殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

喧嘩うぐいす

2010年11月28日 11時50分40秒 | 選挙うぐいす日記
選挙カーで町を回っていれば、当然、他の候補とすれ違う。

「○○候補のご健闘を心よりお祈りいたします」

とエールを送り合うのが、一応のマナーである。


この時、新人は、現職議員のうぐいすからナメられることがある。

議員生活の長い候補は、うぐいすも手練(てだ)れが多いので

さりげなく皮肉られたりする。

「フレッシュな若さで、せいぜい頑張ってくださ~い。

 こちらは議員経験○年!熟練!しております。

 今後も長年!の実績!を生かして…」

などと言いながら、離れて行く。

要するに「おまえは若いだけだろが…」と言っているのだ。


おぼこいうぐいすであれば、おちょくられたことに気づきもしない。

なされるがまま、やられ放題だ。

しかしこっちはオバタリアン…仕掛けてこられたら、応戦はさせてもらう。

「おごらず!初心を忘れず!謙虚に!市政に取り組みます」

「裏表のない!変わらぬ態度で!働かせていただきます」

などと、相手候補の古ダヌキぶりを皮肉る。

あんまり調子に乗って根に持たれたら

当選した時に本人が気まずいだろうから、この程度で押さえる。

誰も気がつかない、うぐいす同士の静かなバトルである。


ある日、とある現職議員が、自らマイクで

こちらの候補を自分の選挙カーへ呼びつけた。

「○○君、ちょっとこっちへ…」

若い新人候補としては、名指しで呼ばれたからには

車を降りて、行かなければならない。

営業妨害もはなはだしい。


戻って来た候補に、何を言われたのかと聞けば

「当選したら、オレの派閥に入れと言われました」

つまらぬ用事にかこつけて、わざと人前で先輩ヅラをし

選挙カーの内外に、己の力を誇示するのである。

市議ぐらいで、何が派閥だ。


うちの候補は、落ち着き払った若年寄りみたいな男の子で

こういう際のかわしかたも、ちゃんと知っている。

それでも公衆の面前で呼びつけられ、子分になれと言われて、いい気分ではない。


だから、候補に言ってやるのだ。

「30年前、あいつは町のゴロツキだったのよ。

 だからすぐ群れたがるんだわ。

 弟は私の同級生で、すごくアホだったんだから~」

長く生きていれば、余計なことも知っているのだ。

稚拙な悪口であるが、気持ちを切り替えるには、励ましや同情より早い。


陣営に戻って、その話が出たので、私は言った。

「候補、あいつの子分にならなくてすむ方法があるわ!

