殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

大人のチラシ知育・1

2020年10月31日 08時15分29秒 | みりこんぐらし
先日、5年前の記事のコメント欄に、モモさんからのご要望があった。

それは2015年4月13日にアップした『チラシ知育』の記事。

新聞にはさまっているチラシ広告で子供に教育をするのが

話題になっているというが、うちでは前からやっとる…という内容で

ちょうどその頃、市内に怪文書が拡散されていたので

それについて家族で話し合い、添削したことを書いたものだ。

古い記事を読み返してくださるのは、とてもありがたい。


「良ければ、ご家族で実践されている大人版チラシ知育があれば

記事にして下さい」

モモさんがおっしゃるので、ホイホイと承知。

チラシ知育と呼ぶには毒があり

知育を受ける子供は、すでに子供でなくオジさんだが

うちはほぼ毎朝、新聞にはさまっているチラシについて話すからだ。


息子たちは、朝起きるとチラシをチェックするのが習慣。

まず、通販のチラシが入っていないかを見る。

そして通販好きの義母ヨシコが買わないように

彼女が好む健康食品や化粧品のチラシを捨てる。


それは意地悪や、祖母のためを思ってではない。

通販を利用すると、家の電話が頻繁に鳴るようになる。

買った会社からの電話だけでなく、全く別の通販会社や保険会社からだ。

息子たちが夜間の出勤を控え、仮眠を取っているところへ

たびたび電話がかかると安眠妨害になるのだ。

個人情報を守るだの何だのと言っているが

タチの悪い所は裏で繋がっていて

財布の緩い人間の情報を共有しているからだと思う。


それだけでなく、ヨシコは通販会社からの電話で

家の中のことをしゃべりまくる。

息子たちの年齢や独身というのをしゃべっていて

これはいけませんわ、と思っていたら

数日後にかかってきた電話は結婚相談所からだった。

出会いをプロデュースするのだそう。


ヨシコに通販をやめろと言って素直に聞くような女なら

とっくにあの世へ行って

「いいおばあちゃんだった」

そう懐かしがられていることだろう。

通販のチラシを捨てたところで

テレビ通販もあるんだから止めようは無いが

息子たちにとってはささやかな抵抗なのだ。


通販のチラシを捨てる前には、送料と代引き手数料に着目する。

「今なら半額」「20パーセント割引」など

商品の安さを強調しているものは、たいてい送料と代引き手数料が高い。


昔、事務の仕事をしていた頃の話だが

包装ができるのと、手違いの際のお詫びが得意な私は

シーズンになるとギフト関係の事務を担当していた。

その時に知ったが、宅配の送料は宅配会社との契約次第でどうにでも変わる。

大量発送が見込める法人、つまり会社は

一般の人がたまに送る荷物の値段と全く違う価格設定になるのだ。


あくまでその当時の認識だが、それで考えると

小さい瓶1本や、手のひらサイズの箱1個で860円の送料は高すぎる。

本当は宅配会社との契約が200円くらいで

残りは通販会社の儲けではないのかと怪しむ。

商品と送料のダブルで利益を得るなら、そりゃ笑いが止まらんわ。


宅配会社の方は、送料を値切られて泣いた分を

代引き手数料で取り戻すのでは、と怪しむ。

そして買う方は、商品の価格だけに目が行き

送料と代引き手数料は別物と思い込んでいるからノーマーク。


通販は、怪しむくらいでちょうどいいのだ。

消費者の方も、通販とは商品と送料

そして買う人によっては代引き手数料をプラスした値段だということを

頭に入れて買い物に臨んでもらいたい。



こうして通販のチラシが排除され、残った数枚のチラシは

朝ごはんのお供として我々の餌食となる。

求人広告では、毎回出している会社の悪口。

「掲載料を出してまで求人をする所は、辞める人が多いブラック企業」

と決めつける。

つまり、どの仕事もブラックということになる。


そして掲載されているどの仕事も大変そうで、そのわりには賃金が低い。

田舎は人口が少ないので会社の所在地もわかるし

会社によっては勤めている人や、勤めていた人を知っていることもある。

おしなべて評判は良くない。

しかし、チラシに載るような所へ勤める人は

転職を繰り返す人が多く

転職を繰り返す人が、会社を良く言わないのも事実である…

そのようなことを話し合う。


現在のブームは、車のリースのチラシ。

20年ほど前だろうか

「月々1万円で新車の軽に乗れる!」をうたい文句に

一般向けの軽自動車のリースが出たことがあるが

それ以外は車のリースといえば、会社法人が対象だった。


なぜ法人が対象だったかというと、月々支払う金額が高いからだ。

車種によって異なるが、一般的な普通車でアパートの家賃程度は必要になる。

これをサラリーマンが、月々の給料から支払うのはきつい。

リース料を自分の財布でなく、会社の経費で払える法人でなければ

取り組みにくいシステムである。


それが近年、各自動車メーカーから

頻繁にリースのチラシが入るようになった。

新聞にはさまっているからには、れっきとした個人向けだ。

長引く不況で車が売れなくなり、メーカーはとうとう

若い経済オンチにまで顧客の幅を拡大したようだ。

我々はこれを憂慮して、朝っぱらからあれこれと話し合うのだった。

《続く》
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手抜き料理・お祭きんちゃく・実写版

2020年10月27日 08時19分40秒 | 手抜き料理
『手抜き料理・持ち寄り編』のコメント欄で

ねこパンチさんから

「お祭きんちゃくの写真を見せて」

とのご要望がありました。


ねこパンチさんは週に一度、ボランティアで

お年寄りのお弁当を作っていらっしゃるそうです。

そこで以前、絵で説明したお祭きんちゃくを

お弁当のメニューに採用してくださったそうですが

ご本人がおっしゃるには今ひとつの出来ということで

実物の写真を望まれたのでした。


私はお祭きんちゃくの絵を適当に描いたことを

軽く反省しました。

実物に忠実でなく、美化して理想形を描くほうが簡単だからです。

本物はもっと不細工です。

ということで、お待たせしましたが

昨日作ったのでさっそく載せたいと思います。




ニンジン、冷凍さやインゲン、カマボコ

それから生卵と、もちろん油揚げを用意。

油揚げは湯通しをして冷まし、1枚ずつゴマスリ棒を転がす。

こうすると袋状の中味がパカッと開いて、材料を入れやすくなる。

湯通しした油揚げを冷ますのは、熱々だと棒を転がす時に

熱湯が飛び出すことがあるからだ。





油揚げの中へ、ニンジンと冷凍さやいんげんをきちんと横たえ

いったんカップに割り入れた生卵をデロッと投入したら

その上にカマボコを横たえ、上部を爪楊枝で留める。

爪楊枝は、最後に横たえたカマボコを刺すつもりで留めるのがコツ。


きんちゃくがパンパンに膨らんだ状態なのが、おわかりだろうか。

爪楊枝が卵に刺さるのを恐れて、上に刺し過ぎると

きんちゃくがお婆さんのバストみたいにダラッとしてしまい

煮る時に卵の黄身が、あらぬ位置に流れてしまうからである。

写真では1個、卵を刺して失敗しているが

卵が傷ついても、それなりに固まるので

恐れず具材の至近距離を刺してもらいたい。




あらかじめ少量の出汁と砂糖、醤油、ミリン

または麺つゆと砂糖、少なめの水で

濃いめの甘辛い汁…つまりすき焼きの味付けを作っておき

沸騰させた中へきんちゃくを投入。

フタをせず、中火で7〜8分煮たら火を止め

やはりフタをしないまま、冷めるまで放置。


きんちゃくがギューギュー詰めになる大きさの鍋を選ぶのがコツ。

鍋に余裕があると、きんちゃくが寝てしまい

やはり卵の黄身が真ん中に来ないからだ。


それから煮汁は、意識して少なめに作るのがコツ。

きんちゃくのお尻が半分浸かる程度。

ザブザブの煮汁できんちゃくを泳がせたら

爪楊枝で留めた口から煮汁が中に入り、仕上がりの色が汚くなる。




冷めたら鍋から取り出して爪楊枝を外し、真ん中を切る。

この時、残った煮汁は、あるか無いかのごく少量が望ましい。

煮汁が多ければ少なくなるまで煮詰め、わずかな煮汁をきんちゃくにかける。

切り口にかけると卵の黄身が黒っぽくなるので、きんちゃくの下に敷くつもりで。

これできんちゃくの味がどうであろうと、煮詰めた煮汁で調整できる。



で、今回作ったのが、これ。

絵とは程遠いが、許して欲しい。


お祭きんちゃくは、なんだかんだ言っても油揚げ選びがミソ。

私は長らく、生協の宅配で注文していた。

二つに切ると、最初から中がパカッと開いていて

使いやすかったからだ。


しかし3ヶ月前、その油揚げが製造中止になった。

そこで市販の物をあれこれ買っては試す。

品物によっては、棒を転がしても口が開きにくいのがあるのだ。



結果、行き着いたのが、最初から半分サイズの四角い油揚げ。

中に具材を入れる目的で製造されているからか

四角の一片に包丁を入れると、底まで空洞になっている。

ただし、このタイプは初めからサイズが小さいので

具材は少なめに詰めることになり、切り口は長方形でなくなる。

普通の油揚げであれば、具材をもっとたくさん詰める。


昨日、これを作ったのは同級生の友人モンちゃんが

農協の積立の集金に来る日だったから。

月初めに白内障の手術をしたモンちゃんは女子会を自粛していたので

会うのは久しぶり。

彼女の夕食の一品にでもなればと思い、この日に作ることにしたのだ。

残業で遅くなり、仕事帰りに寄ったモンちゃんは

とても喜んでくれた。

作って良かった。
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アウトレット・3

2020年10月23日 21時30分21秒 | みりこんぐらし
出雲大社へ向かう道中で、けいちゃんに浩子さんの死を伝えてから

6日が経った13日の晩。

病院の厨房で一緒に働いていた晴恵さんという女性から

けいちゃんにLINEがあった。

けいちゃんの元気が無かったのは、このLINEに深く傷ついたからだ。

アウトレットに向かう車の中で

彼女は泣きながら一部始終を話すのだった。


晴恵さんは私が辞めた直後に入った、一つ年下の美人。

何度か見かけたことがあるが、病院の厨房へ閉じ込めておくのは

もったいないほどの美貌である。

けいちゃんは美しい彼女がお気に入りで 、話にもよく登場する。

一緒に出かけたり、けいちゃんのアパートへ招いたりと

すごく仲良しだ。


LINEで晴恵さんは、けいちゃんが完全に東京へ引っ越す予定日をたずね

その日までに一度会いたいと連絡して来た。

けいちゃんはそれに応じた後、浩子さんが亡くなったことを知らせる。

晴恵さんは浩子さんが辞めるまでの6年間、一緒に働いていた。

亡くなったことを知らないだろうから、教えてあげたつもりだった。


ところが晴恵さんからの返信は、けいちゃんにとって驚愕すべきものだった。

「実は私、知っていました。

亡くなったのは今年の3月○○日です。

息子さんからのLINEで、もう危ないから最後にひと目会って欲しいと言われ

病院へ会いに行きました。

それから何日かして、亡くなったという連絡をもらって

家にお悔やみに行きました。

密葬だったし、ご家族から口止めされていたので黙っててすみません」


この文面を見たけいちゃんは、大ショックだったという。

浩子さんと晴恵さんが、そこまで仲良しだとは知らなかったからだ。

けいちゃんは、晴恵さんを親友だと思っていた。

浩子さんのことも、親友だと思っていた。

まさか浩子さんと晴恵さんが親友で、自分が蚊帳の外だったとは

夢にも思っていなかったのである。


そうだったんやね…とか何とか、やっとの思いでLINEを返したけいちゃん。

その後、しばらく呆然としていたそうだ。

「親友や思うてたんは、うちだけやったんやわ。

晴恵さんと浩子さんが親友なら、うちは何やったん?

利用されただけ?

