殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

こだまでしょうか

2012年03月02日 10時47分16秒 | みりこんぐらし
義母ヨシコが胃カメラで引っかかった。

隣市にある総合病院を紹介してもらい、ヨシコを連れて行く。

詳しい検査の後、早期の胃癌と判明。

今ならまだ、内視鏡手術ですむかもしれないという話である。


「できるだけ早く」

勧める医師。

「主人が入院中なので、今はちょっと…」

しぶるヨシコ。

「義父が入院中のうちに、最速でぜひ」

決める私。


かくして近日、入院手術の運びとなった。

やると決まったら、手術慣れしているヨシコはいさぎよい。

嘆いたり落ち込んだりしないので、助かる。


ヨシコは、これまで何度も入院や手術を繰り返した。

留守を守る私としては、病人そのものより

家に残された義父アツシの世話をするほうが大変だった。

そのアツシは入院中で、家にいない。

ヨシコの入院歴の中で、今回は最高に気楽なものと言えよう。




診察が終わり、入院手続きの順番を待っていたら、ヨシコがつぶやく。

「ゲッ、E子…」

我が夫ヒロシの、昔の不倫相手である。


今回ヨシコが入院するのは、彼女が看護師として勤める病院。

整形外科の外来にいたはずだが、このたびヨシコが入院する内科へ

配置転換されているではないか。

この二人、十数年前に、不倫した、しないで大喧嘩しているのだ。


E子は当時、ヨシコお気に入りの医院に勤める

お気に入りの看護師だった。

ヨシコはふとしたことで、自分の息子と彼女の関係に勘づいた。

日頃親しくしておきながら、何食わぬ顔で息子と不倫していたのを知った

衝撃は大きかったようだ。

ヨシコは彼女に強く抗議し、彼女は強く否定。

E子の潔白を信じる旦那と母親も参戦して、ゴタゴタしたものだ。


ヨシコの感情の中には、だまされていた悔しさや

不倫を認めないどころか、束になって逆襲してきた憎たらしさもあったが

「孫から笑顔を奪おうとする者は容赦しない」という

祖母の強い愛情も、多く配分されていた。


一方、私はこういうもめ事があるたびに、やれやれ…と溜息をついた。

頼むから火に油を注がないでくれ…と心で願い

ヨシコは、自分の旦那の浮気相手に晴らせなかったうっぷんを

息子の相手で晴らしているだけはないのか…と思った。


だが、今にして思えば、そうではなかった。

少なくともヨシコの中に、無関心という冷酷は存在しなかった。

ともかくヨシコは自ら怒り、自ら矢面に立ってくれた。

ヨシコの炎を先に見ることで、こっちは冷静にならざるを得なかった。

私は一人で夫の浮気と戦ったように思っていたが

実際には、ヨシコに支えられていたと言えよう。

歳月を重ねるにつれ、ありがたさが身に沁みる。




E子は、待合室の椅子に座る我々を見つけると

ゴツいつけまつげをバサバサとそよがせて接近してきた。

昔から厚化粧だったが、看護師のマスクが常識となった今

アイメイクが一段とバージョンアップしている。


「こんにちは!」

E子がニコニコしながら挨拶するので、我ら二人も笑顔で返す。

「こんにちは」

こだまでしょうか。


「やっぱり入院?」

E子はさも親しげに話しかけ、ヨシコは答える。

「やっぱり入院」

こだまでしょうか。


「お嫁さんも頑張らないと、ねえ」

E子が私のほうを向いてえらそうに言うので、私もうなづいて言う。

    「お嫁さんも頑張らないと、ねえ」

こだまでしょうか。


夫の元浮気相手に出くわしたことって、何度かあるけど

不倫する女って、みんなそうなのよね~。

根拠無き上から目線が、基本。

その思考言動が原因で人に嫌われ、浮いておきながら

寂しいだの、つらいだのとほざいて、男にすり寄るのさ。


三人で他愛のないことをしばらく話した後

じゃあね!とE子は立ち去った。

プリプリと尻を振る後ろ姿を見送りながら、ヨシコが言う。

「あの子、太ったわね」

   「あの頃は30前だったと思うけど、今は40過ぎのオバサンだもん。

    肉もつくわよ」

「よくもまあ、平気な顔で話しかけられること!

 あの時、不倫してないと言い切ったのは本当だったのかしらん。

 いや…やっぱり、してる。

 でないと、あんなにムキにならなかったはずよ」

   「最初に勇気を出して話しかけておかないと

    入院されてる間中、生きた心地がしないからじゃないの?」

「忘れてるってことは…無いわよね?」

   「記憶喪失の看護師…危ないねえ」

「忘れるはずがないわよねえ。

 親や旦那まで出てきて、あれだけもめたんだから」

   「過去のあやまちを言いふらされたら困るから

    すり寄って媚びるしかないのよ」

「だって、あれじゃなんだか、私らが悪者みたいで

 あの子は、許してくれたいい人みたいじゃないの」

   「この場合、あの路線しかないでしょ。

    演技力に免じて、忘れてやりなさいよ」

「芝居がうまいの?それともバカなの?」

   「両方」

「おお、嫌だ、嫌だ。

 私の入院で、ヒロシとヨリが戻ったりしないでしょうね。

 ずっと整形にいれば良かったのに」

   「欲しけりゃくれてやるわ。

    でもさ、ヒロシも爺さんになったから、いらないかもね」

「きっと整形で嫌われて、こっちに回されたんだわ。

 よりによって、内科だなんて」

   「知り合いがいるってのは、心強いもんよ」

「ハン、あんな知り合い」

   「余計なことしゃべらないか心配して、頻繁に病室のぞいてくれるわよ」

「そっちかい」

クスクスと笑う我らであった。


E子も目を通すであろう内科への入院申込書には

最重要連絡先として、夫の携帯番号を書いておいた。

ほら、あれから番号変えてるからさ。
コメント (58)
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