 ヤツより、上位で当選するのよ!」

それを聞いた周囲は、ザワリと失笑した。

何番でもいい、落選さえしなければ…それが謙虚な彼らの願いであった。

毎回上位当選している6期目の彼を、越せるわけがないと言うのだ。


これといった支持団体の無い、うちの候補の下馬評は

落選か、良くてビリから3番まで…という話であった。

悪い評価ではない。

危ないと言われたほうが、票は伸びる。


さて中盤以降…

元国会議員秘書という候補の経歴は、逆効果と言われ始めた。

先の選挙で落選後、後始末のまずさから

元議員を恨んでいる人が多いというのだ。

「あんな議員の秘書やってた男なんか、入れるものか」

多くの市民がそう憤慨し、そっぽを向いているという話が

陣営の口から口へ、まことしやかに伝わっていた。


その噂を鵜呑みにした面々は、おずおずと私にクギを刺す。

「秘書の経歴は、もう言わないようにお願いします」

私にセリフの指図するなんざ、百万年早いわい!とは言わない。

言いたいけど。


善良な初心者ばかりで構成されているので

ちょっとしたことでビビるのも、無理はない。

だが、秘書の経歴を省くと、候補の売りである“即戦力”の根拠が失われる。

元がはっきりしないただの噂を、聞くつもりもない。


市内を回るうち、候補と私は、次第に手応えらしきものを感じていた。

近年、親分が悪事を働いては、全部秘書のせいにする事件が多発し

秘書って、何かとかわいそうなムードである。

しかもうちの候補は、親分の落選で失職したという不運に見舞われている。

かわいそうは、選挙ではお得なのだ。


大勢から恨まれていると言われた元国会議員は

私も全く知らない人物ではない。

官僚出身の怜悧な気質で、身内の地盤をしばらく引き継いだだけである。

信頼が恨みに変わるほど、ねっとりと懇意だった人間が

この界隈にたくさんいるわけがない。


私はこの噂を、現職のけん制と判断した。

なかなか良い兆候である。

うちの候補の得票を、ひそかに恐れる者がいるのだ。

どこの陣営にも、コウモリみたいなのが出入りして

デマや余計なことを耳に入れては、揺さぶる。

これも一種、選挙の華といえよう…ショボい華ではあるが。


私は常に、陣営の誰をも信用しない。

信じるのは、雇い主である候補ただ一人。

そしてもっと強く信頼するのは、自分自身だ。


議員秘書の経歴は、ますます言っちゃう。

噂を流した者どもに「あんたらの思い通りにはならんぞ」

と知らしめるためである。

そして陣営には、こう言う。

   「私はトシなので、やっと覚えたセリフを急に変えるのは難しくて。

    今度こういうことがあったら、ご本人が直接私に注意してください」

こんな時は、年寄りになりすます。

なんて便利な50代!

もちろん誰からも注意は無いし、できるわけがない。

それが、デマの証明である。


今回は、落選者の少ない選挙だったので

誹謗中傷などの、たいした足の引っ張り合いは無かった。

これくらいですめば、かわいいもんだ。

少々物足りない私であった。
コメント (74)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スパルタうぐいす