2人が仲良しなんて、どっちからも全然聞いたことあらへんし

なんや裏切られたような気持ちになってな…」


しかも3月中旬といえば、けいちゃんはまだ病院に勤めていた。

晴恵さんが浩子さんの死を隠していたことも、けいちゃんには衝撃だった。

「恐ろしい人やわ…。

私はまだ一緒に働いてたんやから、教えてくれたってええやんか。

それか、最後まで何も知らんふりしてくれたらええやんか」


親友だと思っていた晴恵さんが、実は浩子さんと親友で

自分だけがそれを知らなかった…

晴恵さんは浩子さんの死を知りながら

何食わぬ顔で自分と一緒に働いていた…

けいちゃんは、このダブルショックに打ちのめされていた。

「なんかなぁ、一生懸命働いてきたのに

最後がこの仕打ちか思うたら情けのうてな。

朝まで寝られへんかった」


長い話の後、私は言った。

「晴恵さんが悪い」

こんな時は、バッサリそう言ってやるのが一番いい。

それが正しいかどうかはこの際、関係ないんじゃ。


晴恵さんが悪いと言った理由は、浩子さんが退職後に癌になったのではなく

癌が原因で退職したから。

浩子さんを気遣いながら、人員が補充されるまで

仕事をカバーしたのは上司のけいちゃんだ。

よって人道上、晴恵さんはけいちゃんに安否を報告するべきだった…

そう付け加えた。


「じゃけん、忘れ!うちらがおるが!」

私は言い、それまで運転しながら黙って話を聞いていたマミちゃんも

加勢する。

「そうよ!私らがおるけん、ええじゃん!」

「…わかった、忘れる」

けいちゃんは鼻をすすりながら、やっと笑った。


こういうことを格好つけずに包み隠さず話すのは

けいちゃんの美点である。

しかし私の方は、本心をそのまま伝えるわけにはいかない。

傷口に塩を塗ってしまうからだ。


けいちゃんは晴恵さんとも浩子さんとも親友だと信じていたが

けいちゃんは親友である前に、彼女たちの上司だ。

「年収はあなたの3倍だけど、お友達よ」

とはいかないものなのよ。

職場の友情は、同じ待遇の者同士でなければ育たない。

上司が部下に友情を求めるのは、甘いわい。


それに彼女たちには、共通の結びつきがあった。

浩子さんは略奪婚の成功者、晴恵さんは長年に渡る不倫の達人である。


晴恵さんは娘時代にどこかの会社へ勤めていたが

その美しさゆえに妻子ある上司の愛人となって幾星霜。

やがて上司は転勤だか退職だかでいなくなり

その頃には晴恵さん、ハイミスになりかけていた。

しかし田舎のことだから、噂が広まっていて縁談は無い。

親戚の勧めで冴えない従兄弟と結婚することになり

愛の無い結婚生活を送ることになった経緯は

本人がけいちゃんに話し、けいちゃんが私に話した。

ずいぶん前のことで、けいちゃんは忘れているが

美人の身の上話は、あけすけで面白かったので私は覚えている。


身の上話が好きな浩子さんは、晴恵さんとも仕事の合間に話したはずだ。

晴恵さんも、けいちゃんに話したのだから浩子さんにも当然話す。

お互いの似通った過去を知って強い絆が生まれるのは必然で

いわばこの方面では海千山千の2人の間に

おぼこいけいちゃんの入り込む余地は無かったといえよう。



やがて、アウトレットに到着。

都会的な雰囲気に、けいちゃんも元気が出たようだ。

私らみたいなオバさんは、あまりいない。

若いカップルや、小さい子供連ればかりだ。

バリー、ラルフローレンの他は

知らない名前の手頃な価格の店が多く、今ひとつ燃えない。

せっかく来たんだから、手の出ないゴージャスを眺めて

目の保養をしたいじゃないか。

マミちゃんによると、若向きの施設だからということだった。


食事は充実していて和、洋、中、伊…たくさんの店があった。

韓流好きなけいちゃんの希望で、韓国料理を食べる。

妥協。


それから再び店を物色。

今まで、どの店にもちゃんと入らなかったが

台所用品の『ティファール』には3人とも反応。

店に入って、けいちゃんは鍋、マミちゃんはフライパン

私もフライパンを2個と、フライ返しなどの小物を買った。

重たいので、後にすれば良かったと後悔した。


次に反応したのは、食器の『たち吉』。

鍋やフライパンを抱えた我々は、手が痛いと言いながら物色。

私は家族の箸を買う。

箸にも流行があって、新しいのは美しくて持ちやすい。

「うちら、どこまでもオバさんじゃ…」

と言いながら帰路についた。

《完》
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アウトレット・2

2020年10月22日 11時19分04秒 | みりこんぐらし
病院で現役続行中の浩子さんとけいちゃん

引退した私ともう一人の4人が集まる食事会は、数年間続いた。

当初は月に1回のペースだったが、4人がほぼ同時に親の介護が始まって

だんだん間遠になっていった。


そして6年前、浩子さんは突然、職場で倒れた。

精密検査の結果は末期癌だったと、けいちゃんから聞いた。


一緒に働いている頃、浩子さんはよく話していたものだ。

「インスタントラーメンが好きで、毎晩食べてるの」

「子供に仕送りしないといけないから、節約のためにお風呂は沸かさないの。

もう何年もシャワーだけ。

夫婦2人だと、シャワーの方がガス代は安いと聞いたから」


ラーメンとシャワー…この組み合わせで連想するものといったら

私の場合、癌である。

昔、聞いた話によると食品添加物の塊で多塩分の上

麺を素揚げする油の品質は機械油といい勝負だそう。

そんな物を毎晩食べていたら、癌になる確率が高い…

と私は思っている。


これも昔聞いた話だが、シャワーもしかり。

湯船に浸かるのは、頭にタオルを乗せて「いい湯だな」を歌うためではない。

体温を上げるためだ。

湯に浸かって体温を上げると、癌細胞の増殖をある程度抑制する効果がある…

と私は思っている。


浩子さんがラーメン愛を語るたび

そして我が子のためにと、シャワー生活の節約話をするたび

私は癌になっちゃうよと何度も言ったし

両方が無理なら片方だけでも…とも言ったが、彼女は聞く耳を持たなかった。


通常は他人がどうなろうと知ったこっちゃない私だが、浩子さんの場合は違う。

不倫の末の略奪婚は、身体に良くないからだ。

科学的証明は無いと断っておくが

長年、この手の人々の観察をしてきた結果だ。

すったもんだの挙句、一緒になれても

片方が早死にするか、あるいは病いに倒れるケースが多い。


配偶者と子供を泣かせて手に入れた幸福は

危うくてもろいものなのだ…などと、わけ知り顔で言うのは容易い。

しかしそのような精神世界の話ではなく、物理的な理由。

大金持ちならいざ知らず、しょせんは庶民だからである。

別れた妻と子供に慰謝料や養育費を払いながら

次の結婚生活を営むのは経済的に大変なのだ。


経済的に大変なところへ、新しいパートナーとの子供ができる。

一方、前の結婚でもうけた子供たちも大きくなって知恵がつき

親を慕うそぶりで小遣いをせびりに来る。

すると物入りに加え、夫婦の間に秘密ができる。

パートナーが前の結婚で作った子供を愛せる人間はいないので

隠れて接触するようになるからだ。


そして秘密は必ずバレる。

前の結婚でできた子供に接触すると、必ずお金がかかるものだ。

離れて暮らす子供に、たとえわずかでも小遣いを与えたり

物を買い与えたり、食事やレジャーに連れて行きたくなる。

今の相手にのぼせ上がり、先妻と一緒に無残に捨てた子供であっても

血を分けた親とはそういうものである。


お金が減ると、現在の妻は気づく。

元々潤沢でないのだから、発覚は早い。

バレた時は大変だ。

すさまじい喧嘩が待っている。

秘密から始まった結婚は、秘密に過敏というのもあるが

他人の生んだ子供に払うお金は、1円だって惜しいものだからである。


節約と喧嘩の日々に、夢見た愛の生活なんぞ裸足で逃げ出す。

これがストレスでなくて、何であろう。

具合も悪くなるわいな。


というわけで、浩子さんには言わないが

ただでさえ健康リスクの高い結婚生活に

ラーメンとシャワーの後押しが加われば危険きわまりない。

ご主人は年取っているし、浩子さんが病気になったら

目に入れても痛くない一粒種の息子さんがかわいそうじゃないか。

だから心配していたのだ。


病気だと聞いて、やっぱり…という思いがあったが

たまたまかも知れず、因果関係は立証できないので

そこのところは何とも言えない。

残念なことに変わりはない。



浩子さんは仕事を辞めた。

誰にも会いたくない…お見舞いにも来ないで欲しい…

浩子さんが言うので、けいちゃんは心配しながらも

それきり会うことはなかった。

私とけいちゃんは時折、浩子さんを案じて話題にしたが

何もわからないのでそのままになった。



それから6年が経った、今月の2日。

浩子さんのご主人が、ひょっこり夫の居る会社に来たという。

義父の会社を辞めて以来、35年ぶりの再会だった。


ご主人は仕事を探していて、できればここへ戻りたいと言った。

しかし夫は、彼にあまり良いイメージを持っていなかった。

転職するのは自由だが、他の社員を誘って複数で辞めるのは

雇う側にとって、後ろ足で砂をかけられるようなものだからだ。

彼に誘われて辞めた方は、その後、仕事が続かず

やがて離婚して消息不明である。

仕事と友情をごっちゃにすると、たいていこんなことになるものだ。


が、問題はそれ以前のところにあった。

浩子さんのご主人は、すでに75才。

新規で入社するには年を取り過ぎている。

夫は丁重にお断りし、あとは世間話になった。

その時、ご主人が言ったそうだ。

「女房が死んだんよ」


根掘り葉掘り聞く習慣の無い夫のことだから

亡くなった時期も、どんな様子だったかも定かではない。

とにかく浩子さんが亡くなった…そのことだけが私に伝えられた。

ほんの数年とはいえ、同じ釜の飯を食べた同僚が亡くなるのは

なんと悲しいものよ。


けいちゃんには、すぐ知らせなかった。

LINEなど残るもので知らせるのは気が引けたし、電話もできなかった。

一人暮らしのけいちゃんに早々と訃報を知らせ

単独で悲しませるのは酷な気がしたからだ。


結局7日まで待って、出雲大社へ向かう道中

けいちゃんに浩子さんの死を伝える。

浩子さんと長く働き、とても親しかったけいちゃんは

私以上に驚いて、しばらくは口もきけなかった。


やがて時間が経つと落ち着いてきて

「誰にも会いとうない言うたんやから、仕方ないよね。

浩子さん、これで楽にならはったかもな」

けいちゃんは言い、私も同意した。

《続く》
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アウトレット・1

2020年10月21日 11時34分50秒 | みりこんぐらし
5日は、ユリちゃんのお寺で料理。

7日は、けいちゃんとマミちゃんと3人で出雲大社。

11日は同じメンバーで、またユリちゃんのお寺で料理。

今月の前半は外出が続いた。


11日にユリ寺の料理が終わった帰り道

けいちゃん、マミちゃんと3人で、また遊びに行く予定を立てる。

けいちゃんが完全に東京へ行ってしまう11月末が近づき

我々は離れがたくなっているのだ。


お出かけの日は、マミちゃんの都合に合わせて14日と決まった。

前回、山奥カフェと道の駅巡りの予定が出雲大社になったので

今度こそ近場の山でのんびりしようと言っていたが

当日の朝、私を迎えに来たマミちゃんは、思いもよらぬ行き先を告げた。

「アウトレット行こう」

広島市の郊外にある、アウトレットモールだそう。


いつだったか、ここができたのはニュースで知っていた。

