「みりこん、いっそ仕事人になりたいの図」
それから25年が経過。
40代となった私たち同級生は
3年に一度開かれる小学校の同窓会に出席した。
ザワザワ…ホテルの宴会場の入り口が騒がしくなった。
招待した先生たちが、皆、立ち上がっている。
男子たちに囲まれて、近づいて来た男…。
「ギャー!!」
女子の悲鳴があちこちで上がった。
ヤツだったのだ。
坊主頭も、顔も、まったく変わっていない。
心地よいほろ酔い気分は、一気に醒め果てる。
幹事がマイクを取って紹介。
「今年から、転校して行った人を捜して声をかけました~!」
おのれ、余計なことを…
挨拶を促され、ヤツはおもむろに着ていたコートを脱いだ。
「ああっ!!」
一同、驚愕の声。
某…国を守る機関の制服を着ていたのだ。
「皆さん、お久しぶりです。僕は今、こういう商売をしています」
その勝ち誇ったような顔!
「多忙なため、こんな格好で駆けつけてしまいました」
見せたくてわざわざ着て来たくせに!
それは式服と思われた。
金のラインが何本も入っているところを見ると、相当出世しているみたい。
それにしても、この違和感!
まるでヒトラー…。
「皆さんとの楽しい思い出を忘れたことはありませんでした」
お前には楽しくても、うちらには血塗られた地獄の黙示録…
「皆さんの住む日本を守るために、頑張ります」
やかましい!人をさんざん危険にさらしといて
国なんか守っていらんわいっ!
私たちはすぐさま幹事を捕まえて口々に抗議。
「ちょっと!あんた!なんであんなの呼んだのよっ!」
「一生恨むからねっ!」
「正月から見たくないわよっ!」
「なんで~?みんな喜ぶと思ったのに~」
幹事の男子は胸ぐらをつかまれて、オロオロした。
「捜すの、けっこう大変だったんだよ。人から人へ聞いて…。
そしたらすごいエラい人になっててさぁ、彼に電話つながるまでに
秘書を二人通過するんだよ…」
もういい、来たものはしょうがない…幹事を解放した私たち女子は
収容所へ連行された捕虜のように、自然に大きなひとかたまりになった。
ヤツは先生たちのテーブルに落ち着いたので、ひと安心。
先生は代わる代わるヤツの手を握り、涙をぬぐう。
そりゃあそうでしょう。
さんざん手を焼いた生徒が、故郷に錦を飾った理想的なケース。
教師みょうりに尽きるというものざます。
そう…彼ら教師は、結果が命。
教え子のわかりやすい出世は、教師のステイタス。
「なんで制服着てるのぉ~?あざといわ~」(おかよさんふう)
「うわ!あの姿、声、全部いや!」
「私、怖い。もう帰りたい」
大人になったんだから、さすがに何もされないだろうと思ったが
子供の頃からひどい目に遭わされてきた我々は
もう同窓会を楽しむことはできなかった。
ヤツから年賀状が届き始めたのは、翌年からだった。
「ギャー!」
そう…同窓会に入会している者には、全員の住所と電話番号が書かれた
同窓会名簿が届く決まりである。
だからあの時、ヤツを捜してまで入会させた幹事に詰め寄った。
我々は皆、あの名前を見るのも、ヤツに自分のを見られるのもイヤなんじゃ。
しかしながら、年の割りにはまだ幼い子供の名前や写真
子煩悩丸出しの手書きの一文を見ると、ヤツも人の子…という気がしないでもない。
ヤツがしたような残酷な仕打ちを、もしもヤツの子供たちが受けたら
どんな気持ちになるかしら?な~んて、思ったりもしたが
一応礼儀として、私も年賀状を返した。
それが大人の対応だと思ったから。
以来、儀礼的に年賀状の交換だけが数年続く。
そして去年、単身赴任中だという内容の年賀状が届いた。
携帯にメールがくるようになったのは、それからだ。
名簿にアドレスを載せるようになったのだ。
メールなら、さほど苦もなく対応ができた。
ヤツのメールは
「今、新聞やテレビでお騒がせしていますが…」で始まることが多く
お前が騒がせてるんじゃないだろっ!