2010年11月24日 20時41分08秒 | 選挙うぐいす日記
候補のお姉ちゃんが、仕事を休んで選挙カーに乗る金曜日がやってきた。

手のかかるじいさま連から解放された喜びは、大きかった。


お姉ちゃんは朝、Gパンで現われたので、着替えるように言う。

街頭演説の旗持ちもあるし、候補の身内として

お願いのために、車外に出ることも多い。

人にものを頼むのに、Gパンでは失礼である。

古いと言えばそれまでだが、きちんと投票に行く大多数は、古い人達なのだ。


この子、せっかく顔がかわいいのに、飾り気が無い。

「すみません…Gパンしか無いんです」と言うが

30半ばの実家暮らし…気のきいた衣類ひとつ無いようでは困る。

すでに人一倍太めなのだ。

候補の親族として、せめて他の方面で

一般的や普通という有権者に安心感を与える最低条件は

満たす努力をしてもらわなければ…言わないけど。


お姉ちゃんは探索のあげく、グレーのきつそうなパンツにはきかえた。

パンツというより、パツンパツンである。

この陣営は資金面の問題から、上着は揃えていない。

乗車間際になって、お姉ちゃんは分厚い黒のダウンを羽織る。

まるでエスキモー。


私は縁起を担ぐほうではないが、細かいことを言えば

黒は黒星といって、選挙には着ないほうがいい。

さまざまな陣営がシンボルカラーを決め、揃いのジャンパーを作るのは

私服で黒を着せないためでもある。

いまだに大まじめでダルマに目なんて入れてる、古くさい世界なのだ。


ついでに言えば、お得意様(有権者)よりぬくぬくした格好も、しないほうがいい。

だが出発時間が迫っており、もっと変な服が出てきたら面倒だ。

そのうちおいおいに…と考え、ダウンについた毛皮付きのフードだけはずさせる。


直後、その判断は甘かったと思い知らされた。

お姉ちゃんは、車に乗り損ねたまま

運転手が急発進してしまい、あやうく転げ落ちそうになった。

太っている上に、ひと昔前の固いダウンで身動きが取れず

車の乗り降りと言うより、大きな風船をドアから出し入れする状態で

思わぬ時間がかかるのだ。


選挙カー内外の安全に気を配るのも、うぐいすの重要な仕事である。

票も大事だけど、安全はもっと大事。

アクシデントが起きたら、活動に支障が出るからだ。

昨日まで役立たずと思っていたじいさま達が

急に身軽でデキる男に思えるから、なんとも勝手ではないか。


出発後「ダウンじゃ暑いでしょ、私の持ってる上着に着替える?」

と言ってみるが、お姉ちゃんは「大丈夫です!」と元気に固辞する。

素直で明るい仮面の下に隠された意固地というやつである。


Gパンを着替えさせられ、初めての選挙カーで危ない目に遭い

お姉ちゃんの心は、張り詰めていた。

着替えを無理強いするより、ここは

太っているのも、着てはならぬものを着、その上どんくさいのも

しばらくは私の責任として、乗り切るしかない。


こんなことを言うと、お姉ちゃんはいかにもダメ子みたいだけど、違う。

何も知らないのは、悪いことではない。

意固地な真っ白は、案外良いうぐいすになるのだ。

一旦なついたら、すべてを吸収しようと一生懸命になるからである。


お姉ちゃんは、よく通るおいしい声をしていて、カンもいい。

児童劇を頑張る小学生という感は否めないが、最初は皆、そんなもんだ。

ひと気の無い山にさしかかると、練習させる。

ほめると伸びる、典型的なタイプ。

上達が早かったので、じきに街中でもやらせることにした。


ところがお姉ちゃん、ちょこっとやったらすぐ

「お願いします」と、マイクをこっちへ渡してくる。

無理もない。

向こうから別の選挙カーは来る…よその陣営の前も通る…

車は渋滞してくる…人の通行の邪魔になる…手も振ってくれる…

「○○をよろしく」だけでは、たちまち手詰まりである。


    「逃げたらダメ。

     横でセリフを言ってあげるから、あの角まではやりなさい」

と、何度もマイクを押し戻す。

次の選挙では、確実な戦力にならないといけないのだ。

特にこの候補は副業が無く、当選したら市議一本。

潤沢でない選挙資金の中、たいていのことは自分達姉弟で

やり遂げる覚悟を持つほうがいい。


「うぐいすは、候補をノセてナンボ、候補の痛みを担いでナンボ」

「他人のうぐいすがどんなに頑張っても、肉親の情にはかなわない」

「通常のうぐいすと、肉親の哀願の両方できるようになれば、鬼に金棒」

「お姉ちゃんなら必ずできるから、耐えてちょうだい」

合間でちょこちょこ、そんな話をしていると

心清らかなお姉ちゃんは、涙が出てしまう。


泣くと、選挙終盤にふさわしい、あわれなかわいらしい声になる。

これを利用しない手は無い。

    「よっしゃ!今、しゃべれ!」

お姉ちゃんは、しくしくと泣きながら

「どうか皆様…弟を…弟を…」

効果絶大。

あちこちの家から、ワラワラと人が出てくる。

病身とおぼしき老人も、寝間着姿で窓を開け、涙を流しながら手を振る。


    「ほぅれ、入れ食いじゃ!止めるなよ!もっと泣け!」

うるさくて迷惑な人も多かろう…しかし、こじつけがましいけど

熱い血がたぎり、元気が出る人も確かにいるのだ。

本当にお姉ちゃんは、良いうぐいすである。


運転手のじいさまが、私を振り返り

「顔は観音、心は夜叉…」とつぶやきおる。

「ご主人は、さぞ大変でしょうなぁ…」と首を振る者もいる。

どこの陣営でも、つまらぬ女房とつまらぬ暮らしをしている男ほど

そんなバカげたことを口にする。

何とでもお言い。 
コメント (67)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

接待うぐいす

2010年11月20日 12時02分55秒 | 選挙うぐいす日記
ユルい陣営も、極秘計画・チェリープランが功を奏したのか

熱と活気を帯びてきた。

午後、選挙カーの出発を見送った後に

こぞって出かける気ぜわしさが、緊張感を生む。

まったりと午後ティーなど楽しむ暇は無いのじゃ。


この陣営は皆、人柄がいい。

いい年寄りの顔の広さは、あなどれない。

日頃は閑静な住宅街で余生を送る人々も、いったん出かけて刺激を受けたら

帰りにどこそこへ票を頼みに寄ってみようか…という気も起きる。

買物に来た知り合いと偶然出会い、なぜここに立っているかを説明するうち

気負わずに投票を頼むこともある。

実際に、彼らは目の前で何度もそれをやった。

これこそが、チェリープランの最終目的なのだ。


演説を終えた候補には

「今の、迫力があって、良かったですよ!

 特に3つの約束のところ…私ら主婦にもわかりやすかったわ」

などと言う。

こうしてやると、話がぐんぐん良くなるし、疲れも少ないのだ。


さて2日目の午後から、町内会長兼、後援会長のじいさまが

「後部座席にうぐいす一人では淋しい」と言い出し

事務所でたむろするじいさま達を、順番に選挙カーに乗せ始めた。

人材不足を逆手に取って開き直り

“コンパクトで効率のいい選挙”を目指す候補と私は

選挙カーの後ろにもう1台、車をつけようという後援会長の提案を

却下したばかりだった。

少しは、立ててやらないといけない。


午前と午後、交代で一人ずつじいさまが送り込まれるが

なにせ平均年齢70いくつ…

車に揺られるだけで、くたびれるお年ごろである。

居眠りをする者、おざなりに手だけ窓から出して寒がる者

耳が遠くて大声でしゃべるので、マイクが声を拾ってしまうこともある。

何べん注意しても、すぐ忘れる。


「お茶、お茶」「飴、飴」

あんたがノド飴ほしがってどうするんじゃい!

