殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

こざくらの愛

2016年01月31日 13時44分08秒 | みりこんぐらし
アタクシの名前は「こざくら」。

こざくらインコだから、こざくら。

ここんちの人達の名前のつけかたって

ほんと、いいかげん。

犬だって、パピヨンだからパピだし。

センスうたがっちゃうわ。


アタクシは、お兄ちゃんに買われて来たの。

あの人、35にもなって嫁がいないじゃない。

こざくらインコは愛情が深いと聞いて

自分のシモベにしようとしたらしいわ。


そうよ、アタクシは愛情深くて

嫉妬深いの。

それがこざくらインコの特徴よ。

ヤキモチ妬かせたら、右に出る者はいないわ。


最初のうちはよかったわよ。

お兄ちゃんとラブラブ。

夜なんて、彼の腕枕で寝てたのよ。

誰かがお兄ちゃんとお話ししてると

割り込んで邪魔してやるもんね。


でもお兄ちゃん、そんなアタクシを見て

「クドさがおばあちゃんと似てる」

なんて言い出したの。

そしてアタクシを

別のインコのカゴに入れやがった。

「今後、君の愛はこの子に注いでやってくれ」

だってさ。


そいつ、ピーコなんて呼ばれてるけど

ただのインコよ。

バカにしてるわよ。


でも愛情深いアタクシだから

今度はピーコを愛したわ。

エサだって、口移しで食べさせてやるもんね。

ピーコのやつが自分で食べようとしたら

ぶっとばすもんね。


アタクシの愛情をたっぷり受けてるはずなのに

ピーコったら、だんだん痩せ細るじゃないの。

羽なんて抜けてきちゃって

元気が無くなったわ。


「ストレスだ」

お兄ちゃんはそう言って

私とピーコを引き離したの。

なんて勝手な男かしら。

グレてやる。


隣のカゴに移されたピーコめ‥

すっかり元気になっちゃって

生き生きしてるじゃないのさ。

生意気ったらありゃしない。

ムカつくから、あの子の足がカゴから出てる時

噛んでやった。

血が出たもんね。


ただ今、アタクシの愛を受け止めてくれる人

募集中。

ちなみにアタクシ、オス。
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仁義なさそうな戦い・その8

2016年01月28日 09時30分57秒 | みりこんぐらし
気がつけば、何もかも自分のせいになっていた

野島青年の衝撃は大きかった。

「若手の失敗で片付けられたのは、悔しい。

僕はよそで営業を叩き込まれてから

転職したんです。

新卒入社の永井部長よりは

常識を知っているつもりです」



野島青年からのSOSを受けた夫は

「じゃあ、田中のオヤジさんに電話しとくわ」

と軽く言った。

「え‥?」

「とりあえず野島君と‥内山さんだっけ?

2人の出禁を解けばいいんだろ?」

「まあ、そうですけど‥」

「それから野島君の名誉回復?」

「いや、もう、そんなこと、いいです!

出禁を解いてもらえれば」

「じゃ、やっとく」

「電話一本で?

そんなに簡単なことなんですか?

