殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

綾も錦も…

2022年12月31日 16時47分09秒 | みりこんぐらし
『空蝉の 唐織衣なにかせん 綾も錦も君ありてこそ』

この和歌は徳川第14代将軍、徳川家茂(いえもち)の奥さん…

皇女和宮(かずのみや)が、旅先の大阪で病死した家茂を偲んで詠ったもの。

…うつせみの からおりごろも なにかせん あやもにしきもきみありてこそ…

「着る人もいない西陣織をどうしたらいいのかしら…

美しい衣装も、愛するあなたが居てくれたからこそです」

そんな意味かしらん。


時は幕末の動乱期。

詳しい人がいたら笑っちゃう説明になると思うが

武士が権力が持つようになって何百年、経済的に弱体化する一方の朝廷と

倒幕思想により、やはり弱体化する一方の将軍家が

婚姻関係を結んで難局を乗り切ろうぜ、という公武合体の方針が決まり

朝廷側から将軍家へお嫁に行ったのが、当時の天皇の妹である和宮。


和宮は早くから、同じ天皇家の男性との結婚が決まっていて

お互いにすっかりそのつもりだった。

しかし若い家茂との年齢や身分的なバランスから

将軍家に差し出すのは和宮しかいなかったため、彼女が嫁ぐことになった。

和宮も家茂も同い年、十代での結婚だったが

二人の相性は良好で仲睦まじく暮らしたと言われている。


家茂は性格が良かったものの身体が弱く、わずか数年の結婚生活の末

21才の若さで亡くなってしまう。

未亡人になった和宮の元へ、家茂の遺体と共に送られてきたのは

彼が京都で買い求めた彼女への土産、西陣織の反物であった。

和宮は、その悲しみを歌に詠んだというわけ。


「綾も錦も君ありてこそ」

この歌の存在を知った20年余り前、率直な愛らしさに胸を打たれたものだ。

夫に先立たれた妻の悲しみや切なさは、いかばかりだろう…

そんな思いを馳せはしたものの、まだ自分の身に重ね合わせるつもりはなかった。

邪恋に溺れる夫を横目に、「早く◯ね」ぐらいの気でいたからだ。


それから年月は流れ、実家の母、同居する義母…

伴侶に先立たれた妻たちが身近に出現し始めた。

彼女らの心もとない様子を見るにつけ、私はたびたび「綾も錦も…」の一節を思い出した。

あれは「悲しいから綺麗な衣装を着る気になんてなれないわ」といった

おしゃれにまつわるソフトな内容ではなく、遺された妻の慟哭なのだ。


「暑いね」、「寒いね」、「美味しいね」、「楽しいね」

そんな他愛のないことを言い合える相手を失うとは

生きる張り合いを失うことだと理解した私。

いつか自分も通る道だと思いながらも、ひと世代上の人たちのことであり

まだまだ先だとタカをくくっていた。


さらに年月は経過。

近年は年上のご主人と結婚した同級生が、ポツポツと伴侶に先立たれ始め

「綾も錦も…」が、少しずつ近づいてきたような気がしてきた。

この頃になると、それは切実な問題になっている。

「綾も錦も…」が、もしも義母の寿命より早く訪れたら、どうすりゃいいのさ。

今は夫と二人で対応しているが

あのワガママが服を着たような婆さんを、一人で面倒見る自信は無い。

「綾も錦も…」は、できるだけ先でお願いします…

私はそう祈るのだった。



そして先日、従姉妹のご主人の訃報を聞いて大ショック。

ご主人は、まだ70代になったばかりだった。

父が亡くなった年齢と近いこともあって、びっくりしたものだ。


従姉妹が結婚した頃、私は中学生だった。

優しい従姉妹のお姉ちゃんは、背の高い人と結婚したんだなぁ…と

ご主人を見上げて思ったものだ。

彼とはほとんど交流は無かったものの、仲の良い夫婦だったことは知っていて

ここしばらくは闘病中ということも年賀状で知っていた。

が、不死鳥のように再起して、これからも夫婦仲良くあちこちへ旅行しながら

幸せな老人時代を過ごすはずだと思い込んでいた。

残念でならない。


さらについ先日、夫の同級生が亡くなった。

奥さんは私より3才年下の、よく知っている子だ。

仲人が同じだったことから昔はよく会っていたので、これもショックだった。

我々夫婦だって、いつ何があってもおかしくない年頃だと実感。

「綾も錦も…」は、いよいよ接近してきたらしい。


思えば、つまらぬことを話して笑い合う相棒がいなくなると

誰が私のおしゃべりを我慢して聞いてくれようか。

そんな張り合いが無くなったら、ものすごく寂しいだろう。

その寂しさは、我が子や友だちでカバーできるものではない。

それを「かけがえのない」と表現するのだと思う。


心も寂しいけど、フトコロの方も寂しくなるぞ。

65才の今も現役で働く夫がいなくなったら、その日から食い詰めるではないか。

引退して年金だけの生活になっても、それは同じだ。

夫には感謝を込めて、この言葉を贈りたい。

「パンもごはんも君ありてこそ」



リュウ「綾も錦もどころか、アタシは選ぶ権利無しだわよ。

デカいから、服はこれしか売ってなかったもん」

パピ 「なによ!ボンレスハムみたい。

暑がりのアタシなんて、裸よっ」



毎年、義父の妹宅に届けている大晦日の夕食。

親戚に良くしてあげると夫が喜ぶので、作って持って行かせてる。

今年は特に手抜きで、オードブルの皿が埋まらないから焼き芋まで入れちゃった。

夕方この作業が終わると、1年が終わった〜!と思います。



今年も本当にありがとうございました。

どうかお健やかでお幸せな新年を迎えられますように。

来年もよろしくお願いいたします。
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短調の人

2022年12月28日 11時49分53秒 | みりこんぐらし
いつだったか、わが町にある公共施設の玄関ホールにも街ピアノが置かれた。

寄付してくれる人があったそうで、古いグランドピアノだ。


私はこの施設を月に一、二度のペースで、用事や待ち合わせに利用する。

そこでいつも見かけるのは、街ピアノを弾きに来る一人の女性。

年の頃は七十代半ば、メガネをかけた白髪頭の小柄な人だ。


毎日ではないらしいが、日曜日の午後に行くと必ずいる。

1時に行った時には、彼女も楽譜を抱えてやって来て

2時に行ったら宴たけなわ、3時になると帰るところを見ると

午後1時から3時までの2時間が、彼女にとっての演奏会らしい。


ただし長時間、大音量で弾き続けるため、非常にうるさい。

以前にも記事で触れたが、子供の頃、先生に付いてピアノを始めた人と

大人になってから独学で始めた人には決定的な違いがある。

子供の頃に始めた人はヒジ、手首、指のそれぞれにパワーを分散させて柔らかく弾くが

大人になってから始めた人は指を鍛えてないので、肩から振り下ろすように弾きやすい。

するとタッチがきつくなり、音の強弱のコントロールが難しくなるため

どうしても大音量になってしまう。

譜面が読めるのだから音楽の素地はあるようだが

ピアノが独学とジャッジしたのはこの点からだ。


独学がいけないわけではない。

日々の練習を積み重ね、上達するのは素晴らしいことで

実際に、とても上手い人がたくさんいる。

が、中にはピアノの常識を叩き込まれてないのが災いして

マイクを持ったら離さないカラオケ好きと同じく

ひとたびピアノを弾き始めたら聞いて欲しいばっかりで

周りが見えない彼女みたいな人もいるのだろう。


ピアノの常識とは、音が消せない楽器なので時と場所を選ぶ必要があることや

人前で弾く時は自分の弾きたい曲でなく

弾いても許される邪魔にならない曲を選ぶ分別などである。

その昔、“ピアノ◯人”と呼ばれた事件が起きた。

団地で子供がピアノを弾くため、隣の部屋の男性が騒音に怒って

一家を皆◯しにしたという凄惨な事件だ。

そういうことがあったので、自分の出す音に気をつけるのはもちろん

常に客観的な耳を持つようにと、我々子供は厳しく言われてきた背景がある。


そして独学で上達した人は、たいていラウドペダルがお好き。

ピアノの足元には三つ、金色のペダルがあるが、その一番右側のペダルだ。

それを踏むとピアノの音にエコーがかかり、より大きく響く仕組みになっている。

風呂で歌を歌うようなものだ。


彼女はこのペダルを、やたら踏み続ける。

車のアクセルと同じ扱い。

ただでさえ大音量なのに、ペダルを踏みまくって響かせるもんだから

その騒音たるや頭がガンガンするレベル。


それでも、聞いて楽しめる曲なら我慢もする。

しかし実力はソナチネ…つまり中レベルの練習曲が主体なので

聞いていてちっとも面白くない。

そして、どれもことごとく暗い曲だ。

そう、彼女の弾く全ての曲は、オール短調。

暗く悲しげなメロディーを大音量で長時間聴くと、怖いぞ。


「練習は家でして来いよ…」

彼女が騒音を発するたび、私は密かにつぶやきながら立ち去っていた。

聞くのが辛ければ帰れる、行きずりの私は幸運だ。

しかし気の毒なのは時折、その玄関ホールでイベントをしたり

ワークショップに参加する人たち。

説明の声が聞こえないので「はあ?」、「もう一回」などと身振りを交えて聞き直している。


やがてレパートリーが尽きると、誰でも知っているあの曲を繰り返し弾き始める。

チャルメラ。

彼女はこれをフラットで弾く。

フラットとは、半音下がる黒い鍵盤を使うこと。

半音下げると短調…つまり物悲しいメロディーに変わってしまい

悲しきチャルメラが延々と響き渡るのだった。


このチャルメラがフィナーレらしく、心ゆくまでリピートすると

楽譜を片付けて悠々と立ち去る。

時計は3時、演奏会はようやく終了だ。

拍手?あるもんかい。

ホールに居た人たちは、それを合図に会話を始める。

その人々の表情に、耐え抜いた!という達成感が感じられるのは錯覚だろうか。


誰でも弾いていい街ピアノ。

けれども弾いていいのは、せいぜい一曲か二曲。

できれば親しみのある曲や美しいメロディをセレクトし

惜しまれるうちに去るのがエチケットだ。

それを知らないのは独学の弊害か、あるいは老害なのか。

私は怒りと憐憫を込めて、彼女のことを「短調の人」と呼ぶのだった。


しかし最近、この短調の人が気になり始めた。

回を重ねるごとに、なんだか衣装に凝ってきたからだ。

場違いなドレスを着込んだりではなく、変装に近い。

硬い弾き方や短調の曲の大音響、2時間の長丁場は変わらないが

着る物だけをセルフプロデュースし始めた様子なのである。


最初の頃はごく地味な普段着で、お婆ちゃんも頑張っています…

そんな印象だったのが、見るたびにだんだん手が込んでいく。

鮮やかな色柄ものを着るようになり、キャップにジーンズで若々しさを装ったり

若い娘さんが着るようなフワッとしたワンピースだったり。

こういうの、今どきはイタいと呼ぶのだろうけど、明らかに演出が感じられるのだ。


直近のファッションは、圧巻だった。

華やかな花柄のスカーフで、頭をすっぽり包み込んでいる。

スカーフの布地が黒であれば、イスラム教の女性みたいな格好だ。

そのスカーフを首の所で一旦締めて肩に広げているので、てるてる坊主みたいになっとる。

衣装はモスグリーンのトレンチコート、そして同じくモスグリーンのブーツ。

つまるところ、てるてる坊主の兵士。

いやいや、本人のイメージでは、昔の洋画に出てくるヒロインかも。

ソフィア・ローレンとかさ。


あんまり面白かったので、次はどんな格好で現れるか楽しみになってくるというもの。

演奏を聞くのは辛いけど、衣装の演出をぜひとも見たいではないか。

次にあの施設に行くのは、来年の1月半ばになる。

待ち遠しい。
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手抜き料理・厳寒対策

2022年12月24日 08時49分31秒 | 手抜き料理
メリークリスマス!

雪は大丈夫でしたか?

