殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ウグイスワード・2

2015年09月26日 09時10分12秒 | 選挙うぐいす日記
私の卑怯なウグイスぶりは、セリフだけではない。

暑いだの、遠いだの、あいつは落ちるだの嫌いだのとほざいて

仕事を選り好みする。

だから滅多にやらない。

滅多にやらないくせに、ウグイスと名乗る卑怯者である。


多くのウグイスさん達は、私と違って仕事を増やしたいらしいではないか。

候補や参謀といったクライアントに気に入られ

リピートや紹介を取りつけたいらしいではないか。

そのためには、叱られても我慢するというではないか。


卑怯ついでに言わせていただくと、仕事を増やしたいのであれば

セリフを磨くより、もっと確実な方法がある。

先に外見を磨いた方がいい。

聴覚より視覚に訴える方が早いのだ。


人間、最初に目が認めれば、耳や心は付いてくる。

まず目が美しいものを追い、次に美しいものがどんな言葉を発するか

耳を使って聞こうとする。

聞く気になっている人に対してなら、何を言っても印象深くて感動的だ。


マイクでナンかしゃべれるだけでなく

美が連れて来る華やかさ、明るさ、元気さ、気持ちよさ…

付加価値を加えてお得感を出すと、信頼を得やすい。

食品でもそうではないか。

ただ品物があるというだけでなく

安くて新鮮でおいしくて、パッケージや陳列に工夫がされており

店の内装や売っている人の感じが良ければ、買いたくなる。

ここで買って損は無い、絶対お得という信頼が生まれるからだ。

信頼すなわち人心をつかむということであり

人の心をつかみたいなら、美が最強なのである。


ただし候補や参謀のオンナ?とささやかれるような美はいけない。

それは美でなく、色である。

有権者の半分は女性だ。

同性に反感を持たれてはならない。


また、美はクライアントに対する最大のサービスである。

選挙は注目されてナンボ。

誰だって汚いものより美しいものに目が行く。

粒ぞろいを並べられるのも、候補の実力のうちだ。

美は、陣営の格上げに貢献する。


見た目はナンですけど、ウグイスやってます…

なんてのは、甘えである。

いや~、自分で書いてて耳が痛いぞ!



