長男は仕事でいないため

電話の男とはすれ違ったままだ。

しかし私には、だんだん相手がわかってきた。

数年前、ダイちゃんの後継者として本社に入社したS君、30代である。


4回目でやっとヨシコが名前をたずねると

「本社のSと言います」

やっぱりね。


S君は、若いに似合わず気むずかしい子だ。

見た目は小太りのホンワカキャラでも、性格はホンワカしてない。

ダイちゃんと会社に来ても、口を開けば「眠い」、「給料上げて欲しい」と愚痴が多く

とっても感じが悪い。

気持ちはわかるのよ。

立ち回りがうまくてズルいダイちゃんから面倒な仕事ばっかり押し付けられ

毎日が限界モードだろう。


さらに彼は入社当初、ダイちゃんの宗教勧誘を一発で断っているので

その報復も加味されているのは明白。

彼の少し後に、やはり同じ年頃のM君がダイちゃんと同じ経理部に採用され

S君と仕事を分け合っていた。

しかしこのM君は、ダイちゃんの宗教勧誘をきっぱり断れなかった。

会合に何度か連れて行かれた挙句、ノイローゼ状態になって去年、退職してしまった。

優しくて感じの良い男の子だったので、残念だ。


それはともかく、長男に用があるなら会社か携帯にかければいいものを

わざわざ家にかけてくるS君は変だ。

それに一応は社会人なんだから、電話をかけたら名前を名乗ればいいではないか。

父親は高校の先生だというし、自身も教師を目指した時期があると聞いていたので

それくらいの常識はあって当然だろう。

ひょっとして、とうとう病んだのだろうか?