ブランド好きだった若い頃なら飛びついたかもしれないが

今は興味無し。

一生、行くことは無いと思っていた。

しかしマミちゃんが連れて行ってくれるというのだから、喜んで賛成。


それより心配なのは、後部座席で沈黙したままのけいちゃん。

あんまり静かなので、これから彼女を迎えに行くのかと思っていたほどだ。

「みりこんちゃん…あのな、聞いて欲しいことがあるんやわ…」

車が走り出すと、けいちゃんは話し始めた。


その内容は、彼女と私が働いていた病院の厨房で同僚だった

浩子さんにまつわることである。

浩子さんは、けいちゃんと私より5才年上の女性。

話は今から14〜5年前にさかのぼるが

仕事がきついので人が続かず、次々に入ってきた新人の一人だった。


最初、彼女を見た誰もが続かないと思った。

52才で初めて調理の業界に飛び込んだことに加え

彼女が縦横共に大きくて

ひどくのんびりしているように見えたからだ。

私も続かないと思っていた。

浩子さんとは、まんざら知らない仲ではなかったからだ。


息子の幼稚園で、一緒に役員をしたことがある。

その頃から、あんまり動かなかった。

チームは違えど、ママさんバレーでも顔見知り。

このバレーによって両膝を傷め、歩行が難儀になって

早足で歩けないことも知っていた。

だから、走ってナンボのこの仕事には向かないと思ったのだ。


足が悪いにも関わらず、浩子さんが走り回る仕事に就いたのは

年の離れたご主人との間にできた一人息子のため。

その子が18才になり、学費や都会での生活費がかかるようになったが

ご主人は60才を過ぎており、すでに定年して再雇用の身なので

収入が減っていた。

年の差婚の弊害である。

そこで浩子さんは長く勤めた個人商店を辞め

給料その他の待遇が手厚い、病院へ転職したのだった。


そのご主人は大昔、義父の会社の社員だった。

数年勤めてから仲のいい同僚を誘い

2人でもっと待遇の良い所へ転職した。

余計なことだが当時、彼の奥さんは浩子さんではなかった。

だから幼稚園のPTAやママさんバレーで会う浩子さんが

彼の奥さんだとは知らなかった。

一緒に働くようになってから、浩子さんに聞いて知ったのだ。


略奪婚らしいのは、何となくわかった。

前の奥さんとの仲が冷え切って別居状態だった頃

たまたま自分と知り合って、離婚成立後に交際が始まった…

こちらがたずねてもいないのに

浩子さんが自ら話し始めた結婚の経緯は

その手の人々が話す内容と同じだったからである。

私は全然知らなかったが、浩子さんは知っていると思い

きちんと説明したかったのだろう。


とはいえ冷え切って別居状態ウンヌンは、こういう人たちの常套句。

うちの夫も愛人によく使った、いわば古典的話法だ。

これを言うとお互いに都合が良いため、相手は簡単に信じる。


冷え切って別居状態であれば、何をしても許されると思うようだが

冷え切っていたか否かは有責者である夫や浮気相手ではなく

妻が判断するものだ。

有責者がこれを口にするのは、おこがましい越権である。


また、別居状態というのは曖昧な表現で、完全な別居とは言えない。

これも有責者である夫や浮気相手が

自身に都合良く話している場合が多いので、信用に値しない。

あとは交際や入籍の時系列を少しすり替えれば

彼らにとっては正しい結婚ということになるのだ。

シロウトは信じるかもしれんが、この道何十年の私は誤魔化せんぞ。



ともあれ以前からの知り合いということで

浩子さんとは仲良くしていた。

最初はひたすら巨大な印象だけだったが

近くでよく見ると、色白で目がパッチリして可愛らしい。

低く優しい話し方で、甘え上手の癒し系だ。

ご主人はこういう所に惚れたんだな…と納得。


早々に辞めると思われていた浩子さんだが

我が子の学費という明確な目的もあって、意外にも続いた。

仕事の方は見た目通りだが、先輩たちに取り入るのがうまく

自分の代わりに動かす才能があったからだった。

本人はあんまり動かないので、体力の消耗が少ないではないか。

だから続くのだ。


数年後に私は退職したが、浩子さんはその後も勤め続けた。

以後の彼女は、けいちゃんにベッタリの仲良しこよしで

私生活でもよく行き来していた。

甘えんぼうの浩子さんと、甘えられるのが好きなけいちゃんは

需要と供給の一致した良いコンビに見えた。


時々、病院で現役の浩子さんとけいちゃん

それから病院を辞めた私ともう一人で集まって食事をした。

浩子さんとけいちゃんが仕事の愚痴を言い

私ともう一人はそれを聞くだけだったが

4人の集いはけっこう楽しくて、数年続いた。

《続く》
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手抜き料理・持ち寄り編

2020年10月16日 13時27分17秒 | 手抜き料理
5日の月曜日に続いて11日の日曜日は

同級生ユリちゃんの実家のお寺へ料理を作りに行った。

この日はユリ寺にとって大切な行事があるので

やはり同級生のけいちゃん、マミちゃんも一緒だ。


白内障の手術をして間がないモンちゃんは欠席。

この子は何か一品でも作って来るような気概が無く

かといって、こうした集まりや遊びに車を出すことも一度として無く

手伝いの方は言われたことをタラタラするだけで、あとはせいぜい皿を割るぐらい。

でなければラップを取り落とし、端がわからなくなってずっと探している。

ただし余った料理を自分と旦那の晩ごはんとして持ち帰るためのパック詰めは

誰よりも素早く手際がいい。

つまり戦力にならないので、いなくても困らない。


誰にでも向き不向きがある。

旅館の娘モンちゃんは宴会料理に詳しいが

詳しいだけで実戦には慣れてない。

ずっと外で働いて、家事は亡き姑さんがやり

旦那と娘が一人ずつの環境が長かったので

急に料理をたくさん作れと言っても無理だ。

彼女には、我々と同等の労働を望んでいない。

労働は、慣れた我々がする。

静かでひょうひょうとした、モンちゃんの人柄があればいい。



さて、この日の人数は我々3人を入れて11人と

5日の準備より少なかった。

いつも来る人たちが、体調不良や用事で来られなかったという話だが

回を重ねるごとに人数が減って、ユリちゃんは残念そうだ。

作る我々が密かに安堵しているのは、秘密だ。


献立をご紹介させていただこう。

写真を撮っておきたかったが、食事が始まる時間に

駆け込みで参加者が増えたため、撮影する暇が無かった。

申し訳ない。


●鯛めし

けいちゃんが現地で調理

●豚汁

けいちゃんが材料を切って持参し、現地で調理

●ミートボール

けいちゃん持参

●かぼちゃコロッケ

マミちゃんが衣を付けて持参し、現地で揚げる

●冬瓜と鶏ミンチのあんかけ煮

マミちゃん持参

●お祭きんちゃく

みりこん持参

●大根と柿の酢の物

みりこん持参

●デザート・柿

みりこん持参



見ておわかりのように、お寺の台所で調理したのは鯛めしと豚汁で

あとはマミちゃんのかぼちゃコロッケを揚げただけ。

我々が、だんだんずる賢くなってきた証拠である。

使い勝手の悪い台所で悪戦苦闘の末に疲労困憊するより

自宅で作った料理を持ち寄る方が楽と知ったのだ。

そのまま、あるいは温めて盛り付けたり、切って並べるだけなので

時間に余裕が生まれ、おしゃべりタイムが増える。

あ〜、楽ちん。


鯛めしに関しては例のごとく、魚料理が鬼門のけいちゃんとひと悶着あった。

偏食で白いごはんが嫌いなけいちゃんは、味のついたごはんを作りたがる。

が、この日は行事の性質上、訪れた檀家に

帰りの手土産として精進の炊き込みごはんと紅白のお餅を配る。

その炊き込みごはんは早朝

ユリちゃんと兄嫁さんが大釜で製作する手はずになっていた。


帰りに炊き込みごはんを配るなら、 昼の会食は白いごはんが望ましいのではないか…

献立を決める際に私はそう言ったが、けいちゃんは炊き込みごはんを強く主張。

人の言うことを聞いて折れる子ではないため、こっちが折れるしかない。

そこで折衷案として、精進の炊き込みごはんとは真逆の生ぐさ物…

うちの冷凍庫にある鯛をお勧めしたら、けいちゃんはすんなり同意した。


主食が決まると、次は汁だわな。

鯛のアラでお澄ましでも…と考えていたが、けいちゃん、即座に豚汁を主張。

組み合わせ的にどうなのよ…と思ったが、私は早くも戦意喪失。

けいちゃんと一緒に料理をするのは、今回で最後だからだ。


だってこの子は11月の末、完全に東京へ行ってしまう。

同居するはずだった彼女の娘は結局来ないが

今住んでいるアパートは11月末に退去することになっているので

東京で借りたアパートへ移るしかないのだ。

だったら迷走する献立に身を任せ

この日を楽しい思い出にする方がいいじゃないか。


お祭きんちゃくと酢の物に決めたのは

けいちゃんが豚汁を作り、マミちゃんがおっとりと

かぼちゃコロッケを揚げるとなると、私は火が使えないからだ。

ユリ寺のガスコンロは、普通の家庭用のが2台くっついて並んでいるが

豚汁の大鍋と油の鍋を置いたら、他の料理を煮炊きするのは困難。

マミちゃんの冬瓜も温めなければならないし、コンロは諦めた方がいい。

そこで再加熱の必要が無く、晴れの行事にふさわしい色彩のお祭きんちゃくと

季節柄、柿を入れた大根生酢を作って持参したのだった。


ちなみに酢の物とデザートに使った柿は、5日に料理をした時にユリちゃんがくれた

お供え物のお下がり。

6日が経過して、ちょうど食べ頃になったので酢の物に使い

残りはそっくりそのまま持って行った。


けいちゃんが作ってきたミートボールは

鶏ミンチに酒、ショウガ汁、醤油で下味をつけて丸く成形。

小麦粉をまぶして茹でてから、砂糖を足したケチャップをからめたもの。

小さくて、ほんの少量だったため、食べてないので味はわからない。


マミちゃんのかぼちゃコロッケは、玉ねぎやミンチが入らない

本当に潰したかぼちゃだけのコロッケ。

マミちゃんは、それをかぼちゃコロッケだと信じている様子だった。

「え…かぼちゃだけ?」

食べた人からは、そんな声も聞こえたが

これはこれで珍しい一品かもしれない。



さて会食と後片付けが終わったら、例のごとく晩ごはんの用意。

ユリちゃん夫婦と兄嫁さん一家、それに兄貴分の酒の肴よ。

この日、兄貴分は来てなかったけど

ユリちゃんのご主人モクネン君が届けるという。

どこまで兄貴分に忠誠を尽くすのだ。

その忠誠心の犠牲になるのは我々…というか、私である。


しかしもう、以前の私ではない。

来てすぐ、冷蔵庫に秘密のタッパーを隠しておいた。

前の晩、義母ヨシコの友達、骨肉のおトミにもらったレンコンで作った

レンコン団子じゃ。

内緒じゃが、うちの晩ごはんじゃ。

多めにこしらえて、余った分を冷凍しといたんじゃ。

今後はこれで行くもんね。

うっしっし。


この作戦によってかなり時間が余ったので

けいちゃんが鯛めしを作った際

例のごとく「臭い」と言って使わなかった鯛の頭を

甘辛いアラ炊きにして、モクネン君と兄貴分の弁当パックに足した。

身はあんまり無いが、オジさんはこういうのに目が無いはずである。


こうして我々の“奉仕”は終わった。

今年はもう会食が無いと聞き、けいちゃん、マミちゃん、私の3人は

密かに顔を見合わせてホッとするのだった。

次から、けいちゃんはいない…そう思ったら悲しくなった。


そうそう、何の料理が喜ばれたかをお話ししておこう。

冬瓜煮と、お祭きんちゃく。

しかし一番喜ばれた料理?は、デザートの柿である。
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日帰り旅行

