殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

デンジャラ・ストリート 失踪篇

2017年01月27日 09時17分34秒 | みりこんぐらし
我々一家が暮らすのは、後期高齢者だらけのシルバー・ストリート。

老人ならではの事件が起こるため

ここをデンジャラ・ストリートと名付けて数年

その名にふさわしい出来事は断続的に続いている。



先日の午後6時半、電話が鳴った。

それに出て、少し話した義母ヨシコは台所へ来て言った。

「大変よっ!こはぎちゃんが行方不明なんだって!」

大変というわりには、ものすごく嬉しそう。


こはぎちゃんのことは、以前ここで書いたことがある。

朝、うちに来たら夕方まで帰らない92才のおばあちゃんだ。

いったん来始めたら習慣になるようで、3日と空けずに訪れる。


もちろん昼ごはんもうちで済ませる。

糖尿のヨシコには規則正しく食べさせないと、低血糖で倒れるため

こはぎちゃんにもお出しすることになるのだ。

「あらあら、食べに来たわけじゃないのに」

こはぎちゃんはおっしゃるが、立ち上がるつもりはないので

確信犯と見ている。


本人の弁によれば、ご主人が嫌いなので帰りたくないそうだ。

90を過ぎて、旦那が好きも嫌いもあったもんじゃない気がするが

彼女は大真面目。

「だから家に居たくないの」

この言い草で近隣の家々を回り、長時間居座る身勝手から

認知症ともささやかれている。


が、嫌い嫌いと言うわりには、うちへ来る時

100メートル足らずの距離を車でご主人が送って来る。

帰りは、こはぎちゃんが電話をかけたら迎えに来る。

無口なご主人の心境を推し量るスベは無いが

送り届けさえすれば、一日、厄介払いができるのは確かだ。

やはり確信犯の香りがする。


こはぎ家の平和のため、苦節2年半、ヨシコと私は耐えたが

やがて自慢話も思い出話も底をついたのか、昨年の秋以降

こはぎちゃんはぷっつり来なくなった。

新たなターゲットを見つけたらしい。

老人ばかりの町内だ。

煙たいご主人がいなくなり、長居のできる未亡人宅は

コンスタントに増加している。

こはぎちゃんの来襲‥いや訪問先はよりどりみどりだ。


そのこはぎちゃんの行方がわからなくなり、ご主人が探していると

近所の81才のおばあちゃんから連絡があった。

「家内が帰ってこないんです」

ご主人はあちこちに電話をかけ、とても心配していたという。


「山狩りじゃ!」

生来の物見高さから、色めき立つ夫と息子たち。

「要請があったらね」

なだめつつ、要請を心待ちにする私。

ヨシコは電話にかじりつき、事件の拡散に余念がない。

が、それっきり誰も何も言ってこないので、そのまま忘れて就寝。


思い出したのは、翌朝。

再びあちこちへ電話して、結果を問い合わせるヨシコ。

近隣住民の返事は一様に

「何も知らない‥心配はしてるけど‥」

と歯切れが悪い。

各自がこはぎちゃんの家に直接電話して、安否を確認するのはたやすいが

皆、さすがに人生の熟練者。

これがバクチだと知っている。

うっかり電話して、こはぎちゃんが無事だった場合

彼女との旧交が温まるのを警戒しているのだ。


ヨシコもしばらく思案していたが

ついに警戒心より好奇心が勝った模様。

こはぎちゃん宅へ電話すると、本人が出たのでびっくりしていた。

電話を切って我々に報告。

「中井さんちに行ってたんだってさ」

こはぎちゃんが無事で、ものすごく残念そう。


こはぎちゃんのマイブームは今、中井のおばあちゃん85才らしい。

その日も朝から一人暮らしの中井さん宅へ行って

気がついたら暗くなっていたという。

「私を中井さんの家に送っておきながら

主人ったら忘れて探し回っていたのよ。

認知症かしら」

こはぎちゃんは例のごとく、ご主人に腹を立てていたそうだ。

こはぎちゃんは家に帰るのを忘れただけ

ご主人は行き先を忘れただけ、というのがてん末。


「人を振り回して!」」

プリプリ怒るヨシコ。

あれだけうちへ通っておきながら、ご主人から直接問い合わせが無かったのが

しゃくにさわるらしい。

来られても困るが、忘れ去られた過去の人になるのもいまいましい

というところ。


「年寄りって、ほんと身勝手」

ため息をつくヨシコ。

あんたが言うか‥心で叫ぶ私。

あとは山狩りが無いのを残念がる男たちがいた。
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松方弘樹さん

