殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

堂島ロール

2010年04月28日 09時42分36秒 | みりこんぐらし
堂島ロールというロールケーキをご存じだろうか。

大阪が本場らしい。

都会では珍しくないかもしれないが、我ら田舎人には憧れであった。


それが最近、うちらの県でも販売されるようになったらしく

先週、取引先の人が持って来てくれた。

大変おいしゅうございましたわい。


そこで終わらないのが我が家である。

これを私以上に気に入ったおかたが約1名。

そう…言わずと知れた、甘党の夫である。


夫は、堂島ロールをくれた人に、また買って来るよう依頼した。

彼は、それを売るデパートの近所に住んでいる。

もちろん、今度はお金を払う。

2時間かけて運ばれた堂島ロールは、やはりおいしかった。


しかし…である。

夫が家に持ち帰ったのは、1個だった。

前夜、私に3個分らしき代金、4500円を要求しておきながら。

残りはどうしたんだ…と聞くのは、忘れていた。

この1個を家族にどう分配するかで、頭がいっぱいであった。


ところが…である。

私は意外な方向から、残りの堂島ロールの行方を知ることとなった。


堂島ロールを買うと、簡易のクーラーボックスに入れてくれる。

オレンジ色の、かわいらしいバッグだ。

うちにも今、それがある。


翌日の夕方、そのバッグをたまたま見た。

場所は、銀行のATMの前であった。

この色は目立つ。

人が持っているのを見るのは、初めてである。


それを持つ、小学生の女の子。

一緒にいた母親を私は知っていた。

夫の通うK病院の看護師。

そうさ、今までにさんざん出て来たK病院。

ここの新しい看護師トキコさんが、最新の彼女である。


あの病院は、パートの看護師がよく変わる。

古株もいるにはいるが、そういう方面に疎い人だけだ。

何年かおきに、メンバーが入れ替わったところで、夫の狩りが始まる。

「あの人には気をつけなさいよ」と忠告する者がいなくなった頃が、狙い目なのだ。

しかしまあ、コロコロとよく引っかかるものである。


トキコは40歳くらいの、ごく普通の人妻。

子育てが一段落し、再就職したところで、夫と知り合ったのであろう。

仕事復帰もしたが、下半身も現役復帰というところか。


もはや言うまでもない…偶然の一致が複数なら、クロである。

女のカンなどという、いじらしいモンではない。

長年に渡り収集した、膨大なデータに基づく確信である。


不倫する人間っていうのは、おしなべてセコい。

「安い、タダ、もらう、お得」の四大スローガンが大好き。

だから女の方は、おごってもらえる身の上に憧れる。

男もまた、安く済むから誘える。

それを愛だと言い張るのが、不倫である。


彼氏にもらったケーキの袋を

証拠隠滅どころか、娘に躊躇なく与えてしまう…

そんな無意識のセコさゆえに、都合の悪いことが発覚してしまうのだ。


もちろん、愛人に恵んでやるケーキ代を女房からもらう男も、セコさ満点。

払ったほうは、自分の金なもんで、意識する度合いが強い。

やはり発覚へといざなう。


長い間、自分の夫やその相手だけがセコいのかと思っていたが

これはどうも、一般人の不倫愛好家に共通するらしい。

不倫発覚の原因は、携帯の盗み見がトップだと思うが

セコさから生まれる小さなほころびは、その次に位置すると感じている。


そもそも、安いから、タダだからこそ好きという事実が

お互いにわかっていない。

タダだからむさぼる。

タダだから、ブレーキがきかなくなって、発覚してしまうのだ。


それを人より値打ちがあるから愛された…

と信じたがるところに、性質の歪みがある。

人と自分の値打ちを比較すること自体、その人間の卑しさや

生い立ちのみじめさが立証されている。


ああしてくれた、こう言ってくれた…それが嬉しいのは

今まで滅多にしてもらったことが無いからだ。

だからノロケは聞き苦しい。

どんな綺麗ごとを並べても、それはコンプレックスの裏返し…

空虚な自慢に過ぎない。


自分はダメな人間…愛されない人間…心のどこかでジメジメとそう思っている。

思っているが、絶対に察知されないように生きて来た。

それを「愛している」だの「ステキ」だの言ってもらえたら

天にも昇る気持ちであろう。


「会いたい」の前に「タダだから」のつぶやきが

そっと組み込まれているのに気づかず

ひたすら無防備に舞い上がっているさまは

はなはだ滑稽であり、また、あわれである。


タダが大好きな男と、自分がタダとは絶対に思いたくないタダの女。

その組み合わせが、現代における庶民の不倫だ。

万に一つの例外も無い。


疑うなら、1回10万の支払いを要求してみるといい。

翌日から連絡が来なくなること、請け合いだ。

誰もそれを試みないのは、本当は心のどこかで

結果がわかっているからだ。


食事や旅行で、毎回たっぷりお金を使ってくれるから、愛されている…

そう開き直る者もいるであろう。

悪いが、それではすでに売春と同じである。


さて、ATMの前で平静を装い

「あら、こんにちは」と、にっこり挨拶するトキコ。

看護師って、こういう芝居が実にうまい。

癌患者に病名を隠したりするのに、慣れているからであろう。


     「こんにちは!あれ?いいカバン持ってるね~」

こちらもにっこりと返し、娘におじょうずを言ってやる。

このバカ女のバカ娘め…バッグをそっと後ろに隠しやがる。

誰も盗りゃせんわ…この欲張りガキが。

親が親なら、子も子じゃわい。

大きくなったら、お母さんと同じことをするがいいさ。


「それじゃ…」トキコは娘をせかし、足早に立ち去った。

後ろめたいことをしていると、コソコソしなきゃならないことも増えて

せわしそうだ。


手を振って見送りながら、私はつぶやく。

「お~い、その堂島ロールは、私の財布から出たんだぞ~」

これはセコいんじゃなく、スジだ…と

こっそり言いわけする私であった。
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目撃者は語る

2010年04月26日 17時06分04秒 | みりこんぐらし
「毎日怖くて怖くて…このままじゃ仕事を続けられません…」

「そういう方向へ行かないように、僕が間に入ったんじゃないの」

たまたま友人と行った居酒屋で

隣の席から、こんな会話が聞こえてきた。


会話の主は、三人組。

一人は30代後半、見たことのある男だ。

町内にある会社のボンボン社長である。

パリッとした、なかなかのイケメン。


もう一人は、作業服姿のさえないおじさん。

こっちもどこかで見たことがある。

その若社長の会社に勤める社員…確か、ずっと独身の人。


三人目は30代前半の女。

この人は初めて見るけど、スラリとした綺麗な人だ。

長い茶髪の傷み具合、キティちゃんの健康サンダル

握りしめたガーゼハンカチなどの諸データにより

元ヤン・バツイチ・子持ちと認定。


男二人が向かい合い、女がその間に座って、深刻な雰囲気だったが

そのうち女がシクシク泣き出したではないか!

