殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

訃報

2017年06月24日 08時32分50秒 | みりこんばばの時事
小林麻央さん、亡くなりましたね。

34才、若すぎます。

ご冥福をお祈りいたします。


11才の時、当時37才の母親を癌で亡くしている私は

麻央さんの闘病の姿をテレビで見かけるたびに

残り時間が少なくなっていることをひしひしと感じていました。

幼い子供を遺して旅立つ‥

それはかわいそうとか心配などの段階ではなく

斬鬼、そして無念そのもの。

母親は、血の涙を流すのです。


死期が迫るにつれて諦めがつくようですが

麻央さんのお子さんはまだ小さいので

どうか一日でも長く‥と願わずにはいられませんでした。


昨年、テレビで相撲の九州場所を見ていた時

ご主人の海老蔵さんが、お子さんを連れて観戦している様子が映りました。

中村獅童さんも一緒だったと思います。

有名人なんだから前の方の良い席を取れるはずなのに

お子さんのためか、土俵から離れた空いた席に座っていました。


若い頃のギラギラした感じが消えており

カジュアルな普段着の男っぷりもさることながら

我が子に向ける海老蔵さんの眼差しに、ハッとしました。

優しさや温かさと言ったら俗っぽくなってしまうような

一つの決意を秘めた‥あれは、気高さでした。

奥さんが亡くなる前の父親は

自然にひとり親になる練習を始めるのかもしれません。


気高さの方はともかく、うちの父親も

ひとり親になる練習期が確かにありました。

普段から私たち姉妹の面倒をよく見てくれる父でしたが

出張のお土産が豪華になってセンスアップしたり

忙しい仕事の合間を縫って、父娘3人で出かける回数が増えたものです。


夏、近くの海岸へ泳ぎに行きました。

父と私たちだけで海水浴に行ったのは、後にも先にもこの時だけです。

仕事の都合で夕方になりましたが

私たち姉妹は喜んで付いて行きました。


暮れかけた海岸には誰もいません。

ちょうど潮が引き始めたところで

穏やかな瀬戸内海とはいえ、波が荒くなっており

子供らしく浮き輪で漂うには無理がありました。


と、父は私を背負い、沖に向かって泳ぎ始めました。

父の肩につかまり、背負われて泳ぐと

父の調子に合わせて体が大きく浮いたり沈んだりします。

それは遊園地のどんな乗り物より楽しく

私はクジラになった気分でした。


ザーッ、ザーッ‥父は黙って力強く進み

私はどこまでも、どこまでも、大波を越えて行けるような気がした‥

あの感触は、今でもはっきり覚えています。


私はこの時から、徐々に母の死を悟り始めたように思います。

母親のいない生活に向けて

父は子に何かを与え、子は父からそれを受け取りながら

少しずつ心を慣らしていくのかもしれません。



ところで先日、同級生の娘さんが、やはり癌で亡くなりました。

彼女のお父さんは小学校から高校までの同級生

お母さんの方は、高校の同級生です。


亡くなった娘さんは麻央さんと同じ34才。

同じく幼い女の子と男の子のお母さんでした。

腰痛で整形外科に行ったら、胃癌の末期だったそうです。

家族で実家に帰って闘病すること1年、余命宣告通りでした。


喪主の挨拶をする父親に、女の子がかじりついて離れず

弔問客の涙を誘いました。

私も母親が死んだ時を思い出して泣きました。

この幼い子供たちが、どうかたくさんの人に護られて

幸せな人生を送れますように‥

そう祈りました。


娘を亡くした同級生A君夫婦は、夫唱婦随のおしどり夫婦。

A君は若い頃に始めた自営業が順調で、いつも自信満々。

発言力も押しも強く、ガキ大将がそのままおじさんになったような男。

奥さんのBちゃんは、そんなA君をニコニコしながら見守り

黙って付いて行く優しい子。


「A君が一番幸せかも」

たいていのことは思い通りにしてしまう強さを持ち

それをフォローして世間とのクッションになってくれる妻を持ち

孫まで持っている‥

私たち女子は、半ば冗談混じりにそうささやき合っていました。


みんな、このまま老いて行くはずでした。

娘さんが闘病中というのは、同級生の誰一人として知らず

今年の始め、彼と一番仲のいい男子が

「Aは何かあるような気がする」と言い出した時も

「年よ!」と、誰も気に留めませんでした。

ところがこの不幸。

打ちひしがれたA君に同級生一同、言葉もありませんでした。


「なかなか結婚しないだの、いつまで経ってもしっかりしないだの

言うのはもう、やめよう‥

親子がお互いに、生きていられることを喜ぼう」

あれから私たち同級生は、そう言い合っています。

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墓友(はかとも)