「フタが開かん…」「袋が破れん…」

手袋をしたままでは、すべって無理というものだ。

しかも前立腺の問題か、トイレ近し。


女はツブシがきくが、男の年取って何もできないのは、使いようが無い。

票も集められず、営業電話もできず、買物掃除の雑用もだめ。

事務所にいてもやらせることの無い、ある意味選ばれたじいさま達なのだ。

車に乗せたからといって、急に役に立つわけがない。


候補は毎日2時間ほど、単独活動のために選挙カーを離れる。

その時は、お手振りじいさまが2人になり

運転手と合わせて、じいさまは計3人となる。


この陣営の恐怖は、ユルさに加え、選挙カーの運転手にもあった。

高齢かつ不慣れな人ばかりで、午前、午後、夕方、夜の4回

日替わりどころか、時替わりで交代する。

もちろん急発進、急ブレーキは常識、段差も輪差もお構いなし。

毎日が、実にスリリング。


コースを覚えるどころの騒ぎではない。

交差点や分かれ道のたびに、いちいち右だ左だと道案内がいる。

慣れてないと、ついスピードが出てしまうので、速度のコントロールも必要。


候補が乗っている時は、助手席で彼がそれをやる。

忙しそうで気の毒ではあるが

そんな運転手しか調達できなかった自業自得である。


しかし候補がいない間は、それを私がやる羽目となる。

デンジャラスな選挙カーを私に託し、すまながる候補に

     「悔いのないように、思うことを思いっきりやりなさい。

      後は任せて!」

なんて大見得をきった手前

「もう嫌です」とは、口が裂けても言えやしない。


しゃべりながらのおモリもせわしいが

道行く人も車をのぞき込んで、失望をあらわにする。

そりゃそうだろうよ…うぐいすはババアで、あとはジジイだらけ…

選挙カーというより、高齢者の占拠カーだ。


じいさま達は、選挙カーで市内観光という

珍しい体験をした興奮と達成感で、ご満悦である。

それでいい…それでいいのさ。

投票してくれる保障の無い通行人に媚びるより

じいさま達の票のほうが、断然堅い。

接待だと思って、耐えるしかない。


そんな中、次第に頑張り始める精鋭もちらほら育ってくる。

    「さっき、手を振ってくれた人を、よく見つけてくれましたね!」

    「キビキビして、かっこいいですよ!」

    「この道、しろうとは知らないはずですよ!さすがですね!」

などとほめると、子供のような笑顔になり

さらに張り切るのが、けなげでいじらしい。


すべては次の選挙のためである。

この仕事を引き受けた瞬間から、私はすでに勝つ気でいる。

勝つんだから、4年後を見据えた動きをする。

ただし4年後、このうちの何人が生存しているかは、定かではない。
コメント (69)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あばれうぐいす

2010年11月17日 20時59分11秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦が始まった。

