堂島ロールというロールケーキをご存じだろうか。
大阪が本場らしい。
都会では珍しくないかもしれないが、我ら田舎人には憧れであった。
それが最近、うちらの県でも販売されるようになったらしく
先週、取引先の人が持って来てくれた。
大変おいしゅうございましたわい。
そこで終わらないのが我が家である。
これを私以上に気に入ったおかたが約1名。
そう…言わずと知れた、甘党の夫である。
夫は、堂島ロールをくれた人に、また買って来るよう依頼した。
彼は、それを売るデパートの近所に住んでいる。
もちろん、今度はお金を払う。
2時間かけて運ばれた堂島ロールは、やはりおいしかった。
しかし…である。
夫が家に持ち帰ったのは、1個だった。
前夜、私に3個分らしき代金、4500円を要求しておきながら。
残りはどうしたんだ…と聞くのは、忘れていた。
この1個を家族にどう分配するかで、頭がいっぱいであった。
ところが…である。
私は意外な方向から、残りの堂島ロールの行方を知ることとなった。
堂島ロールを買うと、簡易のクーラーボックスに入れてくれる。
オレンジ色の、かわいらしいバッグだ。
うちにも今、それがある。
翌日の夕方、そのバッグをたまたま見た。
場所は、銀行のATMの前であった。
この色は目立つ。
人が持っているのを見るのは、初めてである。
それを持つ、小学生の女の子。
一緒にいた母親を私は知っていた。
夫の通うK病院の看護師。
そうさ、今までにさんざん出て来たK病院。
ここの新しい看護師トキコさんが、最新の彼女である。
あの病院は、パートの看護師がよく変わる。
古株もいるにはいるが、そういう方面に疎い人だけだ。
何年かおきに、メンバーが入れ替わったところで、夫の狩りが始まる。
「あの人には気をつけなさいよ」と忠告する者がいなくなった頃が、狙い目なのだ。
しかしまあ、コロコロとよく引っかかるものである。
トキコは40歳くらいの、ごく普通の人妻。
子育てが一段落し、再就職したところで、夫と知り合ったのであろう。
仕事復帰もしたが、下半身も現役復帰というところか。
もはや言うまでもない…偶然の一致が複数なら、クロである。
女のカンなどという、いじらしいモンではない。
長年に渡り収集した、膨大なデータに基づく確信である。
不倫する人間っていうのは、おしなべてセコい。
「安い、タダ、もらう、お得」の四大スローガンが大好き。
だから女の方は、おごってもらえる身の上に憧れる。
男もまた、安く済むから誘える。
それを愛だと言い張るのが、不倫である。
彼氏にもらったケーキの袋を
証拠隠滅どころか、娘に躊躇なく与えてしまう…
そんな無意識のセコさゆえに、都合の悪いことが発覚してしまうのだ。
もちろん、愛人に恵んでやるケーキ代を女房からもらう男も、セコさ満点。
払ったほうは、自分の金なもんで、意識する度合いが強い。
やはり発覚へといざなう。
長い間、自分の夫やその相手だけがセコいのかと思っていたが
これはどうも、一般人の不倫愛好家に共通するらしい。
不倫発覚の原因は、携帯の盗み見がトップだと思うが
セコさから生まれる小さなほころびは、その次に位置すると感じている。
そもそも、安いから、タダだからこそ好きという事実が
お互いにわかっていない。
タダだからむさぼる。
タダだから、ブレーキがきかなくなって、発覚してしまうのだ。
それを人より値打ちがあるから愛された…
と信じたがるところに、性質の歪みがある。
人と自分の値打ちを比較すること自体、その人間の卑しさや
生い立ちのみじめさが立証されている。
ああしてくれた、こう言ってくれた…それが嬉しいのは
今まで滅多にしてもらったことが無いからだ。
だからノロケは聞き苦しい。
どんな綺麗ごとを並べても、それはコンプレックスの裏返し…
空虚な自慢に過ぎない。
自分はダメな人間…愛されない人間…心のどこかでジメジメとそう思っている。
思っているが、絶対に察知されないように生きて来た。
それを「愛している」だの「ステキ」だの言ってもらえたら
天にも昇る気持ちであろう。
「会いたい」の前に「タダだから」のつぶやきが
そっと組み込まれているのに気づかず
ひたすら無防備に舞い上がっているさまは
はなはだ滑稽であり、また、あわれである。
タダが大好きな男と、自分がタダとは絶対に思いたくないタダの女。
その組み合わせが、現代における庶民の不倫だ。
万に一つの例外も無い。
疑うなら、1回10万の支払いを要求してみるといい。
翌日から連絡が来なくなること、請け合いだ。
誰もそれを試みないのは、本当は心のどこかで
結果がわかっているからだ。
食事や旅行で、毎回たっぷりお金を使ってくれるから、愛されている…
そう開き直る者もいるであろう。
悪いが、それではすでに売春と同じである。
さて、ATMの前で平静を装い
「あら、こんにちは」と、にっこり挨拶するトキコ。
看護師って、こういう芝居が実にうまい。
癌患者に病名を隠したりするのに、慣れているからであろう。
「こんにちは!あれ?いいカバン持ってるね~」
こちらもにっこりと返し、娘におじょうずを言ってやる。
このバカ女のバカ娘め…バッグをそっと後ろに隠しやがる。
誰も盗りゃせんわ…この欲張りガキが。
親が親なら、子も子じゃわい。
大きくなったら、お母さんと同じことをするがいいさ。
「それじゃ…」トキコは娘をせかし、足早に立ち去った。
後ろめたいことをしていると、コソコソしなきゃならないことも増えて
せわしそうだ。
手を振って見送りながら、私はつぶやく。
「お~い、その堂島ロールは、私の財布から出たんだぞ~」
これはセコいんじゃなく、スジだ…と
こっそり言いわけする私であった。
大阪が本場らしい。
都会では珍しくないかもしれないが、我ら田舎人には憧れであった。
それが最近、うちらの県でも販売されるようになったらしく
先週、取引先の人が持って来てくれた。
大変おいしゅうございましたわい。
そこで終わらないのが我が家である。
これを私以上に気に入ったおかたが約1名。
そう…言わずと知れた、甘党の夫である。
夫は、堂島ロールをくれた人に、また買って来るよう依頼した。
彼は、それを売るデパートの近所に住んでいる。
もちろん、今度はお金を払う。
2時間かけて運ばれた堂島ロールは、やはりおいしかった。
しかし…である。
夫が家に持ち帰ったのは、1個だった。
前夜、私に3個分らしき代金、4500円を要求しておきながら。
残りはどうしたんだ…と聞くのは、忘れていた。
この1個を家族にどう分配するかで、頭がいっぱいであった。
ところが…である。
私は意外な方向から、残りの堂島ロールの行方を知ることとなった。
堂島ロールを買うと、簡易のクーラーボックスに入れてくれる。
オレンジ色の、かわいらしいバッグだ。
うちにも今、それがある。
翌日の夕方、そのバッグをたまたま見た。
場所は、銀行のATMの前であった。
この色は目立つ。
人が持っているのを見るのは、初めてである。
それを持つ、小学生の女の子。
一緒にいた母親を私は知っていた。
夫の通うK病院の看護師。
そうさ、今までにさんざん出て来たK病院。
ここの新しい看護師トキコさんが、最新の彼女である。
あの病院は、パートの看護師がよく変わる。
古株もいるにはいるが、そういう方面に疎い人だけだ。
何年かおきに、メンバーが入れ替わったところで、夫の狩りが始まる。
「あの人には気をつけなさいよ」と忠告する者がいなくなった頃が、狙い目なのだ。
しかしまあ、コロコロとよく引っかかるものである。
