カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

死にゆく恐怖に耐えられず生きる   ブレス

2021-07-09 | 映画

ブレス/キム・キドク監督

 夫に浮気をされている妻は、テレビを観ていて自殺未遂を繰り返す死刑囚に興味を持ったようだ。刑務所に面会に行くと、どういうわけか監視している課長が、面会を許可してくれた。それから会いに行くようになり、面会室の壁紙などを飾り付け、その季節の服を着て歌を歌い、逢瀬をかわすようになっていくのだった。
 ちょっとした心の悲しみを癒すように思い付きで会いに行ったようなものだったが、その面会の時間で再現されるのは、おそらく夫と出会って楽しかった日々へのオマージュのようなものだったはずなのだ。そうして二人はまた新たに出会い、気持ちが高ぶり、その記憶と同じように深い愛に発展していく。看守の連中も、何かこれに引き込まれるような覚えがあるということなのか、死刑囚なので、どのみち死んでしまう男の最後なので見逃したのか、それは定かではない。そもそもこれはファンタジーだし、愛の消滅と再生のドラマであるからだ(たぶん)。
 もっともキム・キドク作品である。訳が分からないといえば、最初から最後までそうであって、真冬に女は薄着をして面会室の壁紙をその季節の花々で飾り、カセットデッキでカラオケを流し、春や夏の歌を歌う。それは決してうまい歌ではなく、調子が外れながらも、楽しそうでありながら、悲壮感もある。本来死刑囚と女には、男女としての何の歴史もない。しかしこの面会時間の歌を歌っている間に、様々なその季節の情景と体験がなされる比喩となっており、その後に唇を合わせると、激しく燃える愛へと思いが変わっていくのである。
 いわゆる変だけど、しかしこれは傑作である。表に出ている事実は最小限で、実際に死刑囚が何を考えているかなんて、本当には分かりえない。刑務所の中で暮らす四人の囚人たちも、死刑囚には持て余されている思いもあるし、一人は激しい恋に落ちている。そういう人間関係の中に突然面会に来る女があって、彼らの関係のバランスも大いに狂ってしまう。
 最初は浮気をしていた後ろめたい気持ちの夫も、妻の軌道を逸した行動に戸惑い、どうしていいのかわからない。愛人との仲は清算し、家族に戻ろうとするが、それは簡単そうではない。最初は妻を刑務所へ面会に行かないように考えるが、それだけでは元に戻らないことを悟り、妻に付き添い刑務所の面会に一緒に行くことにする。それも娘を連れて、妻の面会中外で待っているのである。そういう中、妻はついに死刑囚と性交を遂げてしまうのであった。
 改めて振り返ってみると、やっぱり春とか夏とか、二人には思い出が必要だな、という感じだろうか。恋愛には歴史の積み重ねが必要なのだ。その時々で、愛し合った日々が必要なのだ。まあ、そういう映画ではないのかもしれないけれど、死刑囚を使って女は愛を取り戻していこうとしたのだろう。そうしてどうせ、相手は死んでしまうわけだし。死んだ方も、少しくらいは楽しかったら良かったのにな、と思うが、こればっかりはどうにも分かりようがないのだった。
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