候補は約束どおり、すごくしゃべってくれる。

うぐいすが二人いるのと変わらないので、けっこう楽だ。


高齢者が中心の、こじんまりした陣営は

候補の親戚と、近所の人々で構成されている。

選挙を深く知っているのは、30代の若い候補一人だけ。

絶対権力者のいない、しろうと集団の陣営は

和気あいあいとしており、アットホームで居心地が良い。

マイナス面として、危機感の無いことが挙げられる。


昼休みで事務所に戻ると、候補が議員秘書だったこともあり

県議や秘書時代の仲間が、陣中見舞いに訪れている。

しかし、いつまで経っても、茶の一杯も出る気配が無い。

台所をのぞくと「お茶を出すか、コーヒーを出すか」でもめている。

知らない人に、ビビっているのだ。


    「早くコーヒー、お出ししてください」

「コーヒーじゃなきゃいけないんでしょうか?お茶じゃダメなんでしょうか?」

どっかの女大臣みたいなことを言う者もいる。

    「何でもいいですから、来客があったら、サッと出してください。

     コーヒーはいらないと言われたら、お茶を出し直したらいいです」

「じゃ、コーヒー、コーヒー」

「あ、お湯が足りない…」

「あ、ストーブのヤカンもカラ…」

「どうしよう…お客さんの前のストーブにかけてるのしか、お湯が無い…」

「あなた取りに行ってよ…」

「いやよ…あなたが行ってよ…」

「え~?私が?」

怒鳴りつけたいのを我慢して、ヤカンを取りに行き、湯を注いでやる。


「砂糖、砂糖」「ミルク、ミルク」「スプーン、スプーン」

工場の流れ作業のように、一人ずつ必要なものを盆に乗せ

今度は誰が持って行くかで、もめている。

ろくに接待もできないのに、砂糖乗せ係や、ミルク乗せ係は

しっかり決めてあるのだった。

たたきまわしたいのを我慢して、持って行く。

一時が万事、この調子である。


後で皆から、すまなそうに言われる。

「すいません…私ら、何も知らないので、色々教えてください」

こんなことも知らずに、よくもまあ今まで生きてこられたこと…

などと、イヤミのひとつも言ってやりたいが

よく考えれば、知らなくても充分生きてこられた、幸せな人達なのだ。


このユルい陣営に喝を入れるべく、私は一計を案じ、候補も賛成した。

手伝いの老若ならぬ、老々男女を集め、私はおごそかに言った。

     「皆さんに明日から交代で、ある極秘計画に参加していただきます」

一同は、大いにザワつく。

     「よろしゅうございますか?

      これは、大変重要な任務です。

      失敗は許されません。

      名付けて、チェリープランです!」

「チェ…チェリープラン…」

皆はしんとして顔を見合わせ、固唾を飲んで次の言葉を待った。


      「候補は毎日、スーパー“ふじみ”の前で、街頭演説をしています。

       そこへ何人かずつ、順番に行っていただきます」

「行って、何をしたらいいんでしょうか…」

      「さりげなく立ち止まって、演説を聴いてもらいます」

「それが…チェリープラン…」

      「そうです」

「あの、それは、サクラっちゅうもんじゃないのけ…?」

      「だからチェリープランです」


「無駄じゃ、無駄じゃ…陣営のモンがサクラやっとると笑われるだけじゃ」

後援会長は言う。

     「無駄ではありません。

      もちろん人寄せもありますけど

      聴衆が多ければ、候補も燃えて、いい演説ができます」

「そういうもんかの?」

     「そういうもんです」

とは言ったものの、今回の目的は、実はそうではない。

候補が外でどう戦っているか、のんきな支援者達に見せるためである。


ずっと建物の中に居ると、外のことがわからなくなる。

食事作りといっても、この陣営はカジュアルと言おうか

これといった支持団体は無いので、事務所に出入りする人数は少ない。

選挙カーに乗る4人分の他は、留守番をする自分達10人余りの食いぶちを

せっせとこしらえているのだ。

夕食は、手間いらずの弁当である。


その程度で「頑張ってる」と思われては困る。

おっとりとメシ作ってりゃよし…来て座ってりゃよし…で

ズルズルと一週間が終わってしまう。

外に引っ張り出して、可愛い近所の坊やである候補が

通行人に無視されながら、懸命に演説している姿を見せる。

心優しい彼らは胸を打たれ、あと1票でも2票でも…と思うに違いないのだ。


「そうよねえ…お店でも人が並んでると、おいしそうに思うもんねえ」

女性のほうが、思考は柔軟だ。

かくしてチェリープランは、決行されることとなった。


「どうやったらいいんでしょうか?」

素直なのが取り柄の陣営である。

キョロキョロするな…みんなでかたまらず、散らばるように…

事前にあれこれ演技指導はしたが、これがなかなかの名優揃い。

自然で大変うまかった。


事務所に帰って、ほめちぎる。

     「あのさりげなさ、すばらしい!皆さん、アカデミー賞ですよ!」

一同は喜び、次はもっと自然になっていく。

日に日に参加希望者が増え、入り口の花屋をひやかすそぶりや

店の中で演説の開始を待ち、出てきて耳を傾けるふうを装う芸達者も出てくる。

自分達につられて、知らない人が立ち止まる様子が、嬉しいようだった。

極秘任務を遂行している使命感が、徐々に彼らを引き締めていった。
コメント (28)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一人うぐいす

2010年11月15日 00時41分16秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦直前…正確には5日前になって、参戦を決めたうぐいすであるが

