殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

命がけ小学生・3

2010年02月28日 11時33分48秒 | みりこん昭和話
6年生になってすぐ、私の母チーコが2年の闘病を経て死亡した。

それから間もなく、父の再婚相手として先生が浮上したことがあった。

この縁談は、父も先生もまだ知らないうちに、まず私に打診された。

泣いて抵抗したのは言うまでもない。


冷静に考えれば、先生にも好みがあろうし

父が私の嫌がる相手と再婚するわけはないんだけど

大人って、子供が動揺すると面白がってますます言う。

わたしゃマジで自殺しようかと思った。


また氷とマグマの日々を折りたたむように過ごし

やっとの思いで卒業を迎えた。

あの日の嬉しさは、今でも覚えている。

「君たちの未来に幸あれ!」

先生は、はなむけの言葉を叫んだ。

この2年に比べりゃ、どんなことでも幸だよ…。


…それから20年の歳月が流れた。

初めての大がかりな同窓会が催され、30才を過ぎた我々は先生と再会した。

卒業から間もなく、先生は縁あって結婚した。

我々は、その結婚相手に同情したものだが

やはりそこではうまくいかなかったそうで、今は別の人と結婚していると聞いていた。


「あなたたちをまっすぐな方向へ導こうと

 私は躍起になっていたような気がするの。

 まっすぐ行こう、行こうと思えば思うほど

 別の方向にそれてしまったような…

 あなたたちは私が担任で幸せだったのかしらって、今でも思うのよ」

ごめんなさいね…先生は柔和な顔で言った。


「いいえ!」

我々は口々に言った。

「私たちは、先生に出会って幸せでした!ありがとう!先生!」


この気持ちに偽りはない。

この世の不条理を身を持って体験させてもらった。

もしあれが無かったら、別件でもっと苦しい思いをしたと思う。

少なくとも私は、今までに起きたことのいったい何割を耐えられたかわからない。


隣のクラスの担任は、学園ドラマの主人公のように明るい熱血男性教師だった。

いつも聞こてくる歓声や笑い声を

どんなにうらやましい思いで聞いていたことか。

しかし、彼とて我々の現状に目をそむけていた。

校長も教頭も、同僚の教師たちも、我々の苦しみには気づかないふりをした。

言葉を濁してごまかし、さらに遠巻きにした。


それを見て悟った。

「困っている人がいたら助けましょう…」

先生たちは言うけど、口と腹は違うのだと。

生活のためには、仕方が無いのだと。


降りかかった火の粉は自分で払え…

人を頼るな、あてにするな…

我々は小6にして、世の無常の切れ端を味わう幸運に恵まれたのだった。


4年生の時、隣のクラスにかなり個性的な初老の女の先生がいた。

お気に入りの子には優しいが、そうでない子には容赦なかった。

その先生に好かれたい子は、競って家からブラシを持参し

昼休みには群がるようにして

大仏状のオバサンパーマをブラッシングしていたと記憶している。


男言葉でいきなり怒鳴りつけるタイプで、私もターゲットの一人だった。

学年単位での授業中、よそ見をしたことを発端に

しばらく目の仇の栄誉を得る。

全校の朝礼の時に、手が揺れたとか首が動いたという身に覚えの無い罪により

名指しでマイクで怒鳴られたりしていたので、かなり怖かった。


結婚してから知ったが、彼女は私の夫の会社の近所にある

やはり似たような会社の奧さんだった。

彼女はこの同窓会の少し前、隣人と口論の果てに殺害された。

あの口調でまくしたて、怒りをかったと想像するのは容易である。

どんな先生であれ、恩師が不慮の死を遂げるのは悲しいものだ。

先生が目の前に元気でいてくれることが嬉しかった。


今も同級生で集まれば、当時の話題になる。

先生は、泣き叫んだりまとわりついたりする「熱い子供」

つまり我々とは逆の子供像を求めていたのではないか…。

そういえば先生は、我々の前に現われる前後にも

確かにどこかの担任をしていたはず…。

しかし厳しいという声はあっても、悪い話は聞こえたことが無かった…。

我々の持つ冷めた雰囲気が、先生の眠れる感情を刺激したのかもしれない…。

少しは先生に媚びたり、あやしてサービスしてやる必要があったのではないか…。


「気の利かない子供だったよね」

「もっとオトナな子供であるべきだったね」

そんなことを言っては、アハハ、ウフフ…と笑い合うのだ。

我々同級生が仲がいいのは、共にこの艱難辛苦を越えたからだと思う。

同級生は同級生でも、同じクラスだった者とことさら仲がいい。


当時の先生の年齢をとうに越えた現在、いいことも思い出す。

先生は、クラスの誰にも平等に厳しかった。

すり寄る者さえ蹴散らした。

それは今、いさぎよく小気味よい印象として浮かんでくる。

イバラの道より、気まぐれな情けや分けへだてのほうが

人の心をすさませると知った。


先生はアナウンサーの他に作家になりたかったそうで

我々は作文の書き方をたたき込まれた。

文法はもちろんのこと、嘘、誇張、自慢、美化で自分を飾れば

必ずどこかでほころびが出て、行き詰まると厳しく教えられた。


きれい事を書いても他人には必ずわかり、結局は自分の首を絞めることになる…

文末を「これからも~していきたい」の優等生で終わらせるな…

私は…を多量に使うと、自己主張が強い人間だとバレるので控えろ…

タイトルに凝るのはいいが、内容が伴わなければ読み手の失望は三倍…

「努力します」や「頑張ります」でごまかして、真相から逃げるな…


これらは作文だけでなく、人前で話す時や、生き方にも応用できたので

知っていると確かに便利だった。

仰げば尊し我が師の恩…何十年も経って、やっとこさ身に沁みる。

なかなか強烈な恩である。


                    完
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命がけ小学生・2

2010年02月26日 08時36分08秒 | みりこん昭和話
5年生で行われる林間学校は、山のお寺へ登山して一泊する。

我々は遠足や運動会を始め、こういう大がかりな行事を心待ちにしていた。

よそのクラスの子供や先生のいる所では安全なのだ。

ホッと一息つける日だった。


楽しみにしていた林間学校の日は大雨で、登るはずの山に土砂崩れが起きた。

体育館で判断待ちをしたものの、結局その日は解散。

他のクラスと違い、我々はそんなことで騒いだりしない。

他者の目がある安心感、教室という密室にいなくていい安堵感は

山だろうと体育館だろうと同じである。