2017年01月25日 10時03分07秒 | みりこんぐらし
存命中は、さして気にならなかったのに

亡くなってみると存在の大きさを実感する‥

そんな俳優さんはいるもので、私にとって松方弘樹さんもその一人。


彼は昔、私の住む田舎町を訪れたことがある。

私が小学生の頃だから、45年余り前。

彼は、ある議員の選挙応援に来たのだった。

学生時代の友人という話だが、本当に友人だったのかどうかは知らない。


彼が応援演説をする公園には、町中の人が集まった。

子供なので、よく知らないけど有名人らしいおじさんという印象しかない。

ただ、田舎にはおよそ存在しない頭身の、スラリとした男性だった。

ちなみにこの人が、当時私の見た芸能人第2弾。

最初は2才の時、たまたま観光地で遭遇したザ・ピーナッツである。


演説の後、握手を求める町民が列をなした。

私は並ぶのがかったるくなり、家に帰ったが

ミーハーの妹は、長いこと並んで握手をしてもらい

「すごく柔らかい手だった!」

と感激していた。


何年か経って、彼の出演した映画

「仁義なき戦い」が空前のヒットとなったが

それより何より、駆け出し女優の仁科亜季子との不倫騒動の方が

私には印象深かった。

妻子と別れるわ、名門の仁科家は大反対だわ

これがまた、渦中の2人が美しいときたもんだ。

ワイドショーの餌食となって、連日の大騒ぎだった。

あの時、握手してもらっておけばよかったと

おのれの怠惰を後悔。


時は流れ、大人になったうちの息子たちが

突如、松方弘樹という男性に注目し始める。

釣り好きの息子たちは、俳優の松方弘樹ではなく

大物釣り師の松方弘樹を知ったのだ。


そして一昨年、息子たちは共通の友人から

「仁義なき戦い」のDVDを譲り受けた。

その少し前から、映画「トラック野郎」の主人公を演じる

菅原文太さんにハマっていた二人が

彼の主演作品である「仁義なき戦い」に触手を伸ばすのは

時間の問題ではあった。


そのDVDに、松方弘樹さんが出演している。

「渋い‥」

「スターだったんだ‥」

二人は、釣り師・松方弘樹の本当の姿を知ったのだった。

ここでやつらに「握手したもんね」と自慢できれば

どんなにいい気になれただろう。

おのれの怠惰をまたもや後悔。


余談になるが「仁義なき戦い」は、地元広島県の話。

我ら一家は映画の舞台から離れた田舎暮らしだが

我々の生きる建設業界は活動範囲が広く、取引先は県内のほぼ全域に渡る。

映画には、名前こそ変えてあるが

知ってる人や知ってる会社がバンバン出てくるため

その前身や力関係を把握する歴史物語として見ると面白い。


さて俳優が大御所になると、サービス撮影に乗っちゃう人が増える。

全知全能のやたらかっこいい役、本当に必要かどうか疑問の海外撮影

刑事に頼られる一般人などの夢を叶え終わると

帝王の望みは、たいていこれ。

最初は馬鹿にされたりボコボコにされた末、隠していたすごい所を出す。

本人は気持ちが良かろうが、見る者はやがて飽きる。


私の記憶では、松方弘樹さんはこれをやらなかった数少ない大御所。

飽きのこない、すごい役者だった。

やっぱりあの時、握手しとけばよかった。
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ぼったくり

2017年01月20日 14時26分32秒 | みりこん胃袋物語
1月14日の土曜日、同窓会の集まりがあった。

地元とその周辺に居住する同級生男女で構成されるこの会は

名ばかりとはいえ、役員会という名がつけられている。


年に何度かある役員会は

同級生ルリ子が営む店で開催されることが多い。