私と友人は、途端に無口になる。

全神経を集中させ、隣の会話に聞き入るのみ。


「僕にとっては、どっちも大事な社員なんだよ。

 ヤマギシさんは、先代の時からずっと勤めてくれてて、現場に必要な人だし

 リカちゃんも、子供さんを抱えて、事務を頑張ってくれているんだからね。

 片方が辞めて解決するなんて、僕はそういうこと、したくないんだ」

穏やかな口調で、こんこんと話して聞かせる若社長。

坊ちゃんらしい、清らかな誠意の向こうに

得意げな高揚も見え隠れするのは、私の根性が腐っているからであろうか。


アオいのぅ、若造…私はニヤリとする。

こういう話をするのに、居酒屋を選ぶのは間違いじゃ。

いみじくも社長と呼ばれるからには

顔の利く、人払いの出来る店の一軒や二軒は持っておかんとなぁ。

そ~れ、言わんこっちゃない…

口さがなく物見高い私に、見つかってしまったではないか…ひっひっひ。


「ちゃんと話し合って、気持ち良く仕事ができるようにしよう」

若社長が爽やかに言うと

「そうだよ。じっくり話し合おう」

ヤマギシおじさんも、脳天気に言う。

「いや!ヤマギシさんと話すのはいや!」

リカちゃんは、ワッと泣き伏す。


恋に不慣れな男、ヤマギシ…

彼に魅入られた事務員のリカちゃんが、それを苦に会社を辞めると言い出し

若社長、会社帰りに二人を呼んで事情を聞く…という場面であった。


若社長は優しく問う。

「ヤマギシさんが、リカちゃんに話しかけないようにすれば

 このままうちで働ける?」

泣きながら、こくりとうなづくリカちゃん。


「じゃあ、ヤマギシさん、リカちゃんが落ち着くまで

 しばらくそっとしておいてあげて」

「はあ…でも、伝票渡したりとか、どうしても話すことがあって…」

「伝票だけじゃないですっ!

 いやらしい目で見るし、肩とか、さわる!うっうっ…」

リカちゃんは、ハンカチで鼻と口を押さえたまま

嗚咽とともに、絞り出すように言う。

我々も、つい鼻と口を押さえてしまう。


「帰りも待ち伏せする!」

しゃくりあげながら、厳しく糾弾するリカちゃん。

「俺はただ…旅行のミヤゲを渡そうとして…駐車場で1回だけ…」

「女性はね、そんなことされたら怖いんだよ」

うなだれるヤマギシ。

我々も、なぜか下を向く。


「じゃあ、それもやめようね。

 わかった?ヤマギシさん。

 二人とも、社員同士として、また仲良くやってよ」

「そうだよ。仲良くやっていこうよ」

どこまでも前向きなヤマギシ。

言いながら、ヤマギシはリカちゃんの肩をポンとたたく。


「イヤ~ッ!」

リカちゃんは号泣しながら、若社長に抱きつく。

グラスや皿、テーブルの角という各種障害をものともせず

これほどまでに素早く確実に、横跳び移動の荒ワザをやってのけるとはっ!

この種目でオリンピックがあったら、金メダル間違い無し。


若社長の当惑をよそに「怖い!怖い!」としがみつくリカちゃん。

「ヤマギシさん、言ってるそばからそういうことしちゃだめだよ。

 ちょっと、そっとしておいてあげようよ」

「はぁ…」


すでに若社長の胸に顔をうずめているリカちゃん。

こころなしか、泣き声が恍惚としているように聞こえるのは

やはり私の根性が腐っているからであろうか。

いつの間にか、背中に手ぇ回しとるし。


「リカちゃん、もう大丈夫だからね」

若社長は、離れようとする。

しかし“怯えた”リカちゃんは、ますますしっかと抱きつく。


     「そりゃ、おじんより、こっちのほうがええわいな…」

     「社長は妻子がいて、ヒラのおじんは独身…

      うまくいかないもんだねぇ…」

我々はささやき合う。


やがてヤマギシが先に店を出

若社長とリカちゃんは、少し遅れて席を立つ。

“恐怖のあまり”抱きついて離れないリカちゃんから分離するのに

時間を要したからだ。


リカちゃんは、長身の若社長を見上げて、甘くつぶやく。

「社長、私を守ってくれます?」

「大丈夫だよ、ヤマギシさんも約束してくれたんだから」

「だって~、怖い~」


あれから二ヶ月…違う会社のトラックに乗ったヤマギシ氏を見かけた。

やはり、居づらくなったのであろうか。

ほどなく、若社長に愛人が出来て、家がもめているという話を聞いた。

相手は、ただ一人いる事務員だという。

居酒屋では、二人の上司として立派に振る舞っていた若社長だが

とうとうリカちゃんに押し倒されたらしい。


あの夜、我々が目撃したのは

社長が社員二人を諭す光景ではなく、リカちゃんの計算だったようである。

ヤマギシが、なんとなく気の毒に思えた。
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海辺焼き

2010年04月23日 09時12分18秒 | みりこん胃袋物語
“B級グルメ選手権”と印刷された紙を見せながら

知人の久代は言った。

「私ね、これ、チャンスだと思うの」


ゴールデンウィークに、遠い町で開催されるという“B級グルメ選手権”。

2日間行われ、売れた数を競う。

久代はこれに出場して、我が町の知名度を上げ

ひいては自身の経営する飲食店を宣伝したいともくろんでいる。


武器は「海辺焼き(うみべやき・仮名)」。

海産物を色々入れた、軽食めいたものと思ってもらいたい。

町を活性化するために、新しい名物を作ろうと

数店舗の庶民派飲食店が立ち上がり、共同で開発した。

その中の一人が、久代であった。


社運、いや店運をかけて売り出した「海辺焼き」だが

あんまり人気が出ないと言う。

そこで選手権に出場して、認知度アップを狙いたいらしい。


「どう思う?他の店はみんな出られないから

 私だけ、返事を待ってもらってる状態」

      「ふ~ん」

「7人ひと組でエントリーするんだけど

 家族とパートさん連れて行っても、あと1人足りないの。

 ねえ、どう思う?」

      「じゃあ、出なきゃいいじゃん」


そうじゃなくて…と久代はもどかしげだ。

意味不明のやりとりがあって、鈍い私にもやっとわかった。

人数合わせに、私の自発的参加を促しているのだ。

用事がある…と呼び出されて、これだもんな。


「来て」と頼めば、日当がいる。

私から「行きたい」と言い出せば、タダである。

よっぽどヒマそうに見えるのだろう。

いくら出しゃばりな私でも、出しゃばる場所は選ぶぞ。


     「やなこった!」

「2日だけだし」

     「日焼けするじゃん!」

「困ってるのに…」

     「しろうとじゃ、役に立たないわよ。

      他の店の人に1日ずつでも協力してもらいなさいよ。

      久代、こないだの産業祭の時も、1人だったじゃん。

      雨降ったし、疲れて熱出したじゃん」

「あの日もね、みんな、どうしても無理だったの。

 今回もちょうど法事や子供さんの帰省が重なって、残念がってるのよ」

     「どの店も全員が全員、2日とも動けないはずないよ。

      かき入れ時に店を閉めたくないのよ。

      あんな遠くじゃ、産業祭よりもっと大変で効果が低いしさ」 

「行きたいけど、本当に用があるのよ。

 だから一番若手の私に、頑張ってほしいって」

     「は~!やっぱ年寄りはえらいね~!さすが。

      その日に私、町内を回ってみるよ。

      店を開けてるか閉めてるか調べて、あんたにレポート出す」

「もういい!頼まない!」

いつ頼んだ…幼稚な計算高さで、人をタダでこき使おうとしたではないか。


出場できなくても、大丈夫…売れやしないさ。

すごくまずいのだ…海辺焼きは。

なぜかというと、ある食品の製造行程で出る

カス的なものを入れるからだ。

豆腐を作る時に出るおからみたいなものだと思ってほしい。


おからは無味無臭なので用途が広いが、こっちのカスは癖がある。

油と海産物のニオイをたっぷり吸ったカスは、とっても生臭いざます。

ナンボいやしい私でも、一度食べたらもうけっこう…というお味。

B級なんて言ったら、B級に失礼だぞよ。

C級、D級にエントリーするべきだ。


海辺焼きは、製造工程でカスを出す業者が

カスをお金に換えたくてもくろんだ企画であった。

それを使ったメニューを考案し、定期的に仕入れてくれれば

開発の経費を負担し、会社の季刊誌で店のPRをしてくれるという取引があった。

工場見学、勉強会などの名目で、さりげなく接待されつつ考案したものの

発売から半年…リピーターは少ない。


「売れないと、あんまり仕入れられないから、業者に悪くて…

 だから選手権で頑張りを見せたいの」

久代は言うけど

「まずいもん出したら、客に悪い」とは思わないようである。


本当に繁盛させたいなら

店中にベタベタ貼りまくってる子供や家族旅行の写真はがせ。

ホコリかぶって変色した造花やはく製を捨てぃ。

入り口に宅配牛乳の箱、置くな。

客が来るたんびに、奥から仏頂面で店をのぞくガキをしつけろ。

…言わないけどさ。
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アリキリ思考

2010年04月20日 11時39分49秒 | 前向き論
人は情報に操られる、いや、操られたがる生き物だと、つくづく思う。

職場にいた「アルアル婆ぁ」。

今は亡き情報番組“あるある大辞典”を見ては

「納豆は夜がいい」「白インゲンは痩せる」などと

ツバを飛ばしながら、自分が発見者であるかのように話していたものだ。


ああまで入れ込んでいたというのに

ヤラセで打ち切りになったら、今度は「ガッテン婆ぁ」にひらりと転身。

頼まれてもいないのに“ためしてガッテン”の私設広報員になりきる。

毎週、したり顔で聞かされる人間の身にもなってみろってんだ。


近頃は、食品の効能効果を誇示する番組が、単発でも増えた。

スーパーでは、紹介された品物が売り切れるという。

そういえば、いっときバナナやとろろ昆布が品薄だった…と思い出す。


在庫過剰や豊作の時に「この食品がいい!」と言ったら、よく売れるだろうなぁ…

株価まで変動することもあるのではなかろうか…

今週は豆、来週はキウイとかの順番制だろうか…

裏で贈り物をするんだろうか…

などと考えるのも、なかなか楽しいものである。


「負け犬」や「品格」なんて言葉も、ひところ流行った。

オシャレにバリバリ働く優秀な女性が、たまたま結婚していない状態を

“負け犬”でひとくくりにされてはたまらない。


犬どころか、家で座敷ブタと化し

土俵にすら立っていない私ですら「あんまりだ」と思ったくらいなので

該当者とされた者の気持ちは、いかばかりだろう。

本を読みかじり、聞きかじった者が

やっかみ半分で必要以上にそれを言うからいけないのだ。

残酷なことである。


「品格」…言っちゃナンだけど、そこまで大変な思いをしなくても

美しくしておけば、あんな苦労はしなくていいのに…と思う。


そりゃ、ある程度の常識や能力は必要だろうけれども

「外見は今ひとつですが、頭と心はすごくいいんです…」と百ぺん叫ぶより

見た目を早くにどうにかしておけば、人は自然に心を開き

頭も心も見てくれる。

見たいから、見てくれるのだ。

見たくないものを無理矢理見させるのは、大変なんだ。


持って生まれたものは関係ない。

仕事、プライベートにかかわらず、今日会うすべての人のために

美しく、感じの良い装いを心がける行為は

自分に出来る最低限の礼儀であり、最高の敬意である。

それを怠るから、別の気配りで挽回する必要が出てくる。

効率が悪い。


とはいえ、言われて嬉しいフレーズなら、こぞってその称号を得たがり

あんまり嬉しくない呼び名だと、それだけは避けたくなるのが

人情というものであろう。

情報に踊らされるな…なんて言うつもりはない。

時には踊らされて、浮世の流行りを楽しむのもいいものだ。

しかし内容によっては、それが人生に暗い影を落とすこともあるので

自分なりに選別する必要があるといえよう。


情報によるすり込みが、多くの人に害を及ぼしている例が

「アリとキリギリス思考」である。

汗水流してコツコツ働き、その成果で温かい冬を迎えるアリ。

バイオリンなんか弾いちゃって、さんざん遊んだあげく

最後に困ったことになるキリギリス。


幼い頃に読んだ寓話が、強く印象に残るような人は

真面目で心優しく、頑張り屋の子供であったろう。

おこがましいが、私もそうだった。

悪く言えば、臆病で融通のきかない子供であった。


根が律儀なもんで、人はアリかキリギリスしかいない…と信じ込んで疑わない。

この世には、勝ち組と負け組しかいないと

知らず知らずのうちに決めてしまうのだ。


着々と目的を達成していく理想形…アリになるべく

努力、精進、ついでに根性。

しかし、そもそもが融通のきかない生まれつきであるから

努力してもそれ相応の結果が出ない場合、強い敗北感にさいなまれる。

このままではアリになれそうにないという危機感は

そのままキリギリス行きの特急に乗ってしまったような焦燥感を生む。


この世には、アリとキリギリスだけじゃなくて

蝶もトンボもゲンゴロウも…いろんな虫がいるというのに

それには目もくれず、ただひたすらアリに憧れる。

周囲の人がアリに見え、自分がふがいないキリギリスに見える。

幻覚にとらわれて、劣等感で我が身を痛めつける善良な人々は

思いのほか多い。


アリでさえあれば、それでいいのか。

備蓄した食糧を眺めてほくそ笑み、もっと、もっと…と

よその巣からも奪う手段を企てる卑怯なアリだっているはずである。


そしてキリギリスは、本当にミジメで悲しい冬を迎えているのだろうか。

皆が皆、後悔して泣きながら死ぬのだろうか。

春から秋まで、この世を存分に謳歌して

「じゃあね」と笑顔で死んで行くキリギリスが、一匹もいないと言えるだろうか。


うまくいかなくてつらい時は、自分を責めずに

とりあえず、サナダ虫でも弱虫でもいい…別の虫になれ。

心の奥底を支配しているアリキリ思考から、無事脱却したあかつきには

自分色の羽根を持つ、のんきで面白い虫になれ。

必ずなれる。


あ、私?

虫はあんまり好きじゃないし、面倒臭いからキリギリスでいいや。

バイオリン弾いて、楽しく死んで行こう。

ミリギリスって呼んでもらおうかな。
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塞翁(さいおう)がみりこん

2010年04月17日 16時54分28秒 | 前向き論
ヨシコが退院した。

来月の本格的な入院までは、とりあえず元気そうである。


インスリン注射で生きており、足がふらつく義父アツシ。

糖尿と高血圧、中性脂肪に高脂血症…

大腸癌から生還し、脳梗塞になりながら麻痺も無く

このたび心筋梗塞の栄冠を得た偏食女王、義母ヨシコ。

そんな義父母のために食事を作っている…なんだか私って

いかにもいい嫁ぶってるみたいなので、少し説明を補足しておこうと思う。


この作業は、人様が思うほど大変ではない。

我が家の献立の中から、与えて大丈夫なものをかすめ取り、アレンジするだけ。

ご馳走を与えなければよいのだから、簡単だ。


前回は食材を運んで、最初から作ったので、確かに疲れた。

今回、完成品を届ける宅配サービスに切り替えたら、なかなかいい感じ。


こちらが作るものより、娘が気まぐれに持ってくる

残り物のほうをありがたがるのは、毎度のことである。

アツシはそれに気兼ねして「娘のは、マズい」などと言う。

以前では考えられなかったことだ。

ちょっと病院で働いたというだけで、私を過大評価している。

それだけ体がつらいのだと察する。


「あら、どうして?あの子は料理上手だわ」

ヨシコが反論し、夫婦で軽い口論となる。

元気だからこそ、夫婦喧嘩もできる。


その光景を嬉しく眺めながら

もしも15年前、私がこの家を飛び出さなかったら…と思いを馳せる。

もしも、なんて言っても仕方がないが、あえて考えてみる。


断言する…私はもう生きてはいない。

それでも生きながらえて、長居をしたとする。

たいしたことは出来なかったと思うが、彼らの病気がここまで悪化するのに

もう少し時間的な猶予があったのではなかろうか。

家族の人数が多いと、食事のバラエティが豊富になるからだ。


嫁の出奔で、10年ぶりに再び家事を一手にやる羽目になったヨシコは

しわ寄せが食事に来た。

外食、出来合いの惣菜、早くて見栄えの良い肉料理が中心になり

夫婦で持病を悪化させていった。

厳しい言い方をすれば、嫁をいたたまれなくするのと引き換えに

彼らは自身の肉体を犠牲にしたといえよう。


ともあれ、双方はなるべくしてこうなった。

私は流れ流れて、はからずも治療食の作り方を知ることとなった。

そして今、双方がこの世に生存しており

家族をやり直す機会が与えられている。

自身のつたない経験が、誰かの役に立つ喜びは大きい。


ついでに思い返してみる。

家の商売があるのに、よそであくせく働く自分をずっとみじめに思っていた。

~夫婦仲良く盛り立てていく図が、私の理想であった。

小姑が毎日帰って来ては、波風立てるのが悔しかった。

~この女のせいで、家にも会社にも私の居場所が無い…と憎んだ。

そしてもちろん、亭主の浮気はつらかった。

この三重苦のまま、苦節30年が経過…一苦につき、十年?


しかしその苦節は、すべて自分で作り出した世界だったと、今なら言える。

物事が思い通りに運ばない焦りや不満に、心が支配され

はなから所有している健康な体や子供、雨露しのぐ家

親きょうだいや友人の存在に、あらためて目を向けることは無かった。

私にとっては、あって当然のものだったからである。


逆なのだ。

あって当然と思っていたものが、実は奇跡の産物であり

それを与えられた喜びに、まず気づかなければ

いつまで経っても苦しみからは抜けられない。

抜けられないだけならまだいいが、どんどん大きく、深刻になる。

それがわかった時、最大の悩みは、一瞬で幸運な出来事に成り代わった。


なぜ一瞬で簡単に変化したか…

別口だと思っていた三つの悩みは、根底で連動していたからである。

すべては、現状に満足出来ない私の不平不満から、生まれたものであった。


確かに発端は、夫の浮気だった。

しかし、それをいつまでも根に持ち

果てはタネやハタケまでうたぐるそぶりの嫁を誰がかわいく思うだろう。

ましてや大事な家業は任せられない。

同じタネとハタケの作物である娘も

そんな嫁に家業と実家を思い通りにはさせないと、意地になって当然である。


私の望みが早々に叶い、思惑通りに家業を手伝っていれば

人に使われる者の喜怒哀楽は、生涯知らないままであった。

大きな顔をして、経営ナントカ会だの、商工ナントカクラブだのに

出入りしてたかもよ…ハズカシー!

夫婦で会社を盛り立てるも何も、あったもんじゃねぇわ…

不況で落ち目の今、すべては見事に私の責任になっていたこと間違いなし。


よそで働かなければ、食事の重要性を実感することもなく

病人食作りが苦になっていた。

それは私に重くのしかかり、行く先々で

「親が、食事が」と、しかめ面でこぼしていること、うけあいだ。


実家依存の小姑がいなければ、情に流され

家を出る決心がつかないまま、自分をどこまでも追い込んでいた。

また、夫の浮気が無ければ、このブログは誕生しておらず

皆様と出会うことも無かった。


何がラッキーで、何がアンラッキーなのか、わかりゃしない。

だから、現在の状況を悲観することは無いよ…と言いたい。

「いやだ、いやだ…早く抜け出したい…」と思っていたら

長引くぞ…私みたいに30年だ。

懲役なら、最長ランクだぞ。


そう…これは懲役である。

悩みに固執すると、願望が生まれる。

「ここから逃れたい」「本当はああなりたい」という願望だ。

連日連夜それを思い続けるうち、少しずつ自作の鉄格子が出来上がっていく。

その中に、我と我が身を囚えてしまうのだ。

私はとりわけ頑固だったので、懲役期間が長かったように思う。


「今はなんだか不本意な気分だけど、ま、いいか」

で済ませていたら、早くてもっといいほうに転がる。

人生は、こうして自分で微調整しながら、展開を楽しむ旅であるといえよう。

だから面白い。

まさに、塞翁がみりこん。
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みりこんゲーム

2010年04月15日 17時39分07秒 | みりこんぐらし
コトは先週末の京都にさかのぼる。

この旅行は、義母ヨシコには内緒にしていた。

週明けに、ヨシコの入院が決まっていたからだ。


気を使ったのとは違う。

去年、やはり京都に行った時、ヨシコの機嫌は悪かった。

完全に妬いていた。

行き先がどこかつまらぬ所なら、ここまでにはならない。

京都の二文字には、やはり女の情念を刺激する何かがあるのだろう。


その時、ヨシコは胆のうを摘出して、1ヶ月ほどであった。

夕食と朝食は私が作っていたため

病人を置いて遊びに出かけた…と、ヨシコの恨みは深かった。

姑のために泣く泣く取りやめる嫁の誠意を見たかったのだ。

もちろん、私にそんな気などさらさらない。

ホレ、もっとやってやろうか…と思う。


しかし今回、ヨシコは心の臟に問題が生じた。

また妬かせたら、うっかり止まるかもしれん。

万一の事態に陥ったら夢見も悪いし

せっかく行ったのに、急遽帰ることになったら困るではないか。

それで、こっそり出かけることにしたのだ。


しかし、悪いことは出来ないもんだ。

滅多に電話をかけてこないヨシコが、京都に泊った晩に限ってかけてきた。

携帯の着信を発見したのは、深夜であった。


用があれば車でサッと行ける距離なので

わざわざ電話があるのは、2ヶ月に1度くらいのペース。

その2ヶ月に1度が、たまたま京都の夜に当たった。

恐るべし…ヨシコ!


夜中なのでかけ直さず放置し、やがて完全に忘れた。

妬かせると危ないなどと言っておきながら、このありさまだ。

私が彼らに今ひとつ信用されない原因の一端であろう。


家に帰ると、留守電が3件…全部ヨシコ。

1分おきに入っている。

1回目…黙って切る。ゴトゴト…と受話器を置く音で、ヨシコとわかる。

2回目…「留守なの?留守ですかぁ?帰ったら電話ちょうだい」

3回目…もはや声が怒りに震えている…「どこか行ってるのっ?電話ちょうだい!」

バレて~ら…その後、携帯へかかったのであった。


翌日、夫の入れ知恵でかわいい歯磨きセットを買い

ミヤゲと共に渡すと、ヨシコの機嫌は良くなった。

後で夫に耳打ちする。

     「歯磨きのこと、教えてくれなかったら、どうなっていたか…

      ありがとう、助かったわ」

「だろ?入院の準備の買物メモを見たんだ」

夫は得意げ。

どうなるも、こうなるもないわい…平気さ。


そしてヨシコは一昨日入院した。

検査入院なので、数日で退院する。

本格的な入院は、来月だ。


久しぶりに夕食作りに通う日々が始まった。

義父アツシの糖尿はさらに進行したらしく、食欲が去年より落ちている。

さっそく家族会議…といっても、次男は車検の休みを利用して

ヨシコについているので、3人だ。


検討の結果、アツシの好物である雑煮を作ることに決定。

「餅はオレが買う」

      「他の材料は揃ってるわ」

「じゃあ僕は心で応援する」

       「ラジャー!」


アツシは、季節外れの雑煮を喜んだ。

朝食用に作っておいたホットサンドも嬉しかったらしく

なぜかその皿を自分で新聞紙にくるみ、会社にいた夫に手渡した。

アツシなりの感謝の表現ととらえる。


夫も似た所があるが、とにかく刹那的な感覚だけで生きている人なので

言動の意図がわからなかった昔は、実につらかった。

いちいち怯え、苦しんだのが嘘のよう。

でもアツシ…これは君んちの皿だよ…。


脳天気な夫でも、親がピンチとなると元気が無い。

優しい!私は元気づけてやるのだ。

     「大丈夫だからね。今度は食事療法を長く続けてみるわ」

病院の厨房で働いたのも、このためだったのねぇ…なんて言ってやる。

大サービスだ。


「うん、頼むよ」

単純な夫は、すぐご機嫌になる。

そうさ…明るく人に頼んで、自分は快楽をむさぼるのさ。


いっこうに構わない。

愛でも義務でもないからだ。

検査でドロドロと言われたヨシコの血をサラサラにし

すでに手遅れであるアツシの血糖値を安定させる…

これは私にとって、非常に楽しいゲームである。


きれいごとではない。

同じ遊びでも、多少の知識があると、いっそう面白い…あれだ。

誰にも譲るものか。

譲ってくれなんて、誰も言わないか。
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舞妓は~ん・2

2010年04月13日 17時27分27秒 | みりこんぐらし
先日は、お見苦しいものをお目にかけ、大変失礼いたしました。

本物の舞妓さんです。

おわびのシルシにどうぞ。

とても自分と同じヒト科とは思えません。








祇園甲部歌舞練場…ここで「都をどり」を鑑賞しました。

毎年4月1日から30日まで、1日4回毎日行われるそうです。

60名くらいの舞妓さん、芸妓さんによる日舞の公演です。



舞妓さんが芸ごとを練習する場所と聞いていたので

ビルか家だと思っていたら…

広い敷地に、レトロで立派な建物があったので、びっくりしました。






こちらも祇園甲部歌舞練場の一部です。



この和風な建物の奥へ進むと、都をどりの会場に行き着きます。

舞妓さん、芸妓さん、置屋のおかあさんたちも、お仲間の舞台を見に大勢いらしていて

客席のほうも華やかでした。






これから始まります…ワクワク。



会場が真っ暗になり、拍子木の音がチョンチョンチョン…

出演する舞妓さんたちの

「都をどりは、よ~いやさ~」という高音のかけ声で、幻想的な舞台が始まります。

その瞬間、私はついに発見しました…男心をくすぐる奥義を!


「よ~いやさ~」の“さ~”は、日本語にある一般的な発音ではないのであります。

元気に「サー!」と言ってしまえば、卓球の愛ちゃんになります。

祇園の「サー」は「ひゃぁ~♪」に近いのであります。


ええ、私には、♪が見えましたともっ!

ため息と嬌声が、絶妙なサジ加減でミックスされた…鈴を転がすような…

ちょっと力の抜けたサーなのであります。


色気や媚びではないのです。

モー娘。やAKBに近い無邪気さ、かわいらしさ。

構えず、一生懸命を感じさせず、かといってテキトーでもないギリギリ。

言うなれば抑制と脱力の美…これが伝統というものでありましょう。

女の私でもへろへろ~となってしまいました。

ゼニがあったら、貢いでしまうやんけ~!


サーが聞けるのは、最初のたった一度、ほんの一瞬です。

このサーを聞くだけでも、充分京都まで行った甲斐がありました。

来世で生かしたいと思います。






美しき魅惑の世界の興奮冷めやらぬままに、祇園の町を散策。

さっき都をどりを鑑賞していた芸妓さん、おかあさん、お客さんのご一行を発見。



「た~さん、こっち、こっち」

「おお、みり奴、そっちかいな」

「わて、帰りますんで。あんじょうおきばりやす」

空想のセリフ。



今回の旅で知ったこと…京都のタクシーは、ワンメーターの距離が長い。





…普通っぽいブログ書くのって、初めてかも…

…なんて楽ちんなんだろ…癖になりそう…

…独り言でした…チョンチョンチョン…
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組長・8

2010年04月08日 15時19分16秒 | 組長
組長の任期が終了した。

ここに1枚の回覧が残っている。

自治会を混乱させ、会長になり代わろうともくろんだSじじい…

彼が想像をはるかに越えたウルトラ級のわからんちんだと知り

近所に回覧板として回したものである。


最初は、言いなりになったら図に乗ると思い、総会はやらないと決めていた。

しかし、前年度の決算に異議を訴えている以上

このまま放置しておくのはマズい…という前任者の意見が出た。

そこで、バカを野放しにするより、ここらで1回叩いておく方針に変えた。


『総会のおしらせ…

 8月某日、総会を開催いたします。


 これは、5月に中止となりました総会を業務上引き継いだものであり

 現在、一部住民から再三に渡って出されている執拗な要求に屈したものではないことを

 ここに明記させていただきます。

 現状をご理解いただき、安心して暮らせる町にするために

 多数のご参加をお願い申し上げます。 


 なお、今後このような要求は

 みりこん宅で一括対応することに決定いたしました。

 ご意見のあるかたは、みりこん宅へお越しの上

 わかりやすくご説明いただきますようお願い申し上げます』


総会は盛況であったが、Sじじいは欠席した。

回覧板が回って、出るに出られなくなったのであった。

敵前逃亡…の声、多数。


他の一味は参加して、作戦どおり決算報告書にケチをつける。

内容はどうでもいいのだ。

巻き舌でお下品に責められたら、誰でも「やりたくない」と思う。

そこで「ワシらがやってやる」と大いばりで引き継ぐ…いう方向へ

持ち込む手はずになっている。

そのために、彼らは総会を開く必要があった。


なぜそうまでして三役になりたいか…

我々には理解し難いところであるが、彼らにとっては権力の象徴らしいのだ。

そして最大の魅力は、親睦会と称して、自治会費で飲むタダ酒である。

3年前、たまたまこのメンバーで三役をやり、味をしめた。


最初こそ、皆に呼びかけがあったが

彼らと親睦をはかりたい人間はいないので、参加者は限られる。

集会所の大画面液晶テレビとエアコンも、いつの間にか黙って買っていた。

それらを不問にしたのは、彼らの次に役員をした者達の臆病もあったが

情けでもあった。


さて、総会で司会をする私は

彼らの言う「不審な点」がどうしても理解できない。

     「損失補填(そんしつほてん)があるとおっしゃりたいんでしょうか?」

「そ…そうじゃ…損失補填じゃ…」

損失補填というフレーズがいたく気に入ったらしく

「損失補填、損失補填」と口々に繰り返す。


     「あら?でもこの場合、損失補填とは違うかも」

「そうじゃ、そうじゃ…損失補填じゃない…」

     「じゃあ、粉飾決算?」

「そ…それじゃ…粉飾決算じゃ」


もうここらへんになると、住民の間から忍び笑いが漏れてくる。    

私も吹き出しそうなのをこらえ、真摯に取り組む姿勢をキープ。

     「あ、違う、単なる二重計上かも」

「…二重計上、二重計上」

     「そうじゃなくて、記載漏れ」

「記載漏れじゃ、記載漏れじゃ」

     「でもちゃんと記載はありますね。

      この記載のしかたが“一部住民”にはわかりにくかったということですね。

      では今後、気を付けるということで、よろしければ拍手をお願いします」

多勢に無勢の抵抗は、むなしいものであった。

以来、やつらはずいぶんおとなしくなった。


もう1枚、去年の冬に回した回覧がある。

『お知らせ…

 集会所に、おびただしい私物(酒・食品・寝具等)が放置してあります。

 集会所は子供会も使用するため

 私物による事故(飲酒・食中毒・ダニ等)が懸念されます。

 お心当たりのあるかたは、すみやかに撤去をお願いいたします。


 なお、個人的に作られた集会所のスペアキーは

 すみやかに返却または処分していただきますよう

 また、今後集会所を使用する際は、従来の取り決めどおり

 事前に自治会に申し出て、使用許可を得ていただきますよう

 重ねてお願い申し上げます』


これで、一味の生き甲斐…会費が流用できない今、自費で続く親睦会…は終わった。

もっともその頃には、一味はすでにバラバラであった。

こちらとしては、タイミングを見計らい、有終の美を飾ってやったつもりだ。


私は感情のままに、ヒステリックに言い合うのを好まない。

口で負けるとは思わないが、それでは相手と同類になってしまう。

それにこの種の人間もどきは、自分で怒りの処理が出来ないので

また誰か弱い立場の者にあたり、解決にならない。

よって段階的にジワジワと追い詰め、自滅を促すほうが、私の好みである。


さて、最近はどうか。

一味の一人、Sじじいを影で操っていた男は

ヒザに水が溜まって、かねてより通院中だった。

先月、弱った足で転倒し、頭を切る。

なかなかの重症である。


救急車で運ばれるところを窓から見た。

その光景は去年の春、彼らにいじめられて倒れた

あのじいちゃん会長を彷彿とさせた。

もう一人は、不治の病で未だ闘病中。


Sじじいの家では、年老いて出来た一人息子の家庭内暴力が始まった。

息子の機嫌が悪い時は、放心状態でフラフラ徘徊している。

目が濁って白くなり、視線も定まらない。

心も体も、かなり危ない状態だ。

静かになったらもの足りず、ひそかに彼らの回復を願う

慈悲深い!私であった。


新しい組長は、信仰に大変熱心なご夫婦のお宅にお願いした。

きちんとした服装で家々を訪問して布教活動をする、かの有名なあの宗教だ。

もしSじじい一味が復活しても、温かい人柄のご夫婦のこと…

神と精霊の御名(みな)において、優しく諭していただけるであろう。 

暇が増えたので、今年度はバンド活動に本腰を入れたいものである。
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コールドケーキ

2010年04月06日 09時40分10秒 | みりこん胃袋物語
夫と県北の公園に赴いた。

いつも二人で出歩いているようだが

仕事先までの距離を測ったり、交通事情を把握しておく必要があり

そのついでに足を伸ばすのだ…と言い訳しておこう。


広い公園は、地域の物産を扱う店や飲食店などがあって

ちょっとした観光地になっている。

そこで私は、オシャレな感じのカフェに入りたくなった。

漂うカレーの香りに誘われてしまったのだ。


我々の間には、経験に裏打ちされた定説がある。

田舎、第三セクター、洋風建造物、おぼえにくい名前…

これらの条件を満たした飲食店はハズレ…というものである。

その理由はさまざまあるが、第3セクターという

責任の所在の不明瞭さからくるソフト面の不備が大きい。


「こら!待て!」

夫の制止を振り切り、フラフラと店内の人となる。

周囲には、陽気に誘われてやってきた人々がいっぱいだというのに

この店だけが閑散としている。

外から見て、そこそこ人がいるように見えたのは

客より大人数の店員であった。


洒落た籐製の椅子は、ヒザがテーブルの足につかえて

どうしてもまっすぐ座れない。

見回せば、もう一組いる客も斜め座りだ。


大柄は、こんな時に難儀じゃ。

私は上体正面・ウエスト90度ヒネリのワザにて対応。

夫は上体、下肢ともに正面を向くべく

大開脚の大ワザに挑むが、股関節の柔軟性に欠け、断念。

店は、デザインと予算重視の結果

客に不自由を強いる方針を選んだようだ。

そのほうが長居も防げるというわけである。


メニューは、飲み物の他に

スパゲティーセットとカレー、ハヤシライス

あとはホットケーキぐらいしか無い。

出ないものをどんどん削って行ったら、結局これらが残ったという感じ。

私は迷わずカレーを、夫はホットケーキとコーヒーを注文した。


カレーはどこで食べても、そう大きな失敗は無い。

ここのは、外まで香りが流れていたので手作りらしい。

厳密に言えば、出来合いのベースに野菜を投入してある。

私の好きなサラッとしたタイプで、けっこうおいしかった。


気の毒なのは夫。

どうもホットケーキがホットじゃないらしい。

いつまで待ってもバターは溶けずに、かしこまった正方形を保つ。

夫は仏頂面で、バターにはじかれたシロップが

ダラダラと皿へ流れゆくさまをじっと眺めている。


コーヒーにミルクはついていなかった。

いや、夫をひと目見るなり、コーヒーにミルクを入れない主義と察知したのかも。

さすがプロの勘と心配り…イヤミです。


ヒマそうな店員達に、ホットケーキがコールドケーキなのを言ってやりたいが

二人で目を見合わせて、我慢する。

「ダメな店に改善のチャンスを与えてはならん」

こんなところは、意見がピッタリ合う我々なのだ。

夫が手をつけないので、いやしい私はそれも食べた。

ひんやりと解凍未満の、斬新な味であった…イヤミです。


まっすぐ座らずにものを食べるのは、けっこうつらい。

早々にレジへ行くと、30代半ばの派手で美しい店員が電話中だった。

仕入れの注文を電話で話しながら、お会計。


ここでムッとするのは、人間道の初心者である。

山里で寄せ集められたパートという印象の、素朴な店員達の中で

髪もキャビンアテンダント風に結って

一人毛色をたがえ、君臨しておられるご様子。

この横柄…いや、風格は、リーダーの証であり

注意する者が誰もいないままにのさばっ…いや、栄華を極めたと察する。


誰一人、サポートに来ないのは、もつれた人間関係に加え

原則として、彼女しかお金の扱いと仕入れが出来ない立場が原因と思われる。

経営陣の誰かの女だと考えて楽しむ。

そのほうが面白いし、けっこう当たっているのだ。


レジ係様は、受話器を持ったまま、金額を指さす。

私は財布から5千円札を出そうとし、千円札があったので引っ込めると

「あ!それ、いるいる!」と言う。

5千円札がいるのかと思ったら、電話の相手に言っているのだった。


気が弱く!おとなしい!私は、レジ係様のお電話のお邪魔にならぬよう

ピッタリ1470円を置いて出口に向かう。

しかし、自動ドアが開かない。

つい今しがた、ここから出たはずの夫が魔法使いに思える。


夫はドアの向こうで、なかなか出て来ない私をいぶかしげに見ている。

早く二人で、この店の“感想”を話し合いたいのだ。

私もよ…待ってて…夫。


ダメな店に改善のチャンスを与えないと誓い合った我々であるが

出られないんじゃあどうしようもない。

お電話のお邪魔はしたくなかったものの、レジ係様にその旨を申し上げる。


「あら、また?」

と言いながら、さすがに受話器を置いた彼女。

しゃがんでドアをガタガタゆすると、無事、ドアは開いた。

…やっとシャバに出られた喜びを噛みしめる私。


はからずも「別の意味でお気に入りのお店」コレクションが

ひとつ増えてしまった。
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教えの怪

2010年04月03日 08時27分10秒 | みりこんぐらし
「みりこんさん、“教え”をやらない?」

何年もご無沙汰だった年配の知人が、電話してきた。

    「教え?」

「私、教えを教えているの。

 “教えの会”っていうお教室を持ったのよ」

    「教えの会?」

「そうなの!

 私、すごく頑張ったのよ~!」


こちらの当惑をよそに、知人はしゃべり続ける。

“お教室”を持ったことが、よっぽど嬉しいらしい。

興奮した口調は、マルチ商法に洗脳された人のそれと似ている。


「私の教えはね、現代風の感覚を取り入れた独特のものなの。

 最近、またちょっとしたブームになりつつあってね…」

“またブーム”って、前を知らんし…。

教えを教えてる…変な新興宗教かも!

私は怪しんだ。


「手軽に学べて、楽しみながら出来るのが教えのいいところよ」

     「はぁ…」

「教えは荷物にならないし、年をとってもずっと続けられるしね」

     「いや…あの…私はそういうのはちょっと…」

「あら~!どうして~?みりこんさんは向いてると思うのよ」

     「そ…そう言われても…」

「お年寄りが多いんだけど、若いお弟子さんにも入ってもらいたいのよ」

     「で…弟子…」


…危ない、危ない。

この人も、ついにそういうことになったか…。

前からちょっと変ってるというか、周りが見えてないと思っていたけど

やっぱりね…。


「皆さん、やって良かったと喜んでくださるのよ。

 人にものを教えるって、自分も学べてすばらしいわ。

 毎日が、とても充実しているの」

ひ~…あんたの充実のために、おいらの魂を犠牲にするわけにはいかんぞ~!


しかし、老後の生き甲斐を見つけたばかりの女は厄介だ。

舞い上がり、燃え上がり、手が付けられない。

「ね、一緒にやろう!仲間も待ってるわ!」

…そんな仲間、いらん。


     「今、仕事が忙しいから、ちょっと無理です」

事柄によっては、私は働いていることにするのだ。

前職が時間に不規則で、人目につかない仕事だったので

まだこの手が通用する。

嘘ではない…働いていますとも…家で。


「忙しいからこそ、週に一度の教えの会が、心のオアシスになると思うわ」

ちっ…敵もさるものだ。

     「そういうのは、私、苦手なんです。ごめんなさい」

「え~?やればいいのに~!」

しかし最終的には

「また気が変ったら、声かけてね」と言ってくれた。

ホッ…。


数日後、本屋でその知人とバッタリ会う。

「そうそう、今ちょうど色々持っているのよ」

うぅ…万事休す。


知人が袋から取り出したのは、数枚の色紙。

うひゃ~!教祖のサインか~?

いえいえ、色紙の上に太った子供や花を立体的にアップリケした

和風の地味~な手芸であった。

布の中にワタを入れて、ぷっくり膨らませたパーツを

糊で貼り付けて形にするのだ。

夫のおばあちゃんが生前、老人クラブで作ったのをくれたことがある。


「ね!いいものでしょ?押し絵って」

教えじゃなくて、押し絵だと、その時やっと理解した。

自分の趣味や立場を過大評価しすぎると、正確な情報が伝わらんじゃないか。

手芸を教えてます…生徒を募集してます…入ってください…と言えば早いのに

変に気取るから、おかしなことになるのだ。


「お節句や誕生祝いの贈り物に、とっても喜ばれるの」

…喜ばれん、喜ばれん。

「頼まれて制作することもあるわ」

…無い、無い。

「みりこんさんも必要な時は言ってね!

 特別にお安くしておくから」

…いらん、いらん。
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