お前の持ち物かっ!
と心の内で突っ込みながらも、私もつい合わせて
「大変そうですね」などと返す。
そうすると決まって
「国家機密ですので、この話はそれくらいで…」
お前が振った話だろっ!
じゃあ最初から言うなよっ!
という具合に、口では言い表せない感じの悪さは健在。
私は、男女を問わず故郷を離れている同級生たちに
しょっちゅうこちらの様子や同級生の消息などを
メールで面白おかしく伝えたり、名物を送り合ったりしている。
いつの間にか、ヤツもその一人のように錯覚してしまい、つい同じようにした。
いつまでも生きていられるわけじゃなし、過去の恨みは忘れよう…
という奇特~な気持ちもあった。
それに気を良くしたらしく、たまに夜、電話がかかるようになった。
ヤツは一人で淋しいので暇つぶしだろうが、こっちには家族がいる。
「電話は遠慮してほしい」と言うと
「なぜ?後ろめたいことをしているわけじゃないのに」
そうじゃなくて…と繰り返し説明してもわからないので
「亭主が浮気者だから、つまらんことで落ち度を作りたくねえんだよっ!」
という心の声が、うっかり口に出てしまった。
証拠を握られた浮気者というのは
あらぬことで、相手を同じ位置へ引きずり降ろそうとする。
稚拙な手を使って、戦意喪失に持ち込む可能性は充分ある。
戦う気、言い争う気はすでにないが
そんなことになって脱力することだけは、精神衛生上、避けなければ。
しかも、好きな男ならまだしも
ヤツとの電話がそのネタになるのは絶対にいや~~!!
ヤツは、しばしの沈黙の後、こう言い放ちやがった。
「そうか…。なんて言ったらいいか…。
俺にだけ秘密を打ち明けてくれたんだな…」
ち、ちがう…!!
「そこまで意識してくれてるなんて、なんだかうれしいよ」
オー!ノー!
続く
それから25年が経過。
40代となった私たち同級生は
3年に一度開かれる小学校の同窓会に出席した。
ザワザワ…ホテルの宴会場の入り口が騒がしくなった。
招待した先生たちが、皆、立ち上がっている。
男子たちに囲まれて、近づいて来た男…。
「ギャー!!」
女子の悲鳴があちこちで上がった。
ヤツだったのだ。
坊主頭も、顔も、まったく変わっていない。
心地よいほろ酔い気分は、一気に醒め果てる。
幹事がマイクを取って紹介。
「今年から、転校して行った人を捜して声をかけました~!」
おのれ、余計なことを…
挨拶を促され、ヤツはおもむろに着ていたコートを脱いだ。
「ああっ!!」
一同、驚愕の声。
某…国を守る機関の制服を着ていたのだ。
「皆さん、お久しぶりです。僕は今、こういう商売をしています」
その勝ち誇ったような顔!
「多忙なため、こんな格好で駆けつけてしまいました」
見せたくてわざわざ着て来たくせに!
それは式服と思われた。
金のラインが何本も入っているところを見ると、相当出世しているみたい。
それにしても、この違和感!
まるでヒトラー…。
「皆さんとの楽しい思い出を忘れたことはありませんでした」
お前には楽しくても、うちらには血塗られた地獄の黙示録…
「皆さんの住む日本を守るために、頑張ります」
やかましい!人をさんざん危険にさらしといて
国なんか守っていらんわいっ!
私たちはすぐさま幹事を捕まえて口々に抗議。
「ちょっと!あんた!なんであんなの呼んだのよっ!」
「一生恨むからねっ!」
「正月から見たくないわよっ!」
「なんで~?みんな喜ぶと思ったのに~」
幹事の男子は胸ぐらをつかまれて、オロオロした。
「捜すの、けっこう大変だったんだよ。人から人へ聞いて…。
そしたらすごいエラい人になっててさぁ、彼に電話つながるまでに
秘書を二人通過するんだよ…」
もういい、来たものはしょうがない…幹事を解放した私たち女子は
収容所へ連行された捕虜のように、自然に大きなひとかたまりになった。
ヤツは先生たちのテーブルに落ち着いたので、ひと安心。
先生は代わる代わるヤツの手を握り、涙をぬぐう。
そりゃあそうでしょう。
さんざん手を焼いた生徒が、故郷に錦を飾った理想的なケース。
教師みょうりに尽きるというものざます。
そう…彼ら教師は、結果が命。
教え子のわかりやすい出世は、教師のステイタス。
「なんで制服着てるのぉ~?あざといわ~」(おかよさんふう)
「うわ!あの姿、声、全部いや!」
「私、怖い。もう帰りたい」
大人になったんだから、さすがに何もされないだろうと思ったが
子供の頃からひどい目に遭わされてきた我々は
もう同窓会を楽しむことはできなかった。
ヤツから年賀状が届き始めたのは、翌年からだった。
「ギャー!」
そう…同窓会に入会している者には、全員の住所と電話番号が書かれた
同窓会名簿が届く決まりである。
だからあの時、ヤツを捜してまで入会させた幹事に詰め寄った。
我々は皆、あの名前を見るのも、ヤツに自分のを見られるのもイヤなんじゃ。
しかしながら、年の割りにはまだ幼い子供の名前や写真
子煩悩丸出しの手書きの一文を見ると、ヤツも人の子…という気がしないでもない。
ヤツがしたような残酷な仕打ちを、もしもヤツの子供たちが受けたら
どんな気持ちになるかしら?な~んて、思ったりもしたが
一応礼儀として、私も年賀状を返した。
それが大人の対応だと思ったから。
以来、儀礼的に年賀状の交換だけが数年続く。
そして去年、単身赴任中だという内容の年賀状が届いた。
携帯にメールがくるようになったのは、それからだ。
名簿にアドレスを載せるようになったのだ。
メールなら、さほど苦もなく対応ができた。
ヤツのメールは
「今、新聞やテレビでお騒がせしていますが…」で始まることが多く
お前が騒がせてるんじゃないだろっ!
お前の持ち物かっ!
と心の内で突っ込みながらも、私もつい合わせて
「大変そうですね」などと返す。
そうすると決まって
「国家機密ですので、この話はそれくらいで…」
お前が振った話だろっ!
じゃあ最初から言うなよっ!
という具合に、口では言い表せない感じの悪さは健在。
私は、男女を問わず故郷を離れている同級生たちに
しょっちゅうこちらの様子や同級生の消息などを
メールで面白おかしく伝えたり、名物を送り合ったりしている。
いつの間にか、ヤツもその一人のように錯覚してしまい、つい同じようにした。
いつまでも生きていられるわけじゃなし、過去の恨みは忘れよう…
という奇特~な気持ちもあった。
それに気を良くしたらしく、たまに夜、電話がかかるようになった。
ヤツは一人で淋しいので暇つぶしだろうが、こっちには家族がいる。
「電話は遠慮してほしい」と言うと
「なぜ?後ろめたいことをしているわけじゃないのに」
そうじゃなくて…と繰り返し説明してもわからないので
「亭主が浮気者だから、つまらんことで落ち度を作りたくねえんだよっ!」
という心の声が、うっかり口に出てしまった。
証拠を握られた浮気者というのは
あらぬことで、相手を同じ位置へ引きずり降ろそうとする。
稚拙な手を使って、戦意喪失に持ち込む可能性は充分ある。
戦う気、言い争う気はすでにないが
そんなことになって脱力することだけは、精神衛生上、避けなければ。
しかも、好きな男ならまだしも
ヤツとの電話がそのネタになるのは絶対にいや~~!!
ヤツは、しばしの沈黙の後、こう言い放ちやがった。
「そうか…。なんて言ったらいいか…。
俺にだけ秘密を打ち明けてくれたんだな…」
ち、ちがう…!!
「そこまで意識してくれてるなんて、なんだかうれしいよ」
オー!ノー!
続く