トキコは40歳くらいの、ごく普通の人妻。
子育てが一段落し、再就職したところで、夫と知り合ったのであろう。
仕事復帰もしたが、下半身も現役復帰というところか。
もはや言うまでもない…偶然の一致が複数なら、クロである。
女のカンなどという、いじらしいモンではない。
長年に渡り収集した、膨大なデータに基づく確信である。
不倫する人間っていうのは、おしなべてセコい。
「安い、タダ、もらう、お得」の四大スローガンが大好き。
だから女の方は、おごってもらえる身の上に憧れる。
男もまた、安く済むから誘える。
それを愛だと言い張るのが、不倫である。
彼氏にもらったケーキの袋を
証拠隠滅どころか、娘に躊躇なく与えてしまう…
そんな無意識のセコさゆえに、都合の悪いことが発覚してしまうのだ。
もちろん、愛人に恵んでやるケーキ代を女房からもらう男も、セコさ満点。
払ったほうは、自分の金なもんで、意識する度合いが強い。
やはり発覚へといざなう。
長い間、自分の夫やその相手だけがセコいのかと思っていたが
これはどうも、一般人の不倫愛好家に共通するらしい。
不倫発覚の原因は、携帯の盗み見がトップだと思うが
セコさから生まれる小さなほころびは、その次に位置すると感じている。
そもそも、安いから、タダだからこそ好きという事実が
お互いにわかっていない。
タダだからむさぼる。
タダだから、ブレーキがきかなくなって、発覚してしまうのだ。
それを人より値打ちがあるから愛された…
と信じたがるところに、性質の歪みがある。
人と自分の値打ちを比較すること自体、その人間の卑しさや
生い立ちのみじめさが立証されている。
ああしてくれた、こう言ってくれた…それが嬉しいのは
今まで滅多にしてもらったことが無いからだ。
だからノロケは聞き苦しい。
どんな綺麗ごとを並べても、それはコンプレックスの裏返し…
空虚な自慢に過ぎない。
自分はダメな人間…愛されない人間…心のどこかでジメジメとそう思っている。
思っているが、絶対に察知されないように生きて来た。
それを「愛している」だの「ステキ」だの言ってもらえたら
天にも昇る気持ちであろう。
「会いたい」の前に「タダだから」のつぶやきが
そっと組み込まれているのに気づかず
ひたすら無防備に舞い上がっているさまは
はなはだ滑稽であり、また、あわれである。
タダが大好きな男と、自分がタダとは絶対に思いたくないタダの女。
その組み合わせが、現代における庶民の不倫だ。
万に一つの例外も無い。
疑うなら、1回10万の支払いを要求してみるといい。
翌日から連絡が来なくなること、請け合いだ。
誰もそれを試みないのは、本当は心のどこかで
結果がわかっているからだ。
食事や旅行で、毎回たっぷりお金を使ってくれるから、愛されている…
そう開き直る者もいるであろう。
悪いが、それではすでに売春と同じである。
さて、ATMの前で平静を装い
「あら、こんにちは」と、にっこり挨拶するトキコ。
看護師って、こういう芝居が実にうまい。
癌患者に病名を隠したりするのに、慣れているからであろう。
「こんにちは!あれ?いいカバン持ってるね~」
こちらもにっこりと返し、娘におじょうずを言ってやる。
このバカ女のバカ娘め…バッグをそっと後ろに隠しやがる。
誰も盗りゃせんわ…この欲張りガキが。
親が親なら、子も子じゃわい。
大きくなったら、お母さんと同じことをするがいいさ。
「それじゃ…」トキコは娘をせかし、足早に立ち去った。
後ろめたいことをしていると、コソコソしなきゃならないことも増えて
せわしそうだ。
手を振って見送りながら、私はつぶやく。
「お~い、その堂島ロールは、私の財布から出たんだぞ~」
これはセコいんじゃなく、スジだ…と
こっそり言いわけする私であった。