私には、急いでしなければならないことがあった。

もう一人、うぐいすを確保することである。


選挙カーというのは、ご存知のとおり

4人で乗り込むのが望ましい。

前後左右の四方に目を配り、手を振って、有権者にアピールするためだ。

しゃべってないほうのうぐいすは、家の中や、遠くで手を振ってくれる人々を

いち早く発見し、応えなければならない。

「せっかく手を振ってやったのに、気づいてくれなかった」

という不満は、そのまま票に影響することがあるし

苦情の電話がかかることもある。

なにより、手を振ってやろうという気持ちに対して、申し訳ないからだ。


うぐいすの経験があれば、およそどんな所に人がいるとか

手を振ってくれるかとか、友好的感情があるかどうかなどがわかる。

外を回って感触をつかむのも、大事な仕事である。

だから、後部座席に乗り込む二人は、両方うぐいすのほうがいい。


私は前回、前々回と市議選で組んだ、ちょっと年上の女性に電話をしてみた。

一から教えた人だ。

うぐいすが好きというより、根っからの選挙好きで、技術の習得もめざましく

声をかけられたことを気持ち良く喜んでくれた。

うぐいすなら誰でもいいわけではなく、こういう相棒に恵まれてこそ

良い仕事ができる。


しかし残念なことに、仕事で自由がきかないと言う。

この人も無職だった以前とは違い、今は働いている。

離婚して一人身のため、選挙ぐらいで休むわけにはいかない。

初日の午前だけなら、手伝わせてもらいたいと言うので

それでもいいから…と頼んだ。


これでどうにか、出陣式の格好はついた。

私一人でもいいようなものの、年寄りばかりの陣営だし

一回落選しているため、少しでも華やぎが欲しい。

我々も年寄りの部類ではあり、華やぎと言うには図々しいが

勢いみたいなものは、出そうな気がする。


私はそのまま、2日目以降のうぐいすを探すつもりだったが

候補も、とある支持者に頼んでいるという。

「任せておけ!と言われているので、もういりませんとは言えないんです」


候補に、その支持者の名前を一応聞いたが

私個人の感想としては、うぐいすを集められるおかたではない。

特殊な人材を急に調達できる人物というのは

「あんたのためなら死ねる」という人間を

日頃から何人もはべらしておくような器でないと、無理なのだ。

しかし自分の主張だけ通すわけにはいかないので

私のうぐいす集めは、それで終了する。


前日になって、候補は頭を抱えた。

やはり無理だったのだ。

任せておけと言った支持者は「聞いてない」と言ったそうである。

そういうもんさ。

選挙を知らないヤツほど、最初は威勢がいいけど

だんだんしぼんでくるものなのさ。

口ではえらそうなことを言っておいて

内心では、どこかで誰かが何とかするのを、ひそかに待っているのだ。

解決したところで出てきて

「こっちも用意していたのに…」と言う種類の人間は多い。


金曜と、最終日の土曜には、候補の姉が仕事を休んで乗るそうである。

独身で顔は可愛いが、肥満いちじるしく、機敏な動きは望めそうにない。

声はよく通って、いい感触だけど、まったく初めてだという。

あてにはできない。


「今後のために、金、土の2日間で、姉を鍛えてやってください」

と候補は言う。

弟のために、仕事を辞めるくらいの根性は欲しいが

あの体では、一度辞めたら再就職は難しいであろう。


「僕も頑張って、これからまた探して…」

それを制して、私は言った。

     「もう、余計な人件費は使いなさんな。一人でやります」

「え…でも…きついですよ」

     「いい!

      明日には始まるのに、今頃うぐいす探してたんじゃあ、笑い物よ」

「いいんですか…?」

     「やったろうじゃないの!」

「…なんか、僕も燃えてきました!

 みりこんさんがそこまで言ってくださるなら

 僕もみりこんさんを助けて、しゃべりまくります!」

     「ワハハ!候補がうぐいす助けてどうするんじゃ!

      いいよ、これで腹が決まった。

      しがらみのない私しか言えないコールを

      叫びまくってやるわよ!」

そんなわけで、選挙戦の幕は切って落とされたのであった。
コメント (38)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