2020年10月14日 06時56分58秒 | みりこんぐらし
5日のユリ寺料理が済んで、1日おいた7日。

同級生の友人けいちゃん、マミちゃんと3人でドライブに出かけた。

いつもの5人会のメンバー、ユリちゃんは多忙のため

モンちゃんは白内障の手術のために欠席。

モンちゃんは緑内障だが、今回は白内障の手術をするという。

だから3人で行くことになった。


ドライブは、マミちゃんの発案。

今の車を廃車にして新しく買い替えるので

廃車記念のドライブに行こうと言い出した。

しかし前日になって車のエアコンが壊れたため

けいちゃんが車を出すことになった。


行く前は、ユリちゃんの嫁ぎ先のお寺をサプライズ訪問した後

街へ出て散策しようか…などと言っていた。

しかし2人は直前になって

料理を作らされるかもしれないと心配を始める。


のこのこユリちゃんの所へ行ったら、飛んで火にいる夏の虫。

「せっかく来たついでに晩ごはん、お願いできないかな?」

ユリちゃんに両手を合わせてそう言われたら、断れないと言うのだ。

「散策どころじゃあれへんわ。

遊びに出たのに、台所で1日が終わってしまうって悲しいやん」

「なんかね〜、一生懸命やっても当たり前みたいで反応が薄いし

ちっとも楽しくないんだもん。

あ、ここだけの話にしてよ」

2人も、私とほぼ同じ気持ちだったらしい。

優しくて気配りのあるユリちゃんが、ビジネスとなるとパッと変わって

お人好しを利用する…そのギャップに疑問を感じているのだ。


このお人好し利用説だが、お寺の側から見ると違う。

ただの友だちや知り合いが

何かのきっかけでお寺のために働くようになることを

お寺側は「変化(へんげ)」と呼び、御仏が下す人事の扱いだ。

よって御仏に選ばれ導かれた我々ヘンゲは

むしろ有難いと喜ばなければならないらしい。

近年になって両親を亡くし

初めて仏事に関わるようになったけいちゃんやマミちゃんに

そこら辺を理解しろというのは無理だと思う。


2人には話してないが、私なんて一昨日作ったばかりだ。

知らせなかったのは、11日の日曜日にユリ寺の行事が控えているから。

その日は、この3人で出動する予定。

嫌気がさすだろうから、5日のことは言わないと決めていた。



ともあれドライブの行き先は、最近できた山間部のカフェ。

それから道の駅に寄るプランに決定。


当日、私はすっかりそのつもりで

迎えに来たけいちゃんの車に乗り込む。

すると、けいちゃんが言うではないか。

「あのな、カフェやめて、出雲大社行かへん?」

「出雲大社ぁ?」


先にけいちゃんと落ち合い、後部座席に乗っていたマミちゃんも言う。

「今日はユリちゃんがおらんじゃん。

ユリちゃんがおったら、神社は行かれんじゃん。

このメンバーだからこそ行ける所がいいって、さっき話したんよ」


もちろん、ユリちゃんがいれば楽しい。

モンちゃんもいれば最高だ。

しかしユリちゃんが行くとなると、場所が限られる。

お寺の嫁ユリちゃんは、宗派の掟で神社の参拝ができない。

檀家は自由だけど、住職夫婦はダメなのだ。

そこで今回はユリちゃんの欠席をプラスに考え

出雲大社へ行くことになったのだった。


私は義母ヨシコに電話をかけ、帰りは夜になると告げる。

私も行き先の大幅な変更にびっくりしたが、ヨシコもびっくりしていた。

それから夫に電話して、夕飯はお好み焼きをテイクアウトするよう頼む。

夫は快く引き受け、「たまにはゆっくりして来いや」と言った。


途中で道の駅に寄りながら、約3時間後には出雲大社へ到着。



けいちゃんもマミちゃんもお出かけ好きなので

慣れた足取りでスイスイ歩くが

家にばかり居て身体がなまっている私は

駐車場から本殿までが果てしない道のりに思えた。

もうね、足どころか股関節からガクガクしそう。


出雲大社へは20年ぶりぐらいに来た。

参道が綺麗になっている。

食べ物屋、土産物屋が立ち並び、スターバックスまであって驚いた。

平日だしコロナ中だしで、人出は少なかったが

そこそこの人数はいたように思う。


昼ごはんは、名物の出雲蕎麦と決めていた。

出雲蕎麦は、殻付きのまま挽いた黒っぽい蕎麦。

たいてい赤い三段の小鉢に小分けして盛られ

薬味と蕎麦つゆをかけて食べる。


出雲蕎麦の店はたくさんあり、どこにしようか迷ったが

新しくなった参道にある、福一という店に人が多そうなので

そこに決めた。

この店、私の記憶が確かなら、奥出雲と呼ばれる山あいにあるはず。

ずいぶん前に一度行ったことがあるが、なかなかの有名店らしく

県外ナンバーの車やバイクがたくさんあった…

出雲蕎麦にしては細くておいしかったけど

とりわけ天ぷらがおいしかった…

などと話していたら、そこの支店だった。



やっぱり天ぷらが、喧嘩を売るかのごとくパリパリでおいしかった。


福一を出ると、斜め向かいには有名な老舗旅館、竹野屋。



ここはシンガーソングライター、竹内まりやの実家である。


「何だか素敵〜」

「泊まってみた〜い」

2人が言うので

「旦那は昔、泊まったことあるわ」

ついそう言ってしまう。

「旦那さんだけ?夫婦じゃなく?」

と聞くので、一緒に泊まったのは愛人だと答えたら、びっくりしていた。


そうなのだ。

最初の公的な浮気相手、ナースのマユミは島根出身。

公的というのは、みりこん浮気辞典によると

結婚後から始まった関係であり

その関係が、我々妻子に直接的影響を及ぼした状況を指す。


そのマユミが正月に帰省する時、夫が実家まで車で送り

大晦日の参拝客で賑わう出雲大社に寄ったのだ。

この子らに、具体的な話をしたのは初めてかも。

かなり引いている。

旅の開放感で、うっかり口を滑らせるんじゃなかった。


でも言ってしまったんだから、仕方がない。

そこでダメ押しのエピソードを披露。

「でさ、出雲大社でおみくじ引いたら2人とも凶が出て

験直しにもう1回引いたら、また凶だったんだってさ」

やっぱり霊験あらたかなんじゃわ…

来て良かった…

しきりに感心する、けいちゃんとマミちゃんだった。


それから出雲大社を出て、車で数分の島根ワイナリーへ。

子供たちが小さい頃、少年野球の旅行で訪れたきりだったと思う。

お土産を買って帰路についた。

私のお目当、彩雲堂の「若草」という和菓子は売り切れだったので

ヨシコの好物、あごチクワを買った。

あごとは、トビウオのことである。


お酒好きのマミちゃんは、車で隣市の自宅まで帰るので

ワインの試飲ができない。

そのため私に試飲させて、ワインを買った。

あてにしない方がいいと思う。

けいちゃんはドライフルーツを買っていた。

楽しい1日だった。
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手抜き料理・だし巻き卵

2020年10月13日 08時39分14秒 | 手抜き料理
5日の月曜日は同級生ユリちゃんの実家のお寺で

また料理を作った。

翌週に控えた行事の準備に集まった人たちに

昼ごはんを振る舞うのだ。


