カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

お金と法律をめぐる江戸文化   恵比寿屋喜兵衛手控え

2021-07-04 | 読書

恵比寿屋喜兵衛手控え/佐藤雅美著(講談社文庫)

 江戸時代の今でいう民事訴訟をめぐって、地方から江戸に上ってきた百姓の客を泊めるかたわら相談に乗る喜兵衛という男の物語。口語は分かりやすいように現代化しているものの、内容は実に江戸文化をよく知っている人が書いているらしいことがうかがえる。身分制度や出自の問題が厳格にある中で、人々は様々な才覚をあらわして暮らしている。問題は民事問題とは言え、かかわる人間のある意味で生死をかけた残酷なものを含んでいる。ちょっとした流れで、ものすごく大きな痛手を受ける。訴えを起こしたとしても、受け入れられるためには受ける側の事情もくまなければならない。基本的に侍文化は、役人であるが、刀を持ったやくざのような人たちでもある。身分の違う町民や百姓の命など、それほど大切なものなどとは思っていない。しかしながら失敗をすると、自分の出世などの影響がある場合がある。もちろんライバルもいる。そういう力関係の中にあって、様々な訴えがやってくるのである。そういう事情に通じた宿の主人が喜兵衛であって、彼にも現代の目からすると、必ずしも潔白な人間ではないのだけれど、非常に慎重に、かつ頭の回転をフルに発揮し、少ない事情を察してお話を組み立てて、現実の問題を推理していく。その通りになる場合もあるし、ヘタを打って窮地にもたたされる。そういう構成の立て方の、実に巧みな小説になっている。
 この作品で佐藤雅美は直木賞を受賞した。読んだ感想からすると、ずいぶん熟練の技を感じさせられる作品だが、彼のキャリアからすると、発表されたのはまだ初期段階といえる時期かもしれない。他の作品を読んだわけではないが、かなり完成された作風という感じがある。職業作家というのは量産を強いられるわけだが、これだけのものを常に作り続けられる人が、いったいどれくらいいるものだろうと、読みながら考えさせられた。それくらい名作感のある作品ではなかろうか。なお、この時代はサトウマサミ、となっているが、後にサトウマサヨシと読みを変えている。本名だろうが、なかなかちゃんと読んでもらえなかったのだろうか? 
 それにしても、宿屋の主人とはいえ、宿の仕事以上に、あれこれと出入りの人とのかかわりのあることがわかる。当時は自動車もないのに、あちこちに徒歩で出かけて行って人に会っている。そうしていろんな人を使う。金銭の感覚が今とはかなり違うが、町民とはいえ、いろいろと入用で、様々に金がかかっていることが見て取れる。物の価値がだいぶ違うので単純に比較ができないが、人によっても一両の価値がずいぶんと違うようだ。地方の百姓と江戸に住む町民とも金銭の感覚はずいぶん違うようだし、また武士と比較するとまた桁がまた変わってしまうようだ。そうしてその金が、あっという間に使われてしまうこともあるし、コツコツと貯められることもある。人間というのは、古くから金を使って物事が取り交わされていたのだということを、改めて思わされたという感じかもしれない。そういう視点をしっかり持って描かれているからこそ、人間模様が実にリアルである。お金の力って凄いですね。面白い物語を読んだとともに、勉強になったという感じでありました。
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