被害のあった方にお見舞い申し上げます。

異様に寒い今日この頃、せめて温かい料理でもお目にかけたいと思います。



さて21日の水曜日は、同級生ユリちゃんの実家のお寺で恒例のお寺料理をした。

11月は選挙で断ったので、久しぶり。

これぐらいのペースだと、苦にならない。


この日は、お寺の大掃除。

少ないとはいえ、檀家さんがチラホラ来る。

ユリちゃんたち家族だけのために作って、利用されてる感を味わうよりも

檀家さんに食べてもらう方がやる気が出る。


この日、モンちゃんは仕事で欠席なのでマミちゃんと二人だ。

我々は今回、すごく考えた。

だって、お寺は寒い。

何を作っても冷え冷えになってしまい、努力が報われないので

メインはとにかく温まる料理を作ろうということになった。


温まるといえば、鍋かホットプレートを使う料理。

これらは準備が簡単だ。

私は去年の寒い日に、お寺でマミちゃんが作ってくれたチーズダッカルビをリクエストした。

豆板醤とチーズの組み合わせは高齢の檀家さんに不評だったけど、かまうもんか。

チーズダッカルビの得意なマミちゃんは、快く引き受けてくれた。


メインが決まれば、あとはどうにでもなる。

副菜は、各自がテキトーに作って行くことになった。

家で作って行くしかないのだ。

大掃除の時は、雑巾がけに台所の湯沸かし器を使うため

檀家さんが頻繁に湯を汲みに来る。

台所しか、湯は出ないからだ。

旧式の湯沸かし器は湯の出る量が少なく、流しにバケツを置いて

チョロチョロと湯を貯めるしかない。

水場を長時間占領されるので、料理が進まないのである。



この日は合計10人。

いつもの兄貴は欠席だ。

ユリちゃん夫婦と兄嫁さん、そして5人の檀家さんに我々2人の料理番というメンバー。


《マミちゃん作・チーズダッカルビ》


前日からトウバンジャン、コチジャン、醤油に漬け込んだ鶏モモ肉に

キャベツ、タマネギ、レンジで柔らかくしたサツマ芋を足し

フライパンであらかじめ軽く炒めてからホットプレートに移して

溶けるチーズをごっそりかけたら出来上がり。

唐辛子の辛さと芋の甘さが絶妙で、とても美味しい。

部屋の空気も身体も温まる、冬に最適な一品。


材料はあらかじめ炒めなくてもできるが、生からのスタートだと焼けるまでに時間がかかる。

人手不足のため、マミちゃんはホットプレートに張り付いていられない。

そこで彼女は先に食材に火を通しておき、会食の直前にホットプレートに移すという

苦肉の策を編み出したのだった。




《マミちゃん作・ミネストローネ》


ジャガイモ、人参、セロリ、キャベツ、缶詰の大豆などの野菜を

トマトの缶詰とコンソメスープの素で煮たものを持ち込み

現地で温めて仕上げに黒コショウ。




《マミちゃん作・ギンナンのおこわ》


拾ったギンナンがたくさんあったそうで、人参や干し椎茸と一緒に

もち米と白米を半々の割合にして炊いてあった。




《マミちゃん作・レンコンと水菜のサラダ》


薄切りにしてオリーブオイルで炒めたレンコンと

生の水菜、プチトマト、ちりめんじゃこ、塩もみしたキュウリを持参して

食べる直前にピエトロドレッシングで和えたもの。

レンコンがいい仕事をしている。



《マミちゃん作・かぼちゃコロッケ》


マミちゃんは最近、余ったかぼちゃの煮物を

そのままコロッケにすることにハマっている

この日はわざわざかぼちゃの煮物を作り、それを丸いコロッケに成型して持参。

お寺で揚げた。

数が無かったので私は食べなかったが、柔らかくて美味しいと好評だった。


ここまでで、どれほどの野菜を使っていることか。

マミちゃんは野菜料理の天才だと、いつも感心する。




《みりこん作・ヒラメのカルパッチョ》


前日に60センチほどのヒラメをもらったので、大半は家で刺身と煮付けにして食し

義姉にも分け与えてから残りの4分の1を持って行った。

ヒラメと聞いて皆の目の色は変わり、争奪戦になった。


作り方は簡単。

薄造りにして皿に並べたらドレッシングをぶっかけ、何か飾ったら出来上がり。

今回の飾りものはプチトマト、カイワレ、ブラックオリーブ、レモン、パセリ。

ブラックオリーブのスライスは、袋に入った小さな物が200円程度で市販されている。

黒が入ると料理が締まるので、洋風の料理によく使う。


ドレッシングは、醤油系のセパレートタイプなら何でも大丈夫。

この日はマミちゃんがサラダにピエトロドレッシングを使ったので

カルパッチョにはイタリアンドレッシングをかけた。




《みりこん作・辛子明太子の卵焼き》


食卓には出さず、持ち帰り専用。

持ち帰りの土産を受け持つと、マミちゃんは安心して会食用の料理が作れるからだ。


味付けは、市販されている液体だし巻き卵の素を使用。

手抜きもいいところだが、卵20個分を作ったので大目に見てもらおう。

辛子明太子をスプーンでしごいて中身を出しておき

卵焼きの最初の1枚にスプーンで並べて巻き込む。

卵焼きのほのかな甘さと、ピリ辛の辛子明太子がマッチして美味しい。




《みりこん作・いつもの鮎の甘露煮》


これも持ち帰り専用。

冷凍した鮎がたくさんあったので、冷凍庫の整理を兼ねた。

圧力鍋で煮たり冷ましたりを繰り返すため、2日かかるが、手間はどうってことない。




《みりこん作・ぜんざい》


これはデザートに出した。

前日に煮て冷まし、ジプロックに入れて持参。

餅みたいなのは、ソーセージ状で市販されている白玉。

適当な長さに切って熱湯でサッと茹で、ザルにあけたら餅もどきになる。


久しぶりということでマミちゃんが張り切ってくれたので、楽なお寺料理だった。
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崖っぷちウグイス日記・15

2022年12月22日 08時36分14秒 | 選挙うぐいす日記
『後援会からもらった花束』


開票が始まった。

開票の会場へ差し向けた人から数分後に届く第一報は、たいてい皆、横並びの得票数だ。

準備ができていなかった、あるいは知名度が無かった候補者は

この第一報ですでに差のつく場合もあるが、今回は全員横並び。

…ということは、早くから落選がささやかれていた人が、かなり健闘したと言える。

…ということは、うちの候補が危険水域にあることを示している。