お好み焼き屋に、居酒屋と定食屋とカラオケスナックを混ぜたあげく

結局何がやりたいのかわからなくなった店だ。


以前の役員会は、駅前の中華料理店で行われていた。

店はキタナシュランだが、安くて美味かった。

しかし数年前、店主の高齢化で惜しまれつつ閉店となり

行く店が無くなってルリ子を思い出したという流れ。


それまでのルリ子は、自分の店が忙しいと言って集まりに来なかった。

町はずれに住んでいるので、学校から帰って一緒に遊んだこともなく

元々影の薄い存在だったため、特に出席を請う者もいなかった。


が、中華料理店の閉店と時を同じくして

商工会が主催する女性経営者の会に入会した彼女は

会員限定の低金利事業資金貸付を利用して勝負に出る。

母親から譲り受けたお好み焼き屋を改装したのだ。


「役員会はうちで‥」

急に商売熱心になったルリ子の申し出を断る理由はなかった。

地元貢献という同窓会のコンセプトもあり

役員会はルリ子の店で行われることになった。


それから2年後、私が同窓会の会計をするようになった。

今年で5年目になる。

その年数は、同級生の会合に欠かさず参加するようになった歴史でもあり

ルリ子の店の高価格と、それに見合わぬ料理に腹を立ててきた歴史でもある。


家計をやりくりし、物の価値と値段を日々照らし合わせる女の感覚は

男には理解しにくいようだ。

「高いわりにおいしくないから、別の店にしよう」

決定権を持つ会長の男子に言えば

自分が行きつけの、遠くて微妙な店に決めてしまう。

ブリの照り焼きや、骨せんべいを出すようなところ。

はるばる遠くまで来て、何で珍しくもない照り焼きやら

歯が欠けそうな骨を食わにゃならんのだ。

男の「美味い」と、女の「美味い」は異なるようで

男は女房が作らない物を美味いと感じる習性があるのかもしれない。


「高くてもいいから、美味いものを食べたい」と言えば

「美味いじゃないか」と首をかしげ

「上質なものを少しでいい」と言えば

「これのどこが上質でないというのだ」とせせら笑う。

どこまでも平行線のこの感じ‥

何かに似ていると思ったら、自分の旦那じゃん。


「あの女はろくでもない」と言えば

「彼女のどこが」と首をかしげ

「欲にまみれた下心が見えんのか」と言えば

「彼女の心の美しさは、お前にはわからない」とせせら笑う。

その、心が美しいはずの女の子にさんざんゼニを取られ

もてあそばれたあげくに捨てられても

「彼女の都合で会えなくなった」としか思わない。

テーマは違えど、どちら様も似たようなもんなのね。


さて、今回の役員会は寒波の到来と重なり

帰り道を危惧した市外ご一行が欠席したので

いつもより3人ほど少ない9名。

初めてのひとケタである。


ルリ子の店に行ったら例のごとく、しゃくにさわる料理が並んでいる。

冷えてプリン状になった牛スジ煮込みの小鉢。

大量のチンゲン菜に埋まるインスタントの海老チリ。

古くさい大皿には冷凍の串カツが山盛りで

主な中身は固い冷凍イカと、生臭い冷凍魚。

真空パックでハム売り場に並ぶ、名前だけはローストビーフってやつもある。

良かった〜、これ、一回食べてみたかったのよね〜‥

なわけねえだろがっ!


数時間後、ウタゲは終わり、支払いとなった。

今日は人数が少ないし、暖房をケチっているので店内は寒く

皆の生ビールもすすまなかった‥

さすがに7万超えることはないわよね〜‥

と思いながら、ルリ子のお沙汰を待つ。


差し出されたメモには、こう書かれていた。

『72500円』

ク〜!

ルリ子め、参加者が何人であっても7万はふんだくると決めているらしい。

一人8千円でインスタントと冷凍食品をいただき

ありがたくて涙がちょちょぎれるぞ!