社長や専務がお詫びにうかがうとか‥」

「難しく考え過ぎ。

僕ちゃん、頭下げるの平気だから」

その後、夫は田中氏に電話し

出禁はすぐに解けた。


野島青年と内山さんは驚き喜んで

礼を言いに飛んできた。

3人は永井部長の悪口で盛り上がり

親子ほど年齢の違う野島青年と内山さんは

同僚として打ち解け

年に一度の新年会でしか会ったことのない

夫と内山さんは、すっかり親しくなった。


そこへたまたま、田中氏が訪れる。

夫は2人を紹介し

2人が上司の非礼を詫びたところ

田中氏から別の仕事をもらう幸運にありついた。


永井部長、この話を聞いて面白いわけがない。

そこで大下さんという60代の人を

田中氏の元へ送り込んだ。

銀行を定年退職後、営業部に迎えられた人だ。


大下さんと永井部長はソリが合わなかったが

B社が落札した第一報を営業部に知らせず

上の河野常務に伝えた夫への憎しみは

共通している。

本当は、彼こそが夫を恨んでいた。

なぜならB社専用のご用聞きとして

宿舎のプレハブや貸し布団なんかを

準備する係だからだ。


B社は、さんざん彼に世話をさせながら

落札した話は一言も伝えなかった。

地方の業者に厚遇を競わせ

天秤にかけて楽しみ

飽きたら冷たく切り捨てる‥

大企業とは、そういうものなのだ。

我々は義父アツシの会社で経験しているが

大下さんには、相当なショックだったらしい。

年金の足しと老後の生き甲斐のために

ゆるゆると働いていた彼の存在価値が

公然と否定され、やり場のない気持ちが

夫への逆恨みに向くのは無理もなかった。


しかし夫が第一報を

永井部長に伝えていたとしても

仲良しとは言えない大下さんに

そっと教えてくれるとは思えない。

似たような結果で砂を噛むことになるのだが

銀行の支店長だった彼のプライドを取り払い

そこまで想像しろというのは

難しいかもしれない。


これまでの経緯を知らない大下さんは

永井部長の命令を受け

会ったことのない田中氏に取り入るため

田中氏の会社に出かけた。

B社にいいように使われたあげく

見捨てられた男で終わるわけにはいかない。


何度か通ったが

田中氏はなかなか会ってくれなかった。

何度目の訪問だったか

やっと会ってくれたと思ったら

今までのことをぶちまけられ

そこでやっと、永井部長が彼に対して

何をやったかを知る。

「これ以上チャチャ入れるつもりなら

タダではすまさん」

そう言われ、ほうほうのていで帰ったと

後で田中氏から聞いた。


その翌日、永井部長から夫に電話があった。

「本社の取り分はいりません。

だから今までのことは無かったことに

してください」

永井部長がとうとう白旗をあげた‥

嬉しそうな夫だった。


静かな数日が流れた。

そして一昨日、永井部長から夫に電話が。

「雪、そっちはどうだった?」

寒波の影響を心配してくれる

とってもフレンドリーな彼。


「たいしたこと、なかったですよ」

「そう!良かった。

あ、それからね、例の工事のことで

今度情報が入ったら、最初に必ず僕に教えてね!」

「あ、はい」

「それじゃ!」


相変わらず言語の理解力が今ひとつの夫。

「雪の心配なんかして、どういう風の吹き回し?」

なんて言ってる。


「雪は前置きよ。

あんた、今、注意されたんよ」

「え?」

「常識知らずのあんたが

第一報の連絡先を間違えて

本社をモメさせたことになっとるんよ。

あんた、それで指導を受けたんよ」

「ええ~‥?」

「ゲスはどこまでもゲスじゃ」

「ええ~‥?」

(完)
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仁義なさそうな戦い・その7

2016年01月24日 08時37分41秒 | みりこんぐらし
翌朝早く、また永井部長から電話があった。

夫に、田中氏への謝罪を代行させるために

一晩かけて説得の理由を考えたらしく

「実は単価じゃなくて、単位を間違えた」

今度はそう言い出した。


「t(トン)とm3(立方メートル)を

勘違いしたんです。

だって、僕ら本社が扱う単位は

tが多いじゃないですか。

tで計算したら、利益が全然出ていなくて

僕は、人のいいヒロシさんが

騙されているんじゃないかと心配したんです」


契約書の単位を間違えて

利益を計算したら、マイナスになった‥

夫はバカなので騙されていると思い

夫のためを思って田中氏に申し出た‥

要するに、そう言いたいらしい。


通常、単位を間違えるなんて幼稚なミスは

言い訳として通らない。

肉屋がグラムとセンチを間違えるのと同じだ。

しかし永井部長は、今の窮地を脱するためには

情に訴える方が早いと判断して

こんなことを言い出したと思われる。


が、夫に泣き落としは通用しない。

やはり夫が強いからではない。

夫の感情を揺さぶるのは、好みの女性に限定される。

この先、恋が芽生える可能性ゼロの男性に

そよりとも心を動かすことは無いのだ。

夫は聞き流して出勤した。



その日、田中氏は予定通り契約に訪れ

夫は永井部長の非礼をわびた。

「ええのよ、ええのよ。

しょっぱなから変なことばっかりしやがるけん

ガツンと言うてやっただけよ」

田中氏は笑った。


「あんたとこの本社も、とんでもないのを

取締役に据えてしもうたのぅ」

そう言いながら、田中氏が上機嫌なのは当然だ。

本社と田中氏の会社は、同じ業種の似たような規模。

つまりライバル関係である。

本社の未来を担う台頭が、ろくでなしと確信した

田中氏の未来は明るいのであった。


「じゃが、ヤイト(お灸)はちょっと

すえてやってもよかろうが?

