組長シリーズは、任期終了と同時に終わるはずだった。
しかし、相変わらず組長もどきをやっているのはどうしたことか。
「組長さん…組長さん…」
先週は、一人暮らしのおばあちゃんがうちに来て
エアコンの室外機をいたずらされたと訴える。
組長はもう終わったと言っても、おばあちゃんを苦しめるだけなのだ。
さっそく現場検証。
配線をカバーしているホースみたいなのが切られて
中の線がむきだしになっていると言う。
確かにちょびっとむきだしになっているけど
これ、取り付けた時から、こんなだと思うよ…。
しかし、年寄りは言い出したらきかない。
水の出るホースまで「誰かが切って短くなってる」と言い出す。
ああ、そう、悪い人がいるねぇ…と合わせておく。
「それに夜、誰かが玄関のドアをガチャガチャ回すのよ」
おばあちゃんは、恐怖に怯えた顔でそう言う。
それ、ドアにぶら下げた飾りが、風に吹かれてるだけだと思うよ…。
老人会で作ったらしき、かわいげのないマスコット人形だ。
人形の手足の先に付いている金属製のオモリが
揺れるとドアに当たって、音を立てるのだ。
「縁起が悪いから、ドアには何も下げないほうがいいよ」
と、適当なことを言ってはずさせる。
どう縁起が悪いのか、私にもわからん。
真面目に昭和を生きてきた老人は、勘違い=恥をかいたことになってしまう。
その思いは、若い頃のように日々のせわしさの彼方へ、なかなか消えない。
こっちも老人に近くなってきているので、なんとなくそう思う。
一応気を使ったつもりなのだ。
とにかく室外機の線が出ているのが気に入らないようなので
家からクッション付きのテープを持って来て
形だけ、ちょろっと巻いてやる。
私は機械に詳しくないので、本格的には取り組めない。
ほんのおしるし。
それでもおばあちゃん、すごく喜ぶ。
「怖いことがあったら、夜中でもいいから、電話して。
すぐ行くから。
これを電話のそばに貼っておくのよ」
と電話番号を大きく書いて、渡しておく。
「しばらくは夜、うちの旦那に見廻りさせるから」
などと、かなりいい加減なことも言う。
嘘ではない。
ゴミを出したり、散歩したり、夫は毎晩1回はおばあちゃんちの前を通る。
翌日は、道ばたに花を植えようと約束していたおばちゃんが、誘いに来る。
こないだ、そんなことを企てた気もするが、すっかり冷めていた私よ。
しかたなく、一緒に種なんぞまく。
そこへ、若いお母さんが二人来る。
「Sさんが去年、街路樹をバンバン切ってたんです。
幹を切ってるから、今年は花が咲かないの。
子供が楽しみにしていたのに」
去年の秋だったか、Sじじいがまだ威勢の良かった頃、街路樹を刈る姿は見た。
脚立に登って、電動ノコギリなんぞ振り回していたっけ。
「ああして、自分をアピールしたいのよ」
「落ちろ」
「あんまり見てたら、注目されてると勘違いして喜ぶから、よそう」
我々はささやき合ったものだ。
今回改めてよく見ると、枝落としじゃなくて
どれも真ん中の太い幹をちょん切っている。
「あれれ、いかにもって感じだったから
庭師の経験でもあるのかと思ってたよ」
「あるもんですか!高い所に登りたいだけよ!」
「ほら、ナントカと煙は…って言うじゃない」
しばらく悪口で盛り上がる。
彼が自治会長の座を狙って暗躍していた頃
巻き舌から繰り出される意味不明の主張には
「子供達のために」のフレーズが、多く混入されていた。
それさえ言えば、格好がつくと思い込んでいるらしい。
その口で、夏休みのラジオ体操がうるさいとネチネチ言う。
一貫性が無いにもほどがある。
この一件で彼は、それまで無関心だった
子供会の若い親達まで敵に回したのだった。
共通の敵というのは、結束を深める。
この次に見たら止めようということになったが
バッサリいっちゃってるので、何年後になるやら。
その日の夕方、ごく初期にSじじいの一味だった男が
我々夫婦に近付いて来て、いきなり言った。
「土建屋アツシって、知っとるか?」
このあたりで“誰それを知っているか”と話しかけるのは
教養乏しき人間が行う、威嚇を含んだ挨拶の一種である。
こんにちは…いい天気ですね…と話しかければよいものを
出来ない人間というのは、案外多いのだ。
この類の生物は、口うるさそうな者の名前を出し、どちらがより近いかを探る。
その遠近によって、本格的な威嚇になったり、自分なりの友好手段になったりする。
この人は酒好きが高じて
一時期、Sじじいの白昼夢につきあって活動した過去から
いまだに周囲に避けられていた。
このまま残党として生きるか否か、進退を見極めたいのだと察する。
「ああ、知ってますよ」
「俺はアツシの同級生で仲がいいんだ。
あんたら、親戚か何かか?」
「父ですけど、何か?」
呆然として、きびすを返すおじさんを見送り
我々はいつも通り、夕食を持って両親の家に向かう。
「ねえねえ、お義父さん、Yさんって知ってる?
同級生で、仲がいいって言ってたよ」
アツシの反応は鈍かった。
「さあ…知らん、覚えてない」
これはアツシの記憶力の問題ではない。
幼少期をこの町で過ごしていないため、同級生に対する印象が薄いのである。
この日曜日は、年に一度の総会があった。
今年は何を言い出すか、楽しみにしていたんだけど
人数もいないし、おとなしかった。
待っていたのに…とても残念だった。
しかし、相変わらず組長もどきをやっているのはどうしたことか。
「組長さん…組長さん…」
先週は、一人暮らしのおばあちゃんがうちに来て
エアコンの室外機をいたずらされたと訴える。
組長はもう終わったと言っても、おばあちゃんを苦しめるだけなのだ。
さっそく現場検証。
配線をカバーしているホースみたいなのが切られて
中の線がむきだしになっていると言う。
確かにちょびっとむきだしになっているけど
これ、取り付けた時から、こんなだと思うよ…。
しかし、年寄りは言い出したらきかない。
水の出るホースまで「誰かが切って短くなってる」と言い出す。
ああ、そう、悪い人がいるねぇ…と合わせておく。
「それに夜、誰かが玄関のドアをガチャガチャ回すのよ」
おばあちゃんは、恐怖に怯えた顔でそう言う。
それ、ドアにぶら下げた飾りが、風に吹かれてるだけだと思うよ…。
老人会で作ったらしき、かわいげのないマスコット人形だ。
人形の手足の先に付いている金属製のオモリが
揺れるとドアに当たって、音を立てるのだ。
「縁起が悪いから、ドアには何も下げないほうがいいよ」
と、適当なことを言ってはずさせる。
どう縁起が悪いのか、私にもわからん。
真面目に昭和を生きてきた老人は、勘違い=恥をかいたことになってしまう。
その思いは、若い頃のように日々のせわしさの彼方へ、なかなか消えない。
こっちも老人に近くなってきているので、なんとなくそう思う。
一応気を使ったつもりなのだ。
とにかく室外機の線が出ているのが気に入らないようなので
家からクッション付きのテープを持って来て
形だけ、ちょろっと巻いてやる。
私は機械に詳しくないので、本格的には取り組めない。
ほんのおしるし。
それでもおばあちゃん、すごく喜ぶ。
「怖いことがあったら、夜中でもいいから、電話して。
すぐ行くから。
これを電話のそばに貼っておくのよ」
と電話番号を大きく書いて、渡しておく。
「しばらくは夜、うちの旦那に見廻りさせるから」
などと、かなりいい加減なことも言う。
嘘ではない。
ゴミを出したり、散歩したり、夫は毎晩1回はおばあちゃんちの前を通る。
翌日は、道ばたに花を植えようと約束していたおばちゃんが、誘いに来る。
こないだ、そんなことを企てた気もするが、すっかり冷めていた私よ。
しかたなく、一緒に種なんぞまく。
そこへ、若いお母さんが二人来る。
「Sさんが去年、街路樹をバンバン切ってたんです。
幹を切ってるから、今年は花が咲かないの。
子供が楽しみにしていたのに」
去年の秋だったか、Sじじいがまだ威勢の良かった頃、街路樹を刈る姿は見た。
脚立に登って、電動ノコギリなんぞ振り回していたっけ。
「ああして、自分をアピールしたいのよ」
「落ちろ」
「あんまり見てたら、注目されてると勘違いして喜ぶから、よそう」
我々はささやき合ったものだ。
今回改めてよく見ると、枝落としじゃなくて
どれも真ん中の太い幹をちょん切っている。
「あれれ、いかにもって感じだったから
庭師の経験でもあるのかと思ってたよ」
「あるもんですか!高い所に登りたいだけよ!」
「ほら、ナントカと煙は…って言うじゃない」
しばらく悪口で盛り上がる。
彼が自治会長の座を狙って暗躍していた頃
巻き舌から繰り出される意味不明の主張には
「子供達のために」のフレーズが、多く混入されていた。
それさえ言えば、格好がつくと思い込んでいるらしい。
その口で、夏休みのラジオ体操がうるさいとネチネチ言う。
一貫性が無いにもほどがある。
この一件で彼は、それまで無関心だった
子供会の若い親達まで敵に回したのだった。
共通の敵というのは、結束を深める。
この次に見たら止めようということになったが
バッサリいっちゃってるので、何年後になるやら。
その日の夕方、ごく初期にSじじいの一味だった男が
我々夫婦に近付いて来て、いきなり言った。
「土建屋アツシって、知っとるか?」
このあたりで“誰それを知っているか”と話しかけるのは
教養乏しき人間が行う、威嚇を含んだ挨拶の一種である。
こんにちは…いい天気ですね…と話しかければよいものを
出来ない人間というのは、案外多いのだ。
この類の生物は、口うるさそうな者の名前を出し、どちらがより近いかを探る。
その遠近によって、本格的な威嚇になったり、自分なりの友好手段になったりする。
この人は酒好きが高じて
一時期、Sじじいの白昼夢につきあって活動した過去から
いまだに周囲に避けられていた。
このまま残党として生きるか否か、進退を見極めたいのだと察する。
「ああ、知ってますよ」
「俺はアツシの同級生で仲がいいんだ。
あんたら、親戚か何かか?」
「父ですけど、何か?」
呆然として、きびすを返すおじさんを見送り
我々はいつも通り、夕食を持って両親の家に向かう。
「ねえねえ、お義父さん、Yさんって知ってる?
同級生で、仲がいいって言ってたよ」
アツシの反応は鈍かった。
「さあ…知らん、覚えてない」
これはアツシの記憶力の問題ではない。
幼少期をこの町で過ごしていないため、同級生に対する印象が薄いのである。
この日曜日は、年に一度の総会があった。
今年は何を言い出すか、楽しみにしていたんだけど
人数もいないし、おとなしかった。
待っていたのに…とても残念だった。