殿は今夜もご乱心

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逆転システム

2013年07月17日 16時16分01秒 | みりこんぐらし
           「うちの子の一人…ウーパールーパーのサンドラちゃんです」



この世には、逆転という現象があるのかもしれない…

うっすらとそう思ったのは、18年前だ。

逆転というと、逆転満塁ホームランなど

勝者と敗者が交代することと思いがちだが、ここでの逆転は

単純にAさんとBさんの生活が入れ替わることだと思ってもらいたい。


話は、夫やその両親と暮らす家を出て、はからずも仲居になった時にさかのぼる。

仲居稼業は私に向いており、楽しかった。

反面「とうとう水商売…」正直なところ私はそう思い

実家で家政婦をしていたミツさんのことを思い出したものであった。


忙しい商売をする家に年子が生まれ、母親と祖母は身体が弱いという事情により

我が家には昔から家政婦さんがいた。

家政婦紹介所からの通いだったり、社員として住み込みだったり

さまざまな人のお世話になって大きくなった。


ミツさんは、私が高校生の頃までいた

我が家にとって最後の家政婦さんであった。

ご主人が戦死したので、料亭の仲居をして子供を育てた後

紆余曲折を経て調理師になり、当時は珍しかった女板前として

華やかな第二の青春を送ったと本人から聞いていた。


小6の時に他界した母は、彼女を“水商売上がり”と言って嫌っていた。

以前にも書いたが、ミツさんは家政婦というだけでなく

やもめである祖父の彼女だったことも関係している。

あれほど嫌ったミツさんと同じ仕事をすることになり

母の死をひそかに安堵した私だった。


時は経ち、これまたはからずも調理師になった時、私は確信した。

やっぱりミツさんじゃん…。

資格も特技も無い中年女ができる仕事は、似たようなものかもしれない。

仲居をしていれば、料理に興味を持つのは自然かもしれない。

それでも、結果的にそこしか無いという形で

吸い寄せられるように流れ着いた感触を実感したのは確かだ。


母に溺愛されていた私は、母が嫌ったミツさんの人生をたどっている。

人や物事をあんまり嫌うと、自分か大事な者が

逆転してその事柄を“たどる”。

そういうことが、あるのかもしれない。


なぜか。

ひどく嫌う…それは執着と表裏一体だからだ。

天は優しいから、こだわった所へ人生を運んでくれるサービスがあるらしい。


逆転が自分に摘要されたのは、我が口と心の放つ不平不満が

立候補のサインに聞こえたからかも…といまさら身をすくめる私だが

それを天罰とは思わない。

時々この視点で世間を眺めると、面白かったり腑に落ちることが多いからだ。


ほんの一例をお話しするために

ここで夫の姉カンジワ・ルイーゼに登場してもらおう。

父親の会社の滅亡で、経理の仕事を失ったルイーゼは

老人ホームの厨房で働きながら、毎日の実家参りを続けている。


不規則できつい厨房の仕事…それは、少し前まで私のやっていることだった。

田舎の求人といえば、介護と厨房仕事くらいのものである。

極度の細身であるルイーゼに介護は向かないため

選択の余地は無かったと思われるが

老人ホームと病院の違いこそあれ、よりによって同じ仕事をしなくても…

私は事実を知って驚愕したものだ。


お嬢様気質のルイーゼが、軽蔑している私と同じ仕事に就くことに

抵抗を感じなかったはずがない。

後でわかったが、ルイーゼには急いで収入を得る必要があった。

彼女は、多額の借金を負っていたのだ。

会社の手形を落とすために、銀行で個人借り入れをしていたのだった。

それで会社が持ち直すはずもなく、まったくの無駄金に終わった。

大学で経済を学んだ人でも、立場が変化する恐怖にかられると

こうなっちゃうのである。


いつも遊んで、高給取りのルイーゼをうらやんだこともあった。

帰って来ては、もめ事の火種をまくルイーゼを憎んだこともあった。

しかしある日、私は気づいてしまったのだ。

ルイーゼがいてくれるからこそ、両親から解放される時間が持てるのだと。


一人で相手をしていたら、そりゃ使命感に燃えて

最初は嬉しいかもしれなけど、あの体温高めの両親に頼られまくり

ヘトヘトになっていただろう。

あてにされない身の上…それは、思う以上の幸運だったのだ。


ルイーゼのありがたさが身に沁みた途端、うらやましさも苦い過去も消えた。

気がつけばルイーゼは、厨房調理員として私の過去をなぞり

新しい会社で経理をするようになった私は、ルイーゼの過去をなぞっていた。


不遜を承知で言えば、これも逆転ではなかろうか。

初めての肉体労働で腱鞘炎を患いながら、借金返済に追われているのだから

逆転のその先を行っている。

私はルイーゼに、よっぽど嫌われていたとも言えるのではあるまいか。


逆転は、始まるとなかなか止まらない。

元気だった彼女の舅姑も年には勝てず、入退院を繰り返すようになった。

働きながら世話をするのは、大変だと思う。

しかし彼女には、何をさておいても両親に尽くす必要があった。

舅と姑にも、それぞれ借金をしていたからだ。

これも詳しいことは、最近になって知った。

ろくに話したこともない嫁に、よく貸したと驚いたものだ。

こっちも会社のためだったと主張するが、借りたとされる時期に

ルイーゼは新車を買っていたので、肩代わりの打診は却下した。


ルイーゼは今、逆転の道を歩んでいる。

プライドをかなぐり捨て、厨房の人となった彼女に敬意をはらいたい。

仕事で疲れて帰った彼女に、そうめんなんか茹でておき

帰りには、晩のおかずを持たせるのだ。

あとは、現象を謙虚に見守るのみである。
コメント (28)
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