工期が長いけん、ヒロシとは

これから長い付き合いになる。

いちいち本社に口出されたら、めんどくさいわ」

田中氏の提案に

異存があろうはずもない我々であった。



2日後、本社営業部の野島青年から

夫に電話があった。

「助けてください!」


野島青年が担当している取引先から

急に出入りを差し止められたという。

我々はその時まで全く知らなかったのだが

その取引先は、田中氏から

仕事をもらっている会社だった。


田中氏は、その取引先に永井部長の話をして

本社との付き合いは、やめた方がいいと言った。

そのため野島青年は突然、出入り禁止になったのだ。


この現象は、やはり田中氏の息がかかった

もう一軒の取引先にも起こっていた。

そこは内山さんという

初老の営業マンが担当しており

永井部長が原因と知って、重役達に訴えた。

この行動には、永井部長に昇進の先を越された

内山さんの悔しさも加味されていると察する。


役員会議で事情説明を求められた永井部長は

ここで最終兵器、永井ミラクルを繰り出す。

「実は、野島が田中社長を怒らせたんです」


処理に奔走していたところ

誤解が誤解を呼んで収集がつかなくなり

部下をかばって僕が泥をかぶりました‥

永井部長はそう言ってピンチを脱した。


「ええ~!!」

後でそれを聞いて驚いたのは

無関係の野島青年。

しかし27才、中途入社のペーペーに

釈明の機会は与えられなかった。


追い詰められた時、こうした弱者を

瞬時に選別できる判断力と

臆面もなく責任をなすりつけられる度胸。

永井ミラクルは、稀有な才能を必要とする

大技なのである。


「あんまりです!」

野島青年は悔しがるのだった。

(続く)
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仁義なさそうな戦い・その6

2016年01月21日 11時17分26秒 | みりこんぐらし

「田中社長に謝っといてください」

永井部長から、軽く依頼された夫。

しばしの沈黙の後、静かに言った。

「普通、怒らせた人が謝るんじゃないの?」


「田中社長、めちゃくちゃ激怒してて

電話に出てくれないんですよ」

「ふ~ん」

夫は電話を切ろうとした。

しかし永井部長は食いさがる。

「あなたの会社でしょ!」


これが永井部長の隠し玉、永井スパイラルである。

自分の身が危うくなったら

とんでもない理屈をこいて、相手を挑発する。


相手は怒りを通り越して脱力し

これ以上こいつに関わると

自分の身が危ない現実を知る。

そこで「もうええわ‥こっちで始末をつける」

と言ってしまい、永井部長の中では

この件は終わったことになる。


が、相手が悪かった。

なにしろ、うちの夫である。

この男に挑発は効かない。

強いからではなく、言語の理解力が今ひとつのため

言われたことがすぐにピンと来ないのだ。

「やっぱり自分で謝った方がいいよ」

夫は電話を切った。


5分後、また永井部長から電話。

「お願いしますよ~。

そっちの方が田中社長と親しいじゃないですか」

「嫌」

電話を切る夫。


さらに5分後。

「頼みますよ。

ちょっとした行き違いなんです」

「ダメ」

このやり取りは計5回繰り返され、夫は

「めんどくさい」とため息をついた。


ここで、自称ゲス研究家の私は口をはさむ。

「このままじゃと、次の兵器が登場するで」

「何、それ」

「あんたの方が、田中のオヤジさんを

怒らせたことにされる。

それで自分が出る羽目になりました‥

でも時すでに遅し

さすがの僕でも手がつけられませんでした‥」

「ええ~‥?」

「ゲスは記憶を都合よくすり替えて

事実を曲げるんよ。

これが平気でできるヤツをゲスと呼ぶんじゃ。

名付けて、永井チェンジ」

「ええ~‥?」


夫は驚くが、実のところ

私はゲスの生態を主に彼から学んだ。

好きな女ができたという理由で

妻子を追い出そうと画策する欲。

追い詰められたらポンポン出てくる爆弾発言。

瞬時に記憶を消し

その記憶をすり替えて味方につける特殊能力。

女と組んで立ち回っていた、昔のあんたじゃん。

ケッケッケ。


ゲスの研究観察で、最も大きな発見といえば

自分のやったことは、いつかどこかで

必ず誰かに同じことをされる法則かしら。

ほら、今みたいにさ。


ま、おかげで私もずいぶん大人になったから

言わないわ。

ゲスの生態は、知ってると便利だし。

だって世の中の過半数はゲスだでな。


「次に電話がかかったら、話を聞いてやりんさいや。

ゲスは頭を下げるのが死ぬほど嫌いじゃけん

代わりに謝ってくれる思うて、今なら何でもウタうで」

「俺はあいつの代わりに謝らんぞ?」

「色々たずねて、話を聞くだけじゃが。

弱みを握るんじゃ。

考えてもみんさい。

今の重役らが退陣したら、次のトップはあいつで。

あの調子で混ぜくられたら迷惑じゃ。

こっちへ簡単に手出しができんように

今のうちに叩いとけや」

「叩くんなら、どこかの時点で

重役に全部話した方が‥」

「それはダメじゃ。

自分らが後継者と決めた人間を

無能と言われて、嬉しい者はおらん。

決めた者の能力にまでケチつけたことになって

冷や飯が待っとる。

会社を巻き込まずに、個人で戦うんじゃ。

永井に苦手意識を植え付けるんじゃ」


次の電話は、じきにかかってきた。

この熱心さを営業で生かしてもらいたいものだ。

「単価のことで怒らせたって、どんな感じになったん?」

夫は優しく問う。


永井部長の話はこうだ。

彼はいつもやるように

田中氏にも「本社の取り分」を主張した。

「この単価だと、本社の取り分が無いので

あと100円、上げてもらえませんか?」


田中氏は言った。

「ヒロシが交渉して

仕入れを100円下げさせとろうが!

それがお前らの取り分よ!

ワシらの間で最初からそう決めとるのに

ゴチャゴチャ言いおってからに!

やかましいんじゃ!