逃げたうぐいす

2010年11月07日 22時00分21秒 | 選挙うぐいす日記

「おい、助けてやれよ…」

会社にいる夫から電話があったのは

市議選の選挙活動が始まる直前のことであった。

かねてより、私にうぐいすを依頼していた若い新人候補が

「やはりどうしても…」と言っているそうだ。


その日の朝、彼は、やっとつかまえた二羽のうぐいすに逃げられていた。

理由は「体調不良」。

よくあるのだ。

多少の出しゃばりであれば、頼まれたら、まんざらでもない。

たとえ未経験でも、やれるような気がして、頑張ろうと思う。

だが、その日が近付いてくるにつれ、不安になる。

妻が、娘が、母親が、人目につくことをするのを

恥ずかしがって反対する身内も出てくる。

そこで、表向きは体調不良ということになるのである。


    「一人でやったらいいじゃん。前もやってたじゃん」

今回はやらないと決め、頭も体もそのつもりでのんびりとしていた私は

急にそう言われても、困るのだ。


彼は、前々回の市議選にも、20代の若さで初出馬した経験があった。

その時は、自転車に乗って一人で活動して

まずまずの得票があったものの、落選した。

だから、一人でも充分やれるはずである。


「大きい声で言うな…今、来てるんだぞ!」

夫は、声をひそめて言う。

私も困るが、候補はもっと困っているらしい。


落選後、彼は国会議員の地元秘書となり、その関連で夫とも懇意になった。

夫は、魔道を歩む我が身への反動か

純粋でクソ真面目な若者を、弟のように可愛がる癖がある。


好きな政治の仕事で、生き生きと働いていた彼であるが

盤石だったはずの親分が、先の選挙で落選してしまった。

不運にも無職となった彼は、今回8年ぶりに立候補する決心をしたのだった。


無職なんだから、今度は何が何でも当選しなければならない。

たった一人でお金をかけずに活動し、クリーンを強調するよりも

セオリーどおりのほうが、有権者に安心感を与えるというのは

秘書時代に学習したようだ。

それで、うぐいすが必要なのだった。


昔からアマチュアうぐいすは、事業主の身内か女子社員…と相場は決まっていた。

しかし、談合が禁止され、議員の権力も無くなった昨今

選挙を手伝ったごほうびに、なんぞいい思いができるかも…

なんてのは、もはや昔話である。


現在、我が市内に生息する、ヒト科・ヒマ属・出しゃばり種・♀という生き物は

滅多にいない上、めぼしいのは、すでに他の候補が捕獲している。

今回は特に人手不足で、現職ですら、確保に困った陣営もあったという。

不況が進み、前回までうぐいすだった人の多くが

定職を持ったので、仕事を休めないからである。


他県からプロを呼び寄せた候補もいるそうだ。

彼もそうすればいいんだけど、ホテル代やら交通費やらで、物入りなので

無職の青年には、厳しいのであった。

さらに、直前で逃げられたため、手配はもう無理と思われた。


今回の市議選は、複数から依頼がきたので

面倒臭いから断ったという経緯は、以前書いた。

同時に私は、病身である夫の両親の食事作りで、一応身柄拘束の身であった。

それに、長男の業務カレンダーによれば

選挙期間はちょうど、夜勤の週にあたる。

大事な両親と子供をほっぽらかして

一週間もチャラチャラするわけにはいかなかった。


しかし、その前日、偶然にも義母ヨシコが

「そろそろ週末は、私達だけで大丈夫だと思う」と言い出したところだった。

透析寸前だった義父アツシは、数値が良くなり

この頃では体重も増えて、元気になっている。

透析準備のため、主治医を大病院の専門医に変えたところ

薬がよく合ったのだ。

たまには静かに過ごしたかろうし、こっそり良くない物も食べたかろう。

この分なら、ついでに一週間お休みしても、大丈夫そうである。


さらに偶然は重なり、長男は同僚の都合で

急に日勤と夜勤を交代することになった。

選挙期間中に、私を縛るものは無くなっていたのであった。

かくして私は急遽、うぐいすとして参戦することと相成った。


若い候補は、大変喜んだ。

もう日にちが無いので、さっそく会って、打ち合わせをする。

同行した夫は、自分が人助けをしたように得意顔。

「思う存分、使ってやってくれよ」なんて言ってる。

まるで人買いだ。


30代前半の候補は、独身である。

「挨拶回りしていると、行く先々で

 早くお嫁さんを…って言われるんですけど、こればっかりは…」

そうよねえ!無職じゃあねえ!と言うわけにもいかず

     「私がもうちょっと若ければねえ!」

と言って、へへへと笑う。


「いえ…あの…そんな…」

いつも、人の言うことには熱心に耳を傾け、丁寧な返答をする誠実な彼だが

この時に限り、激しくうろたえた。

オバタリアン特有の冗談を口にしたばっかりに、砂を噛む私であった。