帰り道、けいちゃんの運転する車でモンちゃんも交え

3人で思いきり文句を言う。

「あこぎにもほどがあるが!」

「びっくりしたわいね!」

「うちら、ええカモじゃが!」

オフレコのこれが、あとの楽しみだから困ったものだ。


ギャーギャー盛り上がっていると、男の声がする。

「怖いのぅ‥」


運転していたけいちゃんと、助手席の私はギョッとして振り返った。

そうだ、同じ方向へ帰るミチオを乗せていたのだ。

「こっちが怖いわっ!」

楽しい役員会だった。
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チュンタロー

2017年01月16日 10時46分19秒 | みりこんぐらし
「いつも家族でワイワイガヤガヤ。

嫁姑?ハハハ!気にしません。

だって家族ですもの」

私はそんな人物だと思われているはずだ。


が、それは違う。

私は家事全般を引き受けながら

台所のフキン一枚、自由に取り替える権限を持たない嫁である。

勝手なことをして姑の逆鱗に触れ、ゴタゴタするのが嫌だからだ。


当然だが、モメたら腹が立つ。

元々根性悪なので、自分がきついことを言うのはわかっている。

一発で絶望の淵に追い込む自信がある。

それを抑えるのは、まことに骨が折れる。

抑えるより予防の方が、心身共に楽なのだ。


言うなれば、嫁業界のチュンタロー。

チュンタローとは、この辺りの方言で

「不甲斐ないヤツ」という意味である。



友人は、私が滅多にトイレへ行かないのを不思議がる。

会ってから別れるまで、一度も行かないからだ。

もよおさないのだから、仕方がない。


トイレが遠いのも、私がチュンタローだからである。

たびたびトイレに走ったり、下痢や便秘でトイレにこもる‥

つまり密室に姿を消し、誰にも干渉されない時間を多く持つのは

姑と暮らす私にとって贅沢な時間だ。


なぜなら私は忙しい。

主婦ときどき事務の身で、簡単に忙しいと言いたくないが

大人ばかりの5人暮らしは

各自の起床時間や帰宅時間が大幅に異なるため

家庭というより民宿や寮みたいだ。


この5人の中に老人が混ざっていると、さらに忙しい。

偏食がひどく、特別扱いのご馳走を好む姑の食事は

彼女の好物の肉料理以外、三食とも別あつらえになることが多い。


しかも老人は、思い立ったことがすぐに解決されなければ気がすまない。

この芸能人誰だっけ、背中のカイロが熱い、ここが散らかっている‥

いつ呼ばれても、すぐ返事をして駆けつけられる臨戦態勢でなければ

不満と不安は疑惑へと進化する。

「わざと返事をしなかった」「聞こえないふりをした」

「やりたくないのを態度で表した」などの誤解が生じるのだ。

他人と暮らすというのは、そういうことである。

誤解を防ぐためには、呼ばれても聞こえない二階のトイレで

グズグズする暇は無い。


姑の白髪も染める。

同じように暇を持て余して訪れる、彼女の友人の接待もある。

誰も聞かない思い出話や、長い言い訳にも付き合う。

いつ、何を言い出しても対応。

よって、私の腸と膀胱は鍛えられている。