美は最強の武器…

人はしゃべれる鳥よりも、黙った美しい貝を選ぶ…

私がそれを知ったのは20年近く前

モトミヤさん(仮名)という候補の選挙に参加した時からである。


誰かの紹介で初めてウグイスをするという

私と同い年のその女性は、人が振り返るような美人だった。

子育てを終えて社会復帰する手始めに、参加したという話だ。


しかしそのベッピン、本番に臨むとどうしたことか

「モトミヤ~ン、モトミヤン」

と名前にフシをつけてしまう。

「モトミヤ~ン、モトミヤン…を…よろしくお願いします」

これを2回繰り返したら終わりなので、耐久時間は1分未満。


これではマイクを持たせられない…通常、誰でもそう思うだろう。

が、候補やドライバーは絶賛した。

「控えめな声が切なげで、つい聞き入ってしまう」

「葛城ユキの“ボヘミアン”を思い浮かべて、印象が強い」

ろくでもないヤツらと言えばそれまでだが

悲しいかな、これが男の本音であろう。

私が同じことをやったら、絶対クビだ。


この“貝”と2人で後部座席に座らされた私に

おのれの容貌を嘆く暇は無かった。

貝の代わりにしゃべらないといけないからだ。

時たまお出ましになる、弱々しい「ボヘミア~ン」の一声のために

長い長い前座をつとめる…それが私に与えられた仕事なのであった。


当時の私は、初心者に毛が生えた程度。

先輩の真似をして、ありきたりなセリフを言うのがウグイスだと信じ

仕事より事務所で出されるごはんが楽しみな

今よりもっとバカウグイスであったため

同じギャラでこき使われる理不尽を感じる余裕も無く、必死だった。


こんな毎日じゃあ、セリフは嫌でも増えていく。

路上の立ち位置なんかも考慮して

貝の美貌を有効活用するタイミングなど

プロデュースも心がけるようになった。


美は、実力にもゲタを履かせてくれる。

選挙カーの人間以外は、貝がしゃべっていると思い込んでいた。

私を含めた選挙カーの人間も、それを否定しなかった。

男達は、貝を現実からガードするためであり

私はやっているうちに、二人羽織の興行が面白くなってきたからである。

「あの人は何もしゃべらないんです!私ばっかり!ウワ~ン!」

なんて訴えたって、ブサイクの嫉妬としか思われない。

私に実力というものがついたならば、それはあの美しい貝のおかげである。


しゃべる仕事でしゃべらなくても優遇される…美さえあれば…

この選挙で、美の重要性と合理性を確信した私は

じゃあ、しゃべれる美鳥になれば無敵じゃんかと思った。

以後はセリフより美の研究に熱心となる。


さて、その貝。

モトミヤ氏の次の選挙でも、ぜひにと請われたが辞退した。

前回の選挙で、とある社長の目に止まり

秘書の仕事にありついていたからである。


(続く)
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウグイスワード・1

2015年09月22日 21時35分04秒 | 選挙うぐいす日記
どんな言葉で検索して、たどり着いたか…

それが検索ワード。

うちのブログの場合、ウグイス関連が最も多い。


「出陣式のウグイスのセリフ」

「ウグイス 出発時のセリフ」

「ウグイス 近所の人に向けたセリフ」

「ウグイス 通行人への呼びかけ方」

「ウグイス 朝の挨拶」

「ウグイス 印象に残るセリフ」

「感動的なウグイスのセリフ」

「人の心をつかむウグイスの言葉」

などなど、一つ一つ書いていたらキリが無い。


日を追っているものもよくある。

「ウグイス 初日のセリフ」から

「ウグイス 最終日のセリフ」まで毎日続く。

今まさに、日本のどこかで選挙戦が行われているらしい。


検索なさったのはご同業とお見受けするが

セリフが知りたくてわざわざお越しくださったのに

人の悪口ばっかりで何の参考にもならなかっただろう。

すいません。


日頃、まだ経験の浅い同業者に

同じようなことをたずねられる機会が時々ある。

しかし日程や時間を追ったセリフは

いずこも似たりよったりの常識的なもので

そういうセリフをあまり使わない私より

質問する相手の方がよく知っておられる。

「激しい選挙戦も、はや中盤となりました」

「皆様のご支持ご支援、よろしくお願いいたします」

なんてことを真面目くさって言ったって、何が面白かろう。


皆さん、セリフを増やしたいとおっしゃりながら、実のところは

「さらりと言えて盛り上がり、民衆の心がつかめて

その上、同業者もクライアントもうならせ

次の選挙でも雇ってもらえるようなセリフ」

というのをお探しの様子。

経験を積むうちに、そんな便利なセリフは無いとわかるのだが

それまでは美辞麗句探しの旅人を続けるつもりらしい。


私はその年月がもったいないと思う。

セリフが少々増えたところで何になろう。

ウグイスの使命は候補の名前を伝えることと、声援に対するお礼。

セリフ増強より、そっちを充実させる方が効率がいい。

一字一句に魂を込めて大切に言うと

レパートリーの乏しさは気にならなくなる。


まず名前とお礼の充実を図れば

次に何を言おう?と案じなくなるので、しゃべりに自信がつく。

安心の状態で仕事をすると、耳が冴える。

同乗しているウグイスや、よその選挙カーのウグイスの言ってることが

よく聞こえ、心まで届くようになる。

オリジナルを編み出すのが苦手な人は

それをパクったりアレンジして試験的に使いながら

徐々に持ち球を増やしていくといい。

セリフはやっているうちに付いて来るものだ。


しかしそこは選挙、そこは人間、そこは女…

名前とお礼だけでは乗り切れないこともある。

間が持たなければ、名前の方はどうあがいても6~7文字程度だから

とりあえずお礼部門を膨らませる。

どんな人が、どんな様子で手を振ってくれたか

会釈してくれたか、視線を合わせてくれたか…

それらを細かく描写して長引かせるのだ。


例えばタオルを振ってくれた人がいるとする。

「素敵な紳士のかたより、力強く白いタオルを振っていただきました。

