兄社長が使い物にならなくなったため
急きょ新社長に就任した現在のアキバ社長。
後になって、わざわざ反社系のT興業と組んだのは
当時の恐怖体験が作用しているのかもしれない。
すでに目をつけられてしまった身の上としては
仕事をする限り、終生小さくなって暮らすか
または、いっそのこと別の反社に近づいて
御守り代わりになってもらいつつ
似たような振る舞いで横柄に暮らすか。
この二つしか方法は無いのである。
御守り代わりとは、危険防止のアイテムという意味。
あの世界の方々には複雑な人間関係が存在していて
以前、同じ職場?にいた人たちが、あちこちに散らばって起業?し
本店と支店のような関係を築いているものだ。
その関係性を熟知する人物が近くにいれば
何かある前に予防できたり
何かあっても上の者同士で話をつけられる場合があるので
危険を回避できる可能性が高まるというわけ。
さて、仕事を増やしたいのは山々だが
F工業を敵に回したら、もしかして自分の会社が危ないかも…
それを悟ったT興業がピカチューを止めたので
アキバ計画は頓挫したかに見えた。
F工業の訪問を河野常務に止められたこともあって
ピカチューもおとなしくなり、静かな日が1週間ほど続いた。
けれどもその静けさは、次なるアキバ計画の前触れに過ぎなかった。
アキバ計画には、第二弾があったのだ。
「ピカチューが事務所のホワイトボードに
“B社サンプル持ち込み”いうて書いとる」
ある日、次男が私に言い、続いて帰宅した長男も同じことを言った。
B社…その社名が我が社の予定表に記されることは
絶対に無いはずだった。
しかもサンプル持ち込みとは、こちらの商品をB社に持って行き
品質を確認してもらうこと。
つまり、うちとB社が一緒に仕事をする可能性を示している。
息子たちはこれに違和感を感じた様子で、私も同じ気持ちだった。
B社のことは何年か前
『行いと運命』という記事で触れたことがある。
亡き義父アツシとB社の先代社長、B氏は若い頃からの友人だ。
やがて、それぞれが起業。
アツシはB社から、仕事をもらうようになった。
多くの土地を所有していたB氏は
バブル期の土地高騰をうまく利用して会社を急成長させ
アツシにとってB社は、メインの取引先となった。
その縁で、B夫妻は我々夫婦が結婚した時の媒酌人を務めた。
しかしやがて、ある選挙が二人を分つ。
一騎打ちの選挙でアツシは前回と同じ現職を
B氏は新人を支援することになったのだ。
仕事をあげているんだから…という理由で
B氏はアツシに寝返りを要請。
しかしアツシは頑固に拒否。
選挙結果は、B氏の支援する新人候補が勝った。
その翌朝、アツシはB社に呼ばれて取引停止を言い渡された。
B氏の言うことを聞かなかった報復である。
アツシの会社を切っても、B社は困らなかった。
取引停止になったその日、次の業者が納品を開始したからだ。
その業者というのが、隣のアキバ産業。
B社とアキバ産業は水面下で手を組み、選挙期間中には
すでにアツシを切る準備が整っていたのである。
両親はB氏の傲慢とアキバ産業のずるさを憎んだが
私はアキバ産業の方がアツシより賢かっただけだと思った。
メインの取引先を失ったのは、選挙バカのアツシの自業自得だ…。
しかし、アツシに成り代わって
B社と親密になったアキバ産業のその後を見るにつけ
あの選挙はB氏と決別する良い機会だったと考えを改めた。
なぜって、B氏が通勤に使う車が古くなると
相場よりかなり高い現金でアキバ産業に買い取らせ
自分は新車を買う。
そしてB氏に買わされたお古の車は、アキバの先代社長が乗るのだ。
それがB氏の求める忠誠の証であり、お小遣いであった。
選挙が無ければ、そのうちアツシも
B氏のお古を高く買い取って乗ることを強要されただろう。
彼の性格からして、即座に拒否するのは間違いない。
いくら仕事をもらっているからといって
高いお金を出して人の中古車を買い、それに乗るのは私だって嫌だ。
遅かれ早かれ、アツシとB氏は決別する運命だったように思う。
やがてB氏もアキバの先代も亡くなり
会社はそれぞれの子供に引き継がれた。
B社は私と同年代の息子が社長に就任したが
父親に倣って今のアキバ社長に同じことを強要している。
が、誰だって中古車に、相場より高い現金を出すのは惜しい。
会社が落ち目になってからは、死活問題だ。
そこでアキバ社長は考えた。
「別の誰かに同じことをすれば
B社長に払う現金が用意できるじゃないか」
人間、切羽詰まると名案が浮かぶものである。
彼がターゲットに選んだのは、スギヤマ工業の専務。
弟分ということで、B社長がアキバ社長に売りつけた古い車を
やはり相場より高い現金で買い取らせ、乗らせるのだ。
魂を売った彼らには、自分の好きな車に乗る権利さえ無い。
ちなみにスギヤマ工業の専務は
うちの事務員アイジンガー・ゼットの亭主。
アキバ社長もスギヤマ専務も、嬉しげにB氏のお古に乗っている。
ついでに話すと、次男がわずか1年の新婚生活を送ったアパートは
アイジンガー・ゼット夫婦の近所だと聞いていた。
次男は離婚後もそのアパートで寝起きしているが
先日、用事でそこを訪れる機会があった。
すると、車1台がやっと通れる道路を挟んだ真向かいに
古ぼけた平屋があり、駐車場には見覚えのある古いジープが。
次男のアパートとアイジンガー・ゼットが住んでいる
アキバ産業の社宅は本当にお向かいだったのね。
そしてその平屋は、アキバ産業が本社事務所として使用している
古い建物の裏庭にあった。
本当にアキバ産業と仲良しなのね。
ともあれ第二アキバ計画の開始を感知した私は
取り急ぎ、その全容究明に取りかかるのだった。
《続く》