姑と暮らすとは、24時間、気を使い続けることでもある。

高齢女性の洗濯物は乾きにくい。

乾燥しやすいTシャツなんか着ないし

起きるのが遅いので洗濯が一番後になるからだ。

夕方、取り込む時間に乾いていないことが多い。


中でも乾かないのが、尿漏れ対策の下着。

乾いてないからと、一枚だけ残してはならない。

その光景が、人一倍寂しがり屋の姑を傷つけることを私は知っている。

昔の彼女は血気盛んだったので、嫁の帰りが遅い時

私の洗濯物だけが故意に外へ残されていた。

何度も見たその光景は、悲しいものだった。


自分のやって来たことは、のちのち自分を苦しめる。

なぜ悲しいのか、寂しいのか、姑本人は一生気づかない。

しかし私があの頃感じていた何倍もの悲しさ、寂しさに

さいなまれるのは確かだ。


そこでダミー。

あえて他の家族の数枚を取り込まずに残し

寄り添ってぶら下がる光景を演出する。

何が気に入らないんだか‥みたいな態度を取る時は

このように些細なことが原因だったりするのだ。


また、老人は人の失敗が嬉しい。

特に自分と同じ、物忘れや勘違いが嬉しい。

先日、たまに出た仕事から帰った私は

頭からかぶる型のエプロンを後ろ前に着ていた。

それを発見した姑の喜ぶまいことか。

指をさし、手を打って大笑いし続ける彼女と一緒に私も笑う。


エプロンを着る時間ももどかしく

急いで夕食を作らなければならない者の気持ちは

経験の無い彼女には一生わからない。

わかって欲しいとも思わない。

わかってくれたからといって、何をしてくれるというのだ。

そんな甘えは、すでに無い。

「あんたもボケが始まったみたいね!」

勝ち誇る姑と一緒に、ハハハと笑うしかないチュンタローである。


夫の姉は嫁いで37年、毎日実家へ帰って来る。

父親の会社の経理をやっていた頃は堂々としていたが

数年前に舅の借金を片付け

取られそうになっていた家を我々夫婦が買い戻して以降は

静かに家へ入り、玄関脇の応接間を経由して

母親の待つ居間へ忍び込むようになった。

そこで数時間を過ごし、帰りも同じ経路をたどる。


つまり義姉は、毎日来ていないことになっている。

会社を手伝うという理由が消え、実家が親の持ち物でなくなった現在

毎日の里帰りの正当性が薄れたからだ。

「365日、絶対来る」という事実は

この母娘の間では存在しないことになっている。


来ていないことになっているのだから、私も気づかないふりをする。

週に何度か、多めに作ったおかずなどを持たせる時は

「たまたま来ていた」という設定に協力。

「お義姉さん、今日は来てる?

ああ、良かった!

たくさん作ったから、どうしようかと思ってたんよ」

などとサービス。

ここまでやらなければ、楽しい我が家は作れないのだ。


仕事や家庭の待遇に苦悩する人は多い。

「人間関係がどうの、ブラックだのと言う前に

ここまでやってみろ!」

人に聞こえないようにつぶやく、チュンタローの私である。
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バカの需要

2017年01月07日 11時01分22秒 | みりこんぐらし
5日は本社の新年会だった。

この集いは都会のホテルで行われる。

正社員限定のため

夫と息子たちは参加が義務付けられているが

自由出勤の私は非正社員なのでお呼びは無い。

けれども毎年、夫の希望で行き帰りの車に同乗し

新年会が行われる2時間の間、近くのデパートで時間を潰していた。

夫は「心細いから来て欲しい」と言うが

たまには姑と引き離して気晴らしをさせてやろうという

心配りではないかと思われる。


気持ちはありがたいが、ホテルに近いデパートは

繁華街のそれと違って小規模なため、今ひとつ燃えない。

飽きたので今年は辞退を考えていた矢先

新年会に別の社員を乗せて行く必要が生じ

私のことは忘れ去られた。


これに一番喜んだのは私ではなく、義母ヨシコだった。

「毎年、何しに行くのかしらって思ってたわ。

呼ばれもしないのに!」

ものすごく嬉しそう。


ヨシコ、パーティー関係には厳しいのだ。

ライオンズクラブや業界の集まりに

飾り立てて出席するのが命だった女なので

自分以外、特に嫁が、晴れがましい場所に近づくのを非常に嫌がる。

出てるんじゃない、行き帰りが一緒なだけだと言っても

その後の数日はツンケンしていたものだ。

今年は行かないと聞いて、よっぽど気分が良かったらしく

昼ごはんに寿司をおごってくれた。


夕方、息子たちと帰宅した夫。

懐から、おもむろにのし袋を取り出して私に捧げた。

毎年恒例のくじ引きで当てた、一等賞の金一封である。

開けてみると、新札で7000円入っていた。

そ、一等といってもこんなもんよ。


当たりくじを引いた者は、舞台に上がってスピーチをするのが決まり。

夫はそこで、こう言ったという。

「僕はバカですが、一生懸命仕事をしたら

一等賞がもらえると知りました」

それで終わり。

ここぞとばかりに長いスピーチをする者も多い中

夫の短い発言はウケたらしい。

息子たちの報告によれば、会場は大いに盛り上がったという。


「よくやった!」

私は夫を丁重にねぎらう。

バカ発言は、媚びや自虐ではない。

本社に巣食う月給泥棒たちへの痛烈な皮肉である。

これを短い言葉で行った夫を賞賛せずにおられようか。


昨年の後半から、社長は急に

社員のメンタル向上を意識し始めた。

普段、会うこともない社長の意識をどこで知るかというと

社内報である。

季節ごとに発行される社内報の冒頭には

いつも社長の挨拶が掲載される。

これを熟読すると、彼の心模様が浮き上がってくるのだ。


理数系出身の人なので、ずっと数字や経済情勢

今後の戦略が中心の文面だったのが

近頃は「やる気」「向上心」「誇り」など

精神に関するワードが大幅に増加してきている。

特に増えたワードが「愚直」と「人材育成」と「やり甲斐」。


頭のいい人は真意を言わずに、関連する単語を散りばめるものだ。

院卒の化学者というプライドをかなぐり捨て

あえて幼く青臭いワードを多用するところに

社長の焦りを強く感じる。


つまり彼は、やっと気づいたのだ。

やる気、向上心、誇りの無い社員が

長年に渡ってずるく立ち回り、部下を潰し続けたあげく

人材の墓場と化した会社の現状に。

我々は合併当初から、本社の花形部署である営業部から

さんざん煮え湯を飲まされているので知っているが

社長は去年、わかったらしい。


人材の墓場作りには、経理部長ダイちゃんの

カルト宗教勧誘もひと役買っていると思う。

いいように利用され、手柄を奪われ、消耗する日々で

断りにくい上司から宗教に誘われれば、まともな人間なら辞めてよそへ行く。

社長、このことにはまだ気づいてないと思われる。


ともあれ社内報から現在の社長の真意を読み解いて

本社の流れをつかみ、夫や息子たちにわかりやすく伝達するのは

私の重要な仕事である。

「風は今、バカに吹いている」

などと話して聞かせるのだ。


「バカなら負けない!」

「俺たちの時代だ!」

喜ぶ夫と息子たちに

「待て待て、ホンマのバカはどこもいらんのじゃ。

背伸びや虚飾をしない、素直とひたむきが求められておる」

と説明。


会社の流れをつかんでおくのは大切である。

出ないはずの経費が出たり、思わぬサポートが得られる。

どんな仕事もそうだが、楽しく働くには

相手が打ち鳴らす太鼓のリズムの変化を聞き逃さず

合わせる技術が必要なのだ。

潰れそうなところを本社に救済してもらっておきながら

はなはだ傲慢ではあるが、メンタル面においては

本社のほうが我々一家に追いついた感がある。


スピーチで日頃の教育が役立ったのと

くじ引きの賞金7000円を召し上げ、私は満足だった。

夫が新年会に出かける前

「何かあるといけんから持っとき」

そう言って渡した2万円を回収してないと気づいたのは

今朝のこと。

「マイナスじゃんか!」

ホンマのバカは、私だったようだ。
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お雑煮

2017年01月04日 22時01分51秒 | みりこんぐらし
明けましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、昨年末のある日、友達のユリちゃんが言いました。

「1月3日、うちのお寺へお雑煮食べに来ない?」


ユリちゃんは、ここに時々登場する同級生です。

市外のお寺に嫁いでいますが、実家もお寺。

後継者がいないため、僧侶であるユリちゃんのご主人モクネンさんが

彼女の実家のお寺も面倒を見ています。

私の実家はユリ寺と宗派が違いますが、お墓はユリ寺の一角にあり

ユリちゃんと私は仲良しの友達でありながら

お寺の娘と墓檀家という関係も持ち合わせているのでした。


「行く!行く!」

私たち数人の同級生は、お酒が入っていたのもあって大乗り気。

3日の10時半に、ユリ寺へ集合することになりました。


ところが‥

「仕事のシフトが変わった」

「子供が急に帰省することになった」

などの理由によって、参加者は一人減り二人減り

年の瀬には誰もいなくなりました。


残るは私一人。

5〜6人でなだれ込むはずが、大幅に減少したわけです。

みんなで行くと言った時の、ユリちゃんの嬉しそうな顔を思い浮かべると

申し訳ないような気持ちです。

私一人だと知ったら、どんなにがっかりすることでしょう。

そこで約束の3日、枯れ木も山の賑わいとばかりに

我が夫を連れて行くことにしました。


夫はお雑煮が食べられません。

赤ん坊の時、お餅を喉に詰まらせて死にかけたからです。

けれども察しのいい男ですから

「帰りに二人で墓参りすればいいじゃん」

そう言って、嫌がりもせず付いて来ました。


ユリちゃんとお雑煮を食べて、お墓参りをして帰る‥

それが我々夫婦の予定でした。

しかし、そうはいかなかったのです。


お寺には、信者さんが集まっていました。

小さいお寺なので10人ほどですが、何やら張り詰めた雰囲気。

11時から、モクネンさんによる

初勤行(はつごんぎょう)が行われるそうです。


よく考えれば、お寺で食べ物がふるまわれるからには

お経がセットなのは常識でした。

夫はじっとしているのが苦手です。

文句は言わない男ですが

貴重な正月休みに苦手なことを強いるのは気の毒です。

ユリちゃんから詳しいことを聞かないまま

食い気に走った己の浅はかを悔やみました。


関門はお経だけではありません。

信者さんたちは次々と、本堂の仏前にのし袋をお供えしています。

お経とふるまいがあるからには、金一封のお供えも必要なのでした。

ユリちゃんは賑やかしのために我々同級生を呼び

ご馳走してくれる気だったようですが

いい年をした夫婦がのこのこ行って、タダ飯にありつくのは恥というものです。


運良く私のバッグには、簡易のし袋がありました。

来る途中、コンビニで買ったものです。

お寺の賽銭箱にいくばくか投じようと

一万円札をくずしに寄り、ついでに買ったのです。

この幸運に胸をなでおろす私でした。


禅宗のお経は長いので夫の耐久性が心配でしたが

中座せず何とか耐え抜きました。

信者さんの中に小学生の男の子がいて

とてもおとなしかったのが、ライバル心を刺激したようです。


お経が終わると、一人ずつ仏前に進み出て焼香です。

しおらしくうつむいて、夫の後ろに続く私。

父親の仏事で慣れたらしく、夫の如才ない立ち居振る舞いに

「もう、こいつの後ろでハラハラせんでええわい」

と満足する私。


ふと彼の足元に目をやると

「ヒ〜ッ!靴下に穴があいとるやんけ〜!」

とっさに仲良し夫婦を装い、夫の後ろに密着しつつ

身体を張って靴下の穴を隠蔽。


戦慄の焼香が無事終了すると、いよいよお雑煮のはずですが

本堂の隣の部屋には宴会の準備が‥。

大鍋でカジュアルにお雑煮がふるまわれると思い込んでいた私ですが

これは鍋の具材にお餅も入る、れっきとしたパーティーだと知りました。


鍋パーティーは和やかで楽しく、ちゃんこ風の鍋は絶品。

割り箸がおみくじになっていて、夫と私は揃って中吉でした。


割り箸には、それぞれ言葉が印刷してあります。

夫のは「運命の出会いあり」

「まだ運命の出会いが残ってるらしいわ〜!」

お互いの夫婦の事情を知るユリちゃんと私は、そう言って笑いました。

私のは「夢に向かってGO」

「良さげだけど、夢に心当たりが無い!」

そう叫んで信者さんたちと笑い転げながらも

私の頭の中は靴下の穴でいっぱい。

「なぜ!今日に限って!」

己の不注意を悔やむ私よ。


確か去年は会社の新年会で、夫の靴のカカトが取れたんだっけ。

でも、良い年でした。

今年は靴下のカカトに穴。

きっと、良い年です。
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