S君に連絡してみるよう長男に勧めたが

「おらんとわかっとるのに家に電話してくるヤツなんか、不気味じゃけん話しとうない」

と、けんもほろろなので結局、夫がS君に連絡。

例の表彰を社内報に載せることになったので、100字程度のコメントを書いて

本社に提出して欲しいという用件だった。

S君は通常の仕事の他に、年に数回発行する社内報の作成も一人で担当しているのだ。

性格同様、ちっとも面白くない社内報だが、彼が激務で不安定になるのも無理はないかもよ。


長男にコメントを書けと言っても書くわけないので、我が家の筆先女である私が代行。

S君の社内報作りが少しでも楽になればと、マンガめいたイラストも添えた。

ずっと前にこれをやったら、スペースが埋まったと喜んでくれたからである。

病んでいるらしき今は知らないけど。



さて前回、夫と義母ヨシコの交通事故で、二つの問題が発生したとお話しした。

一つは、事故に遭った社用車に部外者のヨシコが同乗していたこと。

そしてもう一つは事故の翌日、大切な試験を控えていた夫が

首と腰をやられて行けなくなったことである。


この試験は産業廃棄物収集運搬免許を更新するためのもので、5年に1回巡ってくる。

あの夫で何とかなるのだから、そう難しい試験ではないらしいが

この免許を取得したら5年毎に試験を受けて合格する必要がある。

流してしまったら仕事ができなくなるばかりか

グリーンナンバー、つまり人や物を運ぶことで利益を得る営業ナンバーを失うからだ。

この免許はうちらダンプ屋稼業にとって、大型運転免許の次に重要なものなのである。


今回の更新はコロナを考慮して、5年前までとは違う形式だ。

まる2日間の事前講習はリモートで済ませ、試験だけを広島市内の会場で受ける。

夫はリモート講習を事務所で済ませ、あとは試験だけになっていた。

が、行けなくなったのだから日程を変更するしかなかった。


試験はそう毎日行われているわけではないが、この免許が必要な会社はたくさんあるので

月に一度ぐらいは中国地方のどこかでやっている。

このような資格の手続き全般は、S君の担当だ。

彼は1ヶ月後に同じ広島市内の同じ会場が取れたと、すぐに連絡してくれた。

過去、日程がうまく合わなかった時は

講習と試験を追いかけて山陰まで行ったこともあるので

同じ広島県内で済むなら、その方がありがたい。


で、事故から1ヶ月が経った先日、うちらは広島へ行った。

事故からこっち、慎重になっている夫は、私を誘って新幹線で行くつもりだったが

ちょうど次男のダンプが車検に入ったので、彼が車で連れて行ってくれると言い

親子3人で出かけた。

《続く》
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ええ〜?!・2

2023年02月26日 10時46分29秒 | みりこんぐらし
最近、夫の社用車は軽になっていた。

今までは腐っても普通車だったのが、車検を機に軽自動車に変わった。

社用車が与えられる責任者クラスはトヨタのプリウスが主流で、軽の人はいない。

軽自動車は小回りが利いて便利な面もあるが、この業界に小回りを必要とする場所は無く

軽だと荷物が乗らないので、取引先を連れて接待ゴルフに行くことができない。

第一、事故に遭った時のダメージが大きいじゃないか。


軽が届けられた時、夫は「ええ〜?!」と衝撃を受けていたものだ。

年齢が高まるにつれて扱いが軽くなっていく現実を

車によって思い知らされたというところか。


夫に軽自動車を回したのは、本社の元経理部長ダイちゃん。

彼が勧める新興宗教に入らなかった我々への報復の一つである。

社内での宗教勧誘が問題となり、次期取締役候補から閑職に追われた彼は

社員に無償貸与する携帯電話や車なんかの管理を始めとする、いわば雑用をしている。

本社は誰がどの携帯を使い、誰がどの車に乗るなんてことには無関心で

勤続の長いダイちゃんに任せきりなので、彼の独断が可能だ。

だから彼は、会社の携帯をこっそり家族に使わせることができるし

入信を断った憎たらしいヤツの社用車をランクダウンすることもできるというわけである。


ちなみに携帯の場合、個人と法人では契約のシステムが全く違う。

法人は規模によって百台、千台単位の大口契約になるため

携帯電話会社の方から良い条件を提示して営業をかけてくる。

機種も契約料も通話料もひっくるめ、会社全体で月々ナンボという形なので

まとめて受け取った携帯の中から浮いた何台かを自分の家族に使わせても

会社に幾らの損害を与えたという数字が出てこない。

数字が出ないということは、罪にならないということだ。


車の方も似たようなもので、本社の中ではまだ新参者の夫が

何の車に乗っていようと気にする者はいないし

仮に疑問が湧いたとしても、年齢的考慮と経費節減を主張すれば立派にまかり通る。

窓際界には窓際界の特権があるのだ。


で、夫の方は与えられたからには乗らなければならない。

「軽は嫌だから自分の車を使います」では反抗とみなされる、それが組織というものだ。

ガソリン代や保険代を始めとする維持費の全てが本社持ちの車で通勤できるのだから

感謝して使わせてもらうべきなのは承知の上だが

このような言うに言えぬイケズを感じるたび、夫にはこたえるらしい。


一方の私は、その措置を仕方の無いことだと思っている。

65才という年も年だし、じきにいなくなるとわかっている者に

手厚いサービスをしてくれるわけがない。


また、私は長い間、夫の家族から、このような言うに言えぬイケズを与えられてきた。

しかし夫は妻の苦しみに無関心で、邪恋へと逃げ続けた。

当時の私は、夫に助けてもらいたいとは露ほども思わなかった。

父親を恐れる夫には無理だからである。

しかし年に1回ぐらいは、妻の地獄に目を向ける配慮が欲しいと思っていたものだ。


時は巡り今になって、夫は当時の私の立場を踏襲している。

人としてやるべきことを怠ったため、忘れた頃になって

他人から次々と似たようなことをされるのは、この世の法則みたいなものだ。

夫は私の過ごした言うに言えぬ何十年かをリピートしているのだから、簡単には終わらない。

そう思いながら、この10年余りをやり過ごしてきた。


夫にとっては全てが晴天の霹靂であり絶望案件だが

霹靂も絶望も彼より先にたっぷり経験している私には

絶海の孤島に一人で置き去りにされたような夫の気持ちがわかる。

だから逐一慰めたり励ましたり

相手の次の出方を読んで備えたりのサポートができるというわけだ。

これが共に歩むということであり、人として生まれた喜びではないのか…

私はそう考えているのだ。



ともあれ事故の知らせを聞いたダイちゃんはさっそく会社にやって来て

部外者を乗せていたことや、会社側が掛けている損害保険は

義母に適用しないことなどをネチネチと繰り返して夫を責めたそうだ。

しかしその口ぶりは、「宗教に入らなかったから不幸が起きた」

とでも言いたそうだったという。


が、これに関しては、事故の当日に夫と打ち合わせ済みである。

今度こそ、社用車を返すのだ。

社用車に乗っている限り、ダイちゃんの執拗な干渉が続くからである。

ゼニカネの問題ではなく、人としての尊厳の問題なのだ。


夫が代車のキーと燃料カードを叩き返すと、ダイちゃんは当惑した様子だったという。

「会社に置いといて、ゴルフの時は乗って行けば?」

返されるとなったら攻撃を緩めるのは、以前、ガソリン代で責められた時と同じだ。

しかし、これも打ち合わせ済み。

「今どきは自分が気をつけていても年寄りが突っ込んで来ますから

軽だと危ないので自分の車を使います」

そう言ったらダイちゃんは黙り、キーと燃料カードを置いたまま帰った。

その場で持って帰るわけにはいかないのだ。

夫に軽自動車を回すことはできても、夫からキーと燃料カードを取り上げる権限が彼には無い。

いらないという物を押し付けて、それをネタにネチネチ責めて楽しむ彼への

我々なりの嫌味である。

せいぜい悔しがればいいのだ。


以後、事故った軽自動車よりも上等な代車は、会社の駐車場に放置される運命となる。

あれから1ヶ月余り、事故った車はまだ修理が終わらない。

相手の普通車が、軽自動車の運転席ドアに思い切り衝突した事故の状況からして

これは廃車にする案件だ。

しかしケチなダイちゃんは、何が何でも修理を主張した。

直って戻って来ても、受けた衝撃の大きさを考えると、事故車に再び乗るのは怖い。

社用車を返して自分の車を使うのは、正しい判断だと思っている。


社用車の事故処理では、もう一つやるべきことがあった。

ヨシコに対する保険適用の権利を放棄する作業だ。

夫とヨシコの治療費は相手の損害保険から出されるが

本社が社用車に掛けている損害保険からも何らかの保障が出るという。

しかし、それは社員の夫だけ。

夫はダイちゃんから、部外者のヨシコの分は保険会社に連絡し、権利放棄をするよう言われた。

私は詳しくないので断言できないが、同乗者が取引先であれば権利放棄はさせないと思う。


夫が社用車に家族を乗せることは、河野常務から許可されていた。

親の面倒を見ているのだから好きに使えという、お墨付きだ。

しかし私はOL時代の経験から、社用車で事故が起きた時の面倒くささを知っていたし

年齢的に運転が危うくなりつつある夫の、しかも軽は怖くて乗らなかった。

が、ヨシコは止めても馬耳東風で、時々夫の便を借りていたので

ダイちゃんはこの事故を機に問題を大きくし、夫の特別扱いを終了させるつもりだったらしい。


ここぞとばかりに張り切るダイちゃんからさんざん責められた夫は

この権利放棄を裁判や刑罰のごとく受け止め、恐れおののいていた。

よって私が損保会社へ連絡し、ヨシコの代理人として権利放棄を口頭で伝えて難なく終了。

車を返したのとヨシコの権利放棄が済んだことで、夫は心から安堵した様子だった。

《続く》
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ええ〜?!・1

2023年02月24日 07時59分18秒 | みりこんぐらし
去る1月19日、夫と義母は交通事故に遭った。

信号の無い交差点で、確認をせずに突っ込んできた乗用車とぶつかったのだ。


近年、町内にできたこの交差点は、市内一の事故銀座。

今まで家や空き地だった所が急に道路になり、昔からあった県道と交差している。

優先は既存の県道。

しかし新しい道路の方が幅広で、店のたくさんある繁華街へ直結しているため

勘違いして一時停止をしないドライバーが多く、特に高齢ドライバーは果敢に突っ込んで来る。

スピードが出ているので、ほとんどが死亡事故だ。

夫の事故の相手も、79才の後期高齢者だった。


運転席のドアにバッチリぶつかったので、夫は救急車の人となる。

しかし昼どきで家に居た次男に電話ができたので、生命に別状は無さそう。

すぐ来て欲しいと言われて次男が駆けつけると、父親が救急搬送されるところだった。


助手席に同乗していた義母ヨシコは、救急車に乗らなかった。

なぜなら彼女はその時、昼休憩を終えて会社に戻る夫の便を借り

美容院へ行くところだったのだ。

警察も救急隊員も次男も、一緒に救急車に乗るよう勧めたが

ヨシコは「1時に予約をしているから」と言ってきかない。

衝撃で意識が朦朧としている夫をせかし、彼女が次男に電話をかけさせたのは

役に立たなくなった車と夫の代わりに美容院へ送らせるためだった。


ヨシコはそのまま美容院へ行き、パーマをかけた。

後からそれを聞き、ええ〜?!と言ったのは私以外の人々。

生命より美…私は彼女の優先順位を知っている。

事故に遭った直後は気が張って痛みを感じないのもあろうが

これからしばらく病院通いをするのは確定だ。

病院は彼女の晴れ舞台、人目に触れるのだから綺麗にしておかなければ気がすまない。

ヨシコは美容院が終わってから再び次男を迎えに来させ、その足で病院へ行った。


夕方、検査を終えた夫とヨシコが帰宅。

夫は首にコルセットをしたまま会社に戻り、ヨシコは気分が悪いと言って寝込んだ。


そこへ事故の相手と奥さん、そして娘さんが3人で挨拶に来たので私が応対。

相手の男性は幸いにも無傷で、ピンピンしている。

そして向こうの口ぶりでは、どうやら知っている人らしい。

奥さんが昔、夫一家のホームドクターだったK医院で掃除の仕事をしていたという。

そう言われれば見覚えがあるような、無いような…。

ちなみにK医院は、夫の浮気相手だった看護師2名が

それぞれ年代は違うけど勤めていた、いわくつきの所。