人数は、私を入れて11人のささやかな午餐。

例のごとく、一人で行くつもりだったが

梶田さんが来て手伝ってくれることになった。

今年の春だったか、ユリちゃんの嫁ぎ先のお寺で

料理をした時に知り合った60代半ばの料理自慢である。


当時の梶田さんはライバル心メラメラだったが

彼女の得意分野はグリーンカレー、ラタトゥイユ、パスタ

手作りパン、手作りデザートなどの洋風あたらし系。

一方、私の得意分野は昭和の大衆食堂系。

お互いに領域侵犯が無いためか

何度か会っていたらすっかり仲良くなった。


この夏、ユリ寺で料理をした時にも会った。

私が来るとユリちゃんから聞いて、わざわざ会いに来たのだ。

他のメンバーもいると思い込んで遠慮した彼女は

あえて遅く来たが、私一人なのを知るとびっくりして

配膳を手伝ってくれた。

料理を知っている人は、さすが動きが違う。

控えめでありながら完璧なアシストぶりに、私は感嘆したものだ。


さて、この日のメインは、次男が獲ってきた落ち鮎の塩焼き。



小ぶりの鮎だが30匹あったので、皆にしっかり行き渡る。

これを楽しみに、はるばる岡山県から来た人もいた。


手際の良い梶田さんが来てくれると知った私は

この鮎を炭火で焼くことにした。

外で炭火の番をすると、中の台所仕事ができないので

一人では無理だと諦めていたのだ。

焼くのはもちろん、梶田さん。


そしてせっかく炭火を使うなら

ついでに鶏モモの山賊焼きもしようと決めた。

焼くのはもちろん、梶田さん。


当日、梶田さんは夫婦で来ていた。

本人が言うには、決して仲良しだからではなく

一人で出かけたら旦那の食事を用意しなければならず

これが超かったるいそうな。


わかるよ、その気持ち。

定年後、奥さんに付いて歩く男性を「濡れ落ち葉」と揶揄するけど

ヘタに置いて出るとメシがいる…そんな事情もあるのだと知った。


そこで最近は、できるだけ夫婦で行動することに決め

ご主人も、お寺の庭の整備を手伝うようになったそうだ。

初対面のご主人は濡れ落ち葉どころか、ダンディなおじ様。

キャンプが趣味だそうで、簡単に火を起こして2人で焼いてくれた。

なんて使える夫婦なんだ。



さて、サイドメニューはコンソメ味のロール白菜と

長男が釣って来た魚でブリ大根。

どちらも我が家の秋冬の食卓に登場する、手慣れた家庭料理だ。

ロール白菜は朝、家で巻き巻きして

現地でベーコンと一緒に煮ればいいようにして持参した。

コンソメスープの素と薄口醤油で味をつける。


ブリ大根の方は、ブリとは言いながら

この季節に釣れるのは、まだブリに成長していないヤズ。

若いので清々しいほど脂が乗っておらず

家では人気が無いため、お寺で消費してもらうことにした。

完成させて持って行く。


サラダは、以前にも紹介したドレッシングサラダ。

ブロッコリーや茹でキャベツなどの温野菜、半分に切った茹で卵に

人参1本と、ひとかけらの玉ねぎをすりおろし

マヨネーズで和えたドレッシングをかける。

人参のオレンジ色が温野菜の緑に映えて、食が進む一品だ。

野菜や卵は家で火を通し、現地ではドレッシングを作るだけ。

常連の一人、野菜好きの若い男の子が

夏バテの名残りで元気が無いと聞いたため、これに決めた。

「これは夏バテに効く特別なサラダで、食べたら元気になる」

と、だます。


3時のおやつは、白玉ぜんざい。

冷凍食品の白玉を使えば、すぐできる。

これも梶田さんが作ってくれた。

助っ人として、これほど頼りになる人はいない。


こうして出来上った料理は喜ばれ

特に鮎は、梶田さん夫妻の程よい焼き加減もあって賞賛の的だった。

が、安堵するわけにはいかない。

私をいつも苦しめるのは、ユリちゃん夫婦と兄嫁さん一家の晩ごはんと

ユリちゃん夫婦の兄貴分みたいな人の晩酌の肴。

「なんでそこまで?!バカじゃないの?」

私だって他人事だったらそう叫び、あざ笑うだろう。


事実、必死でこしらえた昼ごはんを食べた後

また新たに料理に取り組むのは、精神的にも肉体的にも消耗する。

特にこの夏、エアコンも換気扇も無い台所で作るのは本当につらかった。


ユリちゃんは料理をあまりしないので

疲労のあげくの満腹状態で、次の食事を作る辛さがわからない。

お寺の人特有の“お願い慣れ”により

何事も「感謝」と「合掌」で済ませてしまうため

シモジモの苦しみは別世界の出来事だ。

人に作らせておいて、旦那と兄貴分にはいい顔がしたいのもわかっている。


思うところは色々あるが、今回は秋。

夏よりマシという気持ちが災いして

性懲りもなく、だし巻き卵を作ることにした。


だし巻き卵は、私なりの作戦。

「もう晩ごはんは作りたくありません」とは言いにくい。

感謝と合掌で寄り切る“お寺人”は、おそらく傷つく。

しかも最初、頼まれるままにいい顔をしてホイホイ作ったのは私だ。


あの時はまだ寒かったから、できた。

夏にも頼まれるとは思わなかったのだ。

来夏に向けて晩ごはんの簡略化を進めなければ

熱中症で死んでしまう。

そこでもう、ガッツリ飯はやめにして

簡素なものを一品だけ作り、お茶を濁すことにしたのだった。


だし巻き卵はとっても簡単。

簡単でありながら、おかずにも酒の肴にもなり

食べた老若男女は感動する便利な料理だ。


『だし巻き卵(1本分)』

①濃いめの出汁を取って、冷ましておく

● だし巻き卵をたくさん作る時は、出汁を多めに用意する。

うちは片手鍋半分の水に、通販か市販の出汁パックを

通常1袋のところ、2袋入れて煮出す。


②ボールに卵2個を割り入れて箸で溶き

冷めた出汁をオタマ2杯、 砂糖小さじ1、塩ひとつまみを入れて

よく混ぜ合わせる

● オタマは普通サイズか、少し小さめのものが望ましい。

大き過ぎると出汁が多くなって卵が薄まり、巻くのが難しくなる。


③卵焼き用の長方形のフライパンをよく熱し、油を敷いて

出汁と調味料を入れた溶き卵を何回かに分けて流し入れ

普通に卵焼きを作る

●フライパンに卵液を付けた箸を滑らせたら線が描けるくらいの高温で

卵液を流し込むと、ジュワッと音がする程度。

●出汁で大いに薄められた卵は、基本うまく巻けないので気にしない。

卵液を全部使って巻き終わる頃には、それなりの形になる。


④巻き終わったらまな板に置き、適当に切る

●カッコ良く仕上げたい時、グチャグチャになった時

お弁当に入れたい時は、まだ熱いうちに

巻き寿司を巻く時に使う巻き簾(す)で軽く巻いて 形を整える。

卵から出汁が滲み出るので、火傷に注意。

以上



卵2個に、オタマ2杯の濃い出汁。

焼き始めはフライパンを熱くする。

これを覚えていれば、誰でも料亭の味になる。

少し醤油をたらした大根おろしなんぞ添えると

男は泣いて喜ぶ。

出汁を使わず、しっかり巻かれたお母さんの味もおいしいが

だし巻き卵にもぜひトライして、大人の卵焼きを味わっていただきたい。
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続報・現場はいま…12