文句があるんなら、上のモン連れて来い!」

それっきりだそうだ。


「仕入れ値を下げてるって

何で教えてくれなかったんですかっ?」

永井部長は恨みがましく言う。

「FAX、送ったじゃん」

「口頭でも言って欲しかった!」

「知らんわ!」


夫の言語力では、ここまでが限界であった。

が、永井部長のおつむが自分と同じ程度というのは

夫にもはっきりわかった様子で

私の本当の目的、夫の永井部長に対する

苦手意識の克服は、ひとまず終了した。


(続く)
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仁義なさそうな戦い・その5

2016年01月19日 11時31分53秒 | みりこんぐらし
正月休みが明け

工事現場への商品納入が開始された。


年末に交わしたこの契約とは別に

我が社と田中氏は

次の契約を交わす必要があった。

芋の種類に、なると金時や紅さつまがあるように

我が社の扱う建設資材も用途別に種類があり

納入場所や運搬料金がそれぞれ違うからだ。

公共工事の始まりは、こうした契約ごとが続く。


契約の日取りを決めるまでもなく

田中氏が今月の14日に来ると言う。

本来なら、仕事をもらう方のこっちが

都会にある田中氏の会社へ出向くのが当然だが

「本社から変なのが来たら嫌じゃ。

ワシもこう見えて忙しいけんのぅ。

先も長うないし、バカと会う時間が惜しいのよ」

それが理由である。


夫は契約が14日になることと

我が社で行う旨を永井部長に連絡した。

黙っときゃいいようなもんだけど

役員会議の決定で、この工事に関する契約は

営業部の仕事になっている。

これも一応、スジってやつ。

「わかりました」

永井部長はそう答えた。


夫は田中氏と相談しながら単価を決めたり

日程の調整や仕入れ先への交渉を進め

経過を営業部に連絡しながら数日を過ごした。

そして2回目の契約書を交わす日が

明日に迫った13日。

永井部長から夫に電話があった。

「明日の契約は中止にして

改めて15日に営業部が行かせてもらうと

田中社長に連絡してもらえませんか?」


「‥何で?」

夫はいぶかしんだ。

「こっちから行くのがスジでしょう。

あさってなら、僕の身体が空くんですよ」

「自分で連絡しんさいや」

スジを持ち出すわりには、自分の都合を優先する

スジ音痴の永井部長にスジを教示された夫は

腹を立てて電話を切った。


「今さら急にやる気になって、一体何なんだ!」

プリプリ怒る夫。

彼よりもゲスにちょっと詳しい

自称ゲス研究家の私は解説する。

「前回より金額がヒトケタ多いけん

欲が出たんじゃ」

「あれだけ田中のオヤジさんに不義理しといて

平気で会えるとは思えん」

「心配ない、全部あんたのせいになっとる」

「ええ~‥?」

「あんたが何も連絡しないから

全然知らなかったと被害者を装う」

「ええ~‥?」

「ヤツの秘密兵器、永井リセット」

「そんな‥」

「どうせ、ええ話にはなりゃせんわ。

切られてもええじゃん。

ゲスに魅入られたら、あきらめるしかないで」

我々の会話はそこで終わった。


その夕方のことである。

永井部長から夫に電話があった。

田中氏と話して、日程の変更を頼んで断られ

その時、単価のことに触れたらしい。

「利益が少ないので、もう少し単価を

上げてもらえませんか?」


これが秘密兵器、永井リセットに続く

永井部長の必殺技、永井スペシャル。

我々はそう呼んでいる。


彼はこの手をよく使う。

お互い納得して決めた単価を

契約書を交わす直前にしゃしゃり出てきて

50円、100円と、みみっちい金額を持ち出す。

最後に何か決めた者が手柄を得ると信じている

彼の得意技である。


一つ一つ、細かく値切って歩けば

わずかに増えた利益は数字に現れる。

それを「最終的に僕が交渉しました」

と会社で言い、自分が出たから締結したと

都合よく説明すれば、細かい事情を知らない者は

よくやったと思ってしまう。


永井部長はこれを誰よりも熱心に繰り返し

利益追求の情熱を評価されて

42才の若さで取締役にまで上り詰めた。

人数の多い会社は、上に対する気配りと

本人の体温の高さだけが目立ち

実際に誰がどれだけ貢献したなんて

あんまりわからないものだ。


商売人は違う。

「前回泣かせてもらったから

今回ちょっと色つけてよ」と次につなげる。

細かいことを言っていたら

ケツの穴の小さいヤツと思われて、顧客は逃げる。

一時のわずかな利益を欲しがって

次で逃げられたら、二度と利益は生まない。

手綱はゆるく、そしてたくさん持っておくのが