ありがとうございます。

よ~く見えております。

その真っ白が、清い選挙をしなさいと

純真無垢な心で政治に臨みなさいと、◯◯に教えてくださいます」

この際、素敵な紳士がタオルを振ることはあんまり無かろうと

タオルが黄ばんでいようと目をつぶる。


通行人の年配女性がちょろっと手を振ってくれたとする。

「美しい奥様に優しくお手を振っていただきました。

◯◯◯夫、温かいお心をしっかりと受け止めました。

本当にありがとうございます。

サクラ色のスカーフがよくお似合いでございます。

差し色はセンス、政治もセンス

◯◯も見習わせていただきます」

ありがとうの思いを情景描写で生中継。


そうしているうちに次の声援が来るから、今度はそっち。

これを繰り返していれば、そうあれこれ

わかりきったお決まりのセリフを言うことは無い。


道路工事中の横を通る場合は

「大切なお仕事中、お騒がせして申し訳ございません。

◯◯も、そのRCのごとく

エコで強い市政(県政、国政)の土台となる所存でございます。

お兄様の尊い汗が必ずや報われる政治を

◯◯も汗を流して行わせていただきます」

相手は絶対笑う。


私も一応建設業界人なので、積まれている資材がわかる。

RC(アールシー)とは、リサイクルコンクリートの略で

道路工事の地固めに使う砕石なのである。

建設工事にはたいてい使われているので、業界人なら知っている。

知る人ぞ知るという共通意識はウケる。

ただし建設業界は最初から支持する候補が決まっている場合が多いため

実入りはあてにできないが、きつい仕事をする人へのサービスの一環である。


あとは変換ワザ。

例えば朝や昼休憩の後で事務所を出発する時。

「行ってまいります」で間が持たない時は変換する。

「この戦いは、◯◯の選んだ一本道!

強い町、明るい町を作るため、正々堂々!挑んでまいります!」

「お集まりくださった!お一人お一人の!熱い!ご支援を頼りに!

◯◯◯夫!力いっぱい!戦ってまいります!」

「どうか◯◯!どうか◯◯!

勝たせてください!支えてください!男にしてください!

◯◯◯夫!伏して!お願い申し上げます!」

などとセリフに尾ひれをつけて、大仰に膨らませるのだ。


私は口上を述べる武将を意識し

時代劇のようなフシをつけて言葉を区切る。

声量が必要だが、語尾を伸ばしたり間をあけたりするので

セリフは長持ちし、事務所の雰囲気は引き締まる。


これで拍手と声援が高まればしめたもの。

あとは「ありがとうございます!」「頑張ります!」

などと四方に愛想を振りまきつつ、走り去ればいいのだ。

武将どころか、卑怯きわまりない。

こんな卑怯者にセリフを聞いても、役に立ちそうにないのは確かである。


(続く)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京オリンピック

2015年09月10日 10時34分29秒 | みりこんぐらし
義父アツシが死んだので、爺ネタとはご無沙汰の昨今。

そこで時事ネタ…オリンピック騒動のことでも書いてみようと思ったけど

アホらしくて食指が動かない。

人のゼニでやりたい放題をしてきた人々の習性といえば

威風堂々、意気揚々でお出ましの後は

お粗末をはたらいたあげく、責任のなすり合い…

毎度似たり寄ったりの三段階方式。

盗作騒ぎのロゴマークは、好きでしたよ。

漆器を連想させる黒、赤、金、銀の組み合わせが日本らしくて。



東京オリンピックと聞くと、私はつい

51年前に行われた前回のものを思い出す。

これに近所のお姉さんが出た。

選手ではない。

とあるスポーツをやっていた関係で、閉会式にお呼びがかかったのだ。


小さな田舎町の駅前商店街は、大騒ぎ。

当日はお姉さんの家に近所の人が集まり、茶菓がふるまわれた。

4才の私もそこに混ざり、一同、固唾を飲んで白黒テレビを見守る。

火を囲み、白い服を着て踊る大勢の女性の中の一人だというが

どれが誰だかわからない。

それでもみんなで喜んだ、楽しい一夜であった。


一方、私の母チーコもひそかに興奮していた。

友達が選手として出場したからだ。

競技種目は、近所のお姉さんと同じ。


おとなしいチーコは、閉会式への招集で盛り上がっているところへ

「友達が本戦に出ます」とは言えなかった。

家族にもかん口令が敷かれ、家のテレビでこっそり応援した。

入賞はならず、残念がったものだ。


オリンピックに出場したチーコの友達は今も存命だが

チーコも、美しかった近所のお姉さんも、すでに亡い。

東京オリンピックと聞くと、当時の熱い空気を思い出す私である。


次の東京オリンピックに、知り合いは出るだろうか。

フリンピックならうちに一人、まあまあの選手がいるんだけどなあ。

メダルは無理でも、開催国優待ワクにより

出場ぐらいはできるのではなかろうか。



さて2020年の東京オリンピックといえば

昨年の初めに一本の電話がかかった。

義母ヨシコがたまたま留守だったので、私が出た。

「◯杉建設と印刷された緑色の封筒が、そちらに届いていませんか?」

東京からかけているという電話の主は、そうたずねた。


「来ていません」

「本当ですか?」

「本当です」

「その封筒ですが、発送ミスで違うお宅に郵送されたのです。

そのため今、全力を上げて封筒の回収にあたっています。

大変重要な書類が入っているので

届いたら開封せずに、すぐお電話いただけますでしょうか?」

若い男は標準語でそう言い、私はわかりましたと答えた。


「では、こちらの電話番号を言いますからメモしてください。

03の…」

男は電話番号を言った。

「メモしていただけましたでしょうか?」

「はい」

「ではメモを見て復唱してください」

「嫌です」

メモしていない。

よって復唱はできないのであった。


「復唱してみてくださいよ」

「お断りします」

「なんでっ?」

「封筒に◯杉建設って書いてあるんでしょ?

名前が印刷されてたら、普通は電話番号も書いてあるじゃないですか」

「いえ、うちは回収を請け負った別の会社なので

電話番号は違うんですよ」

「いいや、◯杉建設にかけます、かけたい」

「それじゃ困るんですよ」

「◯杉建設は自分の失敗を別の会社に丸投げして

迷惑をかけた人から電話があっても知らん顔するんですか?

そういう会社ですか?」

「そうじゃなくてですね…頼むから復唱してくださいよ」

「嫌です」

「…じゃあ、2~3日経ってから、またお電話しますね?

大切な書類ですから、くれぐれも開封しないでくださいね?」

「わかりました」


封筒は翌日届いた。

開けるなと言われれば、開けるに決まっておろうが。


中味は、東京オリンピックで発生する工事に投資しませんか?

という内容のパンフレットだった。

よくある写真入りのペラペラしたもので、大変重要な書類とは思えない。

一口20万円、何口でもOK。

今参加すると2020年、オリンピックが始まる頃にはザックザク

と言いたいらしい。


大切な書類が誤送されてしまったので、届いたら電話してくれと頼めば

たいていの人はこころよく了解する。

電話番号をメモさせて復唱までさせるのは

相手がユルいかどうかを見極めるためだ。

ユルいお人好しは、通話料無料の電話番号すら用意されてない現実に気づかず

封筒が届いたら電話をかけてやるだろう。

そこで「別の人に送ったものだけど

本当に儲かるから、あなただけに投資の権利をあげる」

とでもささやく予定。


電話番号をメモしろと言われたあたりから、私の興味は「何の詐欺か」だった。

わかったので満足し、封筒を捨てる。

そもそも一万歩ぐらい譲って誤送が事実だとしたところで

こんな凡ミスを犯すようなバカ会社が

人からゼニを集めようなんて厚かましいんじゃ。

集めたゼニも誤送されて、どこかへ行ってしまうに違いない。


問題のサギオからは、その後、何度か電話があったようだ。

何も知らないヨシコが応対しては「封筒はまだ来ない」と言い

その都度、電話番号を復唱させられていたが

肝心の封筒が届かないので、そのままになった。

発送ミスという大前提があるので、サギオとしては

「届かないんだったら、もう一回送ります」とは口が裂けても言えないらしい。



そして現在、東京オリンピックは、ヨシコの大きなテーマとなっている。

オリンピック関連のニュースを見るたびに、彼女はつぶやく。

「2020年まで、生きていられるかしら」

ぜって~生きてるよ…私は心の中でつぶやく。


「いや、弱気じゃいけないわね!楽しみにしなきゃ!」

毎回、そう決意するのもお決まりのコース。

微笑んでうなづきつつ、詐欺よりこっちの方が怖い私である。
コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鯛の舟盛り

2015年09月05日 10時02分41秒 | みりこんぐらし
小5の時に転校した佐藤君が、同級生に会いたがっていると聞き

親睦会を催すことになった。

彼と連絡を取り合っている男子によると

佐藤君は関西で警察官をしており、このたび早期退職を決めた途端に

昔が懐かしくなったという。


同窓会の会計係をしている私は、さっそくあちこちに連絡する。

そうよ…私は会計係。

三役の任期は3年なので、昨年末でお役御免のはずだが

規約が改定され、会計だけ任期が無期限となった。

それは私が有能だからではなく、暇だからであろうと察する。


12名の参加が決まったが、問題は会場。

いつも使う、同級生ルリコの食堂を推す男子。

ルリコの店以外ならどこでもいいと主張する女子。

双方譲らないので調整に時間がかかった。


男子がなぜルリコの店を推すか…

それは町内にあるので歩いて帰れるからだ。

女子がなぜルリコの店を避けたがるか…

ルリコのボッタクリ…いや、商売熱心に嫌気がさしているからだ。


だが最終的にはルリコの店に決定。

発言権の強い会長と副会長が男子だからである。

女子の落胆は大きかった。

「でもみんなと会えるしね!