2020年10月09日 15時59分09秒 | シリーズ・現場はいま…
次男から積込みの量が少ないと聞いて

夫が実は私の何倍も怒っているのを知った。

自身の高齢化という抗えない事情によって

会社が藤村の手で滅茶苦茶にされていく…

夫がこの逆境を何とも思わないはずがない。

少ない積込み…それが夫なりの、そして夫にしかできない行動である。


すでにお話ししたが、夫は重機のオペレーター。

ダンプに商品の積込みをするのが仕事だ。

しかし、ずっと専任のオペレーターだったわけではない。

ついぞこの夏までは、積込みもやるけど商談もやる

ごく普通の現場責任者だった。

来客中や外出中は、社員の誰かが自然に積込みを交代し

手が空けば夫が戻り…と臨機応変にやり繰りしながら

夫も社員も自由に楽しく働いていた。


藤村が実権を握ってから、雰囲気が変わった。

気負って皆の一挙一動に口を挟み、自分の命令で動かしたがり

言うことを聞かなければ本社に言いつけるのは

どこの会社にもいる愚かなおじさんと同じなので

気に病むほどでもない。

しかしチャーターを呼び過ぎる藤村の悪癖が、夫の職業を変えた。

チャーターがどんどこ来るので

積込みのスピードが早い夫しか対応できなくなったのだ。


仕事があんまり無いのに藤村がやたら呼ぶもんだから

チャーターは喜んで来るようになる。

楽な仕事があると聞けば、そりゃ誘い合って来る。

藤村はそれを人望と思い込んで、ご満悦。

だからチャーターと藤村は幸せだ。


しかし束になって積込みを待つチャーターに対応できるのが

夫しかいないとなると、夫は重機から離れられなくなる。

商談には藤村が出しゃばり、来客は多忙を察して帰る。

藤村は夫を積込みの仕事に追いやり

やがて体力の限界で辞めるのを待つ態勢に入ったのだ。


夫の方はそれで不満かというと、そうでもない。

藤村と神田さん、時に黒石が来て

我が物顔で過ごす事務所に居るのは馬鹿馬鹿しく

一味と思われるのも嫌なので、重機の中が落ち着くと言う。

よって夫はそのまま、重機の人になったのだった。


藤村は事務所で悠々と、夫の退職を待つだけになった。

しかし、これは彼の計算違い。

チャーターをたくさん呼べば呼ぶほど、会社は夫が必要になる。

藤村は夫を追い出そうとしながら

知らず知らずに夫の勤続を奨励しているのだ。

本当にいらないのはダンプにも重機にも乗れず

損益だけに貢献する藤村と

今では完全に藤村の手先となった無駄飯食い、神田さんである。



話を戻して、積込みの量を減らすとはどういうことか。

例えば藤村が、チャーターを10台呼んだとする。

その10台にそれぞれ最大積載量を積んで運搬させていたのを

八分目しか積まないということである。


ダンプ1台にどれだけ積込むかは、オペレーターをする夫の一存で決まる。

少なめに積込むと、仕事は捗(はかど)らない。

例えばひと箱10個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのと

ひと箱8個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのとでは

1回の配達で20個の差が出る。

2回、3回、4回…配達の回数が増えるにしたがって、差は大きくなる。

それと同じだ。


どうして捗らないのか、藤村にはわからない。

納入した商品を貯めるプール状の穴…

初日に神田さんのダンプが落ちた所…を満杯にしようと躍起になり

さらにチャーターを増やす。

赤字祭は、より盛大に繰り広げられるというわけ。


積荷が少ないのは、シロウト目にはわからない。

敏感な運転手には、エンジンの軽さでわかる場合もあるが

積荷が軽いと走行が楽なので異議は出ない。


また、この取引先はシステムが特殊で

こちらが出した請求書の金額を支払うのではなく

あちらが使用した分だけを1ヶ月ずつ支払う。

だから相手が損をすることもない。

こんな虫のいい支払い方をするから

前に取引していた会社が手を引いて、藤村が拾ったのだ。

儲かっていたら、前の会社は絶対に離さない。

赤字だから取引を止めたのだ。


ともあれ積荷を減らせば、藤村だけをジワジワと窮地へ追いやることになる。

1台4万円のチャーターをさらに呼びまくり

お金を湯水のように使ってせっせと運ばせるからだ。

しかし使った分だけ後払いでは、数字はマイナスになるばかり。

この業界に無知な藤村には、肝心のそこがわかってない。

夫ならではの、地味だが確実な反撃である。


チャーターが増えると、夫は積込みが増える。

しんどいと口に出す男ではないが、多分しんどい。

しかし夫が自分の身を削る覚悟で勝負に出たからには

応援するのみ。


厳密に言えばチャーター料金を支払う本社は

多少の損害を被ることになるが

この先も藤村が与えるであろう大損害を防ぐための

必要経費と考えてもらおうではないか。

それでも本社が藤村を必要とし、雇い続けるのであれば

そこまでの会社ということだ。

先も長くないだろうから、我々の心は痛まない。


今月の始めには、分厚い請求書があちこちから届いた。

が、決算の確定が遅れていて

藤村が叱られた気配は今のところ無い。

楽しみに待っていたが、ヤツの身の上に変化が無いので

ここで一旦終わることにしよう。


藤村どころか、我々の明日もわからないけど

合併した会社で生きて行くというのは、毎日がこんなもん。

このシリーズでは、そんなありふれた日常をお話ししてみた。

繊細な人には耐えられないかもしれないが

我々にとっては充実した日々である。


もしもあなたの親だか義理親の会社が倒産しそうになって

どこかの会社と合併することになり

ご主人とお子さんがそこで働くことになったら

思い出して役立てていただきたい。

無いか。

応援してくださって、ありがとうございました。

《完》
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続報・現場はいま…11

2020年10月07日 20時51分46秒 | シリーズ・現場はいま…
藤村が夫の目を盗み、別の支社の黒石にダンプの練習をさせていた…

それを知った私は、見知らぬ通行人に家に入り込まれて

冷蔵庫の中を見られたような気分になり、大いに憤慨したものだ。


しかし、怒ってばかりはいられない。

黒石を入り込ませ、夫のテリトリー侵犯を開始したとなると

藤村が次に狙うのは、夫の扱う重機で間違いない。

ダンプの運転手はどこからでも集められるが

ダンプに商品を積み込む重機と、それを操作するオペレーター無しでは

会社の運営は成り立たないからである。


藤村がなんぼバカでも、このことは知っているはずだ。

そして、これをやらせるのは神田さんに決まっている。

なぜなら私には、経験による確信があった。


というのもその昔、夫が愛人を会社に入れたことがある。

彼女はダンプの運転手として入社したが

うちへ入り込むために大型免許を取得したホヤホヤなので

入ったわ、バリバリ仕事しますわ、というわけにはいかない。

そこでとりあえず夫が何をしたかというと、熱心に重機の操作を教えた。

自分の一番可愛い者を、会社で一番重要な仕事に関わらせたいのは

とち狂ったオスの習性なのだ。


ついでに言うと、一人分しかスペースの無い重機の個室に

2人で入り込めば、そこはパラダイスさ。

教えるというもっともらしい理由で、手取り足取りの密着は

オスにとって最高に喜ばしい状況。

藤村も、神田さんとぜひやりたいはずだ。


ちなみに夫の愛人は、才能が無かった。

初めて一人で積込みをした時、加減がわからずダンプの荷台をぶっ潰す。

あと少しズレていたら、運転手も無事ではなかっただろう。

以後、彼女が練習する時は、運転手が積込みを拒否するようになったため

オペレーターへの道は早々に挫折した経緯がある。


…などと思っていたら案の定