それにしても70代半ばの奥さん、やたら馴れ馴れしくて調子がいい。

どう見ても向こうの過失が大きいので

これは人身でなく物損にして欲しいんだな、と思った。


「よりによって知ってる人とこんなことになって」

奥さんは事故を起こしたご主人をしきりに責めて見せるが

私はこんな時、鬼の首でも取ったように文句を言ったり上から目線になるのは嫌いだ。

「知り合いだから良かったんですよ。

今どきは知らない相手だと大変なことが多いです。

治療はさせてもらいますけど、大怪我をしたわけじゃないので

どうか気にしないで日常生活に戻ってください」

と言った。

痛いのは自分じゃないので、我ながらいい加減なものだ。


一家はお見舞いのつもりか、ケーキの箱を持って来たが、後で開けて「ええ〜?!」。

中身はモンブランのショートケーキ1個と、安上がりのシュークリーム4個だった。

悪いだの申し訳ないだの言うわりには、貢ぎ物がショボいじゃないか。

モンブランは、気の毒な夫に与えた。


翌日になると夫は首と腰、ヨシコも首に痛みが出たので通院を始めた。

相手からは毎日、夫の携帯に見舞いの電話がある。

「ただでさえ痛いのに、この痛みを与えた相手と何で毎日話さにゃならんのじゃ」

夫はそう言って面倒くさがった。

「物損にしたら止むよ」

私は夫をなぐさめたものだ。


ちなみに交通事故の被害者は、痛みに耐えるだけではない。

取り急ぎ、一つの大きな選択を迫られる。

この事故を人身事故にするか、物損事故にするかだ。

被害者に大きな過失が無い場合、その選択は被害者の判断に委ねられるのである。


人身を選んだら道路交通法が適用されるので、加害者には減点と罰金が課せられ

免許停止になる。

そして交差点の事故なので、こちらにも徐行を怠ったという罪が発生し

一応の減点と罰金が課せられる。

一方、物損を選んだら、お互いに減点も罰金も免停も無しだ。

そしていずれの場合も、被害者は相手の保険で、ある程度の治療と車の修理ができる。

怪我が重篤な場合は、治療が長引くし後遺障害が残る恐れもあるので

それらを保険でサポートできる人身扱いを選ぶ。

怪我が軽い場合は、物損で済ませる場合が多いようだ。


夫は運転の仕事ではないため、減点されてもさほどの影響は無い。

しかし同じ町に暮らす知り合いを免停にしてまで、人身扱いにするほどの大怪我でもなく

なにしろこっちには病院より美容院を選んだヨシコがいる。

こんなことをしでかしておいて、人身扱いとは言えまいという夫の判断で

彼は物損扱いを選んだ。

すると相手は喜んで礼の電話をかけてきたきり、夫への見舞いの電話は止んだ。

やっぱり物損にして欲しかったらしい。


さて、この事故によって困ったことが二つ発生した。

一つは、事故に遭った車が社用車だったこと。

夫の通勤用として与えられている車に母親を乗せていたのが、本社で問題になった。

社員以外の人間を乗せた罪である。


事故というのは、“たまたま”に誘導されて起きるものだ。

この日はたまたま、ヨシコが勝手に入れた美容院の予約時間と

夫が昼食を終えて会社に戻る時間が同じだった。

私は息子たちの昼食でバタバタしており、1時出勤の義姉はまだ来ていない。

そこで夫が、通り道にある美容院へ連れて行くことになったのだが

その途中で起きた事故だった。

《続く》
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手紙は書くけど

2023年02月17日 09時55分03秒 | みりこんぐらし
冷酷な私でも、たまには人に優しくすることがある。

近頃は、ウグイスの相棒ナミのお母さんに手紙を書いとるのじゃ。


これは去年、ナミと一緒にウグイスをした時

彼女の母親の認知症を聞いたことに端を発する。

選挙期間中、母親とも何度か会ったが、やはりナミが言うように中度の症状みたい。


8年前、つまり前の前の選挙で、あの母娘に初めて会ったのだが

ナミママはペーパードライバーのナミを毎日、選挙事務所に車で送迎していた。

当時のナミママは対向車と離合する時に接触したが、本人は気づかずに通り過ぎ

相手の車に乗っていた母子が選挙事務所まで追いかけてきてゴタゴタしたのは記事にした。

認知症は10年以上かけて、ゆっくり進行するというから

思えばあの頃には認知ワールドに足を踏み入れていたと思われる。


今回の選挙の時、ナミは私に頼んだ。

「母は昼間、一人なので、お暇があったら時々電話してやってください」

私は快諾した。

84才のナミママは可愛らしくて心が美しく、認知症であろうとなかろうと

私の好みとする女性である。

時々電話をかけるぐらい、何であろう。


そんなわけで、私は選挙が終わってすぐに電話をした。

が、これが大仕事。

まず王道を、と思って家の電話にかけたけど出ない。

次にナミママの携帯にかけるが、やはり出ない。

また明日にでもかけてみようと思っていたら、夜になってナミから連絡が。

「すみません…今、母の携帯をチェックして、姐さんの着信に気がつきました。

携帯が鳴っても母は気づかないことが多くて

着信があってもかけ直す作業ができなくなっているんです。

家の電話は母の居場所から離れているので聞こえないし

出ても内容を忘れるので、出ないように言ってあるんです」


それから改めてナミママが…というよりナミが私に電話をかけてきてママと代わり

小一時間ほどおしゃべり。

同じことをレコードのように繰り返す認知症あるある。

うちにも似たようなのが一人いるので慣れているとはいえ、小一時間は長く感じた。


それが終わると、今度はナミからお礼の電話。

「母はすごく喜んでいました。

だけど姐さんとどんな話をしたのか聞いても、忘れてるんです」

ナミママも電話で言っていた。

「電話の内容を忘れるから、いつも娘に叱られるんです」

覚えてないことを家族が責める、認知症家族あるあるだ。

責めたら認知症は進む。

これ以上、進行しないようにと切に願いながら

親がボヤボヤしているのを見ると、情けなくてつい責めてしまう…

血の作用であろう。


叱られたら気の毒なのと、電話が長くなるのを警戒した私は提案した。

「じゃあママ、次からは手紙を書きます。

手紙は残るので、内容を聞かれたら見せればいいですよ」

こうしてナミママに、時々手紙を書くことになった。


一方でナミには時々、食事や栄養のことをLINEで話す。

認知症は、栄養バランスの乱れで進行するからだ。

ウグイス年齢55才・人間年齢60才のナミは料理が苦手。

彼女より8才下の独身の妹も料理が苦手。


ナミは広島市内にアパートを借り、こちらと行ったり来たりしていて

妹は仕事をしながら母親と暮らしているが

実際のところ、ナミは母親の世話に飽きたら広島へ逃げている気配が濃厚。

かたや妹の方は働いて帰ったら、自分と母親のごはんを作らなければならない毎日。

そして母親には、電話に出るな、外へ出るな、人が来ても出るな、火を使うな…

固く言い聞かせている初老の姉妹。

聞くだけでしんどそうだ。


「いつもは買ったお惣菜が多いけど、高いし飽きちゃうし

家で作っても栄養のことを考えると、つい野菜炒めになっちゃうんです。

だけど母は食べてくれなくて、お菓子で済ませることが多くて

注意しても聞いてくれないんです」

手間を省きたい一心で、肉と野菜をぶち込んで炒め

これで栄養バランスが取れていると思い込む…典型的な料理苦手あるある。

歯の悪い年寄りに、野菜炒めは拷問だ。

ましてやナミママは歯どころか歯槽膿漏がひどく

歯医者で手に負えなくて病院へ通うほどの重症である。

それを「食べない」と言って責めるのは、あまりにも気の毒じゃないか。


そこで私の得意技、手抜き料理を伝授し始めた。

マヨネーズと明太子だけの明太子スパゲティ、白菜を使わずキムチと豚肉だけのキムチ鍋

レンジでチンするだけの豚肉の野菜巻き、レンジでチンするだけのナムル

鶏胸肉のチーズピカタ、ただ焼くだけの鶏ササミの黒胡椒焼きなんかだ。

彼女は素直に聞き、次々とマスターするので伝え甲斐がある。


で、手紙の話に戻るが、年寄りに手紙を書く時は

返事はいらない、読むだけでいいと言っておかないと

相手の負担になることがあるので、いつもそう書く。


手紙が届いたら、母はとても喜んでいるとナミから連絡がある。

しかし、それでは終わらない。

ナミママは律儀なので、必ずお礼の電話がある。

2時間ぐらい。

人生一代苦労絵巻が終わらんのじゃ。

家族は聞いちゃくれないので他人に話す、年寄りあるある。

その絵巻が途中で振り出しに戻る、認知症あるある。

もちろん電話のたびに、絵巻は初めて話すかのごとく

同じ内容が繰り返される。


母親のそばに居たナミは、すでに席を外しているらしい。

親の人生絵巻なんて、聞きたくないもんね。

だけどいくら私が暇だといっても、家に居たら用事があるのよ。

長時間、自室にこもりきりだと姑が不安になって機嫌が悪くなるのよ。

ナミめ、ええ加減になったら気を利かせて止めろや!

と思うが、それがナミ。

甘えられると踏んだら全力でしなだれかかる無責任体質は、選挙でよ〜くわかっておりますとも。


ナミママが満足してやっと電話が終わったかと思うと、今度はナミから電話。

「姐さん、ありがとうございました。

母も長くおしゃべりができて、すごく自信がついたみたいですぅ」

やかましいわい。


とまあ、電話だと繋がるまでが厄介で、手紙だと後の電話が厄介。

丁寧過ぎるというか、チャチャッと済ませることができなくて

それが悪気が無くても慇懃無礼の方向へ寄っちゃう一家らしいわ。

乗りかかった舟だから続けるつもりだけど、だんだん間遠になりそうよ。



あ、これ?

ナミママの手紙用に買った便箋と封筒たち。

メーカーはホールマークが好き。
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現場はいま…田辺君の転職

2023年02月16日 08時57分06秒 | シリーズ・現場はいま…
ここしばらく、現場は平和だ。

松木氏は相変わらず嘘をつきながら、いかにも自分だけが仕事をしているように装っているが

それが通常モードなのでどうということもない。


元々癖だった独り言は、加齢と共にひどくなったようだ。

12年前に入社した時から、彼は独り言が多かった。

声が普通に大きいので、こっちは話しかけられているのかと思って聞き返すランク。

が、無意識の独り言なので、返事は返ってこない。

彼が事務所にいる時は、一日中この繰り返しだった。

私は独り言の内容から、次は何を企んでいるのかを分析して対処を考えたものである。


そんな彼も、じきに67才。

年齢と共にセーブがきかなくなって、独り言はひどくなる一方らしい。

「うざい!」と腹を立てる夫や息子たちを、私はよくなだめる。

嘘つきという生き物は、独り言が多いものだ…

嘘で飾った虚像の自分と現実の自分との差を、独り言で埋めているのだ…

だんだん虚像と実像の差が大きく開いてきたので、独り言を増量する必要にかられるのだ…

気の毒な病気だと思ってやることだ…。


ともあれ夫より一つ年上の彼は、泣いても笑ってもあと3年の付き合いだ。

70才になれば、自動的におさらば。

その翌年には夫もお払い箱になるだろうが、とりあえず3年後に味わえるであろう

ひとまずの開放感を目指して頑張ろう…と話し合っている。

「その後釜に、本社からまた変なのが回って来たらどうする」

長男は心配するが

「史上最低の社会人、松木氏と藤村の二人を体験しておきながら

みすみす三人目にまで翻弄されるなら、それはあんたらが悪い」

と言っておいた。


さて入社3年目の事務員トトロ、30代女子、推定体重100キロ超は

昨年夏のコロナ感染以降、いちだんと休みがちになった。

元々あんまり仕事が無く、来てもくわえ煙草でスマホのゲームばかりやっているので

出勤しようがしまいが誰も困らない。

私が2日でやっていた事務仕事を1ヶ月かけてやるのだから、休んでも支障は無いのだ。


そもそもこんなのを何で雇うのか、という話になるが

間に断りにくい人が入っていたのと

彼女がもしも可愛い子だったら、藤村やダイちゃんが理由をつけて

何としてでも頻繁に出入りすると踏み、魔除けとして採用。

魔除けはかなりの効果を発揮しているが

入社時に軽い精神疾患があると聞いてビビり、今まではできる限りそっとしていた夫。

一方、彼女の方は、あまりにも何も言われないので増長したのである。


今年に入り、寛大な夫もさすがに頭に来て

「暇なら掃除ぐらいせぇ!

