翌日の夜、義母からすぐ来るようにと電話がありました。
両親の家へ行ってみると、夫がいました。
旅行帰りのような荷物と一緒のところを見ると
C子の家から出て来たようです。
久しぶりに見る夫は、少し痩せていました。
青い顔でうつむいたまま、微動だにしません。
「女のアパートから逃げて来たんだって…」
義母が、好物の大きな饅頭をほおばりながら言います。
義父は、いつものことですが
腕組みをして、眉間にシワを寄せています。
「なんか、そのアパートにこれから怖い人が来るらしいよ」
ズズズ…とお茶をすする義母。
「それで、逃げて来たわけ?」
結婚話が進まないことに業を煮やしたC子が
四国の実家の母親に言いつけ
母親の同棲相手の男性が、怒っているということでした。
母親の彼氏は某団体に属しており
こちらの支部に声をかけて
何人かで夫と話をつけに来るのだそうです。
夫はC子に
「今すぐ離婚して自分と結婚しないと
生きては帰れないだろう」
と言われ、隙を見て逃げ帰って来たのだそうです。
「それに従えば良かったじゃん。
逃げたって、ここに来るじゃん」
「そう言ったんだけど…」
「いったんこっちに来られたら、手ぶらじゃ帰らんぞ」
短い沈黙の後、義母が言いました。
「それでね…あんた、行ってくれないかしら」
「え~?」
「そうだ、そうだ、それが一番いい」
子供の発表会の「村人A」みたいな口調で義父が賛成します。
すでに打ち合わせがされていたようです。
「私が行って、何話すんですか~?」
「そりゃあ、おまえたち夫婦の問題だから
相手が納得する条件を話し合ってだな…」
「あ、離婚するって言えってこと?」
「そりゃあ、わしらには言えん。
夫婦のプライバシーだからな」
プライバシー…一緒に暮らしていた頃は
夫婦の寝室に忍び入って
タンスの中やゴミ箱までチェックしていたおかたの
言葉とは思えませんわ~
C子のアパートへ行って
離婚を宣言すればすむとは到底考えられませんでした。
目的は金です。
先に夫の親に連絡したのです。
心配させて、金を出しやすいムード作りをしているように感じました。
両親は、無い金をむしり取られる目先の恐怖を回避するため
息子の離婚も再婚も今は気にならない様子でしたが
向こうは金だけが狙いです。
離婚も結婚も、知ったこっちゃないのが実情でしょう。
C子はバカだから、我々をちょっと脅して
自分の欲望が叶えられたら終了と思っているのかもしれませんが
そうは問屋がおろさないでしょう。
ビビリの夫は、どれほど高額な要求でも飲んで
すごすごと帰って来ること間違いなし。
簡単に約束させるわけにはいきません。
慰謝料もらいたいのはこっちです。
不景気になると、このようなヤカラが増加します。
あくせく働くより、なにがしかの団体を結成して
集団で他人の弱点を突くほうが儲かるのです。
夫が言うには、C子の母親の彼氏は地元では怖れられていて
敵に回すと厄介な人物だということです。
C子の母親も「姐さん」と呼ばれていると言います。
「それ、C子に聞いたんでしょ?
自己申告じゃん」
団体の名をかたってはいますが
それが実在するのかどうかもわかりません。
真に思想ある人や、任侠の道を行く人たちは
こういうケチなことにアンテナを張らないのではないかと思いました。
C子の娘、M美が以前うちに泊まった時
「おばあちゃんは缶詰の工場でお仕事してる」
と言っていました。
姐さんともあろう人が、工場で働いているはずがないのです。
怖れられているとまで言われる人が
60近い内妻を働きに出すのはおかしいです。
勝算は、わずかだがあるのではないかと思いました。
いずれにしても、ここでウダウダ言っているより
出かけたほうが早いです。
怖がって拒否した…と両親に思われるのがシャクな一心でした。
同じ行くなら、向こうから催促されて渋々行くより
こっちから乗り込んだほうが強気に出られます。
まず相手を見てからのことです。
「とりあえず行ってみるわ」
「大丈夫…?」
行くと言ったら初めて心配そうにする、かなりゲンキンな義父母…。
「金が目当てなら
手に入るまでは相手も無茶はしないでしょ」
「俺も行く…」
夫が立ち上がりました。
「あんたはここに居なさい…」
義母が止めましたが、夫は振り払いました。
「俺が悪いんだから」
いつになく勇気を出したと思うでしょう。
違います。
自分が陰でしていたことが
明るみに出るのが心配なのです。
秘密を妻にどこまで知られてしまうかを
自分が把握できないことが一番怖い。
そのためだったら、どんなに恐ろしい所でも付いて来ます。
浮気癖のある男というのは、力の入れどころが通常と異なるのです。
うまく利用すれば、戦争にだって喜んで行くでしょう。
いくら向こう見ずな私でも、恐喝の場に丸腰では行きません。
危険とわかっている所へ、息子は止めて嫁は行かせる両親を
さすがにいい気持ちで眺めることはできませんでしたが
私が将来、嫁にこんなことをしなければいいことです。
私には強い味方?の長男がいました。
こういうことに我が子を出すのは、はなはだ遺憾ではありますが
外で待機して、いざという時は加勢くらいしてくれるはずです。
こんな面倒くさい事態になるなんて…。
さっさと離婚しなかったのを後悔しました。
しかし、すでに起きてしまったのです。
脅されて逃げたと思われては
被浮気妻の名折れじゃ…
