先日、用があって、知り合いの久子ちゃんがうちに来た。
私より10才ぐらい年下の、50代の女性だ。
彼女は私と違って、心の美しい人である。
15年前ぐらいに相次いで亡くなった
お舅さんとお姑さんが大好きだったそうで
今でも義父母のことを話す時は涙声になるという珍種だ。
県外在住の義理親とは別居のままだったので
お互いに良い所しか見えてなかったのもあろうし
彼女の親友が、先にご主人の弟と結婚していて
義理親をあからさまに敬遠するので、兄嫁としての意地があった…
私はそう踏んでいる。
しかし彼女の美しい心の中では、実の親より好きだった…
ということになっているのだ。
いずれにしろ早めにいなくなると、こうしていつまでも慕われるらしい。
さて彼女は用が済むと、息子の話を聞いて欲しいと言った。
今、そのことで非常に辛い思いをしているという。
彼女の息子、A君は25才。
東京にある大学を卒業すると、そのまま東京で就職した。
勤務先はベンチャー企業。
職種も聞いたのだが、忘れてしまった。
A君は、やり手と評判の若い社長に心酔し、一生懸命働いた。
都会的な社長は、田舎育ちのA君にとって
素晴らしい人に見えたという。
将来は全国展開を予定している…
君を幹部にして、その管理を任せたい…
社長に言われたA君は、ますます一生懸命働いた。
早出残業代もボーナスも無く
仕事の合間には社長の運転手をさせられるなど
労働条件は良くなかったが、幹部への昇進を励みに寝る間も惜しんで働いた。
が、そのうち激務に耐えられなくなって退職。
半年前、失意のうちに帰郷した。
大学時代から一人暮らしに慣れているので、今さら親と住みたくない…
A君はそう言って地元にアパートを借り、仕事を探していた。
すると友だちが自分の勤務先を紹介してくれて、ほどなく再就職をはたす。
A君は3ヶ月の試用期間を経て、このほど正社員になった。
この会社は地元の企業だそうで
息子が近くに居てくれる心強さに、久子ちゃんはとても喜んだ。
しかしそれも束の間、新しく入った会社の東京支店に配属が決定。
せっかく近くへ帰って来たというのに
また東京へ行ってしまうとなると残念で仕方がなく
久子ちゃんはどうにも自分の気持ちに折り合いをつけられずに
悩んでいるのだった。
同じ東京なら、前の会社に居た方がよかったではないか…
前の会社の社長は有名な芸人やタレントと友だちのビッグな人…
運転手を務める時の息子は、それら芸能人と社長を車に乗せて
銀座や六本木へ行くこともよくあった…
だからあのまま社長の元で頑張っていれば
息子にも輝かしい未来が拓けたのではないか…
いそいそと上京の準備をするA君と、サバサバしたご主人を横目に
久子ちゃんはそんな思いにかられて、毎日苦しいのだという。
心美しき人は、悩みが多いものである。
心が美しい=経験値が低い…ということかもしれない。
涙を溜めて苦しみを吐露する久子ちゃんを
気の毒なような羨ましいような気持ちで眺めつつ、私は言った。
「芸能人とチャラチャラする社長に、ロクなのおらんよ」
「えっ?そうなんですか?」
驚く久子ちゃん。
「電波芸者は飲み食いさしてくれて、小遣いくれる人の所に集まるわいね。
そんなことするより、きちんと残業代払うたり
専属の運転手を雇うのが先じゃが。
お金の使い方を間違う人の会社は続かん。
辛抱しても倒産したら、責任押し付けられるよ」
「ええ〜?!」
呆然とする久子ちゃん。
「じゃあ…息子は…辞めて良かったんですか?」
「当たり前じゃん」
「そう言えば、息子が言ってました。
会社が恵比寿にあったけど、家賃がすごく高いって。
別に恵比寿じゃなくても仕事ができるんだから
そんな大金があったら残業代欲しいって、ボヤいたことがあります」
「地代の高い所に会社が無いと信用されんけん、無理をするんよ。
今どきは家賃の安い田舎に会社を構えて