やがて第二報。

やはり皆、同じ得票数。

…ということは、以下同文。


第三報から、はっきりと差がつき始めた。

上位当選の人はケタが変わり、下の方は伸び悩む。

うちですか?もちろん下の方ざます。

落選予定の人はこの時点でストップしたため、落選は免れそう。

こうなりゃ、ビリでないことをひたすら祈るのみ。


最終結果が出た。

ケツ2。

つまりビリから二番目だ。

得票数は、前回より百数十票減。

あまりの衝撃に、静まり返る事務所。

そりゃビリ争いはわかっていたけど、まさかここまでとはね。

あのS氏だって、もっと上の方だ。


どこでもたいていそうだけど、候補者は投票結果が出てから事務所に現れる。

「すみません、こんな結果で」

そう言いながら入ってきた候補自身も、無残な結果に驚いた様子。

思い返せば、前回も同じシチュエーションだった。

5〜6人でビリ争いのあげく、ビリ候補の中では何とか上の方に食い込んだ。

入ってくるなり、皆の前で「すみません」と謝る候補に、私は言ったものである。

「謝ることないですよ!当選することが大事です」


当時、思った。

「投票結果が出て候補が事務所に入る時、すみませんじゃなく

普通にありがとうと言えるようにできれば…」

以後の4年は、その思いを胸に頑張った。

人の集まる催しで、市議が来ても差し支えの無い所には候補を呼んで紹介したり

「誰でもいい」と言う人には投票を頼んだりしてきたのだ。

というのもこの4年間で、私がいつもお願いしていた老人がバタバタと亡くなり

それを機に家族までが転居したりで、お得意様が減少したため

新規開拓の必要性を痛感したからである。


が、願いもむなしく史上最低記録を更新。

さすがに今回は、候補と一緒に謝るしかない。

申し訳ございません。


それでも一応は当選したのだから、お決まりのプログラムはこなす。

ウグイス二人から候補に花束贈呈。

毎回だが、この時、候補は必ず私とナミに言う。

「次も絶対、お願いします」

そして後援会より、我々ウグイスに花束贈呈。

一同、まだショックから立ち直れないままなので拍手はまばら。

バンザイ三唱も無し。

誰もその気にならなかったので、自然に割愛された。


皆が再び席に着くと、引退議員その2のTさんは首をかしげて言う。

「おかしいのぅ、ワシの票が少なくとも二百票以上はあるはずじゃが…」

もはや彼の発言に相づちどころか、まともに耳を傾ける者は誰もいないので

それは独り言になった。


そのうちTさんは電話をかけるふりをして席を立ち、事務所の入り口近くに移動。

しきりに誰かと話す格好をしながら、やがて外へ出た。

帰り支度である。


「なぁヒロシ君、あの人、ホンマに二百票もくれた思うか?」

選挙カーのドライバーの一人だった老人が、小声で夫に問う。

候補の親戚で、ニックネームは村長。

その由来は山奥の一軒家に住んでいるため、住人が彼ら夫婦しかいないからだ。

その昔、夫と共に亡き国会議員の選挙ドライバーをしていた旧知の仲である。


「あんなヤツに頼るけん、こんな結果になったんですよっ!」

夫は外にいるTさんを指差し、かなり大きな声で答えた。

さっきのゴルフクラブの恨みがあるので、容赦ない。


「パパ〜、そんな大声で本当のことを言っちゃあいけないわ〜、ホホホ」

さらに大きな声で夫をたしなめる?私。

「ここの皆さんも、最初からわかってらっしゃるわ。

ねえ皆さん?」

…黙って顔を見合わせ、大きくうなづく皆さん。


実のところ、大半はわかってない。

選挙の闇を知らない他の人たちは、引退議員が3人も加勢してくれていると聞いて

V字回復の結果を心から楽しみにしていた善人だ。

彼ら彼女らのやるせなさを吹き飛ばし、新たな気持ちで4年後に繋げるためには

最初から怪しんでいた…あてになんかしてなかった…

そういうことにして着地させるのが得策である。

Tさんはいつの間にか、いなくなっていた。


遠慮なTさんが帰ったのを機に、皆でなごやかな歓談が始まる。

そして30分後、夫と我々ウグイスは帰ることにして、私は別れの言葉を言った。

「日本一の後援会長さんの元で、皆様と一つになって戦えたことは

私の誇りでございます。

本当にありがとうございました」

後援会長へのはなむけは、大事だ。

「その言葉だけで十分です…やった甲斐がありました」

候補のご近所さんというだけで、初めて後援会長を務めた彼は嬉しそうだった。



こうして選挙は終わった。

2〜3日ゴロゴロして身体を休めたいのは山々だが、私は無理。

終わった途端に馬車馬暮らしよ。

これが一番きつい。

やはり年のせいか、今回はなかなか疲れが取れなかった。


選挙後、知らない人に何人か、声をかけられた。

「あの…間違ってたらごめんなさい。

“やっぱりきっぱり”のウグイスさんですよね?」

「“託して任せて”のウグイスさんじゃないですか?」

ラップもどきのセリフが印象に残ったようなので嬉しい…と言いたいところだけど

私がとっさに気にするのは

「この辺りで、あのセリフ言ったっけか?」

ウグイスのサガであろう。


選挙戦が終わって1週間後、候補がギャラを持って我が家に来た。

ドライバーや他の手伝いをした人の報酬は

選管に請求した選挙費用が支払われてからなので1ヶ月以上先になるが

ウグイスのギャラだけは先に支払うのが選挙界の常識。

ギャラは振込みだったり、後援会長や選挙ブローカー、あるいは家族が渡したり

「取りに来て」と連絡してくる所もあるが

律儀な彼は、いつも自分で持って来るのだった。


二人で今回の選挙結果の分析などをしばらく話した後

「姐さん、投票日に予約済みですけど、もちろん次もやってくれますよね」

候補が言う。

「この結果じゃ引かれんわ!やらせていただきます」

私は思わず答え、引退は4年後に持ち越しとなった。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

《完》
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崖っぷちウグイス日記・14

2022年12月19日 15時57分39秒 | 選挙うぐいす日記
白いポインセチアを選挙事務所の入り口に置いた引退議員その2

つまりTさんは、私の隣に座る夫に気づいた。

「よぅ、ヒロシ!久しぶりじゃのぅ!