2017年06月17日 13時26分23秒 | みりこんぐらし
墓友というのがあると知ったのは、墓地分譲のコマーシャル。

女優の藤田弓子さんが、2人の友達に言う。

「これで私たち、ハカトモね!」

旦那さんの同意を得て、同じ墓地を買うことになった3人は

喜び合うというストーリー。


友達同士が同じ墓地‥という環境を得るのは

都会では意図的に行わなければ難しいと思う。

まず、墓地を用意しなければならない分家で

生前から墓地のことを考える精神的余裕と

実行に移せる経済的余裕、さらに一緒に入る配偶者の同意も必要。


しかし我々の住む中途半端な田舎じゃ、わりとある。

いっそ農村地帯となると、広い庭や農地に個別の墓地を持っているが

私が生まれたのは商業が盛んな町だったので、お寺の墓地が主流。

人口の少ない町だから、お寺の数も少なく

その中で墓地を持っているお寺となると、3〜4軒しかない。

同じ墓地に友達の家の墓が複数あり、最初から墓友というのは珍しくないのだ。


私の実家の墓も、そんな場所にある。

同級生の友人、ユリちゃんの実家のお寺だ。

宗派が異なるのでお坊さんは違うが、彼女とは友人としてだけではなく

墓檀家としての深い付き合いがある。


先日、そのユリ寺でお祭があった。

夕方になると町の人々が集まって、黄昏を共有するフレンドリーなお祭だ。

いつものメンバー、同級生のけいちゃん、モンちゃん、マミちゃんに私の4人は

去年からこのお祭に来るようになった。

仏事や行事の時はユリちゃんも帰って来るので、5人で会うためだ。


このお祭、子供の頃は毎年行った。

その日は明るいうちに風呂へ入り

首に白い天花粉(今はベビーパウダーと呼ぶ)をはたかれ

糊のきいた浴衣を着せられ、親に連れられて出かけたものだ。

私のお目当ては、いつも提灯(ちょうちん)。

お寺の入り口で、同じ提灯ばかりを売る屋台があったのだ。

白地にピンクと黄緑色で模様の描かれた

小ぶりな円筒形の提灯を買ってもらうのが楽しみであった。



去年、何十年ぶりかで行ったら、提灯の屋台は無かったが

ユリちゃんが喜んだのに気を良くして、今年も行った。

今回は早めに行ったので、裏庭に通されて夕食がふるまわれた。

お祭の世話人に出される、檀家さん手作りのオードブルだ。


表の騒がしさから離れた静かな裏庭‥

煮物うまい、唐揚げうまい、おむすびうまい‥

気の置けない仲間と暮れゆく空を眺める至福の時‥

そこでふと思い出した。

空と庭の中間に、うちの墓がある。


「死んだらここに帰る予定」

私は斜め上に位置する墓地を見上げて言った。

「私もよ!それが唯一の願い!」

ユリちゃんが言った。

「私も!」

マミちゃんも言った。

そうよ、3人とも実家の墓はここにある。


2人が実家の墓に入りたがるのは

婚家に対して好印象を持ってないのが原因だが

私の場合、先に入っている者が気に入らなくて

実家の墓に目が向いたわけではない。

単に、母から誘われたのが理由。

彼女は一つ下の妹が離婚した時に考え始めたらしい。

一人入れるんなら、皆一緒でいいと思うようになったという。

そうしておけば、墓守が絶える心配が無いという合理性もあった。