嫌なら他に煙草吸いながらゲームできる会社、探せぇ!」

と言ったら、ちゃんと出勤して掃除もするようになった。

やればできるらしいのはともかく

人を言葉で導くことが苦手な夫は、このような失敗が付いて回る。

しかし普段が口うるさくないからこそ、相手によっては効果的なのも確かで

どっちがいいかというより、それが夫なのだから、それでいいと思っている。

給料をもらっているのに、仕事をナメる方が悪いのだ。


他の社員も今のところ、これといったエピソードは無い。

昨年、75才で引退勧告をされたシュウちゃんの代わりに入社したマルさんも、楽しく働いている。

今まで働いていた所よりも格段に仕事が楽で、収入は倍以上になったと喜んでいるが

明るくてよく働き、あからさまに夫を尊重して見せるので

他の社員が勝手なことをしにくくなっているのも確かだ。

彼は我が社の希望である。


その彼、ヘアスタイルには強いこだわりをお持ち。

昭和に流行った、アイパーというのを施している。

パーマ液をふりかけた短髪をヘアアイロンでまっすぐ伸ばして固め

カチカチのリーゼントに仕上げる手法だ。

夫も若い頃、やっていた。

最低でも週に一度は施術しないと、カチカチのヘアスタイルが保てないので

理容院通いに忙しそうだった。


そして時は流れ、今どきアイパーを施術できる理容院は減った。

マルさんがずっと通ってきた理容院も、店主が高齢のため閉店したので

彼はアイパーができる理容院を探していた。

そこで先日、息子が町内の理容院を紹介。

そこもお年寄りがやっている店で、いつまで続けられるかわからないが

彼はとても喜んで、さっそく行った。


しかし、悲劇が起きる。

何を間違えたのか、マルさんはパンチパーマにされてしまった。

気の毒なことである。


他に目新しい出来事といったら、夫の親友である田辺君が転職したことぐらい。

会社ぐるみで熱を上げている振興宗教に入信しないという理由で

冷や飯を食わされていた彼が、昨年、うちの本社に入ろうとして失敗

本社の筋向いにある土建会社へ入社したことはお話しした。

本社の目と鼻の先で、彼がどんな活躍をするのか楽しみにしていた我々一家だが

何も起きないまま、彼はそれまで勤めていた宗教会社へ戻った。


というのも、彼が去った後の宗教会社は悲惨な目に遭っていた。

彼のいた会社は広い意味で我々と同業ではあるが、規模は段違いに大きい。

建設系、田舎、大きいとなると、出入り業者に反社の流れを汲む人々が多くなるのは

この辺りでは常識。

人数がたくさん必要となると、どうしてもそっち系の業者と関わらなければ

仕事が回らないのである。


田辺君が退職した途端、その系列の人々が好き勝手を始め

仕事の内容に文句をつけたり、気に入らないことがあればねじ込んだり

どっちが使われているのかわからない状況に陥った。

この現象は、彼らをコントロールできる守護神、田辺君がいなくなったことも影響しているが

田辺君を退職に追い込んだ会社に対する、彼らの復讐も含まれていると思われる。


会長と社長はノイローゼ状態となり、すでに新しい会社で働いている田辺君に

何度もカムバックを熱望。

その件で田辺君は一度、夫の所へ相談に来た。

「今の仕事に不満は無いけど、還暦過ぎての転職は

周りがみんな若いから、やっぱり浮くね」

彼が以前、そう言っていたのを思い出した夫は、相談に来るからには心が揺れていると踏み

「条件を出して、向こうが飲んだら戻れよ」

と助言。


そこで彼は、働くのはあと2年限定、宗教の勧誘はしないという二つの条件を会社に提示。

ついでに給料アップも提示するかと思っていたが、それはいらないそうだ。

あと2年で65才、年金を満額もらえるようになるので

欲はかかないというのが彼の意思である。

会社は条件を即座に承諾し、田辺君はこの1月から元の会社に戻った。

まだうちと関わる仕事は無いが、お互いの会社の距離が近くなったので

何となく安心で嬉しい。
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メイクアップベース

2023年02月13日 10時00分43秒 | みりこんぐらし
最近の画期的な出来事…

メイクアップベース、つまり化粧下地を変えた。

どちらかというとメイクは好きな方だけど

メイクアップベースにまでこだわるのはかったるくて、重きを置いてなかったワタクシ。

以前使っていたトランシーノの基礎化粧品に合わせて

トランシーノのベースをずっと使っていたわけよ。


同級生マミちゃんの店で資生堂のベースを買うこともあったけど

小さくてすぐ無くなるのに値段が5千円ぐらいして

その割に使用感は可も無く不可も無しでピンとこない。

だから、その半額ぐらいで買えるトランシーノにこっそり戻した。

たまに生協の宅配カタログに載ってるから、わざわざ買いに行かなくて済むし

これはベージュの色素が入っていて、薄づきのファンデーション効果があるので

何だかお得みたいな気がしていたわけよ。


だけど近頃、変。

乾燥はしてないのに、メイクをしたら素焼きのお皿みたい。

マットどころじゃなくて、素焼き化してんの。

艶が無いのよ、ツヤが。

年取ったら、艶は大事。

てか、艶がイノチ。


原因がメイクアップベースにあることは、何となくわかってた。

私がおざなりにしている物だからね。

肌色が仕込まれてるベースって、薄化粧とベースの二兎を追ってるわけだから

安い値段で艶まで面倒は見てくれないのよ。

皮脂がたっぷりある若い人にはいいんだろうけど、私の年齢では無理になってきた。


で、ベースを変えようと思って、探索を開始。

高いのを買えば目的を達成できるのは、わかってる。

だけどこの辺にデパコスなんて売ってないし

そもそも見知らぬ売り子に大枚はたくのは嫌なのよ。


ネットは使わない。

人が来ると犬が吠えて、うるさいからじゃ。

来客とヤクルトと生協、息子たちと義母の通販だけで辟易してるのに

自分の化粧品の配送で玄関チャイムが鳴るのは嫌なんじゃ。

宅配は一件でも減らしたい、それが偽りの無い本音。


そこでベース探しに着手…といっても横着な私のことだから

探索の対象は、とりあえず生協のカタログ。

町のドラッグストアへ行けば、熱心過ぎる店員ミナコがいるから

違う物を買わされそうだし、別の店だと字が小さくて読めんじゃないか。

その点、生協のカタログはお試しはできないけど、じっくり見られる。


私は月に一回、エクスボーテのメイクアップシリーズが載るのを待った。

どちらかというと貧相なラインが中心の生協カタログの中で

エクスボーテは唯一と言っていい高級志向。

基礎化粧品は無くてファンデーションの系統ばかりなんだけど、使用感がいい。

ファンデーションのなめらかさ、密着度、そして軽さは一目置いてる。

だけどベースは使ったことが無かったので

探索の手始めに、これを買ってみようと思ったわけ。


エクスボーテは、前にもクッションファンデをご紹介した。

楽で早くて、すごく良かったけども、写真を撮ったら化けの皮が剥がれた。

鏡で見ると、綺麗に乗ってんの…

だけど友だちと並んで画像におさまったら、私だけ何だか色黒っぽいんじゃ。

楽で早いからいい気になって、クッションファンデの上に粉を重ねる工程を

適当にしていたからじゃ。

年取るとくすむから、写真にそのまま出る。

失敗、失敗。


で、生協のカタログに、エクスボーテのメイクアップベースが載っていた。

廃番になるそうで、5千円ぐらいのが3千円ぐらいになっていたので注文。

注文が多い場合は抽選と書いてあったけど、わたしゃ生協の上得意。

当たらないわけ、無いじゃないの。

トゥルーカラーという名前の、ピンク色のベースを注文した。


で、届いたわよ。



すごく良かった。

パールが仕込まれてるから、上にファンデーションを重ねても艶が残る。

塗ったら光沢の出る物を買えば良かったのね。

これで素焼き肌とは、おさらばよ。

ベースジプシーを覚悟していたので、最初の一発で

まずまずの当たりを引いたのは嬉しかったわ。

メイクアップベースって、大事だったのね。


ただし廃番になるから、無くなっても次は買えないのが残念なところ。

が、廃番にも二通りあって、完全に無くなる場合と

内容量やパッケージ、成分をモデルチェンジする場合があるから

次はどうなるかを待ちながら、ジプシーを続ける所存。


生活リズムやお金の使い方とか

年齢に合わせて色々変えていかなきゃいけないとは思ってた。

服の色なんかもね。

くすんだ肌を明るく見せるのを目指してるだけじゃない。

事故に遭いにくい、綺麗で目立つ色が大事。

色々考えて、実際にできることは実行してきたけど

まさかメイクアップベースまで変えにゃならんとはね。

ちょっとびっくりよ。
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ラスボス・4

2023年02月10日 14時41分45秒 | 前向き論
げに思い込みとは恐ろしい。

市議選に立候補するS君の、高卒という学歴に衝撃を受けた私は

何だかだまされたような気分になったものだ。


昨年10月、義母ヨシコが飼い犬に額を噛まれて通院していた頃のこと。

ガーゼ交換をする看護師がヨシコのズボンの裾をまくり上げて

「どこですか?」とたずねた日があった。

犬に噛まれたというので、てっきり足だと思い込んでいたのだ。

ヨシコからそれを聞いて、ものすごく笑った。


患者の取り違えや手術箇所の間違いは、全て思い込みで起きる…

家族でそう話し合ったが、その時を思い出した。

今後こういうことがあったら、最初に学歴をたずねようと誓った私である。


ともあれ年を取って分別が付いてきたら、善人と知り合う機会が増えてくる…

しかしその善人というのが、なかなか油断ならない…

今回のシリーズでは、その話をさせていただいた。

「話をするだけでいい」

S君に会わせる前、レイ子さんはそう言ったが

私がうっかり彼女の思惑に乗れば、無料でウグイスをやる羽目になっていたかもしれない。

少なくとも彼女はそのつもりだったと思う。


ああいったパッと見、善人は、自分を中心に物事を回していく。

S君と私の立ち位置を比較した場合、ボランティアという高尚な行いで知り合い

共にしんどいことをやってきた彼と、行きずりでたまたま見知った私とでは

レイ子さんに近いのは断然彼の方。

より近い方、より可愛い方、より大事な方が良くなるようにマネージメントする…

それが善人と言われる人の思考で、この揺るぎない優先順位があるからこそ

物事をあまり考えることなく、スピーディーに進められるのだ。

図らずも、そしておめおめと善人の天秤にかけられた後味の悪さが

だまされたような気分を残したと思われる。


ゲスに振り回されてバカを見るのも苦々しいものだが

相手が善人となると内容が複雑になってきて、また違った味の砂を噛むことになるらしい。

それでもゲスから噛まされる砂より、味の方は少しマシかもしれない。


ということで、私はまだ善人に振り回されてブーブー言ってる、その程度。

じゃあ、自分とはかけ離れた、セレブという高みにおわす人々はどうなのか。

セレブといっても田舎のことなので都会のそれとは規模が違うし

その中で私の知る人数もわずかだが、目を向けてみると彼らもまた

私とたいして変わらない気がする。


とりあえず身近なセレブといったら全国ネットの企業経営者、同級生のユータロー。

田舎にそんな会社があるんか?と言われそうだけど、あるんよ。


彼は子供の頃から思慮深い紳士で、かつ秀才。

東京の有名大学を出て父親の会社に入り、20年ぐらい前に社長を引き継いだ。

彼の代になってからは海外にも進出し、多角経営にも乗り出した。


地元の数少ない財界人として有名な彼は、生来の頭の良さもあって

人との距離を調節するのが実にうまい。

金持ちはお金があるだけに、下手に人を近づけたら厄介なことになるのを身体で知っているのだ。

かといってツンケンしているわけでもなく、ぽわ〜んとした雰囲気。

“気さくな麻呂”という表現がピッタリかもしれない。

ああいった生まれながらのセレブは、俗世から一線を引いたお公家さんのように振る舞うことが

角を立てずに身を守る最良の手段だと知っているのかもしれない。


しかし、そんなユータローでも人に振り回されることがある。

えらい人は、様々な民間組織の会長や理事なんかをやっているからだ。

その役目上、色々と嫌な目に遭うことがあるらしく、時々、ものすごく怒っている。

麻呂なので感情をあらわにすることは無いが、マジで腹を立てている時がある。


周りの皆が皆、彼と同じく紳士で秀才の麻呂ならいいけど

特に田舎はそうでない人の方が多いので、色々あるのは当たり前なのだ。

やっかみや下心の標的にされるのは、彼にとって日常なのかもしれない。

賢くなったことも金持ちになったことも無いので想像するしかないが

ユータローのような人間は、バカからバカにされるのが一番腹が立つのではなかろうか。

そりゃもう、私が考える何倍も情けないかもよ。

セレブはセレブで大変らしい。



また、造船所の日雇い作業員から身を起こし、30代半ばで長者どんになった

私より3才年上のKさん。

叩き上げでズバ抜けたお金持ちになったら、浮世のドロドロとは無縁になるかと思いきや

彼に言わせると、お金というのは匂いがするそうで

そりゃもう面倒くさいのがジャンジャン近寄って来ては、あの手この手を繰り出すのだそう。


何とかして親しくなろうとする者、投資、出資、寄付の誘い…

お金があると、向こうも本気で攻めてくるので

庶民の私が遭遇する事態とはまた違った厄介があるらしい。

「欲にかられたヤツらに振り回されるのが、一番腹立つ」

彼の口からも“振り回される”のフレーズが出るのだ。


そういうのに疲れてくると、彼はその地を引き払い、パッと別の土地に移る。

40代から夫婦でリタイア生活に入り、子供は独立、双方の親はすでに他界…

彼らを引き止めるものは何も無い。

行く先々で優雅なホテル暮らし、気に入ればマンションを買ったり借りたり

絵に描いたような悠々自適ぶり。

だけど彼が言うには、自由な暮らしって飽きるんだそうよ。


そうやって各地を回ってきた彼だが、今は隣の市まで戻ってきてバカ高いマンションに暮らしている。

が、これはこれで大変そうだ。

豪華マンションに暮らしながら、外出する時はボロい作業着を着る。

車はマンションの駐車場にある高級車の他に、中古の大衆車を所持していて

そのボロい作業着と中古車で向かうのは、昼間の健康ランド。


そこには毎日、同世代の仲良しが集まって風呂を楽しんでいる。

彼以外は皆、年金生活者だ。

彼はこの集まりを気に入っているため

他のメンバーに本当の暮らしを知られないよう気を配っているのだそう。

懐具合を知られて、関係が変わってしまうのを恐れている口ぶりだ。

わざわざ手間をかけて自分を貧しく見せるなんて、金持ちの遊びのようにも思えるが

彼は本気である。

金を持つとは孤独になるのと同じ…

だからこそ、自分のことを何も知らない人たちとの温かい交流を失いたくない…

彼の弁である。


大金を握ると人間関係の変化も怖かろうが、ルフィも恐れなくてはならない。

やっぱり大変そうだ。

「またやられた〜」と言って終了できる、今の自分で満足することにしよう。

《完》
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ラスボス・3

2023年02月08日 13時37分01秒 | 前向き論
今年行われる某市の市議選に出馬するというS君に、私はたずねた。

「選挙戦の型は、イメージされてますか?

型というのは主に、ウグイスとドライバーを雇って選挙カーを使うオーソドックスタイプか

自転車にメガホンの草の根タイプの二つです」


いきなりの現実的な質問に、S君は一瞬驚いた様子。

向こうが語りたいのは出馬の動機や抱負だろうけど

そんなの聞いたって面白くないし、時間の無駄じゃん。

これは彼の本気度を計測するにあたり、一番効率の良い二択の質問だ。

その答えによって、こっちの対応を決める。


彼は少し考えてから、言った。

「…資金が豊富なわけではないので、自転車とメガホンになりますかね。

あと、SNSを併用して若い層を取り込むことも考えています」

はい、予想通り。

軽い対応、決定。


「落選しますよ?」

私は事務的に言う。

資金を使わずに選挙戦を戦い、当選した人を見たことが無いからだ。

昔はいたかもしれないが、近代の有権者はリスクを負わない候補者を信用しない。

しかも単身移住者、つまりよそ者で、身内も友だちも知名度も無いアウェー。

もちろん特定政党の公認でもなく、無所属での出馬。

さらに告示日は近づいていて、完全に出遅れている。

この状況で自転車にメガホンは、甘過ぎる。


「やっぱり、そうですよね…でも、やってみたいんです。

供託金(立候補する際、選挙管理委員会に預ける保証金みたいなもの…市議は30万円)