ここでドライバーやりようたんじゃとのう」


Tさんが夫と顔見知りなのは、選挙戦が始まった頃に彼から聞いていた。

夫が、今は亡き父親を連れてサウナ通いをしていた頃

同じようにサウナ好きのTさんと度々顔を合わせていたという。

その時は、いかにも夫をよく知っている口ぶりだった。

後で夫にたずねたら

「たまにサウナで挨拶するだけで、話はしたことない」

と素っ気ない返事だったのはともかく

Tさん、昼間は選挙事務所に詰めて夕方には家へ帰るので

夜のドライバーを務める夫とはずっとすれ違いだったのだ。


選挙事務所に集まっている人々の前でいきなり呼び捨てにされ

夫は会釈をしながらもムッとした表情だった。

しかしTさんは気にせず、人前で妙なことを言い始める。

「わしゃ、前にヒロシからゴルフクラブを買うたことがあるんじゃ」。


夫は強く否定した。

「人違いですよ。

僕はゴルフクラブを売ったこと、ありません」


基本的には夫を信用しない私だが、この時は同意。

ゴルフ好きの人が自分のクラブを人に譲ることはよくあろうが、夫はしない。

女遊びのために、他人から預かった香典を流用したり

我が子の月謝やお年玉を盗んだりと、のぼせたら何をしでかすかわからない夫だが

ゴルフクラブだけは売り飛ばさない確信を持っている。

なぜなら彼のゴルフクラブは全て彼の父親、つまり義父アツシが吟味した物だからだ。


ゴルフがさほどうまくない夫は

シングルの腕前のアツシとラウンドすることは無かったが

アツシは夫の年齢やゴルフ界の流行に合わせ、折々にクラブを新調してやった。

家庭を顧みない暴君の父と、異様に父を怖れる息子は決して良い関係ではなかったが

ゴルフクラブは唯一、この奇妙な父子にとっての絆だった。

夫が、そのクラブを人に売るわけがない。

大切だからというより、人に売ったら足がつくからだ。


買った人間は、絶対しゃべる。

毎日のようにゴルフに行くアツシの耳に、入らないはずがない。

そうなったら、どんなに怒られるか。

夫が一番怖れるのは、ゴルフ関係のことで父親に怒鳴られることだった。


「いや、十年ぐらい前、ヒロシからアイアンを1本買うたよ」

夫の否定を気にせず、Tさんはしれっと言う。

アイアンは、アツシが最もこだわっていたアイテムだ。

夫がそんな恐ろしいことをするわけがない。

それ以前に夫とTさんは、ゴルフ道具を売り買いするほど親しくない。


「絶対に違います。それは僕じゃありません」

夫は顔色を変えて、なおも否定するが、Tさんは引かない。

「いや、買うた。間違いない」

そこからは押し問答が始まった。


そもそもTさんは、夫に対して非常に失礼なことを言っているのだ。

県内のゴルフ業界で、アツシは有名人の一人。

プロとラウンドするのはごく日常で、プロ昇格テストの審判員や

大きな大会の競技委員もやっていた。


今はどうだか知らないが、昔はテストや大会の運営に関わるためには

もちろんプロ並みの実力が条件。

しかしもっと大事なのは、それぞれの開催会場のバカ高い法人会員権の所有者であること。

千万単位の投資をさせることで、一般客よりも良さげな地位を与え

会員の虚栄心をくすぐるという一種の株主優待である。


アツシの会社が危なくなった原因の一つとして

あちこちに持つ会員権の値打ちが、不況で下がったことが数えられるのはともかく

アツシや、彼に個人会員権を買い与えられていた夫にとって

ゴルフ関連の売買なら会員権一択であり

個人的にチマチマと道具を売買する行為は恥という認識があった。


言うなればTさんは先程から、夫に恥をかかせ続けているのだった。

ゴルフが好きなのはけっこう、クラブの売り買いもけっこう。

しかしゴルフは、会員権の有無という格差が大前提の面倒くさいスポーツだ。

その常識を知らない人間は、人前で軽々しいことを言うものではない。


買った、売らないの押し問答で、選挙事務所は険悪な雰囲気に包まれた。

Tさんはただの嘘つきだと思っていたが、ひょっとして認知症の前触れかもしれない。

そういえば、ここで公言していた引退理由も変だった。

「自治会長を引き受けたから、忙しくて議員ができなくなった」

普通は逆だろう…私は首をひねったし、聞いた人たちも納得しなかった。

が、それをおかしいと思わない彼の頭は、すでにおかしいのかも。

こんな人が議員を続けて税金から給料をもらうのは間違っているので

引退して正解だと思ったものだ。


時計はもうすぐ8時。

開票が始まるから、止めなければ…

ゴルフクラブどころじゃないぞ…

そこで私はTさんに問うた。

「それで、そのアイアンはお買い得でしたの?」

意外な質問に少し間が空いたものの、彼はサラリと答える。

「18万」


嘘、確定。

どんぶり勘定の夫が、そのように中途半端な値段で売るはずがない。

5万とか10万のキリのいい数字にするはずだ。

薄汚れた古ギツネみたいな外見のTさんもまた

他人のゴルフクラブに大金をポンと出す、酔狂な人物には到底見えない。

そんな経済的余裕があるのなら、ショップで新品を買った方がよっぽどいいではないか。


さらに10年前と言えば、アツシは最期の入院中。

その何年も前から会社は倒産しかけていたため

アツシが夫にゴルフクラブを買い与える余裕は無かった。

ということは、Tさんが買ったと主張するアイアンはかなりの中古品。

ビンテージ物ならいざ知らず、元値がいくらであろうと18万の値は付かない。


こんな大嘘を言うのは、皆の前で金持ちぶりたいのと

選挙カーのドライバーを務めた夫を自分の弟分に仕立てたい目的からである。

田舎では顔見知りが多いので、ちょっと知っている相手を見つけると

こういう手を使ってマウントを取りたがる年配者がよくいるのだ。

ここでムキになるのはバカバカしいので、私は明るく言った。

「18万!そんなお金があったら、私は旅行に行く!一人旅がいい!」


「あら、一人よりも旦那さんと行けばいいじゃない」

手伝いに来ている奥さんたちの一人が言ったので、しめしめと思い

「夫婦で行くと、世話が大変じゃないですか?」

と振る。

「わかる!疲れに行くみたいなものよね」

「嬉しいのは家を出る時まで」

「ここにいるご主人さんたち、よ〜く聞いておいてよ」

女たちはワイワイと旅の話で盛り上がり、ゴルフクラブの話はかき消えた。


夫はかなり腹を立てていて、シロクロをはっきりさせたかったようだが

開票の第一報が入ったのでそれきりになった。

かわいそうだが、仕方がない。

《続く》
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崖っぷちウグイス日記・13

2022年12月17日 11時13分48秒 | 選挙うぐいす日記
前回の記事のコメント欄で、田舎爺Sさんがおっしゃった。

『蟹工船なみの激務の日々』

いやはや、全くその通り。


朝8時から夜8時まで、拘束時間は12時間。

昼休憩と合間のトイレ休憩が、合計で約1時間。

実働11時間でギャラは一応、一日当たりの上限が15,000円。

時給に換算すると1,363円。

しかし15,000円という金額は物価上昇に合わせた忖度みたいなもので

本来の制度は上限が12,500円。

すると時給は1,136円になる。

この賃金で過酷なドライブをするのだから、ブラックなのは確かだ。

ただし、これらはあくまでも上限。

候補や陣営がケチな所は10,000円だったり数千円の所もある。


そしてブラックな上に、定職を持てないのがウグイス。

選挙期間中は働くどころではないため

基本無職か、自由に休める仕事でなければウグイスはできない。

が、選挙はしょっちゅうあるわけではないので高い年収は望めない。

