殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

おまじない

2013年05月29日 15時51分15秒 | みりこんぐらし
入院中の義父アツシは、この春からオムツを使用するようになり

先月からは、床ずれが始まった。

床ずれは近年、良い軟膏が出ており

「もうおしまい」のサインではなく

「そう長くない」のサインになっている。


入院して以来1年8ヶ月の間続いた、月3回一泊二日の外泊は

今月から、毎週日曜日の外出だけになった。

意識不明になることが多くなったからだ。


介護タクシーの男性と、我が夫との二人がかりで

やせ細ったとはいえ大柄なアツシをハーハー言いながら連れて帰る。

手足が麻痺して、糸の切れたあやつり人形みたいなアツシは

ちょっと介助すれば、ちょっと車椅子なんかの道具やコツを使えば

どうにかなる状況ではないからだ。

本来なら外泊どころではないが、アツシの帰りたい気持ちと

義母ヨシコの帰らせたい気持ちが、医療を越えたというところ。


動けないアツシは、寝起きはもちろん

ちょっと身体の向きを変えるにも人手がいる。

身長175センチのアツシに負けない体格と頑丈な足腰

それにパワーと在宅時間の長さにより

この場合の人手とは、たいてい私の手ということになる。


ごく小さな移動でも、いったん持ち上げてから降ろす必要がある。

降ろす時、麻痺した手足があらぬ方向を向いてしまうので

それをヨシコが望ましい形に整える。

今では息も合ってきて、絶妙なコンビネーションで離陸と着地が行われる。


家ではオムツをはずし、トイレを使いたがるアツシ。

人間として当然の欲求だと思い、部屋に置く簡易トイレを買った。

背もたれと肘掛け付き…

シックな色調…

使わない時は椅子としてインテリアに…

そんなポップに惹かれて買った家具調トイレだ。


が、甘かった。

寝たきりのアツシは、そもそもトイレにたどり着けなかった。

それに、出た出ないがよくわからない。

呼ばれて駆けつけた時には、遅いのであった。


散らばるブツと、強烈な臭気をかいくぐり

すっぽんぽんのアツシを抱き起こして座らせるも、あとの祭。

浮気現場に踏み込むなんて、修羅場としてはまだ青いぞ。

何度かトライしてみたが、結果は同じで

みりこんご自慢の家具調トイレは

寒々しいムードをかもし出すインテリアと化した次第である。



さて、先月のこと。

この状態でアツシは退院をもくろみ

その計画にヨシコも荷担していたことが発覚した。


看護師長の話によると、ちょっとしたことで

アツシがスタッフを泥棒や人殺し扱いし、騒ぐという。

問題を起こして強制退院を狙っている様子だと言うのだ。


そしてヨシコからは、こう頼まれたと言う。

「退院させて家で介護したいけど、私は体調不良で無理。

 息子夫婦に協力してもらいたいけど、私からは言えないので

 病院から話をしてもらえないかしら」


日頃、退院のたの字すら、おくびにも出さないヨシコであった。

まさか裏でこんな工作をしているとは、夢にも思わなかった。


アツシは騒ぎを起こして強制退院に持ち込み

ヨシコは病院経由で我々夫婦の説得をくわだて、受け入れ体勢を整える。

ウエディングケーキ入刀が、夫婦でやる最初の共同作業なら

これは夫婦でやる最後の共同作業か。

NHKの朝ドラじゃないけど「じぇじぇ!」である。


驚愕する我ら夫婦に、看護師長は微笑んだ。

「自分は無理だから息子夫婦に頼んでというのは、ちょっとねえ。

 情だけではどうにもならないことって、あるものよ。

 アツシさんの場合、入院を続けるほうがいいと思うので

 おとなしくするように言い聞かせてみてくれる?」


必ずおとなしくさせます…我々は誓った。

万一の時には使おうと、用意していた秘策があるのだった。


家に帰って、黒幕…いや、ヨシコと話す。

   「お義父さん、退院したいんだって?」

「そうよ!そうなのよ!

 あんなに帰りたがるからねえ」

待ってましたとばかりに喜ぶヨシコ。


ここで秘密兵器出動。

   「お義父さん、えらいねえ。

    最後は自分で決着つけるつもりなんだ」

「え?」

   「お義父さんの会社の後始末は、代表者が入院中ということで

    私らが代行してたけど、退院したら代表者責任を問われるもんねえ」

「…」

かなりオーバーに言ってやった。


ヨシコからこの話を聞いたアツシは、すぐさま

「退院しません」と言った。

よっぽど恐かったらしい。


後日、看護師長からたずねられる。

「アツシさん、別人のようにおとなしくなったけど

 いったいどんなことを言ったの?」

私は答えた。

    「おまじないをしました」



余談になるが、そもそもアツシが動けなくなった原因は

持病である糖尿病ではない。

一昨年の入院前に起こした交通事故が原因なのだ。


小さな交差点での軽い接触事故だったが

病気が悪化していたアツシは、入院を恐れて事故後の受診を拒否した。

後遺症が腰に来て歩けなくなった頃

糖尿病由来の腎不全が深刻になり、透析が必要になって、結局入院した。

そのうち糖尿病による神経障害が出て、全身の麻痺に至ったのであった。


事故の相手は、たまたまヨシコの父方の親戚だった。

証言の食い違いが身内ゆえにこじれ

保険会社任せであるが、裁判は現在も継続中である。
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優しい復讐

2013年05月04日 02時27分40秒 | みりこんぐらし
「助けて…」

先週の土曜日の朝、友人の八重さんから悲痛な声で電話があった。

八重さんは、ひと回り年上の友人だ。

去年の2月には、一緒に山村美紗サスペンスのドラマエキストラもやった。


「明日、お寺の観音祭(かんのんまつり)なんだけど、色々あって…」

料理自慢の八重さんは、檀家の総代として

お寺の行事で出す料理を引き受けている。

自家製の米や野菜など、材料の多くは自腹である。

信仰心というより、人に喜んでもらうのが嬉しいのだと本人は言う。


私も日頃、その恩恵を受けている。

ちらし寿司ができたわよ、アップルパイが焼けたわよ、と言っては

届けてくれるのだ。

八重さんの料理はどれもおいしく、美しく、そして大量である。

同じさし上げるなら、充分に行き渡るように…それが八重さんのポリシーだ。

ぜひ見習いたいところである。


さて、しっかり者の八重さんが「助けて」とは一大事だと思い

すぐさま飛んで行った。

なるほど…大変そうだ。

前日にご主人が尿路結石で緊急入院し、料理のサポート役がいなくなったのだった。


その上“観音祭”というのが、クセモノであった。

毎年この季節には、お寺の檀家が連れだって、山へタケノコ掘りに出かける。

2日後、観音様にお経を上げ、タケノコ料理を皆で味わうのが

そのお寺の観音祭なのだ。

観音祭がタケノコ掘りから2日後なのは、あく抜きのためといういやらしさ…

いや、用意周到さである。


このような食事付きの行事が年に数回あり

八重さんはいつも、料理を提供している。

お寺や宗派によって、行事の盛んな所とそうでない所があり

八重さんとこのお寺は、超盛ん。

こんなお寺に関わったら、大変である。


以前は檀家の女性達が手分けして、料理を持ち寄ったそうだ。

そのうち高齢化が進み、文字通り観音様のおそばへ行っちゃった人もいれば

動けなくなった人もいる。

人数が減るにつれて、協力態勢も崩れていき

この数年、料理を作るのは八重さんだけになっていた。


「そのタケノコだけど…」

八重さんは悲しげに訴える。

「去年豊作だったからか、今年は少ないのよ。

 でも…これを見て」

バケツに入れられた物体を見て、私は吹き出した。

   「タケノコじゃなくて…竹じゃん!」

さすがに緑色ではないが、よく伸びなさっている。


「去年までは主人がいたから、まともなのが戻っていたわよ。

 それを二人でドラム缶で煮ていたの。

 でも主人はタケノコ掘りの朝に倒れて、山へ行けなかったでしょ。

 そしたら、これよ。

 柔らかいのは自分達で先に分けて、残った竹を持って来たんだわ」

八重さんは、憤まんやるかたない様子であった。


ご主人の入院より、こっちのほうで凹んでしまい

たまらなくなって私を呼んだのだと言う。

そこで“役立たずが持って来るタッパーほど大きい”

などと自作の格言?を披露して笑わせ、お茶を濁す。


やがて八重さんは、キッと顔を上げて叫んだ。

「やってやる!みりこんちゃん、手伝ってくれるわね!」

   「ガッテンでぃ!」


八重さんは冷凍庫から、去年のタケノコを大量に出して来た。

「去年のを食べさせてやるわ!」


問題の竹を調理して、硬~いタケノコご飯に、硬い~天ぷら

硬~い木の芽和えなんかで、入れ歯攻撃でもするのかとワクワクしていたら

なんとも八重さんらしい、優しい復讐である。

どんなに腹が立っても、まずいものは出せないという

料理自慢のプライドであろう。


タケノコは、薄味で煮付けたものを冷凍しておけば、スカスカにならない。

すでに下煮と味付けがしてあるので、料理は簡単だった。


その日は夕方まで手伝い、翌日の観音祭の日も早朝から行った。

料理ができ上がる時間を見透かしたように

ご主人の妹さんがやって来た。

認知症の母親の世話は八重さんに任せっきりで

年金の入る通帳と印鑑だけ、しっかり管理しているという小姑だ。


「手伝いに来たよ~」

大きなカラのタッパーを持っている。

八重さんと顔を見合わせて爆笑したのは、言うまでもない。
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