入院中の義父アツシは、この春からオムツを使用するようになり
先月からは、床ずれが始まった。
床ずれは近年、良い軟膏が出ており
「もうおしまい」のサインではなく
「そう長くない」のサインになっている。
入院して以来1年8ヶ月の間続いた、月3回一泊二日の外泊は
今月から、毎週日曜日の外出だけになった。
意識不明になることが多くなったからだ。
介護タクシーの男性と、我が夫との二人がかりで
やせ細ったとはいえ大柄なアツシをハーハー言いながら連れて帰る。
手足が麻痺して、糸の切れたあやつり人形みたいなアツシは
ちょっと介助すれば、ちょっと車椅子なんかの道具やコツを使えば
どうにかなる状況ではないからだ。
本来なら外泊どころではないが、アツシの帰りたい気持ちと
義母ヨシコの帰らせたい気持ちが、医療を越えたというところ。
動けないアツシは、寝起きはもちろん
ちょっと身体の向きを変えるにも人手がいる。
身長175センチのアツシに負けない体格と頑丈な足腰
それにパワーと在宅時間の長さにより
この場合の人手とは、たいてい私の手ということになる。
ごく小さな移動でも、いったん持ち上げてから降ろす必要がある。
降ろす時、麻痺した手足があらぬ方向を向いてしまうので
それをヨシコが望ましい形に整える。
今では息も合ってきて、絶妙なコンビネーションで離陸と着地が行われる。
家ではオムツをはずし、トイレを使いたがるアツシ。
人間として当然の欲求だと思い、部屋に置く簡易トイレを買った。
背もたれと肘掛け付き…
シックな色調…
使わない時は椅子としてインテリアに…
そんなポップに惹かれて買った家具調トイレだ。
が、甘かった。
寝たきりのアツシは、そもそもトイレにたどり着けなかった。
それに、出た出ないがよくわからない。
呼ばれて駆けつけた時には、遅いのであった。
散らばるブツと、強烈な臭気をかいくぐり
すっぽんぽんのアツシを抱き起こして座らせるも、あとの祭。
浮気現場に踏み込むなんて、修羅場としてはまだ青いぞ。
何度かトライしてみたが、結果は同じで
みりこんご自慢の家具調トイレは
寒々しいムードをかもし出すインテリアと化した次第である。
さて、先月のこと。
この状態でアツシは退院をもくろみ
その計画にヨシコも荷担していたことが発覚した。
看護師長の話によると、ちょっとしたことで
アツシがスタッフを泥棒や人殺し扱いし、騒ぐという。
問題を起こして強制退院を狙っている様子だと言うのだ。
そしてヨシコからは、こう頼まれたと言う。
「退院させて家で介護したいけど、私は体調不良で無理。
息子夫婦に協力してもらいたいけど、私からは言えないので
病院から話をしてもらえないかしら」
日頃、退院のたの字すら、おくびにも出さないヨシコであった。
まさか裏でこんな工作をしているとは、夢にも思わなかった。
アツシは騒ぎを起こして強制退院に持ち込み
ヨシコは病院経由で我々夫婦の説得をくわだて、受け入れ体勢を整える。
ウエディングケーキ入刀が、夫婦でやる最初の共同作業なら
これは夫婦でやる最後の共同作業か。
NHKの朝ドラじゃないけど「じぇじぇ!」である。
驚愕する我ら夫婦に、看護師長は微笑んだ。
「自分は無理だから息子夫婦に頼んでというのは、ちょっとねえ。
情だけではどうにもならないことって、あるものよ。
アツシさんの場合、入院を続けるほうがいいと思うので
おとなしくするように言い聞かせてみてくれる?」
必ずおとなしくさせます…我々は誓った。
万一の時には使おうと、用意していた秘策があるのだった。
家に帰って、黒幕…いや、ヨシコと話す。
「お義父さん、退院したいんだって?」
「そうよ!そうなのよ!
あんなに帰りたがるからねえ」
待ってましたとばかりに喜ぶヨシコ。
ここで秘密兵器出動。
「お義父さん、えらいねえ。
最後は自分で決着つけるつもりなんだ」
「え?」
「お義父さんの会社の後始末は、代表者が入院中ということで
私らが代行してたけど、退院したら代表者責任を問われるもんねえ」
「…」
かなりオーバーに言ってやった。
ヨシコからこの話を聞いたアツシは、すぐさま
「退院しません」と言った。
よっぽど恐かったらしい。
後日、看護師長からたずねられる。
「アツシさん、別人のようにおとなしくなったけど
いったいどんなことを言ったの?」
私は答えた。
「おまじないをしました」
余談になるが、そもそもアツシが動けなくなった原因は
持病である糖尿病ではない。
一昨年の入院前に起こした交通事故が原因なのだ。
小さな交差点での軽い接触事故だったが
病気が悪化していたアツシは、入院を恐れて事故後の受診を拒否した。
後遺症が腰に来て歩けなくなった頃
糖尿病由来の腎不全が深刻になり、透析が必要になって、結局入院した。
そのうち糖尿病による神経障害が出て、全身の麻痺に至ったのであった。
事故の相手は、たまたまヨシコの父方の親戚だった。
証言の食い違いが身内ゆえにこじれ
保険会社任せであるが、裁判は現在も継続中である。
先月からは、床ずれが始まった。
床ずれは近年、良い軟膏が出ており
「もうおしまい」のサインではなく
「そう長くない」のサインになっている。
入院して以来1年8ヶ月の間続いた、月3回一泊二日の外泊は
今月から、毎週日曜日の外出だけになった。
意識不明になることが多くなったからだ。
介護タクシーの男性と、我が夫との二人がかりで
やせ細ったとはいえ大柄なアツシをハーハー言いながら連れて帰る。
手足が麻痺して、糸の切れたあやつり人形みたいなアツシは
ちょっと介助すれば、ちょっと車椅子なんかの道具やコツを使えば
どうにかなる状況ではないからだ。
本来なら外泊どころではないが、アツシの帰りたい気持ちと
義母ヨシコの帰らせたい気持ちが、医療を越えたというところ。
動けないアツシは、寝起きはもちろん
ちょっと身体の向きを変えるにも人手がいる。
身長175センチのアツシに負けない体格と頑丈な足腰
それにパワーと在宅時間の長さにより
この場合の人手とは、たいてい私の手ということになる。
ごく小さな移動でも、いったん持ち上げてから降ろす必要がある。
降ろす時、麻痺した手足があらぬ方向を向いてしまうので
それをヨシコが望ましい形に整える。
今では息も合ってきて、絶妙なコンビネーションで離陸と着地が行われる。
家ではオムツをはずし、トイレを使いたがるアツシ。
人間として当然の欲求だと思い、部屋に置く簡易トイレを買った。
背もたれと肘掛け付き…
シックな色調…
使わない時は椅子としてインテリアに…
そんなポップに惹かれて買った家具調トイレだ。
が、甘かった。
寝たきりのアツシは、そもそもトイレにたどり着けなかった。
それに、出た出ないがよくわからない。
呼ばれて駆けつけた時には、遅いのであった。
散らばるブツと、強烈な臭気をかいくぐり
すっぽんぽんのアツシを抱き起こして座らせるも、あとの祭。
浮気現場に踏み込むなんて、修羅場としてはまだ青いぞ。
何度かトライしてみたが、結果は同じで
みりこんご自慢の家具調トイレは
寒々しいムードをかもし出すインテリアと化した次第である。
さて、先月のこと。
この状態でアツシは退院をもくろみ
その計画にヨシコも荷担していたことが発覚した。
看護師長の話によると、ちょっとしたことで
アツシがスタッフを泥棒や人殺し扱いし、騒ぐという。
問題を起こして強制退院を狙っている様子だと言うのだ。
そしてヨシコからは、こう頼まれたと言う。
「退院させて家で介護したいけど、私は体調不良で無理。
息子夫婦に協力してもらいたいけど、私からは言えないので
病院から話をしてもらえないかしら」
日頃、退院のたの字すら、おくびにも出さないヨシコであった。
まさか裏でこんな工作をしているとは、夢にも思わなかった。
アツシは騒ぎを起こして強制退院に持ち込み
ヨシコは病院経由で我々夫婦の説得をくわだて、受け入れ体勢を整える。
ウエディングケーキ入刀が、夫婦でやる最初の共同作業なら
これは夫婦でやる最後の共同作業か。
NHKの朝ドラじゃないけど「じぇじぇ!」である。
驚愕する我ら夫婦に、看護師長は微笑んだ。
「自分は無理だから息子夫婦に頼んでというのは、ちょっとねえ。
情だけではどうにもならないことって、あるものよ。
アツシさんの場合、入院を続けるほうがいいと思うので
おとなしくするように言い聞かせてみてくれる?」
必ずおとなしくさせます…我々は誓った。
万一の時には使おうと、用意していた秘策があるのだった。
家に帰って、黒幕…いや、ヨシコと話す。
「お義父さん、退院したいんだって?」
「そうよ!そうなのよ!
あんなに帰りたがるからねえ」
待ってましたとばかりに喜ぶヨシコ。
ここで秘密兵器出動。
「お義父さん、えらいねえ。
最後は自分で決着つけるつもりなんだ」
「え?」
「お義父さんの会社の後始末は、代表者が入院中ということで
私らが代行してたけど、退院したら代表者責任を問われるもんねえ」
「…」
かなりオーバーに言ってやった。
ヨシコからこの話を聞いたアツシは、すぐさま
「退院しません」と言った。
よっぽど恐かったらしい。
後日、看護師長からたずねられる。
「アツシさん、別人のようにおとなしくなったけど
いったいどんなことを言ったの?」
私は答えた。
「おまじないをしました」
余談になるが、そもそもアツシが動けなくなった原因は
持病である糖尿病ではない。
一昨年の入院前に起こした交通事故が原因なのだ。
小さな交差点での軽い接触事故だったが
病気が悪化していたアツシは、入院を恐れて事故後の受診を拒否した。
後遺症が腰に来て歩けなくなった頃
糖尿病由来の腎不全が深刻になり、透析が必要になって、結局入院した。
そのうち糖尿病による神経障害が出て、全身の麻痺に至ったのであった。
事故の相手は、たまたまヨシコの父方の親戚だった。
証言の食い違いが身内ゆえにこじれ
保険会社任せであるが、裁判は現在も継続中である。