林間学校は日延べして行われたが、山寺で禅修行の真似事をするよりも

下界のほうがよっぽど修行になった。


6年生では、クラス替えも担任の変更も無いと決まっている。

それでも万が一…我々は、はかない希望を抱いた。

持ち上がりになりませんように…七夕の短冊にも書いた。

サンタさんに、プレゼントはいらないから担任を変えてくださいと

祈った者もいた。

いつもは行かない初詣に行った者もあった。


願いもむなしく、先生は恒例にしたがって持ち上がりとなった。

「転校させてくれと親に頼もう」ということになり

有志各自、家で親に願い出るが撃沈。


もちろん体罰もあった。

この先生は顔をたたく。

悪い事をした時もたたくが、そうでない時もたたく。


理科の授業で使う朝顔の葉っぱを全員見事に忘れた時があった。

前日、暗くなるまで罵倒が続くいつもの「修行」があり

遅くなったので、朝顔のことなどすっかり忘れていたのだ。


理科の授業は別の先生が受け持っていたため

「恥をかかせた」ということで、全員ビンタの刑だ。

なんだか理不尽のような気もするが、抗議してさらに興奮を長引かせるより

黙ってさっさと打たれたほうが早く終わる。

全人格を否定される暴言よりも、そのほうが傷が浅いことを

我々はすでに知っていた。


このような状態を見かねた保護者たちが

先生に抗議したことがある。

うちと違って、若く教育熱心なお母さんたちだ。


話がどうなったのか、我々子供は内容を知らない。

しかし、抗議した親の子供は「卑怯者」と罵倒されていた。  

ことあるごとに「あなたもお母さんみたいに、人を傷つける大人になるのね」

と皮肉を言った。

見せしめである。

昔の田舎のこと…教師の立場は強く

先生をさらに追求するような向こう見ずの親は、当時はいなかった。


先生は時々、自分が苦学生だった頃の話をした。

最初に入学した大学は、理想と違っていたので

翌年、別の大学に入り直したという。

「お金が無くて、空きっ腹を抱えて歩いているとね…」

100円札が落ちていたそうだ。

それを拾って店に走り、食べ物を買った。

下宿に帰って夢中で食べたところで、ハッと気付いたという。

「自分は泥棒をした…」


先生はそれから毎日キャベツだけを食べて過ごし

やっとの思いで100円を貯めて交番へ持って行った。

お巡りさんはわけを聞いて、一緒に泣いてくれたという

「ちょっといい話」というやつだ。


先生はそれを話すたびに泣く。

しかし我々は、別の受け止め方をしていた。

帰り道でヒソヒソ話し合う。

「ふたつも大学へ行ったら、苦しいのは当たり前じゃ…」

「そうじゃ…わがままじゃ」


ここに我々の油断があった。

その発言を先生に密告したクラスメイトがいたのだ。

囚われの身のような毎日に、11~2才の子供は疲弊していた。

みんなで頑張ろうと誓い合っても、中には権力にすり寄る者が出てくる。


一部始終を先生に知られ、そりゃもう怒られたのなんの。

40年近く前のことだ…

「曲がっている」「腐っている」「生きている価値がない」

えんえんと続くののしりの言葉には、今では考えられないほどの威力があった。


やっと解放された時には、一同放心状態になり

「みんなで死のう…」「死んだらわかってもらえるかも…」

などと話したものである。

ま、子供のことなので、一夜明ければ忘れる。


唯一の希望は、この日々に必ず終わりがあることだ。

卒業さえしてしまえば解放される。

皆、それに向かって懸命に耐えていた。

もはや憎たらしいとか、怖いの段階ではない。

我々はただひたすら耐え、あきらめ、許し、忘れる作業を繰り返すのみだった。


6年生の秋には、楽しみにしていた修学旅行がある。

当日、待てど暮らせど我々の乗る観光バスが到着しない。

さんざん待って、先生の一人がバス会社に連絡した。

日にちを間違えて予約していたそうで、修学旅行は翌日に延期となった。


我々は淡々と家に帰り、翌朝また旅行かばんを持って家を出た。

そんなことも、全くたいしたことではなかった。

旅行は楽しかった。


                  続く
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命がけ小学生・1

2010年02月24日 18時21分06秒 | みりこん昭和話
私が通ったのは、ごく普通の公立小学校である。

5年生と6年生の2年間を思い出すと

灰色の空と、静まりかえった教室が浮かんでくる。


以前にも書いたが、同じ学年におそろしく乱暴で意地の悪い男の子がおり

入学当初からずっと、流血回避のために体の防御に心を砕く毎日だった。

5年生になるとそれに加え、担任から自身の精神を防御する必要が生じた。

まったく忙しい2年間であった。


担任は、当時37~8才の独身女性。

顔を思い出すと、思い詰めたような大きな目がふたつ浮かんでくる。

非常にきまじめな人で、教室は何かの探究者の道場みたいだった。

冗談を言って笑う、微笑みながら生徒に話しかける…などということは一切無い。

道場主の感情の起伏が激しいため

あたりの空気は常時、氷かマグマのどちらかに満たされていた。


何に向かって着火するのか、見当がつかない。

いつも長袖のカッターシャツに半ズボンの男の子がいた。

「半ズボンには半袖でしょう。バランスが良くない」

と、皆の前で執拗に責める。


翌日、言われたとおりに半袖で登校すると

「換えろと言ったわけではない…バランスが良くないと言っただけです」

とまた責める。

着る物、髪型、持ち物、言葉、態度…

誰の何に反応するか、毎日がロシアンルーレットの気分である。


先生はアナウンサーになりたかったそうで、発音にうるさい。

ここらへんでは習慣の無い「鼻濁音(びだくおん)」を使えと言う。

ガギグゲゴを鼻にかけて言うってことだ。

無理だっぺ…。


ガギグゲゴの使用を極力避ける会話に切り替えることで切り抜ける。

「ワタシ、ヤリマス」「オカシ、スキデス」

先生に聞こえる所では、どこかのホステスさんみたいにしゃべるしかない。


さらに標準語の使用が義務づけられ、方言の使用が禁止となる。

困るがや…。

不便ではあるが、無口になることで対応。


アナウンサーになってくれていれば、我々の前に現われることはなかったものを…

それがいかに狭き門かを知らなかったので、当時はそう思った。

今考えると、もしも先生が夢を叶えていたら

見た目もしゃべりかたも、某国で将軍様を讃えるあのアナウンサーにそっくりだ。


先生は給食の時間になると、食べ方の厳しい指導と共に

教室の後ろに貼ってある図画の批評をする。

「バックの色が変。センスが悪い」