戦ってやる…と誓った夜でした。
両親の家へ行ってみると、夫がいました。
旅行帰りのような荷物と一緒のところを見ると
C子の家から出て来たようです。
久しぶりに見る夫は、少し痩せていました。
青い顔でうつむいたまま、微動だにしません。
「女のアパートから逃げて来たんだって…」
義母が、好物の大きな饅頭をほおばりながら言います。
義父は、いつものことですが
腕組みをして、眉間にシワを寄せています。
「なんか、そのアパートにこれから怖い人が来るらしいよ」
ズズズ…とお茶をすする義母。
「それで、逃げて来たわけ?」
結婚話が進まないことに業を煮やしたC子が
四国の実家の母親に言いつけ
母親の同棲相手の男性が、怒っているということでした。
母親の彼氏は某団体に属しており
こちらの支部に声をかけて
何人かで夫と話をつけに来るのだそうです。
夫はC子に
「今すぐ離婚して自分と結婚しないと
生きては帰れないだろう」
と言われ、隙を見て逃げ帰って来たのだそうです。
「それに従えば良かったじゃん。
逃げたって、ここに来るじゃん」
「そう言ったんだけど…」
「いったんこっちに来られたら、手ぶらじゃ帰らんぞ」
短い沈黙の後、義母が言いました。
「それでね…あんた、行ってくれないかしら」
「え~?」
「そうだ、そうだ、それが一番いい」
子供の発表会の「村人A」みたいな口調で義父が賛成します。
すでに打ち合わせがされていたようです。
「私が行って、何話すんですか~?」
「そりゃあ、おまえたち夫婦の問題だから
相手が納得する条件を話し合ってだな…」
「あ、離婚するって言えってこと?」
「そりゃあ、わしらには言えん。
夫婦のプライバシーだからな」
プライバシー…一緒に暮らしていた頃は
夫婦の寝室に忍び入って
タンスの中やゴミ箱までチェックしていたおかたの
言葉とは思えませんわ~
C子のアパートへ行って
離婚を宣言すればすむとは到底考えられませんでした。
目的は金です。
先に夫の親に連絡したのです。
心配させて、金を出しやすいムード作りをしているように感じました。
両親は、無い金をむしり取られる目先の恐怖を回避するため
息子の離婚も再婚も今は気にならない様子でしたが
向こうは金だけが狙いです。
離婚も結婚も、知ったこっちゃないのが実情でしょう。
C子はバカだから、我々をちょっと脅して
自分の欲望が叶えられたら終了と思っているのかもしれませんが
そうは問屋がおろさないでしょう。
ビビリの夫は、どれほど高額な要求でも飲んで
すごすごと帰って来ること間違いなし。
簡単に約束させるわけにはいきません。
慰謝料もらいたいのはこっちです。
不景気になると、このようなヤカラが増加します。
あくせく働くより、なにがしかの団体を結成して
集団で他人の弱点を突くほうが儲かるのです。
夫が言うには、C子の母親の彼氏は地元では怖れられていて
敵に回すと厄介な人物だということです。
C子の母親も「姐さん」と呼ばれていると言います。
「それ、C子に聞いたんでしょ?
自己申告じゃん」
団体の名をかたってはいますが
それが実在するのかどうかもわかりません。
真に思想ある人や、任侠の道を行く人たちは
こういうケチなことにアンテナを張らないのではないかと思いました。
C子の娘、M美が以前うちに泊まった時
「おばあちゃんは缶詰の工場でお仕事してる」
と言っていました。
姐さんともあろう人が、工場で働いているはずがないのです。
怖れられているとまで言われる人が
60近い内妻を働きに出すのはおかしいです。
勝算は、わずかだがあるのではないかと思いました。
いずれにしても、ここでウダウダ言っているより
出かけたほうが早いです。
怖がって拒否した…と両親に思われるのがシャクな一心でした。
同じ行くなら、向こうから催促されて渋々行くより
こっちから乗り込んだほうが強気に出られます。
まず相手を見てからのことです。
「とりあえず行ってみるわ」
「大丈夫…?」
行くと言ったら初めて心配そうにする、かなりゲンキンな義父母…。
「金が目当てなら
手に入るまでは相手も無茶はしないでしょ」
「俺も行く…」
夫が立ち上がりました。
「あんたはここに居なさい…」
義母が止めましたが、夫は振り払いました。
「俺が悪いんだから」
いつになく勇気を出したと思うでしょう。
違います。
自分が陰でしていたことが
明るみに出るのが心配なのです。
秘密を妻にどこまで知られてしまうかを
自分が把握できないことが一番怖い。
そのためだったら、どんなに恐ろしい所でも付いて来ます。
浮気癖のある男というのは、力の入れどころが通常と異なるのです。
うまく利用すれば、戦争にだって喜んで行くでしょう。
いくら向こう見ずな私でも、恐喝の場に丸腰では行きません。
危険とわかっている所へ、息子は止めて嫁は行かせる両親を
さすがにいい気持ちで眺めることはできませんでしたが
私が将来、嫁にこんなことをしなければいいことです。
私には強い味方?の長男がいました。
こういうことに我が子を出すのは、はなはだ遺憾ではありますが
外で待機して、いざという時は加勢くらいしてくれるはずです。
こんな面倒くさい事態になるなんて…。
さっさと離婚しなかったのを後悔しました。
しかし、すでに起きてしまったのです。
脅されて逃げたと思われては
被浮気妻の名折れじゃ…
戦ってやる…と誓った夜でした。