商道というものである。


彼には、このフィーリングが無い。

金の卵を産むニワトリの腹を裂くに等しい

この必殺技を、我が社の取引先にも繰り出すので

今まで何度も恥をかいたり謝ったり、同情された。


正直なところ、合併して一番迷惑なのがこれだ。

しかし我々は今までの経緯から

まさか田中氏に向けて

永井スペシャルは出すまいと踏んでいた。


永井部長がしれっと夫に言うのが聞こえる。

「単価を100円上げて欲しいと言ったら

田中社長が怒ったみたいだから

謝っといてください」

夫は絶句した。

(続く)
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仁義なさそうな戦い・その4

2016年01月17日 21時43分12秒 | みりこんぐらし
役員会議の決定により

工事の単価交渉や契約など数字の面は

永井営業部長を筆頭に

営業部が担当することになった。

金額が大きいので、仕事を落とした営業部にも

何とか花を持たせてやりたい役員達の親心だ。


しかし我々もまた、面倒な書類を書いたり

人と会ったりしないで現場に集中できるため

この決定は好都合だった。


ここからが、さすがの永井営業部長。

仕事をくれた田中氏の会社へ行かない。

部長が行かないんだから、部下も行かない。

挨拶にも、打ち合わせにも、契約にも

誰一人行かないまま半月以上が経過。

営業部の中でただ一人、まだ若いという理由で

この仕事への関与を許されない野島青年だけが

ヤキモキしていた。


年の瀬が近づいた。

もうすぐ工事が始まるのに、単価が決まらず

見積りが出ないからには契約書も交わせず

現場担当の我が社は、仕入れや配車の予定が立たない。

第一、いまだに田中氏の会社へ

挨拶ひとつしてないなんて

同じ会社の者として恥ずかしいじゃないか。


逆境に慣れていない夫は

永井部長の報復だと悔しがった。

だが、私の見解は違う。

「報復なんかじゃない。

あいつら、知らん所へよう行かんのじゃ。

あんたが動くのを待って横取りするつもりじゃ。

今動いたら、思うツボじゃ。

わたしゃゲスにもまれて働いてきたけん

ゲスの考えがわかるんじゃ」


肝心の田中氏も、たびたび我が社を訪れ

申し訳ながる夫に

「焦るな、今動かんでええ」

と言った。

「本社の連中がどこまでボンクラか

わしゃ見てみたい」


明日から納入開始という日

「ヒロシ、ハンコ、ハンコ」

田中氏が契約書を持って来た。

「単価はひとまず、これでよかろうが」

ということで、契約になだれ込む。

「本社のモンが来たら

追い返ちゃろう思うて待ちよったのに

だ~れも来んかったわい!ガハハ!」

田中氏は笑った。


「あんたらが行かんけん、こっちで済ませたで」

夫が電話すると、永井部長は言った。

「今日、行こうと思ったのに!」

小学生か。



その翌日、永井部長は重い腰を上げた。

18才年上の部下、松木氏と2人で

どこへ行ったかというと、田中氏の会社ではない。

工事を入札したB社である。

我が町に開設した、B社の現地事務所へ

ご挨拶だそうだ。


どうやら本社伝統の営業法

「上から攻めろ」を決行したつもりらしい。

挨拶にも契約にも行かなかったので

今さら田中氏に合わせる顔が無いため

田中氏を飛び越えて、その上に行っちゃったのだ。


上に行ってどうするか。

追い詰められた彼らの計画では

元請けのB社と親しくなり

煙たい存在の田中氏を下に見る予定。


色黒の永井部長と地黒の松木氏

単独営業の苦手な黒々コンビはB社を訪問し

受付係に名刺を渡しただけで終了した。

「何もしなかったわけじゃない」

彼らはそれでいいのだ。


でも実はこれ、業界では危険行為。

業界の根底に存在する「スジ」を無視した

絶対にやってはいけない非礼である。


どんな工事でもたいていそうだが

まず入札した元請けがてっぺんに位置する。

そこから一次下請け、二次下請けと

仕事が降りて行き

ピラミッドのような上下関係が形成されている。


最初からピラミッドのてっぺんに取り組むなら

「上から攻めろ」が成立するが

すでにピラミッドの2番目、田中氏から

仕事をもらった事実が存在する。

どんなに敷居が高くても、彼らは最初に

田中氏の所へ行かなければならない。

それがスジ。

どうしてもB社へ行きたければ

田中氏の了承を得た上で行くのがスジ。


知ったかぶりはうまいが

何も知らない松木氏はともかく

永井部長がそれを知らないのに驚いた。

よく今までやってこられたものだ。

あ、やってないから知らないのか。


保身と手柄の一石二鳥を狙って

「上から攻めろ」の使用法を間違えたことは

やがて彼らの首を絞めるだろう。

「永井、ヘタ打ったのぉ」

私はほくそ笑んだ。


(続く)
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仁義なさそうな戦い・その3

2016年01月16日 11時35分26秒 | みりこんぐらし

「じゃあな!また近いうちに来る!」

上機嫌の田中氏を見送った後

夫は携帯電話を手にした。

この吉報を本社サイドに伝える必要がある。

ここが合併のウィークポイント。

面倒くさいことをやってもらえる代わりに

おいしいことは独り占めできないのだ。


老眼を細め、番号を探す態勢に入る夫。

が、そこで手が止まった。

「誰に言おうか?」


夫の疑問は当然であった。

まだ誰も知らない第一報というのは

この業界では重い。

最初に誰の耳に入れるか

相手次第で、お互いのその後が大きく変わる。


夫の本心は

自分になついている野島青年27才に知らせ

花を持たせてやりたい。

しかしこの情報、ペーペーの彼には重過ぎる。

単価の決定権や契約の締結権を持たない彼が

人より早く知ったところで

結局は営業部の誰かの補助が必要になり

その誰かに手柄を奪われるんだから

何もならない。


その上、もしも先輩達より先に知ったとわかれば

必ずいじめられて潰される。

能力の無い者ほど、嫉妬深いものだ。


よって、円満路線なら永井部長。

我々は彼の部下ではないが

さっき我が社に起きた出来事を

商談ととらえた場合、管轄は彼になる。


彼がこの情報を有効に利用し

「入札は逃しても、私の尽力で仕事は取りました」

の結末に持ち込むのはわかっている。

シャクだけど手柄を与えてやれば

営業部、よくやった!パチパチパチ‥

これで社内は円満、穏便だ。


スジで考えれば直属のボス、河野常務。

常務もさぞ落胆しているだろうから

一番に知らせたら、きっと喜ぶ。

永井部長の得意満面な報告で知るのは

面白くないはずだ。


しかし河野常務が最初に知るとなると

営業部のミスは明白になる。

我々は逆恨みを買い

今後、営業部との間で

波風は避けられないだろう。


元々我々は、手ぶらで合併したわけではない。

本社にとって難攻不落だった取引先や

独自の仕入れルート

業界の情報網と信頼関係

半世紀に渡って積んだ前例と実績などを

嫁入り道具に輿入れした。


中でも前例と実績は

建設業界にとって重要である。

過去、一緒に仕事をした前例

無事故無違反でつつがなく終了した実績

国や大企業は、その安心感を好むため

ここぞという所で効力を発揮するのだ。


いくら本社が優しくたって

何のプラスにもならない会社と

善意だけで合併するわけがない。

河野常務が我々をかわいがるのも

この嫁入り道具あってのことだ。


しかし我々はあくまで

「助けていただいた」のスタンス。

それが大人の振る舞いというものだ。

河野常務も、そのへりくだりに応えて

我々に良くしてくれるのだ。


永井部長は、それを知らない。

知ろうとも思わず

知る知性もカンも無いとなると

要するに営業人として未熟なのだ。


ニキビ跡の残る浅黒い肌と

やたらキビキビした動作で

スポーツマンタイプを装い

人の手柄を横取りしながら

上司の前では気持ちのいい男を演じて

守備よく取締役まで出世しただけの男である。

どこの会社にも、そんなのはいる。


彼は、拾われた孤児のはずの我々が

なぜ優遇されるのか理解できない様子で

何かと我々を見下げてかかった。

バカにされるのは平気だが

おまえにされることはないわい‥

我々はひそかにそう思っていた。


ということで‥

「波風、立ててやらんかい」

私は言った。

「バカの立てる波風なんざ、知れとるわ」

夫は河野常務の携帯番号を押した。


後で野島青年より聞いた話によると

その頃、遠く離れた本社には

A社が落札を逃したニュースが

数分前に届いたところだった。

せっせと我が社に投資して規模を拡大し

安定した地元業者の体裁を整えてきた

この3年が水の泡となり

役員以下、関係者はショックを隠せなかった。


見当違いの営業を続けた営業部が呼ばれて

怒られている最中、河野常務のスマホが鳴った。

夫の知らせで、営業部の逃した魚が

我が社に泳いで来たのを知ると

河野常務は大喜びした。

そして営業部はますます怒られた。


翌日、永井部長から夫に抗議の電話があった。

「何で最初に僕に言ってくれなかったんですかっ?

うちにはね、B社専門の営業もいるんですよ!

工事があれば宿舎のプレハブを用意したり

貸し布団の世話をして頑張ってきた人が!」


「布団なんか、知るかい!」

夫は返した。

永井部長VS夫の仁義なき抗争は

こうして始まったのである。


(続く)
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仁義なさそうな戦い・その2

2016年01月15日 14時59分14秒 | みりこんぐらし
折りしも、我が町で行われる

大規模な公共工事が近づいていた。

向こう10年続くこの工事は

我々の生息する建設業界のみならず

町の宿泊施設やアパート経営者

飲食店や小売店までが

一時的な人口増加を見込んで注目する大事業だ。


そもそも3年前、本社が我が社と合併したのは

この工事が予定されていたからだ。

公共工事には地元業者が優先されるという

建て前がある。

本社は合併によって地元業者の名目を手にし

工事に参入するのが目的であった。


大規模な公共工事の入札は

一部上場のスーパーゼネコンしか参加できない。

大手を優遇しているわけではなく

長い工事期間中に資材の急騰や事故など

不測の事態が起きた場合

対応できる会社でないと困るからだ。


本社営業部は

工事を落札するゼネコンをA社と踏んで

ずいぶん前からA社に張り付いていた。

A社に決まれば、一次下請けとして

仕事を振ってもらう予定で

接待やご用聞きに余念がない。


とはいえ、A社が落札するとは限らない。

入札というのはくじ引きみたいなもので

ネットオークションとは逆に

一番安い値段を提示した会社が

その金額で工事を請け負う。

フタを開けるまで

どの会社が落札するかわからない。

営業部がA社を選んだのは、単に親しいからで

希望的観測による当てずっぽうだった。


一方、夫は地元ならではのレア情報から

B社が落札する可能性が高いと読んでいた。

そこで、親しいA社しか行かない永井部長に

一本釣りを狙う危険性を説明し

たびたび情報を伝えたし、アドバイスもした。

「B社の責任者を紹介するから

一緒に行きましょう」とも申し出た。

しかし永井部長は

夫の進言をことごとく無視した。

夫は怒ってさじを投げ

営業部は相変わらずA社詣でを続けるのだった。


そして昨年11月末日。

問題の工事の入札日がやってきた。

その日、本社は緊張感に包まれていたらしい。

皆が固唾を飲んで、その瞬間を待っていたらしい。

らしい‥というのは

夫がこの工事への関心をすっかり失い

入札日なんて忘却の彼方だったからである。

が、我々は意外な方向から

その日が入札日だったと知ることになる。


田中のオヤジさん‥夫がそう呼ぶ老紳士が

ひょっこり我が社へやって来た。

「取ったど~!」

彼は愛車のレクサスを乗り付けるなり

魚を獲るお笑い芸人のように叫んだ。

「ヒロシ!B社が落札した!」


彼はB社と親密な会社の役員。

工事を落札したB社は

田中氏の会社を一次下請けに指名した。

仮契約を済ませた彼は

その足で我が社へ駆けつけたのだった。


「資材供給はヒロシに一任する」

彼は夫に言った。

「じゃあ単価とか、詰めの話は

本社の営業を行かせます」

「本社?あすこは好かん!

特に営業!生意気!来ても追い返す」


B社が落札したということは

A社は落札できなかったということだ。

同時刻、本社に衝撃が走っているなどつゆ知らず

田中氏の言葉に、ひとまず溜飲を下げる夫であった。


(続く)
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仁義なさそうな戦い・その1

2016年01月14日 07時53分31秒 | みりこんぐらし
《パピです。今年もよろしくお願いします》



倒産寸前だった義父の会社を閉じ

新しい会社を作ると同時に

都市部の企業と合併して3年半が過ぎた。

合併を推進した本社の河野常務から

手厚い保護を受けつつ

気楽に過ごした年月であった。


どんな環境であれ、3年も経てば

およその状況は把握できるようになる。

ことに夫が、持ち前の人たらしの術で

本社営業部の青年、野島君を手なづけた

昨年の夏以降

本社の内情がよくわかるようになった。


野島君は、面白い事実をたくさん教えてくれた。

隙あらば社内の若者を

カルト宗教に誘おうとするため

陰でパワハラ部長と呼ばれている

経理部長ダイちゃんの話‥

コネ入社させたアホの甥に

自分のポストを継がせようと

画策に余念のない河野常務の話‥

ぶっちゃけ、みんな腐っているということだ。


会社ってのは多かれ少なかれ

腐っているものだが

中でも営業部の腐りっぷりは見事だという。

20人ほどいる営業部の人達は

本当は誰も営業ができないらしい。


「僕達、若い者を知らない所へ行かせて

万が一仕事が取れたら

座って待ってる先輩が手柄を奪うんです」

野島君は憤まんやるかたない口ぶりで

こぼすのだった。


営業の神様、団さんがいた一昨年の末までは

団さんの取った仕事を分け合っていたが

70才で肩たたきに遭った団さんが退職して以来

営業部が目もあてられない状態になっているのは

我々も気づいていた。

団さんのいた10年間

彼のおこぼれをむさぼるだけで

後進が育っていないのだ。


野島君の主張によれば、一番あくどいのは

昨年42才の若さで取締役に昇進した

永井営業部長だという。

これには我々も思いあたるフシがある。

合併当初、河野常務の前では友好的を装いつつ

「田舎で溺れかけていたおまえらに何ができる」

と言わんばかりの上から目線を

ひしひしと感じた。

しかし彼とは滅多に会わないので

敵とみなすほどでもなかった。


彼は立ち回りが非常にうまく

我が社に入った仕事を

営業部が取ったように工作するのは知っていた。

その情報を我が社の元営業課長であり

現在は遠隔地にある生コン工場の工場長になった

松木氏に探らせていることも知っていた。

担当が変わっても、松木氏が工場をほったらかして

足しげく我が社を訪れるのはそのためであった。


我々は松木氏こそ、腐ったハイエナ野郎と

信じて疑わなかった。

しかしなんの、永井部長以下、営業部全体が

腐ったハイエナ集団だったのだ。


もちろん感じは悪いが

途中で入った我々がとやかく言うことではない。

ハイエナにはハイエナの立場や都合が

あるのだろう。

我々は言うに言えぬ感じの悪さを

我慢することで

社内円満に協力しているつもりだった。


しかしここにきて、永井部長との対決を

避けられなくなったのは

おもしろ‥いや、残念なことである。


(続く)
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ニラ騒動

2016年01月08日 16時07分48秒 | みりこんぐらし
皆様、昨年は大変お世話になりました。

プログを始めて、はや数年

寄せてくださるコメントを

いつも嬉しく拝見させていただき

温かいお言葉に励まされてまいりました。

お一人お一人の幸せをお祈りしながら

私自身もまた、幸せを噛みしめる日々です。

本当にありがとうございます。


で、年末の記事で張り切っていた

次男の女装計画

ガーナちゃんプロジェクトですが

諸事情により、挫折。

来年に持ち越しとなりました。

楽しみにしてくださった皆様

すみませんでした。



さて皆様は、どんな新年を迎えられましたか?

我が家は一応、死人が出たということで

しめ飾りと鏡餅を避けた以外は、例年通りでした。


3日の夜、夫が野菜炒めを所望しました。

幼児期に餅を喉に詰まらせ

死にかけた経験のある夫は

お雑煮を食べません。

ついでにおせちも嫌いです。

よって、正月に彼が食べる物は無く

いつも家族と別メニューです。


息子達も野菜炒めが食べたいというので

たくさん作りました。

豚肉、白菜、人参、玉ねぎ、モヤシ

ネギ、ブロッコリー、チンゲン菜

仕上げにニラを散らすと出来上がりです。


野菜を植えていない我が家ですが

ニラだけは、庭のプランターに自生しています。

ニラはしぶといらしく、全く世話をしなくても

一年中、勝手にボーボー生えているのでした。


が、その日のプランターは丸ぼうず。

年末に刈り取って料理に使ったからです。

しかし、プランターのそばの植木鉢に

ニラがあるのを私は知っていました。

いつだったか、義母ヨシコが

そこにも植えていた記憶があったのです。

それをごっそり刈り取って

野菜炒めに入れました。


野菜嫌いのヨシコ以外は

みんな野菜炒めを食べましたが

私は急に不安になってきました。

「あれは本当にニラだったのか?」

そんな疑問が沸き起こったのです。


肥料どころか、水もろくにやらない

我が家のニラは栄養失調で

ほとんど香りがしません。

匂いで判断することが難しいのです。

植木鉢の物は種類が違うのか

柔らかくて葉っぱが太めでした。

皿に残っているのをしげしげと観察しますと

縦にスジが入っていて

プランターの物とは少し違うように見えます。


「ねえ、植木鉢にもニラ植えてたよね?」

ヨシコに尋ねてみました。

「はあ?」

「植木鉢のを使ったんだけど

あれ、ニラだったよね?」

「あんた!ニラはプランターだけよ!

植木鉢には無いわよ!」

「うっそ~ん!食べちゃったよ!」

「食べたって、あんた!

違う草だったらどうすんのよ!」

「うわ~ん!」


すでに暗くなっていたので

ヨシコは懐中電灯を持って

確認のため庭へ出ました。

その間、私はテーブルに突っ伏して

数年前に見た新聞記事を思い出していました。

「高齢女性、毒草を食べて死亡。

75才のA子さんと78才のB子さんは

2人で河原を散策中、草むらにニラを見つけ

持ち帰って調理し、食べた。

その後苦しみだし、病院に運ばれたが死亡。

ニラと思っていたのは毒素の強い野草だった」


その草の名前は忘れましたが

高齢女性、つまりそんじょそこらの人より余計に

ニラという植物を見ているであろうベテランが

間違えるほど似ている危険な草が

そんじょそこらの河原に生えていることに

驚いたものです。

「ケチくさい、ニラぐらい買えばいいじゃん」

と思ったのも確かです。

河原より、自分ちの庭のニラもどきで死んだ方が

何やら恥ずかしいような気もします。


庭から戻ったヨシコ。

「やっぱり植木鉢には植えてないわ」

ガーン!


「みんなには黙っておこう。

明日、うちらが起きなかったら

警察に電話して。

鑑識が来たら、植木鉢を見せるのよ!」

「わかった!」

「ばあちゃん、長生きしてね!」

「嫌よ!私も草を食べて死ぬ!」

「もう無いよ、全部食べたもん」

「ええ~?どうしてくれるのよ!」

「どうせ長くないんだから

無理して死なんでええよ」

「一人になりたくない!」

「じゃあ、うちらが死んだら

植木鉢にまた生えるのを待って

あの草、食べ!」

「わかった!」


次の朝、私も家族も死んでいなかったので

ホッとしました。

やがて起きて台所へ来たヨシコは言いました。

「あの植木鉢にニラ植えてたの、思い出したわ。

隣でもらったのよ。

ニラよ、あれ」。
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