選挙の無い間は旦那さんの収入に頼るか、短期アルバイトで食いつなぐのが現実である。


しかしウグイスをやる人にとって、ゼニカネは二の次だ。

お金よりもまず、お呼びがかかるかどうか

そして次の依頼に繋がるかどうかが先のようである。

おそらく、この仕事が心底好きなんだろう。

学校の文化祭や運動会に燃える生徒がいるのと同じように

選挙と聞けば居ても立っても居られない体質の人が、世間には存在する。

プロのウグイスの多くは、それ。


しかし私は、そのタイプではない。

ウグイスが好きなわけでもなく、新しいクライアントを増やす気も全く無い。

こんなしんどいこと、そうたびたびやっていたら命が縮む。

好きな所で4年に1回、サッカーのW杯がある年にやるだけで手一杯。

私の言う好きな所とは、尊敬できる候補でギャラが申し分なく

陣営が善人揃いの安心安全な所である。


それから補足になるが、近年の大きな選挙では倍の人数のウグイスを雇い

半日ずつ使って1日分に該当する手当を支払う陣営が出てきたという。

そうしなければウグイスが集まらない時代になってきたようだ。

12時間拘束で倍のギャラを支払うのは明らかな違反だけど

6時間拘束で多めに支払うのは、今のところ大丈夫らしい。

定職が持てないので、ウグイスをやろうという若い人がいなくなり

ウグイス業界は高齢化の一途。

体力的にも半日の方が良いかもしれない。



さて選挙戦は最終日まで、たいした事件も起こらず平穏に過ぎ去った。

候補が山奥村の一角で街頭演説をするため、皆で外に立っている時に

なぜかナミの周りに蜂が数匹、集まってきたぐらいだ。

ナミは8年前から毎回、濃いピンク色のジャンパーを着ている。

蜂って、黒が好きじゃなかったっけ…。


ナミの災難を前に、私は助けることができない。

二人とも刺されたら、ウグイスに支障が出るからだ。

蜂は追い払いたい、しかし強いアクションをすると刺されそう…

ナミは街宣許可の旗を胸に当てたまま、手首だけバタバタ動かしていた。

その仕草がピグモンみたいで面白かったので、ドライバーと腹を抱えて笑った。

なんと冷たいことよ。

そのうち演説が終わったので、ナミは幸いにも蜂に刺されなかったが

秋の農村地帯で濃いピンクは危ないのかもしれない。



こうして選挙戦は終わった。

翌日の投票日の夜には、みんな選挙事務所に集まる。

ナミは、ウグイスから候補に渡す花束を買って来ることになっていた。

花束は目立つので、あんまり人が集まらないうちに早めに来るという。

だから私も夫と夜7時に行き

ナミ母娘とおしゃべりをしながら8時の開票を待つことにした。


「姐さん、町の反応もすごく良かったし、前回より絶対に票が増えてますよね」

ナミは小声で嬉しそうに言う。

立候補者にとって、得票数は大事だ。

議会の席順はこの得票数によって決まり、今後4年間そのまま。

当然、議員の立場にも影響する。

同じ仕事をして同じ報酬をもらっても、得票数の少ない議員は肩身が狭いものだ。

これから4年間の議員生活は、得票数で決まるといっても過言ではない。

我々ウグイスも、この得票数のために頑張っているのである。


「何を言うとんね…前回より少ないよ」

ナミよりも、さらに小声で告げる私。

「え?前回より減ったら、史上最低じゃないですか」

「票だけじゃなく、順位も史上最低になるよ」

「信じられません。

だって、Tさん(引退議員その2)たちもご尽力くださったし…」

「アレらがご尽力くださるから、なお悪い」

「え〜?…3人分の票が来るんだから、かなり増えるんじゃないんですか?」

「出陣式で挨拶までして、それっきりのMさん(引退議員その1)と

柿をくれんかったIさん(引退議員その3)が、ゼスチャーなのはわかろう」

「でも、Tさん(引退議員その2)は毎日、来てくださってましたよね。

あの人だけは違うんじゃあ…」

「ハン…毎日来るモンが、何で一番大事な出陣式に来んのじゃ。

出陣式の参加人数掛ける何十倍が、そのまま得票数と言うてもええんじゃけん

一人でも多い方がええのは誰でも知っとる。

毎日来る暇があるんなら、何をさておいても出陣式に来るはずじゃ」

「それは何か、ご都合が…」

「無い。

現に、初日の昼には来たろう」

「はい…」

「出陣式に来んかったモンが毎日事務所に詰めるなんて

葬式には出ずに法事は皆勤みたいなもんじゃん。

あの人、よその出陣式に行ったと思う。

たいして歓迎されんかったけん、ここへ来るようになったんじゃが」

「そんな…」

「ええ加減な人なんよ。

コケモモ堂のコケ饅頭だって、毎日持って来る来る言うて、結局無かったろう」

「コケ饅頭の恨み…」

「そうじゃない。

選挙が終わるまでは、一応あれでも議員じゃけん

事務所に何時間も詰めとったら、周りが緊張するじゃないの。

罪の無い差し入れの一つや二つは持って来て、和ませるのが常識じゃんか」

「確かに…どこの選挙事務所でもそうですよね」

「最後まで手ぶらで来れる神経の人が、うちの候補にくれる票なんか持っとるわけないじゃん」


などと話していたら話題の引退議員その2、Tさん72才がやって来た。

花束の代わりなのか、大きな白いポインセチアの鉢植えを抱えている。

リボンも何も無し、緑のてっぺんに白い葉っぱがボンヤリと浮かぶさまは

闇夜の幽霊みたいでいかにも縁起悪そう。

ポインセチアいうたら、赤じゃろが普通。


「ほれ、やっと何か持って来た思うたら、これじゃ」

「こういうことなんですね」

私はナミと密かに笑った。

《続く》
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崖っぷちウグイス日記・12

2022年12月14日 10時45分12秒 | 選挙うぐいす日記
「選挙戦もはや、終盤となりました。

皆様方には連日、朝な夕なにお騒がせをいたしまして、まことに申し訳ございません…」

ご挨拶系のセリフを得意とし、男性好みの細くて可憐な声を持つ相棒ナミ。

「任せてください、託してください、勝たせてくださいませ…」

野太い声で韻を踏みつつ、役職攻撃、先生攻撃、お子様攻撃、観光客攻撃を念入りにやる私。

この二者が場面によって頻繁に交代する方針は、体力的にも雰囲気的にも

なかなか良いように思われた。


加えて世間は庭の剪定時期、道路や河川の工事時期と重なる。

そのような現場で働く人たちは、最初から支持する議員が決まっていたり

市外から来ている業者が多い。

だから今までは、さほど真剣に呼びかけることはしなかった。

が、今回は容赦なく呼びかける“現場攻撃”を起用。


「お仕事中に大きな声で申し訳ございません。

お疲れ様でございます。

この町が、皆様の知識と技術のお陰で成り立っておりますことを

◯◯は心より感謝させていただきながら

皆様のご安全と、ますますのご発展をお祈りいたします」

今までは“汗”や“努力”と表現していた箇所を“知識と技術”に変えると

反応はグンと良くなり、手を振ってくれたり声援してくれるようになる。

漠然とした表現よりも、はっきりと細かく形容した方が耳を傾けてくれ

次に通った時も必ず反応してもらえるのだ。

私も現場寄りの人間なので、このことはわかっていたものの

「どうせ票は増えないし」と思い、軽く流すことが多かった。

反省。


何でもいいから反応を増やす…

これは候補の気持ちを軽くするために重要な作業だ。

3人の引退議員が付いてくれたことで当初は安堵していた彼も

日を追うに連れ、今回は厳しいと実感しつつあった。

町全体の反応は良かったが、アレらが紹介してくれた支持者の地域に行っても

ドアや窓は閉ざされたままだし

「頼んだから行ってみろ」と言われた家や会社も無反応なんだから、誰だってわかるというものだ。

手当たり次第に反応を増やして、気分だけでも盛り上げるしかないではないか。


これなら4年後に繋がる…私は確信を持って最後の3日間を過ごした。

4年後、おそらく私はいない。

というより、しんどいからもうやりたくないもんね。

義母を任せた長男は、祖母のワガママぶりに音を上げているし

ナミと頻繁に交代することで深刻な疲労は軽減されたものの

朝7時過ぎに出勤して車に揺られながらしゃべり続け

夜8時過ぎに帰宅して家事、入浴、明日のための美容メンテナンス…

このサイクルは普段、家でタラタラ過ごしている身にはきつい。

加齢による回復力の低下をひしひしと感じる。

こりごりというのが本音よ。


ナミのほうは続ける気満々で、来期も私と一緒だと信じているが

私が抜けた後は、彼女の所属するウグイスチームから誰か回してもらえばいい。

ナミは仲良しと仕事ができるので嬉しかろうし、チームは顧客が増えて嬉しかろうから

あとのことは知ったこっちゃないが、うちの候補が好むウグイスの型というのは

ナミに伝えさせておく必要がある。


そうよ、各候補や陣営によって、好まれるウグイスの型が存在するのだ。

中にはウグイスなら何でもいいということで、派遣会社にお任せの所もあるが

議員生活が長くなって立候補の回数が増えてくると、候補の好みも分かれてくる。

地元生まれで親戚や知人が多く、たくさんの票を持っているウグイスなら実力は問わないという

ウグイスを固定客の一人とみなした票重視の所もあれば

声が大きくて強気のセリフを繰り出すウグイスを好む所や

女性的な優しい声で耳触りの良いセリフを言うウグイスを好む所もある。


声が大きくて強気と言えば私みたいなのだが、こういうのは「強い」と表現され

ナミのように女性的なウグイスは「弱い」と表現されるタイプ。

候補の性格や陣営の顔ぶれによって、強いウグイスは「きつい」、「生意気」と取られ

弱いウグイスは「ノーインパクト」、「眠たい」と取られることもある。


この強弱二者を配してバランスを取っているのが、うちの候補。

程よいバランスは、盛り上げと並んで彼が最も大切にしている活動形態だ。

ナミにはそのことを理解させ、新しい相棒に

「ここではどんな型が好まれる」という路線を言葉で伝えられるようにしておきたい。


職場でも何でもそうだけど、自分の抜けた穴が大きいと思いたいのは自分だけ。

いなけりゃいないでどうにかなるもんだから、心配はしない。

でも事前にある程度の路線を伝えて、働きやすい状況にしておくことは親切のうちだ。

選挙戦は日数が限られているので、やっと把握しました…選挙終わりました…

では、時間がもったいないじゃないか。



余談になるが、ナミは以前、彼女のチームの師匠と一緒に

うちの候補の天敵であるY候補のウグイスをしていた。

しかし強いウグイスを好むY候補は、ナミの弱いウグイスが気に入らないという理由で

彼女に暴力を振るっていた。

暴力というと大袈裟かもしれないが、足で何度も蹴られたというから、一応は暴力であろう。

ナミは、共にウグイスをやっている師匠の手前もあって我慢していたという。

仕事が減ると、師匠も彼女も困るからだ。

ナヨナヨして見えるナミ、実は私よりよっぽど根性があるのかもしれない。


ウグイスに当たる候補なんて議員の風上にも置けないが

Y候補がナミに厳しい気持ちは何となくわかる。

15分しか続かないのが大前提、あと先はお手振りに徹するかと思いきや

次に回ってくる15分に備えて喉飴とチョコと栄養ドリンクざんまい、セリフのメモざんまいじゃあ

同業の私でも蹴りたくなったぞ。

最初に組んだ時、お手振りそっちのけでボイスレコーダーを持ち出し

ひたすら私の声を録音し続けるのを見た時は、殴ってやろうかと思った。

ギャラを支払う立場の候補者であれば、その何倍も腹を立てて当然かもしれない。


Y候補は次の選挙で師匠を残し、ナミを切った。

そこで当時、Y候補と親しかったうちの候補は、切られたナミを拾って私と組ませた。

ウグイスが私一人では大変だろうという配慮と、ナミの柔らかい声が気に入ったからだ。


ナミがなぜY候補に切られたか、その時は候補も私も全く知らなかった。

「あんなにうまくて可愛らしい声のウグイスは他にいない。

Y候補は何と、もったいないことをしたものよ」

最初のうちは二人で言っていたが、実際に仕事をしてみてY候補の気持ちがよくわかった。

それが8年前のことである。

ともあれ来期の彼女には、うちの候補の選挙を背負って立つぐらいの気で頑張ってもらいたいものだ。

《続く》
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崖っぷちウグイス日記・11

2022年12月08日 14時32分10秒 | 選挙うぐいす日記
相棒ナミと頻繁に交代することで、彼女との労働条件が平等になったため

体力の温存に余裕が生まれた私は、これまでは軽く流していた場面を見直すことにした。

泣いても笑っても、どうせビリ争い。

だったら、今まで体力的にセーブしていたことを取り払おうと思ったのだ。


そこで社長様、専務様と呼びかける“役職攻撃”に加え、“先生攻撃”もプラスした。

これらは昔からやっているが、今回は特に増量。

先生族を発見するたび、ことごとくやる。


その先生攻撃とは…

現役や元を問わず、町には“先生”がたくさんいる。

王道である教師を始め、華道、茶道、書道などの道系…

それから趣味が高じた系のカラオケ、スポーツ、楽器、手芸、俳句川柳、郷土史…

そして僧侶も先生だ。

十人に一人は先生じゃないだろうか、というほど。


先生という生き物は、人から先生と呼ばれることを非常に好む。

そりゃもう、社長や専務の比ではない。

皆さん、人にものを教える仕事に誇りを持っておられるのだ。


よって、顔のわかる人には先生と呼びかける。

街宣で個人的なことはあんまり言っちゃいけないんだけど

先生はそこら中にいるんだから、特定個人を対象にしたとは断言できないので気にしない。

ご主人様、奥様…と呼ぶのとは、反応が全く違う。


そして市内には、私の学校の恩師がたくさんご存命だ。

選挙のたびにご尊顔を拝見できるのは、私の楽しみである。

長寿の先生たちは選挙に関心があるので、選挙カーが通ると窓から見たり

手を振りに出て来る確率が高い。

さらに彼らはたいてい、郊外にある大きめの一軒家に住んでいる。

ということは敷地が広いということで

敷地が広いとは、顔を出した本人に直接呼びかける時間と距離が確保できることである。


だから、すかさず言う。

「先生、お元気そうなお姿、嬉しゅうございます。

先生の教え子は市議にはなれませんでしたが

お陰様で、◯◯市が誇る市議のウグイスにはなれました」

もちろん、私がどこの誰だか、向こうはわからないままに選挙カーは通り過ぎる。

しかし、先生の盛り上がりようは真剣さが違う。

以後は必ず出て来て、時には夫婦で、見えなくなるまで手を振ってくれる。

教え子というのは、いつまで経っても可愛いものなのだろう。


このような呼びかけやセリフの変更は、市内のちょっとした観光スポットでも実行。

今まで観光地では、声を小さめにしていた。

チラホラいる観光客には、やかましくて邪魔だろうし

よそから来た選挙権の無い観光客に媚びたって仕方がないと思い

周囲の商店主を対象にしたセリフをチャチャッとしゃべって通過していたのだ。


が、今回は“観光客攻撃”で、積極的に話しかける。

「ようこそお越しくださいました。

私どもの町は、気に入っていただけましたでしょうか?

どうぞ楽しんでくださいませ」

「ぜひまた、いらしてくださいませね。

町民一同、心よりお待ちしております」


すると手を振ってくれるし問いかけにも応えてくれ、辺りは大変盛り上がる。

だんだんエスカレートして、候補は外国人に英語で

「どこから来たの?」

などと、たずねている。

皆さん、すごく楽しそうだ。

無粋な選挙カーも、やり方によっては旅の思い出の一つになるらしい。


さらに、“お子様攻撃”も大幅に加算。

これも前からやってはいたが、時と場合によっては

「ありがとうございます、元気で大きくなってくださいね」

そう流して終わることも多かった。

こちらに注目させてしまうことで、転んだり危ない目に遭うといけないからだ。


が、今どきの小さい子は賢い。

親から言い聞かされているのか、公園から絶対に出ないし

選挙カーを追いかけて道路を一緒に走るようなこともせず

周りをちゃんと見て、安全を保ちながら声援を送る。

18才以上には選挙権が与えられたことだし、お子様も立派な“お得意様予備軍”になったので

子供には時間の許す限り、語りかける。

「モミジのような可愛らしいお手を振ってくださり、ありがとうございます。

その小さなお手で、いつか大きな幸せをつかむことができますよう

◯◯は一生懸命、働きます」

キャッキャッと激しく反応するお子様たちである。


そして近年は手を振ったり、会釈をしてくれる中高生が増えた。

思い返すと12年前までは、「うるさい!」、「◯ね!」などと野次を飛ばす少年たちが存在した。

そのため、こちらに好意的な子たちに対しても、あんまりクドクドと関わることは控えていた。

それが元で前者が後者をからかったり、因縁をつけるようなことがあってはいけないからだ。

が、少子化も影響しているのか、野次を飛ばす子はいなくなり、学生は大人っぽく上品になった。

本能のままに振る舞っていたら、将来にさしつかえることを自覚する子が増えたのだろう。

「お若いかたが選挙に関心を持ってくださり、◯◯は嬉しいです。

お一人お一人に素晴らしい未来が訪れますよう、お祈りいたしております」

「18才になられましたら、市議選挙は◯◯、投票用紙には◯◯とお書きくださいませ」

などと、こちらも呼びかけやすくなったというものである。


さて、電化製品やファッションに流行り廃りがあるように

ウグイスのセリフにも流行り廃りがある…と、私は思っている。

「◯◯をよろしくお願いいたします」、「皆様のご支持ご支援」、「力一杯」「誠心誠意」…

これらをリピートするばかりでは、聞く方も飽き飽きだろうが、言う方も飽き飽きだ。


この手の古典も持ち球の一つとして使用するが、私の武器は韻を踏んだような個性的なセリフである。

今回はこの武器を多く使った。

中でも自信作は、これ。

「どうか◯◯◯◯、それでも◯◯◯◯、やっぱり◯◯◯◯、きっぱり◯◯◯◯」


このセリフは前回の選挙で試験的に使い始め、今回は持ち球の一つとして仕上げた。

単純で簡単そうだが、実は候補の苗字が四文字でなければ不可能なセリフだ。

苗字が二文字や三文字、五文字以上だと無理。

四文字限定というのが、個人的に気に入っている。

7、8、8、8のリズムで片付くなら何でもいいので

「それでも」の箇所を「絶対」や「必ず」に差し替えて強く押したり

「できれば」や「なんとか」で軽く引いたりと、雰囲気に合わせて変更する。


そしてこのセリフは、かなりの肺活量が無ければノーブレスでゆっくりと言えない。

途中で息継ぎをすると、間が抜けてインパクトが失われるからだ。

ブラスバンド出身の私にしか言えないセリフを、今回は連発した。

だからってどうということもないが、選挙カーの中はなぜか盛り上がる。


そうさ…得票数アップは望めないと確信したその時から

私は「盛り上げ」にテーマを絞った。

元々、盛り上げることには気を使っているが、さらに強く意識する。

それが4年後に繋がると思っている。



今回のウグイス服。

マミちゃんの洋品店で求めた、ワコールの製品。

動きやすいデザインと抜群の肌触りもさることながら、特筆すべきは襟。

ハイネックが立ち上がったまま、へたらないので喉の保温に最適な、まさにウグイス仕様。

ジーンズシャツの上にセーターを合わせたような、だまし絵的な柄がふざけているが

上に紫色の薄手のダウンを羽織るので目立たない。

性能重視で買って正解だった。

《続く》
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崖っぷちウグイス日記・10

2022年12月05日 10時25分12秒 | 選挙うぐいす日記
今回、町の反応はすこぶる良好。

前回や前々回と違い、手を振ってくれる人がとても多い。

これは、引退議員たちの力添えのお陰なのか。

それとも晴れて暖かい日が続き、人々が開放的な気分になっているからか。

私は測りかねていた。


感覚のほうは、もちろん後者だと主張している。

しかし、候補史上最低記録を更新した前回より

一票でも多い得票を願う私にとって、引退議員たちの介入はかすかなプラス材料。

ナンボあてにならないとはいえ、あの人たちにもプライドはあろうから

少しは増えてもいいんじゃないか…

そんな思いを捨てきれずにいた。


が、柿で確信。

やっぱりアレらを信じてはいけない。

“落選は無いけどビリ争いは確定”という前評判通りになるのは、間違いない。


それでもあわよくば、あのS氏より上の得票という願望はあった。

しかし、それも諦めざるを得ない。

S氏には元県議が二人、元市議が一人付いている。

どの人も引退してかなりの年月が経っているため、忘れ去られた化石ではあるが

化石県議の一人は会社を持っているので、少ないながらも組織票が狙え

化石市議の方は、ある政党の公認候補だったので、一定数の得票は確保できる。

うちの候補に付いた引退議員たちよりも、確実な票があると踏んでよかろう。


選挙戦も終盤、もはや何をしても無理だと判断した私は

誤解を恐れずに言えば、この選挙を捨てた。

候補はまだ40代、先は長い。

今回の選挙結果は、幾多の戦歴の中の一つとして過去に埋もれさせる。

大事なのは、4年後だ。

このまま得票数を下げて、いつかは落選、失職の憂き目に遭うより

先を見据えた動きを考えよう…。


というわけで、私はウグイスのやり方を変えた。

やりたいことを思い切りやって世間の反応をうかがい、4年後に活かすのだ。

言うなればこれは、効率の良い活動を模索する実験だった。

ちなみに私は今回を最後に引退するつもりなので、4年後のことは知ら〜ん。


そういうわけで、まず一つ目の実験。

ナミとの交代を頻繁に行うことにする。

これは、ナミが私に従順だからできる作戦。

ウグイスとして一家言ある相手だと

簡単に言うことを聞かなくて喧嘩になるだろうから無理である。


例えば住宅街では、ナミ。

声が柔らかくて耳心地が良いため、ブロック塀に反響しても騒音にならず感じがいい。

それから郊外の盆地も彼女の出番だ。

伸びやかなソプラノが山に反響し、周辺の家々に響き渡るので

わざわざ人家のまばらな所を隅々まで回らなくてもよく聞こえる。


かたや私は商店、会社、工場担当。

選挙カーがそんな場所に近づいたら、ナミからマイクを奪い取る。

都会と実家を行き来するナミと違って、完全な地元民なので

店や事務所の中から手を振る人の立場がわかる。

経営者という人種は気位が高い。

通行人と同じ扱いでは気に入らないので、社長様、専務様…などと役職を付けてお礼を言うのだ。

それから幹線道路や、広い農業地帯。

私の声質はマイクを通すとビンビン響くので、遠くまで聞こえる。


あとは敵陣周辺。

議員というのは、精神的にきつい仕事だ。

気の置けない同僚なんてのは、一人もいないぞ。

表向きは笑顔でも、嘘や裏切りなんて日常、腹の探り合い、足の引っ張り合い

罠のかけ合い、悪口の言い合い…これが普通。

職場の人間関係に悩む人は、一度、議員をやってみるといい。


その中でも特に、市の将来的ビジョンの違いや過去の確執によって

お互いに敵対心がむき出しになる相手が複数いる。

そのような所だと、ナミは精神的プレッシャーからあんまりしゃべれない。

図々しい私の出番というわけだ。


とはいえ、余計なことを言って喧嘩を売るのではない。

「あんなにデカい声のウグイスじゃあ、こっちが弱々しく聞こえるじゃないか」

そう迷惑がられることが大事。

終盤になり、どこのウグイスも疲れて声量がダウンする中

「まだ元気だぞ〜!」

というアピールは、相手をイラつかせる。

それでどうなるということもないが、せめてもの抵抗というやつよ。


つまり「弱い」と表現されるナミのウグイスと、「強い」と表現される私のウグイスを

場所によってコロコロと使い分け、効率化を図るのだ。

ナミはそれを「姐さんのプロデュース」と喜んで、素直に従う。

時間で交代するのでなく、場面に合わせて頻繁に交代すると

ナミはゲーム感覚でよく働くのだった。


どうやら彼女は、自分がマイクを持つと

彼女が勝手に決めている15分の制限時間が経過するまで

交代してもらえないという重圧を感じるらしい。

ウグイスチームで刷り込まれたのだろう。


それが5分や10分足らずでしょっちゅう交代するようになると

15分の呪縛から解き放たれる様子。

限界の15分が近づくと、早く交代したくて恐ろしく早口になり

挙句は噛んで落ち込むために交代せざるを得ないという悪循環も無くなった。


この作戦はまた、誰よりも美しい声と発音を持つナミを活用する手段でもあった。

「せっかく良いセリフをたくさん持っとるのに

早口で飛ばしたら、撃つ弾が無くなってもったいないよ。

ゆっくり、ゆっくりね」

たびたび言ってやると、格段に良くなった。

結局、それぞれの仕事時間を合計すると同じぐらいか

むしろナミがしゃべっている方が長くなったかもしれない。


彼女と一緒に仕事をするようになって8年、3回目の選挙で初めて

労働時間ヒフティ・ヒフティの目標は達成された。

そのため、疲労の度合いもかなり違うようだ。

最終日まで、この手で行くことにする。


頻繁な交代実験に加えて行った二つ目の実験は、セリフの変更。

いっぺん通りのご挨拶やお願いは、こういうのが上手いナミに任せて

こっちは自己主張オンリーにする。

私は元々、自己主張が強めのウグイスだが、それをますます前面に押し出す。

自己主張といっても、自分を主張するわけではない。

そんなウグイスがいたら、困るじゃないか。

あくまで候補本人の言いたいことを代弁する形である。




夕食の弁当。

この日も美味かった…多分。

ほとんど食べられないのが、いつも残念よ。

活動の様子を撮影してお目にかけたいのは山々だけど、時間が取れない。

弁当で勘弁してちょ。

《続く》
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崖っぷちウグイス日記・9

2022年12月02日 13時51分40秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦5日目の木曜日。

この日の午後は、ヨッちゃんがドライバーだ。

候補は途中で選挙カーを降りて、人に会うという。

彼はこの予定のために、遠慮の無いヨッちゃんをシフトに組み入れたらしい。

そしてこの措置は、候補が我々に与えてくれた息抜きでもあった。

5時半の交代まで、どこへなりと自由に街宣していいというお達しなので

ナミを助手席に座らせ、候補の身代わりにしてしゃべらせることにする。


「さ〜て、どこから攻めようか」

と言うヨッちゃんに、私がねだったのはこれ。

「Sさんの事務所ツアー!」

S氏の事務所の前を通り、和美さんとその取り巻きを見るのは楽しいのだ。

同業者が来たら外に出て手を振るように…そう教えられて実践しているのだろう。

和美さん、そりゃもうはしゃいで、手を振りまくるというより踊りまくる。

一緒に走り出る、夜のお仲間らしき人々も同じく。

皆さん、彼女と同年代の50もつれで、美人というのではないけど

化粧をし慣れているのと明るい色の服を着ているため、とても華やかなのだ。


これじゃあ、消耗軍団の出る幕はあるまいよ。

毛玉だらけの黒やグレーの服をダラッと着た、スッピン軍団とは雲泥の差。

海千山千であろう和美さんが事務所を仕切るとなれば

一人っ子で温室育ちの消耗夫人も太刀打ちできまい。

事情通のヨッちゃんの案内でそれらを見物したら、楽しさ倍増に違いない。


「行こう!行こう!」

ヨッちゃんも賛成し、一行はS氏の事務所へ向かう。

「みりこんちゃん、和美をよう見とけよ。

ワシの顔見たら固まるけん」

目的地に近づくと、ヨッちゃんは謎めいたことを言った。


かくして事務所の前を通ると、例のごとく和美軍団が数人

中から走り出して来た。

いつものように、飛び跳ねながら手を振る和美さん。

ヨッちゃんはわざとゆっくり進むので、今日はじっくり見られるぞ。


おお、カールしたロングヘアは、赤と茶色の二色使い…

あの所作はもしかして、彼女の故郷のお祭、ねぶたなのか…

ラッセ〜ラ、ラッセ〜ラ…

だから珍しくて面白いのかしらん…。


そんなことを考えていたら、ヨッちゃんが車を停め

「和美〜」

と軽く呼んだ。

「え〜?誰?」

と言いながら小走りに近づき、車内を覗き込んだ彼女から笑顔は消えた。

そして時が止まったかのごとく、ストップモーション。

それを確認して、通り過ぎる我々。

大満足のツアーだった。


「あの人、何で止まっちゃったの?」

後で、ヨッちゃんにたずねたのは言うまでもない。

「フフ…ちょっとワケありなんよ」

予言通りになったので、満足げなヨッちゃん。

彼が人目、いや人耳をはばかりながら断片的に話した内容を繋ぎ合わせると

ヨッちゃんは彼女の婚活対象者だっだらしい。

東京の宗教団体から、こちらへ帰ってきた和美さん夫婦だが

ご主人は実家の会社へ戻ることができなかった。

喧嘩別れしたお兄さんのブロックが強く、割り込む隙が無かったのである。


そこで和美さんは、生活のためにスナック勤めを開始。

計算違いを知った彼女は男の乗り換えを考えたらしく

店のお客で、“夜の帝王“の異名を持つバツイチのヨッちゃんと懇意になった。

二人はこのままゴールインかと思われたが、そこへ現れたのが

ヨッちゃんと一、二を争う夜の帝王、S氏。

閑古鳥が鳴く田舎町の酒場で、夜の帝王がこの二人しかいないのはさておき

こっちの帝王はバツが付いておらず、一貫した独身の一人暮らしだ。

老いた母親と暮らし、別れた妻が引き取った子供のいるヨッちゃんより

身内が少ない分、条件はいい。

しかもS氏は、ヨッちゃんより6才若い。

結果、今年に入って和美さんは、立候補を決めたS氏に乗り換えた。


そりゃ年金夫人より、市議夫人の方がいいわよねぇ。

今回はたまたま運が良くて、当選はほぼ確定だから。

和美さんは綺麗だし明るいし、長い独身を守ったS氏はいい人を見つけたんじゃないかしらん。


以上がヨッちゃんとの予期せぬ再会で、和美さんが固まったてん末。

選挙中にこんなことを話していると知れたらヒンシュクを買いそうだが

裏はこんなものよ。

彼女のように逞しい女性もいるのだから、世の女性たちもクヨクヨしないで

果敢に我欲を追求してもらいたいと思い、お話しした。



さて、それからの選挙カーは近くを流していたが、助手席でしゃべっていたナミが車酔いした。

先日の宙ぶらりん事件以降、ナミはヨッちゃんの運転を怖がるようになり

緊張もあったのだろう、気分が悪くなったのだ。

そこでナミと座席を交代し、夫の会社へ向かう。

夫が居たので、皆でおしゃべり。

ナミは夫にジュースを買ってもらって、嬉しそうだ。

20分ほど遊び、また町を一回りして帰った。


その間にナミの師匠から、ナミに連絡があった。

師匠も、前回と同じ候補のウグイスをしている。

広島市内から通うのは大変だが、その候補はケチで宿泊費を出してもらえないため

自腹でこの町のホテルに泊まっているそうだ。

そこまでしてウグイスをやりたいという、彼女のど根性は見上げたものだ。


師匠がウグイスをやっているY候補とうちの候補は以前、同じ会派で仲良しだった。

しかし数年前に師匠の候補がうちの候補を裏切ったため、犬猿の仲になった。

そこで師匠はこちらの状況を探るべく、ナミに時々電話をしてくるのだった。


とはいえ今回は、あからさまな探りを入れてこない。

宿泊費が出なかったこともだが、ヒステリックな候補なので毎日が辛いそうで

和やかなこちらを羨ましがること、しきりだ。

かなり投げやりになっていて、かえって向こうの情報を伝えてくる。

いつもたいした内容ではないが、この時は参考となる案件あり。

「一昨日、Iさんの所へ寄ったら柿をご馳走してくださったのよ。

お皿に盛って爪楊枝まで刺して、待っていてくれたの。

お土産にもたくさん持たせてくれたわ」

というもの。


Iさんというのは、やはり今回、立候補せずに引退を決めた女性議員。

そして表向き、うちの候補に肩入れしてくれているという話だ。

つまり出陣式に来た引退議員その1、毎日事務所に来る引退議員その2と並ぶ

引退議員その3よ。

この人の自宅は、郊外に広がる農村地帯の最後にある。

敷地が広いので選挙カーが方向転換するのに便利でトイレも貸してくれるため

たいていの選挙カーが立ち寄る休憩スポットだ。


「姐さん、私たちIさんのおうちに何回も行きましたけど

柿なんてもらったこと無いですよねぇ」

不安そうに言うナミ。

そうさ、うちらは何回行こうと、柿のひとかけらももらったことは無い。

しかしY候補一行には柿が振る舞われ、土産まであった。

そのことに、私は呆然とするのだった。

食べ物の恨みではない。

気分は猿蟹合戦の蟹みたいだが、柿なんぞ田舎にゃナンボでも転がっている。


Iさんは選挙前、うちの候補を連れて支持者の家を100軒以上回ってくれたという。

「100軒紹介してくださったからと言って100票入るとは思いませんけど

2割から3割はイケるんじゃないかと…」

候補は嬉しそうだった。

が、選挙戦が始まって彼女の地盤に行くと、見事に反応が無い。

これには候補も首を傾げていた。


I女史の本心は、議員経験が長く得票数も常にトップ争いの大物市議

Y候補にあったのだ。

こういうことはよくあるので、裏切られたと言いたいわけではない。

問題はうちの候補の票読みに、現実との落差があるということだ。

引退議員その1とその2も、おそらく同じようなものだろう。

得票は期待できない…つまりヤバい…私は改めて確信するのだった。

《続く》
コメント (4)
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