浮いた経費を社員の福利厚生に使うようになってきとるんよ。
ベンチャーどころか、時代遅れじゃが」
「そういうものなんですか…」
「そういうものよ。
格好で仕事する人の所に長居をしても、あんまりいいこと無いけん
キッパリ諦めんさい」
「わかりました」
ホッとした顔になった久子ちゃんであった。
「ところで息子さんは、どこへ就職したん?」
私は彼女にたずねた。
「◯◯社…」
久子ちゃんは涙を拭きながら答える。
なんだ、ユータローのとこじゃんか。
同級生で唯一のセレブ、ユータローが
親から受け継いで社長をやっている会社だ。
そのことを言うと、久子ちゃんの顔がパッと明るくなった。
「本当ですか?!」
「本当よ。
彼の所だったら大丈夫。
ユータロー社長は、人の痛みがわかる子よ」
「そう言えば、息子も言ってました。
社長は温かい人だって」
「それがわかる子なら、絶対に大丈夫よ。
東京は大事な拠点じゃけん、わざわざ経費を使うて
バカを行かせるわけないじゃん(バカに経費を使う本社みたいな所もあるけど)。
大学も最初の就職も東京じゃったら安心して任せられるけん
行かせるんじゃが(多分)。
息子さんは期待されとるんよ(知らんけど)。
笑うて送り出してやり」
「それでいいんでしょうか…」
「いいんですっ!
出世して、社長の右腕として帰って来ますっ!(どうかわからんが)」
「わかりました!
これで気持ちの整理がつきました!
あの、社長さんに会うことがあったら
息子のことをよろしく言ってもらえませんか?」
「言っときます(同窓会は解散したから、会うかどうか知らんけど)」
「嬉しい!みりこんさんに話して、本当に良かった!」
「私も聞いて良かった。
息子さんに、社長を信じて頑張れって言っといて(我ながら無責任に呆れる)」
「はい!言っておきます!」
ありがとうございました〜…
手を振って帰る久子ちゃんを見送りながら
またいい加減なことを言ってしまったと反省した。
私より10才ぐらい年下の、50代の女性だ。
彼女は私と違って、心の美しい人である。
15年前ぐらいに相次いで亡くなった
お舅さんとお姑さんが大好きだったそうで
今でも義父母のことを話す時は涙声になるという珍種だ。
県外在住の義理親とは別居のままだったので
お互いに良い所しか見えてなかったのもあろうし
彼女の親友が、先にご主人の弟と結婚していて
義理親をあからさまに敬遠するので、兄嫁としての意地があった…
私はそう踏んでいる。
しかし彼女の美しい心の中では、実の親より好きだった…
ということになっているのだ。
いずれにしろ早めにいなくなると、こうしていつまでも慕われるらしい。
さて彼女は用が済むと、息子の話を聞いて欲しいと言った。
今、そのことで非常に辛い思いをしているという。
彼女の息子、A君は25才。
東京にある大学を卒業すると、そのまま東京で就職した。
勤務先はベンチャー企業。
職種も聞いたのだが、忘れてしまった。
A君は、やり手と評判の若い社長に心酔し、一生懸命働いた。
都会的な社長は、田舎育ちのA君にとって
素晴らしい人に見えたという。
将来は全国展開を予定している…
君を幹部にして、その管理を任せたい…
社長に言われたA君は、ますます一生懸命働いた。
早出残業代もボーナスも無く
仕事の合間には社長の運転手をさせられるなど
労働条件は良くなかったが、幹部への昇進を励みに寝る間も惜しんで働いた。
が、そのうち激務に耐えられなくなって退職。
半年前、失意のうちに帰郷した。
大学時代から一人暮らしに慣れているので、今さら親と住みたくない…
A君はそう言って地元にアパートを借り、仕事を探していた。
すると友だちが自分の勤務先を紹介してくれて、ほどなく再就職をはたす。
A君は3ヶ月の試用期間を経て、このほど正社員になった。
この会社は地元の企業だそうで
息子が近くに居てくれる心強さに、久子ちゃんはとても喜んだ。
しかしそれも束の間、新しく入った会社の東京支店に配属が決定。
せっかく近くへ帰って来たというのに
また東京へ行ってしまうとなると残念で仕方がなく
久子ちゃんはどうにも自分の気持ちに折り合いをつけられずに
悩んでいるのだった。
同じ東京なら、前の会社に居た方がよかったではないか…
前の会社の社長は有名な芸人やタレントと友だちのビッグな人…
運転手を務める時の息子は、それら芸能人と社長を車に乗せて
銀座や六本木へ行くこともよくあった…
だからあのまま社長の元で頑張っていれば
息子にも輝かしい未来が拓けたのではないか…
いそいそと上京の準備をするA君と、サバサバしたご主人を横目に
久子ちゃんはそんな思いにかられて、毎日苦しいのだという。
心美しき人は、悩みが多いものである。
心が美しい=経験値が低い…ということかもしれない。
涙を溜めて苦しみを吐露する久子ちゃんを
気の毒なような羨ましいような気持ちで眺めつつ、私は言った。
「芸能人とチャラチャラする社長に、ロクなのおらんよ」
「えっ?そうなんですか?」
驚く久子ちゃん。
「電波芸者は飲み食いさしてくれて、小遣いくれる人の所に集まるわいね。
そんなことするより、きちんと残業代払うたり
専属の運転手を雇うのが先じゃが。
お金の使い方を間違う人の会社は続かん。
辛抱しても倒産したら、責任押し付けられるよ」
「ええ〜?!」
呆然とする久子ちゃん。
「じゃあ…息子は…辞めて良かったんですか?」
「当たり前じゃん」
「そう言えば、息子が言ってました。
会社が恵比寿にあったけど、家賃がすごく高いって。
別に恵比寿じゃなくても仕事ができるんだから
そんな大金があったら残業代欲しいって、ボヤいたことがあります」
「地代の高い所に会社が無いと信用されんけん、無理をするんよ。
今どきは家賃の安い田舎に会社を構えて
浮いた経費を社員の福利厚生に使うようになってきとるんよ。
ベンチャーどころか、時代遅れじゃが」
「そういうものなんですか…」
「そういうものよ。
格好で仕事する人の所に長居をしても、あんまりいいこと無いけん
キッパリ諦めんさい」
「わかりました」
ホッとした顔になった久子ちゃんであった。
「ところで息子さんは、どこへ就職したん?」
私は彼女にたずねた。
「◯◯社…」
久子ちゃんは涙を拭きながら答える。
なんだ、ユータローのとこじゃんか。
同級生で唯一のセレブ、ユータローが
親から受け継いで社長をやっている会社だ。
そのことを言うと、久子ちゃんの顔がパッと明るくなった。
「本当ですか?!」
「本当よ。
彼の所だったら大丈夫。
ユータロー社長は、人の痛みがわかる子よ」
「そう言えば、息子も言ってました。
社長は温かい人だって」
「それがわかる子なら、絶対に大丈夫よ。
東京は大事な拠点じゃけん、わざわざ経費を使うて
バカを行かせるわけないじゃん(バカに経費を使う本社みたいな所もあるけど)。
大学も最初の就職も東京じゃったら安心して任せられるけん
行かせるんじゃが(多分)。
息子さんは期待されとるんよ(知らんけど)。
笑うて送り出してやり」
「それでいいんでしょうか…」
「いいんですっ!
出世して、社長の右腕として帰って来ますっ!(どうかわからんが)」
「わかりました!
これで気持ちの整理がつきました!
あの、社長さんに会うことがあったら
息子のことをよろしく言ってもらえませんか?」
「言っときます(同窓会は解散したから、会うかどうか知らんけど)」
「嬉しい!みりこんさんに話して、本当に良かった!」
「私も聞いて良かった。
息子さんに、社長を信じて頑張れって言っといて(我ながら無責任に呆れる)」
「はい!言っておきます!」
ありがとうございました〜…
手を振って帰る久子ちゃんを見送りながら
またいい加減なことを言ってしまったと反省した。