は捨てるつもりでやって、落ちたらまた4年後に出ます。

続けていたら、いつか当選するんじゃないかと思うんです」

「同じ考えで何回も落選を繰り返している若い人が、うちの市にもいますよ。

今回の市議選は親が供託金を出さなかったので、立ちませんでしたが。

選挙カーとSNSを併用した人もいましたけど、落選しました。

SNSを見てくれる人が、投票に行ってくれるとは限らないのでね」

「SNSは、ダメなんですか…」

「いずれデジタル選挙の時代が来るとは思いますけど

地方の田舎ではまだ浸透してないので、あてにしない方がいいと思います。

立候補するのなら、せっかく入った今のお勤めは退職しないといけないし

今回は見送って4年間しっかり準備をして

4年後に万全の態勢で出馬する方がいいんじゃないでしょうか?」


そう言いながら、ふと昔の自分が懐かしくなった。

こういう話を聞いたら最後、万に一つのミラクルを求めて燃えただろう。

「よっしゃ!私に任せて!」

なんて胸を叩き、手弁当でウグイスをやっていたかもしれない。

自転車でメガホン持ってさ。

彼の住む町から通っていた高校の同級生も何人かいるので

その子たちの家を訪ね歩いてお願いしていたかもよ。

が、そんな情熱や体力はすでに無く、彼の当落にも興味は無い。


そんな冷たい私に、彼は熱い夢を語るのだった。

「一匹オオカミで、しがらみの無い政治をやりたいんです」

しかし当選したら、会派(議員の派閥)のしがらみで

がんじ絡めになるのは議員の宿命だ。

最初は一匹オオカミのつもりでも、やがて一人では何もできないことを知る。

良い政策があったとしても、どこかの会派に入って人数を増やし

多数決で勝たなければ、やりたいことはできない。


「困っているお年寄りがいれば駆けつけて、泣く子供がいれば駆けつけるような

フットワークの軽い議員になりたいんです」

宮沢賢治のようなことを言う彼。

私はだんだん心配になってきた。

「議員の仕事は駆けっこじゃなくて、予算を取って来ることなのよ?」

「はい、それはわかっています」

そう言ってるけど、ありゃあわかってないね。


話しているうちに気がついたのだが

この子、落ち着きのある大人っぽいたたずまいでありながら

話す内容にどこか幼い部分が見え隠れする。

「勤務先へ手続きに来た市民が、上司の話すことを理解できなくて

喧嘩みたいになったので、僕がすぐに行って謝って丁寧に説明したら納得してくれて…」

特に、そういったクダリだ。

子供が母親に話す、“ボクのお手柄話”みたいな感じで、自己肯定感が高過ぎるような気がした。


落ち着いた雰囲気とのアンバランスが気になった私は、ここで初めて彼にたずねる。

「あの、今さらですが、年齢をお聞きしてもいいですか?」

関わりたくなかったので、年齢すら聞いてなかったのである。

「35才です…年男なんです」

年齢は申し分ない。

今回落ちても、次の立候補ではまだギリギリ30代だ。


「それから失礼ですが、学歴は…」

選挙に出ようと言うぐらいだし、非常勤とはいえ公的機関に勤めているからには

出身地である関東の申し分ない大学を出ていると思い込んでいた。

知らない土地で立候補を口にするからには、プロフィールの方は万全なんだろうと。

その上で決意したのだろうと。

けれどもこの感触は、何だか違うような…ひょっとして何も知らなかったりして…

そんなことを考えて、何だか心配になったんじゃ。


「高卒です」

えっ…耳を疑うワタクシ。

なんでも中学の時に病気になり、出席日数が足りなくて高校はユルい所しか行けず

身体のこともあって大学進学は考えなかったそうだ。

卒業後は店員を経てアルバイト生活に入り、今住んでいる町の移住者募集に応募して

こちらにやって来たという。

今の仕事である公的機関の非常勤は、移住者枠で入った期限付きのものだそう。

なるほど、定職が無かったら気軽に移住できますわな。


ともあれ立候補する権利は誰にもあるので、学歴をどうこう言うつもりは無い。

うちらの市の高齢議員の中にも、高卒や中卒がいる。

が、これから議員になろうという若者に、高卒の学歴は厳しい。

S君は気にしないと言うが、彼個人の気持ちの問題ではない。

生き馬の目を抜く選挙ワールドに、明白な突っ込みどころを引っさげて立ち向かうのは無謀だ。

親族が交通死亡事故を起こした過去ですらも

ライバルにとっては格好のネタになる世界なのである。

そして猫も杓子も大学へ行く時代なんだから、自分や自分の子供よりも低学歴の候補者を

本気で支持する人数は、彼が思っているよりずっと少ないと見ていい。


とはいえ、うちらの市には、そのウィークポイントを逆手に取った市議が実在する。

ヤンキー高校卒でヤンキー上がりの中堅市議が

やはり同じような人々のカリスマとして常勝しているのだ。

更生したヤンキーというのは情に厚く細やかなところがあるもので

その辺が求心力を高めていると察するが

地元を離れず群れたがるヤンキーの習性をも、彼は大いに活用していると言えよう。

しかしS君は地元の生まれでもヤンキーでもないので、その手は使えない。


「じゃ、頑張ってくださいね」

私はニッコリして立ち上がった。

彼はまだ語りたそうだったし、レイ子さんも選挙戦に向けて、さらに詰めた話をさせたい様子だったが

こんな見てくれだけ立派で中身がスカスカの子の夢を聞いてやったあげく

仲間にされたんじゃあ目も当てられない。


パワフルでいい人が連れて来る人物って、こんなのばっかりだ。

もちっとマシなのを連れて来いや、と言いたいところだが

そんなことを口走ると、善人はまたどんなのを連れて来るかわからないので我慢した。

《続く》
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ラスボス・2

2023年02月06日 09時17分42秒 | 前向き論
「満開の桜の下でイベントを開催したいので、お寺の境内を貸してもらえないか

住職にたずねて欲しい」

善人レイ子さんに頼まれた日から、2ヶ月が経過した。


私はすっかり忘れていたのだが、彼女の中でこの話は進行していたらしい。

先日、久しぶりに会った彼女は言った。

「桜のイベントのことだけど、私、みりこんさんに改めてお願いしたいことがあるのよ」

覚えとったんかい…。


改めてのお願いというのは、これ。

「お庭を貸していただくだけのつもりだったんだけど、もっと良いことを考えたの。

いっそのこと、お寺にイベントを主催していただいて

私たちがそこに参加させていただく形にできないかしら。

お寺には、そのことをお願いして欲しいの」


「あ、私には無理」

即座に断る。

間髪入れずノーと言う、このスピードが大事。


…あれから彼女にも、葬式の懸念がひらめいたと思われる。

それでなくてもお寺というのは行事の連続で、境内を貸してもらえる日は限られている。

その中で、何日に咲くというのが決まってない桜の満開日を選ぶのは厄介だ。

いっそお寺ごと巻き込んで主催者にすれば、向こうに責任が生じて

桜とにらめっこをするのは住職になる。

こっちは心おきなく準備に励めるはずだ。

さすがの発想。


しかし境内を借りるのと、お寺にイベントの主催をやらせるのとでは

お願いの重みに雲泥の差がある。

これは私のような泡沫檀家が持ち込む話ではなく、観光協会か商工会に交渉を任せる案件だ。

仮に住職が無理を聞いてくれたとしても、そのうち寄付が発生した時

この件が言質になったらどうする。

ものを頼んだ手前、私と寺との距離が近づくのは当たり前で

距離を縮めたら最後、今後の寄付は他の檀家と同じ貧者の一灯では済まんぞ。

お寺と親しくなり過ぎたら後が怖いのは、ユリ寺で学習している…

…とまあ、ここまでを一瞬にして考えなければ、ラスボスとは渡り合えない。


若い頃の私だったら、お願いにも種類や段階があるというのがわからないまま

安請け合いしていただろうよ。

その足でお寺へ乗り込んだに違いない。

お寺ではないが、実際に似たようなことを何度もしたし、たいていは勢いで何とかなった。

若いということで、許してもらえたのだと思う。

しかし今は若くない。

許してはもらえないだろうし、他人の思いつきに乗って

無関係の人をわずらわせる行為を恥と思うようになった。

分別がついたということだろう。



「どうして?お願いの趣旨をちょっと変えるだけなのよ?」

レイ子さんは不思議そうに目をパチパチと開閉するが、しょせん彼女は市外の人。

地元で生活する私の都合には無関心である。

そして彼女は親を見送って年数が経ってない。

小さなギブで大きなテイクを望むことにかけては、お寺の右に出る者がいない現実を知らないのだ。

だからこの提案は、彼女にとって微細な変更。

それを拒否する私を怪訝に思うのは仕方の無いことで、二者は永遠に分かり合えはしない。


つれない私の返事にレイ子さんは失望した様子だが

本当にやりたいのなら、住職と面識があろうが無かろうが、自ら突撃すればいいのだ。

それを自分は無傷で他人にやらせようなんて、甘いんじゃ。

これで付き合いが終わってもかまわん。

彼女は私より10才近く年上だ。

そのうち車の運転ができなくなったら、市外からこちらへは来られなくなるので

遅かれ早かれ会わなくなる日が来る。

ちょっと早まっただけと思えばいい。

踊らされて重荷を背負わされるより、役立たずの不甲斐ないヤツと思われた方がよっぽどマシである。


が、善人というのは何かを思いつくのも、行動に移すのも、諦めるのも早い。

いつまでもグズグズ言わないから善人なのだ。

桜問題で私が使えんと見切ったら、すかさず次の案件に移行。

「実はね、ここじゃなくて別の市の市会議員に立候補したいという若い人がいるの。

ちょっと話をしてもらえないかしら?

私、こういうことは全然わからないから」

え〜…。


「私も全然わかりませんよ」

「あら、ウグイス嬢をやって長いんでしょ?

私、選挙に詳しい人なんて知らないもの。

ウグイスさんから見た立候補のあれこれを話してくださればいいの」

「……」

心の声…関わりたくない。


私の裏稼業が選挙ウグイスだというのを、彼女に話したことは無い。

しかしある時、彼女と一緒に居るところへ

ずっと前に選挙で知り合ったおじさんが通りかかったのだ。

懐かしかったので、そのおじさんと選挙の思い出なんぞをベラベラ話した。

レイ子さんは、それを聞いていたのだった。


「私が多少知っているのは選挙中のことだけで

立候補したことなんて無いから何の役にも立ちませんよ」

「雑談でも何でもいいのよ。

ちょっとお話ししてくださったら、彼も安心すると思うわ。

そうよね?S君」


え…?と横を向いたら、もうそこに座っとるではねぇの、S君と呼ばれた若者がっ!

さっきから居たらしいけど、全く気がつかなかった。

これはレイ子さんが呼んでいたわけではなく

彼はレイ子さんと一緒に活動している別の人に用があって、たまたま居合わせたらしい。


「どうも、初めまして。

Sといいます」

低音で爽やかに挨拶するのは、長身で30代ぐらいのなかなかのイケメン。

礼儀正しさやキリリとした顔つきは、自衛隊を連想させる。

「初めまして、みりこんと申します」

もう、ここに居るんだから仕方がない…イケメンだし…

私は諦めた。


「立候補なさるんですか?」

「はい、今年ある◯◯市の市議選に出るつもりです」

「お若いし、お顔がいいから有利ですね」

あら、政治に顔は関係無いんじゃないの?…

レイ子さんは横から言うが、今どきは顔が大事なんじゃ。

ハキハキと気持ちの良い若者で、かといって調子が良いわけでもなく落ち着いている。

これなら、いい線行くんじゃないかと思った。


彼は隣の、そのまた隣の市の住民。

数年前に関東からこちらへ移住し、今は役場関係の非常勤として働いているそうだ。

住まいは田舎の過疎地で、周辺のお年寄りの窮状を目の当たりにし

色々と手伝っているうちに政治から変えなければダメだと思うようになった…

熱く語るS君。

が、親戚も友だちもいないアウェーで、どうしたらいいのかわからず

町おこしで知り合ったレイ子さんに相談したらしい。


そこで、どんなことが聞きたいかとたずねると

「つい何日か前に決めたことなので、何をお聞きしていいかもわからないんです」

さもありなん。

よって、こちらがリードする形で会話を進めることにした。

《続く》
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ラスボス・1

2023年02月05日 09時20分14秒 | 前向き論
今回の記事は、前回の『人に振り回されない方法』の続編になるかもしれない。

前回のシリーズでは、人に振り回されない方法として

ゲスに振り回されにくくなるには自分の格を上げることだと申し上げた。

私の場合、格が上がったかどうかは怪しいもんだけど

加齢するに連れ、積み重なった経験値のお陰で、多少は機転がきくようになったのは確か。


とはいえ私は、年を取って働きに出なくなったので同僚というものが無く

子供の学校関係もとっくに終わり、これといった趣味とて持たないため

人と関わる機会が減ったという単純な理由が大いに関係している。

つまり職場やPTAやサークルなど、自分でメンバーを選べない集団に属さなくなったため

我慢しながらわけわからん人と付き合わなくて済み

理不尽に泣く機会が減ったという物理現象である。

年を取るのは寂しく悲しいことだと思っていたが、こんなに良いこともあるのだ。

加齢、バンザイ!


しかし世の中には、それら理不尽な集団の中に置かれて苦しむ現役の人も多い。

私もさんざん嫌な思いをしてきたので、その気持ちはよくわかる。

そこで、ちょっとしたコツみたいなものを言葉で表現することによって

少しは気が楽になってもらえたら…そう思って取り組んだ。



さて、他人に振り回されなくなると、こちらにも余裕ができて

微力ながら人の世話をするようにもなるし、人のお役に立ちたいと殊勝な気分にもなる。

しかしそうなったらなったで、今度はラスボスが登場するというのをお話ししておきたい。


ともあれ余裕と殊勝が生まれ、自分のことだけでなく

世の中の幸福なんかもチラッと考えるようになると、新しく出会う人の質が変わってくる。

町のため、人のために活躍する人と知り合う縁が生まれるのだ。


70代のレイ子さんも、その一人。

数年前に知り合った彼女は、とってもいい人だ。

現役時代は都会で、俗に言うキャリアウーマンをやっていたが

定年退職後にご主人を亡くし、親の世話をするために隣市の実家へ戻ってきた。


親を看取った後は、持ち前の行動力全開。

趣味に町おこしにと、パワフルに活動している。

その延長でこちらの市にも来ることがあり、知り合った。

「わたしゃ都会でバリバリやってました!」

みたいな肩ひじ張った雰囲気を微塵も感じさせない上品さもさることながら

穏やかで温かい彼女の人柄が、私は大好きになった。


が、パワフルでいい人って、私のような振り回され族にとって、実は危険人物。

というのもある日、彼女と墓参りや法事の話をしていて

私が◯◯寺の檀家だと知ると、彼女はすかさず言った。

「春になると、◯◯寺の桜が綺麗でしょう。

満開の桜の下で、町おこしのイベントをやったら素敵だと前から思っていたのよ。

だけど私はこの町の人間じゃないから、◯◯寺の人と面識が無いじゃない。

どうやってお願いしたらいいのか、わからなかったの。

お庭を貸していただけるかどうか、住職さんに聞いてくださるとありがたいんだけど」


来た!