藤村は神田さんに重機を教えると言い出した。

少しずつ教えて、そのうち免許を取らせたいそう。

免許を持たない藤村が、何を教えるのかわからないが

一方で神田さんも、積込みへの意欲を次男に話していた。

わかるよ…ダンプの運転より楽そうで、偉く見えるもんね。


いずれにしても藤村は、神田さんを夫の後釜と勝手に決め

神田さんもそのつもりだということは、はっきりした。

彼らの夢見る王国を作り上げるには、夫を早く追い出すことが先決だ。


しかし残念ながら、そうはいかない。

のどかな昼下がり、たまに来るダンプにゆっくり積み込むなら

練習すれば誰でもできる。

私もペーパーながら免許を持っているので、やろうと思えばできるが

我が社の営業内容に特化して言えば

夫のやっている重機オペレーターは、安全と利益を左右する最も重要な仕事。

会社を神社に例えるなら、ダンプが参拝客でオペレーターは神主である。

同じ建設業でも、うちは商品を仕入れて売るのが本業なので

その商品に直接関わるオペレーターは

会社にとって扇子の要(かなめ)なのだ。


商品の特質によって積込み方を変え

安全と迅速を確保しながらダンプを効率よく回し

積載量の限界まで積込むことで確実な利益を生み出すには

熟練した技術に加え、ダンプを従わせる押し出しが不可欠。

免許があるからできるというものではない。

「オペ(重機オペレーター)を怒らせたら仕事ができなくなる」

というのが、この業界の常識である。

相次ぐ藤村の愚行に、夫の反応が今一つ薄いように見えるのは

難攻不落の砦、積込みを支配しているからだった。


藤村も神田さんも、これがわかってない。

だから簡単に「重機がやりたい、やらせたい」と言えるのだ。

まだ30代の黒石なら、これから何十年も修行すれば

どうにかなるかもしれないが

すでに48才で、ダンプの運転もおぼつかない神田さんでは

時間的にも技術的にも精神的にも無理。

美空ひばりの前でカラオケを歌うようなものだ。

人選ミスにもほどがある。


そうこうしているうちに、9月が終わろうとしていた。

10月1日からは、藤村にとって肝入りの新しい仕事が始まる。

郊外にある工場へ、納品を行う仕事だ。

よその会社が手を引いたのをヤツが拾った。


そしてその工場は、8月まで神田さんが勤めていた所なので

藤村の張り切りようは尋常でない。

現場の視察や打ち合わせと称しては、神田さんと2人でいなくなるので

夫は平和な数日を過ごした。


こうして始まった新しい仕事は、初日から多忙だった。

売り上げはたいしたことないのだが、興奮した藤村が

性懲りもなくたくさんのチャーターを呼ぶからだ。


仕事をするたびにあちこち壊し、修理に出していた神田さんのダンプも

この日に間に合ったので、商品を積んで古巣へ向かった。

アルバイトでしか使ってくれなかった前の会社へ

今度は別会社の正社員として、しかも彼女のために買った新車で入るのだ。

前の会社は気分が悪かろうが、彼女の鼻高々は想像できる。


が、一発目で脱落。

この現場は荷降ろしをする場所が、穴のように深くなっていて

運ばれた商品を貯めていくタイプ。

神田さんは定位置までバックをしていて後輪が穴に落ち

ダンプは壊れたのだった。

彼女、その会社に勤めていた時は

ロングボディと呼ばれる荷台の長いダンプに乗っていたが

今のものは荷台が短いノーマルタイプ。

加減がわからず、下がり過ぎたらしい。


神田さんのダンプを引っ張り上げ、修理工場まで運ぶため

それぞれの作業に適した車を呼んで、散財。

アクシデントの衝撃により

神田さんが降ろそうとした商品が違う場所へ落ちたため

それを綺麗にする重機をリースで借りて、また散財。

こういうのって、けっこう高い。

リース料も高いが、現場まで運ぶ料金は最低でも片道5万円以上かかる。


工場には同じ重機があるというのに、貸してもらえなかった。

普通、このような非常時には、後で燃料代を払えば貸してくれるものだ。

藤村も神田さんも、嫌われているらしい。


2日目、ダンプを修理中の神田さんは例のごとく、事務所で秘書気取り。

藤村も例のごとく、たくさんのチャーターを呼び

得意満面で采配を振るっている。

采配を振るっているつもりなのは藤村だけだが、本人はそう信じている。


この日、昼食に帰った次男が言うには

「親父は相当怒っとる」

「何で」

「積込みの量が少ない。

誰も気がついてないけど、俺にはわかる」

「は〜ん…反撃に出たか」


積込みの量が少ないと、なぜ反撃になるのか。

説明したいけど長くなりそうなので、今日はこの辺で。

《続く》
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続報・現場はいま…10

2020年10月04日 09時24分07秒 | シリーズ・現場はいま…
4日間続いた船の仕入れが終わり、会社には日常が戻った。

その日常とは、藤村の無茶苦茶な配車でさらなる赤字をたたき出す

いつもの光景である。


そこへ本社から連絡があった。

本社のパソコンに、藤村の音声付き画像が送信されたという。

発信元は、前日まで船で来ていた仕入れ先。

送られてきた画像は

藤村が船を見上げて罵詈雑言を吐く一部始終である。


最終日、藤村は荷下ろしをする船の人たちに文句を言ったのだった。

「おい!もっと静かに、うまく下ろせ!」

目撃者である夫の証言によれば、藤村が一人でわめき散らし…

と言ってもクレーンで荷下ろしをするため、騒音が激しくて

何かを直接伝えるには大声でわめくしかないのだが…

船の人たちは、それを静かに見下ろしていたという。


通常、船長を始めとする船の乗員に失礼があってはいけない。

いくら安かろう悪かろうの仕入れ先から来た船であっても

海の男への敬意を忘れてはならない…それが海の掟である。

藤村はそんなことすら知らず、いつも「買ってやる」という態度で

横柄にふるまっていたが、特に今回は虫の居所が悪かった。

別の罪を隠すために船での大量仕入れを目論み

途中で怖くなってキャンセルしようとしたが断られた…

藤村はその焦りと苛立ちで、何かに当たらなければ気が済まなくなったのだ。

オイル漏れで現場監督に怒られた時、伝票を破ったのと同じ心境と思われる。


昔なら袋叩きにされ、海へ投げ込まれても仕方がないところ。

しかし今どきは、スマホというものがある。

撮影して、相手が一番困る所へ送信すればいい。

海の男も進化したものだ。


もちろん藤村は、本社から厳重注意を受けることになった。

が、注意を授けるために飛んできたのは

入院中の河野常務の名代を務める永井営業部長。

藤村とは同じ穴のムジナ、仕事をする振りをさせたら天下一品のゲスだ。

遊びがてら来たようなもので、たいしたことにならなかった。

河野常務であれば、殴られていたかもしれないのに

これまた残念なことである。


そう、藤村はこれまで、常務の犬として首根っこを押さえつけられ

時にかばわれて、何とか普通以下のラインを維持していた。

ここにきて暴挙の連続になったのは、常務という鎖がはずれたからである。


数々の権限が夫から藤村へ移行したのと

常務の入院がほぼ同時期というタイミングによって

彼の野心はハジけた。

術後の経過が悪く、常務の復帰が大幅に延びたことも

彼の勘違いを増幅させた。

「常務には世話になっている」

「早く元気になって欲しい」などと、口では度々言いながら

その留守を狙って悪さを繰り返す彼のサガは

我々日本人には到底、理解し難いものである。



その翌日の水曜日、久しぶりに松木氏が会社を訪れた。

仕事ができないので工場長の肩書きをつけてもらい

遠くの生コン工場へ飛ばされた、藤村の前任だ。

うちとはもう無関係のはずだが、未練があるのか暇なのか、たまに来る。


「なんか、すごいことになってるらしいじゃないの」

そう言いながら、嬉しそうな松木氏。

「女を連れて、遊び回ってるんだって?

うちにも来たけど、あれはいけないね」


松木氏にとって、藤村はとても気になる存在。

自分が飛ばされた後、後任の藤村がちゃんとやったら困るからである。

よって、非常に満足そうだ。

「今月分の支払いは、相当なもんになるそうじゃないの」

把握している情報も正確だ。


こちらに居る時は、あれほど感じ悪かった松木氏だが

藤村に比べたら紳士に思える。

嘘と芝居は藤村と同等の実力で、夫はよく陥れられたものだが

少なくとも松木氏は、配車に手を出さなかった。

出そうとした時期もあったが、難しいことを知って諦めた。

彼には、難しいことを難しいと認識する頭脳があったわけだ。


「止めても言うこと聞かないし、藤村さんには困ってるんですよ。

何を勘違いしたんか、女までのさばって

こないだ入ったくせに俺らの上司気取りですから」

そう告げ口したのは、長男。

最新情報を得た松木氏は大いに喜び、帰って行った。

「ヒヒヒ…これで噂は全社に広まる」

ほくそ笑む長男。

敵の敵は味方法式だ。


その女、神田さんは元気に出勤しておられるご様子である。

息子たちの話によれば、下手くそなので行ける現場が少ないのと

入社早々からダンプをぶつけたり壊したりで

修理の方が忙しいらしい。


先日は狭い曲がり角で曲がりきれず、コンクリートの壁に当たって

複数の部品が落ちたが、神田さんは気づかずに行ってしまった。

すぐ後ろを走っていた長男が、タイヤで落ちた部品を踏み

部品はバラバラになった。

「急ブレーキは危ないから、停まらなかっただけだ。

道路交通法に従っただけで、わざと踏んだのではない」

空々しい長男の主張であった。


というわけで紅一点は、もっぱら仕事よりも

藤村の秘書気取りで一緒に行動することが多いそうだ。

神田さんとは縁が無いのか、私は未だに会ったことがない。

息子たちは、マスクをしていたらそこそこ見られるが

はずすと“プレデター”なんて、ひどいことを言っていた。

一生会わなくてもかまわない。


ついでに藤村の子分として、なぜか事務所に通っていた

他の支社の社員、黒石をご記憶だろうか。

彼の目的は、この数日で明らかになった。

ダンプの運転を練習していたらしい。

大型免許は持っていないため、うちで一番小さい3トンのダンプで

敷地の中を走り回っていたという。

これは藤村が、次男の前で口を滑らせてわかった。

「黒石も3トンのバックがうまくなったし…」。


つまり黒石は、我々が想像していた通り

藤村の手引きで、いずれこちらに来るつもりなのだ。

運転手としてではない。

3トンダンプは大型が入れない狭い現場や

隣の工場への定期的な配達に使用するもので

夫の管理下にある。

それを黙って乗り回すからには

夫の仕事に興味を持っていると言ってよかろう。


これを知った夫は、驚いていた。

じきに会社を去る身なので、黒石がどういうつもりであろうと

それはかまわない。

夫の注目は、業務日報にあった。


業務日報とは、1日の走行距離や行き先、時間などを記入する日誌で

運転日報とも呼ばれる。

仕事をした車は1台につき1枚、運転した者が必ず書いて会社で保管し

3年に1回ある巡回検査で提示することになっており

事故が起きた場合は調査の対象になる。


3トンダンプは夫が管理しているので、日報は夫が書く。

ここで問題になってくるのが、走行メーターの数字。

日報には始業時の走行距離と、終業時の走行距離を記入する。

だから前日の終業時の走行距離と翌日の始業時の走行距離は

当然、同じ数字でなければならない。

しかし最近、この数字が合わないのだ。


夫は几帳面な人間ではないが

自分の帰った後、あるいは休みの間に誰かが会社のキーを使い

3トンに乗っていると思うと不気味だし、何かあったら責任問題。

日報の記載がデタラメというのも困るので、軽く気にしていた。

犯人は黒石だったのだ。


黙って乗った黒石も、勝手に練習を許可した藤村も

義務日報にそんなことを書くことすら知らないと見える。

ここまで無知でありながら、一人前に会社を狙う浅ましさに

私はひどく腹を立てた。

頭に来るだの、ナメやがってだのと騒ぐ私の横で

夫はいつもと変わらず静かだった。

《続く》
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続報・現場はいま…9

2020年10月02日 10時35分29秒 | シリーズ・現場はいま…
連休は、終わった。

藤村はこの3日間、闇出勤。

神田さんは2日間、休日手当付きの正式な出勤をしたようで

業務日報とタコメーターが残されている。


黒石は会社が違うので確認はできないが、サービス参加だと思う。

藤村の後釜を狙う彼には将来がかかっているのだから

親分に三連休を捧げるぐらい、何であろう。



さて、連休明けの火曜日からは問題の現場に加え

別の仕事が始まるので忙しい。

藤村はまた張り切って、チャーターをたくさん呼んでいた。

夫の受難日だった土曜日の20台ほどではないが

2ヶ所の現場をカバーするためということで、10台。


夫に言わせれば、これでも多過ぎるらしい。

それは計算すれば、小学生でもわかる。

1台4万円のチャーターを10台雇ったら、支払う料金は1日につき40万円。

この40万円を支払うためには

運搬した商品の代金から仕入れ値を差し引いた利益を

最低でも40万円以上、ひねり出さなければ赤字だ。


しかし1台のダンプに積める積載量は決まっているし

8時間で何往復できるかというのも、ほぼ決まっているので

劇的な売り上げ増は望めない。

そして商品には利益幅の厚い物もあれば、薄い物もある。

たくさんのチャーターを雇って薄利の商品を運ばせるのは

お金をドブに捨てるような愚行である。

それらを考慮してチャーターを雇わなければ

小さい会社だったら一発で火の車…いや、火のダンプ。


そりゃ商売だから、良い時もあれば悪い時もある。

日々の収支に注目するだけでなく、1ヶ月、半年、1年と長い目で見て

最終的に黒字へと持ち込めればいいようなものだが

こうも毎日せっせと赤字を作り出していては、長い目どころの騒ぎではない。


とはいえ、藤村の思いは理解しているつもりだ。

自分一人で采配を振るうようになった途端

大赤字になったのを気にしているのは言動でわかる。

だから時々、辞めると言い出すのだ。


特にこの数日は、真っ赤っか。

決算前なので、焦りはピークに達しているはずだ。

そこで現実逃避。

たくさんのチャーターを雇って忙しくすれば

売り上げも追いつくのではないか…

そう思ってしまう。

初心者が陥りやすい錯覚である。

王座を欲しても、その前に王国を滅亡させてしまったら

何もならんじゃないか。



こうして連休明けの仕事が始まったが、天は藤村の味方ではなかった。

午後から雨。

それぞれの現場から連絡があり、納品はストップとなった。


チャーターを呼んだ時に困るのは、天候である。

朝からザーザー降りなら彼らも諦めて、最初から来ない。

しかし途中でストップがかかると、呼んだ方は厄介な決断を迫られる。

半日分の日当を支払う約束をして帰らせるか

あるいは別の仕事をさせて、1日雇い続けるかである。


この業界のことを知らないまま、采配を振るっている藤村は

すっかり彼らにナメられていた。

夕方まで仕事をさせろと迫られた藤村は、午後の仕事を与える。

遠くの仕入れ先まで、商品を仕入れに行く仕事である。

この日、チャーターにさせられる仕事はそれしか無かった。

商品はうなるほどあるのに、日当を払いながら、この上また仕入れ。

見事な赤字祭だ。


翌日の藤村は、再び前日と同じ台数のチャーターを呼んだ。

前日のロスを取り戻さなければ…そう誓っているだろうけど無理。

今は商品のことで頭がいっぱいかもしれないが

彼が安易に雇ったチャーターの支払いは、9月分だけで数百万円にのぼる。

商品の売り上げで誤魔化せる支出ではない。


そして仕事が始まったが、天はまたもや藤村に味方しなかった。

その日も途中から雨。

藤村は前日と同じく、仕入れに行かせるしかなかった。



翌日の木曜日、前日から降っていた雨は止まなかったので

現場の仕事は朝から止まった。

チャーターは来ないので、赤字祭は回避できたが

藤村的には万事休すの心持ち。

追い詰められた藤村はこの日、斬新なアイデアを思いついたようだ。



金曜日の早朝、夫が出勤すると会社に船が着いていて

商品の荷下ろしが行われていた。

すでに出社していた藤村にたずねると

「ワシが頼んだ」と言う。

藤村は、船舶で配達する仕入れ先に依頼し

海路で新たな商品を仕入れたのだった。


船舶での仕入れは、昔からあるオーソドックスな仕入れ方法である。

ただし船は大きいので仕入れも大量になり、支払い額も一回数百万と大きい。

何も知らされていなかった夫は、仰天した。

在庫がたんまりあるにもかかわらず、決算直前になって

さらに仕入れる無茶に驚いたのだ。


が、驚くのはまだ早かった。

藤村はこの日から4日間、毎日船で仕入れをすると宣言。

前代未聞の連続仕入れだ。

バブル期でも、ここまでではなかった。


「そんなに入れて、どうするん?」

たずねる夫。

しかし藤村は

「来月、出るかもしれん」

と言うだけだった。

藤村が来月に繋ぐ望みとは、儲からないので他社が手を引いた仕事を

彼が拾って来たもの。

10月1日から始まるが、向こう何ヶ月かは在庫で十分こと足りる。


「狂うとるとしか思えん」

夫が昼に帰宅した時、ことの経緯を話して意味をたずねるので

私は説明した。

配車がまずくて、チャーター料金が異様にかさんでいるのは

本社から間違いなく怒られる…

オイル漏れで現場監督につけ入られ、黙って商品を横流しをしたのは

もっと怒られる…

在庫があるのに陸路で仕入れを続けたことは、さらに怒られる…

どうせ怒られるなら、いっそ船で大量に仕入れて、そっちで怒られよう…。


この突拍子もない思考は、我々日本人には無いものだ。

日本のミステリードラマで、役者がよく叫ぶじゃないか。

「これ以上、罪を重ねないで!」

罪の加算を嫌う国民性があるからだ。

しかし、彼らは違う。

目立つ罪を一つ犯せば、他の罪は目立たなくなるという考えである。


それで納得したのかどうか知らないが、夫は藤村をそのまま放置した。

船は毎日来て大量の商品を置いて行き、会社の敷地は身動きが取れなくなった。

2日目の荷下ろしが終わると、藤村はさすがに怖くなったのか

明日以降の入荷をキャンセルしたいと船長に申し出たが

承諾されなかった。


夫と親しい会社であれば、途中で止めることができたが

その前に向こうが怪しんで慎重になるはずだ。

しかし本社は数年前、その仕入れ先を切った。

そして新たに開拓したのが、安かろう悪かろうの今の仕入れ先である。


本社がなぜそのような措置を取ったのか、当時の夫は理解できずに苦しんだ。

癒着の予防だと教えたら、あまりの意外性にびっくりしていたので

私はこんこんと話して聞かせたものだ。

仕入れは大金が動く…その大金は本社が出す…

継子とは常に疑われる存在であり、また、もしも癒着して甘い汁を吸うとしたら

それは継子でなく、自分たちでなければならない…

だから仕入れ先を本社寄りに変更するのは、当たり前のことなのだ…。


この時の無念は、夫の中に残っている。

しかし無念と引き換えに

夫が仕入れの責任や疑惑から解放されたのも確かである。

だから藤村の暴走で本社が大損害を被っても

夫は知らぬ顔ができるのだ。


金曜日から月曜日まで、入荷は続いた。

日曜日も藤村は出勤し、船の荷下ろしを見守った。

船で入荷した商品の支払いは、4日間で1千万を超えた。

《続く》
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