それはあの世的には合法か非合法なのか、お寺さんに問い合わせたところ

「全く問題ありません」

と言われて自信を得たそうだ。


数年前、母からそれを聞いた私は瞬時にその気になった。

なんだかワクワクしたのだ。

お墓に入るのは夫婦セットが基本だろうから、夫にも意向をたずねる。

彼は「任せる」と言ったが、そのうち義父が死んで新しい墓を建てると

前言を撤回したい様子だった。

当然であろう。

だから夫婦別々になってもいいと思っていた。


さて先月のこと、夫の姉カンジワ・ルイーゼの要望が

義母ヨシコを介して伝えられた。

彼女の亭主が死んだら、実家で生活したいという旨である。

私はこれを快諾した。

戻って来た彼女と一緒に暮らすとは言ってない。


が、数日後、続きがあったことを知る。

ルイーゼは生きている間だけでなく、死後の計画も明らかにした。

「こすずはね、うちの墓に入りたいと言ってるの」

この要望も、ヨシコから伝えられた。

「こういうことはね、本人の自由でいいと思うのよ」

私の計画を知らないヨシコは言うのだった。


どうぞどうぞ‥私はまたもや快諾した。

ヨシコが自由でいいと言うからには、私もまた自由のはずである。

ああ、良かった良かった(棒読み)。


しかしヨシコとルイーゼの願いを知った夫は慌てる。

「おまえんちの墓に入れてくれ!」

「ええ〜?」

「こすずと同じ墓は嫌じゃ!頼む!」


かくして我ら夫婦は、私の実家の墓に入ることが決まった。

だからユリちゃんとマミちゃんとは墓友になれる。

「死んでも遊べるね!」

「嬉しい!絶対遊ぼうね!」

「死ぬのも悪くないね!」

まだ両親が存命で、ピンとこないけいちゃんとモンちゃんは引いているが

無視して盛り上がる。


とはいえ、こればっかりはタイミングの問題。

夫がヨシコやルイーゼより先に死んだら

やっぱり父親の墓に入ることになるだろう。

それが自然というものだ。

私が先でも、実家の墓に埋葬なんて面倒くさがられて

さっさと義父の墓へ突っ込まれるに違いない。

それまでは墓友の夢を語り合ったり

生前は縁の薄かった肉親と過ごすのを楽しみに

老いていきたいと思う。
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ある噂

2017年06月11日 08時41分00秒 | みりこん童話のやかた

跡取りがナンだし‥




嫁もナンだし‥





「海外、海外」言うもんで、出しゃあボロ着て恥かくし‥





出さなきゃ犬にお手振りさせるし‥





一生懸命、気遣ってきたけれど‥





この頃は孫まで、今ひとつようわからん‥




能力が怪しまれている‥




脳力が怪しまれている‥




身体も心配‥




頭も心配‥



そこで発表‥

早めに交代します‥





国民「えっ?!」


国民「ほんと?」




写真と本文は関係ありません。

《続くかも》


画像は皇室全般掲示板様、雅子様大好き様より拝借させていただきました。
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続・ビンゴ!