コメント (53)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おバカの時代

2010年11月02日 11時49分20秒 | 前向き論
気がつけば、何年も前から「おバカタレント」がテレビを席巻していた。

クイズ番組で珍妙な答えを言ったりするのが、いいらしい。

「物知りでない」…これは非常に魅力的なことだと

島田神助氏がまず気づき、遅れて世間が気づいた。


それまでのテレビは、見目形や頭脳が一般人より優れた者を中心に映し出していた。

そして視聴する庶民は、溜息をついて憧れるのが常識であった。

だが、彼らは違う。

答えを間違って喜ばれ、知らないことを知らないと言えば仕事になる。

昔は恥としてひた隠していたもの…バカが売り物になる時代が来たのだ。


ただし、見た目も頭も両方まずいのは、やはり無理。

じっとして黙っていたら、ちゃんと芸能人…という条件は必須のようである。

美しいのに頭がちょっと…

かっこいいのに常識が…

視聴者は、ただ憧れるのに飽き足らなくなり

隠された真実の姿があばかれる経過を、ショーとして楽しんだ。


不況は無関係ではないと思う。

給料は下がり、仕事は増え、先の見通しは暗い。

節約、縮小…会社でも家でも、首に「我慢」という

重いクサリをつけられたような気持ち。

そんな時に、バカを見ると気持ちがいい。


「こんな問題もわからないのか…オレにはわかるぞ」

そう思えば、胸がすく。

「こんなにバカなのに、芸能界で生きて行けるんだろうか…」

心配までしてあげる。

あわれでかわいい、ボンヤリした弟や妹を見る気分。

見下げる喜びというやつである。


しかし、ご心配にはおよばない。

なかなかどうして、彼らはしたたかであった。

まずバカを売り物に知名度を得、芸歴が長くなれば

やがて好きなことができるのだ。

ちょっとの間、バカと言われるくらい、何であろう。


しかも、たまにマシなことを言うと

「案外賢いじゃないか!」なんて感心されたりする。

インテリの場合、好き嫌いがはっきり分かれるが、バカを嫌う者は少ない。

敵を作らない商法は、市場を広範囲に保つ目的において、不況に効果的である。


バカは、知らないことを知らないと言える。

相手が喜んで心の扉を開く「教えてください」という

魔法の呪文を臆面もなく言える。

こんなことも知らないのか…と笑われても「はい!」と元気だ。

教えてもらうと「すごい!」と目を輝かせて喜ぶ。


小利口な人間…つまり人から賢いと思われたい

せめてバカと思われたくない人間は

行動する量よりも、考える量と口数のほうが圧倒的に多い。

人口の割合において、一番多いこのタイプが

自分は動かずに、口で周りを動かそうとするから摩擦が起きる。

同じような者同士、どちらがより優秀かを背伸びして競い合うので

お互いにしんどい。


ずば抜けて利口じゃないなら

早めにバカのガワへ回ったほうが安全である。

そのあきらめが自身の身を守り、人の心をなごませ、周囲を明るくする。

「おバカ」の「お」は、そのような人物を指す敬称と言えるかもしれない。


人は、人にものを教えるのが大好きだ。

勉強でも仕事でも道案内でも噂でも、みんな本当は教えるほうになりたいんだけど

教えてほしがる人がいなければ、教えられない。

教えるガワ、優位なガワになりたい者が多いから

無駄な比較や嫉妬で傷つき、消耗するのだ。

そんな競争率が高くて大変そうな「教えるガワ」よりも

ライバルの少ない「教わるガワ」に行ったほうが、断然有利である。


学力、能力に関係無く、教わることをいとわず、自分の評価を気にせず

頭であれこれ考えるよりも、実際に行動する人…

口数少なく、たまに面白いことをヒョロッと言い

いつもニコニコへらへら、おっとりしていて

知っていることをひけらかさず、知らないことには謙虚になれる人…

最終的には、それが自然にできる人が幸せをつかんでいる。

50年生きてきて、いろんな人との出会いや別れがあったけど

また会いたいな…と顔を思い浮かべる人というのは、皆そんな人だ。


「あれもできます、これも知ってます、ああ、それも前からわかってます」

と先回りして斜に構え、ウンチクと反論と分析の得意な

自称物知り、自称苦労人のことは、あんまり思い出さない。

何でもご存知なのに、幸せだけは手に入れられなかったのね…

などと意地悪く思ったことぐらいだ。


人に優秀と思われ、一目置かれる特別な存在を目指すよりも

また会いたいと思わせる人物を目指すことが、人生を楽しくするコツだと思う。

利口はおろか小利口の部類にも入れず、ただ口数だけが多い私は

自分で話しながら、おお…耳が痛い。
コメント (60)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする