殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!



一枚の葉書

2018年08月15日 20時37分35秒 | みりこんばばの時事
友達の友達が、自衛隊の方から受け取った葉書をご紹介します。

復旧作業と入浴支援に訪れていた自衛隊の方々に

彼女は畑で作った野菜を差し入れました。

そのお礼状です。

個人情報が入っているため、写真を載せられないのが残念です。

写し書きでご容赦願います。



『暑中お見舞い申し上げます。

猛暑が続きます折から、◯◯様におかれましては

いかがお過ごしでしょうか。

西日本豪雨災害派遣の際、◯◯市の活動中はひとかたならぬご厚誼を賜り

厚く御礼申し上げます。


私たちは◯◯市を離れました後、△△市に拠点を移し

現在は大阪の◯◯に帰っております。

◯◯様から差し入れを頂きました日は、大変暑く活動自体も大変困難で

訓練された隊員もレトルト食の毎日で徐々に疲労が蓄積している状況でした。

そんな時にご好意により頂きました差し入れトマトやきゅうりは

野菜を食べていなかった隊員にとって大変嬉しい差し入れでした。

更には励ましのお言葉まで頂き、隊員一同大変嬉しく心強く感じ

元気をもらうことができました。


時節柄、くれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げ

1日も早い◯◯市の復旧と、被災されました皆様の平穏無事を

願っております。

ありがとうございました』


伏せ字以外は原文のまま。

差出人は第一中隊長・一等陸尉の個人名。

最後の「ありがとうございました」は手書きで

葉書の中心には陸上自衛隊・普通科連隊のマークが入っています。


ちゃんとしてるって、こういうことなのね‥

心がこもっているって、こういうことなのね‥

そう思いました。

日々の忙しさに甘えて

人の恩に報いるという大切なことを

忘れてはならないと思いました。


今日は終戦記念日。

いい日になりました。
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新・墓騒動

2018年08月13日 16時11分46秒 | みりこんぐらし
お盆休み、いかがお過ごしでしょうか?

私はお墓参りに行って来ました。

皆さん、ご先祖を大切にね‥


‥で終われないのが我が家。

7月の豪雨で義父アツシの眠る墓地、被災。

後ろの山が崩れ、土砂や大木が墓地に流れ込んで

極楽浄土どころじゃない。

地獄絵図。


十基余りの墓石や灯篭は大量の土砂に埋まり

ボーリングのピンみたいに転がっているが

一番隅っこにあるアツシの墓だけ

スプリットを待つピンのごとく立っている。

座って拝むスペースは少し土砂に埋まっているが、墓石は無傷だ。

生前はギャンブラーだったアツシらしい。

いや、この位置を選んだ義母ヨシコが実はギャンブラーなのか。

いずれにしても笑える。



さっそく墓地を管理する岡野石材(仮名)に

復旧してもらいたいところだが

岡野石材、この春、倒産。

社長は認知症で前後不覚、若い二代目は精神の病で療養中。

よって墓地は、そのままである。


正式な入り口はメチャクチャになっているため

我々は固まった土砂を登り、墓地に入ってお参り。

お参りができるって、本当はありがたいことだったのね。

他の墓石は全部倒れて、お参りどころじゃないもの。


土砂崩れの後って臭いというけど、本当に臭くてびっくりした。

動物の死体級の信じられない香り。

気分が悪くなった。


自分の選んだ墓地がこの有様となり、ヨシコは気が気でない。

年寄りは墓のことが気になるものではあるが、ヨシコの場合

父親の生まれ故郷に近いという理由で我を通したことを

密かに後悔している模様。


この気分を払拭するには1日も早く元通りにするしかなく

岡野石材があてにならないなら、お前らが復旧させろといわんばかりの勢い。

自分はやるつもりが無いので、このクソ暑い時にそんなことが言えるのだ。


生きた人間は、ああ、うるさい。

黙って待つ死人の方が可愛げがあるというものだ。

丁重にお断りした私の心は、早くも墓の移転に向けられている。

墓地に入る門も通路も駐車場もズタズタだし

一度崩れた所は、またいずれ崩れる。

ヨシコがいなくなり、静かになったら考えるつもり。



ところでアツシの墓を作る時

『◯◯家の墓』と彫刻してもらうよう注文した。

しかし、できあがった墓石には『◯◯家』としか書かれてなかった。

それを知ったのはアツシの骨入れの時。

今さら違うとも言えず、そのままになっていたが

ヨシコはずっと気にしていた。


「よその苗字を彫られたわけじゃなし、別にいいじゃん」

我々家族は、彼女がこの件を持ち出すたびにそう言ったが

注文したものと違う‥

この現実は、気ままなヨシコの性格上、受け入れがたいものだった。

受け入れがたいが、作り直す経済的余裕は無い‥

これが彼女の苦しみをより深くしていた。

今にして思えば岡野石材の二代目

この頃からちょっとおかしかったのかも。


ヨシコは今年になって、うちに来るお坊さんにたずねた。

「よその墓石には皆、『‥の墓』と書いてあるのに

うちの墓石には無いんですが、このままで大丈夫でしょうか?」


彼が見事な解答をしたので、したためておきたい。

「墓石は家の表札と同じです。

おうちの表札に『◯◯の家』とは書かないでしょ?

だから、それでいいんですよ」

ヨシコの不安はたちまち解消された。

墓の方はナンだったが、お坊さんは当たりだったと思っている。
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爺さん&とっちゃん坊や

2018年08月10日 14時07分27秒 | みりこんばばの時事
『ボクシングの爺さん』

ずいぶん前になるけど、友人夫婦の息子がプロを目指して

高校と大学でボクシングをやってたのよ。

大学で拳を骨折して夢は終わったけどね。


その夫婦から、この爺さんの名前は何度か聞いたことがあったの。

当時は会長じゃなくて、協会のえらい人の一人だったと思うけど

この辺りにもよくある苗字だったから、名前だけ覚えてたのよ。


話の内容は聞き流していて、残念ながら覚えてないわ。

だって、子供自慢ってウザいじゃない。

上の空よ。

ただ、裏社会との繋がりが深い人‥

そんなニュアンスがあったことは覚えてるわ。


驚きゃしないわよ。

プロレスとか、興行収入が発生するスポーツは芸能界と似てて

どこかで裏社会が関与してるものだし

その前段階であるアマチュアに手が伸びることは

不思議でも何でもない。

だから今回の件で、「ああ、この人のことだったんだ」。

顔と名前が一致したわけ。


私、これね、ワガママな会長さんがゴタゴタのあげく辞めさせられた‥

そんな話じゃないと思ってんの。

在日外国人に、日本の権力を与えたことによる

失敗のてん末なのよ。


こういうこと、たくさんあるわ。

ちょっと前の、レスリングコーチのパワハラもそうじゃない?

その前の悪質タックルも、どの人がそうなのかで

問題の性質はガラッと変わるわ。


スポーツに限らず何か騒ぎが起きて、しつこく長引いている時は

まずそれを考えながら眺めると、本当のことが見えてくるのよ。

日本人同士のもめごとだと思うから、わけがわからなくなるだけで

外国人が日本で起こした騒ぎだと知ったら納得できるわよ。

密入国して日本人に成りすました移民や、その子孫たちによって

日本がいかに食い散らされ、いいようにされているかが

よくわかると思うわ。



全員とは言わないけど、あの国の人たちって

権力を握ると、自己中心的で横暴な本当の姿が出てしまう。

そういう国民性なのよ。


上に上がって権力を握ったら最後、好き勝手のやり放題。

日本の品性や道徳は通用しないわ。

王様を脅かす者は、怖〜い同胞を差し向けて黙らせる。

で、身内やお気に入りを引き上げ、同胞で甘い汁を吸う。

パターンよ。


起承転結を用いた論理的な日本語が話せないから

すぐ大声で恫喝して強制終了。

困ったら「男の道」だの「歴史の男」だの、ご大層なセリフで誤魔化す。

凝視に努力の必要なお顔立ちや、金ブチのメガネと共に

これもパターンよ。


告発した人や反旗をひるがえした人たち、よくやったと思うわ。

でも油断は禁物。

こういう人は、執念深く干渉を続けるわよ。

一度チヤホヤされた味は忘れられないもの。

日本を取り戻せ!




『とっちゃん坊や、アメリカに行く』

取り戻しついでに、例のあの子も日本の品性や道徳が通用しないのよね。

「ここまで言えばわかるだろう」が効かなくて

周りは困り果ててるってところかしら。


女性側のお祖母様‥「二人には、それぞれ別の道を歩んでもらいたい」

本家の兄嫁さん‥「あの方で大丈夫でしょうか」

直系の男性はお立場上、言うわけにいかないから

配偶者の口を借りて、全力拒否の構えを表明。

「生命を狙われる危険性がある」

警備関係者は、なにげに怖がらせてみたり

「現状のままでは結納は行えない」

ご両親もかなりはっきり言ってみたけど、馬の耳に念仏。


で、本人はしれっとほざく。

「あちらのお母様は帰国子女だから

日本語があまり理解できないのでしょう。

僕の話もわかっていないご様子なんですよ」

もうね、ナメきってるわ。

お手打ちにすりゃいいのにさ。


その後、「現状のままでは‥」を勘違いしたのか

「現状打破」を目指して明るく渡米。




私、出発の時、ちょっと期待していたのよ。

この子のお母さんの元交際相手が空港に現れて

「金、返せ!」と叫ばないかしらって。

それが怖くてSPゾロゾロ、お母さんも見送りに来ないのかなって。

でも何も無くて、ただの大名行列だったわ。

残念。
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イソップ君・5

2018年08月08日 08時36分27秒 | みりこんぐらし
資材とダンプの調達が暗礁に乗り上げ

大ピンチの永井部長に、田辺君から電話が‥。

「部長、困ったことになりました。

後から割り込んでおいて挨拶が無いと、C興業の社長がご立腹です」

永井部長がおねだり商法で割り込んだ仕事に

もう一つ、別の会社が絡んでいたのをご記憶だろうか。

その土木施工会社『C興業』は、本社から遠くて不便な山奥にある。


C興業との連携は、永井部長が直接取る‥

田辺君とは、そういう約束だった。

約束通り、永井部長はC興業へアポを取ろうとしたが

復旧で多忙な時である。

向こうのスケジュールが合わないうちに

資材やダンプが確保できないという問題が起き

遠いのもあって、C興業への訪問は保留になっていた。


C興業を片田舎の土建屋と思い込み

後回しになっても問題は無いと考える永井部長に

田辺君は優しく教えるのだった。

C興業はその昔、広い敷地を求めて都会から移転したこと‥

社長は田舎住まいの素朴なおじさんではなく、任侠出身であること‥

「だから、スジは通しておいた方がいいと思いますけど

もう手遅れかもしれませんね」


永井部長は、震え上がった。

それからどうしたか。

急に忙しくなった。

忙しくて行けそうにないということで、部下にC興業の訪問を命じる。

指名されたのは夫が可愛がっている本社の若き営業マン、野島君。

目ぼしいのは彼しかいないので、当然ではある。


野島君はC興業へ行き、挨拶と打ち合わせを済ませた。

部下が無事に帰って来たのを確認した永井部長は

「そろそろ君にも、責任ある仕事を与えないとな」

そう言って、この仕事を野島君に丸投げした。


危うくなったら「後進の育成」と称して部下に押し付けるのは

永井部長の得意技。

資材とダンプの確保という初動で、完全に行き詰っている今回は

ここで逃げるのが得策であった。


状況次第では、一旦部下に振った仕事を再び取り上げ

自分の手柄にするのも得意技ではあるが

田辺君が吹き込んだC興業の社長のプロフィールに

恐れおののいているため、その心配は無さそうだった。


永井部長は、なぜこんなに腐っているのか。

その理由を説明しておこう。


彼は長らく、本社の母体である生コンクリート部門の営業に携わってきた。

町でミキサー車を見かけたことがあるだろうか。

あの中に詰まっているのが生コンクリートである。


生コン業界は、我々と同じ建設業界の仲間ではあるが

システムが異なる。

どこが異なるかというと、組合方式で運営されている点だ。


農協組合、生協組合など、組合というイメージを思い起こしてもらいたい。

組合員の出資金で営まれ、強い結束のもと

みんなで助け合い、みんなで分け合う‥

組合には、そんな印象があるのではなかろうか。


生コン組合も同じで、仕事や利益を組合員が分かち合う。

極端に言うと、たとえ営業の成果が上がらなくても

会社が組合に入っていれば、ある程度の仕事と利益は回ってくる。

食いっぱぐれのリスクが少ないため、こちらの業界よりもユルくて上品。

食うか食われるかの我々とは、緊張感が違うのだ。


もちろん生コン業界にも優秀な営業マンはいて

会社と組合全体のために奮闘している。

我々のボスである河野常務もその一人。

けれども共産思考の弊害と言おうか

やり手の陰に潜んで、自分も営業をした錯覚に陥る者も出現する。


こういうのが年を取ってくると、実力の代わりに悪知恵がつく。

嘘とおべんちゃらが磨かれ

働いたフリ、援護射撃をしたフリがうまくなった月給泥棒‥

それが永井部長。


ついでに合併当時、営業課長として本社から我が社に差し向けられ

失敗続きのあげく別の生コン工場へ飛ばされた松木氏も

昔は別の生コン会社の営業。

彼は仕事ができない代わりに、幹部たちが好むタバコを常時持ち歩き

サッと差し出して慣れた手つきで火を点けてやっていた。

宴会で彼の上着をハンガーに掛けてやったことがあるが

同席している取締役のタバコがポケットというポケットに入っていた。

ひたすら上に媚びるという一点集中主義に、舌を巻いたものだ。


永井部長に松木氏、彼らが歩んだ後には

多くの犠牲者が累々と積み重なる。

その根拠を考えた時、両者とも生コンの営業という共通点は無視できない。



さて、永井部長の尻拭いをすることになった野島君。

資材とダンプの確保を難なく済ませ、仕事は順調に進んでいる。

資材は田辺君の会社から仕入れ、ダンプは我が社が集めるのだから

順調なのは当たり前だ。


田辺君の会社は、永井部長に売る資材は不足しているが

他の人に売る品物は、たくさんある。

我が社も、永井部長に回すダンプはタイヤ1本見つからないが

野島君に回すダンプは、何としてもつかまえる。


田辺君、夫、野島君の3人は最初からグルだった。

3人だけではない。

最初に倍の価格を提示した資材卸業のB社も

災害特別価格を要求したダンプ屋も

アポが取れなかったC興業も同じく。

「僕に直接何かしたら、その時はやる」

そう言っていた通り、これは田辺君の罠なのだ。


格下の相手が無理を言ってきた時は、まず一歩引いて相手の要求を呑む。

そして、簡単にこなせそうな条件をつける。

相手は喜んで承諾するが、その条件が満たされることは無い。

裏で工作して、動きを封じるからだ。


展開によっては、もっと広範囲に網を張る。

惑わせ、困らせ、時に手を差し伸べ

至近距離まで近寄らせておいて、目の前で扉を閉じる。

この繰り返しで、どこまでも追い詰める。


これは単なる意地悪や懲らしめではない。

簡単な約束すら守らなかった事実は

縁切りの理由として誰もが納得する公正なものだ。

公正な理由を手に入れたら最後、次からは容赦しない。

それが田辺君のやり方である。


復旧の仕事はこれだけではない。

復旧とは無関係の仕事も出てくる。

田辺君は永井部長の行く先々に手を回し、彼の動きをことごとく封じた。


これで永井部長は思い知ったか。

全然。

何につけうまくコトが運ばないのは田辺君が原因‥

そう気がついた永井部長は、田辺君でなく我が社を憎み始めた。

「〇〇建設と△△産業の仕事は断るように」

昼あんどんの藤村を通じて、我が社にそう伝えたのだ。

どちらも田辺君の紹介で、今回の災害復旧から取引が始まった

手堅い会社である。

永井部長は、田辺君と我が社を切り離す策に出たのだった。


断る理由として、本社の予診が通らない‥

つまり支払いが悪そうという予測が述べられ

「変な所と勝手に付き合わないように。

新規はまず営業部に報告して、許可を得てください」

との伝言も添えられた。


これは厳密に言えば越権行為。

立場上、我が社の取引先を選別する権限は河野常務しか持っていない。

この二社と取引が始まったことを河野常務が喜んだのは

つい最近のことである。

「うちの営業が何回行っても門前払いの会社だ。

よく入れたもんだ!」

河野常務はご満悦であった。

永井部長がこれに嫉妬したのは明白である。


よって我々は無視する所存だが

この伝言をそのまま田辺君にしゃべるかどうかは、家族で思案中。

自分が紹介した会社を「変な所」と言われ

支払いを懸念されたと知ったら、田辺君は何をするかわからない。

イソップ寓話のオチには、わずかながら救いがあるものの

田辺君にそれは無い。

寓話でなく、サスペンスになる。


これが昨日までの経過。

面白いことになったら、またお話するとして

今回はここまでで終わらせていただこう。

《完》
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イソップ君・4

2018年08月04日 07時37分15秒 | みりこんぐらし
つかの間の勝利に酔う永井部長は、翌日からさっそく打ち合わせに入る。

途中参加を認めた田辺君が、提示した条件は二つ。

「そちらが担当する仕事に必要なダンプと資材は、自己調達してもらいたい」

「一緒にやるもう一つの会社には話を通しておくが

あとの連携は直接やってもらいたい」

これは、一つの仕事に複数の会社が絡む場合、ポピュラーな条件である。


永井部長は二つ返事で了承し、まずダンプの確保に取り掛かった。

取り掛かかるといっても、我が社に言えばいいだけなので簡単だ。

うちのダンプと人員を使い、それで足りなければ

うちのネットワークを使って県内各所から集められる。

楽勝。


が、そうはいかなかった。

なにしろ災害復旧の混乱期である。

我が社は多忙につき、現場をもう一つ増やすのは無理。

別の同業者に依頼しようにも、今は県内どこも同じ状態なので無理。


困った永井部長は、お得意の“兄弟分”に泣きつく。

彼の兄弟分の一人が、地方営業所の所長をやっているA社だ。

A社は、地元のダンプ会社と共有の事務所を構えている。

つまり田舎のダンプ屋が、癒着のあげくA社の地方営業所に入り込み

一蓮托生の関係を築いているわけ。


A社の所長は快く、一蓮托生のダンプ屋に打診してくれた。

そしてダンプ屋も、快く引き受けてくれた。

「困っておられるなら、お役に立たせていただきます」


心強い言葉に安心した永井部長は、次に資材の調達へと進んだ。

資材の調達には、何ら問題は無さそう。

だって、田辺君の会社から仕入れたらいいんだもん。

楽勝。


が、そうはいかなかった。

「こんな状況なので資材が不足していて、自分とこの仕事だけで手一杯。

だから、資材は自己調達でとお願いしたんです。

申し訳ないけど、他をあたってください」

田辺君からそう言われ、あてが外れた永井部長。

部下に命じて県内各地の資材業者をあたらせたが、どこからも断られた。

需要が急増して取り合いになっている品物を

普段の付き合いが無い所へ売るバカはいない。


途方に暮れた永井部長は、田辺君に泣きつく。

「それは困りましたね、じゃあB社に行ってみてください。

下話はしておきますから、価格交渉などの細かい話はそちらで」

田辺君は親切にそう言った。


永井部長は喜んで、B社を訪問。

「話は田辺さんから聞いています」

歓待された永井部長だが、価格交渉で行き詰まる。

通常の倍の単価を提示されたのだ。


永井部長、得意の値切りに入るが、B社は一歩も引かない。

「この非常事態に、田辺さんのご紹介だからお分けするんです。

嫌なら他へどうぞ」

と言われ、考えるために数日の猶予を取り付けるのがやっとだった。


意気消沈の彼をさらに突き落としたのが、先のダンプ屋。

「ダンプと運転手のセットで、1日6万円になります」

そう言われて驚愕した永井部長だった。


通常の日当は、4万円前後。

永井部長は「行く」と言ってくれた時点で

交渉は終わったと思い込んでいた。

けれども相手にとって価格交渉は未遂で

非常時の特別価格を提示したのだった。


法外な値段に驚いた永井部長は、通常価格を主張。

するとダンプ屋は言った。

「この値段で来てくれと言う所は他にもたくさんあるんです。

断ってくれてけっこう」

ダンプ屋は言い、永井部長はやはり数日の猶予を頼んだ。


永井部長は、そのダンプ屋をすっかりあてにしていたため

他の会社は眼中に無かった。

その間に県内各地のダンプは、向こう何ヶ月のスケジュールが決まってしまい

すでにどこを探しても残っていない。

完全に出遅れたのだ。


数日が過ぎたが、永井部長の結論は出なかった。

資材とダンプの高額な要求を呑めば、大損害は必至。

上層部から大目玉をくらうのは火を見るより明らかで

損害の程度によっては降格処分になるかもしれない。

さりとて自分からねだって割り込んだ仕事を放り出したら

笑い者になるばかりか、最悪、契約不履行で訴訟問題だ。


彼が思案しているうちに、もう待てないということで

結局は両社から断られてしまった。

もう資材もダンプも、永井部長には調達できない。


行き詰まった彼は、高速を駆って我が社へふらりとやって来た。

顔色が悪い。

元々色黒なのに、ますますどす黒い。


何か言いたげだが、言えない永井部長。

プロポーズをためらっている人みたい。

いつものように夫を利用して、頭を下げずに何とかならないか

模索に来たのは一目瞭然である。


親の代から何十年、資材とダンプの両方を生業としてきた夫は

それなりの裏技を持っている。

しかし、何も知らないふりを続けた。


手を差し伸べて窮地を救っても、砂を噛むだけ。

永井部長は救われた事実を隠すため、夫を悪者に仕立てる。

そして、夫の失敗を自分が救ったという

真逆のストーリーを作り上げる。

詐欺と同様、あまりにも事実からかけ離れると

周りはかえって信じやすいものなのだ。

関わらないに限る。


永井部長は本題に触れないまま、力無く帰って行った。

翌日、さらなる不幸が訪れることなど

知るよしもない彼であった。

《続く》
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イソップ君・3

2018年08月02日 08時00分52秒 | みりこんぐらし
永井部長が、田辺君にちょっかいを出すはずがない‥

なんぼアホでも、それくらいはわかるはず‥

我々は、そうタカをくくっていた。

けれども豪雨災害の非常時というのは、思いもよらぬ事態をもたらした。


業界各社は営業の者が仕事を取り

現場の者が作業することを繰り返しながら復旧を進めていた。

田辺君はある会社と組んで、ある大きな復旧工事を獲得。

それは、二つの会社がそれぞれの特性を活かして取り組まなければ

できない仕事だった。


一方、永井部長は近年、新しい技を編み出していた。

人呼んで『おねだり商法』。

今までは、誰もやりたがらなくて

たらい回しになっている工事を拾っては

「獲った!獲った!」と得意満面の『こじき商法』が主流だったが

『おねだり商法』の方が楽だと気づいたらしい。


おねだり商法とは、すでに他社が獲得した仕事に

「うちも一枚かませろ」とおねだりすることだ。

電話一本でできる、楽で効率のいい商法だが

これはとても卑怯な行為とされる禁じ手。

主婦で言えば、自分の欲しい物を買いに出かけた知人を待ち構え

買い物袋をあさって分けてもらうのと同じである。


永井部長は、田辺君にこれをやった。

「お宅が獲った例の工事、うちも入れてもらえませんかね?」

永井部長は電話で、田辺君にそう言ったという。


当然ながら、田辺君は即座に断った。

単独の工事でなく、別の会社が絡んでいるので

勝手にもう一社、それも電話で頼んできた者を

介入させるわけにはいかないからだ。


しかし永井部長、ここで粘りを見せる。

翌日、大手ゼネコンの地方営業所で働く課長職を伴い

田辺君の会社を訪問した。

全く無関係の人を連れて来て、いったい何の目的かと思ったら

ただの「口添え」。

ゼネコンの課長さんは、工事に本社を参加させてくれるよう

一緒に頼んだという。


永井氏にも一応は人脈らしきものがあり、日頃から会社の接待交際費で

飲ませたり食べさせたりしている相手が存在する。

酒や飯に釣られる者はどこにでもいるが

特に大企業の地方営業所には、たくさん生息している。

「そちらの態度によっては、仕事を振ってあげないでもない‥」

この雰囲気を匂わせて、田舎者から接待や優遇を受けつつ

地方ライフをエンジョイするのだ。

時にはこうして頼まれるままに同行し、大手風を吹かすのも

後のお礼が豪華になるからである。


中にはまともな人も確かに存在する。

そういう人は地元民と癒着しないが

本線から外れて地方で終わる人は

癒着の美酒でも浴びなければ、やっていられないだろう。

が、そのようなことをする人は

美酒のお返しに仕事を与える権限が無い。

できるのはせいぜい、頼まれてどこかへ同行する程度のものであり

永井部長に同行してくれたゼネコン課長は、まだ人の好い部類である。


彼らに惑わされ、さんざんおごらされるのと引き換えに

「〇〇社の誰それと仲がいい」

という勲章を欲しがる田舎者の一人が、永井部長。

この勲章の輝きは仕事でなく、社内の上層部向けとして有効である。

大手に食い込む可能性をほのめかし、期待されている間は

成績を上げなくても安全だからだ。


相手が自分の人柄に惚れ込んでいるという舞台設定で

今にも大仕事が舞い込みそうな小芝居をして見せ

「〇〇社の誰それさんと会って来ます」

と言っておけば、どこへ行って怠けようとノーチェック。

経費も使い放題だ。


そのうち転勤の辞令と共に勲章は去り

後には使い捨てられた田舎者が残る。

その田舎者は、新たに着任した者とお近づきになりたがり

接待交際費で酒や飯をおごる。

この繰り返しである。


それで大丈夫なのか?

ここが心配なところだろうが、ノープロブレム。

なにしろ彼の人柄には、大手ゼネコンマンが何人も惚れ込んで

兄弟のような付き合いをした‥

ということになっている。

中央、あるいは再び別の地方へ赴任した人々も

兄弟分の永井部長を後押ししてくれるに違いない‥

ということになっている。

長年に渡って刷り込まれたイメージは、簡単に消えはしない。

会社組織というのは、こうしたイメージや勘違いによって

回っていると言っても過言ではない。


それでも時折、成果らしきものを上げる格好をしなければ

イメージや勘違いは続かない。

積み重ねた知識や実力が無く、イメージのみで生きる永井部長は

他の誰もやらない禁じ手を使うしかないのだ。

それが業界の禁じ手ということすら、彼は知らない。

禁じ手のデパートは、こうしてできあがったわけだが

彼はそれを新戦略と豪語している。



さて、ゼネコンの課長に口添えしてもらい

再度、田辺君に頼んだ永井部長。

しかし今度も、やはり田辺君は断った。

大手を連れて行ったら言うことを聞くと信じている永井部長を

心から軽蔑したと、後で夫に電話があった。


それでも永井部長はあきらめなかった。

何度も電話をかけては、参加をねだり続けるという。

その執拗は、わかるような気がする。

口添えしてもらったゼネコン課長に赤っ恥をかかせたまま

終わらせるわけにはいかないからだ。

何が何でも参加を決め「お陰で獲れました!」と報告しなければ

嫌われてしまう。

永井部長にとっては死活問題である。


ただでさえ忙しい復旧のさなかだ。

あまりのわずらわしさに、田辺君はとうとう承諾した。


永井部長の喜ぶまいことか。

社内では「田辺に粘り勝ちした!」と言いふらし、我々は

「忙しくなるから、ここにも仕事を振ることになると思います。

しっかりやってください」

とのお言葉をちょうだいした。

それが田辺君の罠とも知らず、つかの間の勝利に酔う彼であった。

《続く》
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イソップ君・2

2018年07月31日 08時46分35秒 | みりこんぐらし
夫の盟友、田辺君をご記憶だろうか。

長年、うちの取引先で営業をしていたが

数年前、後継者争いに敗北した専務と共に退職し

今度はうちの仕入先の一つへと転職した40代の男である。


任侠系の会社で鍛えられた彼は、以前から伝説の営業マンとして有名だった。

その名を聞きつけた本社が彼を欲しがって

引き抜きを試みたものの、バッサリ断られた経緯がある。


ちなみに私は、彼の整ったルックスと

スラリとしたプロポーションの密かなファン。

加えて揺らぎのない誠実と、肌の美しさがお気に入りである。

公私ともに充実している男は、顔に上品な艶がある。

身に付ける物のセンスや質もさることながら

この艶が垢抜けや洗練を添えるのだ。

色黒でアバタ顔の永井部長と同年代で同職とは、とても思えない。


この田辺君が、ある噂を聞きつけて会社を訪れた。

「永井部長があっちこっちで、ここを閉鎖すると言ってるみたいだけど」

田辺君は心配そうだ。


その心配は、我々の命運を危惧するものではない。

彼は本社から引き抜きの話があった時

初対面だった永井部長の人となりを一瞬で見抜いていたため

うちを閉鎖する権限や実力など、永井部長に無いのを知っていた。


けれども悪い噂は千里を走る。

営業マンの不用意な言動‥

つまり決定事項でなく願望を口にすることが

いかに会社の信用を傷つけ、商売の展開を邪魔するか

そしてうちだけでなく、本社にどれ程の恥をかかせているか

曲がりなりにも営業のトップでありながら

それがわからない永井氏の頭を本気で心配しているのだった。


実は永井部長の気持ち、我々にはよくわかる。

本社の上層部は皆、70才を越えて引退が秒読みになってきた。

上層部がいなくなると、次は永井部長が上に上がる。

永井部長より上は社長しかいなくなるんだから

これまでの嘘とおべんちゃらが通用しないばかりか

多くの支社支店と共に、我が社の面倒も見なければならない。


彼が、性格の合わない夫や

畑違いの職種である我が社の運営を持て余すのは目に見えている。

できれば今の上層部が会社にいるうちに

消滅させておきたくなるのは当然であろう。


実際に永井部長は、我が社の閉鎖をあちこちで触れ回っていた。

我々がそれを知ったのは、複数の同業者に

うちの重機やダンプを現金で即売して欲しいと言われたからだ。


豪雨の災害復旧で、業界は猫の手も借りたいほど忙しい。

しかし車両が足りない。

新車を発注して納車を待っていたら、早くて1年かかる。

そこへ閉鎖の噂があれば、誰でも一応は電話をしてみるものだ。


大型ダンプは乗用車と違い、買ってそのまま乗れる乗り物ではない。

錆び付きや傷を避けるためにステンレスを張ったり

積み荷に酸や塩分が含まれる場合は材質の違う鉄板で補強したり

それぞれの使用目的に耐えうる装備を1台ごとに整えるのが常識である。


これらの作業を架装(かそう)と呼び

販売するディーラーとは別に、専門業者がちゃんといる。

この架装作業に、月日と金がかかるのだ。


架装を施す過程で、購入者や運転者の感性とおしゃれ心も加味される。

この時、購入する経営者は予算の許す限り、運転者の要望を叶える。

業界人が最も萌える瞬間である。

運転者が命を預ける相棒なんだから、適当では済まされない。

それが業界の心意気でもある。

車両界のオートクチュール、それがダンプトラック。


しかしそんなことをしていたら、復旧が終わってしまう。

どこも血まなこで、すぐに使える中古車を探していた。

同業者、つまりライバルから、いきなり買い取りの打診をされた

我々の気持ちがどんなものであったか。

敵は外でなく、中にいる‥

この思いを再認識したまでである。



「やっつけちゃおっか」

田辺君は、俳優の玉木宏に似た爽やかな笑顔で言った。

「永井部長を?」

「ううん、会社ごと。

何て名前だっけ?宗教の勧誘する経理部長といい、永井さんといい

バカを見逃して甘やかす会社に未来は無いよ?

早いか遅いかの違いだけで」


「待って!」

夫が止めたのは言うまでもない。

田辺君なら、やる。

ただの憎まれ口でなく、本当にやる。

その頭脳と豊富な情報量、そして各方面の人間関係を用いて

本社の泣きどころを押さえ

とことんまで追い詰めるであろうことに疑いの余地は無い。


けれども本社には、大変な時に助けてもらった恩義がある。

それに、バカを見逃して甘やかすという優しい社風によって

生き延びている台頭は、他でもない我々であった。


夫にストップをかけられた田辺君は少し残念そうだったが

帰り際にこう言った。

「でも永井さんが僕に直接何かしたら

その時は好きにやらせてもらっていいでしょ?」

夫は永井氏限定で、本社の方はそっとしておくようにと注釈をつけ

その提案を承諾した。


営業力でも人間性でも田辺君より格段に劣る永井部長が

表立って彼に何かするとは思えなかった。

よって田辺君のこの発言は

無いに等しいものとして一旦は忘れられた。

《続く》
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イソップ君・1

2018年07月28日 09時05分35秒 | みりこんぐらし
我が社の社員、アラフィフのA君は人当たりが良くて優しい性格。

その上、仕事の技術に優れ、器用で几帳面。

言うことなし。

休まなければ。


彼が頭痛を理由に、たびたび休み始めたのは1年ほど前。

それは、彼に初孫が生まれた時期と重なる。

本人は原因不明の頭痛に悩まされていると言うが

我々は、初めてのじいじ役にハマってしまったのだと思っている。

我が社は月給制なので、欠勤してもA君の収入に不都合は無いことが

休み癖を増長しているように見えた。


ともあれ社員が病気になった場合

それを理由に解雇はできない決まりがある。

雇う側は手をこまねくしかない。

痛いと言う者を引きずって働かせるわけにもいかず

様子を見るしかなかった。


このことは本社にも報告済みで

突発性ナントカ頭痛という診断書も提出していたが

1年経っても改善が見られない。

そこで本社サイドは、配置転換を提案した。

表向きは、山間部にある支社の一つへ移動。

けれども本来の目的は肩叩き。

世間一般で、よく使われる手である。


支社の雇用条件なんて夫にはわからないので

本社から人が差し向けられ、A君と話をすることになった。

その役に営業部長、永井氏が手を挙げた。

覚えておいでだろうか。

得意のおべんちゃらと見て来たような嘘を駆使して

取締役に登りつめた40代後半の男である。


何かと我が社のことに首を突っ込みたがる彼の癖は

現在も続いている。

彼は合併当初からずっと、夫と我が社を目の敵にしていた。

目の敵にして意地の悪い言動を繰り返しながら

うまい話があれば横取りを企んで、手柄欲しさにすり寄ってくる。

本社と合併して丸6年、我々がひたすら戦ってきたのは

取引先でも数字でもない。

暇と嫉妬に支配された、卑しいゲスどもである。


取締役になってからの彼は、我が社の排除を主張し続けていたので

A君の件は渡りに船。

夫の責任を追及するかたわら

「社員教育もまともにできないバカ」と吹聴した。

それは当たっているので否定しないが

またもや波乱の起きそうな予感は強かった。



6月半ば、永井部長は意気揚々と我が社を訪れて

この話をA君に伝えた。

「本社は君の実力を買っている。

今とは畑違いのきつい仕事ではあるが、支社の方で活躍してもらいたい」

というニュアンスのことだ。

「あんた、よく休むからクビね」

そんなこと、口が避けても言えやしない。

自主退職を促すセリフとして、 教科書通りである。


A君はしばらく考えていたが、月末になって本社に意向を伝えた。

「転勤します」

彼がうちの息子に話したところによると

A君は、永井部長の話を引き抜きの打診と受け取ったらしい。


驚き慌てたのは、本社と永井部長。

てっきり退職すると思っていたら、まさかの残留。

A君を引き取るしかなくなった本社は

渋々、そして取り急ぎ、転勤にまつわる諸手続きを行った。


A君は6月いっぱいで我が社を去り、7月から支社で働くことになった。

1日は日曜だったので、2日の月曜日が初出勤だ。

3日、4日、5日‥

「仕事がきつい」

彼は毎日、息子に訴えて我が社へ戻りたがった。



そして、魔の7月6日がやってくる。

支社は豪雨で土石流に埋まり、A君は転勤早々

地獄絵図の後始末に追われる羽目となった。


連日、泣きごとの電話をかけてくるA君のことを

「イソップ童話のラクダみたい」

息子たちは私に言った。

背中に荷物を積んだラクダが川で転び、積み荷の塩が流れて軽くなった‥

味をしめたラクダは、次も川で転んだが

その時の積み荷は綿だったため、水を含んで何倍も重くなった‥

そのラクダである。


一方、A君を失った我が社は、入れ代わりに60代の男性を雇った。

若い頃、義父の会社へ勤めていた旧知の人物である。

仕事の内容がよくわかっているため、教える必要の無い即戦力で

昔と変わらず、よく働く。

「今日は来るやら、来ないやら」と案じることが無いので、すごく楽。

A君が去り、ベテランが入社したことで社内の雰囲気は良くなり

申し分ない人事となった。



面白くないのは、A君の肩叩きに失敗した永井部長。

こんな時は得意の責任転嫁で、ネチネチと夫の責任を責め続けた。

この非常時だ。

営業の彼は暇でも、こっちは復旧作業に忙殺されている。

年下の若造から、つまらんだの責任を取れだのと言われて

夫が嬉しいはずはない。


無口な夫は、明解な反論も弁明もできない。

無理に何か言えば、相手の思う壺。

言葉尻をとらえられ、攻撃のバリエーションが増えるだけだ。


「腹が立ったら我慢せずに喧嘩しんさい。

クビになっても全然かまわん。

後のことは任せて!」

私は言い、そしていつものセリフでしめる。

「見よってみんさい。

父さんの値打ちを認めんヤツは、必ずバチが当たるんじゃけん!」


歯の浮くようなこの発言は、おべんちゃらの範疇かもしれない。

けれども私は、夫の値打ちというものをはっきり認めているので

まんざら嘘ではない。


夫の値打ち‥それは強運に尽きる。

浮気三昧、悪業三昧の半生を送ったにもかかわらず

たいしたバチが当たるわけでもなく、変わらず人に好かれ

困った時には必ずどこからか救いの手が差し伸べられて

どうにもならないことは女房が何とかしてくれる‥

これを強運と呼ばずして、何と呼ぶのだ。

少なくとも私より、ずっと強運なんだから

恨んで反目するより、認めて乗っかった方が得策である。


ともあれ、これを言うと、夫は落ち着いて冷静になる。

言葉を尽くして慰め励ますより、極めて効率がいい。

ちょっとした誤解や悪意、あるいは不運によって

ペチャンコにされた男の自尊心が早く復活するようだ。


夫が冷静になると、運命の歯車がギーと低い音を立て

ゆっくりと回り始めるのを感じる。

そしてやがては巡り巡って立場が逆転し、窮地を脱する現象は何度も体験した。

偶然や気のせいかもしれないが、言うのはタダなので頻用している。

はたして運命の歯車は、今回もゆっくりと回り始めた。

《続く》
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還暦旅行の計画

2018年07月25日 08時27分29秒 | みりこんぐらし
来年の2月、我々同級生一同は還暦旅行に出かける。

この一泊旅行は、町に伝わる恒例行事だ。


旅行には、さまざまな掟がある。

旧正月の直前に行くこと‥

旅先の方角は、町より西へ下ってはならないこと‥

当日の朝は正装し、神社でお祓いを受けること‥

その後、全員で最後の集合写真を撮ること‥

出発前には、出船(でふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥

帰ったら、入船(いりふね)と呼ばれる宴会を行うこと‥

この旅行を最後に、同窓会は解散すること‥

などなど。


いちいち書くと面倒くさそうだが、我々はこれを楽しんでいる。

伝統を大切にする町の一員として、誇りのようなものすら感じつつ

昨年より計画を立ててきた。


一番難航したのは、行き先。

旅行のキモなので、当然といえば当然だ。


私は最初から、意見を言わないと決めていた。

旅行なんて、男どもに任せておけば

何でもホイホイやってくれる。

旅は気軽に出かけられる男の方が、女より経験豊富だ。

還暦近くもなると、JRや旅行会社でそこそこの地位に立つ者もいる。

プロが張り切ってくれるのだから、しろうとは黙っていればいいのだ。


が、黙っていられない者は、どこにでもいる。

あそこはダメ、ここも良くない‥

反論を繰り返すのは、人の世話をしたことのない者ばかり。

その言い分は自己中心的で聞き苦しく

結局どこがいいのか問うたところで、これといった案は無い。

ただ反対、反対と繰り返すさまは

打倒安倍政権を叫ぶ人たちに似ている。


何ヶ月もすったもんだしたあげく、兵庫県の城崎温泉に決まった。

何で真冬に厳寒の城崎へ行くのか、よくわからないが

うるさい者のダメ出しに抵抗していたら

最後に残ったのが、ノーマークのここだった模様。


やっと行き先が決まったら

今度は同窓会のメンバーにアンケートを発送する。

日程や行き先を知らせ、出欠を書く返信ハガキを同封して

およその参加人数をつかむのだ。


会長の自宅へ返信が届いて集計が終わった先月、会合があった。

その夜、通称モトジメと呼ばれる会長の顔色は冴えなかった。

建築業を営む彼は、同窓会を立ち上げた30年前

一番大変な会長を引き受けた。

それ以来、尊敬を込めてモトジメと呼ばれている。

会長は2年ごとに交代したが、最後の会長もやはり彼でなければ‥

ということで、今年から再び就任した。


「みりこんちゃん、これ、見てみい」

モトジメは、4人の女子から届いた返信ハガキを私に見せた。

A子‥都市部在住、旦那と美容室経営。

『私は人見知りなので、慣れない人とは眠れません。

B子、C子、D子の4人部屋限定でお願いします。

この希望が無理なら、4人とも参加できません』


B子‥A子と同じ都市部在住の主婦、旦那はエリート。

『A子、C子、D子と一緒の4人部屋をお願いします』


C子‥関東在住の介護職。

旦那は金持ちの御曹司という自己申告。

『4人部屋の件、よろしくお願いします』


D子‥隣県在住の主婦兼ピアノ教師。

『4人部屋の件、よろしくお願いします』



「どう思う?ワシ、めっちゃ腹立つんじゃけど」

モトジメは小声で言う。

「ハハ‥この子ら、昔のままじゃね」

「こいつらの根性が気に食わんのじゃ。

ワシ、来んでええ言うちゃるか、くじ引きにしちゃろう思よんじゃけど」

「わざわざ恨まれることないが。

旅行が済んだら一生会うことないんじゃけん」

「いや、許さん!」


この4人は、昔から目立つグループだった。

文武に長じた美人揃いで、とにかくモテたため

中学、高校では同級生の男子と

惚れたはれたを繰り返しながら青春を謳歌していた。


中でもリーダー格のA子は、サバサバした性格が男子に好かれ

中学時代から「同級生キラー」の異名を持っていた。

つまり、同級生の中に寝たオトコがたくさんいたわけ。

彼女はしょっちゅう別れる切れるですったもんだしながら

妊娠の心配をしていたものだ。


こんな女の子の行く末なんて、およそ知れていそうだが

彼女は違った。

しっかりした男性と結婚して4人の子供に恵まれただけでなく

都会で2軒の美容室を経営していれば、田舎じゃ立派な出世頭。

弟子たちに先生と呼ばれ、たまにショーなんか開いているA子にとって

昔の男、それも複数と一緒の旅行は非常に気まずいはずである。


だったら来なきゃいいのだが、行きたいらしい。

4人で協力し合い、甘えやわがままを通すのは

昔から彼女たちのパターンだったが、乙女気分は今だに継続しているようだ。


モトジメの怒りはおさまらない。

「こいつらのために旅行の計画立てようるんじゃないんで?!

ナメやがって!」

モトジメは声を荒げる。

ハガキを回し読みした一同も複雑な心境らしく

場はシ〜ンと静かになった。

ちなみに、このメンバーの中にもA子の元カレが2人いる。

男子8人中の2人だ。


「みんな、そんなことより

ワシらには別の心配があるんじゃないんか?」

沈黙を破ったのは、タクヤだった。

「おお!そうじゃった、そうじゃった!」

皆も続く。


我々の学年は、旅に弱い。

小学5年の林間学校は、出発の日が豪雨。

目的地の山寺が土砂崩れで、日延べになった。

6年の修学旅行では、先生が日にちを間違えて予約。

バスが来ず、出発は翌日になった。


中学の修学旅行は、何ごともなかった。

しかし高校の修学旅行では、ヘアピンカーブの続く山道で

先頭のバスが対向車線のクレーン車と正面衝突した。

フロントガラスにクレーンの先が突っ込み

生徒は軽症または無傷だったが、バスの運転手とガイドは骨折した。


当時、私は4号車に乗っていた。

バスが急停車して、しばらくすると1号車の同級生が分乗してきたので

事故を知った。

このニュースはテレビで報道された。



我々同級生はズバ抜けた秀才とその反対を除いて

ほとんどが町内の同じ高校に進んでいる。

だから小学校と高校で起きた旅行のトラブルを

共に経験した者の人数が多い。


「ワシらはミソ付きじゃけん、無事に帰ることだけ考えようや!」

そう言うタクヤはバス事故の時、1号車に乗っていた。

無傷だったので、バス会社からの見舞金は7千円だったと

この時、ついでに告白した。


「7千円?安っ!」

「それで片付けられたんか!」

「でも無事が何よりよ!」

「そうじゃ!無事に帰るのが目標じゃ!」

「4人部屋なんか、ほっとけ!」

「そうじゃ!ほっとけ!ほっとけ!」

ほっとけコールで盛り上がり、会合は盛会のうちにお開きとなった。

以後、例の4人組は“4人部屋”と、ひとまとめで呼ばれるようになり

4人の希望を飲むか否かは、モトジメの判断にゆだねられた。
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地名と漢字

2018年07月19日 08時14分03秒 | みりこんばばの時事
3年前、私の暮らす地区で防災に関する勉強会があった。

市外から防災士と呼ばれる専門家を招いて講義を聞いた後

皆で近所を散策し

危険が予測される場所を実際に見て回るというものだった。


その時、配布された資料の中に興味深いものがあり

ここでご紹介したいと思ったが、はばかられた。

私は単に地名に隠された意外なメッセージに驚き、魅かれただけだが

見る人によっては不安と誤解を招く可能性がゼロではないからだ。


けれどもこの度、地域で豪雨による災害が起きたため

そんな綺麗事を言っていられないんじゃないか‥

と思い直し、ご紹介する。

すでにご存知であれば、あしからず。




梅、桜、萩、椿、草‥

草はともかく、美しい花の名前が並ぶ。

何を意味するか、わかるだろうか。

これらの漢字が使われた地名は要注意だそうである。

土砂崩れや土石流が起きやすいとされているからだ。


スピリチュアルの世界ではない。

過去、実際に土砂崩れや土石流で流された場所を指す。

その過去とは、はるか昔の江戸時代や明治時代。

災害発生の事実が、これらの漢字に表されているという。

災害の規模は、地形と大きな関連性があるため

一度起きた場所は二度、三度と繰り返し発生する可能性が高いという。



★梅(うめ)‥「埋(う)め」に由来。

土砂崩れで砂が堆積した土地の可能性がある。

人工的な埋立地の意味もある。


★桜(さくら)‥「狭(さ)」と「割(さ)く」に由来。

豪雨で崩れやすい山間部。


★萩(はぎ)‥「剥(は)ぐ」に由来。

表面が剥がれ落ちるような、斜面の崩落が盛んな土地。


★椿(つばき)‥「戯(つば)ゆ」に由来。

戯ゆとは、たわむれるという意味で知られているが

刈り取るという意味もある。

侵食された崖地や、崩壊しやすい地形の土地。


★草(くさ)‥「腐る」「臭し」に由来。

崩壊しやすい地形、硫黄臭などを放つ地形。



植物に続いて動物編。

★猿(さる)‥「去る」「曝(さ)る」に由来。

曝るとは、さらされるという意味。

崖地などを表し、外気に曝されて崩れやすくなった場所。


★駒(こま)‥「転(ころ)」と「間(ま)」の組み合わせに由来。

川と川に囲まれた土地で、洪水発生地帯。


★鷺(さぎ)‥「裂(さ)く」「割(さ)く」に由来。

大きく切り開かれ、裂かれたような谷間。


★蟹(かに)‥「掻く」「薙(な)ぐ」の組み合わせに由来。

地面が浸食作用によって剥がれやすい傾斜地。


★亀(かめ)‥「噛む」に由来。

水が土や岩を激しくえぐり、侵食されて陥没した地形。


★鮎(あゆ)‥「揺く(あゆく)」に由来。

揺れるという意味で、軟弱な地盤を表しており

地震災害が発生しやすい。


★蛇(へび)‥土砂崩れを「蛇抜け(じゃぬけ)」と呼ぶことに由来。

大雨によって土地が崩れる可能性が高い場所。

蛇崩(じゃくずれ)というのもあり、川岸や崖などの斜面の土砂が緩んで

崩れそうな場所を指す。


★津留(つる)‥鶴の首の形状に由来する。

水路のある低地で、川が鶴の首のように曲がった

水害が起きやすい土地。


★龍(りゅう)‥水神の龍に由来。

龍がのたうち回るような激しい豪雨や津波など

多様な災害に襲われやすい場所。



その他にも色々ある。

★柿(かき)‥「掻く」「欠く」に由来。

爪跡が残って欠けた土地を意味する。

崩れやすい崖地帯や堤防決壊による氾濫および津波常襲地。


★女(おな)‥「男波(おな)」に由来。

荒々しい波という意味で、過去に津波被害を受けた可能性あり。


★釜(かま)‥「鎌」の湾曲した部分に由来。

えぐったような崖地や、海辺の急に深い場所

水のたまりやすい場所。


★倉(くら)‥「刳(く)る」「崩(くず)れ」に由来。

刳るとは、えぐるという意味。

山中の切り立った岩盤、断崖など非常に崩れやすくなった土地。


★滝(たき)‥「滾(たぎ)る」に由来。

煮えたぎる、の滾るである。

水が激しく流れることによって、浸食作用が盛んな絶壁や崖。


★灘(なだ)‥「傾(なだれ)」に由来。

傾斜地、または川の流れが激しく、荒々しくて不安定な場所。


★荻(おぎ)‥「穿(うぎ)」に由来。

穿つ(うがつ)という意味で、崖などの地形

または過去に災害を受けて荒れ地になった場所。


★袋(ふくろ)‥水に囲まれた袋状の地形に由来。

堤防決壊や越水が起こった場合に浸水しやすい土地。


★衾(ふすま)‥「狭間(はざま)」「伏す」に由来。

低地のため水が流れ込む、地下水多量な浸水地。


★野毛(のげ)‥「抜(ぬ)け」「除(の)け」に由来。

岩石の崩壊地や崖などの危険な地形で、地すべりが起きやすい。


★放(はな)‥「放(はな)つ」に由来。

取り払う、壊すの意味で

沼沢地から大量の水を「放ち出す」場所。



漢字のイメージとは裏腹に、思いもよらぬ使われ方をしているのは

おわかりいただけると思う。

あからさまに表現することをはばかったのは何となくわかるが

当て字にもほどがある。

そこが私の感覚をくすぐったのである。


以上はあくまで資料の一つであり、可能性の一つ。

あなたの住んでる土地に、この字が入っているから危ないわよ

というものではない。

これらは小さな集落や土地に古くから伝わる通称‥

つまり字名(あざな)であって、現在の住所登録とは異なる場合も多い。

後世になって新しく名付けられた地名に

これらの漢字がたまたま入ることもあるので、いちがいには言えないからだ。


しかし該当する字が使われた、古くから存在する地域が

住まいやその上流にある場合、注意して生活するに越したことはない。

また、住宅を購入する際や引越しの際は

周辺の地形の把握と共に、古い住人に話を聞いて

上流や周辺地域の呼称をチェックすることが必要だと思う。


周辺の災害慰霊碑の有無や、竹やぶの有無を把握するのも有効だ。

災害は地形と関連性が高く、そして繰り返すわけだから

災害慰霊碑が存在するということは

再び同じ災害が起こる可能性が高いということになる。

そして竹やぶは土砂崩れや地すべりで、木がすっかり無くなった所へ

生命力の強い竹が生え、やぶになるケースが多いので注目すべき点である。


そんなこと言ってたら、どこにも住めないじゃん!

ということになりそうだが、災害は全国どこでも起こりうる。

備えあれは憂い無しの精神で、避難袋や避難場所の確認に加え

日頃から周辺を見回して、異変に気付く知識と感覚を養うことも

大切な防災行為だと思っている。
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初めて知ったこと

2018年07月16日 10時34分25秒 | みりこんぐらし
豪雨を心配してくださった皆様、ありがとうございました。

お陰様で私と家族と家は、申し訳ないほどの無事ぶりでしたが

ご近所にも避難された方がいらっしゃるし

後片付けが大変だった家もありました。

家々が並んでいるのは川に沿ったまっすぐな道なのに

道路に生じたわずか数センチの高低差によって

川から溢れた水と土砂が、低い場所へ一気に集中するんですね。

こうなるまで、知りませんでした。


会社の方も無事で、急ぎの仕事があったために

豪雨の翌朝、外へ出たのですが

センターラインの無い市道を走る時は怖かったです。

被害の無い、ごく普通の住宅街の道で

対向車が次から次へと真ん中を走って、こちらへ向かって来るからです。

通い慣れた道ですが、普段、こういうことはありません。

何か精神的な切迫感を感じました。

災害が起きなければ、知らなかったことでした。


本社の方も無事でしたが、山間部にある支社の一つが

壊滅的な被害を受けました。

そこの復旧作業のため、我が社に出動要請がありました。

大量に流れ込んだ土砂を撤去するために

ダンプをよこして協力してくれと言うのです。


けれどもそれは、無理な相談でした。

道路があちこち崩れていたので、大型ダンプが通れないからです。


しかもその時、我が社はすでに市内の国道の復旧作業に参加中。

途中で台数を減らし、身内の手伝いに充てるのは困難でした。

土砂の中に車が3台埋まっていて、中に人がいるかどうか

まだはっきりしていなかったので、急ぐ必要があったからです。

行方不明者はいないという話でしたが、掘り起こすまでわかりません。

翌日、土砂から出てきた車は、幸い無人でした。


国道の工事はまだ続いていましたが

支社に通じる道路が復旧したため、まず長男だけを向かわせました。

安全確認ができていない難所を家族が引き受けるのは

我が社の常識です。

社員、つまり他人様だと、何かあった時にゴメンで済まないからです。


応援を要請する側は来てもらいたいばっかりですから

たとえ危険でも、受け入れの準備ができていなくても

「大丈夫!」と言ってしまうことを私たちは経験で知っています。

ダンプを連ねて行かせれば、向こうは喜んで元気が出るでしょうが

大事な社員と、1台1千万を超える大型ダンプを

みすみす危ない目に遭わせることはできません。


人命第一はもちろんですが、ダンプの方も、いためると復旧が遅れます。

新調するには早くて半年かかり

今回のような災害が起きると需要が高まって、1年から2年待ちになります。

運良く故障で済んでも、各メーカーのディーラーが軒並み被害を受けているため

修理どころではない状態です。

広い敷地が必要なトラックディーラーは

災害に弱い、町はずれの山際や川沿いにあるものだからです。


つまり保険をかけているから大丈夫、という問題ではありません。

車両が壊れたら復興が遅れます。

冷たい、やる気が無いとののしられようとも

奉仕の心や忠義より、まず安全が優先の世界なのです。


夕方、長男が無事に帰宅するまで、私は気をもんでいましたが

案ずるより生むがやすし。

こちらの地区に比べれば大したことはなく

仕事そのものよりも、ただ来て欲しかったようでした。


中でも後片付けに駆けつけていた我々のボス、河野常務の喜びは大きく

長男をチヤホヤしてくれたようです。

6年前、本社の反対を押し切って我が社との合併を強行した常務でしたが

期待するほどの会社ではなかったので、厳しい立場に置かれていました。

彼の独断を非難する声が、社内で大きくなっていたのです。

しかし今回の災害で合併の価値が見直され、面目が立った様子でした。

常務の辛い立場は理解しているつもりでしたが

ここまで気に病んでいたとは知りませんでした。


いざ労働してみると、土砂の分量や敷地の規模から

ダンプは1台で十分ということがわかったので

そのまましばらく長男を通わせることにしました。


被害を受けた支社には、社長を始めとする本社や

県内各地に点在する支社、支店から

多くの社員が連日、交代で後片付けに来ていました。

松木氏が工場長をしている生コン会社からも数人が参加していましたが

松木氏は姿を見せないそうです。

「胃痛で検査入院中」という話でした。


彼は豪雨の翌々日

支社へ手伝いに行けという本社命令が回った朝から入院して

今も入院中ということになっています。

長男の話では、誰も本当に入院しているとは思っていないそうです。

手伝いが嫌で仮病を使ったのも、退院は片付けが終わった頃だというのも

後で行けなかったのを無性に残念がるのも

皆、わかっているようでした。


何か面倒なことがあると、伯父さんや伯母さんがバタバタ死ぬのは

彼が我が社で営業課長を名乗っている頃から知っていました。

けれどもこの6年で親戚の名も使い果たし、今度は病気に切り替えた模様です。

嫌なことを回避するためなら何でもする松木氏の

臨機応変と決断力は知っていましたが

ここまで見事だというのも、今回初めて知りました。


さて近隣の町には各地から自衛隊が入り

復旧や行方不明者の捜索にあたっています。

断水が続く町で、風呂を用意してくれたことも

住民にはありがたいことだったそうです。

その住民の一人が教えてくれました。

「用意してくれた風呂に、自衛隊員は入らないのよ」


仮設の風呂は被災者が入るものということで

自衛隊員は持参した水で水浴びをするだけだそうです。

被災者と共に、あるいは被災者が入った後で自分たちも湯に浸かり

疲れを癒すのではないというのです。

それを知った人たちは、彼らに手を合わさずにはいられなかったそうです。

徹底した救済の姿勢に驚くと同時に、私も感謝の涙が浮かびました。


自衛隊は尊い‥

自衛隊は日本にとって大切‥

自衛隊は日本人の誇り‥

そりゃ私だって思っています。

でも、そこまですごいとは思いませんでした。

彼らは言わないから、多くの人は知らないのです。

知って良かったと思います。
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手抜き料理・汁

2018年07月14日 08時18分37秒 | 手抜き料理
汁物は、寒くなったら触れるつもりだった。

でも豪雨があった。

見知った町々の壮絶な光景や

肉親を失い、涙にくれる人々に胸が痛む。

いなくなった我が子を必死に捜す父は、母は、自分だったかもしれない‥

どこの、どんな災害でもそう思う。



被災した長男の友達が、一昨日まで毎晩

うちの風呂へ入りに来ていた。

自衛隊による風呂のサービスが始まるまでの数日間だ。


彼の自宅は浸水し、断水が続いていた。

支給される食事はパンやインスタント食品ばかりらしいので

風呂のついでに夕食も提供していた。

元々人数の多い我が家は、食事の人口が一人や二人増えても

どうってことない。

「生き返った‥」

最初の晩、豆腐の味噌汁を一口飲んで、彼はそうつぶやいた。


そう、こんな時は汁。

ホッとして元気が出る、汁。

ということで、私がよく作る汁物をご紹介したいと思う。

なお、汁の名称は我が家における呼び名である。



『元気汁』(ベーコンとキャベツの味噌汁)

①炒め物が可能な鍋で、1センチ幅に切ったベーコンをサッと炒める。

②5センチほどのざく切りにしたキャベツを加え、再び軽く炒める。

③そこへ湯を注ぎ、顆粒ダシを入れて味噌汁を作る。

以上。


ベーコンとキャベツの鍋に水を入れると、煮立つまで時間がかかり

キャベツが煮え過ぎておいしくないため、湯を入れる。

温水器から出る熱めの湯でいい。

食欲の無い時や、忙しい時にこれを飲むと

他の人はどうだか知らないが、私は身体に沁みわたって元気になる。

おかずがいい加減でも許される、便利な汁である。



『小鳥汁(ことりじる)』(鶏モモと野菜のけんちん汁)

①小さく1センチ角に切った鶏モモ

イチョウ切りの大根と人参、ささがきゴボウ

下ゆでして小さめに切ったコンニャクを鍋に入れ

ゴマ油で軽く炒める。

★野菜は下ゆでをせず、生のまま炒めて大丈夫。


②炒めた鍋に湯を注ぎ、顆粒ダシ入れて煮る。

★湯を注ぐのは、水だと鶏モモの臭みが出やすいため。


③材料が柔らかくなったら、醤油や麺つゆで味付け。

④火を止める前に、豆腐一丁を丸ごと入れて崩す。

以上。


豆腐は傷みやすいので、夏は厚揚げや油揚げに変えてもいい。

子供が小さい頃、けんちん汁と言ったら食べないのに

小鳥汁と言ったら喜んで食べたので、以来うちではこう呼んでいる。


鶏モモを豚バラに、醤油を味噌に変えれば豚汁になる。

これは「子豚汁」などと言わなくても、子供はよく食べた。



『胡麻汁(ごまじる)』

①汁椀に、すった白ゴマ大さじ1杯とネギを入れておく。

②味噌汁を注ぐ。

以上。


簡単だが、すりゴマのコクが食欲をそそる一杯。

普段、飲んでいる味噌汁とは別の味になるので

お試しいただきたい。



汁つながりで、スープもご紹介しよう。

『ミルクスープ』

①みじん切りにしたハムと玉ねぎをバターで軽く炒める。

②少量の湯を注ぎ、コンソメスープの素を入れて少し煮る。

③牛乳をザバザバ入れて塩コショウで味を整え、パセリかアサツキを散らす。

以上。


これは消費期限の近づいたお中元のハムと牛乳

両方の処分方法として、人から教わったもの。

さほどおいしいものではないが、ちょっと何か欲しい時に手早く作れる。

ハムや玉ねぎと一緒に缶詰のコーンを入れてもいい。

玉ねぎのプツプツした食感が楽しいスープだ。



『野菜スープ』

①ニンニク少々、ベーコン2枚

玉ねぎ、人参、キャベツ、ブロッコリーの茎、ピーマンを

それぞれ適当な量、細切りにする。


②炒め物が可能な鍋でベーコンをカリカリに炒めたら

ニンニクを加え、さらに玉ねぎを加えて再び炒める。


③玉ねぎが茶色になったら、その他の野菜を入れ

しっかり炒めながら塩コショウ。

④水か湯を注ぎ、コンソメスープの素を入れて10分ほど煮込む。

⑤味をみて火を止めたらバター少々を落とし、粉チーズとパセリを散らす。

以上。


これは元々、ブロッコリーの芯を処理したい下心で考えたスープ。

が、子供が喜んで食べたので欲を出し、あれこれ加えるようになった。

長年に渡る試行錯誤の結果、野菜は上記の組み合わせが

我が家における究極である。


ピーマンは、全体の味の引き締めに大きな役割を果たすため

ぜひ使っていただきたい。

こちらもたいしておいしいものではないが

一杯で多くの栄養が摂れるという満足感だけは大きい。


さて、私の汁ライフに「炒め物が可能な鍋」という物体が

頻出していることにお気づきだろうか。

内側がテフロン加工になった鍋のことである。


フライパンで炒めて鍋に移し直していたら

手間が増え、洗い物も増え、炒めた旨味も無くなる。

また、「炒める」と「煮る」を別の道具にすると

頭の中もくっきり分かれて作業を複雑に感じ

料理は大変というイメージが定着する。

しかし両方こなせる鍋であれば、気楽に取り組めて

レパートリーが広がると思う。


内側がテフロン加工の鍋は、ホームセンターで安く売られている。

私が愛用しているのは、インスタントラーメンが2個作れるほどの大きさ‥

つまり、あまり大きくない片手鍋。

食欲旺盛な5人家族でも、これでこなせる。

軽いので、ラーメン気分で気軽に使える。


また、鍋には洋風のものと和風のものがある。

洋風の鍋は底が角ばっているので、炒めづらい。

見てくれはダサいが、雪平鍋(ゆきひらなべ)と呼ばれる型の

底が丸みを帯びた和風の鍋が使いやすい。

活用して、楽に料理をしていただきたいと思う。
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無心、有心・2

2018年07月11日 14時20分48秒 | みりこんぐらし
事務をやりたいと言い出した藤村だが

あっさり断ったため、請求書の作成は宙に浮いた。

しかし、藤村の無責任を責める暇は無い。

発送日は迫っている。

ダイちゃんは私から仕事を取り上げた手前、今さら返しにくいようだった。


男って、誰でもそうだけどオバさんが苦手。

苦手な存在に、思いつきで人聞きの悪いことをしておきながら

オバさんの口を恐れて、ビクビクと機嫌をうかがうのだ。

自分の女房とかぶるのだろうか。

ともあれ、請求書を出さなければお金が入らないので

5月分の請求書は急遽、ダイちゃんがやることになった。


作成日は6月2日。

私はその日、同級生ユリちゃんの実家のお寺で行われるお祭を

手伝っていた。


祭の間、ダイちゃんから何度も着信があった。

請求書ができなくて、電話しているのはわかっていた。

彼の方は今まで、バカなオバさんに指導しているつもりだったろうが

実際に我が社へ来て行っているのは宗教の勧誘のみ。

その間に単価や請求システムは、どんどん変化していた。

急にやることになっても浦島太郎である。


「苦しめ」

私はほくそ笑み、電話に出なかった。

ダイちゃんは夫や息子たちにたずねながら

どうにか終わらせたらしい。


5月は連休がある。

大手企業だと現場の責任者が半月ぐらい休みを取るので

大きな取引は無かった。

小さい土建屋さん相手の仕事がチラホラだったため

これといったミスは無く、ダイちゃんもこれに自信を得た様子だった。


そのまま1ヶ月が経過。

入信しない懲らしめのために、ダイちゃんから振られ

何日もかけて格闘していた複雑怪奇な書類の数々は

彼の手元に戻ったままである。

藤村にやらせるつもりが、断られたので戻せなくなったのだ。

私は6年前にやっていた簡単な仕事だけでいい。

ものすごく嬉しい。


7月に入ってさっそく、請求書の作成日がやってきた。

ダイちゃん、頑張って作ったようだが

今回出す請求書は少々勝手が違っていた。

ゼネコンや共同企業体との取引が、たくさんあったからだ。


この6年で、大手企業に出す請求書は様変わりしていた。

我が社オリジナルのものは、すでに通用しない。

用紙も書式も計算方法も添付する書類も、会社ごとにさまざま。

宗教勧誘の下心しか無かったダイちゃんは

それらを全く知らず、また、知ろうともしなかった。


彼はイチかバチかの当てずっぽうで作成し、送った。

当然、クレームの嵐。

ダイちゃんは何度も書き直し、何度もダメ出しをされた。

電話してたずねても、ダイちゃんには相手の話す内容が理解できなかった。


当然である。

私以外の者にできるわけがない。

ただし、優秀だからではない。

専用のCD‐ROMやら、添付書類を出力するためのパスワードやら

その他請求に必要な一式は、全部私の手元に残っているからだ。


意地悪で隠していたのではない。

引継ぎや説明を求められなかったので、そのままになっていた。

ダイちゃんは、何も聞かなくても全部知っているんだ‥

やっぱり頭がいいんだなぁ‥

そう思って感心していたが、単なる無知だったと判明。


こうしている間にも、日は過ぎていく。

請求書の提出期限に遅れたら、相手方の処理は翌月以降に回される。

金額が大きいので、責任問題になるのは明白だ。

取引先から、ダイちゃんの能力をいぶかしむ電話が夫にかかってくるため

彼が行き詰まっているのは手に取るようにわかった。

「多分無理だから、すぐ交代できるように準備しておいて」

夫は私に言うのだった。


苦節数日を経て、ダイちゃんはついにギブアップした。

「相手先を回って、教えてもらいながら書いて

そのまま出して来てよ」

やはり私には言いにくいらしく、夫にそう頼んだ。

最高に困った時、明るい上から目線で夫に振るのは

彼の常套手段である。


夫はこの無茶振りに従う気などさらさら無く

これらの請求書は私がやって速達で送った。

「宗教に狂ったら、こうなるのか‥」

夫婦でしみじみと話し合ったものである。


その数日後、藤村の口からダイちゃんの秘密が暴露された。

ダイちゃんが本社の接待交際費を使い過ぎて、問題になっているという。

昼あんどんの藤村、仕事では使えないが

こういう情報をキャッチする能力には優れているのだ。


使い込みではないため、罪にはならないそうだが

6月は新入社員に宗教勧誘をして問題になり

今月はお金の使い過ぎが問題になり

定年まで飼い殺しは決定事項という話だ。


「あのしっかりした経理部長が、なんでこんなことをしたんだろう?」

藤村は首をかしげるが、我々にはすぐわかった。

献金がたくさん必要な宗教なので

大酒飲みのダイちゃんは酒代にこと欠いたのだ。


我が社が入会する幾つかの協会では、時々会合があるが

酒の出そうな時は、必ずダイちゃんがはるばるやって来て出席する。

酒の飲めない夫に代わって親睦を深めるという

もっともらしい理由である。


しかし他の出席者は我々の地元民だから、口さがない。

恐ろしいほど飲む人物として、ダイちゃんはすでに有名人であり

はっきり言えば笑い者になっていた。

車を扱う業界で、酒好きというのは自慢にならない。

升や本単位の飲みっぷりでは、現場に出ない人間であっても

会社の姿勢が疑われるのだ。


みっともないから、あんまり飲んでくれるな‥

こっちは祈るような気持ちだが、参加費や宿泊費は会社の経費から出るため

ダイちゃんはこの時とばかりにタダ酒を飲みまくる。

我々しか知らないダイちゃんの一面から

いずれ彼が、宗教か酒で問題を起こす予感は確実にあった。


せっかく賢い頭を持ちながら

宗教と酒に溺れるとは、もったいないことだ。

本当はこういうのを「悲しい人生」と呼ぶのかもしれない。

《完》
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無心、有心・1

2018年07月10日 14時47分05秒 | みりこんぐらし
今は亡き義父アツシの入院中、同じ病室だったFさん。

彼は先天性の心臓病で、何年も入院していた。

広島カープが大好きな彼のために

夫は毎日スポーツ新聞を届けるようになった。

途中でアツシの部屋が変わっても、夫は新聞を持って彼の病室を訪ねた。


新聞の配達は、アツシが他界してからも続いた。

その間、Fさんの妹さんのご主人が

我が社の取引先の所長だったことを知って驚いたり

広島カープが久しぶりに優勝しそうな時は

「死んでもいいから球場に行かせて!」

そう言い出したFさんを皆で止めたりと、さまざまなエピソードがあった。



こうして約2年半が経った今月の始め、Fさんはとうとう亡くなった。

少し前に風邪を引いて以来、日増しに弱ってきていたので

夫は心配していた。

それでも前の日は話ができた。

しかし翌日行ったら、亡くなっていた。


Fさんは、61年の生涯の半分以上を病院のベッドで過ごした。

働いたこともなく、友達と遊びに行くこともなく、ただ病気と闘った。


「悲しい一生」

以前の私なら、そう思って気の毒がっていたはずだ。

けれどもFさんの死で感じたのは、「美しい一生」。

誰かを傷つけたり、嫌な思いをさせることもなく

嘘をついたり、取り繕って装うこともなく

無心に生き、そして終わった。


夫もまた、無心であった。

何も言わないので、夫がFさんの所へ行っていることを

私はともすれば忘れていた。

Fさんと夫は、友情という仰々しいものではなく

ただ淡々とした無心で繋がっていた。

それを目の当たりにした今は、美の基準が変化したように思う。


Fさんが亡くなって通夜葬儀が終わり、夫の新聞配達も終了した。

夫は少し淋しそうだが、ひどく悲しむでもなく

Fさんと関わった年月を振り返るでもなく

相変わらず飄々、淡々と過ごしている。




無心は清らかな湧き水のごとく、涼やかに輝く。

そのきらめきを横目に、こっちは相変わらず濁流担当。

5月下旬、突然の肩叩きに遭遇した私であった。


きっかけは、本社から我が社へ差し向けられた営業課長、藤村。

以前記事にしたが、自営の土建業とペットショップを潰したあげく

本社に流れ着いた‥

夫に焼肉屋での忘年会を頼んでおきながら、前日にドタキャンした‥

53才の大男である。


3月に着任した藤村は、私のやっている事務に興味を示し

「自分がやりたい」と言い出した。

この症状は前任の松木氏と同じ。

仕事のできないヤツの癖みたいなものだ。

本業の営業ができないので、人のやっていることに目が行き

取り上げたくなる。


私の仕事は誰がやっても同じ、簡単な事務処理だ。

それを奪うことは、そのまま彼らの安泰を意味した。

一粒で二度おいしい人材を装えば

営業の方がダメでも逃げ場を確保できるからである。


松木氏が事務に意欲を示した6年前

我が社には経理部長のダイちゃんが張り付いていた。

彼は自身が信仰する宗教に、我々一家を勧誘する予定だったので

松木氏の希望はダイちゃんの所で握り潰され、実現には至らなかった。


けれども今度は状況が違う。

先頃、私はダイちゃんの宗教勧誘を断って、ひどく怒らせた。

もう見込み客ではなくなった私は、彼にとって敵でしかない。

ダイちゃんが私の排除に積極的になるのは、当たり前のことだった。


「藤村の給料はそのままで、営業職のかたわら事務をやらせれば

人件費削減になる」

もっともな理由を述べて、藤村を推すダイちゃんに本社も同意した。

「意欲を示している藤村にやらせてみよう」ということになり

さしあたって月初めに行う請求書の作成から取り組ませ

徐々に藤村の分担を増やしていく方針が決まった。


そう言えば聞こえはいいけど、要は肩叩き、引退勧告、戦力外通告。

ダイちゃんも本社も、私に直接言いにくかったようで

この話はまず夫に打診され、夫から私に伝えられた。


聞いた私はどんな気持ちだったか。

狂喜乱舞。


というのもここ数年、私の仕事は増える一方だった。

ダイちゃんが仕事をどんどこ振るからだ。

「教育のため」「成長のため」などと立派なことをおっしゃるが

ババアを今さら鍛えてどうなるというのだ。

本当は、なかなか入信しない私への懲らしめである。

根をあげるのを待っているのが、ひしひしと伝わってくる。


「できません」と泣きついたら

仕事を減らすのをエサに入信させる魂胆なのは明白。

さんざん勧誘されたこの6年で、教団の傾向や手口はわかっている。

だから意地でやっていた。


近いうちに、これらの面倒くさい仕事から解放されるのだ。

「ブラボー!藤村!」

私はゲンキンにも藤村を見直し、心から感謝した。



2日後、藤村に事務のレクチャーをするため

ダイちゃんとその部下が来た。

私は出社しなかったので、後から夫に聞いたが

藤村は膨大な書類を見て、唖然としていたそうだ。


それでも1日、おとなしく講義を受けた藤村だが

ダイちゃんたちが帰った夕方、夫につぶやいた。

「僕には無理‥やっぱり断ろうっと」

自分から熱心に頼んでおいて、平然とキャンセルできるのが藤村であった。

昨年末の焼肉キャンセル事件と同じである。

翌朝、藤村は本社へ出向き、本当に断った。

《続く》
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やっぱ、これでしょ

2018年07月08日 10時12分04秒 | みりこんばばの時事
豪雨、大変でしたね。

安否を気遣ってくださり、ありがとうございました。

皆様に被害はありませんでしたか?

お見舞い申し上げます。




凄まじさのあまり、すでに有名な写真となったこの1枚。



カーディガンとワンピースを同系色の濃淡にして

夏らしい装いのカヨさん。

色白なので、淡いブルーがとてもお似合い。


同系色の組み合わせは、ともすればボヤけた印象になりがちだけど

カヨさんは、大きめのサングラスで全体を引き締めながら

ミステリアスなムードを演出。

白と黒でまとめた周囲の男性までも

カヨ・ブルーを引き立てる背景にしてしまうあたり、さすがだわ。


風を切ってドスドス行進しても

肩にかけたカーディガンが脱げない不思議は

まさにカヨ・マジックね。


薄手の柔らかい素材は、太めの中高年女性が避けがちなもの。

軽くて動きやすいから、本当は着たいんだけど

崩れたプロポーションを強調してしまう恐怖が

その願望を打ち消すのよ。

中高年女性の遠慮をものともせず、着たいものを着るカヨさん。

度胸だけは、あっぱれだわ。


加齢で色素沈着したヒザと共に、細くも長くもない生足をさらすと

どうしても生々しく見えるものよ。

目にした人に迷惑がかかるし、自分も恥ずかしいから

年を取ると自然に隠すようになるんだけど

彼女には、その自然がまだ訪れていないようね。


トレードマークのペタンコ靴を洋服と同系色でまとめたのが

唯一共感できる部分ではあるけど

サングラスでドスを効かせるなら

ヒールのある高級な靴の方がいいんじゃないかしら。

写真じゃわかりにくいけど、短い生足はアンクレットで飾られてるわ。


このお姿に、どうしてもこのフレーズが浮かんでしまうのよ。

『化け物のよそ行き』。

息子さん、恥ずかしくないのかしら。

あ、最初から恥知らずだったわ。

こんなのを警護しなきゃならないSP、本当にお気の毒。
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