2017年06月08日 08時53分42秒 | みりこんぐらし
河野常務の言動から

「ダイちゃんが社内で宗教勧誘をしているのを知っている」

その確信を得た我々。

だから常務は引退宣言をひっくり返して続投を決め

ダイちゃんの取締役就任は見送られたと考えて間違いない。

解雇に至らなかったのは、長年の功績に免じてのことだろう。


会社で宗教の勧誘をするのは、とても悪い行いである。

常識や道徳以前に、立派な労働法違反。

ダイちゃんは気軽に部下や後輩を勧誘しているつもりでも

彼には経理部長という地位があるため、対象は弱者ということになる。

パワハラで訴えられたら弱者への宗教の強要になり、まず勝ち目は無い。


近年、建設業から総合商社へ発展した本社は、外聞を非常に気にする。

特に事故や事件といった不可抗力でなく

人の意思や努力で防げるこのような事柄は、本社が最も恥とするところ。

腹心であるダイちゃんの秘密を知った、常務の心中を思うと少々胸が痛む。


一方のダイちゃんは、常務から注意を受けた模様。

先週、彼が来る予定の日に、常務も用事で来ることになったが

それを知ると、急きょ日程を前倒しにしたからだ。

以前なら2人は我が社で合流し、楽しそうにおしゃべりしていた。

しかし今回は違った。


日程の変更はさりげなく伝えられたが

なんぼ私がバカな事務員でも、月末月初の事務処理を前倒しにしたら

支障が出るのはわかる。

まだ回収してない伝票や、届いてない書類があるので

完全な集計ができないのだ。

この無理を押し通したことから

全力でブッキングを避けているのがはっきりわかった。


それにしても、宗教はたくさんあるのに

ダイちゃんの信仰するカルト宗教でひどい目に遭った人が

たまたま面接に来るとは何という偶然か。

我ら一家は大いに盛り上がり、口々に叫ぶのだった。

「神はいる!」

「正しい者が勝つ!」

「邪教は去れ!」



しかし、常務はなぜダイちゃんの秘密を知ったのだろう‥

これは疑問のままだったので、我ら一家は検証を始めた。

「何年もかけて、やっと噂が拡がった」

「ずっと前から知っていたけど、見て見ぬふりをしていた」

えらそうに検証といったって、この二つしか浮かばない。


「ひょっとして、松木かな‥?」

夫が、ふとつぶやいた。

5年前の合併当初、我が社の営業課長として河野常務が雇い入れた

「人材」ならぬ「人災」である。


営業に行けば顧客に嫌われて出入り禁止になり

受付の女の子をからかってセクハラと抗議され

たまに話を聞いてもらえる会社があれば

仕入れ値より安い取引を成立させて「取った!取った!」と有頂天。

この業界の掟を知らずに仕入れ先を天秤にかけ

「安い方に決めます」とほざいて

仁義なき戦いのテーマ音楽が流れそうになったことも

一度や二度ではない。


夫はそのたびに尻拭いをしてやった。

青くなって泣きついてきながら、問題が過ぎ去ると

松木氏は感謝するどころか

「自分ならもっとうまく解決できる」

とうそぶくのだった。

夫は松木氏に苦しみながらも、常務が入れた人間なので我慢していた。


やがて常務も松木氏の使えなさに気づき、別の支社に飛ばした。

そっちでも当然、松木被害者続出。

被害者の面々は夫に松木対処法をたずねたり、愚痴を聞いてもらうようになり

すっかり仲良くなって我が社へ出入りするようになった。

本社や他の支社からも、同じ目的で社員が来る。

松木被害者の会員同士は仲良くなり、お互いの仕事を助け合うようになった。


夫はその人たちを、友人の田辺氏に引きあわせる。

以前記事にしたが、同じ業界の他社に勤める営業マンだ。

任侠ムードの老舗で鍛えられ、兄貴分の失脚で退社した後は

転職した会社をみるみる大きくした伝説の男である。


面倒見のいい田辺氏は、その人たちに営業のポイントを

惜しげもなく伝授した。

本社の営業部が入れない大企業へどんどん連れて行って紹介したり

組んでやれる仕事であれば声をかけ、各自の成績にしてやった。


本社の営業部とは別に、なぜか他社の田辺氏をトップにした

闇の営業部ができあがっているのが面白いところだ。

皆、とても喜んでいるが、一番嬉しいのは田辺氏が週に一度

「どうしてる?困ってることは無い?」

と、必ず電話をくれることだそう。



さて松木氏に戻るが、近くにいる時は犬猿の仲でも

離れるとそうでもなくなるようで

親しく‥とまではいかないものの、松木氏と夫は

会えば大人の会話をかわすようになった。


昨年の末頃、久しぶりに会社を訪れた松木氏と話し

たまたまダイちゃんの話になったので、夫は彼の宗教に触れたという。

「いい人だけど、宗教に入れようとするのが困る‥」

てっきり彼も知っていると思っていたら

全く知らず、驚いていたそうだ。


「あいつはダイちゃんと仲が悪いけん、常務に告げ口したかも‥」

夫はしれっと言う。

「ちょっと〜!そんな大事なことを何で今まで黙っとるんよ!

この話で盛り上がれたというのに!」

私は厳重に抗議したが、夫はまたもやしれっと言う。

「忘れとった」


気をとりなおして、私はたずねる。

「このことは誰にも言うなって、松木さんに口止めした?」

「言うた‥絶対に黙っといてくれって言うた」

「じゃあ間違いないわ、常務に伝わっとるわ」

「松木が犯人じゃ!」

「何言いよん、犯人はあんたよ!」

どうも、これがてん末らしい。
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ビンゴ!

2017年06月04日 21時16分47秒 | みりこんぐらし
本社の経理部長ダイちゃんは、私と同い年。

5年前の合併以来、我が社の経理を見てくれている。

彼は明るく、優しく、面白く、頭のキレる紳士。

本当にいい人だ‥

宗教の勧誘さえしなければ。


彼は◯◯会という、手かざし系の新興宗教の信者。

最初はもう少し長い名前だったが、2〜3年前に分裂して短くなった。


我ら一家にとって、この5年の月日は勧誘との戦いであった。

そりゃもう、あの手この手で執拗に勧誘された。

時には義理人情に訴え

時には「次の日曜、暇?」と軽やかにたずね

ある時は同志を連れて押しかけ

またある時は仕事やレジャーにかこつけて

帰りに宗教の会館へ誘導しようともくろんだ。


強弱織り交ぜた攻撃をかわしつつ、我々は耐えた。

我慢できなくなったら本社と労基にぶちまける心づもりもあったが

その前に、我々には確かめたい事柄があった。

次期取締役に就任予定という地位を利用して

我々のみならず、手当たり次第に社員を勧誘するダイちゃんに

本社が全く気がつかないということがあるだろうか。

それとも知っていながら、長年に渡って黙認しているのだろうか。

どっちにしても、これでは明らかにダメ会社。

先は長くないだろうから、我が社は方向転換を視野に入れねばなるまい。


だが知っていて、いずれ何らかの手を打つとしたら

その場面をぜひ見たいではないか。

我ら一家の呪われし習性、物見高さが

現状維持を容認していた。


そのダイちゃん、今年になってあまり勧誘をしなくなった。

たまにそれらしきことを口にすることはあるものの

以前のような熱心さが見受けられない。

いつも前向きな、爽やか中高年のはずが

「どうせあと3年で定年だしな‥」

と投げやりな発言をするようにもなった。


何かあると思っていたこの春

ダイちゃんの昇進話が消えたという噂を耳にした。

彼は河野常務のポストを引き継ぐ予定だったが

引退を表明していた常務が続投することになったので

取締役就任の可能性が無くなったのだ。


今年65才の常務は、義理堅く古風な人柄。

ひとたび自分の言ったことを簡単にくつがえすタイプではない。

ということは、よっぽどの事情があったに違いない。

それが何なのかはトップシークレットになっているらしく

何も聞こえてはこなかった。



ところで我が社は現在、隣町の公共工事に関わっている。

向こう数年続く、わりと大がかりな工事で

本社も、我が社とは別の部門でこの工事に参入している。

その本社、最近になってガードマンを募集することになった。

誰でもいいわけではなく、とある珍しい国家資格が必要なため

待遇は本社採用の正社員だという。


この話を聞いた夫の友人、市議のO氏。

県北から流れて来た、無職の男が一人いるので

雇ってくれないかと言ってきた。

O氏は地元住民の世話に熱心なタイプなのだ。

ちなみに私がウグイスをしている市議とは別の人。


その男性は自衛隊出身の48才

大型、重機、危険物、その他の免許や資格が豊富という話。

これでなぜ無職なのか、我々ならいぶかしむところだが

本社はこのプロフィールに飛びつく。

翌日には我々のボス、本社の河野常務が駆けつけて

さっそく我が社で面接することになった。

うちには関係ないが、男性の住まいに近いからである。


さて現れた本人、ハンチング帽にひげヅラといういでたちの

ボンヤリした人物。

そもそも就職したくて来たというより

O氏に言われて仕方なく来たという感じ。

河野常務は明らかに失望していたが

一応、県北からこの町に来た理由をたずねた。


「妻が宗教にハマッて‥寄付で全財産を失って‥」

男性はポツポツと答える。

全財産を失っただけでなく借金もあり

家も人手に渡ったので離婚したという。

一人娘がこの町の高校に合格したのを機に、父娘2人で移住したそうだ。


河野常務、この話に食いつく。

「宗教!宗教はいかん!

自分だけやるのは勝手だが、周りの人間に勧めるからな!

会社でやられたら、どうにもならん!」

この剣幕に、顔を見合わせる我々一家。

頭に浮かんでいるのは、ダイちゃんである。

「社内で勧誘しまくっているのがバレて

昇進の道が閉ざされたのだ‥」

我々は確信した。


思い起こせば昨年末の忘年会。

ネギが嫌いな常務はネギ抜きの料理を注文し

笑いながらダイちゃんに言った。

「わしゃ、宗教上の理由でネギは食えんのじゃ」

この時、我々はハッとしたものであった。

ひょっとしてダイちゃんの秘密を知っているのか?

そう思ったが、まさかね‥とかき消したのだった。


常務は咳払いで態勢を整え、質問を続ける。

「それで君は、その宗教に一切関わっていないんだね?」

「はい、無関係です」

「娘さんもだね?」

「はい、大丈夫です」


それを確認したところで、常務は苦言を呈した。

「ところでその帽子、せめて面接の時ぐらい取ろうや」

「あの‥ストレスで脱毛症になってて‥」

帽子を脱ぐと、そこには悲惨な光景が‥。

「ヒ‥ヒゲもか?!」

「皮膚病になって、カミソリがあてられなくて‥」


人情家の常務が、これに衝撃を受けないはずがない。

「採用します」

面接はあっけなく終了。

やる気が無さそうだろうと体調が悪そうだろうと

人がいないので雇うしかないというのもあった。


「それで、何の宗教だったの?」

常務は優しくたずねた。

「◯◯会です」

常務、目をむいてしばし絶句。

ダイちゃんと同じ宗教であった。


この偶然に大興奮した我々。

つい鼻息が荒くなるのをセーブしたら、酸欠になりそう。

息子たちは大げさに咳をして、何とか笑いをかき消している。

常務と男性が帰った後、家族で狂喜乱舞したのは言うまでもない。
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