「心の濁りが色彩に出ている」

うまければうまいで「子供らしい純粋さが無い」。

先生はそれをランチタイムの雑談と思い込んでいたようだ。


私なんて毎回「絵がマンガ的。進歩が無い」

と言われ、図画の時間は苦痛だった。

今度はどんなひどいことを言われてさらし者になるか

皆、絵を描くたびに案じた。


もっと厄介なのは日記だ。

図画はたまにしか無いが、日記は毎日提出する。

日記帳に赤い字で書かれた、批評の恐怖が待っている。

家族でどこかへ出かけて楽しかった…「他にやることはなかったのですか?」

友達の誰々ちゃんが好き…「そういうことは書かずに心で思うものです」

お祭に行った…「まだそんなことで浮かれているのですか?」


単純なことを書けばこれなので、皆だんだんひねるようになる。

ゴミが落ちていたので拾った…「あなたは自慢をして満足ですか?」

お父さんが早く帰って来たので、夕食が賑やかで嬉しかった…

「賑やかでなければ嬉しくないというのは間違っています」

遊園地に行ったが、そこで他人の態度などに色々疑問を持った…

「楽しい所では心から楽しめる人になりましょう」


子供とて学習する。

「もう反応しそうなことは書くまいや」ということになり

自分の心を現す内容を避け、日記は短い記録となる。

記録なら「感想を書きなさい」系の返事ですむからだ。

浮き立った気持ちに水を浴びせられるより、そっちのほうがよっぽどマシである。


しかしそれも皆で続けると

「このところ皆さんの子供らしい心が感じられません。

 心が無機質ではいけないのです」

帰りのホームルームは長い説教になり、外が暗くなるまで続く。


言ってるうちに本人も興奮してきて

「恥を知れ」「ひとでなし」の罵詈雑言になり

やがて「先生は学校を辞める」「自殺する」になるのがお決まりのコース。

最後は一人で号泣して「帰れ!出て行け!」と言うので

その時を待ち、すみやかに下校するのみ。


翌朝「先生、死んでるかな?」と足取りも軽く登校するのだが

いつも生きていた。

「昨日はああ言いましたが、私も考えて

 ここで皆さんに負けてはならないと思いました」

あ、そうですか…残念。


                  続く
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指輪

2010年02月22日 12時09分37秒 | みりこんぐらし
先日、うちに生命保険のセールスレディが回って来た。

地味で真面目そうな若い女性である。


ここらへんで生命保険のセールスといえば

そのまま夜のお店のカウンターへ入れそうなおかたか

見るからにしっかり者のおばさまが主流であるが

その人は、本社勤務から地方の営業に回された元総合職の香りがした。

いっぱい勉強して大人になった人の目だ。

今はちょっと不本意だけど、頑張ってます!という感じが伝わってくる。

もちろん、いつもの妄想。


なんたらプランナーの資格も持っているんです…

なんたらかんたらも勉強しているので、ご相談に乗れます…

    ほ~、立派な資格をお持ちなんですねぇ…

パンフレットをもらって玄関でお別れ。


1時間ほどして、また来た。

「この近くで鍵を落としたんです。

 大事な鍵なので、もしあったら連絡していただきたいんですけど」

     「わかりました。もし見つかったらね」

「あれがないと困るんです」

だったら落とすなよっ!…と言いたいが、我慢。


そして今度は、ポケットから指輪を取り出してのたまう。

「鍵を探していて、この指輪を見つけてしまったんです。

 それで、持ち主を捜して、返していただきたいんですけど」

さも本物らしく地味めに作られたファッションリングだ。


今どきは、金持ちが旅行に持って行く盗難回避のための

トラベルジュエリーなんてのもあるそうだが

そういう水準のものではない。

推定千円。


このチャチい指輪の持ち主を捜して、私に寒空をさまよえとっ?!

…と言いたいが、我慢。

    「元の所へ置いとけば?」

「でも、別の人が拾ったら…」

    「いいじゃん、別に」

「でも、ダイヤですよ」

    「ガラスよ。おもちゃに毛が生えたようなもんよ」

「でも、落とした人は探してらっしゃるかもしれませんし…」

    「しかたがないわよ。

     安物は指からはずれやすいのよ」

「でも…」

    「何?」

「私、もう帰らなきゃいけなくて、元の場所へ戻しに行く時間が無いんです」

    「私に行けと?」

「はい。すみませんがお願いします」


冗談かと思えば、真剣な顔をしている。

なんでそういう面倒なモンをうちへ持って来るんじゃい…

玄関にぶら下がった組長のフダを呪う。

なんて要領の悪いデモデモ女…そんなだから田舎へ飛ばされるのよっ…

すでに彼女の身の上を勝手に決め

とぼとぼと、聞いた場所へ指輪を置きに行く私さ。


それからしばらくして

「おばちゃ~ん!みりこんおばちゃ~ん!」

近所の子供が呼んでいる。

「指輪拾った~!」

…ギャ~!

さっき私が寒さに耐えながら、はるばる?50メートル歩いて

せっかく置いて来た指輪ではないか。


    「よっちゃんにあげる…持ってお帰り…」

「いらない!ママに怒られるもん」

ちっ…子供に見つかったからには、もう置きに行く手は使えない。

黙って捨てるわけにもいかなくなった。

「おばちゃん、おまわりさんのとこに行く?」

自分の親に言えよ…。

しかし、よっちゃんは燃えている。 

しかたなく二人で近所を聞いて回った。


私とて、いい年のオバサン…善意でそこら中を手当たり次第…

なんて面倒なことはしない。

まずサイズ。

私の薬指に、少しきつい…12くらいか。

ということは、小柄で細身というわけでもなさそう。


さらに推理は進む。

本物のふりして偽物をしそうな人…

外に出る生活をして、この偽物を人にちらつかせる必要のある人…

宝石を色々持ってると人に思わせたい人…


しかし推理のしかたが不純だったためか、徒労に終わる。

あれから2週間…該当者は今のところ判明していない。

指輪はうちの玄関に置いてある。

どさくさにまぎれて無くならないかな~と願っているが、やっぱりある。

同じことなら、本物で悩みたかったと思う。 
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体育会系

2010年02月19日 19時17分40秒 | みりこんぐらし
バンクーバーオリンピックの鑑賞に忙しい今日この頃。

だって~、仕事しなくなってから初めての冬期オリンピックよ!

私だって一応初戦というわけ。


トリノの時は、出勤時間が迫っていたので

荒川静香と安藤美姫の演技を靴をはいたまま見て

そのまま仕事に駆けつけたわ…なんて思い出す。


スピードスケートの、コーナーを回る時の足さばきにうっとり。

一歩一歩、置くようにして進む感じが好き。

男子フィギュアスケートを見ていて、息をするのをうっかり忘れ

酸欠になりかける。


スノーボードのおニイちゃんも話題になってたけど

空港に現われた姿をニュースで見た時

「あのダサい制服をよくここまで着こなせたな」と正直感心した。

あの髪型であれを着せられるのは、さぞや抵抗があっただろう。


試合では、これから滑走する子のイメージビデオみたいなのが

スタート地点に据えた大スクリーンに映し出される。

あらかじめ撮影していたらしい。

馬子にもライトアップ…すごくオシャレな感じに写してもらって

ポーズ取ったり顔をキメたりしている。

他の競技の人が、この撮影に耐えられるだろうか。


スノーボードって、他の競技と違い

格好も言動も「伊達(だて)こいてナンボ」みたいなところがあると思う。

擁護するわけではないが、十把一絡げでは収まりきらない気もする。


彼は、とても感覚的な子だ。

この感覚でボードを操るからこそ、天才なんだと思う。

私も男の子を育てたので少しわかるが

こういう子を大人の思い通りにしつけるのは難しい。


ぶっきらぼうでふざけているような態度は

語彙や表現の種類を多く持たない彼なりの

全天候対応設備だと思う。

この人達はオレの味方じゃない…と感じたら

無意識にヨロイで武装してしまうのではないか。

そのヨロイ、ガッチガチならわかりやすいんだけれども

彼流の柔らか素材なもんで、それを聞いた人たちは

肩すかしを食わされたような行き場のない怒りに戸惑う。


国費が使われるから問題になるので

制服の支給をやめるなり、着たくない者は自費で別便の飛行機を使うなり

何か別の方法を考えてあげたらどうだろう。


…そんなん、かわいいもんじゃ!と私は思う。

そして国内に生息する、体育会系モドキという罪深い生き物に思いを馳せる。


学生時代スポーツに携わり、やたら元気のいい人のことを

いつの頃からか体育会系と呼ぶようになった。

健全な肉体と精神を持ち、礼儀正しく志の高い爽やかな人物…

そのようなイメージが先行している昨今を私は憂う。


スポーツに親しむ過程で心身を鍛え、人間としての完成形に近付いていく者…

頑張った経験を今度は社会人として生かそうとする者…

スポーツを通して多くのことを学ぶ人はたくさんいる。


しかし全員が全員、立派に成長を遂げられるわけではない。

特に中高年は、今やタブーとなったウサギ跳びなんぞを良いと信じてやりまくり

やれ炎天下で水を飲むな、それ歯を出すな…

などとナンセンスなことをさんざん強いられた。

元々心の強い者には、それすら糧や思い出となるだろうが

本人も気づかないうちに思わぬ方向へ歪む者もいる。


竹を割ったようなスポーツマンの虚像の裏に隠されているのは

案外女々しく計算高い素顔だったりして、職場や家庭に毒をまき散らす。

体育会系は体育会系でも、コンマ以下の要警戒人物も大勢いるのだ。


明治、大正、昭和初期…その頃スポーツをする者の大半は

そのまま坊ちゃんや嬢ちゃんという証であった。

食べるために奔走する必要のない

恵まれた環境の者だけに許された趣味…それがスポーツであった。


生まれながらに恵まれているので、性格も明るくて爽やか。

誰かの足を引っ張ってやろうとか

あいつの持ってるものをかすめ取ってやろうという発想そのものが無い。

身をかまう余裕があるので、見た目も良い。

そんな人たちが体を鍛え、スポーツマンシップを身に付ければ

そりゃもう無敵…憧れの対象である。


スポーツには、当時の感覚がいまだに息づいているフシがあると私は思う。

リーダーシップや協調性に富み、根性がある…

世間には相変わらずその通念が残っている。

その通りの人もいるだろうが、イメージに乗じる人間も多く実在し

そんなのに限って「自分は体育会系」と自称したがる。

そのほうが何かとお得なのをよく知っているからだ。

さながら狼の皮を被ったキツネ。


この「体育会系モドキ@コンマ以下」は

根性、根性と言っていれば、何でもまかり通ると思って生きてきた。

しかし社会生活において、本人はその根性をあまり使用しない。

大好きな根性は、自分でなくて周りの人間に要求する。


困った問題は、汗をかいて忘れる癖がついているため

頭でものを考え、真実を見いだす習慣が無い。

よって強靱そうな外見と裏腹に、臆病で逆境に弱く

精神的にもろいので感情の起伏が激しい。

激しいので無茶をするし、変に熱い心で残酷をはたらく。

チヤホヤされた過去が忘れられず、日常でも注目されることを好み

体力だけはあるため、スケベも多い。


職場で…家庭で…ゴタゴタの絶えない所に、わりと高確率で

この「コンマ以下」が配置されているのは、私の周囲だけだろうか。

少しはオリンピック選手を見習ってほしい…無理か。
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プレゼント

2010年02月16日 10時11分54秒 | みりこんぐらし
人間、悪いことは出来ないもんだなぁ…とつくづく思う。

昨夜のことである。

夜遅く、夫と町内のスーパーに出かけた。


店に入ると、知り合いのアヤにバッタリ。

この子は、私らが新婚の頃、同じアパートに住んでいた。

当時はボーイッシュな小学生で、子供の苦手な夫ともよく気が合い

しょっちゅううちで遊んでいた。

うちの子のおもりもよくしてくれ、私も我が子同然にかわいく思っていた。

やがて私達夫婦は夫の実家へ引っ越し、だんだんと疎遠になった。

ここ10年ほどは、年に1~2度ばったり会う程度だ。


そのアヤも、今ではそろそろアラフォー。

ボーイッシュはそのままで、かなりかっこいい独身女性になっている。

去年会った時、洋服の店で雇われ店長をしていると聞いていた。


それを知って以来、私も行って何か買わねば…と常々夫に話していたのだが

若者向けのカジュアルな店なので

あちこちにいらぬ肉のついたアラフィフの私には

太刀打ちできそうにないんじゃわ。

裁断からして、違うもんね。

それで、とても心苦しく思っていた。


ところが、アヤが言うではないか。

「こないだはありがとう!」

     「何が?」

「洋服、たくさん買ってくれて」

     「あ~?」

「おばちゃん、今日は着てないじゃん。あれ、似合うと思うよ」


わたしゃ幽体離脱したかと思ったね。

     「ど、ど~ゆ~こと…かな?」

「え~?おじちゃんが店に来てくれて、おばちゃんに似合いそうなやつって…」

     「おじちゃんが?…」

「おばちゃんにプレゼントするんだって、張り切ってたよ~!

 カーッ!愛だねぇ!」


後ろを振り向くと、買物カゴを持った夫はユデダコみたいに

真っ赤になっている。

「あれ?私、言っちゃいけないこと言ったかな~?」

    「どうやらその愛は、よそへ届けられたらしいで」


アヤは大笑いしている。

「おじちゃん、まだ病気が治らないんだね!

 ダメじゃん、こういうのは最初に口止めしとかないとぉ」

この子は夫のヤマイも知っている。

「おじちゃん、もういい加減足洗わないと、バチ当たるよ」

夫…赤いまま無言。


     「アヤちゃん、今度は本当に店に行くからね」

「うん!家に帰って喧嘩しないでよ」

     「あはは!しない、しない」


それからまあ夫の従順なこと!おとなしいこと!気を使うこと!

いつものように買物カゴを持って私の後をついて歩くが

携帯チェックのために時折フッと姿を消すこともない。

ずっとそばに控えて、買う品物を手に取るたびに

サッとカゴを差し出すセバスチャンぶり。


このまま家に帰ったら危ないと思ったのか、ドライブしようと言い出す。

そしていつもは生返事ですませる私の他愛ないおしゃべりを聞く!聞く!

「ほ~!それで?」

「なるほど、それはすごいね!」

相づちもすばらしい…まるで大口客を接待中の営業マンだ。

あやまること以外なら、しばらくはどんなことでもしてくれそうな勢いじゃ。


謝罪…多くの妻は、これをまず望んで責め立てる。

しかし夫のほうは、これが一番イヤなのだ。

片方の絶対欲しいものが、片方の絶対やりたくないもの。

だから苦しみが長引く。


「悪うございました」と言われたって、全然スッとしないぞ。

あっさり謝罪したらしたで

「あやまればすむと思って!」などと、また別の憎しみがわく。

一番欲しいものはさっさとあきらめて

第二第三希望をズルズルと長くいただく暗黙の示談が得策だと思うよ。

はい、お金と気遣いね。


滅多に行かない時間に、滅多に行かないスーパーへ行き

滅多に会わないアヤに会う…。

我々夫婦は、よくこのような偶然に出会う。


人は悪さをしても、ある一定のラインまでは

神様も大目に見てくれるんじゃなかろうか。

でも、調子に乗ってそのラインを越えた時から

こんな事態に陥りやすくなるのではないかと思う。


妻の名をカタる、夫婦の親しい所へ出没する、親しい者をあざむく…

夫はこれをよくやる。

浮気されていれば、そこで息をしているのさえいまいましいものだが

近い所、知ってる所でナンカやらかすというのは

そのセコさ、こざかしさが妻の神経をさらに逆撫でする。

昔の私なら、血の雨が降ったであろう。


しかし、そのおぞましき憎悪も愛あればこそ。

目の前が真っ暗になって、体が勝手に震えだすような衝撃や怒りは

もう襲ってこない。

あの感情を懐かしく思い出す。


    「ありがとう。よく行ってくれたね。

     おかげでアヤちゃんに義理が立ったわ」

私は夫に心から礼を言った。

夫もアヤがかわいいから、その店でプレゼントを買ったのだ。

「うん…」

何も触れないほうが恐ろしかろうかと思い、一応私も気を使ったつもりだが

うなづいた夫の横顔は、硬く引きつったままであった。
  
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鬼畜賞

2010年02月12日 15時34分57秒 | 前向き論
ちょっとさぼっていたら、検索キーワードがたまってきた。

時々出してあげたくなる。


『のし袋 選挙出陣式』

出陣式にのし袋が登場すると、選挙違反ですね。

危険なので忘れましょう。


『お経 3千大先生』

浄土真宗で使用する、仏説阿弥陀経の中の一文ですね。

3千大先生ではなく「三千大千世界」です。

広い広いこの世の中…って意味でしょうか。

この経文の中に度々出てきます。

へんぷ~さんぜんだいせんせ~かいせつじょうじつごん…と続きます。

お葬式か法事で聞かれたんでしょうかね。

かわいい勘違いに感動しました。


『五十代女性の性衝動』 『50代の人妻が不倫告白』…

ちょっと、五十代、すごいじゃん。

個人差とはいえ五十になっても下半身が若いままって、大変でしょうね。

こっちは誰でもよくても、向こうは引きますもんね。

ものをあんまり考えない人は、枯れにくいみたいです。

体を壊さない程度に頑張っていただきたいと思います。


『隣の奧さんとの不倫体験を告白』

こういうことに興味持つ人って、ほんと、告白とか禁断という言葉が好きですね。

安近短…手近でタダがいいだけでしょう。

せこい、しわい…の問題だと思いますが。

昔、ママさんバレーのチームメイトに経験者がいましたね。

ご主人に知られて髪を切られ、日曜大工で隣との境に高いトタン塀が出来ました。

安く上がるトタンが、私のツボをとらえたものです。


『ダブル不倫のコツ』

知りたいですか?教えましょう。

会わないことです。

会わなければ、バレません。

会わなければ、身もだえすることもないのです。

どうです?いいでしょう。

え?それじゃあ不倫じゃないって?

ほほほ~。


『不倫中の夫 顔も見たくない』

わかりますよ。

顔を見なくてすむような広い家や別荘も用意出来ないのに

やることだけはご立派ですもんね。

そりゃあ腹も立ちましょう。

一生懸命背伸びしたカカトが、いつ疲れて地面におりるか

足元だけ見ておきましょうね。

その着地点には、ぜひ画ビョウを。


『自営夫と不倫相手と同じ職場』

私の周りにもけっこういます。

最後は気の毒なことになるケースがほとんどです。


雇い人に手を出す時点で、すばらしい鬼畜ぶりです。

相手を見下げているから出来るのです。

私から、つつしんで鬼畜賞をさしあげます。


またそれに応じる女性のほうも、必ずどこかに打算があります。

給料や立場で得なことがあるかもしれない…

仕事に行くのが楽しくなるかもしれない…

うまくいけば奧さんと入れ替われるかもしれない…

給料をもらうだけでは飽きたらず

一粒で二度三度おいしい状態を求める欲が、背中を押します。

こういう女性には、ミス鬼畜のトロフィーをさしあげます。

ミセスもいるって?

いや、その選択と、本人の存在自体がミスってことでよろしくお願いします。


よそでこしらえた愛人を自分の会社に入れるのも同じこと。

雇うほうも、のこのこ乗り込んで来るほうも

「お互いお金に見放されてもかまいません」というサインです。

鬼畜はもはや人間ではないので、通貨を持つ権利は無くなるんですね。


たとえ亭主が鬼畜でも、子供がいると軽はずみに動けないのでつらいですね。

見放した後の生活を見据えて、準備を楽しみながら

展開を面白がる気持ちになっていただければ幸いです。


大丈夫。

商売がだめになって、浮気者の亭主と飢え死にや夜逃げ…

ということにはなりません。

なまじ波風が立ったことのない夫婦のほうが

見切りどきの見極めができずに心中したり、共倒れになることがあります。

捨てどき、または夫婦で再出発のしどきは

妻が一生懸命生きていれば、必ずわかります。


『収入ごまかす夫』

お宅だけじゃなく、よその旦那もけっこうしてますよ。

OLしてた頃の話ですが、年に1~2度、報奨金が出たり

組合関係の還付金みたいなものがありました。

既婚者は全員、妻には内緒の通帳を持っており

そっちの口座にお金が入るようにしてやるのも仕事のうちでした。

額も知れてるし、悪事に使うわけではなくても

こっそりと妻の目をごまかす快感を楽しんでいる様子でしたね。

ごまかしても、残りはくれるんなら上々じゃないでしょうか。


入らないなぁと思っていたら、愛人に渡してた…

というのよりは、きっとマシだと思います。

その理由…事故、落とす、盗難などなど。

家の中にオレオレ詐欺を飼ってるみたいなもんですよ。

はい、うちで~す。

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目障り

2010年02月10日 20時04分39秒 | みりこんぐらし
最近目障りなのは、ある同級生の男。

遠くに住んでいて、たまにメールが来る。

男とメール…などと思わないでいただきたい。

連絡網と同じだ。


女の勘や情念が、どんなに一方的で恐ろしいものか

私は経験上、身に沁みている。

バレなきゃいいなんて、生やさしいものではない。

相手がわからなくても、関係ない。

疑惑の糸を絡められ、不運の淵に沈められても構わないほどの相手ならともかく

老眼鏡かけて絵文字をたどる爺さんなんざ、まっぴらごめんだ。


よって、出来ることならこのような交流は避けたい。

避けたいが、情念なんて言っても

わからない者にはわからない。

奧さんを嫉妬深い怨霊みたいに言われたと

誤解されたら厄介だし

かえって変に意識されたら、もっと迷惑だ。


男は「連絡を絶つなんて…それほどまでにオレを…」

などと、自分に都合のいいほうへ勘違いしたがるヤツが多い。

しかもそれを絶対人に言う。

他の者に私の消息をたずねて、思わせぶりな発言をする恐れあり。

遠くで暮らして滅多に会わない人間は

すでに気心が知れた相手ではなくなっている。

それで成り行きに任せている。


なぜそこまで過敏になる必要があるか…

私が浮気者の夫を持っているからだ。

実際、うちみたいにハゲしいと

その妻は「常に飢えている」と思われ

わずかなことに尾ひれがつきやすい。

偏見は、そう簡単にくつがえせるものではない。

気をつけるに越したことはないのだ。


じゃあバンド活動はどうなのだ…ということになるが

皆、地元住民なので、その妻たちとも親しい。

家族ぐるみの行事もあるので、お互いの気性もわかっているし

見える所なら割合安全だ。


実はバンドの話は、一部のメンバーの中で

もっとずっと前からあった。

しかし年齢上、先に子育てから離れることになる我々女子は

男子メンバーの子供たちが大きくなるまで10年以上待った。

子育て中の大事な時期に、男女が定期的に集まる趣味を

わざわざ発足させるのは良くないと考えたからだ。


若い妻の心をそよりとも揺らしてはいけない。

子供が小さいうちは、夜に亭主が家を空けるだけで感じが悪いものだ。

これは面倒を避けるというよりも、彼らの妻に対する我々の敬意である。


…とまあ、これほどまでに気を使っているというのに

こいつの目下の悩みは、息子の大学受験。

「今日は1次試験で心配で心配で…」

「2次が心配で心配で…」


公的機関で順調に出世し、今までたいして悩むことなく来たもんで

悩むといったらこれぐらいのことしかないのだ。

私にどうしろと言うのだ。

どっか行って拝んで欲しいのか。

おまえの息子がどうなろうと、知ったこっちゃないわい。


数年前、こいつの娘が中学受験する時もそうだった。

地元の同級生にも何人か、同じようなことを言ってよこした。

あんまりナーバスになっているもんだから、その時は

「みんなで応援してま~す!頑張れ!○○ちゃん!」

などと熱い激励の寄せ書きをしたハガキを送った。

やがて合格したら

やれ娘は優秀だった、頑張った、ここまでやれる子とは思わなんだ、オレは泣いた…。


それっきりその件に触れることはなく

今回長男の受験でまた「どうしよう、どうしよう」である。

今度は私も学習した。

「頑張ってね」で終了。


それがどうも気に入らないらしい。

もっとこう、温かい言葉が欲しいらしく

何回も心配心配と言ってくる。

メールは一往復じゃダメなんかいっ!

今さらジタバタしたって、どうにもならんじゃんかっ!

めんどくさいので無視る。

開けてないメールが、携帯にたまっていく。

    
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自給率

2010年02月08日 14時38分16秒 | 前向き論
早く死にたい…以前の私は、いつも思っていた。

こんなにつらい人生なら、もういらない…と思っていた。

いくらのんきでも、浮気癖のある亭主と何年も一緒だと、さすがにまいる。


特に夫の実家で暮らした10年は重症であった。

夜、床に就いてから必ず

「どうかこのまま明日、目が覚めませんように」と願った。

しかし容赦なく朝はやって来る。


子供が寝静まった後で、泣きながら寝るのが習慣になり

蓄膿症になった。

弱り目に祟り目さ。


毎日が不安でたまらない。

先のことが心配でならない。

「こんなに苦しいんだから、いつかはきっと幸せがくるはず」

明日目が覚めないようにと願いながら、遠い幸せを夢見るこの矛盾!

しかし、いっこうに幸せが来る気配は無かった。

私は卑屈でふがいない自分をすっかり嫌いになっていた。


このままでは良くない…わかってはいても

何をどうすればいいのか見当がつかない。

本を読んだり、人に聞いたりして

「気持ちを切り替えて」「他に目を向けて」「感謝して」

なんて言われても、上滑りするばっかりだ。

強情なもんで「はいそうですか」と、明るい方へさっさと行けない。

ま、素直にさっさと行ける者には、こんな災難は降りかからないのだ。


そんなある日、庭で放し飼いにしていた犬を

来客のためにつないだことがあった。

家出癖のある困った犬であった。

しかし、つないだと思っていたのは首輪だけで

縄の先はフリーだった。

犬はそれに気づかず、つながれていると思い込んで

半日の間、じっとしていた。

犬の浅はかを笑いながら、自分みたいだと思ったら泣けてきた。


縄の先がつながれているとは限らない。

思い込みとは、恐ろしい。

我が身の不幸を嘆き続けていたけど

ひょっとしたらこれは、ただの思い込みかもしれない…と思った。


いつも暗い顔で愚痴や溜息、そのくせ人の言うとおりには絶対しない…

いつも自分のことでいっぱいいっぱいなので、人に気を配るどころではない…

そんな人間に、誰が愛を注ぐというのだ。

私がその周囲にいたら、顔も見たくないであろう。

それを「誰もわかってくれない」といじけていただけなのかも…。

わかってないのは、自分だったかも…。


それからようよう、私は自分に合った具体的な解決策を探し始めた。

夫から常時、安定供給されていると思い込んでいた愛情が

実はよそへ輸出されていた…すべてはそこから始まった。

たいして愛し合っていた夫婦でもないが

もう無いとわかると、失ったものの意外な大きさに驚く。

タダでもらえていたものが、急にもらえなくなるのだ。

それがどんなものであれ、惜しい。


一旦供給を停止した愛が、質、量ともに

今後元通りの形で戻ることはもう不可能と思われた。

さんざん傷つけ合った後で

お互い何事もなかったように振る舞うのは困難である。

それならなおさら、なんとかしておかないと

結婚生活を継続しても、終了して一人になっても

苦しいのは自分である。


私は考えに考えた。

周囲も見回した。

いつも幸せそうなあの人この人と、自分との違いは何か…。

答えは単純であった。

その差は旦那の差であったが、それは彼女たちと私の差でもある。

もう手遅れだ…今さら言ってもしょうがない。


残るは、自分を好きか嫌いかであった。

自分のことが好きだと、人に言う者はいないが

明るさや思いやり、人を大事にしようとする気持ち

心からのお祝いの言葉などで、なんとは無しにわかるものだ。


また考えた。

どうやったら自分を好きになれるのか。

やがて思いついたのが

食糧自給率ならぬ、愛情自給率のアップである。


潤沢に供給されなくなった愛情は、人をあてにせず自ら補給する。

輸入で足りない部分を自給で補うというわけだ。

人をあてにするから腹が立つ。

もらえない所で「くれ、くれ」と泣いてもダメだ。

自分がまず変るというのは、そういうことなのではないかと思う。


その作業は

「今日もきれい」「どうも人より若いような気がする」「性格が好き」

「走り高跳びが得意だった」「味噌汁がおいしく作れた」

なんでもいい…自分のいいところを見つけて、ほめることから始める。

人は誰でも、愛されたい、好かれたい、評価されたい、大切にされたいという

希望を持っている。

愛情の輸入量低下により、そこにちょっと不具合が生じているので

自分で言ってやるのだ。


うぬぼれたっていい。

やりすぎくらいでちょうどいいあんばいだ。

周囲を見回してみるといい。

「謙虚な人」と讃えられる者より

「うぬぼれ屋さん」と呼ばれる者のほうが

細かいことを考えないので、よっぽど楽でお得な人生を歩んでいる。

名より実を取るべきだ。


ほめるうちに、ねぎらう気持ちが出てくる。

あんた、よく頑張ったわよねぇ…なんて言ってると

自分を愛せるようになる。

アタシもなかなか捨てたもんじゃないわね…なんて気がしてくる。

見えないバリアに守られて、なんだか強くなったような気分になる。

こうなるまでに、そう年月はかからない。

数日で効果が現われ始める。

最終的に「自分が大好きっ!」と迷わず叫べるくらいになったら

しめたものだ。


そこでひとまずメンテナンスが終わる。

その頃には自信も取り戻せているので

嬉しいことや楽しいことが、実感として戻ってくる。

生まれた幸運、生きる喜びも身に沁みてわかってくる。

まず心を元の状態に戻してやれば、ものごとの受け止め方が変るので

周りの状況も必ず変化する。


自分を嫌いなこと、好きになれないことは

そう悪くはない、ごく普通のことだと思っていた。

が、自分を好きになってみて初めてわかる。

これは不幸の根源である。

大切な自分自身に愛想をつかし、不幸に導いていく大罪なのだ。


私の場合、自分をほめすぎて

かなりタチの悪いオバサンに仕上がった気もするが

この副作用は、なかなか楽しい。
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ワインの夜

2010年02月05日 11時50分32秒 | みりこんぐらし
先日、姑ヨシコが「ちらし寿司を作ったから食べにおいで」

と夕食によんでくれたので、夫と二人で行った。

ヨシコの作るちらし寿司はうまい。

生の小エビの背わたを一匹ずつ取ったりして

気の遠くなるような手順で出来上がる。


食べ終わった頃、釣りに行った次男が魚をたくさん持って帰った。

家で食べきれないので

ここ数年、ヨシコと親しい内山夫人に届けることになった。


ヨシコが電話をかけて「息子夫婦が届けるから」と伝える。

「いつもいただくばっかりじゃ悪いから…

 お返しにと言っちゃナンだけど、ワイン飲む?」

内山夫人のキンキン声は、受話器からよく聞こえる。


夫の家族は全員下戸だ。

「私達は飲めないけど、嫁は飲むわ」

「え~?嫁さん?だったらあげない。

 何もしない、もめ事ばっかり作る人でしょ!

 そんな人に飲ませたくないわ。

 こないだもほら、言ってたじゃない…」


ヨシコは「おほほ…おほほ…」と空虚な笑い声を挿入してごまかすが

まる聞こえじゃわい。

なんだかんだの末、内山夫人もワインを持て余しているらしく

魚と物々交換することに決定した。


ヨシコの交遊関係は、どんどん変化している。

友達が死ぬからだ。

30代前半から急に成金状態になったヨシコは

それ以来、主に老舗の商家の奥様たちと遊んでいた。

それぞれの旦那同士が商工会やゴルフで親しくなったのだ。

その人たちは一様に細かいことを気にせず

人間がおっとりしていた。


田舎のこととはいえ、そういうおうちの人たちは

つきあいかたも割合さらりとしており

家の恥や人の噂を話すことをあまり喜ばない。

そんなことばかり話していると「下品」ということになるので

ヨシコも外では合わせていたところがあった。


無一文から成り上がった男の妻ヨシコを書類整理上「竹」とする。

生まれつきお嬢様の友達を「松」とすると

竹が松にまぎれて、松らしく過ごしていた。

ところが松たちは、次々といなくなった。

食べ物がいいのか、惜しまれるうちに早めに死ぬ。

竹は、下世話な分やたらと元気で長生きな「梅」と交わるしかなくなった。


梅は噂話が大好物で、幸せをねたみ不幸を喜ぶ。

ちょっとしたことで大騒ぎして長電話をしたり

チャリでかけつけて長居をする。

人のいいヨシコから家の中のあれこれを聞き出し

悪口にふくらませるなんて朝飯前だ。


このところ、噂好きで愚痴っぽいヨシコ。

服装のセンスや顔つきまで変ってきた。

年のせいかと思っていたが、これはまさしく梅感染だ。

ま、根性曲がりの私なんぞ、最初から順調に梅路線さ。


魚を持って内山夫人の家へ行く。

外で待っていた内山夫人、その愛想のいいこと。

さっきの電話とは大違いである。

この変わり身も梅ならでは。

若い時から顔に金をかけてないので

暗い路地で見ても、そのいたみようは凄まじい。


「お~ほほほ、いつもお母様にはお世話になってるんですよ」

そう言いながら、私を頭のてっぺんからつま先まで

無遠慮にじろじろ見る。

口では取り繕っても、無意識な視線はごまかせやしない。

同じ梅仲間を苦しめる敵を見る目だ。

すべてを自分につなげて考え、自分の物差しで計測する。

この発想こそが梅なのだ。


「あの…“皆さんで”飲んでくださいね」

包装紙で幾重にも厳重に包まれたワインを渡される。

ワイン1本でガタガタと…往生際の悪い梅婆め。


家に帰って包みを開けた。

あれほどもったいぶるからには…と期待した私がバカだった。

ワインとは名ばかり。

道の駅の土産物で売ってる甘いやつ…しかも梅ワインであった。 
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インタビュー・2

2010年02月03日 12時07分24秒 | 前向き論
今日は、ご趣味の不倫で幅広く活動していらっしゃる

土建屋ヒロシさんをゲストにお招きして、お話うかがっております。
 

   「不倫中、奥様の態度で一番いやなのはどんなことですか?」

「何も言われないことですね」

   「無視されるということですか?」

「いえ、普段と変わりない、普通の態度です」

   「それは、良心の呵責がおありになるからかしら」

「いえ、何を考えているかわからないので怖いです」

   「喧嘩のほうが怖くありませんか?」

「喧嘩すると、女房の考えてることがわかりますよね。

 出て行けとか、出て行くとか、怒ってるとか、色々意思表示があるので

 ある程度の方向性がわかります。 

 でも普通にしていられると進展が無いので

 ここまで進んだとか、あっちはこう言ってるとか

 彼女に報告が出来ないじゃないですか。

 会う度に進展した結果というかミヤゲを持って行かないと

 女はうるさいんです」

    「お~ほほほ、どこまでも腐敗していらっしゃる」

「お互い様ですね。

 そこまで腐った女としかつきあえなかったということでしょう。

 自分に似合った相手しか現われませんよ」

    「そういうことは、わかってらっしゃると…」

「何人も取り替えて気づくんですけどね。

 初心者の頃は、こいつ、こないだまでおとなしかったのに

 なんでこんなにうるさくなったんだろう…

 なんですぐ泣くんだろう…って不思議でした」

    「うるさかったり、泣いたりするのは苦手?」

「それじゃ家に居るより面倒じゃないですか。

 おとなしくて従順だと思ってたおもちゃが、急に壊れたようなもんですよ」

    「ほっほっほ…壊れたおもちゃはどうなさるんですか?」    

「放置です」

    「そこできちんとお別れになろうとはお思いにならない…」

「今度はそっちに責任が生じるじゃないですか。

 自分からは動かないのが安全ですよ」

    「なるほど。    

     それで近年は、比較的安全な人妻方面の開拓に乗り出されたわけですか?」

「それは無関係ですね」

    「じゃ、お年を召すにつれて範囲が狭まった…」

「そうですね」 

    「では諸事情により、本当は独身のかたがいいけど

     現在は人妻を中心に活動なさってらっしゃるわけですね。

     人妻でも、やっぱりお若いかたとのおつきあいが楽しいですか?」

「ドラキュラは、お婆さんの血は吸いません」

    「ほ~っほっほ」 

「若いと経験が浅いから、小自慢でもウソ話でも

 すぐ信じていちいち驚くんです。

 それが快感なんですよ。

 若い見た目じゃなく、扱いやすさですね」

    「扱いやすさはね、お若いかたのほうがね。

     でもヒロシさん、あまりお若くないかたとも

     おつきあいされてたとうかがいましたが」

「年はいってても、賢くないのもいますから。

 血を吸ってくれと言われれば、しかたないじゃないですか。

 ボランティアですよ。

 年齢か頭が、とにかく自分より確実に下というのが基本ですね。

 でないと自分のバカがばれて楽しくないですから」

    「お互いに刺激し合ったり、高め合ったりするおつきあいというのは

     お好きじゃない…」

「そんなしんどいこと、ごめんですよ。

 でも僕よりバカはあまりいないですね」

    「ほほほ…ご自分よりおバカさんって

     どうしたらわかるんですか?」

「引っかかった時点で、僕よりバカの証拠じゃないですか」

    「確かにそうですわねぇ。

     お相手は、やっぱりお美しいかたがよろしいですか?」

「僕の場合、外見はあまり問いません。

 美人は自分の商品価値を下げる誘いには乗りにくい。

 僕のモットーですが、美人をほめちぎるより

 ザンネンを一回ほめるほうが早くて失敗が無いんです」

    「ザンネン…ほほほ…じゃ、性格重視ですか?」

「性格も問いません。

 つきあいが始まれば、僕に合っている…

 発展しなかったら合わないというだけです。

 たとえば優しくて心のきれいな天使みたいな人を求めたとして

 天使は人の旦那とホテル行きませんよ」

    「それもそうですわね。

     理想を追うよりも、まず実践なんですね」

「高嶺の花をマークするプロセスより

 自分から近付いて来たザンネンが、本当はこんなイヤらしいことや

 図々しいこと考えていたんだ…というギャップのほうが、僕は面白いですね。

 今はもう、そういうのにも慣れてしまって刺激はありませんが」

    「やっぱり、年々そういうのは薄れてくるもんなんでしょうか」
 
「結局みんな同じ…という所までは来ましたね」  

    「今後チャレンジなさりたいことは、何かございます?」

「チャレンジですか…できれば女房と穏やかな老後を過ごしてみたいですね」

    「それってチャレンジなんですか?

     やってらっしゃることが穏やかじゃないので

     どうでしょうかしらね。

     あ、もうお時間?

     ヒロシさん、今日はどうもありがとうございました。

     今後もご活躍、期待しております」

「ありがとうございました」

           ♪る~るる るるる る~るる♪
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インタビュー・1

2010年02月01日 11時20分59秒 | 前向き論
皆様こんにちは。

みりこんの部屋でございます。

今日は、土建屋ヒロシさんをお迎えして

ご自身の趣味について、たくさんおたずねしたいと思います。

さて、どんなお話が飛び出すか、私もとても楽しみにしておりま~す。


   「さっそくなんですが、ヒロシさんは不倫がご趣味だそうで

    ここに色々と質問が届いてございます。

    まず、なぜ不倫を繰り返すのか。

    ヒロシさん、これについていかがでしょう?」

「深い意味はないですね。そこに山があるから登る…それだけです」

   「なるほど…勇敢な登山家みたいなお気持ちなんですのね。

    では次、まいりますね。

    不倫中の子供の存在価値は?という質問なんですが。

    かわいいのか、かわいくないのか、どっちなんだ…

     ということでしょうかしらね」     
          
「基本、どうでもいいんです。

 心底かわいいと思ったら、不倫なんかしてません」

    「まあ。そういうもんなんですか?」

「まったく愛情が無いわけではないんです。

 でも、かわいいの度合いが薄いのかもしれません。 

 浮気をする男性って、肉親への愛情が薄いところがあると思います。

 子供もかわいがりませんが、親孝行もしません」

    「ほほほ…なるほど、薄口でバランスをとっていらっしゃると…

     では次の質問…自分を恥じる時はありますか?」

「ありません。恥と思ったら不倫はできません」

    「まあそうですよね。

     ヒロシさん、とても正直でいらっしゃる。

     では、不倫相手を愛しく思う時は?」

「愛しいというのは、感じたこと無いですね。

 楽しい…ならあります」

     「あくまでご自分の楽しさ中心というわけですね」

「それも最初の恋人気分の時だけです…恋人に責任は無いですからね。

 結婚とかの話になった途端、生活が関わってくるので

 そうなったら女房と同じでしょう。

 一気に氷点下ですよ」

   「でもヒロシさんは、不倫相手に結婚を申し込む流派ですよね。

    ご自分でおっしゃっておきながら、冷めちゃうんですか?」

「最初はお互いに遊びでいいと言ってても

 結局話をそっちへ持って行かれちゃうんです。

 女って、不倫相手に結婚を申し込まれたいもんなんでしょうね」

    「なるほど、なるほど。

     宙ぶらりんを楽しみたいんだけど、女性のほうから話が進んじゃうと」

「こっちも適当にウン、ウンと言ってるから突っ走るんでしょうけど。

 女房と別れて結婚するなんて言ったら、それこそ逆立ちでも何でもしてくれますよ。

 それがしばらく心地いいのでね」

    「その後のことは、お考えにはならない?」

「考えません。楽しいのはそこまでで、あとは付け足しです」     

    「きっぱりですね。

     では、人生を振り返って最初に思うことは?

     つまり、このご趣味を続けてこられたことで後悔は無いのか

     ということでしょうか」

「後悔するなら不倫などしません。

 臭いものにはフタをする主義です」

    「では、ご自分に臭い部分があるということは

     認識していらっしゃるんですね?」

「はい。でも見たくないものは見ません」

    「そこが女性と少し違う所かもしれませんね。

     女性は嫌々でも見て、反省して、同じ失敗を繰り返さないように

     するところがありますから」

「男はしませんね…習性が違うので」

    「狩りをする男性と、子育てをして次の世代につなげる女性との

     違いかもしれませんね。

     次の質問です。

     生まれ変わったら、また同じ人生を歩まれますか?」

「絶対いやですね」

    「おや、そうですか。これは意外です」

「そりゃ真面目で家庭を大事にする人間になりたいですよ。

 自分のやってることが、いいことだとは思っていません。

 誰だってそうだと思いますよ。

 じゃあどうして…と言われると困るんですけどね。

 そこから先は考えたことがないし、考えるつもりもありません」

     「好きでおやりになってらっしゃるんではないと…?」

「口では説明しにくいですね。

 感覚的なものです…ゲームと同じような。

 子供が、もうやめて勉強しなさいと言われても、ゲーム機を離さないでしょう。

 やめなくちゃと思っていても、ついそっちが気になる。

 あれと似ていると思います」

    「あります、あります、そういうことってね。

     では次の質問です。

     別居中の嫁に対する気持ちはいかがでしょう?」

「考えたくない…考えませんね。

 気持ちなんか想像したら、こっちが楽しくないじゃないですか。

 家族とか身内とか、そういう面倒なものから逃げたくて不倫してるんですから」

    「それはそうですよね。

     では次の質問…離婚離婚と言いながら、話し合いや届けなどの

     行動を起こさないのはなぜ?」

「こっちから動いたら、お金がいるからです」

    「おほほ…明快なお答え、ありがとうございます」

「じっとして、女房の自滅を待つほうが得策ですからね」

    「ほほほ…ヒロシさん、本当に腐ってらっしゃる。

     でも嫌いじゃないですよ、はっきりしてらして。

     いったんコマーシャルです」

     
                   続く
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