そう思いましたとも。

レイ子さんだけでなく、パワフルでいい人にうっかり何かしゃべると

たいてい思わぬ宿題を出されるのは過去に何度も経験していた。

簡単なものならいいけど、このタイプが出す宿題は、けっこう面倒くさいものが多いのだ。

ああいった善人は、常に世のため人のために何かできないかとアンテナを張っている。

頭の回転が早いので、ひとたびアンテナに引っかかった獲物は逃さない。

善意で攻めてくるだけに、ゲスより注意が必要なのである。


パワフルに見えるのは、人に用事を振って荷物を一緒に担がせ

自分の負担を軽減するのがうまいからだ。

いい人に見えるのは、思いつきで生きているために物事を深く考えず

それが無邪気な印象を与えるのと、思いつきの荷物を一緒に担がせる犠牲者へのホスピタリティだ。

こうでなければ、町や人の集団をどうにかしようと走り回るなんてできない。


レイ子さんの頼みに、私は答えた。

「本当にやるのであれば、住職にたずねる程度までならできますよ」

気さくな住職なので、話ぐらいは聞いてくれるだろう。

それぐらいなら私にもできる。


レイ子さんは喜んだが、実現は難しいと思われた。

だって桜の満開は、ほんの数日だ。

その数日の間に、土日がハマるかどうかの物理的問題がある。

イベントをするからには、人を集める前宣伝をする必要があるため

できるだけ早く日程を決めなければならない。

決めた日に桜が咲いてなかったら、あるいは散ってしまったらどうするんじゃ。

それらの懸念をものともせず、イベント予定日に満開がハマッたとしても

その前に雨が降って散るかもしれず、ましてや当日が雨降りだったらどうするんじゃ。


さらにハードルは存在する。

イベントの日に、寺で葬式があったらどうするんじゃ。

問題のお寺は檀家の数が多いので、お寺で葬式をする人も多い。

悲しみにくれる人や厳粛なお経のかたわら、境内でワイワイガヤガヤされたんじゃあ

たまったもんじゃなかろう。

法事ならあらかじめ予定が組めようが、死ぬ予定日が不明の葬式はどうしようもない。


お寺が、行きずりのイベンターより檀家を選ぶのは決定事項。

急きょ中止ということも、無いとは言えないのだ。

レイ子さんの善意のためなら天も味方してくれそうな勢いではあるが

お寺に話を持ち込むことでイベントの一味に巻き込まれ

開花予想とにらめっこしつつ、中止の連絡に怯えて気を揉むなんて私はゴメンよ。


だから「本当にやるのであれば」、「たずねる程度までならできる」と注釈を付けた。

単なる思いつきでないことを確認してからでないと、お寺に話すことはできない…

私にできるのは住職にたずねる所までで、それ以上のことはできない…という意味。


これらを言わずに返事だけしてしまったら

「協力してくれると言ったじゃない」と攻め込まれ

にっちもさっちもいかなくなるのは経験上、知っている。

善人は「はい」や「わかりました」を太平洋のごとく広い意味で解釈するので

注釈をつけた自分の発言を記憶していれば、それを武器に応戦できるというものだ。


とはいえ善人の思いつきって、日にちが経つと変わりやすいのも特徴。

経験で言えばパワフルでいい人って、私のような横着者とは流れる時間が違うのよね。

あちこちでたくさんのことを同時に進めているので

本人の気が変わったり、難しいとわかって手を引いたりのスピードが速く

それが周りには、急な心変わりに映ることもある。

こういう人の評判が、「すごくいい人」と「ろくでなし」の両極に偏りやすいのは

善人の実行で恩恵を受けた人と

善人の移り気に翻弄された人の両極が存在するためだ。


だからこの件も、私は「本格的に頼まれたら住職に話す」

というのだけを認識し続けているけど、そのうちレイ子さんの中では

いつの間にか終わったことになるかもしれない。

ハードルも高いことだし、なんだかんだで立ち消えになるとタカをくくっていた。

《続く》
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人に振り回されない方法・7

2023年02月01日 14時15分42秒 | 前向き論
その後、ユニフォーム新調未遂の一件は

自分がやり遂げられなかった残念な思い出として、私の心に長く残っていた。

どうすればうまくやり遂げられたのかを時々、考えたりもしたものだ。


しかし、今は何とも思わない。

あれから40年近くの長い年月を経て、やり遂げられなかったことが溜まった。

義理親との同居、習い事、仕事、友だち付き合い…

中断、途中放棄、脱落のコレクションはたんまり。

新しいバレーチームも6〜7年行ったが、35才で婚家を家出するにあたり、辞めた。

バレーボールとは、それっきりだ。


ともあれコレクションが増えてくると、考え方も変わってくるというもの。

何でもかんでも、やり遂げることだけが良い行いだとは思わなくなった。

年を取って先が短くなるとなおさらで

「取り組む価値と、やり遂げる価値があるかどうか」が判断基準になった。

価値の無いものに固執したら、時間がもったいないじゃないか。


人を振り回すヤツは、その時の一回だけで決して終わらない。

ひとたび味をしめたら、性懲りも無く何回でも頼んでくる。

そしてこちらが応じたら、礼を言うどころではない。

途中で「やっぱりやめる」と言い出したり

「こうしてくれた方が良かった」と気に入らなかったり、勝手極まりない。

同じ人が同じことを何度も繰り返す確率が高いので、長く生きていたら嫌でもわかってくるものだ。


人を振り回すのは、癖なのだ。

先天性の病気と言ってもいい。

だから一回やると、必ず何回もやる。

よって封建村チームのユニフォームも、後から不満が出るのは決定事項だっただろう。

あの時、私が頑張って新調作業をやり遂げ、いっときは達成感に浸ったとしても

結局いつまでもグズグズと不平不満を言われるのであれば

本当にやり遂げたことにはならないのである。


ついでに言うが、そもそも私をあの忌まわしきチームに誘った親戚の監督。

私を入れたら何ヶ月もしないうちに辞め、自分の女房と二人で新しいチームを作ったんだぞ。

私?置き去りよ。

さすがは封建村の出身者。


夫の従姉妹の旦那であり、夫の会社の取引先で社長をしている彼もまた

人を振り回す人間である。

結婚と同時にサラリーマンから社長へと逆玉に乗ったが

周りを振り回すことにかけては定評があるのだ。


仕事上での身勝手な変更やキャンセルは、もはやライフワークに等しい。

商売をしていたら、人に振り回されるのも仕事みたいな所があり

さほど気にしない習慣が付いているのもあるが

あまり大きい会社ではないので損害の額は知れている。

ヒラのサラリーマンからいきなり社長になったのだから、商売の勘に恵まれず

迷いもあろうという配慮もあって、夫は何十年も許容してきた。


しかし最も困るのは、間に別の人が入っている時。

仕事の方面でも数え切れないほど迷惑を被ったが、物品の売買…

特に車の方面で泣かされた経験は数々ある。

実は私も、彼のこの悪癖に巻き込まれたことがあるのだ。

金額が大きい物なので、巻き込まれた人の迷惑も大きい。

我々がかく恥と失う信用、そして謝罪の程度も重い物になるのだった。


が、その裏を返せば、彼はあちこちでこの悪癖を発揮しているため

相手にする人がいなくなったという事実が存在する。

そのため、親戚かつ年下で言いやすい夫に頼むしかなくなったと言えよう。


車関係は、今年に入ってからもやられた。

「壊れたトラックが1台ある。

修理に大金を出すより、いっそ売り飛ばしたいので業者を紹介してくれ」

彼に言われた夫は売買の業者を紹介し、すぐに見積りが出た。

後は大阪からトラックを引き取りに来て、お金を受け取るだけになったその前日

彼から連絡が。

「あのトラックを使う仕事が出たから、売るのは止めて修理に出す。

キャンセルしといて」

自分で連絡すればいいものを、やはりどこか後ろめたいらしく

紹介した夫に断らせようとする。


夫は身勝手な言い草に抗議したが、彼は

「金はまだもらってないんだから、キャンセルは有効だ」と平然。

「自分で言え」と言っても、彼にその気は全く無さそう。

引き渡しが翌日に迫っているため、業者が大阪を出発したらアウトだと思った夫は

恥をしのんでキャンセルの連絡をした。

放っておけばやってくれるとタカをくくっているのが、忌々しい。


「大恥かかせやがって!」

怒りのおさまらない夫。

「また振り回されて!もうあんなヤツ、相手にしなさんな!」

いつも誰かに振り回されておきながら、言う私。

目くそ、鼻くそに説教の図。


赤の他人ならば一回やられたら離れることも可能だが

親戚となると、なかなかそうはいかない。

しかも彼と夫は血の繋がりの無い親戚という、微妙な関係だ。

血を分けた身内には絶対やらない残酷も、血の繋がりの無い夫になら平気という面で

夫と私に共感し合えるものがあるのはともかく

長い年月の間、お互いに同じ人間から何度も振り回されるうち

「人を振り回す人は一生、振り回す。

人を振り回さない人は一生、振り回さない」

という、経験に基づく結果が判明した。

あれは加齢や性格などという生易しいものではなく

生まれつきのれっきとした持病だと確信した次第である。



さて、ここで最初に申し上げた「最下層から一つ上の層に登る」まで話を戻そう。

人を振り回す人間は経験値の低い、実はダメなヤツ…

人に振り回されない人間は、たとえ振り回されても

振り回されていると感じない力量のある人…

これを知ったら階段を一段登ることができると言った。

わずか一段でも高い所から下層を眺めると

振り回す側のダメぶりや、自分はどうすれば良かったのかなど

下層にいる時には五里霧中だった色々なことが見えてくるものだ。


そしたら二段目に進む時期。

コロコロと気が変わるのも、人を苦しめ翻弄させて何とも思わないのも

病気なんだから仕方がないと納得したら、もう二段目に登っている。


二段目に立って、まず考えることは、これ。

「あの病人たちがやらかすことの中で、一番罪深いことは何なのか」

こっちがしんどいだけの手間や労働なら、まだマシよ。

人の信用を無くさせることが、一番罪深い。

振り回し病という病いは、これがわからない病気である。

つまりアレらは元々、人から信用されたことが無い。

だから信用に関しての意識が希薄なのだ。


アレらに何か頼まれ、そこに第三者が入る場合は、用件を聞く前に断る…

揉めても、なじられても、仲間外れになっても気にしない…

そこまでして守らなければならないのが自分の信用だ。

この信用の重さがわかれば、階段の三段目に登れる。



と、このように一段ずつ上に登って行く過程で

体力、知恵、技術、気遣い、慈悲、お金などの力量が徐々に身に付き始める。

それに伴い、判断力や選別眼に裏打ちされた世渡りの勘も

より鋭く、より確実な方向へと進化していく。

この力量と勘が、本人の霊格や風格といった、人の格式を決めるのである。


こうして、とりあえず三段目まで登ったら、もう変なゲスとは付き合えない。

面白くないからだ。

ゲスの方も、あんまり近寄って来ない。

格式が変わると、縁が変わるからだ。

中には格式の違いすらわからない超の付くゲスもいるが

すでにこちらで危ないと判断できるので、距離を置くことができる。


四段目以降はご自由に。

三段目までで安全圏に入ったので、あとは経験を積み重ねて

力量と勘の精度を上げていったらいい。


とまあ、人から振り回されてばっかりの私が言うのもちゃんちゃらおかしいが

こういうことなんじゃないかな?と思うわけよ。

何かの足しになれば、幸いです。

《完》
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人に振り回されない方法・2

2023年02月01日 14時13分36秒 | 前向き論
《すいませ〜ん。

操作ミスでシリーズの順番が狂っちゃいました〜。

直し方がわからないので、このままにします》


自分を取り巻く人間関係にくたびれたら、上の層に行く時期が来たと思え…

人格でも風格でも霊格でも何でもいいから、格上げに取り組むチャンス…

前回の記事では、そう述べた。

自分のいる層から一つでも二つでも上に上がれば、出会う人が変わってくるからである。

世の中には、生まれつきシード権が与えられ

最初から上の方の層に置かれた人もいるように見えて、何だか羨ましく思うけど

私のような下層スタートの者は、地道に一つずつ這い上がって行くしかないのだ。


「自分を変えたい」、「変わりたい」と言う人は多い。

昔の私も、漠然とそう願っていた。

何で私ばっかりがこんな目に遭わなければならないのか…

何かを変えなければ、今の苦境は生涯変わらないのではないか…

そう考えては一発逆転のカンフル剤を探す日々。

とはいえ浅学無知で怠け者の私が、これといった物が見つけられるはずもなく

焦燥感にさいなまれたものだ。


やがてその心境は、「自分は変わらずに周りの人の心がけが変わって欲しい」

そう願っていたのと同じだと気づく。

だからいつまで経っても自分は変わらず、自分を取り巻く環境も変わらなかったのだ。


そこでようやく、この思いに至った。

平面180度の大変化を目指さずとも、上に目を向けたらどうだろう…

階段をほんの一段登って上に上がってみれば、自分は変わらなくても景色が変わるのではないか…

横着な私がいかにも考えそうなことである。


その這い上がる方法というのを模索するのに長い年月がかかり

気付けば老人の仲間入りをしていて、実際に上の層へ行けたかどうかも怪しいものだ。

それでもやはりあの考え方は、他の人にはどうだか知らないが

自分にとって有益だったのではないかと思っている。


で、その登り方だが、私の考えることだから、たいしたことではない。

自分はなぜ人に振り回されてしまうのかを考えるのだ。

経験から言うと、人には振り回されやすい人と、そうでない人がいて

家庭や職場を始め、どんなコミュニティーでも

振り回される人と振り回す人の二通りで成立していることがわかる。


振り回される側になるのは、当たり前だが頼まれたら嫌と言えない人である。

言い換えれば、ノーと言った後の気まずさを知っている人だ。

何かを頼まれたのに断ったら雰囲気が悪くなると思ったり

人によっては相手に失望されたくない、孤立してしまうのではないかと

心配する癖がついていることもある。

いずれにしても自分にできることならと、つい振り回されてしまう。


一方で振り回す側は、相手の立場になって物事を考える習慣が無い人だ。

自分だったらできるのか、自分がやらされたらどんな気持ちか…

そういったことを全く考えないので、いとも簡単に頼み事や命令をする。


考えないのは当然だ。

そういう人は、逆に何か頼まれてもちゃんとできない。

そのため人からあてにされたことが無いので、実は物知らずで経験値が低い。

何も知らず、何もできない、実はつまらんヤツだからこそ

自分はやらなくて済むように指示する側や仕向ける側に先回りして、言葉巧みに人を操る。

それはまた、自分がつまらんヤツだというのを人に知られないようにする最良の策でもある。

人は、自身の残念な実態を隠蔽するためなら何でもやるものだ。


振り回される側は、そんな振り回す側のずるさを薄々感じ取っているので

不公平感にさいなまれ苦しむ。

しかしそれを言及して詰め寄ったところで、何も解決しないことも知っている。

卑怯者は逃げるのがうまいとわかっているからだ。

話をすり替えたり、泣きわめいたり、味方を集めたりして必ず逃げ切る。

何もできない分、人に用事をやらせることと逃げることにかけてはプロなんじゃ。


その逃げる後ろ姿に歯噛みしながら、振り回される側は自分を責めてしまうものだ。

私とて、不器用だから、頭が悪いから、人を見る目が無いからと

謙虚にも自分を責めていた。

クヨクヨと悩み、うっかり引き受けてしまった自分を呪った経験は数え切れない。


しかし、自分を責めることはないのだ。

劣っているのは、かわいそうなのは、指示やお願いをされて動いてしまうこちらではなく

実は無能なあちらさんである。



この真相がわかれば、景色がちょっと変わる。

一段高い所から周りを見回すと、冒頭でお話しした

生まれつきシード権を持っているような人の実情が理解できるようになる。

ゲスと関わらなくていい層で、人に振り回されずに暮らしているように見えた人々は

人を振り回す人間に寛大なだけだった。


なぜ寛大かというと、これは力量の違いなのだ。

人のために用事をするとなると、どんな事柄であっても体力、あるいは知恵や技術

そして気遣い、慈悲、場合によってはお金が必要になる。

それらを総合して力量と呼ぶなら、シード組はその力量が豊富というわけよ。

だから彼ら彼女らには、人から振り回されているという概念が無く

いつも涼しい顔で余裕をかましている。


かたや、いつも誰かに振り回されては嘆き悲しみ、我が人生を呪う私は

体力、知恵、技術、気遣い、慈悲、お金…

これらの力量がまだ足りないから、やらされるという受け身になり

結果を案じながら、こわごわと取り組んでいたのだと思う。

そりゃあ何をやっても心配は尽きないし、面白くないのは当たり前だ。


頼まれたら嫌と言えない性分、私は良いことだと思っている。

しかしその性分とこなせる力量が、初めから同じ割合で揃っていることはマレだ。

力量が備わるまでには時間、つまり年月がかかるようだから

それまでは砂を噛みながら待つしかない…

階段を一段登った時に、そう思った次第である。

《続く》
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