おいしい物はこの次、女子だけの時に」

各自、気を取り直して同じことを言うのがフビンであった。


親睦会の日、45年ぶりに会う佐藤君は

子供の頃と同じ、礼儀正しい爽やか男子のままだった。

「無理を言ったから」と、一人一人に手土産の菓子折りを配る。

なんていい人だ!


乾杯の後は、思い出話で盛り上がる一同。

話題は、担任だった厳しい女先生のことになった。

そこで私は、佐藤君が転校する際に起きたひと悶着を話す。


彼は、親が隣町に家を新築したために転校したのだが

たった一駅という近さに子供心は揺れた。

女子は無関心だったが、男子は総力を挙げて

佐藤君に汽車通学(まだ電車ではない)をそそのかした。

佐藤君は迷った。


そんなある日、先生は佐藤君だけがいない教室で

我々クラスメイトに言った。

「無責任に引き止めて、迷わせるようなことをしてはいけません。

一緒にいるだけが友達ではないのです。

笑って見送るのも友情です」

佐藤君残留の運動は、これで終結した。

数日後、クラスでお別れのドッジボール大会を開いて

佐藤君は転校して行った。

この話は教室にいなかった佐藤君を始め、誰も覚えていなかった。


私が話したかったのは、先生がどうやって

佐藤君だけいない状況を作ったのかという疑問だった。

しかしそれを聞いた佐藤君は、意外にもポロリと涙を流した。

「嬉しいよ、先生もみんなも、そんなに僕のことを考えてくれていたんだね。

距離が中途半端な転校だったし、今までどこへ行っても

よそ者みたいな気持ちで生きてたけど、僕には帰る所がちゃんとあったんだね!

ありがとう、本当に来て良かった!」


思わぬ展開になり、当惑する私。

だが、皆はさらに盛り上がる。

「そうよ、佐藤君の故郷はここよ!」

「お前は俺らと居ればいいんだよ!」

「もう一回乾杯しようぜ!」


まさに宴たけなわのその時である。

ルリコが旦那さんと二人がかりで

ラップに包まれた1メートルぐらいの物体を運んで来た。

ゲッ!鯛の舟盛り!

こっちも思わぬ展開だ。


ルリコの店を使う時、私はいつも釘を刺す。

「行って注文するから、ごちそうを用意しなくていいからね。

みんなはお好み焼きが食べたいんだから」

変なモンを出されてディナー並みの料金を払うくらいなら

別の店に行きたいのが本音である。

しかしルリコがそれに従うことは無かった。


食堂とは名ばかり、ルリコの店はお好み焼き屋がごはん物や麺類も出す

小さな店だ。

数年前に腱鞘炎を手術してから、彼女はお好み焼きを焼きたがらなくなった。

同級生の集まりには会席や無国籍、創作料理と銘打って

妙ちきりんな食べ物を出すようになり、支払い金額も跳ね上がった。


「せっかくだから…」

ルリコは言いながら、お舟をテーブルに設置。

この女は何の集まりでも「せっかくだから…」と言う。

その「せっかく」は、せっかく集まった我々に向けてでなく

せっかく宴会を請け負った自身の店に向けられたものに

聞こえてならない。


前回はベトナムがテーマということで

中身がキャベツばっかりの生春巻きや、ビーフンのマヨネーズ和えが出た。

「いつも新しい料理を勉強している」

ルリコは言うが、利益の少ないお好み焼きを一枚一枚焼くより

大皿料理をパセリで飾った方が、楽で儲かるからだ。


その夜の献立は、カレー味でインド風と名乗るカボチャの煮物

冷凍豚バラの生臭さがポイントのゴーヤチャンプルー

フランスパンにアボカドとシーチキンのオシャレなディップ

隠し味に豆板醤を使った冷凍スペアリブと石のごとく硬いタケノコの煮物。

そこへ鯛の舟盛り。

今宵は料理で世界一周か!


瀬戸内沿岸育ちの我ら…

舟盛りなんて珍しいともすごいとも、だ~れも思やしないのよ。

これで一気に客単価を上げるつもりなのは一目瞭然。

すでに酔っ払って何も気づかない男子を横目に

女子一同は言うに言えない悔しさで、目配せをし合うのだった。


親睦会は盛況のうちに終わり、ご清算の瞬間がやってきた。

ルリコは笑顔で発表する。

「一人7千円」


この歯がゆさを誰がわかってくれようか。

老い先短い身、おいしい物になら何万出したって惜しくない。

だけどおいしくない物に払う金は、ひどく惜しい。

千円札を7枚数えながら、近日中に別の店での女子会を申し合わせる

女子一同であった。
コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする